お馬鹿な武道家達の奮闘記   作:星の海

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遅くなりました。予選終了の下迄に、予選出場の魔法関係者サイドの話となります。


9話 まほら武道会予選 (中 その2)

「イィヤアアアアアァ‼︎」

「だあああああぁっ⁉︎」

 

浅黒い男が雄叫びと共に繰り出した、床に手を着けつつ身体が反り返らせて斜め上から叩き下ろす様な回し蹴りを、対照的に少々情けない悲鳴を上げつつ黒髪茶瞳のやや目付きが悪い以外に取り立てて特徴の無い少年ーー篠村 薊が、手に持つ杖を斜めに掲げてギリギリ受け止める。

 

「っ…ふんっ‼︎」

 

篠村は力を込めて男の蹴り足を弾き返し、杖の先端を男に向けーーようとして、男の身体が更に傾きまるっきり逆立ちをしている様な体勢から、先程とは逆の足を篠村の側頭部に思い切り捩じ込もうとしている図に遅れて気付き、盛大に顔を引き攣らせながら倒れこむ様に回避を行った。

 

「ギャアァァァァッ⁉︎」

「ヒョォォォォウゥ‼︎」

 

篠村の髪の毛を数十本程引き千切りながら、颶風を纏った蹴りが危うい所で篠村の頭皮上(・・・)を通り過ぎる。

そのまま転がる様に男から距離を取った篠村は慌てて頭を撫で、悲鳴の様な怒号を男へ叩き付けた。

 

「て、てめえもう少しで坊主頭所かスキンヘッドにしなきゃならねえ羽目になってたろうが糞野郎‼︎ア゛ァァァァァァもうやだこん畜生っ‼︎何が悲しくて『平穏無事』を座右の銘に掲げる凡人代表みてえなこの俺がこんな闘技場(バトルフィールド)で格闘漫画のトーナメント二回戦辺りで出てきそうなヘンテコ格闘家とガチバトルしなきゃいけねえんだ巫山戯んなよぉぉぉぉぉぉぉ⁉︎」

「随分と余裕あるじゃないか、篠村薊」

 

対する男ーーカポエイラ部部長 田中・マルコス・アレサンドロはややぎこちないニュアンスの日本語でキツく、詰る様な口調にて篠村へ言葉を叩き付けた。

 

『おぉーっとIブロックの篠村選手、何やら泣き言を空に向かって喚いております!男らしく無いですね〜解説席の喧囂さん』

『そうですね、日頃生真面目な幼なじみと可愛いい後輩を構い倒すのに明け暮れて大分ストレスが溜まっているのでしょう、杖術部所属 篠村 薊選手!因みにそのリア充爆ぜろ君と相対しているのはカポエイラ部の部長、田中・マルコス・アレサンドロ選手、日系ブラジル人です!因みに

先程繰り出された逆立ちになっての回転蹴りはエリローピテコ‼︎カポエイラと聞いてこれを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか、あちらの言葉でヘリコプターを意味する有名な技だぁ!』

 

「五月っ蝿えな揃いも揃ってハイエナ共が…………‼︎」

 

篠村は流言飛語も甚だしいデマ (と、少なくとも篠村は思っている)を垂れ流す〈喋る公害〉コンビに憎悪の視線を投げ掛けるが、実況(朝倉)解説(喧囂)もケロリとした表情でそれなり以上の迫力を持つ眼力をスルーした。恨まれたり脅されたり襲われたりと、真実を追求する為に時として手段を選ばない報道部(ハイエナ達)は、危険な目に遭うまたは遭いかける等日常茶飯事だ。少しばかりカタギなお仕事をしておらずとも、基本的に人の良いお人好しに睨まれる位で今更怯みやしないのであった。

畜生……と肩を落とす篠村の顔面目掛けて、アレサンドロの放った顎目掛けての蹴り(ケイシャーダ)が飛ぶ。

 

「ぬあっ⁉︎」

「舐めているのか、このオレを」

 

仰け反る様にして一撃を躱した篠村に怒りを秘めた眼差しを向け、アレサンドロはジンガと呼ばれる踊る様な左右へのステップでジリジリと篠村へ距離を詰める。

 

「お前の腕前はもう見て取った!闘い慣れはしている様だし腕前は何とか副主将の端には引っかかろう‼︎しかしそれでは到底あの五人衆と切磋琢磨し合うに相応しい腕前と言えんな‼︎貴様程度の使い手は吐いて捨てる程この麻帆良には居ると知れ」

「……俺はしたくて自分から彼奴らとつるみ出した訳じゃ無え……なんてのは流石に責任他人に押し付け過ぎだから言わねえがなぁ。勝手に人に期待して勝手に失望されても、こちとら知るかとしか言いようが無えわ阿呆」

 

冷たく言い放つアレサンドロの(げん)に欠片も動じず、篠村はそれ以上に冷たく、投げやりな様子でそう返した。

 

「……成る程、貴様は部活動にも余り積極的に顔を出してはいないと聞く。理由はさて置き、此の期に及んでその態度!貴様に武道家としての精神を期待したオレが間違っていた様だ‼︎」

 

そのぞんざいな返事を受けてアレサンドロの目が危険な形に細まり、吼えると同時に流れる様なステップを一気に加速させて篠村へ躍り掛かる。

 

「ヒャオォォォォォォォォッ‼︎」

 

アレサンドロは右手の人差し指と中指を揃えた二本抜手ーーテディラと呼称()ばれる一撃を篠村の眼球目掛けて突き出す、と見せかけてその腕は直前で沈み、躍り掛かった上体が前転でもするかの如く床へと落ち掛かる。抜き手の構えを取っていた右手を床に着き、前進の勢いをそのまま下半身の捻転に転化。床に着いた手を軸にした身体全体を回転させるアクロバティックな後ろ回し蹴りーー半月回転(メイア ルーア ジ コンバッソ)が抜き手をフェイントとして篠村へと放たれる。

対する篠村は明らかにその幻惑的な二段攻撃に対応仕切れてはいなかった。アレサンドロの言った通り、篠村は前衛としての鍛錬を積んでこそいるが、その実力はこのまほら武道会の中では下から数えた方が早い。

 

 

「調子に乗んなド素人が」

 

 

そう、あくまで肉体のみ(・・)を駆使した近接戦闘においては。

 

「っ⁉︎…ガァァァァァッ‼︎⁉︎」

 

蹴りの着弾する寸前、篠村の体前に無数の光球が浮かび上がったかと思うと、次の瞬間それらは高速で前方へ射出。アレサンドロの全身に突き刺さった光球は、凄まじい雷撃と化してアレサンドロの身体を走り抜け、一瞬で五体を麻痺させる。

 

「…っとあっぶねぇ……」

 

篠村は、雷撃を喰らって威力も疾さも失ったアレサンドロの蹴りを寸前で弾き返す。無理な体勢が災いしてか、そのまま足を放り出したまま横向きに倒れ込んだアレサンドロの喉元へ、篠村は容赦無く長杖(ワンド)による突きをぶち込んだ。

 

「ほれ」

「ゴッ…⁉︎」

 

短い苦鳴を上げて動きを止めたアレサンドロを見下ろして、篠村は溜息混じりに言い放つ。

 

こっち(・・・)の世界じゃ基礎の基礎の魔法の射手(サギタ マギカ)を対処どころか警戒も出来ない単なる武道家が粋がんな。……まあ自慢出来ることじゃ無えけどな、幾ら腕が立とうが逸般…いや一般人に魔法使ってる時点で魔法使いとしちゃあ褒められたもんじゃ無え」

 

けど悪いな、こっちも仕事なんだわ、と言い捨てて篠村は油断無く長杖(ワンド)を構え、襲い掛かって来る者がいないか警戒しつつ、何故だか同じブロックになってしまった()暫定的相棒にして幼馴染みを横目で探しーー

 

「……相っ変わらず派手だなあいつのアレ(・・)は………人に魔法バレにはくれぐれも気を付けろとか言っといてお前の方がよっぽど危険だろうによ……」

 

ーー始める迄も無く周囲のガタイが良い男達よりも尚巨大な、三mを越す黒衣のローブとマスケラ(簡素な白い仮面)の如き白面の(かんばせ)を持つ巨大な使い魔を背にした高音を視認し、篠村は溜息を吐く。 ビスチェドレスの様な一部デザインスカートの様な、あちこちに付いたベルトの所為で全体的にはビザールファッションなイメージのある露出度高めの衣服を身に纏う高音は、その幼さを残しながらも怜悧な美貌もあって思いっきり目立ちに目立っている。

 

「…大丈夫かなあいつ……まあ言った通り(・・・・・)にやってれば、原理は理解(わか)らずともお祭り人間気質な此処(麻帆良)の連中は見た目の派手さとノリで追及とか脇に放り投げて勝手に盛り上がるだろうから問題無いんだろうけど………」

 

篠村は暫しの黙考の後、再度小さく息を吐いて高音の方へと歩き出した。

 

「……そうだな、どうせ武道家の矜持も騎士道精神もスポーツマンシップも持ち合わせ無え俺だ、高音と組んでさっさとブロック勝ち上がっちまおう。先ずは本選に出場()ねえ事には話にならねえし」

 

その為にも、と篠村は死人の様な目付きで、目の前に立ち塞がった二m越えのマッスルバディなアメフト防具に身を包む巨漢にウンザリした調子で言い放つ。

 

「退けや筋肉デブ」

「退かしてみろよ、Set(セット)hu〜〜t(ハ〜〜ット)‼︎」

 

 

 

「…場外で失格、というのは正直助かりましたわね」

 

「のあぁっ⁉︎」

「うぉっ⁉︎」

「ぎゃあぁぁ⁉︎」

 

ポツリと呟いた高音の背後で浮かぶ巨大な使い魔の各所から伸びた、黒い布の様な皮の様な不思議な質感を持ったロープか触手の様なそれらが周囲の武道家達に絡み付き、拘束して次々と闘技場の外へ放り投げて行く。

 

『おーっとIブロックの高音選手が扱う不可思議な巨大人形らしきもの‼︎凄まじい怪力と布捌き?で次々に屈強な武道家達を場外へと放り出すぅぅぅ‼︎他のブロックも大概だけどまるっきり格闘大会の光景では無いぞこれわぁ‼︎…っていうかどういう原理で動いてんのアレ⁉︎』

『オカルト的なパゥワーかはたまた麻帆良工学部の最新兵器なのか、是非とも高音選手には予選終了後にインタビューを申し込みたい所ですね〜』

 

『おい、なんだありゃあ⁉︎』

『な、なんかヴェネチアの謝肉祭(カルネヴァーレ)であんな格好の人見たよ⁉︎』

 

非常識な光景は予選開始から各ブロックで散々見てきた実況解説(朝倉&喧囂)コンビや観客達にしてもこのド派手な魔法には驚いたらしく、マイクに向かって声を張り上げる二人を筆頭にざわめきが各所で広がる。

 

「なんだこいつは⁉︎」

「ホログラム…幻術……いや違う、質量を持っているぞ‼︎」

「ス◯ンドか⁉︎」

「いやペ◯ソナじゃね⁉︎」

「如何でもいいわ、兎に角他者を拘束している以上実体がある!ならば殴って壊せるし引き千切れるということだぁぁぁっ‼︎」

「「よっしゃああぁぁぁ‼︎」」

 

しかし武道家(バトルジャンキー)達はその異形の巨人に怯まない、明らかに自分達の常識で理解し得ない、謎めいた得体の知れない力だろうと臆したりはしない。

 

相手が強けりゃ何でもいい。麻帆良の武道家達における大半が共通している認識であった。

 

「……成る程、彼我の戦力差を理解せずにひたすら攻め込んで来る様は正直愚か者の集まりだと思ってもいたけれど……、原理は理解(わか)らずとも起こる現象は分析出来る、考えるよりもまず動け、という奴ね。…無謀と言うよりは勇敢だ、と評するべきなのでしょうね」

 

非常識集団(バカレンジャー)を彷彿とさせるわね…と、高音は溜息を吐く。四方八方から躍り掛かる武道家達を前にしてあまりに無防備な態度だが、別段舐めている訳でも油断している訳でも無く、高音はそれらの攻撃が自分や背後の使い魔に届き得ないと確信しているからこその余裕だ。

突き出された月牙が、振り抜かれたアイアンクラブが、 振り下ろされた棍が打ち出された拳足が。

それら全てが一瞬で全方位に張り巡らされた黒布に遮られた。

まるで金属繊維(ワイヤー)で出来たケープか何かでも打ち抜いた様な、硬性と柔軟性を兼ね揃えた粘りのある壁(・・・・・・)が、気の込められた武道家達の岩をも砕く攻撃を事も無げに無力化したのである。

 

「なっ……⁉︎」

「…侮辱するつもりはありません、が………」

 

己が全力の一撃を容易く阻まれた衝撃に驚愕の声を洩らした一人の武道家の方へ振り向き、それから周りを見回して高音は宣言する。

 

「軽過ぎます」

 

「「「「…っ⁉︎」」」」

 

ギュルリ、とでも聞こえてきそうな勢いで、攻撃を受けて撓んでいた黒布が巻かれ蠢き、武道家達の突き出した武器や手足を絡め取る。

動きを封じられた武道家達に対して、使い魔がその巨体と比しても異様に長く、太い両腕を無造作に振り払う。正しく人ならざる剛力によって振り抜かれた巨腕は武道家達をまるで玩具の様に闘技場の外遥か彼方まで吹き飛ばした。

 

「……お、のれぇぇぇぇぇぇっ‼︎」

 

唯一人、素早く武器から手を離し飛び退ったが故に薙ぎ払いを回避した功夫服の男が怒号を上げる。

瞬動による踏み込みによって瞬時に高音の至近へと距離を詰めた男は、不意を突かれて反応仕切れていない高音の胴目掛け全力の崩拳を打ち出した。

直後に轟音が響き渡り、両者の動きが止まって。

 

「……何故…………⁉︎」

「お生憎様ですが……」

 

黒布に巻き取ら(・・・・・・)れる様にして(・・・・・・)静止している己の拳を見下ろして瞠目する男へ、高音はあっさりと言い放つ。

 

「私の意志に関係無く、私の黒布は私を守護(まも)ります」

 

「…う、おおぉぉぉぉぉぉぉっ⁉︎」

 

黒布が跳ね上がり、男は悲鳴と共に場外へと投げ捨てられた。

 

『た、高音選手強ーい‼︎巨大人形の圧倒的な防御(ディフェンス)によって他選手の攻撃を物ともせず、鎧袖一触と蹴散らしたー‼︎』

理解(わか)らないなりに高音選手の戦闘能力を解説するなら、あの巨人が纏っている黒い布とワイヤーロープの様な物は極めて頑丈で自在に操作が可能、更に巨人本体は凄まじい怪力を発揮出来る、位でしょうか?最後の攻撃に関する高音選手の反応からしてあの巨人は自らの意志で高音選手を守護しているのかもしれません、所謂オートガードというやつです。いやはや恐ろしいですねー』

 

実況と解説の声を遠くに高音は一つ息を吐き、辺りを見渡して目当ての人物を見つけると、眦を吊り上げて念話(テレパティア)を使用する。

 

『篠村、何をグズグズしているの!私達は何としても本選に出場して超 鈴音の企みを白日の下に曝さねばならないのよ、さっさと周りの連中を片付けてしまいなさい‼︎』

『平然と無茶振りカマしてんじゃねーよ連中を舐め過ぎだお前は‼︎』

 

恐ろしい速度と重圧感を持って突っ込んで来る、アメフト部のお偉いさんらしき巨漢のタックルを必死で躱し様に魔法の射手(サギタ マギカ)を雨霰と叩き付けつつ篠村が念話(テレパティア)で叫び返した。

 

『俺の見たとこ単に技術とトレーニングの末に気ぃ発現しただけの連中はそこまで怖くねえ!懐に飛び込まれりゃヤバいがお前は元より通さねえ(・・・・)し俺は手数で圧倒出来る。…問題はよぉ……っうお⁉︎』

『篠む…っ⁉︎』

 

念話(テレパティア)を返している最中に、雷の弾幕を喰らって尚勢いの衰えぬアメフト男のタックルを躱し様、足を取られて転倒した篠村の姿に、高音が思わず一歩踏み出して呼び掛けた瞬間、横合いから黒布を境に突き抜けてきた(・・・・・・・)衝撃にたたらを踏んで二、三歩後ずさる。

 

「随分と余裕のようだけれど、背後の使い魔(・・・)がガードしてくれているからって、周りを無視するのは戴けないよ、先輩?」

 

高音が体勢を建て直して睨み付けた先には、袖長のコートを身に纏いチャラチャラと手元の五百円硬貨を弄ぶ、龍宮 真名の姿があった。

 

「……何をしました?」

「銭投げだよ、日本の古き十手持ちの捕り物師よろしくね」

 

薄い笑みを浮かべながらの真名の返答に、高音が最前まで立っていた場所の床を見れば、確かに五百円硬貨が複数枚散らばっていた。

 

……魔力を込めて強化した筋力で、複数の硬貨を集中して同じ箇所に着弾させ強引に衝撃を通した、という所かしら…………?

 

高音は考えつつも背後の使い魔に指示を出し、更に多くの黒布を展開させた。

 

「……私は仕事で来ています。貴方も雇われの身とはいえ私達に協力する立場にあるならば、無用な争いは避けたいのですが…?」

「棄権しろ、ということかい高音先輩?生憎だが、()大会で一千万なんてのはボロい儲けでね。上から指示を受けていない以上は好きにやらせて貰うことにするよ、私はね」

「……金の亡者が」

 

努めて苛立ちを押し殺し、平静な面持ちで告げた言葉に素気無い返事が返された高音は、小さな声で毒付くと使い魔の両腕を振り上げさせる。

 

「…いいでしょう、丁度貴女のことは頗る気に入らずにいた私です」

「おや、奇遇だね先輩。学の無い己が身からの嫉妬という訳では決して無いが……私も気に食わないんだよ、魔法世界魔法学校のエリートって存在は」

 

二人の少女は相対し、今にも両者が動き出さんとした、その時……

 

「ひつっこいんだよデカブツぅぅぅぅ‼︎‼︎」

「ぐ、がぁぁ⁉︎」

 

大音量の怒号が響き渡った。

思わず高音と真名が其方に首を向けると、足を取られてから腕力にモノを言わせて潰れた蛙の様に地面に押さえ付けられていた篠村が、 spiritus lucis(光精)五柱を拳に収束させたアッパーカットでアメフト男を宙に浮かす勢いで殴り飛ばした光景が目に飛び込んできた。

 

「あーくっそバケモン共が、下手な魔獣種なんぞよりも絶対タフだろこの手の筋肉ダルマ共。…で、何を睨み合ってんだよお前ら、曲がりなりにも同組織に組してんだから無駄に啀み合ってんじゃないよ時間と労力の無駄だろが」

 

やれやれと首を振りながらの篠村の言葉に、高音と真名は澄ました表情でそれぞれ言い放つ。

 

「喧嘩を売ってきたのは龍宮さんの方からよ、篠村」

「心外だね。私としては誰を残すかと考えた時に、高音先輩よりは篠村先輩の方が色んな意味でやりやすい(・・・・・)から取捨選択を行おうとしただけなんだけれどね」

 

「…合わねえだろうとは思っていたけどホント仲悪いなお前ら」

「悩まなくてもいいような事ばかりで悩んでいるねえ篠村先輩。余計なお世話というのは些か厳し過ぎる物言いだけれど、放っておいても誰も貴方を責めたりはしないと思うけれどね?」

 

深々と溜息を吐く篠村と、苦笑して肩を竦める真名の背後から、それぞれ道着姿とトランクス姿の選手が躍り掛かる。

 

「篠村…‼︎」

 

「おや、危ないよ先輩?」

魔法の射手 高速 光の一矢(サギタ マギカ ケレリタース ルークス)

 

不意を突かれた篠村の窮地に高音が声を上げ切るよりも早く、真名と篠村がそれぞれ互いの背後の選手目掛けて硬貨と光球を撃ち出し、硬貨は篠村の頬を掠めかけるギリギリの弾道で選手の眉間を、光球は真名の肩上ギリギリを目にも留まらぬ高速で疾り抜け、選手の顔面に着弾する。

白目を剥いて昏倒する二人の選手を余所に、篠村と真名はまるで何事も無かったかの様に会話を続ける。

 

「この私が眼で追い切れない(・・・・・・)魔法の射手(サギタ マギカ)とはいよいよ良い腕だね篠村先輩。先輩のような人は私の様な何でもありの傭兵稼業でこそ真価を発揮すると思うよ?」

「あまり買い被ってくれんな、しがない魔法組織の下っ端だよ俺は。……ともあれアレだ、要するに金だろ?お前らが何で揉めてるかは知らんが、少なくともお前の方は金で引いてくれるよな龍宮?」

 

やや唐突にも思える篠村の言動に、真名は軽く眉を顰めるが、軈てクスリと僅かに笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。

 

「あまり金の亡者(・・・・)みたいに言われるのも不愉快なんだけれどね……と言いたい所だけれど、そうだね篠村先輩。私は然るべき金銭を手に入れられるならば、全てとはいかないが大抵の理不尽な条件を呑み干せる女だよ」

 

しかし話が早くて助かるね、と流し目で見られた高音は眦を今迄以上に吊り上げると、篠村目掛けて声を張り上げる。

 

「篠村‼︎」

「五月蝿えがなるな、決して内輪と言い切れ無えような信頼の無い関係だろうが、内輪揉めしてる場合か今が。…龍宮、こんな状況だから単刀直入に言うがこのブロックの勝ち上がりは俺と高音にしたい。報酬は出させる(・・・・)からお前には本戦出場諦めんのと、周りの排除を手伝って貰いたい」

「……ふうん…………」

 

高音を抑えて発せられた篠村の言葉に、龍宮は硬貨の束を握っていたのとは逆の手に袖口から新たに束を出して握り、背面から密かに接近していた武道家へ抜き打ち気味に連撃を叩き込みつつ答える。

 

「二つ程。まず報酬次第で私は本選を勝ち進みながら各種要請にも従えるのだけれど、私を(・・)本選に進めない訳は?」

「あーそれはな……」

 

篠村は答えながら高音に目配せを一つ飛ばし、ジリジリと間合いを詰めて来る周囲の選手に無詠唱(・・・)且つほぼ一瞬(・・・・)で紡ぎ終えた魔法を解き放つ。

 

魔法の射手 連弾 高速(サギタ マギカ セリエス ケレリタース)戒めの風矢(アエールカプトゥーラエ)

 

パン‼︎と短い炸裂音と共に、篠村の手中から再び常人では残像すら視認不可能な速度で放たれた七つ(・・)の光弾は、回避所か碌に身動ぎさえ出来なかった七人の選手の脚に着弾した瞬間に、光り輝く縛鎖となって選手達を地面に拘束する。

 

「なっ⁉︎」「っ⁉︎」「ンだこれ……⁉︎」「What⁉︎」

 

いきなりの攻勢に驚愕する武道家達だったが、そんな彼らの戸惑いに全く構うこと無く、次の瞬間高音の操る使い魔から放たれるワイヤーロープの様な黒い束の群れがその全身を打ち据える。

 

「先ずお前はこの大会の(・・・・・)ルールで闘り合った場合、俺や高音より弱いだろうから、だな?」

「…篠村、後で覚えていなさい……‼︎」

「…へーいよ………」

「返事はキチンとしなさい‼︎」

「五月蝿えお前は俺の母親か⁉︎」

 

 

まるで片手間の様な気軽さで他選手を制圧しながらギャアギャアと言い合う二人の姿に、真名は呆れた様な感心した様な眼差しを向けながら続く言葉を投げ掛けた。

 

「…成る程、異論反論は無いでもないけれど一先ず理解したよ。なら次に、私に本選を諦める以外を要求しないのは?」

「有り体に言って信用出来ん。お前の人格がでは無く職業が故に」

 

バッサリと篠村は真名を切り捨て(・・・・)に掛かる。

 

「一流の傭兵は先に受けた依頼を決して違えないんだろ?フリーランスで腕と信頼がモノを言う世界だもんな、後から更に金を積まれたからってホイホイ裏切ってちゃ誰もお前を雇いやしねえ。……要するにぶっちゃけ金次第で何でもやるお前が超 鈴音側に付いていない保証が無いから表立った事以外にお前には何も頼めん、お前が一流でもそうでなくても(・・・・・・・)変わらずにな」

「……へえ………………」

 

篠村の言葉に、呟き一つ洩らしてから意味深な笑みを浮かべて黙り込む真名の様子に、えぇ何こいつ何か怖いんですけど…と篠村が内心ビクついていると、高音がやや慌てた様子で、念話(テレパティア)にて問い掛ける。

 

『篠村!今の話は……!』

『慌てるなリアクションするな、動作で密談がバレる。……いやぶっちゃけ殆どこんなモン言いがかりに近い難癖だよ?でも念を押すならこの位の用心は必要だろ、仕事なんだから失敗しました、じゃ済まねえんだし』

『……けれど貴方、それを正面から何故告げるの?そもそも貴方に彼女へ報酬を払う云々の権限は……』

『ああ、心配すんな。でもって次弾放つからお前も追撃の用意しろ。言っちまえばこの問答時間稼ぎみたいなモンだから』

 

思念で答えつつ、篠村は何事かを考え込む真名へ更に言葉を紡ぐ。

 

「序でに言っとくが受けるかどうかの返事は早めにした方が良いぞ?仕事(・・)無くなるからな、お前の」

 

その言葉に、真名は何事かに気付いた様子で一瞬眉を上げ辺りを素早く見渡し、

 

「……やられたよ。初めからそのつもりだったね、先輩?」

「うん」

 

遂にハッキリとした苦笑を浮かべながらの真名が発した台詞に、篠村はあっさり頷いた。

 

「……どういうことかしら、篠村……?」

「ん」

 

疑問符を浮かべる高音に篠村は顎で周りを指し示す。そのぞんざいな仕草に眉を顰めながらも高音は周りを新ためて見回して、こちらを遠巻きに疎らに散った武道家達を視界に納める。

 

「……だから何が言いた……⁉︎」

 

言葉の途中で、高音は篠村が先程口にしていた仕事が無くなる(・・・・・・・)、という台詞を思い出し、篠村の真意を悟る。

 

『あ、理解(わか)ったか高音?』

『呆れたわ……貴方最初から騙すつもり(・・・・・)であんなことを?』

『悪いかよ?効率的に仕事進めようとして何が悪んだ、少なくとも暫定身内相手に真正面から喧嘩売ろうとしてたお前よりマシな思考しているわい』

『……この…………!』

『文句は後‼︎後で聞くから一先ずシャラップ‼︎』

 

ピシャリと高音を黙らせてから真名に向き直る篠村。真名は楽し気に笑うと、篠村の顔を見返して告げる。

 

「私と話している間に周囲の選手を沈めてブロック内の他選手排除、という条件の一つを私が実行不可能にさせておいて、いざブロック内に私と先輩達だけになったら二人掛かりで私を制圧…で合っているかな?」

「うんまあ大体は。なまじお前も寄って来る連中片手間に迎撃してたから気付くの遅れたみたいだな?……も少し言うならそこまでお前を敵認定はしてねえよ。俺は単にお前が損得をしっかり見極めてくれんだろうからお前が此処(予選)を降りざるを得ない状況に持ってきたかっただけだ。今話を呑んでくれんなら上に掛け合って仕事に協力してくれた、って名目で金はある程度出させるし、もし出なくても俺が個人的に支払いはしてやる」

 

別にお前を敵認定はして無いよ、と篠村は念押ししてから話を纏めに掛かる。

 

「お前は俺達二人にここでは勝てない、超 鈴音云々の疑いは俺個人の裏付けも無い言いがかりで組織としては現状お前に思う所は無い、此処の連中はこんな風に何時迄も話の片手間で相手してていい連中で無い、金は出す。…以上の理由からお前にはさっさと協力体制に移って貰いたいんだがどうよ?」

「解ったよ、それで構わない」

 

話し終えて伺いを立てる篠村に、真名はあっさりと了解を返す。

 

「……えらい簡単に頷いたな?」

「判断が遅くても良いことは何も無いし、私の稼業は必要以上にプライドを大事にはしないものさ。逆らっても草臥れるばかりでメリットが無さそうだし、ね」

 

半ば騙し討ちを喰らった様なものだというのに、妙に楽しそうに答える真名の様子に、問題無く纏まった筈が却って気味悪げに篠村は高音に尋ねる。

 

『……なあ高音、なんでこいつはこんな楽し気なんだと思う?』

『私が知る訳無いでしょう。纏まったならさっさとやる事をやりなさい』

『……なあ高音、この際俺が気に入らねえのはもういいからせめて仕事の時は…』

『だからさっさと仕事に取り掛かろう、と言っているのよ』

 

今度は逆に有無を言わせない形で遮られた篠村は不審気に高音を見やるが、何処となく不貞腐れた様に顔を顰めてこそいるものの、表情から考えを推し量る事は出来ない。

 

「………女ってのぁ理不尽だ…………」

「先輩がキチンと気に掛けていればいいだけさ、こと高音先輩に関してはね」

 

やり切れない想いを込めて篠村がポツリとつぶやいた言葉に、やはり楽し気な笑顔のまま真名がツッコむ。

 

「……あんだ?お前まで茶化すか龍宮てめえ。何遍も言うがな、俺と高音は…」

「解っているよ、中々拗れてはいる様だけれど、私から口幅ったい事を言うつもりは無いさ。…ただ先輩、後悔すると理解(わか)っているのなら、みっともなくとも恥をかいても動くべきだと思うよ?」

 

やさぐれた篠村の返しにしたり顔で頷いきながらも注釈を付ける真名。それに対して篠村は意味有り気に視線を真名の背後に送り、鼻を鳴らして言葉を返した。

 

「言ってるじゃねえかよ口幅ったく。……ならこっちも言わせて貰うが、お前こそ自分の周りの関係きっちり清算してからさっきの言葉吐けよ」

「………どういう、っ⁉︎」

 

その言葉に眉を顰めて疑問を口にしかけた真名は、背後で急激に膨れ上がった殺気を感じて咄嗟に大きく飛び退き、その場を離れる。

次の瞬間、寸前まで真名が立っていた場所に轟音を上げながら巨大な人影が突き刺さり、闘技場床の木材を爆発的に周囲へ散らばしながら半ばその身を埋めた。

 

「……よう龍宮ぁ、随分と楽し気に歓談していたみてえじゃあねえかよ……」

 

そんな恨めし気な言と共に、土煙を裂いて床の大穴から這い上がって来たのは、鈍い光を放つ金属製の外骨格を纏った、手入れをしている様子の無いぐしゃぐしゃの髪がモミアゲや口髭、顎髭と完全に一体化している熊の様な大男だった。

 

「………ボディアーマー、かしら………」

「…駆動式機甲鎧(パワードスーツ)って奴じゃねえの……なんにしろホレ、昼間のツケでも払ってこい龍宮」

「………成る程ね……今の私は確かに、他人のことをどうこう言う資格は無かったらしいよ、先輩……」

 

いきなりな展開に高音が最前迄の不機嫌面を何処かへやって半ば呆然と呟く中、気の無い様子で高音に応えつつ、軽い調子で真名を促す篠村。それに対して真名は奇妙なまでに力無く答えると、普段クールな面立ちを崩さない彼女にしては珍しくはっきりと気の乗らなそうな顰めっ面で熊男に相対する。

 

「……ご機嫌如何かな、鬼島副部長?」

「これが喜色満面の面にでも見えんのか龍宮ぁ?あぁ⁉︎」

 

荒い語調で真名の挨拶へ返答した男ーーバイスロン部副部長 鬼島 友多は、低い駆動音と共に身構える。

 

「龍宮ぁ、てめえ何でこんな風に俺が怒髪天突いてるか、真逆解らねえなんて言わねえよなぁ?」

「…ああ、芹沢部長の件だろう、副部長?」

「ったりめえだボケェ‼︎」

 

 

「……芹沢って?」

「……昼間俺らと龍宮が警備でかち合った時に龍宮に告白仕掛けて文字通り玉砕したあのイケメン兄ちゃんだよ………」

「………ああ……………」

 

『おおーっと、何やら先程から色んな意味でド派手に人が空飛んでいたIブロック、何やら選手同士で話し込んでいたかと思えばSFちっくな機甲戦士の乱入だぁーっ‼︎』

『あれは麻帆良工学部の開発した外骨格式駆動式機甲鎧(パワードスーツ)であり、装着した着用者の身体能力を平均して3,8倍にパワーアップさせてくれるというれっきとした兵器ですねー、因みに着用しているのはバイスロン部内で鬼教官の異名で恐れられる、副部長鬼島選手です。工学部とは何の関係も無さそうな人物ではありますが、性能実験でしょうか?』

 

「龍宮ぁ、俺は他人の色恋沙汰にあれこれ首を突っ込む趣味は無え。芹沢は確かに俺の大事な友人だが、恋愛なんてのは個人の自由だ。あいつがどんなにいい奴でも、お前があいつを受け入れるか受け入れないかは自由だよ」

 

だがなぁ、と鬼島は眦を一層吊り上げ、射殺す様に苛烈な視線を向けながら真名を怒鳴り付けた。

 

「真剣に想いを告げようとした一人の男にタマ(麻酔弾)ぶち込むとか正気かてめえは⁉︎断るにしてももっと幾らでもマシな方法があったろうがぁ‼︎…真面に身動ぎも出来ねえ身体になって芹沢は嘆いてやがったぞ!俺は龍宮君にこんな事をされる程に嫌われていたのか、ってなぁ‼︎」

 

鬼島の言葉に真名は一瞬だけ辛そうに眉を顰めたが、直後に軽く首を振り、顔を引き締める。

 

「……芹沢部長が特別どうという訳では無い、と言いたい所だけれど、そうだね。言い訳の余地が無い程酷い真似をした自覚はあるよ」

「そうかよ、まあお前の心情なんざ俺はどうでもいいけどなあ?……………実際、お前が理由も無くンな真似をしねえ女だってのは知ってんよ、そんな女に芹沢が惚れてたまるかってんだ。あいつの他にも撃たれてダウンしてる輩がゾロゾロいるらしいしなぁ、なんか理由があんだろが?」

 

だが、そんな事情は俺にゃあ関係無え、と鬼島は言い切り、重い地響きと共に前へ踏み出しながら高らかに言い放つ。

 

「どんな理由があれ、てめえの行為を俺は決して容認出来ねえ‼︎だから俺は龍宮、お前を沈めるぜ。俺自身の怒りの為、そして芹沢の為になぁ‼︎程良くボコボコにして医務室送りにしてやらぁ、先に寝ている芹沢と嫌でも顔突き合わせて、もっかい昼間の続きをやりやがれ‼︎どうせフられるにしても、そうしてきっちり清算しなきゃああいつはこの先一生悔いが残るんだからなぁ‼︎」

 

覚悟しやがれ‼︎と剥き出しの殺気を叩きつけてくる鬼島に対して、真名は一つ息を吐くと両手の硬貨束をポケットに仕舞い込み、代わりに懐から小さな球体の山を握り込んで取り出した。

それは指弾に使用(つか)われる真球の鉛玉であった。

 

「……先程も言ったが言い訳をするつもりは無いよ、鬼島副部長。私は私の都合で身勝手に芹沢部長を手酷く袖にした、貴方の言い分は一片の誤りも無く正しい。……しかし私は嫌な女でね、悔いが無いでは無いが、非を認めるつもりは毛頭無いんだよ。今更芹沢部長と顔を合わせるのも、叩きのめされて痛い目をみるのも真っ平ご免なんだ……返り討ちにさせて貰うよ」

「上等だオラ、寧ろあっさり受け入れられたらどうしようと思ってた所だよ…怒りのやり場が無くなっちまうからなぁぁ‼︎」

 

片や静かに、片や激しく敵意を燃やしながら、一人の男の純情に端を成す闘いが幕を開ける。

 

 

「……よし、と言っていいかどうかは解らんが、今の内に残りを片付けんぞ高音。仕事の成否には煩い奴らしいから、これならば上にもどやされずに済みそうだ」

「……色々と言いたい事はあるけれど、そうね。先ずは勝ち上がりを確定させましょうか…」

 

取り込み中の真名は一先ず手を出さずに残りの選手を倒す方針に変えた篠村と高音。

 

「愛衣がいないパターンで何時も通りに。俺足止め、お前トドメ」

「言われる迄も無いわ。…今更だけれど、なるべく目立たない様に行きましょう」

「お前の魔法は目を惹くなって方が無理だろ本当に今更だな……あ、そうだ。お前俺の教えた口上ちゃんと唱えたか?」

 

篠村が問い掛けた瞬間に高音はピシリと固まり、油の切れた人形の様な動きで篠村の方を向く。

 

「……私はコスプレイヤーじゃ無いわ」

「いやしょうがねえじゃん。お前のそれは俺のと違って原理不明の如何にもな謎パワー発揮してんだから、魔法の存在秘匿の為にここは頑張れよ」

「私は此処に出ている変人達の同類じゃないわ⁉︎」

「叫ぶなよンな泣きそうな面で俺を見るな‼︎同じ原理不明でも元ネタが割れてれば麻帆良だから有りなんだろうで納得するから此処の奴等は‼︎祭りの最中なんだから悪ノリは後に引き摺られないから‼︎頑張れ高音、これも仕事だ‼︎お前は課せられた役目を放棄するのか⁉︎」

「っ‼︎…ぐぅ⁉︎…………っっ‼︎‼︎」

 

篠村が発した最後の一言が真面目で責任感の強い高音の柔らかい所を貫いた。高音は目を剥き、全身を瘧の様に震わせながら真っ赤な顔で歯を喰いしばり、やがてポツリと怨嗟の声を洩らした。

 

「…………篠村…………本当に後で覚えていなさい…………‼︎」

「八つ当たりじゃねえか……と言いてえトコだが解ったよ、俺の所為でいいから、さ、行こうぜ」

「っ〜〜〜〜〜‼︎‼︎」

 

形容し難い表情の高音を連れて、篠村は残りの武道家達と相対する。

 

「…ってなんかさっきよりも減ってねえかお前ら?俺と高音をどうにかしなけりゃ勝ち上がれないのは明白なんだから、此の期に及んで潰し合いやってねえで連携の一つでもすりゃいいだろ」

 

呆れた様な篠村の言葉に、されど武道家達は不敵に笑って各々構えを取り、高らかに謳い上げる。

 

「笑止‼︎貴様の言い分は戦略上においては正しいのだろうが、それは一武人として取るべき行動では無いのだ‼︎」

「然り‼︎貴様らは貴様らのやり方で研鑽を行い、その不可思議な戦闘力を得たのであろう‼︎麻帆良ではどれ程奇妙奇天烈だろうが強ければ全てが認められる!ならば貴様らは徒党を組んで倒すべき化生の類いでは無く、真っ向から挑んで打ち倒すべき一人の強者よ‼︎」

「生憎負け犬よろしく群れて噛み付く様な闘い方は学んできていねえ。叶わねえなら更に鍛えてまた挑む、そんだけの話なんだよ‼︎」

「先ずは私のから行かせて貰う‼︎強者を前にして臆していては永遠に最強への道など切り開けないからなぁ‼︎」

 

「……へーへーご立派な事で…………」

 

無駄に熱いそれらの口上に気の無い素振りで返しながらも、篠村は内心で微かに苦いものを感じる。

 

……俺にゃあ真似の出来ない熱血ぶりと、生き様だわなぁ……真似したいとは思わんが、羨ましいっちゃ羨ましい生き方だぜ…………

 

成る程、あの五人の馬鹿の思考は麻帆良のキチガイ共共通のそれらしい、と一つ頷いてから、篠村はあっさりと言い放つ。

 

「悪いけど俺らはお前らとは違うんで、普通に組んで掛からせて貰うぞ?」

 

「好きにするがいい‼︎」

「これは我等が己へ勝手に課している決め事よ!貴様らに付き合わせる程面の皮は厚く出来ておらん‼︎」

「共闘しちゃ駄目なんてルール無えからなぁ‼︎アリだと思うぜ、そういうのもよ‼︎」

 

「みんな優しい〜〜…………高音、今だ、今行けば自然に入れんぞ」

 

篠村の小声での促しに、高音は顔を朱に染め上げて、何事かを口内でブツブツと聞き取れぬ程小さな声により呟く。

 

『とぅわぁ〜くわぁ〜〜ねすわぁ〜〜〜〜ん?』

『五月蝿いわね今やるわよやればいいんでしょこの劣等生‼︎‼︎』

 

間延びした語調で呼び掛ける篠村にまるっきりキレた調子で叫び返してから、高音は一つ大きく息を吸い込んでヤケクソ気味に力を解放した。

 

 

武道家達の目の前で、高音の背後に悠然と佇んでいた漆黒の巨人が全身から黒い輝きを放つ。巨人はその身に纏う幾重にも重なるローブの如き黒衣を大仰な仕草で翻し、その両腕を水平に掲げた、まるで堕天使か悪魔かと言わんばかりの姿勢(ポーズ)を取った。

何事かと身構える武道家達に呼応するかの如く高音が一歩足を踏み出し、人差し指だけを突き出した両手を交差させた複雑怪奇なポーズを取り、朗々と謳い始めた。

 

「わたっ…⁉︎っ、ゴホン‼︎…私のス◯ンド『インクブス カルネヴァーレ(昏く深き夜の宴)』を前にしてその気概!先ずは見事と讃えましょう‼︎これより貴方達を私の『敵』と見なします…刻みなさい!我が影達が織り成す破壊と暴虐の quae symphonia canuntur(クアエ シュンポーニアー カヌントゥル)を‼︎」

 

黒衣の巨人から、黒い瀑布が溢れ出す。

 

「何ぃぃぃぃぃっ⁉︎」

「スタ◯ド使いだったのか⁉︎」

「だとすれば近距離パワー型だ‼︎遠くにはいけないが素早くて精密な動きをするぞ‼︎」

「馬鹿が今迄なにを見てやがった‼︎奴の動きからしてスタプラ系じゃ無えよ、能力がヤバい系か防御力からして純粋にパワー系統が極まってるタイプだ‼︎」

「待て‼︎という事は篠村君の殆ど見えないあの攻撃も、もしや◯タンド……⁉︎」

 

予想以上の喰い付きを見せる武道家達に若干気圧された高音だが、ここまでくれば勢いだとばかりに乗りに乗った仕草で前方を指し示し、決め台詞を叫ぶ。

 

謝肉祭(カルネヴァーレ)の始まりよ‼︎」

 

無数の黒布と黒縄が、奔流と化して武道家達へ襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

「……何をやっとるんだ、あいつらは…………」

「ゲゴ、ボ、ゴボガボォ……⁉︎」

 

ガッチリ極めたフロントチョークスリーパーで柔道着姿の男に泡を吹かせつつ、麻帆良広域指導員の生ける伝説、生物災害(バイオハザード)杜崎 義剛は嘆息した。

 

 

「ギャハハハハハハハハ‼︎高音、今お前サイッコーに輝いてるわヒャアハハハハハハハハハハハァ‼︎」

「殺す‼︎殺してやるからそこで待っていなさいスクールカーストの無能男篠村 薊ぃ‼︎‼︎」

 

「「「「ぐぉわあぁぁぁぁぁっ⁉︎」」」」

 

『乱舞乱舞乱舞ぅぅぅぅぅっ‼︎黒布がワイヤー?が舞い狂い人をゴミの様に吹き飛ばすぅ‼︎最早鬼神と化しています、何やら怒髪天を突いている高音選手の操る巨人!高音選手の先程の口上によればなんとこの巨人は高音選手のスタン◯との事です‼︎リアル格ゲー選手の次はリアルス◯ンド使い‼︎この大会果たして何処へ向かっているのかぁぁぁ⁉︎』

『いやはや盛り上がってまいりましたね!あの◯タンド、ビジュアル的に第五部のヴェ◯チア辺りで登場してくれればピッタリだと思います。龍宮選手と鬼島選手の激闘も続いていますし、いよいよIブロックは闘技場がヤバいかもしれませんねー』

 

 

まあ一言で表すならば大騒ぎである。

 

「ははは、まあ高音君のアレは魔法の存在を隠匿する為のカモフラージュとして言っているんだと思いますよ、杜崎先生」

 

ゴドリと白目を剥いた男を情け容赦無く床に放り捨てた杜崎へ、もう一人の生ける伝説、死の眼鏡(デスメガネ)高畑・T・タカミチが笑って告げる。

 

「呑気にお喋りしてんじゃ無ぇぞデスメガ……⁉︎」

 

ズボンのポケットに両手を突っ込んだ無造作な立ち姿の高畑に、選手の一人が怒号と共に拳を構えて打ち掛かる、が。

高畑は欠片も動じずに、ポケットに入れた拳を居合いの要領で腰を切って高速抜()。更に魔力による増強により、視認すら不可能な超速度となった拳で打ち放たれるのは大気の圧力。余りの速度と威力に物理的な衝撃と化した拳圧(・・)は、無防備に突っ込んできた武道家の顔面を真面に打ち据える。

 

「……っ‼︎舐めんじゃ無えぞオラァ‼︎」

 

しかしこの場に参戦している時点で彼も気を発現させた超人への頂きを登り始めし男。例えその一撃が普段行っている組手の下手な全力打撃などよりも遥かに強い威力を秘め、完全に鼻骨を砕かれ少なくないダメージを頭に喰らっていたとしても、一撃で戦闘力を失いはしない。

しかし。

 

「悪いね、もう少し修業して出直してくれ」

 

高畑のそれ(・・)連射(・・)が可能なのであった。

武道家は初撃により足の止まったその瞬間、機関銃の如き拳圧の嵐に全身を打ち抜かれ、意識を飛ばされて倒れ伏す。

 

「それは解りますがね、こんな馬鹿騒ぎの勢いに油を注ぐ様な真似をせんでも「死ねやゴリラァァァ‼︎」…五月蝿いわ社会不適合者が‼︎」

 

高畑の方を向いて話していた杜崎は、己の言葉を遮って飛び掛かってきたヤンキー風の男が振り下ろした光る鉄パイプと交差する様に杜崎が素早く突き出したした拳がヤンキーの顎を真面に捉える。(チン)ジャブによって脳を揺らされたヤンキーの襟首をジャブによって突き出したままの腕を以って鷲掴んだ杜崎は、そのまま片手一本でヤンキーを吊り上げ、野球ボールか何かの様に闘技場の外目掛けて投擲した。

悲鳴を上げながら大きな放物線を描いて地面に激突し、回転草(タンブルウィード)の様に転がるヤンキーを見もせずに、杜崎は嘆息と共に高畑の方へと振り返ろうとして、視界の端から球状の何か(・・)が高速で己の顔面目掛け飛来して来るのを捉えた。

 

「フン‼︎」

 

杜崎は振り向く動きを利用しての裏拳をその球体に叩き込み、迎撃する。が、その球体は凄まじい勢いで放たれた裏拳が炸裂した瞬間に弾け割れ、圧縮した空気の破裂する甲高い音を上げながら四散した。

 

「……バスケットボール?…っ⁉︎」

 

舞い落ちる球体の破片の一つの、特徴的な模様と質感を見て取った杜崎が予想外の事態に一瞬気を取られた瞬間、後方から伸ばされた両手に頭部を鷲掴みにされ、驚愕の呻きを洩らす。

杜崎に奇襲を掛けたのはバスパンにバッシュと、如何にもなバスケ小僧の姿をした長身の男、バスケットボール部部長 田臥 武彦だった。田臥は獰猛な笑みを浮かべながら杜崎の頭部を捩り上げつつ跳躍。身体全体で巻き込む様な高速の横回転を決め、全身と両腕の織り成す二段階の猛烈な捩り上げによって杜崎の首をへし折りに掛かる。

 

「喰らいやがれ暴力教師が‼︎幾多の強豪からリバウンドをもぎ取った我が究極奥義!デスロールバイトォォォォッ‼︎」

「ぐが⁉︎」

 

メキリ、と嫌な音を首で上げさせながら杜崎の頭が真後ろに向かって捻じ曲がりーー掛けた所で杜崎の僧帽筋と板状筋が爆発的に肥大化し、ピタリと田臥の回転が止まる。首の筋力だけで田臥の全身を使った捻転運動に拮抗し、更には人一人を首だけで宙に浮かせているのだった。

 

「……嘘だろオイ……⁉︎」

「大人しくダンクシュートでも決めていろバスケ小僧がぁぁぁ‼︎」

 

杜崎はがっしと無防備に浮かぶ田臥の腰を両腕でホールドし、闘技場の床が砕け散る勢いでパワーボムを叩き込んだ。

 

「ゴハァッ‼︎」

「阿呆共が、ここぞとばかりに寄って集って鬱陶しい……!」

 

床にめり込んで意識を飛ばした田臥を無造作に放り出し、杜崎は歯を剥き出して怒りを露わにする。

 

「死ねや糞メガネぁぁぁ‼︎」

「自由なる闘争を邪魔すんなやあぁぁぁ‼︎」

 

「君らのそれを黙認したら麻帆良は世紀末都市になるって解らないのか‼︎」

 

一方高畑も四方八方から飛び掛かってくる選手への対応に苦慮していた。威力、速度共に十二分な高畑の居合い拳だが、鍛えに鍛えられた武道家達を単発で倒すには至らない。常日頃から杜崎と高畑に煮え湯を飲まされている彼らは、武道家の理念云々よりも私刑執行の魅力に取り憑かれているらしく、篠村達への様に十字砲火を遠慮してはくれないようだ。

乱戦の中、杜崎は飛び付き腕十字固めを極めようとして来た総合格闘家をしがみつかれた腕ごと振り回して周囲を薙ぎ払いながら高畑の方へ向かって走り、高畑は杜崎の接近を感知すると、カタールを両手に激しく斬り掛かってきていた正面の男へ瞬動で踏み込み、魔力強化した拳にて一撃を決めガードした武器ごと粉砕して吹き飛ばし、穴の空いた包囲網から飛び出して杜崎に合流する。

 

「唐突ですが高畑先生、篠村達のブロックといい、魔法関係者がある程度一箇所に固められている感がありませんか?」

「で、しょうね。一ブロックにつき本選出場者は勝ち残り二名、ある程度ふるい落としを狙ったのかもしれません」

 

ジリジリと間合いを詰めて来る周囲の武道家達を視線で牽制しつつ、言葉を交わす杜崎と高畑。

 

「…何にしろ、このままでは埒があきません。目立つのは本意じゃありませんが、ここは一つ本領発揮と行きましょう」

「……そうですね、一般人相手に間違っても使用(つか)う様な技法じゃありませんが、彼ら相手にはそれこそ今更ですから」

 

杜崎と高畑は背中合わせに構えを取ると、力ある言葉をそれぞれ唱えた。

 

「喜べ馬鹿共、そこそこな本気で動いてやる…戦いの旋律(メローディア ベラークス)

「左手に魔力、右手に気。……出力だけはわりかし本気で行くよ、覚悟してくれ、君達」

 

強化としての種別こそ異なるものの、全身に熾火の様な眩い光を纏った二人がその言葉を皮切りに、暴虐の化身となる。

 

 

 

こうして、魔法使い達は己が本文を遺憾無く発揮する。

 

密やかに、種は撒かれる。

 

 

 

「イヤハヤ、強いネ麻帆良の武道家サン達ハ。予想以上ダヨ、仕上がりはこれなら期待できそうネ」

 

モニターの無機質な光に照らされながら、超 鈴音はニンマリと笑みを浮かべる。傍らで何事かの分析を行い、キーボードと格闘を繰り広げていた葉加瀬は、ふと気になったことを疑問符として口に出す。

 

「超さん、魔法関係者の方達を同じブロック内に固めたのって何か意味があるんですか?」

「ウム。面子を確認した時、本気(・・)を出させてもバレずに誤魔化されそうなのは精々篠村サンと杜崎先生位だたからネ。派手(・・)な方達と組んで貰うことで、同調作用から羽目を外してくれることへの期待ダ。他人が既にやてる行為ならば人は遠慮が無くなるものヨ?」

 

それとネ、と超は薄い笑みを浮かべて葉加瀬を見返し、事も無さ気にそう口にした。

 

 

「きちんと協力し合わせて互いをはきり関係者だと判断出来る様にしておけば、いざという時蜥蜴の尻尾切りで逃げられずに済むネ」

 




閲覧ありがとうございます、星の海です。更新が滞り気味の所にあまり話が進んでいない状況です、申し訳ありません。最初はこちらの話はまほら武道会の下に統合して纏めて上げる予定だったのですが、篠村と高音のやり取りに尺を食い過ぎて予想以上の長さになってしまった為、魔法関係者を一括りにして別個で上げさせて頂きました。言わばこの話は中の2です。下は途中まで書き上げてはありますのでもうしばらくお待ちください、お願いいたします。
ちなみに本編のネタで高音がス◯ンド使いと化している件ですが、篠村が魔法バレを防ぐ為にネタを仕込みました笑)もっともらしい理屈を付けて押し切ったのだと思われますが、確実にふざけ半分ですね。祭りの何やかんやでいらん苦労を背負い込んでいますので、ストレス発散がしたかったのでしょう 何)
それから哀れ原作にて手酷いフられ方をきた真名の所属するバイスロン部の部長芹沢さんですが、あれは原作で麻帆良学園祭終了後にどうなったのでしょうね?普通に考えてどちらも気まずさが半端ないと思うのですが。原作の扱いが哀れですので、脇役好きの作者としては芹沢部長にはもう少し頑張って貰いたいと思います。…この世界の部長クラスですから最低限ものの役には立ちますので 何)
それではまた次話にて。次もよろしくお願いします。

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