お馬鹿な武道家達の奮闘記   作:星の海

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あいも変わらずペースが落ちていて申し訳ありません。辻と刹那のデート回です。


2話 少年少女の恋模様 〜辻と刹那〜

「……其処の二人!何を白昼堂々と不純異性交遊に勤しもうとしているのですか‼︎麻帆良の一学生としてもっと清廉且つ健全な付き合いを……!」

「すいません本っ当すいません‼︎この女真面目過ぎるだけで決してケンカ売ろうとかそういう話じゃないんで盛り上がっている所申し訳ありませんがちょっといいっすかねえ⁉︎」

 

「キャアッ⁉︎」

「な、何だ一体君達は⁉︎」

 

麻帆良学祭初日の昼前とある公園の一角にて、見つめ合いながら何だかひどく良い雰囲気を醸し出している一組のカップル。そんなこれでもかという程に第三者お断りな空気を完全無視した形で形の良い柳眉をキリリと上げて。高圧的な空気を全面に出しながら詰問する高音・D・グッドマンを押し退け、必死に頭を下げながらも二人の間に割り込むのは篠村 薊であった。

 

「よ、良樹君…何この人達?」

「愛美ちゃん下がっててくれ。オイ君達、何が気に入らないか知らないが常識を考えてくれたまえ‼︎取り込み中と見て解らないか⁉︎」

「それは一目見て重々承知の上ですとも!…それを押して申し上げたい事があるんすよ。一つ堪えて、どうかお耳を……」

 

背後に彼女を庇って警戒心も露わに篠村と高音を睨み付けるカップルの男子。篠村は睨み殺さんとでもする様な隣り(高音)の視線も合さる非、友好的目線の十字砲火(クロスファイア)にもめげず、低姿勢のまま男子に近寄り、耳打ちをする。

 

「…実はもうすぐこの通りを『しっ◯団』のクソ野郎共が見回りに来るとお伝えしたくてですね……」

「…何だと⁉︎」

 

篠村の言葉に、俄かに顔を青く染め上げるカップル男子。

『し◯と団』とは、麻帆良内では言わずと知れたモテない男達の極めて後ろ向きな友情で結成されたリア充逆恨み集団である。色々小難しい理屈で理論武装してはいるが、その実態は単なる僻みを燃料とした、カップルに私刑を行いたいだけの醜い男共の集まり。当然ながら毎回広域指導員達の粛清対象になっているが、何度壊滅させられても蜚蠊の如く湧き出しては事あるイベントの毎にカップルの男子のみをリンチしに現れる、シリーズ人間のクズ共だ。

当然ながらそんな連中に絡まれる事を良しとしないカップル男子は、俄かに真剣な表情となり篠村の言葉に耳を傾ける。

 

「…どの程度で此処へ?」

「もう間もなく。俺らも絡まれかけたのを逃げてきた口っすよ……実の所そっち(高音)が機嫌悪いのも奴らに邪魔された所為でしてね、すいません…」

「いや…よく教えてくれた、礼を言う。そういうことなら直ぐに退避をさせて貰うよ」

 

頭を下げようとする篠村を手で制し、軽く頭を下げ返して彼女へ振り向くカップル男子。

「愛美ちゃん、今直ぐ此処から移動しよう。少し厄介な連中にこのままでは絡まれてしまうからね」

「え…?、一体どうしたの良樹君……?」

「道すがら話すよ、兎に角早く……」

 

戸惑う彼女の肩に腕を回してそっと先へと導きつつ、カップル男子は最後に篠村達の方へと振り返り、一つ頭を下げて去っていった。

 

「………ふう…………」

「…篠村、何ですか今の事実無根な出鱈目は?」

 

如何にか上手くいった世界樹の魔力影響地点(告白禁止ポイント)からの追い出しに篠村が安堵の息を吐き切る間も無く、高音が相変わらずのキッツい視線で篠村の方便を詰る。そう、『◯っと団』が来ている等という情報は真っ赤な嘘なのであった。

「嘘も方便って言うだろうが。大体漏れ無くカップルに喧嘩売って、拗れて終わるのが目に見えてるお前にどうこう文句を言われる筋合いはないわ」

「私達は何も疚しい行為をしているわけでは無い以上、たとえ事情を解さない一般生徒達に恨まれることになろうとも、可能な限り正々堂々と事に当たるのが筋というものでしょう‼︎私たちは誉れ高き関東魔法協会最大の一派、麻帆良学園魔法組織の一員なのよ⁉︎」

「こ・の・純粋培養おぜう様はボケた誇り(プライド)翳しやがって……‼︎ンな訳の解んねえ矜持よりも俺は今後の安寧な学園生活と円満な人間関係を取りてえんだよ石頭女が‼︎融通が利かねえのもいい加減にしやがれ却って時間掛かっしいい事無えのお前のやり方は‼︎」

 

篠村と高音は額を突き合わせる様な至近距離で睨み合い、意見を衝突させる。

 

「っ!…それでも篠村……‼︎」

「しかしも案山子も無えんだよ高音‼︎、っつーか忘れて無えだろうな、お前の習得魔法構成じゃ今回の仕事に向かねえから、緊急時の移動以外において今回ばかりはお前は()のサポートなの‼︎黙って従えとは言わねえけど少しは俺に協力してくれよ⁉︎」

「…………‼︎……っくっ‼︎‼︎……」

「っくじゃねーよ⁉︎……あーくそせめて愛衣がいりゃもう少しスムーズだってのに…………」

 

どうにも噛み合わない高音との連携に、天を仰いで嘆く苦労人、篠村である、ちなみに良き後輩である佐倉 愛衣はガンドルフィーニ教師と別の区域を巡回中なのであった。

そんな風に険悪になり掛けている二人の間の空気を、ピーピーという無粋な電子音が掻き乱す。

 

「…っ、また告白生徒か休む間も無え……!どっちだ高音⁉︎」

「南南西、距離約700‼︎…多い上に距離があるわ、緊急移動するわよ篠村‼︎」

「…わかったしょうが無え‼︎」

 

緊迫した高音の言葉に篠村は頷くと、高音が足元にある己の影(・・・)を媒体に展開したゲート(転移魔法)の中へ高音と身を寄せ合って飛び込んだ。

 

「…其処の広場‼︎探知機の反応からして少なくとも十数組が一斉に告白行為へ及ぼうとしているわ‼︎」

「十数組ってなんだよ畜生⁉︎ねるとんパーティーでもやってんのかバカ学生共人の気も知らねえで‼︎」

 

学園中に予め予定していたポイントの一つ、高台に位置する校舎に繋がる階段下から湧き出した二人は寄せ合っていた身を解く間ももどかしく前方へと疾走(はし)り出す。

 

『ねるとんパーティー告白タイムに入りまーす♡』

『『『『わーっ♡』』』』

 

「マジでかよ⁉︎…ええい高音、洩れた奴がいたら任せたぞ‼︎」

「ちょ、篠村⁉︎」

 

駆け付けた場にて正しく集団見合いパーティーに勤しむ男女の集団に篠村は絶叫するが直後に首を振って気を取り直し、高音に一声掛けると集団目掛けて飛び出す。

 

 

魔法の射手(サギタ マギカ)……⁉︎」

「ふっ‼︎………⁉︎」

 

己の周囲に無数の光球を生み出しながら前進する篠村は、タイミングをほぼ同じくして別方向から踏み込んできた肌の黒い二丁拳銃使いーー龍宮 真名と視線が合い、互いに目を見開く。

 

「…(右翼任せた‼︎)、連弾(セリエス) 雷の11矢(フルグラーリス)‼︎」

「…(了解だ!)はあっ…‼︎」

 

困惑も一瞬、刹那のアイコンタクトで互いに担当範囲を分担した二人は、ねるとんパーティー集団の懐へ飛び込むとそれぞれ魔弾と銃弾にて前後左右の罪人(要告白警戒者)を雷撃と神経毒の副次効果によって流れる様に行動不能に変えた。

 

「た、大量殺人だーーっ⁉︎」

「し、篠村、無茶をし過ぎよ⁉︎」

 

「映画の撮影です、お気になさらないで下さいーー……仕事の上では時に冷酷になることも必要だ、ネギ先生」

「気になる点、要望等ありましたら麻帆良映研までご一報をーー……のタイミングで他にどう止めようがあったってんだ、高音?」

 

「「に(それに)しても……」」

 

宙を舞い、人形の様に崩折れる男女を目の当たりにして慄くネギと高音へ事も無げに返してから、篠村と真名は互いを振り向き、言葉を交わす。

 

「やあ篠村先輩、奇遇だね。そういえば此処らのポイントはどちらかというと先輩達の担当だったね、差し出がましい真似をして申し訳ない」

「いや、告白生徒の数に予想のつかない、しかも警備区域の境に位置する曖昧なこのポイントでの反応だ、咄嗟のお前の判断は至極全うだよ。こちらこそ煩わせて申し訳ない」

「そうかい、そう言って貰えると助かるよ。…しかし一般人相手とはいえこの制圧力、魔法生徒内白兵戦最強の名は伊達じゃないらしいね?」

「ンな実際に試せる訳も無い根拠ゼロの噂を信じんなよ。大体その口ぶりじゃあ、どう見ても俺と互角以下の仕事をした様には見えないお前自身の遠回しな自画自賛に聞こえるぜ?」

「おっと失礼、そんなつもりは無いんだけれどね…」

「まあいいさ、そんなことは。…それよりもネギ先生、妙な所で遭遇()うなあ。パトロールご苦労様だ」

 

軽く頭を下げる龍宮を制して礼を返し、篠村はネギへ水を向ける。

 

「い、いえ…これも僕の仕事ですから……それよりも篠村さん、一般人相手に攻撃魔法はちょっと……」

「…これでも電撃傷や高圧電による心臓停止等のリスクを最大限考慮して、一時的な麻痺(スタン)の他は後遺症の残らない様に調整を掛けた雷の矢(サギタ マギカ)をこの男は使用しています。心配は無用、と迄は言いませんが、一先ず安心して下さい、ネギ先生」

 

曲がりなりにも己が生徒である龍宮 真名が同じ様な暴挙に臨んでいるからか、やや後ろめたい様子で抗議してくるネギに、高音が仏頂面ながらそうサポートする。

その様子を若干おかしげに口元を緩めながら、射撃後の銃を点検しつつ真名が高音に声を掛ける。

 

「随分と面白く無さそうだね、高音先輩?この仕事(告白警戒パトロール)においては自分がサポート役にしか撤せないのが不満なのかな?」

「…口を慎みなさい、龍宮さん。私は点数稼ぎの為に任務を遂行している訳ではありません。第一特別親しくも無い貴女に、そこまで詮索される筋合いはありませんよ?」

「おっと、確かに余計な口出しだったね、申し訳ない。どうか忘れてくれ、高音先輩」

 

「「………………」」

 

「ほらほら喧嘩腰になんな高音。龍宮も、こいつは生真面目な性分(たち)なんだ。余りつっかかってくれるなよ」

 

穏やかでない目付きと、何処か見透かした様な眼差しをそれぞれ交わす高音と真名の間に辟易した様子で篠村が割り込み、仲裁に入った。

 

そんな敵対している訳でも無いのに妙な緊迫感の漂う空気を、ピーピーという本日この場に居る全員が何度も耳にした電子音が切り裂く。

 

「む⁉︎…まだ一人残ってるぜ⁉︎」

「何⁉︎」

 

「あれ……龍宮君?」

「っ⁉︎……」

 

計器を持つカモの言葉に反応した真名に対して、清涼な響きを伴うイケメンボイスにて声が掛けられる。

その声を聞いて真名が僅かに表情を崩し、やや慌てた様子で振り向いたその先には、カジュアルな服装に身を包んだ、爽やか系のイケメンが立っていた。

 

「どうしたんだい?こんな所で……」

「せ、芹沢部長……」

 

真名は普段冷静沈着な彼女にしては珍しく、動揺が顔に表れていた。

 

「姉御‼︎その男だ間違い無え‼︎」

「なんだ龍宮の知り合いか?…まあ多少なりともやり辛えだろうから俺が…」

「だ、駄目です!待って下さい篠村さん‼︎あの人って、龍宮さんが好きな人なんですよー‼︎」

「なんですって⁉︎……つまり、相思相愛と、いうこと…?」

 

無意識的に数歩下がって状況を把握していた篠村がおもむろに雷球を掌に作り出すのをネギは必死に押し留め、事情を説明する。それを聞いて高音が芹沢へ目を向け、苦々しい表情で呟いた。

 

「……可哀想だけれど、魔法関係者だからといって特例扱いは出来ないわ」

「…だな。散々カップルの邪魔をしといて自分だけ文句を言えねえさ」

 

しかし、篠村と高音は一瞬の間をおいてネギの制止にそう答え、芹沢の後方へ回り込もうと動き出す。

 

「え、でも……‼︎」

「兄貴、旦那方の意見が正しいぜ。赤の他人を取り締まろうって側はその権利を振り回す以上、公正明大でなきゃいけねえんだ」

 

そんなある種非情とも取れる判断にネギは抗議の声を上げかけるが、肩に乗るカモが静かにネギを諭し、その足を止めさせる。

そんな篠村達の動きを真名は横目に見て、それから緊張した様子で僅かに顔を紅潮させた、目の前の芹沢に視線を戻す。そして真名は何かを吹っ切る様に両眼を閉じ、意を決して言葉を紡いだ芹沢を遮り、告げた。

 

「実は俺……君のことを……‼︎」

「ありがとうございます、先輩。お気持ちだけ頂いておきます…」

「………え?…っうわっ⁉︎」

 

怪訝そうに問い返した芹沢は、真名(・・)が素早く抜き放った拳銃の射撃を反射的に崩折れる様に屈み込んで躱す。

「た、龍宮く…がはぁっ⁉︎」

しかしすかさず追撃で放たれた二丁目の射撃を土手っ腹に喰らい、苦鳴を上げながら吹き飛んで倒れ伏した。

 

「…⁉︎…貴女……‼︎」

「……龍宮、無理してやらなくても俺らが居たろうが…」

「…気を使ってくれて礼を言うよ、先輩達。でも心配は無用さ……」

 

篠村の言葉に真名はふっ、と微笑み、振り向きざまの流し目をくれながら宣言した。

 

「私の戦場に男は不要だから、ね…」

 

バーン‼︎と、映画か何かなら効果音でも聞こえてきそうな決め台詞に、遠巻きに眺めていた見物人(ギャラリー)からおぉ……!と半ば気圧された様な感嘆の声が湧き上がる。

 

「………そうかよ…………」

 

多少ならず引き攣った顔でそう返した篠村は、隣で何か言いたげな高音を促してネギの方へ戻りつつ、まだまだ始まったばかりの麻帆良学園の喧噪を遠くに、ふ、と溜息を吐く。

 

……どうか今年はこれ以上妙な面倒事が無い様に願いたいもんだ………

 

最も、それが不可能であろうことは、願った当人が一番良く理解(わか)っていたかもしれないが。

 

 

 

 

 

 

「……桜咲……」

「は、はい‼︎」

 

「…服、似合ってるな。可愛らしいと、思うぞ、うん」

「っ‼︎……あ、ありがとうございます…つ、辻部長も良くお似合いで……」

「ああ、そうか。うん、ありがとう」

 

「「…………………」」

 

 

…………どうしよう、どうすればいい、本気で?

 

辻は連れ立って歩いている刹那の顔を横目でこっそり盗み見つつ、先程からどうにも盛り上がらない会話に頭を悩ませる。

 

…こういう場合は歳上がリードして雰囲気を良くしなきゃいけないってのに、何で俺という男はこう微妙に対人会話能力が低いんだ、これじゃ桜咲も内心誘わなきゃよかったとか思ってるんじゃないだろうかあぁ………いや違う、止めろネガティブな考えは!

 

ブンブンと(かぶり)を振り、辻はヘタレた思考を追い払う。

 

…あの桜咲が自分から学祭を廻ろうなんて言い出してくれたんだ。…俺とのデートを…そうだ、誰にどう口で誤魔化そうがこれはデートだ。

…楽しみに、してくれていた筈なんだ。

…楽しませてやらなきゃいけないし、俺も楽しまなきゃいけないだろうが……!

 

「……よし‼︎」

 

ピシャリと一つ頬を叩き、辻は気合を入れ直す。

 

…今日だけは何処かに行ってしまえ、俺の中の弱気の虫よ‼︎

 

一人決意を新たにする辻の斜め後方から、か細く不安に満ちた声が聞こえてくる。

 

「あ、あの……辻、部長……」

「……あ゛っ……⁉︎」

 

ヤバい桜咲を放ったらかしだったと慌てて振り返った辻の目に、極度の緊張と不安で今にも倒れそうな刹那の様子が飛び込んで来た。

 

 

……何故私は、戦闘や護衛関連の他でこうも気がまわらないのだろうか………

 

待ち合わせ場所から辻と連れ立って歩き始めて早数分。ガチガチで会話も碌に儘ならない刹那を解きほぐそうとしてか辻から、こちらも少し固い様子ながらも幾つか話題を振るものの、刹那は緊張が焦りを呼んで真面な返答を返せずにいた。

 

…学祭を廻ってくれと言い出したのは、私の方だというのに……!

 

せめて普段通りの言動を取り戻そうとしても、それすら今の刹那には儘ならない。焦りが焦りを呼ぶ典型的な悪循環に刹那は陥っていた。そうこうしている間に黙り込んだ辻は難しい顔をして何やら唸り始めてしまった。

 

…駄目だ、これでは………!

 

刹那はそれを見ていっそ泣きそうになる。そしてそんな自分に驚いた、こんなにも自分は弱かったのかと。情緒不安定な自分に嫌気が差してくるが、同時に向きながら腹が決まった。みっともなくても無様でもいい、辻にこれ以上気を使わせてはならないと刹那は己を叱咤し、震える声で辻に呼び掛けた。

 

 

「…すまん桜咲、ちょっと考え事をしていてな」

「い、いえ……」

苦笑して軽く頭を下げる辻に、ひとまず自らの醜態に愛想を尽かされた訳では無いようだと僅かに安堵しながら答える刹那。

「…なあ、桜咲。何と言うか、お互い慣れないことしているからか、ぎこちないし、気まずい所があるよな。…こういう時、本来なら俺の方から引っ張っていかなきゃならないってのに、グダグダしてた所為で不安にさせた。…悪いな」

「いえ!辻部長は悪くありません‼︎…私の方こそ、お誘いしておきながらこんな体たらくで……申し訳ありません…」

沈んだ調子で謝罪する刹那の言葉に、辻はゆっくりと首を振り、刹那に告げる。

 

「桜咲。それを言うならこっちこそ…と俺は思う。けどさ、こんなのキリが無いだろ?折角のほら…学祭なんだ。頭を下げ合って沈んだ調子でいるのも勿体無いと思わないか?…お互い悪かった、ってことにしてさ、楽しくいこうじゃないか…切羽詰まった顔してるなよ」

「……辻、部長………」

 

努めて明るく、何でもないような調子で語りかけてくる辻の気遣いに、刹那は胸にくるものを感じていた。

暫しして軽く(かぶり)を振った刹那の表情は、まだ緊張の色は抜け切らないものの、先程までよりも大分明るいものになっていた。その表情(かお)を見て幾分ホッとした様子で、辻は刹那を促す。

 

「…行こうか、桜咲。昼飯には少し早いし、手始めにあっちのアトラクションパークって所に足を運ぼうと思ってたんだが…」

「あ、はい!私もそういったものには縁がありませんでしたので、行ってみたいです!」

 

未だぎこちない様子を見せつつも、初々しい二人は連れ添って歩き出した。

 

 

 

「…ふう。一時はどうなるかと思ったが何とかスタートを切った、って感じだな…」

「まったく二人共初心(ウブ)なんだから、今時隣歩くだけで小学生の初カップルでもあそこまで緊張しないわよねえ?」

「副部長ー、取り敢えず部長が目星付けてた『スクリーム・ザ・ワールド』のめぼしい乗り物には人並ばせて整理券確保してありまーす。配布人も抱き込みましたし、一先ず準備完了ですねー」

「こっちも範囲内の悪質に囃し立てそうな部長、副部長クラスの捜索、誘導終わりましたよ!その他諸々の不確定妨害要素も可能な限り排除に成功です‼︎」

「宜しい。それではあのなんだか放っておけない二人の行く末を…」

「見守りに行くとしましょうか!皆の者、私達に続きなさぁーい‼︎」

 

「「「「おぉぉぉぉぉぉっ‼︎」」」」

 

「……先輩ら、こういうの余計なお世話言うんやで?」

 

と、辻と刹那の数十m後方に位置する茂みの中でその様な完全デート支援計画を始動する、副部長,Sを筆頭とした剣道部一同に対して木乃香はジト目でツッコミを入れた。

 

木乃香がこの剣道部部員(余計なお世話集団)と行動を何故共にしているかといえば、刹那に激励を送って通話を切った直後、周囲に剣道部員達が群がって捕捉されたからに他ならない。副部長(男)曰く、『桜咲と部長の両方について詳しい故に今回のサポートにおいてアドバイザーになってほしい』とのことだったが、木乃香からしてみれば出歯亀行為以外の何物でも無い悪趣味な催しに参加する気は毛頭無かった。

 

「ウチかてせっちゃんと辻先輩は心配です、不器用な二人の事やから、万事スマートには行かへんと思うから……でもそういうトコを含めて、こっからは二人の問題やと思うんです。先輩達も面白おかしく騒ぎ立てたいだけなんや無いんでしょうけど、もうちょっと二人を信用してもええと思います、ウチは」

 

木乃香の言葉をうんうんと頷きながら聞いていた副部長,Sは、やたらとシンクロした動きで片手を恋人繋ぎしたまま逆の手を広げ、木乃香を包み込まんとする様に揃ってイイ笑顔を浮かべながら言葉を紡いだ。

 

「近衛ちゃん、君の言うことは至極尤もだ。俺達も今やってる事が余計なお世話だっていうのはちゃんと理解してるさ」

「でもね……私達はこの日が来るのを何年も前からずっと、ずぅ〜〜っと心待ちにしていたのよ」

 

副部長(女)の言葉に万感の思いを込めて頷く、後ろの剣道部員一同。

 

「下世話な真似をしているのは承知の上よ。それでもあの二人、なんて言うか放っておけなくてね…凄く努力してて、下にも丁寧で。人柄もスペックも優良物件のくせして、近衛ちゃんの言う通り変な所で不器用で引っ込み思案。お前らさっさとくっついちゃえよ、って何度思ったか知れたもんじゃないわ」

ふう、と肩を竦めて溜息を吐く副部長(女)。

「そんな二人が今年の春から漸くジワジワ進展始めて、満を持してのこの麻帆良学園祭だ。此処で手を出さずに何処で出す⁉︎ってのが俺等の正直な気持ちさ。…変な意味じゃ無くて、あの二人が大好きなんだよ、剣道部一同全員がさ。外野の行動としては行き過ぎを承知の上で、出来得るだけ楽しいデートをあの二人にはしてもらいたいんだ。二人の行動を誘導するつもりは断じて無いし、手を出すのは無粋な邪魔が入りそうな場合のみに限定する。あくまで純粋に、二人の仲が深まることを俺達は願っているんだ」

「端から見ていたら不愉快な行動に見えるかもしれないけれど、どうかこの御節介、黙認してくれないかな、近衛ちゃん?……お願い」

 

揃って頭を下げる副部長,Sに続いて深々と(こうべ)を垂れる剣道部一同。

木乃香はそんな剣道部員一同の後頭部を黙って見つめていたが、やがて長い嘆息を吐き出し、不承不承、といった体で言葉を放つ。

 

「……わかりました。辻先輩に関しては、ウチ以上に皆さんお付き合いも長いんでしょうし、ウチだけが身内気分でどうこう言うんも筋違いでしょうから、この一件黙認させて頂きます。…でもやり過ぎやとウチが思うようやったら、辻先輩とせっちゃんに告げ口させてもらいますえ?」

 

結論として見逃す旨を告げながらもキチンと暴走しないよう釘を刺す木乃香であった。

剣道部員一同は許しを得て皆一様に嬉し気に顔を輝かせ、代表して副部長,Sが礼を告げる。

 

「寛大なる裁決に感謝するぜ、近衛ちゃん」

「お礼と言っては何だけど、部長と桜咲へのサポート。全力を尽くさせてもらうわ。……それじゃあ改めて皆、作戦決行ぅぅぅぅぅぅ‼︎」

「「「「っしゃあぁぁぁぁぁ‼︎‼︎」」」」

 

気合いの咆哮を上げ、麻帆良男女混合剣道部総勢38名は動き出した。

 

「……まあ最も、二人のレジェンドクラスに初々しくて甘酸っぱいデート風景を覗き見たいという願望も勿論持ち合わせているがなぁ‼︎」

「むず痒さの余り七転八倒したくなる様な良景を当方希望する者なり‼︎中ちゃんとの約束もあるしねぇ‼︎」

 

「……台無しや。やっぱ通報しとけば良かったんかもな〜……」

 

 

 

「……大丈夫か桜咲?正直初めはもう少し大人しい乗り物から試してもよかったんだぞ…?」

「お気遣いはありがたいですが、辻部長。余り私を侮って頂いては困ります」

 

少しでも普段通りの空気を取り戻すべく適当に雑談を繰り広げながら『スクリーム・ザ・ワールド』に入った辻先輩と刹那。何故か(・・・)並んでいる人数に反して異様に早い時間帯での整理券を受け取ることの出来たこのアトラクションパーク目玉の一つ、『ラディカル トルネードコースター』の最前列にて、如何にも不安そうに傍らを見て声を掛ける辻に対して、刹那は自信あり気に微笑んで返した。

 

「いや、このジェットコースター、最初の坂を下りる降りで降下開始3秒200㎞オーバー、120度の超急角度上昇から90度の直滑降の最中に540度のひねりを加えるとかいう失神必至のお化けコースターだと触れ込みにあったからさ……もしほんの少しでも気が進まないなら…」

ガシャリと物々しい音と共に下された安全レバーを落ち着か無さ気に弄りながら尚も隣の刹那を気遣う辻である。それに対して刹那は、珍しく自信有り気に胸を僅かに張りながら答える。

「辻部長、お忘れですか?大きな声では言えませんが、辻部長は修学旅行の一件でこの大層な触れ込みのコースターよりも数段速い、私の全力飛行(・・・・・・)を体験された筈ですよ?私は正体をひた隠しにしていた故に、専門の種族からすれば経験全てがお粗末なそれでしょうが、完全に無軌道で動き回る訳でも無い絶叫マシン等、幾ら最先端技術の粋を結集した麻帆良学園のそれだろうと恐るるに足りません。…それよりも辻部長こそ、実はこういった物が苦手なのでしたら遠慮なさらずに…」

「いや。俺の方は全然問題は無い。解った、桜咲が大丈夫なら素直に程よいスリルを楽しもうじゃないか」

 

言葉の最後の方で逆に辻の方を心配してきた刹那に対して、辻はキッパリと宣言して会話を終わらせる。

正直に言えば辻はこういったもの(絶叫マシン)に乗った経験が無く、どれほど凄まじいのかの想像が付かないので多分に不安はあったが、そこら辺は男の意地である。

 

…正直搭乗経験も無いだろうに余裕をかましている桜咲の様子に、フラグが立っている気がしないでもないが……

 

本人が大丈夫だと言っているのだからこれ以上は無粋かと思い、辻は己の腹をくくって桜咲に微笑みかける。

 

「そうか、こういった遊具で可愛らしく悲鳴を上げる桜咲というのも見てみたかった気もするけどな?」

「ふふっ、ご希望に添えなくてすみませんね、辻部長?」

 

…この無自覚バカップル、さっきまでガチガチの緊張っぷりを見せてた癖にこのラブい感じの会話を繰り広げていて何か思う所は無いんだろうか…………?

 

二人の真後ろに座る監視役の剣道部員は何ともいえない表情でそう独りごちた。

 

 

「……‼︎や、やや…想像してた以上に怖いぞこれ⁉︎桜咲大「ひゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼︎⁉︎」…ああ、やっぱりかって何だこの急回転…おゎあぁぁぁ⁉︎」

 

「つ、つつつ辻部長、なん、何ですかこれぇぇぇ⁉︎」

「だから言ったろ人間のスリル欲求舐めすぎだうわあぁぁぁ⁉︎」

 

「きゃあぁぁぁ‼︎きゃあぁぁぁぁぁ‼︎辻部長、手を!お願いですから手をぉぉぉぉぉぉっ⁉︎」

「握ってる‼︎絶対放さないから気をしっかり持て桜咲ぃぃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎⁉︎」

 

 

しばらくお待ち下さい……

 

 

精魂尽き果てたという表現がしっくりくる様子で、辻と刹那はジェットコースター脇のベンチに並んで腰掛けていた、因みに手はまだ握り合わされたままである。軽い肉体的接触による羞恥心程度を軽く上回る様な恐怖が未だ二人を包み込んでいる様であった。

 

「すいません……すみませんでした………舐めていました麻帆良の本気を……」

「…いや……強く止めなかった俺も同罪だろ………ともあれ大丈夫か、桜咲……?」

「はい……何とか……」

 

ゼイゼイと喘ぎながらも何とか一心地着いた二人は、漸く繋がったままの手に気付いてお互い火の出そうな顔色でズバン‼︎と高速で結束を解き、気不味そうな表情(かお)で謝罪合戦を繰り広げる。

 

「…兎に角だ‼︎次はもう少し大人しそうなアトラクションを選ぼう‼︎初っ端からこれじゃ身が持たない‼︎」

「そ、そうですね‼︎…あ!でしたらあの回転ブランコなんて如何でしょうか、高さも其れ程じゃなさそうですし…」

「あ、いいな。それにしよう、行こうか桜咲」

「はい!」

 

 

 

「…っあ〜〜〜〜‼︎‼︎何だ何なんだよあの二人は開始からもぉぉぉぉぉっ⁉︎」

「予想以上のむず痒さだわコレ……‼︎正直空気悪くなるかって予想してたけど何よもう可っ愛いいなもうぅぅぅぅ‼︎」

「ああ〜〜せっちゃん可愛ええわぁ〜……って駄目や〜〜‼︎ウチまでトリップしてたらアカンや〜〜ん⁉︎」

 

いじらしさ全開の辻と刹那のデート風景にのたうちまわる副部長,Sと木乃香である。周りでも剣道部員達が思い思いに転げ回ったり奇声を上げたりして悶えていた。

 

「……まあ良し‼︎正直予想以上の破壊力で身が持つか心配になってきたが、デート自体は順調だな‼︎」

「そうね……もう幾つかアトラクションを廻ったら昼食に向かう筈よ。此処のパーク内は飲食店も充実しているから此処で食事にする可能性は高いけれど、付近のグルメエリアに移る可能性も高格率だから、油断しないでね皆‼︎」

「了解です副部長‼︎にしても可愛いなぁ部長は…」

「ああ〜桜咲健気可愛いわぁ〜抱き締めてやりたいこの溢れる母性どうしてくれようかしらホント…‼︎」

「カメラ回してろよしっかり!中村先輩にドヤされんぞ‼︎」

「……う〜ん、止めるべきなんやろけど正直楽しいわぁ出歯亀……ゴメンなぁせっちゃん、辻先輩…」

 

 

 

∞の軌道を描き、座席自体も不規則に回転をする回転ブランコに、リアルに空中に投げ出されて地面直前まで自由落下(フリーフォール)してからキャッチされるフリーフォール。トドメに高速回転している最中に何故か海賊衣装に身を包んだ骸骨達が身動きの取れない乗客達に襲い掛かってくるバイキングを廻り終えた辻と刹那は、魂の抜けた顔でパーク内のイタリアンレストランに向かい合って座っていた。

 

「すまん…すまない桜咲……完全に入る所を間違えた………変に気張らずに映画とか行ってれば良かったな……」

「いえ……私の方も途中から意地になってましたから……。辻部長だけが悪い訳ではありませんよ……」

 

片手で顔を覆って、今にも嗚咽しそうな様子で謝罪する辻に、力の抜けた締まりの無い笑顔でフォローをする刹那である。

 

「……それに、なんだかんだで楽しかったです、私…あんな風に慌てて騒ぐのなんて初めてでしたから……こんな言い方したらなんですけど、凄くスッキリしました。ああいったものを楽しんで乗りこなす人って、堂々と叫べる免罪符を得られるから夢中になるのかも、しれませんね…」

「……桜咲…………」

 

やや疲労した様子ながらも微笑んでそう告げてくる刹那に、辻はどう答えて良いかが判断できずにただ、名を呟く。

「あ……すみません、何だか暗い話になりますよね、こんな言い方だと」

「…いや、理由はどうあれ、楽しかったなら良いじゃないか。こんなもの、楽しみ方なんて人それぞれでいい筈だ。そうか、楽しかったなら俺の阿保な采配も少しは救われたよ……」

ホッとした様子でそう返してくる辻を刹那はじっと見やり、僅かに表情を暗くして呟く様に言葉を放つ。

 

「…すみません、結局お気を使わせて、しまっていますね、私……」

「あ、いや……」

「申し訳ありません、本当に、こういった風に遊ぶなんて私は初めてなもので…もっと年相応に振舞えれば辻部長に負担を掛けずに済むのに……」

「桜咲」

 

刹那の言葉を途中で遮り、辻はやや強い調子で刹那に対して言葉を紡ぐ。

 

「俺は自分自身好きで、もっと言うなら望んで頭悩ませてるんだ。言っちゃなんだが筋違いな謝罪は不愉快だぞ」

「え……」

「勘違いしないでくれ、こんな調子で情けないエスコートになって不甲斐なさこそ味わっちゃいるが、俺はちゃんと楽しんでる(・・・・・)。お前と一緒にキャアキャア騒げて、楽しかったよ。大体初めに言っただろ、折角の学祭巡り、詰まらない事で一々頭下げてちゃ勿体無いって。楽しくないなら、他にしたいことがあるならどんどん言ってくれていい。でも楽しめているなら、勝手に負い目感じて他人行儀に頭下げないでくれよ、桜咲。そういうもんじゃ、無いだろう。俺とお前は……」

 

僅かに寂し気な顔になり、告げてくる辻の姿に、刹那は自身の愚かさを悟る。

 

……そうだ、何をやっている、私は……

…こんな風ないい方をしたら、結局更に気を使わせるだけだろうに……

二人(・・)で楽しめていれば、それで何の問題も無い。当たり前の話なのに……‼︎

 

そうして暗く沈み込もうとする自身の思考を強引に切り替え、刹那は決意を新たにする。

 

…反省も後悔も、終わってから好きなだけすればいい。

…今は楽しもう、そして私以上に楽しんで貰おう。私には勿体無い、この優しい人に……‼︎

 

刹那は何時の間にか下がっていた頭を勢い良く上げ、その剣幕に驚いた辻の顔を真っ直ぐ見据えて、言い放った。

 

「すみません、些か自分に酔って恥ずかしい事を口にしました。…私は楽しいです。凄く、楽しいんです、辻部長」

「…俺もだよ」

 

明るく笑う刹那の言葉に、辻は穏やかな微笑みを返した。

 

 

 

「……何だろうな、このいじらしさと気恥ずかしさと虚しさが入り混じりに混ざり合って、一周廻って多幸感の押し寄せてくる、この感じは……」

「その感情に名前を授けるには、人類の言語は未発達すぎるわ……もう、いいじゃない…私もういろんな意味でお腹一杯で、幸せだわ…」

「…せっちゃん……良かったなぁ…せっちゃん……」

 

辻と刹那から数席分離れた対角線上にて、揃って遠い目をする副部長,Sを尻目に、親友の言葉に目尻へ涙を浮かべる木乃香が居た。

 

「…今の所妨害勢力も無し、ここから先は、本当に余計な手出しは無用だな……」

「そうね……付き合ってくれてありがとう、近衛ちゃん。これにて正真正銘、単純な覗き行為の他は、我々剣道部員+αは干渉をしないと誓うわ」

それ(覗き)を一番止めて欲しいんやけど……まあウチもここまで覗いてたからどうこう言えへんな〜……変なトコにばら撒いたらあかんよ、先輩達?」

「「勿論‼︎」」

 

と、軽く釘を刺す木乃香に対して、声を揃えて返した二人だった。

 

「…っていうか、先輩達はデートとかせえへんの?」

「近衛ちゃん、心が通じ合ってればこういったある種下世話な真似も一緒に楽しめるもんだよ、恋人同士なら何やってても愛情表現の応酬なのさ」

「勿論最終日には一日デートで愛し合ってる予定だから大丈夫。彼処の初心者カップルと違って、最早磐石だからねえ、私達」

「…先輩達の方がよっぽど御馳走様な感じやない?」

 

 

 

「桜咲、あれなんてどうだ?お前に似合うと思うんだが、ちょっと着けてみないか?気に入ったならプレゼントさせてもらうぞ」

「つ、辻部長、先程服を贈って頂いたばかりです。流石にこれ以上何かを買って頂くのは心苦しいですので…」

「こういうのは男の器量と甲斐性って奴だろ?気にするなよ、幸いと言うべきか、学園側からの度重なるトラブル解決の報酬で大いに懐が暖かいんだから」

 

昼食を終えてアトラクションパークを出た辻と刹那は暫く賑やかな学園内をあちこち見物しながら歩き、立ち寄った服飾関係の露店が立ち並ぶ通りにてショッピングと洒落込んでいた。その中で美麗なアクセサリーの並ぶ、露店の中でも一際値段の張りそうな品揃えを誇る店前にてそんなやり取りをする二人は、最早周囲の恋人達に違和感無く溶け込んでいる。

 

「しかしそれでは余りにも……それでしたら、私もある程度持ち合わせはあります。私からも何か贈らせて下さい、辻部長」

「ええ?いやいや、誕生日か何かでもないのに後輩からものをもらうのはなあ……なんだか悪いだろ?」

 

行っている事はすっかりデートだと言うのにまだそんなことを吐かす辻に、ややムッとした様子で刹那は返す。

「その論法では、私の方こそ特別な何かも無いのに、先輩から物を贈られる道理はありません。…それとも辻部長は、私からの贈り物など、品に関わらず受け取りたくなどありませんか?」

「いやそんな事は決してないが…」

「それでしたら是非。実はもう目星は付けてあるのです。…少しだけ此処で待って頂けますか?目当てのものを、買ってきます」

 

刹那はニッコリ微笑むと困惑する辻を他所に、元来た道の方を小走りで駆け戻っていった。

所在無さ気に佇む辻に、目の前の露天商がからかう様に声を掛けてきた。

 

「いやいやラブラブだねえ兄さん達。商売柄男に貢がせようと躍起になってる女ばっかり見てる身としては輝いて見えるよ兄さんの良い人は。どうだい素敵な彼女に一つ更なる愛の証をプレゼントってのは?愛は金に変えられないなんて言うが、気持ちはある程度金を払って表せるとおじさんは思うがね?」

 

純粋に感心した様子ながらも商魂逞しくものを買わせようとしてくる露天商に苦笑し、俺とあの子はそんなんじゃ無いですよ、と何時もの台詞を返しかけ、辻はふと出掛けた言葉を飲み込む。

 

……なら何だって言うんだ?俺と桜咲の関係は?………

 

辻が何と言おうが思おうが、これ(・・)はデートだ。只の先輩と後輩が行う行為では無い。

 

『女の子はさぁ。どうでもいいと思ってる奴をデートに誘ったりなんざしねえからな?』

 

此処に来る前、中村から掛けられた言葉が辻の頭に浮かび上がる。

 

「……解ってた、つもりだったんだけどな………」

 

知っていてこの有様なら随分と非道い男だ自分は、と自嘲して笑う辻。

 

「…兄さん?どうしたよ、黙り込んで?」

「……ああ、いや。サプライズは如何にも自信が無くてね。品定めは彼女が帰ってきてからやらせて貰いますよ」

 

訝し気な露天商にそう答え、辻は店の前から少し離れた建物の壁に背中を預けて刹那の帰りを待つ。

 

「………、俺は………………」

『随分と思い悩んでいるな、主よ?』

 

誰にとも無く呟いた辻に、懐から思念が飛んだ。辻は僅かに驚いて目を瞬かせ、胸の内を見下ろすと言葉を返した。

 

「今日はやけに静かだと思っていたけどフツ。今頃になって何だ?」

『興味が無いとはいえ私は空気が読めぬ訳では無いさ。逢引中に意中の男他の女と会話をして、いい顔をする女など居るまいよ』

 

最も私を女と見なして良いかは解らんがな、と続ける珍しく戯けた様なフツノミタマに、辻は小さく苦笑するが、次に放たれた思念にその笑みも消える。

 

打ち明けず(・・・・・)ともいいではないか、主?』

「……何だと?」

 

辻は思わず懐からカードを取り出し、睨む様な目付きでフツノミタマを見やるが、意に介さずに意思持つ刀は思念を続ける。

 

『主のお人好しは、無理をしているので無く()なのだろう?あの小娘は主のそういった所に惹かれている様に私は思えるぞ。…主も小娘を憎からず想うのなら、性癖(・・)なぞ黙ったまま添い遂げてしまえば良いのだ。好き合っていようと、所帯を持とうと。…全てを良人に告げる必要はあるまいて』

 

「…馬鹿な事を言うな……」

 

辻は顔を歪め、思わずフツノミタマを誹る様に声を荒げる、

 

「……そんな不誠実な真似が出来るか!」

『ならば主よ。正直に己のあるがままを告げて、嫌われるのを良しとしてはおらんか?それは言い換えれば、主が小娘を受け入れる気が無いとも言える。このような逢引の真似事までしておいて、そのような考えを抱いているのは不実では無いのか?』

「……っ!」

 

フツノミタマの返しに、辻は反論出来ずに歯を喰い縛る。そんな辻の様子を感じ取り、僅かにこれまでよりも柔らかい調子で、フツノミタマは思念を放った。

 

『責めるような調子になってしまったな、すまない主よ。別に私は小娘に同情している訳でも、主に不快を覚えている訳でも無いのだ。私は主に振るわれる以外の事はどうでもいい。しかし、主の腕が迷いで鈍られては敵わんのでな。誠実である事は人の間では美徳とされるそうだが、人間関係でそれがすべての場合において良いほうに働くとは限らんだろう?小娘と付き合おうと付き合うまいと、主がそれを伝える義務(・・)は無い、と私は言いたいのだ』

「……お前なりの慰めの言葉だと思っておくよ…でもな、フツ」

 

辻以外に対してドライであるにも程があるフツノミタマの提案に、辻は首を縦には振らない。

 

「やっぱり俺は、俺の本性を隠して恋愛なんてしたくないんだ。相手に不誠実だ、って話だけじゃ無い。…俺が嫌だから。伝えてヒかない女なんて居ないって解ってるのに、矛盾した話だけどさ……俺は俺を受け入れてくれた人と一緒になりたいって、そう思うよ」

 

馬鹿だよなあ、と辻は笑った。

それに対してフツノミタマが思念を返すよりも早く、その女(・・・)は辻に声を掛けてきた。

 

 

「そうですか〜それやったらやっぱり、ウチと(はじめ)さんの出会いは運命やったのかもしれませんな〜」

 

 

その何処か間の抜けた、可憐な少女の声を耳にした瞬間、ゾクリ…‼︎と辻の背に悪寒が走った。

 

『……貴様は…………』

「お初にお目にかかります〜フツノミタマさん〜。ウチ、月詠言います。どうぞ宜しゅうお願いしますわ〜」

 

硬直する辻に変わってフツノミタマの発した思念に返された言葉に辻はゆっくりと壁から背を離し、己が左方に向き直る。

果たして其処には、情欲と剣気の入り混じった蕩けそうな表情を辻に向ける、ゴスロリ衣装に刀を履く小柄な少女ーー月詠が立っていた。

 

 

「お久しぶりです〜(はじめ)さん〜…ウチ、(はじめ)さんが恋しゅうて恋しゅうて、来てしまいましたわ〜〜」

 

 




閲覧ありがとうございます、星の海です。時間が掛かった上に何時もよりも短いです、申し訳ありません、キリの良い所だったので此処で上げさせて頂きました。普通にラブラブな辻と刹那でしたが、案の定来ましたキチロリ剣士笑)次回、修羅場が真の意味合いで使われそうな修羅場となるやもしれません、楽しみにお待ち下さい。話題は変わりますが、読者の皆様に支えられてこの小説もいよいよUAが十万を突破しそうです。これも作者の駄文に対して皆様が暖かいお言葉を掛けて頂いたからこそのこと、誠にありがとうございます。つきましては、十万突破記念に皆様からのリクエストをお聞きして、お馬鹿な武道家達の奮闘記における番外編的なものをを描かせて頂きたく思います。活動報告にてこの様な話を読みたい、とのご要望をお聞かせ願いたいので、気が向いた方はご意見を頂戴願えますでしょうか?執筆ペースの落ちている現状、それなりに時間が掛かってしまうかと思われますが、必ずや仕上げて皆様に御披露目する所存です、ご協力をお願いします。それではまた次話にて、次もよろしくお願いします。

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