お馬鹿な武道家達の奮闘記   作:星の海

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本当に遅くなりました、申し訳ありません。高音VS杜崎編、決着です。


22話 まほら武道会本戦第6試合 高音VS杜崎 (その2)

篠村と私の付き合いは存外に短い。

 

初めて出会ったのは私が十一歳の時、丁度魔法学校を一年飛び級して卒業した後に同系列の高等部へ入ってから程なくした頃だった。

当時の私は周囲との人間関係に問題を抱えていて、疲れ気味だった。

今だからこそ素直に認められるが、原因の大部分は私にあった。私は物心着いた頃から物事をなあなあ(・・・・)に出来ない性質(たち)で、常に品行方正且つ侃々諤々な在り方を己に律してきていた。幼い頃から立派な魔法使い(マギステル マギ)に憧れ、在るべき魔法使いを目指す身としては当然の心掛けだと思っていたし、それは現在(いま)でも変らぬ己が根幹を成す信念だ。

しかし、当時の私はそんな姿勢を他者に対しても強く求め過ぎていた。やる気が出ないと授業で手を抜く者、自分の努力不足を棚に上げ周りを妬み、蔑む者、従者(パートナー)選びを恋人探しの口実程度にしか捉えず異性を篭絡することにばかり熱を上げる者。

今でもそんな輩に対して好感は持てないが、当時の私はそんな人間はその場(学び舎)に存在することすら許されない、とでも言わんばかりに彼彼女等を厳しく諌め、性根を叩き直さんと舌鋒鋭く批判を行った。

結果、私の周りから人は離れていった。真面目過ぎてついて行けない、空気の読めない堅物、一人で盛り上がっているコミュ障女。当時の私に貼られたレッテルの数々だ。

今となってもそんな当時の私の態度を間違っている、とはっきり否定は出来ないが、きっと正しくも無かったのだろう、と今ならば思える。

 

『皆が皆、君の様に正しくは在り続けられないんだ。高い目標の為努力を惜しまず、そしてそれを苦にしない君の精神はとても素晴らしいものだけれど、他人にまでそれを強要してはいけないよ』

 

…現在の私からすれば耳の痛い諫言だが、その時の私は大人にして一人前の魔法使いである教師からも否定的な意見を告げられた事がショックだった。

 

『私は正しい筈なのに何故?』

 

そんな憤りを交えた疑問を幾度も頭の中に渦巻かせながら、私はその日の放課後、当てもなく校内の敷地を彷徨っていた。誰にも会いたくは無く、何も言われたくない気分だったのだろう。

 

そんな時だ。

校舎から遠く離れ、学生の住まう寮からも反対の位置に面する。訓練用の施設も何も無く、何か目的のある者ならば絶対に寄り付かないであろう、敷地と林の境界線に存在する抉れたような深い窪地にて一人黙々と鍛錬を行なっていた同級生、篠村 薊に出会ったのは。

 

 

 

『……何だお前?こんな時間にこんな所フラフラして何がしてえ訳?まさか態々俺を探しに来て皮肉や嫌味言いに来たんじゃなかろうな?』

『言っている事の意味が解らないのだけれど?こんな辺鄙な場所云々はそのままお返しするし、生憎今は何時もの様に下らない妬み嫉みや自虐を諭してあげる気分でないから一先ず黙ってくれないかしら。私は貴方の事なんて一欠片たりとも知りはしないわよ自意識過剰さん?』

 

 

 

……初対面の印象は互いに最悪だったと、こればかりは篠村と口を揃えて言える。私はその情景を見て聞いて、篠村を単なるへし折れた落伍者としか見出せなかったし、篠村は篠村で私の事を鼻持ちならない高慢ちきな女、とでも思ったのではなかろうか。兎に角その時の私は冷静さを欠いていて機嫌が悪く、そして篠村 薊という男は当時から自虐的で後ろ向きな考え方をする、卑屈で臆病な面のある人物だったが、馬鹿にされてもヘラヘラと笑って誤魔化す様な腐った性根も持ち合わせてはいなかった。

ならばどうなったかと言えば簡単な話だ、私はその日生まれて初めて凄惨な罵り合いを初対面の人物と交わした。私は篠村の自虐的で遠回しな嫌味を交えて此方を皮肉ってくる陰湿な物言いに激高し、軟弱者だの度量が小さいだの腐った性格だの、おおよそ今まで生きてきて口にした事が一度も無い様な汚い罵詈雑言を吐き出すに吐き出した。もう売り言葉に買い言葉といった有り様で、最終的に声が枯れるまでの怒鳴りあいの果てに、

 

『そんな碌でも無い考え方をしているから落ちこぼれなのよこの存在価値無し男!!』

 

これ以上罵り合いを続けていれば実力行使になりかねない。茹だった頭でも辛うじて残っていた理性からそう警鐘を受けたため、そんな捨て台詞を残して私はその場を駆け去った。育ちの良いお嬢様はスラングまで可愛らしいですねェェェェェッ!!等という苛つく台詞を背中に受けながら。

 

その後、充てがわれている自室にて、私は己の所業に後悔して身悶えしていた。

 

……初対面の人間に対して私は何て無礼な真似を仕出かしたのかしら……

 

確かに、篠村の物言いは此方への悪意が篭った代物であり、全面的に自分にばかり非があるなどとは思わない。しかし、それを差し引いても己の態度には明らかに問題があったと私は自覚できていた。

見た所篠村は、鍛錬を行っている様子だった。何故あんな人気の無い場所でそんな真似をしていたかまでは解らないが、少なくとも法に触れる様な如何わしい真似をしていた訳では無い。幾ら苛つく物言いをしていようが、堪に障る様な態度を取ろうが。あそこまで相手を否定する言葉を吐く権利は高音・D・グッドマンには無かった。

感情のままに他者へと不当な弾劾を行なってしまった。その事実は正しく在ろうとしてきた己の心を後悔と自噴の念に千々に乱れさせていたのだった。

 

……明日、誠心誠意の念を込めて謝罪しよう…………!

 

不覚にも何ら遠慮する事の無い口喧嘩の様なやり取りにて、鬱憤の溜まっていた心情がスッキリした様な、何処か爽快な気分でいる己の状態を自覚していた私は、強く誓いながら眠りについたのだった。

 

 

 

『アザミ・シノムラ?……ああ、あの我が校始まって以来の落ちこぼれの事ですか?』

『精霊との接触(コンタクト)なんて基本中の基本すら真面にこなせない正真正銘の屑よね?……それがどうかした?』

『劣等生の分際で此方の温情を跳ね除けては誰彼構わずに噛み付いて問題を起こす、問題児の筆頭ですよ。……まさかとは思いますが、彼に関わろうとしているなら辞めておいた方が身の為ですよ高音さん……?』

 

『……………………………………』

 

何故だろうか?

普段の私ならば態々謝罪する相手の情報など集めようとはしない。噂話等は大袈裟に語られるものだし、見聞きした話というのはその人々の主観が入った時点で事実からは歪んでいくものだ。仮に篠村が噂の通りどうしようも無い低俗な人物だったとしても、非があるのは私の方なのだ。相手を見て頭を下げるかどうかを決めるなど、私が最も嫌悪する行為なのだから。

相手が聖人だろうと極悪人だろうと、非を見出したならそれを正し、非礼を犯したならばそれを謝る。私の考える正しさとはそういうものだ。

だから私がそうした理由は今でも解らない。ただ何と無く、無性に気になった。としか、今も昔も言いようが無いのだ。

そうしてらしくもなく、好かない真似までして手に入れたのは、悪意に満ちた蔑みにブレンドされた、篠村 薊という一人の魔法使いが紛れも無く純然たる落ちこぼれ(・・・・・)であるという、冷たい事実だった。

 

精霊との接触(コンタクト)

この場合の精霊とはこの世の異層に存在する力有る存在の総称であり、魔法使いがある程度位の高い魔法を使うには避けて通れないあらゆる魔法の基礎にして始まりの行為。

魔法とは精霊に干渉し、己が魔力を対価として支払う事により極小規模の世界を改変(・・)する力だ。

それが行えないならば、篠村 薊はごく初歩的な魔法以外を除いた一切の魔法を使う事は出来ない。

落ちこぼれや劣等生などという言葉が、過剰どころか不足に思える、そうそれは。

全く以って、酷い様であった。

 

 

 

『……で、何しに来た訳お嬢様?昨日の続きがしたいってんなら生憎だが遠慮させてもらうぜ。俺は落ちて零れちゃいるが暇じゃねんだよ、昨日の事なら俺も…』『待って』

 

昨日と同じ、まるで他人の目から逃れる様に落ち窪んだその地にて、手頃な大きさの岩にだらしなく腰掛けながら面倒臭いという内心を隠しもしない篠村の投げ遣りな言葉を私は途中で遮った。

誠意の無い態度に腹が立った訳ではない。そもそもその時の私にそれを責める資格など有りはしなかった。

ただ、私はせめて先に謝罪をしたかった。先に謝ればいいという問題では無いし、謝りたいという考え自体が自ら気持ちを楽にしたいが為の自己満足だと言われてしまえば、反論は出来ない。

それでも、私は彼方が譲歩してきたから仕方が無く謝った、等と目の前の男にーー篠村 薊に思われたくなかった。

落ちこぼれという本人の自虐は決して逃げの誤魔化しなどでは無く、冷たく揺るぎない事実ではあった。しかし、私が姿を見せてから篠村は曲がりなりにも己の非を認め、ぞんざいながらも謝罪の姿勢を見せたのだ。

矢張り噂などは当てにならない。篠村は他より劣っていようとも、人の気持ちが解らない訳でも自己を中心として生きている訳でも無い。

寧ろ篠村は、呼んでもいないのに勝手に姿を現した挙句生意気な口を利いて、言われる筋合いの無い誹謗中傷をぶつけて帰って行った腹立たしい小娘を全面的に拒絶しない程度には心の広い人物だった。

相手が仁を返してくれたのならば、私は誠を以って応えたかったのだ。

 

『私は、昨日貴方に心無い罵倒を吐き、無礼な態度を取ったわ。…許してくれとは言わない、ただ謝罪をさせて』

『…申し訳、ありませんでした』

 

だから私は深々と頭を下げ、誠心誠意を込めて謝罪の言葉を放った。

それに対して篠村は、私のそれ(謝罪)を予想だにしなかった、というポカンとした顔をしてみせた。

 

『……頭、上げてくれや………なあ………………』

『何かしら?』

『…お前さ、何で態々、謝りに来たよ?関わりに来なきゃ下げたくもない頭下げずに済んだとかは思わなかったか?』

『簡単な話よ』

 

私は言われた通りに頭を上げると、真っ直ぐに篠村の目を見て告げた。

 

『私は頭を下げたかった(・・・・・・)から。正直に言わせてもらえば貴方の態度には腹が立ったし、先日の一件は私が十割悪いとも思っていない。けれどそれに対して私はその指摘だけでなく、私の苛立ちから来る私心で貴方を不当に貶めたわ。それはやってはいけないことだから謝罪したかった。それだけよ』

『…成る程、解ったわ………』

 

篠村は呆れたとでも言わんばかりに、ジリジリと刃物を捻じ込まんとする様な冷たく鋭い眼光を和らげて仏頂面を微苦笑に変え、僅かに声を和らげながら言い放った。

 

『馬鹿真面目って言われんだろ、お前』

『似た様な事は言われるわね、其処まではっきり言ったのは貴方が初めてだけれど……』

 

それで?と、声に出さずに促す私の意図を汲んでか、篠村はバンザイをする様に軽く両手を上げて謳う様に言い放った。

 

『謝罪は確かに受け取った。俺も言葉が過ぎたよ、悪かった。…今更だしもう知っちゃいるんだろうが名乗らしてもらおうか。アザミ・シノムラ、俺の両親の故郷じゃ篠村 薊と、そう詠むらしい。俺みたいな輩にも筋を通したがる真人間ぶりと真面目ぶりが良い(・・)と思った。名乗っちゃくれないかお嬢さん?』

『喜んで、高音・D・グッドマンよ。彼方(旧世界)此方(魔法世界)の血が中々複雑に入り混じる、魔法使いらしい(・・・)成り上がりの生まれ、とでも返せば貴方流かしら?自虐的な物言いは好かないけれど、聞いただけでも酷い理不尽と無理解、差別の逆境に曲がりはしても折れてはいない気概は好感が持てるわ。どうぞよろしく』

 

そうだ。

私は篠村 薊を嫌いじゃない。あんな事(・・・・)があっても尚、良くも悪くも変わらないから。好きな所も嫌いな所も。

 

 

だから私は篠村を、今でも嫌い切れずにいる。

 

 

 

 

 

 

『乱打乱打乱打乱打ぁぁぁぁぁぁっ!!音に聞こえる暴虐教師、その音よりも疾く鉄拳の猛撃を打ちまくるぅ!!一撃毎に大気が裂け、踏み出す床が爆ぜ割れる!規格外の連撃が高音選手に襲い掛かります!しかし此方も悪夢の予選を勝ち抜いた一人の規格外!人体など風船の如く弾けさせるであろう破壊の嵐を謎の巨人が操るローブかマントか、兎に角黒い布の様なもので防ぎきっています!耐衝撃素材かはたまたアラミド繊維か、それともス◯ンドの不思議パワーか!?超ド級の矛と盾がぶつかり合う、なんともド派手なバトルになってきたあぁぁっ!!』

『矛盾の故事ではありませんから矛と盾では攻めている方が有利ではありますがね。試合という形式に則っての勝負である以上、何らかの形で相手を捩じ伏せなければ勝ちはあり得ませんから。高音選手がどう反撃して杜崎選手に有効打を与えられるかが重要なポイントになるでしょう』

 

 

 

「…まあ間違いではないな。丸まっているだけでは勝てはせん」

 

腹の底まで響く踏み込みの轟音と共に、杜崎は掬い上げる様なボディアッパーを一撃、其処から身体毎抉り込むかの如き左ストレートへと繋げ拳を引き戻し際に鉈の一撃を凌駕する回し蹴りを後頭部への打ち込んで。

その何れもを完全に纏う黒布(・・)のみで無力化せしめた鉄壁の様な堅牢さを誇る高音へ、しかし杜崎は怯みも竦みもせずに、猛攻を止めないまま言葉を投げ掛ける。

 

「お前はどう思う、高音?俺の見立てではお前達三人は極めて高い精度で完成されたチームだ。前衛、遊撃を篠村が、防御、後衛をお前が、決め(とどめ)一撃(大火力)を佐倉が。…やや変則的ではあるが良い連携をしている。お前達は三人揃えば高畑先生にも良い所まで肉薄出来るだろう 」

 

だが、と、杜崎は続ける。

 

「其々が役割に特化し過ぎている故にお前達は一人一人で戦闘を行う場合、得意分野で爆発(・・)出来ても総合的に見た場合然程脅威とは感じない。篠村は決め手(火力)に、佐倉は防御に欠け、そしてお前は……」

「………っ!!」

 

ズドン!!と一際大きな破砕音と共に、まるで戦車砲が直撃した様な凄まじい衝撃を受けて、高音と杜崎の間を隔てていた複数枚の黒布の大半が千切れ飛ぶ。半ば姿が露わになった高音の顔面目掛けて振り下ろしの右(チョッピング ライト)を叩き込みながら、事も無げに杜崎は言葉を放った。

 

「攻撃行為自体に慣れていないからか、攻めの手法(・・)がはっきり言うなら平凡で、貧相に過ぎる。お前の防御は既に一流と称していいが、自分よりも疾い相手や火力のある相手に対して丸まって凌ぐ事しか出来んのならば、先の大言壮語は矢張り絵空事と笑われても反論は出来んぞ?まさか此の先ずっと篠村や佐倉に負んぶに抱っこをされる事を良しとしたまま先の宣言をした訳ではあるまい。耐えてさえいれば並の相手ならば息切れもしようが……」

 

高音が次々と喚び出す黒布の防御幕をそれ以上の速度と回転数の重撃で千切り飛ばし、遂に生身の身体を晒した高音に杜崎は拳を引き絞りながら締め括る。

 

「生憎俺は並よりも大分(・・)上の域に在る。そして()はそんな輩がお前の敵だ。…守るだけでは勝てはせんぞ高音、何事にもな」

 

杜崎は自然石がそのまま成り代わったかの如き鈍器(こぶし)を容赦無く高音の鳩尾目掛けて突き出した。

 

 

「容赦無えなー、ゴリポン。まああの殺人コングパンチや抹殺ゴリラキックをあそこまで真面に受けときながらあんだけ凌げる高音ちゅわんの防御力は確かに凄えけどよ。…ん〜、まあモリモリの言う通りどんだけ堅くても反撃来ねえなら面倒臭くても脅威(こわ)くは無えわな。ゴリ崎の言う亀じゃ無きゃ(アルマジロ)系女子って奴だぜ。守りに入っちゃいるが本来肉食系っぽい気の強さだしなぁ」

 

時間は少し遡り、次々と散らされる黒布が花弁の様に舞う様を見ながら中村が(後半に限ってはどうでもいいことを)呟く。

 

「何か一つを極めるのは悪い事じゃないが、一点特化し過ぎていても大抵の場合相手はその得意分野に態々付き合ってくれたりはしないからな。実戦的な観点から言うなら、そもそも相手が高音さんを倒す事が目的で無い場合は堅牢なだけで鈍重な壁なんて無視して行けばいいだけの話だ。壁役(タンク)は防御力が高いだけでなく、敵を引き付けられなければ壁足り得ないんだから」

「だからこそ年齢の割に攻撃呪文ばかり覚え過ぎている佐倉後輩や、手数と小回りが利く遊撃役に適した篠村と組んでいるのだろう。普段仕事をする上ならば互いに補い合えている以上欠点は欠点足り得ん。…しかしこれは一対一の試合だからな」

 

「高音も黒布で拘束狙たりワイヤーみたいなの撃ち出したりしてるアルから全く反撃しようとしてない訳じゃ無いアルが……」

「杜崎先生の言う通り、並の相手ならば牽制程度にはなるでござろうが、この武道会のレベルではやるだけ無駄、と言っていいでござるな」

「まあ確かになんちゅうか、何が悪いて訳や無いけど攻撃手段が全う過ぎて平凡やな。あんなん負けんだけ(・・)なら俺やネギでも出来るで」

「いや、僕じゃ……」

「謙遜スンナ。様は真面に勝負しなきゃいんだから少しばかり動ける(・・・)奴なら難しくネーヨ」

「まあ攻撃はCからD、防御がAってだけの話ですカラ、あの人が弱い訳でも勝とうとすれば勝てるって訳でも無いんですけどネー」

「…ガードの固い女は脱いだら凄イ………」

 

中村を皮切りに選手席の武闘派面々から述べられる高音の評価は酷評とまでいかずとも辛い評価である。

 

「杜崎先生は身体強化魔法の扱いに掛けては高畑先生等の例外(咸卦法)を除いては右に出る者のいない使い手で、近接戦闘の技量に於いては少なく見積もっても私や皆さん(バカレンジャー)と同等以上。大型魔獣を正面からの肉弾戦で圧倒出来る一流の前衛魔法使いです。如何に高音さんの防御が秀でていようと、ただ受けているだけでは……」

「全う過ぎて詰まらんが魔法拳士としては一つの最適解だな。ああいうなんの小細工も無く単純(シンプル)にただ強い輩は余程極端に戦力で上回らねば簡単にはやられてくれん。格下の下剋上が最も成立し難いバランス型という奴だ。……見ろ、早くも終わりの様だぞ貴様の女は」

 

相変わらず退屈そうな表情のまま、刹那の語尾に被せる様にして言葉を紡いだフツノミタマの目には今まさに防御を剥がされ、一撃を喰らわんとしている高音の姿が映っている。誰がどう見ても高音の絶体絶命としか思えないそんな光景を元にしたフツノミタマのコメントを、

 

「馬鹿言うなよアーティファクト(骨董品)。長生き…んにゃ、長く存在してる割には見る目無えなアンタは。アレを俺の女呼ばわりする節穴さを含めて」

「最後を除いてお兄様の仰る通りです!」

 

篠村は鼻で笑って否定した。隣の愛衣もそんな篠村の台詞に自信の篭った笑みを浮かべて頷き、一部(・・)を肯定する。

 

「……いや旦那、ありゃどう見ても………!?」

 

そんな、端から見ていれば身内贔屓の盲信としか思えない言葉にカモが反論しようとして、直後の光景に言葉を失う。

 

鈍く、重い音と共に杜崎の拳がめり込んだのは華奢な高音の肉体では無く、それまでの鈍重な動きが嘘の様に高速で翻り、高音の体前へと差し込まれた黒衣の巨人の掌であった。

 

 

……まさか影精による防御布だけで無く、このデカブツまでが……!?

 

「はい。物理、特殊(・・)攻撃を問わず自動防御(オートガード)を行います。実体を持ったこの大質量を速く動かすには多大な力を消費するので、普段は黒衣を防御手段として用いていますが。……先程の宣言、あまり安く見ないでほしいと、そういうニュアンスを込めたつもりでしたが?」

 

半ば掌をひしゃげさせながらも、軽く装甲車をスクラップに変貌(かえ)る重爆を受け止めてみせたその巨人の能力に杜崎が目を見開く様子を見て高音は事も無げにそう言い放ち、己が下僕たる巨人に指令を下す。

直後巨人が歪んだ掌を無理矢理握り締めて杜崎の片腕を拘束し、振り上げられた逆の手が鉄槌の如く振り下ろされる。高音の出し惜しみない魔力消費によってそれまでの動きが嘘の様に加速した巨人の拳は身動きの取れない杜崎の頭部に吸い込まれーー

 

「ならば同じ様に返そう、…舐めるなよ?」

 

ーーる寸前に杜崎が振り上げた爪先の一撃によって逆に粉々と砕け散る。一瞬の後逆の軌道を描く様にして振り下ろされた脚撃が腕を掴む逆の手を半ばからへし折り、自由を取り戻した杜崎は素早く後退して距離を置きに行き。

 

「舐めてはいません。…無理をして攻めに来ていない現状、私がなにか動きを変えれば一先ず退くと、そう読んで誘導した結果が()ですので」

「……っ!?」

 

高音の軽く掲げられた両手の間から湧き上がる(・・・・・)黒の奔流に杜崎の目が再び見開かれた。

 

百の影槍(ケントゥム ランケアエ ウンプラエ)!!」

 

直後、殺到する黒き槍の群れに杜崎は全身を打ち抜かれ、その身体は弾かれた様に場外の水堀へと叩き込まれた。

 

 

「あいつは勝気だが根が優しい。気性が攻めに向いてないのは、お前等の言う通りだろ。実際俺から見てもあいつの攻めは平凡だ」

「でもあいつの攻撃(・・)自体は平凡でも貧相でも何でも無え。影精魔法は防御や支援向きってだけで攻撃出来ない訳じゃあ無えし、あいつの魔法力は質、量共に少なくとも魔法生徒ン中じゃNo. 1なんだぜ?加えて出来損ないの俺みたく取り分け苦手分野の魔法も無えってんなら……」

 

こう(・・)、なります。先程中村先輩はお姉様を(アルマジロ)と例えましたが、お姉様はそんな消極的な肉食系(情熱家)ではありません!同じ甲羅を持つ獣ならば穿山甲(センザンコウ)の如くと讃えて下さい!!」

「……愛衣、それは確実に讃えて無えぞ………」

 

 

『バ、生物災害(バイオハザード)杜崎選手!まるで暴風雨の様な破壊の連打を只管防御に徹する高音へ見舞い続けていましたが、遂にその鉄壁のヴェールを打ち破ったかに見えたその瞬間ッ!!突如凄まじい速さで動き出した巨人と目にも留まらぬ攻防を繰り広げたかと思えば高音選手の放った無数の黒いワイヤー?に全身を痛打され場外へ吹き飛んだぁぁぁぁっ!!』

『相も変わらず高音選手の操る力の原理は不明ですが、極めて強固な靭性且つ弾性を兼ね備えた繊維の様なものを自在に動かせる様ですね。防御に用いている黒い布も、攻撃、拘束に用いているワイヤーも恐らくは同じ物質なのでしょう。さて、杜崎選手のダメージは如何程でしょうか?』

 

………捉えた、のは確かね。手応えという感覚が私には良く解らないけれど、当たり(ヒット)はした………

 

矢鱈洞察力の鋭い解説実況コンビのコメントに薄ら寒いものを感じつつも、高音は油断無く杜崎の沈んだ水面を見据えながら奇襲の可能性も踏まえ、全方位に黒衣の盾を展開する。見事己にとっての会心の一撃を決めることの出来た高音ではあったが、それによって杜崎が致命傷、或いは重傷を負い戦闘不能状態になっている等とは欠片程も思っていなかった。

 

 

「……浮かんでこないけど、もしかして……」

「無えな、百%(パー)どころか一万%(パー)無え」

 

朝倉のカウントが場内に響き渡る。一向に浮上してくる気配を見せない杜崎に、観客で常日頃からその実力を文字通りの骨身に沁みて理解している武道家達が動揺と戸惑いを多分に含んだざわめきを漏らす中、今の一撃で勝負が決まったのではないかと明日菜が口にした疑念を中村が阿呆臭いとでも言わんばかりに一蹴する。

 

「あの黒い槍の奔流、一本一本の威力は篠村の魔法の射手(サギタ マギカ)一柱よりやや上程度だろう?それが百本近く当たった程度(・・)で動けなくなるのなら、杜崎先生は麻帆良に赴任してきた初日に俺達によって殺されてるよ」

「ほぼ間違いなく杜崎教諭は健在だ。恐らく奇襲を掛ける為に水中へ潜んでいるのだろう。…些からしくはないがな……」

 

 

朝倉の場外カウントが半分を越えた直後、高音の足下ーーより正確に表現するならば闘技場の床下から響いた微かな物音が高音の耳に届く。

 

「…………?……っ!?」

 

油断無く全周囲を見渡しながらも高音が下へと意識を向けたその瞬間、盛大な破砕音と共に高音の立つ闘技場の床が下からの衝撃によって爆ぜ割れ、吹き上がる様に上へと奔ったその一撃は高音の身体を斜め上方へと打ち上げた。

 

「………っ、くっ!」

 

闘技場の端まで吹き飛ばされた高音だが、巨人と共に何とか着地を遂げたその身体に然程大きなダメージは無い。高音を護る障壁は周囲に展開する黒布だけでなく、その身に纏う黒調のレザーとシルクで作られた様な若干ビザール感のあるデザインスカート状の衣服、影の鎧(ローリーカ ウンブラエ)がある。如何に強大な威力といえ、床を破砕した余波を喰らった程度では戦闘続行に全く支障は無い。

 

「成る程、本当に堅いな。意趣返しとしては些か大人気ないやり口で意表を突いたというのに、これでは本当に節穴呼ばわりされても文句は言えんなぁ全く……」

「…お褒めに預かり光栄です……と言いたいところですが、私の様にタネや仕掛けがある訳でも無く耐えた上で仰られるならば皮肉としか思えませんが?」

 

しかしそれは杜崎の方も同じであった。のっそりと無造作な動きで闘技場に空いた(空けた)大穴から這い出して立ち上がる杜崎は、身に纏うスーツの各所に穴こそ開いているものの、皮膚上には傷すら付いていない。

 

『杜崎選手、健在ーっ!!っていうかこの人奇襲掛ける為だけに水堀の中から闘技場の床下くり抜いて来てるんだけど!?基礎からぶっ壊したら修復に時間掛かるんだって!あんまり壊さないでって言ったでしょーが先生!?」

「すまんな、ものの弾みだ」

「ちょっと位は悪びれてよ!?」

 

思わず途中からマイクを遠ざけて素の口調でツッコミを入れる朝倉を適当にあしらいつつ、杜崎は高音に向き直る。

 

「舐めてはいなかったつもりだが些かお前の実力評価が過小に過ぎたか。もう少しばかり出力(・・)を上げても問題は無さそうだな」

「ご存分に」

 

高音は言外に今迄の防御では通用しないぞ、と律儀に忠告してくる杜崎の宣言に苦笑を浮かべつつも、返す了承の言に不安は無い。

一気呵成に攻め立てられ、余裕が無かった所為もあるが、高音とて本気(・・)で守ってはいなかったのだから。

 

「元より杜崎先生を相手に節約用(・・・)の術式で相手取れるとは思っていませんでしたので。猶予を頂けるならば、遠慮無くいかせてもらいます」

 

高音は両の腕を高く差し上げ、力ある言葉を紡いだ。

黒衣の巨人の、全身が蠢く。

 

 

黒衣の重奏曲(アンサンブル ニグレーディニス)!!」

 

 

元より三mを越していた巨人が更に一回り以上縦横に膨れ上がり、身体の各所に煌びやかな装飾品が浮き上がる。マスカレードの豪奢な仮面行列者そのものの姿となった巨人の、幾重にも重なる黒い衣装が風も無いのに靡き、緩やかに広がった。

高音は巨人を己が動きに連動させて共にゆっくりと一礼し、不敵な笑みと共に言葉を投げ掛ける。

 

「先ずは様子見で五重奏(クインテット)とさせていただきましょう……敢えて大言を吐かせて頂きます」

 

立てた指を手前にしゃくる、掛かって来いよ、のジェスチャーと共に。

 

「少しばかり、等と吝嗇めいた事を仰らず全力でどうぞ。これより私の盾は決して破れ(・・)ませんので」

 

 

 

「…ひゃ〜〜なんや高音さんの、えらい派手派手になったで〜?」

「元々派手でしたので言ってはなんですが最早悪趣味の域ですね……」

「ゆ、ゆえ〜、駄目だよそんな事言っちゃ〜!高音さんはアレが良いと思ってああいうデザインにしてるんだから〜〜!!」

「宮崎さん?あまりフォローになっていないわよその言い方だと……」

『わ、なんだか凄くいっぱい出てきましたよ、あの黒い布みたいなの……!』

 

壇上にて荒れ狂う杜崎の拳足を二重、三重に重ねられた黒布にて受け止めながら巨腕の一撃やワイヤー状の黒槍にて反撃を繰り出しているド派手な格好の巨人を見やりながら一部の者が高音のファッション(デザイン?)センスに疑問を抱いている中、バカレンジャーの面々は素直に高音の実力について感じ入っていた。

 

「うーわ凄っげ。ゴリポンのあれ、恐らく出力だけなら本気(マジ)だぜオイ」

「加えて先程まで容易く千切られていた影精の防御布が破損しなくなったな。複数の黒布を重ねて単純に強度を増しているのか……」

「ひい、ふう、みい……少なく共六枚以上は出してるな、黒衣の盾ってあれ。高音さんが優秀な魔法使いだっていうのは聞いていたけど、あんなに障壁ばかりに魔法力を割いて大丈夫なのか?」

 

言外に己へ問い掛けられたのを察した篠村が渋い表情を辻へと向けるが、一拍置いて長い溜息(いき)を吐いてから口を開く。

 

「…黒衣の重奏曲(アンサンブル ニグレーディニス)あいつ(高音)のオリジナル魔法で、あいつの影魔法に対する才能と防衛向きの才覚を余す所無く結集させた一つの完成形だよ、あれは。お前等は見分け付かないかもしれねえけど、あの爺い悪魔(ヘルマン)共と戦り合った時にもあいつはあれを使ってたんだぜ?元となる黒衣の夜想曲(ノクトウルナ ニグレーディニス)は全方位からの攻撃を自動(オート)で防ぎつつ、防御の元である黒布と牽制、攻撃用に自動展開してる影槍は手動(マニュアル)操作可能。それでいてその防御力は並の魔法使いが張る障壁を軽く凌駕する…と、まあ其れなり以上に高度且つ使える魔法なんだよ。あいつはそれを更に改良して、攻撃行為のみならず近付いた目標や接触しただけの対象も自動(オート)で弾き飛ばす様にしたり、防御力強化の為に黒衣の盾を一度に複数枚展開出来る様にしたり色々やったから、元々防御防衛に優れた魔法が更に難攻不落な即席要塞魔法みてえになってなぁ……と、話がズレてんな」

 

要するにあの魔法は、と、篠村は半ば呆れ顏で闘技場の高音を見やりつつ、続く言葉を放った。

 

「それで満足しなかったあの勤勉な天才にして秀才が、防御って概念をトコトンまで極めようとして出来た絶対防御(・・・・)魔法だ。元の魔法である自動防御(オートガード)機能はそのままに、術者の任意で魔法力が許す限り幾らでも黒衣の盾を展開出来る。術式理論の改正と魔力運用効率にも手ェ加えてあるおかげで、影精によって編まれた黒布の強度は上がっていながら魔力の消費コストはやや上がった程度でほぼトントン。おまけに複数枚を統合しての防御(ガード)を行う様になった所為でそもそも防御を削るのに必要な出力(パワー)の最低上限が飛躍的に跳ね上がってる。試した事はまだ無えけど、あれ(黒衣の盾)の八重展開は理論上、最上位魔法に耐え得る」

「………それは、また随分と………!」

 

篠村の断言に反応したのは相も変わらず辻の傍らに寄り添う刹那である。思わず、といった様子で溢れた言葉には、感嘆と微かな畏怖が滲み出ている。

 

「そ。随分と無茶苦茶な代物だろアレは?しかもあいつの最大同時展開数は八重でまだ限界(・・)じゃあ無い。事実上、準戦略級魔法をたった一人で防げる馬鹿げた魔法だが、恐ろしい事にそれだけ(・・・・)じゃ無んだなアレのウリは」

「まだあんのか?」

「ああ。まあ一言で言うなら………」

 

『あぁーっと杜崎選手、遂に高音選手の呼び出した巨人の操る黒布に捕らえられたぁぁっ!?』

 

篠村の説明を遮って響き渡った朝倉の叫びに皆が一斉に闘技場へ視線を戻すと、其処にはまるで別の生き物が如くうねり狂う巨人から伸びる黒布の群れが杜崎の手足や胴体に絡み付き、その筋肉質な巨体を宙へと浮かび上がらせていた。

観客が悲鳴の様な喝采と怒号を上げる中、篠村は歓喜や誇らしさ、嫉妬に畏怖(おそ)れ等、様々な感情の入り混じった複雑な表情を浮かべながら呟く様に言葉を紡いだ。

 

防御(・・)は最大の攻撃(・・)って奴だ、格言とは逆だが誤りじゃ無え。…些か矛盾した言い方だが、桁外れの防御力を得た事によって防御を気にしなくなった(・・・・・・・・)あいつ(高音)は、攻撃の機会や反撃のタイミングなんて通常の駆け引きを一切合切無視して好きな時に好きなだけ攻撃を行う。相手が何をしようが気にもとめずに、潤沢な魔力任せに高火力の魔法と馬力及び質量のある巨人の物理打撃で波状攻撃を仕掛けてくる。……毛色は違うがお前等の身内(リーゼント番長)と同種なんだよ、本気の高音はな」

 

 

 

……想定はしていた、が…想像以上に厄介だな、これは…………!!

 

最大出力(ウィース マーキシマ)!!」

 

力ある言葉と共に全身が眩く発光し、爆発的に増強された身体能力任せに杜崎は手足に巻き付く黒布を引き千切り、自由になった両手を組み合わせた鉄槌の如き打ち下ろしによって胴体に一際大量に纏わっていた黒布と黒ワイヤーを潰し(・・)斬る。

自由を取り戻し、闘技場に再び降り立った杜崎だが、息吐く暇も無く巨人の背から濁流の様に湧き出した黒槍の波濤が前面から殺到した。舌打ちと共に身を翻し、迫る穂先を手刀や拳撃で払い除けながら高音の横合いへと回り込み、大型猛獣はおろか大型魔獣(・・)の首を一撃でへし折った事もある全力(・・)の殺戮打撃を(ヴェール)の様に展開する黒布へと叩き込む。

 

「無駄です」

 

しかし、三層に連なる黒布を纏めて打ち抜き、残る二層を半ば崩壊させながらも杜崎の打撃は高音の防御(最後の一枚)を貫けない。舌打ちと共にすかさず追撃の前蹴りを打ち込むが、

 

七重奏(セプテット)!」

 

瞬時に、しかも一層を追加して復元された黒布の盾によって再び威力を完全に殺され、強制的に勢いを止められる。更には風穴を穿たれた黒布が蠢き、渦巻いて杜崎の蹴り足に巻き付くと、凄まじい力でその身体を宙へと持ち上げた。

 

「…っ!最大(ウィース)…!」

影よ(ウンブラエ)!!」

 

杜崎が再び身体能力を跳ね上げて拘束から逃れるよりも早く、高音の呼び掛けに従って巨人の影から飛び出した成人男性程の体格をした黒衣の仮面姿の影精達が杜崎へ飛び付き、生半な気の使い手を軽く凌駕する力にて杜崎の手足を抑えに掛かる。

 

「鬱陶しいわぁぁ!!」

 

苛立ちの篭った咆哮と共に杜崎が振り回した手足により、黒衣の仮面達は頭部を破砕され胴体を両断されてあっさりと掻き消える。が、高音の狙いは影精達による一瞬の足止めにあった。

直後、組み合わされた巨人の鉄槌が杜崎に振り下ろされ、轟音と共に杜崎は闘技場へ巨大なクレーターを作りながら埋め込まれた。

 

「ぐ、うぅ………っ!!」

 

苦鳴を洩らしながらも巨人の両拳を跳ね上げ、立ち上がった杜崎だったが、その時には再び湧き出した黒衣仮面の影精達と、巨人から放たれる黒槍の群れが杜崎に迫っている。刹那の迷いも無く杜崎は右手側へと突進し、軌道上の影精を複数薙ぎ倒しながら高音の後方へと回り込みに掛かる。

未だ杜崎に致命的なダメージは無いが、最早完全に攻守は逆転していた。

 

『た、高音選手による突如人が変わったかの様な猛攻により杜崎選手防戦一方ーっ!!伝え聞かれる武勇伝では常に生徒達(やらかした馬鹿)を追い立て、蹂躙する側であった怒れる猿人(レイジング ゴリ)がここまで追い詰められる姿など、試合前に一体だれが想像したでしょうか!?』

『あの巨人の姿が派手になった(グレードアップ)直後から明らかにあの黒布の強度、展開速度、操作性が跳ね上がりました。恐ろしい事に高音選手は試合序盤では全力を発揮していなかったということでしょう。杜崎選手も高音選手に対抗して更なるパワーアップを果たしている様子ですが、現状を見る限りでは杜崎選手馬力(パワー)負けしている(・・・・・・)…ということになるでしょう。解説の私自身、口にしていて頗る違和感の激しい言霊ではありますが、目の前の光景は現実です』

 

 

「嘘だぁぁぁぁぁぁっ!?」

「あの狩り(・・)暮らしのゴリエッティが訳の解らねえ超能力に敗ける訳が無えぇぇぇぇぇぇ!!」

「どうしちまったんだよ鋼鉄剛猿(メタルコング)!?ンな布切れやら木偶人形やら、ことも無げに鎧袖一触出来ねえアンタじゃねえだろうがぁっ!!」

 

 

「……大混乱ですね………」

「常日頃からあの自動鎮圧兵器にやられている馬鹿共は、忌々しく思うと同時にその実力(ちから)を認め、敬意を表しているからな。高音女史が如何に強かろうと、最近まで話にも上がらなかった上に己と全く領分の違う得体の知れぬ力を扱う、同年代かそれ以下の小娘…となれば素直に認められない者もいるのだろう」

「そんな詰まらないプライド云々はまあわりかしどうでもいいとして……本当に強いな高音さん」

「全くや。さっきは偉そうな事言うたけどこの状態俺なら呑み込まれて終わりや、絶対的に火力が足りん」

「…最上位魔法にすら耐える障壁なんて、杜崎先生や僕等じゃなくても突破出来る人なんていないよ……しかも高音さんの魔力が保つ限りは無限に再生するのに………」

 

阿鼻叫喚、といった表現が相応しい観客の一部を引いた様子で見る夕映に解説しつつも、辻達は高音の実力に感じ入った。端的に言えば防御力の桁が違い過ぎて勝負が成立していないのが試合の現状だ。それが並の魔法使いや気の使い手ならばまだ解る話だが、杜崎 義剛は充分に一流の名を冠するに相応しい、しかも出力重視の近接術士(ストライクフォーサー)である。その重撃が通用せずに一方的に追い立てられるならば、少なくとも格闘大会という規則(ルール)の限定された舞台に於いて高音に勝てる者はほぼ存在しないに等しい事になる。

 

「な〜に言ってんだネギネギぽん。ゴリ先がヤバいなんて実況解説まさか本気にしてんのか?」

 

しかし、その前提となる杜崎の窮地を中村は笑って否定した。傍らの大豪院と辻も微苦笑を浮かべつつ頷く。

 

「え、えぇ!?でも辻さんもさっき……」

「高音さんが強いとは言ったけどね。杜崎先生が危ないとは言っていないよネギ君」

「そうだな。正味な話高音女史を些か低く見積もっていたのは確かだ、後程謝罪せねばならんな。…さて置きネギよ。確かに杜崎教諭は攻撃を止められ、少なからずダメージを受けた。しかしな、その程度(・・)まで喰らい付いた事ならば俺達もあるのだ。無論、少なくとも出力に於いては全開の杜崎教諭にな」

「そういうこっちゃ」

 

ムカつくことにな、と、中村は笑いながら。

 

「俺等は潰す気で行ってあのゴリラに勝てた事は一回も無え、俺達より強え(・・)んだよ奴ぁ。……こっからもう一段階()があっからあの類人猿はデス眼鏡と双璧張ってんだ、よく見てな?」

 

そろそろゴリラもそれなり以上に本気出すぜ、との中村の断言に皆が再び闘技場を注目した、その直後。

 

闘技場の端に追い詰められた杜崎に対して、鞭の様に長く伸び上がりながら疾走(はし)った巨人の腕と無数の黒槍、黒衣仮面の影精達の三重()綜が甲高い破裂音を響かせながら纏めて砕け散り、千切れ飛んだ。

 

 

 

……何が……………!?

 

「見事だ、高音」

 

詰みには至らぬまでも、更なるダメージを与え勝利へ近づく為の一手として何ら不足無い追撃。杜崎がこれまでに見せた迎撃能力を以ってしても無傷で凌ぐ事は不可能である筈であった。

しかし、杜崎は平然とした様子で静かに足を前に進めながら高音に語り掛ける。まるで先の攻防程度は一々語る程の事では無い、とでも言わんばかりに。

 

「よくぞその若さで其処まで練り上げた。才能に胡座を掛かず、鍛錬を弛まず。実戦を知り、時に思い通りにいかない現実を嘆き、時に挫けながらも折れず。…本当に努力を惜しまずに此れ程の力は身に付かない。お前を勤勉な、努力する天才且つ秀才と評した篠村の言葉は全く以って正しいな」

「……杜崎先生…………」

「ん?ああ、心配するな。どうやって先の攻撃を凌いだか気になるのだろうが、こんなものは隠す程の代物でも何でも無い。教えてやるとも、大層な事をしてみせた訳では無いからな」

 

言ってしまえば頭の悪い、単なる力任せのゴリ押しだ。と杜崎は笑いながら拳を構えて言葉を紡ぎ出した。

 

「身体強化は骨を、筋肉(にく)をより頑強に、生み出すことの出来る力の限界を跳ね上げ、腱の伸縮性を増すと共に反応、反射速度を増幅し、更には魔力による対物理、魔法障壁を身体中に纏わせる前衛にとっての必須魔法とされる基本にして極意だ。しかし如何に強化されようとも元となるのは生物の身体、自ずと発することの出来る力には限度がある」

 

限界を越えて身体を動かさせれば(・・・・)、当然肉体は損傷し、崩壊を迎えるからな。と、杜崎は朗々と語る。

 

「だからほぼ全ての身体強化には強化の度合いに制限(リミッター)が設けられている。要は人体が身体を守る為に身体能力の三割程度しか普段使うことが出来ない等という話と同じだ、割り増ししようと土台は同じだからな」

「……それが一体…………」

「そう急くな、能書きが長くなったが種明かしは直ぐだ。…つまり、身体強化を先程全開にしたと俺が言ったあれはな?出力限界では無く、駆動する肉体が損傷しない範囲での安全領域内での全開だったという訳だ」

 

「………?…………っ!?!?」

 

高音はその宣言の意図(・・)が解らずに眉根を寄せ。

一瞬の後に意味を理解し、驚愕に身体を震わせて声にならない声を発した。

杜崎は静かに微笑みながら小さく頷き、また一歩を重ねる。

 

「理解したか……そう、何て事は無い方法だ。その煩わしい制限(リミッター)を、術式少々弄って取っ払い、身体強化を使っているだけ(・・)の話だ」

「…っ!そんな………!!」

 

無茶(・・)な話を平然と語る杜崎にある種狂気染みた何か(・・)を感じ、怖気を振り払うように高音は叫ぶ。

 

「そんなことをすれば身体が無事では……!」

「無論済まないな、というか無事で済まんとは俺自身が先程語った。同じ事を並の前衛が真似しようとすれば先ず一撃か、保って数撃で筋肉(にく)は千切れ、腱は断裂し骨が砕ける。……だがこれも先程言ったが、生憎俺は並では無い。あまり大きな声では言えんが、俺はこの無茶を十代半ばから続けていてな。自分に特別優れた才が無いことを察した馬鹿な餓鬼がやらかした若気の至りが産んだ阿呆の所業の成果だ。今更先の迎撃程度は筋繊維が少々痛む位の損傷(ダメージ)にしかならん、だから別に俺は俺にとって(・・・)は、無茶はしていても無理は仕出かしていない」

「だから私の問題に付き合わせた所為で…等と気に病むなよ?単に生徒の実力(ちから)を見誤っていた節穴の教師が、矜持を潰してもせめて仕事は果たそうと慌てて格好悪く札を切っただけの話だ」

 

それよりも構えろ高音。と、杜崎は促す。

 

「些か大人気無い真似までして延命を図ったのだ、もう少し()を続けさせてもらうぞ?」

「……それは肉体言語で語り合う、という意味合いですか?」

「中々言うな、お前も」

 

僅かに震えた声で返した高音の珍しい冗談めいた台詞に、厳つい顔に似合わぬ軽やかな笑みを返して。

生物災害(バイオハザード)は名の通りの大嵐(ディザスター)と化した。

 

 

『………、……いやもう消え、っていうかさっきから破裂音と破砕音の交響曲(シンフォニー)と共に高音選手のスタ◯ドがズタボロに崩れては再生してる光景しか実況の私の目と耳には入ってきません!!高音選手に呼応して暴虐武人(アウトレイジ)が遂に本当の本気を発揮したとでもいうのかぁぁぁぁぁっ!?』

『最早常人どころか生半可な実力者すら見きれぬ杜崎選手ド級の猛攻。それを凌いでいる高音選手の防御も同等以上に凄まじい代物です。超一級の矛と盾の争いは果たして何方が制するのでしょうか?』

 

「っしゃあぁぁぁぁぁ!!そうだよ暴虐武人(アウトレイジ)ぃ!アンタはそうじゃねえといけねえよ!!」

「これが貴殿の本領発揮か処刑教師……!例を言うぞ謎の仮装行列(マスカレード)を操る小娘!!俺が超えるべき頂きを目の当たりにさせてくれてなぁ!」

「心底は苛つくが俺以外にテメェが斃される光景なんざ見たかねえんだよ糞教師!!そのコスプレ女ぶっ潰せやぁぁぁぁ!!」

 

「ぶっ潰せやぁじゃねえよマッシュポテトになりてぇかチンピラァァ!?テメェゴリラ教師やっぱ言わんこっちゃねえ生きるか死ぬかみてえになっちまってんじゃねえかそれでもいい大人の社会人か黙ってさっきので沈んどけや!!…つうか止めろや審判ンンンンッ!!あんな戦艦主砲も驚愕(ビックリ)な殺人通り越して殺魔獣パンチが一発でも防御通り抜けたら大怪我どころか高音粉々になっちまうだろぉぉがぁぁ!!高音ぁ身体鍛えてねえ純後衛だぞテメエ等半人外の基準で判断すんな聞いてんのかゴラァァァァァァァッ!?」

「お、お兄様ぁぁぁ!どうか落ち着いて、落ち着いて下さいぃ!?」

「アザミっちぃ、激怒した振りして愛しの妹分にコアラみてえに抱き付かれてお胸の感触堪能して興奮してねえで落ち着ゴフ!?」

「回りくどい上に的外れ且つ長いわ、黙れカス。ともあれ篠村、気を静めろ。言わんとする事も高音女史を案ずる気持ちも全てとは言わんが理解出来る。が、それでも矢張り俺達はこの試合、止めようとは思わんのだ」

 

無責任に盛り上がる観客と何処までも平常運行の司会に文字通り怒髪天を突いている篠村を制止しようと両手足で背面にしがみ付いて(だいしゅきホールド)いる必死の愛衣。

腐った価値観で茶々を入れ掛けた(或いは巫山戯た調子で場を和ませようとしたのやもしれないが)中村の鳩尾を打ち抜いて黙らせた大豪院が宥めに掛かるが、篠村は鎮まる所か怒りの増した様子で噛み付かんばかりに舌鋒を叩き付ける。

 

「五月っ蝿えよイカれ集団の戦闘狂が賢しらに人様の理屈をしたり顔で語んじゃねぇ!!あいつはなぁっ!こんな最果ての異郷じゃなくて、本国の凄えとこで活躍できる女なんだよ!!馬鹿見習って態々馬鹿やらかす必要なんざねえんだ!それを止める所か焚き付ける様な真似を揃いも揃って……!!」

 

「それは貴方の勝手な理屈です、篠村さん」

 

その多分に八つ当たり地味た言葉を遮ったのは、辻の傍らに控えていた刹那だった。

 

「……ンだと…………!?」

「高音さんの行動は確かに冷静さを欠いたものであったかもしれません。貴方の言う通り、何の成果も上がらずただ傷付くだけの徒労に終わるのやもしれません。……ですが、高音さんはそれ(・・)を自ら望んで行っています。誰に強要された訳でも、惰性で仕方なくこなしている訳でもありません。…忠告をするなとは言いません、客観的に見て間違っていると思えるならば諭そうとするのは当然でしょう。しかしそれでも本人が望んだならば、止める権利は誰にもありません。……貴方は高音さんの同僚に過ぎないと、高音さん本人に告げられた筈です。それが正しい見方かどうかは解りませんが、貴方はそれを否定しなかった(・・・・・)。……それならば篠村さん。貴方に口を挟む権利は無い筈です」

 

「っ!!……………っ〜〜〜〜……!!!!」

 

刹那の淡々とした冷たい正論(・・)の羅列に篠村は反射的に何事かを吼え掛けたが、それを正しいと理性が認めてしまった故に。返す言葉が紡ぎ出せず、言葉にならないうなり声を口端から洩らしながら(かんばせ)を伏せて項垂れる。

 

「…刹那、ちょっと言い過ぎだ。……悪いな篠村、似たような事をやらかした(・・・・・)身としては他人事と思えないんだ…俺も、刹那もな。篠村と高音さんは何でもない、浅い関係なんかじゃ無いだろ?どうでもいい人の為に、そんなに人は怒れやしないさ。…事情を知らないなりに言わせてもらうなら、俺みたいに手遅れになる前に向き合ってみたらどうだ?自分の為だけにそんな退いた態度を取ってるんじゃないとは思うけれど、こうして拗れても踏み込まないなら。……それは逃げ(・・)だと、俺は思う」

 

「……………………………………」

 

穏やかに諭す様な辻の物言いに篠村はもう噛み付く様な態度こそ取らなかったが、奇妙なまでに凪いだ表情(かお)で先程までとは一転して黙り込んだ。

 

「お、お兄様………!……っ、皆さん!!良かれと思って仰られているのは解りますが、お兄様の気持ちも知らないであまり好き勝手言わないでください!!お兄様はお姉様を傷付けたく無いからこのような……!」

「愛衣」

 

静かに。されど有無を言わさぬ調子で篠村は、辻達の無理解に腹を立てるあまりに口を滑らせかけた愛衣の台詞を遮った。

 

「…お兄様……っ!!」

「前にも言ったぞ。俺のやってる事は詰まんねえ俺の意地張りだ。当時ならいざ知らず、高音はもう大丈夫(・・・)だよ。今更バツが悪いから伝えねえ、ただそれだけの小せえ話だ」

 

珍しくも承服しかねる、とばかりに抗議の声を上げる愛衣を素気無くあしらい、篠村は何処か白けた様な、冷めた表情で辻達に向き直る。

 

「親身な言葉をありがとうよ、嫌味じゃ無くそれは感謝するぜお人好し集団。…ただ、あれだ。こんな言い方はなんだけどよ、今の聞いててやっぱお前等は普通(・・)じゃねーんだなって、逆に開いちまうモンを感じたよ俺は」

 

だってもう前提が違うから、と篠村は力無く告げる。

 

「問題があってよ。何がなんでも解決しよう乗り越えよう、壁をぶち破って前進だ……ってのがお前等だろ?やり方が良い悪い以前に打破しようと考えられる(・・・)のがお前等だよ、才能マン………なあ?」

 

その()は静謐な、澄んだものであったが、

 

「立ち向かわないのは、妥協すんのは。…引き返しちまうのはそんなに悪い事か?」

 

同時に何処までも(くら)い光を湛えていた。

 

「なまじ心身共にタフで能力あっから、勘違いしてんだよお前等は。……嫌なことがあったらな、逃げたっていいんだよ。人ってのはそうしねえと、普通(・・)は生きていけねえんだ」

 

「……篠村……………」

 

言葉面だけを取ればただネガティヴな開き直りにしか思えない篠村の反論だったが、悲哀と嫉妬と憤り、そして諦念の混ざったその響きに、辻は言葉を返せなかった。

 

「…そんな顔してんじゃねえよ。俺が吐いたのは単なる、妬み嫉みの愚痴と八つ当たり、だ。解ってんだよ自分で。その上で逃げ出して、のらくら流されてこんなとこくんだりまで来ちまうから駄目なんだわなぁ俺は」

 

クツクツと自棄になった様な自虐の笑みを洩らしながら、篠村は壇上の高音に視線を戻して独り言めいた調子で続ける。

 

「逃げんのは良くないけどいい、でも誤魔化してこのまま放っとくのはもう無理だな。さっきはああ言ったが、忠告(アドバイス)参考にさせてもらうぜ?決着(ケリ)付けねえといけねえのが解ったからなぁ、この腐れ縁」

 

「待てや篠っち。どう聞いても駄目な方向に覚悟完了してんだろ早まんな」

「口ぶりから何をするかは大体想像が付くが高音女史に焦らず落ち着けと言ったのはお前だろう。その場の勢いで自暴自棄な結論を出すな」

 

「はっきり言わなきゃ解んねえか?俺はお前等奇人変人且つ天才鬼才様方とは心身の出来具合が違うんだよ。見解の相違だ、言ったろ俺は逃げてもいいと思ってる。そっちの意見を押し付けんなよ、…口挟む権利は無えんだろ美少女剣士ちゃん?」

「………っ!」

 

皮肉気に己の言葉を返されて唇を噛む刹那を一顧だにせず、敬愛するお兄様の態度の急変にオロオロする傍らの愛衣へ篠村はやや口調を和らげて言い放つ。

 

「愛衣、お前は高音について行きな。一身に健気に慕ってくれてるお前には本当に悪いが、俺は高音から離れる(・・・)。未練がましくくっ付いて来たが、潮時だ「お兄様っ!?」…落ち着け。言われたみたいに自棄になったから言ってんじゃねえぞ?結構前から、考えちゃいたんだ。高音はこの勝負がどうあれ、()に行く。俺の御節介なんぞ関係なくな。……俺はあいつに、必要無え」

「そんなことはありませんっ!!」

「あるんだよ。寧ろ魔法世界(ムンドゥス マギクス)を出る時に、縁を切っときゃ良かったんだ。……今度こそは言うこと聞けよ?もう俺を、お兄様と呼ぶな愛衣」

 

俺は本気(マジ)だと締め括り、篠村は両手をメガホンの様に口に当てて高音に向かい、吼える。

 

 

「…高音ぇっ!!お前は自分が攻められる態勢を完璧に作ろうとし過ぎっから常に殴るか殴られるかのシーソーゲームになってんだよ!お前は堅いんだ!保守的になるなゴリラが突っ込んで来てようが攻めろや!!分が悪い消耗戦に態々付き合うなよ真っ向からの削り合いならお前は勝てんだよ!!………」

 

篠村は一息にそこまで言い切ると深く息を吸い込み、一際大きな叫びを高音へと叩き付けた。

 

「…偶には俺の言うこと聞けよお前はぁぁぁっっ!!!!」

 

 

……これが、最後だからよ……………!

 

 

 

「………篠村………………!」

「聞いてやったらどうだ?」

 

絨毯爆撃の集中放火。高音が晒されている状況を端的に説明するならばこの一言に尽きた。

全力で展開した全方位を覆う黒衣の盾が次々に穿たれ、千切られ、吹き飛ばされる。どうにか反撃の機会を作ろうと黒衣仮面の影精達を喚び出し、黒布を広げて足止めを試みても出した先から粉々にされ、却って防御から意識を割いた分攻撃を喰らいそうになる始末だった。

最早亀の様に丸まって耐え凌ぎ、杜崎の息切れ(・・・)に期待する他に高音が選択肢を見出せずにいた時に、声を発した一瞬後には別の地点へ高速移動する為歪み、ブレた響きをしな杜崎の声が届いた。

 

「…何を意図しての!……忠告でしょうか!?杜崎先生!!」

「簡単だ。俺の状況分析でもお前が俺に勝つにはそうするべきと判断するのがまず一つ。はっきり言うなら今のお前の迎撃、反撃には欠片も脅威を感じない。幾ら防御力が自慢だろうが、単に丈夫なだけで碌に手も出ないようなウドの大木を俺が何時までも潰せんと思うなよ。…二つ目に………」

 

杜崎は一発一発が破城槌の殴打に等しい四段蹴りで高音の背中側から巨人の脚から胴体をグシャグシャにひしゃげさせながら、言葉を一旦切った後に溜息ごと吐き出す様な調子で残りを吐き出す。

 

「…さっさとお前等がよりを戻すべきと思うからだ。既にお互いを認め合っているのは、お前の試合前の発言と、先程のを含めた篠村の言動で充分に理解した。…高音、お前の問題は、言ってしまえば半ば以上解決しているんだよ」

「っ!!……解った様な事を!…言わないで下さいっ!!」

 

その、やれやれ、とでも副音声の付きそうな呆れを含んだ声音がこれ以上無く高音の癇に障った。

多量の魔力が浸透し、更に強度を増した黒布の瀑布が全方位に放射され、ドーム状の津波が如き不可避の一撃が杜崎を打ち据える、が。

 

「雑魚掃除兼隙を作るには最適だろうが魔力消費の多さと多重行使により息が続かず、発動後次が繋げられない。お前単体では、一定以上の力量(レベル)相手に遠ざける以上の意味は無いぞ」

 

黒布の薙ぎ払いを喰らった瞬間に杜崎は後方へ飛んで威力を吸収し、平然と闘技場の端に着地する。

勝負になっていない。現状を打破出来ない己の非力に歯嚙みする高音へ、着地してから動きを止めた杜崎は幼子へ噛んで含める様にゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「高音。一言に纏めるなら強くなりたいお前の悩みと、篠村との因縁は別の話だと考えてはいないか?まあ関係無いといえば全く関係は無いし、間違ってはいないがな」

「…何を………!」

「まあ、聞け。普通ならそれでいいのだがな、お前の場合は違うのだ。…お前が篠村と円満にやれて(・・・)いたなら。お前は今更そんなことで悩んではいないだろうからな」

 

その言葉に、高音は己が心音の鼓動を意識する。意味合いは未だ解りかねるままに、痛い所(・・・)を突かれた実感があった。

 

「妙な意味合いで無く、お前達は二人で…いや、佐倉を入れて三人か。でやっていけばいいのだ、今まで通りな。お互い苦手があるからと急場凌ぎの先送りが目当てで培った連携ではあるまい、お前達の戦術は?将来別れる時が来るのだとしたらその時に考えろ、一人の強さなどというものは。お前も篠村も、奴等(バカレンジャー)とは違うのだろうが?強さを目的でなく手段と割り切る以上、お前の悩みは無用な心配というものだ…それを何故、悩むようになったのかといえば………」

 

親指が、選手席の一角を指し示す。

 

篠村(あれ)とこのままではやっていけない。……そうお前が何処かで考えるようになったからではないか?」

 

「……………!…………………違い、ます…………」

「意味も解らぬまま否定をするな」

 

杜崎は高音の遠回しな拒絶に拘泥しない。

 

「昔色々あって気まずくなった、なんだかんだで一緒に居続けて許してあげてもいいまでいった、だけど相手は謝らない、自分から譲歩はできない。……だから、離れなければならないから。一人でやっていけるようにしなければならない。どうだ?大きく外れてはいないと思うがな」

 

ここまで言えば気付くとは思うが、と、杜崎は決定的なその台詞を口にする。

 

「お前は篠村を許せないが許したい(・・・・)んだ、関係を途絶させたくないんだ。お前の若さが妥協(それ)を許さないだけで、共に在りたいと本心では望んでいる。…急いで大人になるなとは言ったが、いい加減妙な所でだけ子供の様に意地を張っていないで、向き合ってやれよ篠村と。腹を割って話せば、許してやれる(・・・)かもしれんぞ?」

 

「……っ!!違うっっ!!!」

 

怒りか、或いは羞恥によってか。

顔を真っ赤に染め上げながら高音は腕を振り手繰り、黒衣の巨人から黒槍の群れを投射する。

 

「私はっ!!…あんな、男のことなんてぇっ…!?」

「高音ぇっっ!!!!」

 

何かを振り切る様な高音の叫びを、それに数倍する大きさ(声量)の杜崎による一喝が搔き消した。同時に打ち上げられた剛腕の一閃が、黒槍の群れをガラス細工のように打ち砕く。

 

「…其処で自分に嘘を吐くな、高音。他の誰かに嘘を吐くのはまだいい。だがな、自分を誤魔化すのは後で一番、耐えられなくなる。本当に堪えるんだよ。俺は興味本位や囃し立てが目的で聞いている訳では無い、包み隠さず本心を吐いてみろ!」

 

「お前にとってあいつ(篠村)は何だ!?」

 

 

 

愛しい人(スイートハニー)?」

「旦那だろう」

「古女房って言い方が俺としてはしっくり来るな」

 

「流石に何の話かは俺でも解ったわぁっ!!どういう話の経緯でンな問い掛けをされてんだよ高音はさっきまでガチバトルな流れだったろーが!?」

 

辻達が茶化す様子でもなく割と大真面目に述べた己の立ち位置を強引にスルーしつつ篠村は理不尽な展開に対して吼える。

恋だの愛だの謳う以前に、篠村はその当人(高音)からはっきり拒絶されたばかりだというのに如何あっても話がそこ(恋バナ関係)に向かうこの不条理。素気無くされてデリケート且つナイーブになっている心の柔らかい部分が抉られていく様な錯覚を篠村は覚え、身体中から力が抜けていきそうになるのを根性で抑えつつ憤懣やるかないと勢い良く立ち上がる。

 

「もう関係無いっつったやないのあんさん」

「あーそーだよ関係無えよ!関係無えようにしようと決めたからこそこういう糞下らねえ邪推云々はキッパリ否定して二度と沸いて上がらねえ様に潰しとくんだよ立つ鳥は後を濁さねえんだよぉ!!」

 

お惚けた中村のツッコミにきっちり二倍以上を叩き返し、篠村は高音を嗾ける。

 

「ンな下衆の勘繰りはどおぉぉでもいいからぶちのめせ高音ぇぁぁ!!このルール(・・・・・)なら勝てんだよお前はビビんな俺を信じろとは言わねえからお前自身の…「いいから少し黙っていなさい篠村ぁっ!!」……あ、はい…………」

「弱ッ!?」

「五月蝿え!!……ってか、どうしたあいつ………?」

 

が、鬼気迫る高音の怒喝に呑まれ、しおしおと引き退る。あまりのヘタれ具合にツッコんだ明日菜に吼え返しつつ、先程までとは何かベクトルの違う切羽詰まった高音の様子に篠村は疑念を洩らす。

 

「…素直になろうとしているだけですよ、篠村先輩。腹を据えられたようですが、少々決断が遅かったかもしれませんね?」

「おいこら待てやどういう意味だサムライカップ…「解りました!今度はお姉様がお兄様を追い掛けられる番なのですね!?」……はあ!?」

「突き離されたんに追っ掛けて、気ぃ惹いといて今度は離れてくみたいな真似しとるんやから、ある意味自業自得やで〜篠村先輩?」

「諦め悪くグズグズしてるから逃げられなくなるアルよ」

「中途半端でどっち付かずな対応ではいざという時にキメられぬという訳でござるなぁ」

「まあ二兎を追う者は〜みたいな結果にならんだけ万倍マシやろ。篠村の兄ちゃん何だかんだで高音の姉ちゃん大好きなんやから取っ捕まってもハッピーエンドやないか?」

 

「好き勝手ほざくなテメェ等!?あのゴリラ教師だな馬鹿真面目を唆して妙な方向に…!!」

「嫌な事あったら逃げてもいいだっけ?けだし名言だが嫌な事が逃がしてくれるか(・・・・・・・・)はまた別の話だわなぁ?」

 

お覚悟完了みてぇだぜ、お前の嫁。と、中村の言葉に篠村が慌てて壇上を振り仰げば、高音が巨人を従わせつつ、闘技場中央へ戻ってきた杜崎と至近距離にて正対している場面が目に飛び込んできた。

 

 

 

あれ(・・)は私の相棒です」

「……ほう?」

 

………そう。大嫌いで……それでもやっぱり、嫌いになれない男……………

 

高音は巨体の杜崎と目線を合わせる為にしっかりと顔を上げ、凛としたよく通る声にてはっきりと宣言した。杜崎は興味深いと口端を吊り上げ、問いを重ねる。

 

「…して、その心は?」

「不本意ながら、貴方の指摘は大凡的を得ていました。私は確かに、突き離すような真似をしておきながらその実、あの男が嫌いでないのです。嫌い切れないので無く、嫌いたく(・・)ない。惚れた腫れたの領域は既に越えているのだと思います。…ただ、そうです………」

 

居て欲しかったのでしょうね。

 

囁く様に、高音はそっと口に出した。

 

「…なれば如何する、お前は?」

「如何もこうも…あの強情っぱりが来ない以上、私が踏み込むしか無いと、それだけの話なのでしょう。気は進みません、恐ろしくもあります。あれでまだ嫌われきっていない確信はありますから、これ以上嫌われるのも御免です。…何より話をして、キチンと理解(わか)り合って。それで本当に嫌いになってしまうかもしれないのは……嫌です」

 

それでもそう在る事が、私が思う私ですから。

そう、高音は己の胸に手を当て宣言した。

 

「…ならば最後に忠告(アドバイス)だ。一度盛大に喧嘩をしておけ、お前達は」

 

杜崎は此方を凝視する選手席の篠村を指し、そう告げた。

 

「逃げていたのはお互い様だろう?お前だけ腹を括った所で彼奴が逃げれば同じ話だ。あれは逃げてはいけないなんてことは無い(・・・・・・・・)と、理解(わか)っている男だ。後悔や悔恨は忸怩たる思いを味合わせてくれるが、そんなものは抱えた上でも存外やっていけてしまうものだからな」

 

だから逃げるな、と俺がお前達に言うのは、単なる俺の押付け(エゴ)だがな、と、杜崎は苦笑する。

 

「それでも、そもそもそんなもの(後悔)はしないのが一番いいと俺は思う。高音、追い掛けろ。篠村はのらくらと躱して逃げようとするかもしれんが逃すな。関係を正しく結び直したいのなら、現在の関係(イマ)が壊れるのを恐れるな。こればかりは確証の無い、単なる俺の勘にすぎんが……」

 

笑みを幾分柔らかいものに変え、杜崎は言葉を紡ぎ終える。

 

「どういう結果になろうとも、きっと現在(いま)より悪くはならんよ。お前達は」

 

 

「長話が過ぎたな、決着をつけよう」「はい」

 

 

 

『おぉーっと両者示し合わせたように一歩退き、構えを取ったぁ!!何やら教師という立場より高音選手に募る話があった模様ですが、一応の決着がついたようです!』

『ぶっちゃけた話篠村選手と試合前にモメていた様でしたからねえ。まあ祭りなのですから青春の一言で片が付く類の話でしょう。一部の界隈ではそれなりに有名ですからねこの喧嘩(ケンカ)ップルは』

 

「……何…!?……」

「麻帆良恋愛部の『なんでこの二人くっついてないんだろう』部門のベスト10(テン)くらいには入ってんぞお前等」

「はい!!お兄様もお姉様も奥手で中々関係を進展なさって下さらないので私が紹介を…」

「事情知っときながら一因はお前か裏切りモンがぁぁぁぁぁぁ!!」

「あっ、痛!?痛いですお兄様ぁっ!?」

「どうせ目つけられてたアルよ」

「遅いか早いかだけの話でござるな」

「じゃっかあしぇいっ!!」

「てゆーか愛衣ちゃんに関節技(サブミッション)掛けてる場合じゃないわよ先輩?高音さん何て言うか刹那さんや山下先輩右に倣えみたいな腹の据わり方させちゃったから」

 

仁王の様な形相で卍固め(オクトパスホールド)を愛衣に決めている篠村に対して明日菜が呆れた様子で声を掛ける。

 

「…あいつが今更どうしようと関係無えよ。俺は、あいつと。居るべきじゃ無えんだ。ずっと前から解ってたことだよ」

「違いますお兄様は痛たたた……!!」

 

「青臭え語りはそんぐらいにしとけや、どうせ何言おうがこの試合の後で決着(ケリ)付くだろうからよ。…そろっと決着(フィナーレ)だぜ、あっちは」

 

中村がやや呆れた様子でその場を制し、不承不承といった態度ながら蛸固めを解いた篠村を初めとして一同は闘技場に向き直る。

 

「……問題が話し合いで円満に解決したならばこのような試合を続けなくとも…という指摘は、野暮なのでしょうね」

「ヒョホホ解ってんじゅわん夕映っち」

「流石に慣れました。…理屈抜きにこの場はそういうノリ(・・)なのだと、そういうことなのでしょう?」

 

私の様な輩には今一つピンと来ない領分の話ですが、と、夕映が苦笑を浮かべつつ中村へ返した。

 

「そ。まあ意味があるかっつったら無えんだろうけどな、無理に勝敗競うなんざ」

「それでも別に、意味のない事はしちゃいけない訳でも無い。やらなければならない事だけをやっている人の人生譚なんて、詰まらないとは断言せずとも面白味には欠けると俺は思うよ」

「あらゆる行動に目的を定めたのでは、己の世界(・・)が定めた地点以上に広がりはしない。無意味を先ず、良しとせねばな」

 

「なにせ人生賭けて無駄に終わるかもしれねえ所目指してやろうとしてんのが武道家(おれたち)だからなぁ、オイ」

 

「僕等に見習うべき点があるとするなら、そんな所だろうね。我儘(おのれ)を通せなきゃ人生やってられないさ……まあもう人じゃあ無いけど」

 

良い(サマ)になったじゃないか、と、壇上の高音を見てバカレンジャーはそう笑った。

 

 

「……やっぱ理解(わっか)んねえよ、お前等…………」

『あーっと両者激突ぅぅぅぅっ!!』

 

力無い篠村の呟きを皮切りにした様に、高音と杜崎が真っ向からぶつかり合った。

 

 

 

……もう、今は余計な事を考えずに、勝つ!勝とうと、してみよう……!私が私で在るまま、先に進む為に……!!

 

高音が最後(ラスト)奥の手(演目)として披露したのは己と巨人の一体化(・・・)。巨人の伽藍堂である胴体内から直接操作(コントロール)を行うことにより、巨人や黒布が高音を庇うという一動作(アクション)を省略しての動作効率向上による攻撃、防御力の強化と、生身で身体機動力に優れない高音を搭載する事により高速機動を可能とした決戦様(スタイル)である。

強いて欠点を上げるのならば黒衣の盾を絶え間無く召喚し、巨人に全力での駆動を行わせる為に魔力の消耗がこれまでとはケタ違いに早く、短期決戦を強いられる点だろうか。

 

……私単体でこんな無茶な消費は想定したことなんて無い。保って数分…いや、杜崎先生(クラス)を相手に充分な戦力を維持していられる時間はもっと少ないかもしれない………

 

今日に於けるもう何度目になるかも判らない、らしくない(・・・・・)だ。

 

「…でも、それでいい」

 

……知っている、篠村?貴方は自分が嫌いでしょうけど…………

……私も負けず劣らず、中々に自分を嫌っているのよ?…………

 

互いに自分を、そして相手を。好きになりにいきましょう。

口の中で小さく呟き、高音は己の収まる黒衣の巨人を高速で突進させた。

 

 

 

……解っていたことだが、もう如何程も保たんなこれは………

 

杜崎は空気の裂ける甲高い悲鳴と共に己が顔面目掛けて突き出された手刀を払い受けで外に叩き逸らしながら独りごちる。

当たり前の話ではあるが、いかに杜崎が常軌を逸した肉体鍛練によって頑強な肉体(ボディ)を創ろうとも、肉体そのものの制限(リミッター)を意図的に解除して限界以上の出力を無理に出させているのだから、そう長い時間超過駆動を続けていられないのは当然である。

既に杜崎の全身は四肢を中心に筋繊維の断裂が諸動作に影響を及ぼす域に達しようとしている。今の時点では重度の全身筋肉痛程度が精々だが、このまま続ければ筋か腱か、再起不能までは行かずとも暫くは後を引くレベルの後遺症が残るだろう。

だが杜崎は今の愚直にまでの真っ向勝負を止めようとはしない。

 

……俺は、…教師だからな!!…………

 

性に合わないとは今でも思う。麻帆良(ここ)に来てから教職に就くと決まった時には連れ合いにも散々笑われたものだ。初対面から現在に至るまで迷惑以外を被った事の無い馬鹿共(武道家達)の相手をする日々にはほとほとウンザリしている。

そして、そんな馬鹿共を堂々と叱り付ける資格の無いような後ろ暗い真似にも加担している。あの正義でないが正しい馬鹿共には、本来偉そうな口を利く資格は無いのだろう。

 

「だが俺はやる(・・)と決めたのだ、自分でな」

 

だから先生(・・)と呼ばれる身である内は、()にて()まれ、()立って()きる者として努力する。

そう。

 

「頑張るんだよ、ただそれだけだ。…俺も、|お前等もな!!」

 

杜崎は毒蛇の如く闘技場の床を引き裂きながら跳ね上がって来た巨人の鉤爪に渾身の打ち下ろしの右(オーバーハンドブロー)を合わせた。

 

 

驟雨の様に降り注ぐ黒槍の群れを杜崎は巧みに必要最小限の動きで捌き、躱しながら巨人の懐へ肉薄。矢継ぎ早に繰り出された左右の二段突きは重ね掛けられた黒布を半ば引き裂きながらも巨人の胴体(なか)へと届かずに停められる。舌打ちと共に杜崎が撃ち出す次弾(前蹴り)防御陣(黒衣の盾)八重奏(オクテット)の半ば迄を突破するのに構わず、高音は一息に十数体の黒衣仮面(影精)を己が影より召喚。僅か数瞬の時間稼ぎにしかならないのを承知の上で杜崎に向かわせ、高音は魔法を無詠唱(・・・)で構成に掛かる。

魔法とは術式を理解し、己がモノ(・・)としていれば詠唱をせずとも構成は可能である。単にその作業を実戦で使用可能な(速さ)にまで習熟している者を便宜上無詠唱魔法と称しているに過ぎない。

鎧袖一触と黒衣仮面を蹴散らし、再び高音の篭る黒衣の巨人へと肉薄せんとする杜崎へ向けて放たれるのは巨大な漆黒(くろ)(あぎと)。闇系古代上位魔法(ハイ エンシェント)でありながら出足の早いそれ(闇の顎)は難攻不落の人型高速機動戦車の如く君臨する杜崎へ確かな損傷(ダメージ)を与えるに足る一撃だったが、刀剣の如き牙の生え揃う黒い咥内へ杜崎は臆さず飛び込む。

直後、牙を掴み取った両手から血を飛沫かせながらも気の全開放出を用いた強引なまでの力技によって黒獣の頭部を上下に引き裂いた杜崎は、その勢いのままに光の爆発を思わせる気を纏わせた全力の殴打にて高音の防御陣を削りに掛かる。

 

『小細工一切無しの真正面からの殴り合いぃぃぃぃっ!!千切れ飛ぶ黒布と出血が周囲に花咲く、凄まじいぶつかり合いとなりました!!試合の残り時間からしてこれが最後の勝負かぁっ!?』

『見た限りでは生身(・・)の杜崎選手が直に削られる分不利でしょうか?試合後半に於ける高音選手の猛反撃で少なくない手傷を負っている以上、出血による体力の消耗もあるでしょうからね』

 

「馬鹿野朗ぁ喧囂不死身の生物災害(バイオハザード)が出血程度で弱るかダァホ!!」

「あの黒布はどっから生えて来てんだろーね?なーんか辻君の身内が最近キワモノ揃いになってきてる件……」

「元より奴等は極め付きの変人集団だろうが今更だ。しかし高音・D・グッドマンとやら実に興味深い……大会終了後にでも手合わせ願おうかぁっ!!」

「…止めときましょうよ部長。遂に俺は流し(パリィ)も間に合わずに一見でぶっ飛ばされましたし、最近連中人外の域に達してんですから……暴虐武人(アウトレイジ)とああまで闘り合える女相手にしたら命が幾つあっても……」

「ハハハ意外ニ腰抜けネー半月ワ」

「…ンだと………?」

「黙れ(五月蝿いよー)貴様等(君達ー)」

「……はい」「オーゴメンヨ?」

 

 

……馬鹿共が、高音にも全く余裕は無えよ…………!

 

篠村は結局の所見守るしかない現状に歯噛みしながら実態(・・)を知らない解説実況や観客のコメントに内心で悪態を吐く。

高音の魔力量は魔法使い全体で見ればかなり上の域にあるが、今の様な後先を考えない全力行使を続けていれば遠からず魔力切れを起こす。そうなれば純後衛である高音は一瞬で杜崎に斃されるのは火を見るよりも明らかである以上、伯仲した見た目とは裏腹に高音側はギリギリの綱渡り状態であり、実情を知る篠村からすれば

気が気では無い。

 

……俺が、こうして気を揉んでるこの行為は意味が無え。自分でしかと、実感して理解したんだろうがよ…………

 

………俺はあいつ(高音)に、必要無えって…………!!

 

……そりゃ急には割り切れねえよ。でも何でお前は、そんなに………………!

 

「お兄様」

 

理性と感情が鬩ぎ合い、儘ならない思考に懊悩する篠村に、愛衣がそっと声を掛けた。

 

「……愛衣、俺は………」

「いえ、違いますお兄様。私も興奮してしまって急かす様な言い方になっていました、すみません」

 

もう、私からは何も言いません。と、愛衣は告げる。

 

「お兄様が何を考えてあんな事を仰ったのかは、何となく解りますから。結局後から聞いて、その後も見ているしかできなかった私じゃ、これ以上口を挟む権利はありません。時には逃げてもいいんだってお兄様のお言葉は、私にとっても救いですから…お兄様を私は、否定できません」

 

でも、と、愛衣は微苦笑を浮かべて篠村の顰めっ面を横合いから覗き込み、そっと言葉を投げ掛けた。

 

「お兄様は有耶無耶にして逃げるんじゃなくて、お姉様を前にしてから(・・・・・・)お逃げになるつもりなんですよね?……多分というか間違いなく、逃がしてくれませんよ?お姉様は」

 

「……だから逃げるって決めたのにこんなに気ぃ張ってんだ。腹括って全力で逃げんだよ………」

 

だから勝てや、という篠村の声無き言葉にまるで呼応するかの様に、壇上は終幕(クライマックス)を迎えた。

 

 

「決めさせてもらうぞ、高音ぇっ!!」

 

自身の、そして高音(・・)の状態を見て、これ以上勝負を長引かせる事が互いのメリットにならないと判断した杜崎は、納得のいく形で勝負をつける為に、気勢を上げる形を装って高音を促した。

纏わり付く黒衣仮面達を蹴散らし、絡み付く黒ワイヤーを引き千切り。巨人の重爆を受け流し切って杜崎は飛び離れる。直後、杜崎の全身から魔力が溢れ出し、光の爆発が闘技場中央で花開いた。

 

超過出力(ウィース エクシード)!!」

 

正真正銘、出し惜しみ無しの全力強化を己が身に施した杜崎は光の矢と化して着弾する。

瞬き以下の間に十を超す拳撃が打ち込まれ、巨人の交差させた両腕を粉々に破砕し。その奥の重ねて纏われる黒衣の防護全てを打ち破り、巨人本体へと破壊を齎した。

巨人の全身が割れ砕け、その場に崩れ落ちる寸前にその胴体が左右に開き、中から高音が飛び出してくる。杜崎は容赦無く踏み込み、高音に拳を見舞おうとして、高音の合わせた掌の内に蠢く黒を垣間見た。

 

……勝負を投げない心意気と、保険を用意しておく用心深さは見事。…しかし予想の範疇だ、高音………!!

 

杜崎は防御を破られた高音が反撃(カウンター)に出る事をよんでいた。杜崎の見立てから高音の最大火力魔法は百の影槍(ケントゥム ランケアエ ウンプラエ)であり、自身の防護を貫くことは無いとの確信からその動きは止まらない。

 

(ハァ)ッッ!!」

百の影槍(ケントゥム ランケアエ ウンプラエ)……」

 

 

突き出された杜崎の拳が高音の手より噴き出した黒の奔流に衝突し、

 

「…収束(コンウェルゲンティア)!!」

 

それらを打ち破りかけたその瞬間に黒槍の群れは一つに重なり、一本の巨大な槍となって拳を迎え討った。

 

「何…っ!?」

「私の相棒(パートナー)は篠村 薊です。…この程度の術式操作、瞬時にこなせない訳が、無いでしょう!!」

 

驚愕する杜崎に叫び、高音はあらん限りの力を込めて両腕を突き出す。

 

(つらぬ)…け、えぇぇぇぇぇっ!!」

 

高音の咆哮に黒槍は軋み、罅割れながらも確かに応え。

杜崎の拳を弾き飛ばし、その身へ穂先を確かに届かせた。

 

 

『一瞬の内に杜崎選手の最早視認不能な超速度の攻撃が高音選手を搭載した巨大を粉々に砕いたその瞬間!内部から飛び出して来た高音選手の起死回生の一撃が杜崎選手の鉄拳に打ち勝ったぁぁぁっ!!巨大な杭打ち機(パイルバンカー)の如き攻撃を真面に喰らったかに見えた杜崎選手、人形の様に吹き飛び、場外の水堀に沈んだまま浮かび上がってきません!!これは今度こそ決定打かぁぁぁっ!?』

『杜崎選手が試合開始から気による身体強化を全開にしなかった理由は高音選手を慮って加減をしていた、というのが理由の一つでしょうが、試合終盤の様な全力行使は自身の身体にも負担が大き過ぎる、というのもあるのでしょう。ある意味自滅の様な形でダメージを蓄積させていたのでしょうから、高音選手の一撃が本当に決定打となった可能性は充分に有り得ます。高音選手は見た所あの黒い布や巨人を再度出現させておらず、肩で息をしている様子から恐らく体力か気力か、何らかの限界を迎えていると思われます。これ以上の試合続行は困難でしょうから、杜崎選手が健在ならば小細工を弄さずに攻撃を加えればいいだけの話ですからね』

 

「……どう思われますか?」

「微妙だな。普段の杜崎先生ならほぼ間違いなく健在なんだが、喧囂の言う様に大分リスクのある身体強化をしていたんだろうから、本当に大打撃を受けて動けない可能性もある」

「まさかあのゴリポンが、たぁ思うがなー。実際最後のは単なる拳一発一発が俺の破砕正拳位の威力あったしなぁー……」

 

解説実況の分析に阿鼻叫喚の恐慌状態に陥っている一部の観客をうそ寒気に横目で見やりながら刹那が洩らした疑問に、辻と中村が唸りながら返す。杜崎の強さとタフさを骨の髄まで身に沁みて理解しているバカレンジャー(主に中村)からすれば杜崎が出力(パワー)のみとはいえ本気を出しておきながらやられて動けない、という状況が信じられないというのが正直な感想であり、今にもケロリとした表情で顔を出すのでは、と考えている。

 

「……勝ちを譲る、とまではいかんが、杜崎教諭は高音女史の迷いを祓うのが目的だったようだからな。……恐らく杜崎教諭は無傷でなくとも、戦闘続行が可能な程度には余力があるだろう。しかし……」

 

と、そこまで大豪院が言葉を紡いだ時、観客席から大きなどよめきが上がる。

朝倉の場外カウントが十を越えたその時に、杜崎が水面を割って闘技場へと再び上がってきたからだ。

 

 

「…本当に、不死身の様なタフネスですね、杜崎先生……。最後の一撃は、中々に手応え、の様なものを感じていたのですが………」

「ああ、実際に効いたぞ。肋に罅位は入っているかもしれんな。…とはいえ俺の自爆上等の全力強化をあまり舐めてもらっては困る。有効打ではあるが、イイのが一発入った程度で沈んではやれんよ」

「……そう、ですか…………」

 

「ああ、とはいえこの勝負お前の勝ちだがな」

 

「………は?……………」

 

届かなかった。

そんな無念の思いと共に敗けを認めかけた高音は、杜崎があっけらかんと紡いだその敗北宣言(ことば)に思わず呆けた表情で目を点にする。

 

「…な、何故……!?」

「手加減して相手をするなどと宣っておきながら大人気なくパワー全開で教え子を散々ブン殴りまくったのだ。その上で本気の一撃を凌がれ、あまつさえ反撃まで貰っておきながらお前が燃料切れだから俺の勝ちだ、…などと宣言できる訳が無かろうが。面子(プライド)の問題でもあるし、俺が教師として己に枷したケジメでもある。異論反論は聞かんぞ。終業間近とはいえ未だ半人前のお前が此処までやったのだ。これはお為ごかしでもお情けでも無い、俺はお前に、敗けを認める」

 

納得がいかなければ、何時でも来い。馬鹿共を見習って喧嘩を売りに来るなら、何時でも買ってやる。

杜崎は笑ってそう締め括った。

 

 

 

こうしてまたもや闘技場を半壊させつつも、試合は高音の勝利という波乱の結果となり、武道家達にまた一つ、衝撃を齎した。

 

そして試合を終えた少女は少年に歩み寄り、言葉を紡ぐ。

 

 

「……篠村、多くは此処で語らないわ。……上がって来なさい」

「無理言うな俺の対戦相手特に二回戦の環境破壊兵器見てから言えや……と、まあ普段なら喚く所だけどよ。こっちも腹括ったトコだ。…這い上がってやろうじゃねえかよ」

 

 

 

次戦、篠村 薊 VS 犬上小太郎




閲覧ありがとうございます、星の海です。無駄に助長になってしまった感がありますが、第6試合決着と相成りました。ラストがやや尻切れトンボに感じられる方もいらっしゃるかと思われますが、試合後の経過を描写していた所さらに長くなってしまいそうでしたので、次話の冒頭にそちらは持ち越させていただきます。次からはもう少しバランスを考えて話を作るよう心掛けます。また長く掛かってしまうかと思われますが、気長にお待ち頂ければ幸いです。どうかお見限りなく、今後も本作をよろしくお願いします。
それではまた次話にて、次もよろしくお願いします。

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