お馬鹿な武道家達の奮闘記   作:星の海

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大変遅くなりました。次回より、麻帆良学祭編です。


閑話 盛大な祭りに向けて

「…ってな訳でさ、俺らぁこれから学祭でその怪しげローブなペットの世話しない駄目男をぶちのめさなきゃいけねえのよ」

『…なんだか大変そうですね?』

 

教室に響き渡る中村の声とチョークの音。思いっきり授業中であり、英語担当の中年教師が怯えた目付きで中村と見えない隣人の方を見ているが、中村は塵程も気にせずにさよとお喋りを続ける。

 

「な〜にこの最強にして無敵且つ知的な完璧超人、中村様に掛かりゃああんな女男二秒でペシャンコよ!ド派手な祭りになっからさよちゃんも見に来な、俺様の勇姿をしかと見せつけてやっぜぃ‼︎」

『はい!私中村さんを応援しますね、頑張って下さい‼︎』

「フハハハハ応ともこの俺様が本気を出しゃあ有象無象の雑魚連中などペシャ「ペシャンコにはお前がなっていろ」アバァ⁉︎」

『中村さーん⁉︎』

高笑いをしている中村の顔面に教卓が突き刺さり踏ん反り返っていた椅子ごと巻き込んで床に沈む中村。宙に浮く黒板がさよの驚愕を表すかの様に上下に揺れていた。

中村はガバッ!と教卓を撥ね退け、オロオロしている中年教師の隣に何時の間にか佇んでいた杜崎を睨み付ける。

「何すんじゃゴリ崎ぃーっ⁉︎美少女と楽し気に会話をするこの俺様に嫉妬したかてめえオラァ‼︎」

「授業中に心霊現象起こしながら堂々と喋くるなカスが‼︎俺が担当していない授業だからといって調子に乗りくさると顔面を四つにするぞ覚えておけ。北見先生、授業を続けて下さい」

「は、はい…………」

中村に冷たく言葉を吐き捨てた杜崎は北見を促すと二つ隣の教室へと戻っていった。

 

 

 

「…ったくあのゴリラはちっと人語が理解出来る程度で調子こいてんじゃ無えぞ全くよぉぉぉぉらぁ!」

「ぬあっ⁉︎」

放課後、組手で昼間の杜崎に対しての怒りを吐き出しつつ繰り出される怒濤の連撃を相手の小太郎が必死に捌いていた。

「自業自得だろうが阿呆。大体相坂って娘にまで校則破って授業中に喋らせんなよ」

「五月蝿せー授業なんざウン十年聞いてて絶対飽き飽きしてんだろがさよちゃんは‼︎授業そっちのけでお友達とお喋りなんざいかにも青春って感じだろがぁ⁉︎」

豪徳寺に叫び返し様、中村は小太郎の首目掛け鉈の様な中段回し蹴りを繰り出す。小太郎はそれを何とか沈んで回避し、一旦落とした腰を跳ね上げ中村の蹴り足側から飛び掛かる。その目には小さくない憤りが宿っていた。

「おい兄ちゃん‼︎ベラベラ喋りくさる片手間で相手しようなんざ、あんま俺を舐めんなやぁっ‼︎」

鉤爪の生えた鋭い手刀が、中村の脇腹を抉り取らんと伸び上がる。が、中村はあっさりその一撃を下段受けで払い落とし、蹴り足を下ろすと同時に踏み込み、槍の様な正拳突きを小太郎の顔面に打ち出した。

「舐めて無えよ。今のお前相手なら喋んながらでも余裕なんだよ」

高速で迫り来る鉄拳を前に小太郎は牙を噛み締め、

「…そういうんが舐めとるっちゅうんやろがぁぁ‼︎」

払い落とされた腕を勢いに逆らわずそのまま地面に着け、片腕を軸に身体を回転。変形の浴びせ蹴りで中村の拳を外側へと蹴り付け、一撃を逸らす。

「お?」

やや意外そうに声を上げる中村を余所に、小太郎は回転終わりに蹴りで使用した足でそのまま地面を蹴立て、懐の開いた中村へ全力の抜き手を放った。

「うん、動きは目っ茶苦茶だがイイもん持ってんだよお前は。唯…」

紛れもない本気の小太郎を前に、しかし中村は動じない。するりと伸びた左手がスナップを効かせて小太郎の突きを上から下へ払い落とし、同時に素早く戻った逆の手が手刀を作り、小太郎の脳天目掛け稲妻の如く落とされた。

「ぐっ⁉︎…がぁ‼︎」

「俺に勝つにゃあ足んねえ(・・・・)よ、先ずそれを理解(わか)れや」

頭上に腕を掲げガードを試みた小太郎は、鉄槌で殴られたかの如く地面に叩き落とされる。斬れ味の鈍い斧か何かで強引に叩き斬られたかの様な、手刀を受けた箇所から噴き上がる激痛(いた)みに脂汗を滲ませながらも、小太郎は歯をを食いしばって跳ね起きようとする。

しかし、その一瞬前に打ち込まれた中村の足刀が小太郎の首筋を掠めて地面に突き刺さり、小太郎は一度身体を震わせてから、全身の力を抜く。

 

「勝負ありだ小太郎」

「……おう…」

 

 

「……糞が……………!」

「…小太郎君、大丈夫?」

「あ?どってこと無いわ!お前も他人の心配しとらんでさっさと修業戻れや」

 

小太郎は無念そうに呻きながらようやく感覚の戻ってきた片手の指を開閉し、動作に支障が無いかを確かめる。その様子を心配そうに見ていたネギが声を掛けるが、小太郎は苛立ちからか何時に無く対応が荒い。

 

「オラ小太郎、ネギに当たんじゃねえよネギは今休憩中だっつーの。イラついてねえで今の組手、何が悪かったのか反省点を言ってみやがれ」

中村はやれやれと肩を竦める動作と共に小太郎へ釘を刺し、先程の組手の如何を問う。小太郎はなんとも軽い中村の言動にイラッとしながらも、不承不承口を開く。

「兄ちゃんが喋くっとんのにムカついて、カッとなって突っ込み過ぎたのがアカン言いたいんやろが。解っとるわ」

その返答を聞いて、しかし中村はヒラヒラと手首を横に振り、違う違うと小太郎にジェスチャーを返す。

「そうだ、と言いてえとこだが違げえんだなこれが。もっと根本的な話だ」

「ああ?」

訳が解らん、と顔に表して小太郎は中村を睨み付ける。

「なんや言うとる事が意味わかれへんわ中村の兄ちゃん。兄ちゃんは馬鹿なんやから無理して助言めいた事言おうとせんでええで?」

「足刀は外さねえで首にくれてやりゃあよかったよ糞ガキゃあ‼︎……まあ聞けや、洒落や冗句じゃ無んだよ。確かにお前のキレ易い短気さは良く無え点かもしれねえ「短気云々は中村が言えた台詞じゃ無いけどねぇ…」…黙ってろロリコンが‼︎」

茶々を入れる山下に心を抉る一喝を返してから、中村は穏やかで無い目付きの小太郎を悠然と見返し、あっさりとその言葉を吐いた。

 

「そもそもお前は根本的に全部(・・)が足りて無えんだよ」

「……なんやと?」

 

小太郎の眼に怒気と若干の殺気が絡むが、中村は構わず言葉を続ける。

「事実を言ってんだけだ、キレんな。…言っとくがお前を弱えと言ってる訳じゃ無えぞ、勘違いすんな?お前は年齢(とし)の割に実戦慣れしてっし気の練りも上出来だし、我流にせよ普段(・・)の俺らと組手出来てる時点で体術の方も花丸やりてえ位なんだよ、いっそな」

でもよ、と中村は小太郎を見下ろし、

「お前は現時点で俺らに叶う要素はほぼ無いと言っていいわな?」

と宣告した。

 

「っ‼︎………………」

小太郎は反射的に何事かを言いかけ、唇を噛み締めて言葉を呑み込んだ。中村はその様子を見てうんうんと頷き、続く言葉を告げる。

 

「まあぶっちゃけそれは当たり前の話でよ、お前は単純にまだ成長期の真っ只中で身体が出来て無えし、気にしたって体術にしたって俺らの方が永く鍛錬積んでんだからお前が敵わ無えのは当たり前なんだよ。余程の天才様でも無けりゃあ普通に年季積んだ奴の方が強えわなぁ」

「…何が言いたいんや、兄ちゃん」

 

小太郎の唸る様な反拍に、中村は一つ頷いて本題に入る。

「でもよ、お前が俺らに叶わ無えのは至極当然の理屈にしても、お前はじゃあしょうがないなんつって努力を止める様な奴じゃ無えよなぁ?」

「当たり前や」

小太郎は即答する。

「確かに現状、兄ちゃんらには色々及んどらんのは確かやろ。でも俺は強い奴の序列が年功序列(・・・・)で決まっとるなんて阿呆な話は聞かんわ。俺は今よりもっとガキの頃からいい大人張っ倒してきとんねん、兄ちゃん達が相手でも隙あらば容赦無くぶっ倒そう思うて俺は挑んどる。そうでなくて強くなんぞ成れるかい」

中村は小太郎の言葉を聞いてうんうん、と同意する様に頷く。

「そうだな、男ってのはそうでなくちゃいけねえよ。鍛錬なんだから勝てなくてもいいやー、なんて負け犬根性でいたんじゃあ上達なんざする訳無えよ。……でもな小太郎」

「なんや?」

「そう思ってんならお前はもう少し必死でやれや」

「…なんやて?」

中村の言葉に、小太郎が心外だと抗議する。

「冗談や無いわ!俺が手ぇ抜いてる様に見える言うんかい⁉︎」

「そうじゃ無え」

中村はいきり立つ小太郎を宥める様に手を翳し、言葉を続ける。

「お前が全力なのは相手した俺らもよく解ってんよ。ただ、そのまま我流殺法を続けてても先は嶮しいって言いてえんだ俺は。お前は豪徳寺程不細工な闘い方はしてねえが「漢の真っ向勝負にケチをつけんな変態野郎‼︎」…五月蝿えよフランケン擬きは黙ってろ‼︎……まあ兎に角お前はまだまだ動きが甘え。組手でまともに打ち合えないから強引に前に出て返り討ちになるパターンが殆どだろ、お前」

「……………」

指摘されて小太郎は、口をへの字に結びながらも反論をしない。思い当たる節は多々あるようだ。

「どうしたって地力に差があり過ぎる以上、一か八かの一発逆転で強引に流れを変えるしかお前に勝ちの目は無え。それじゃお前は強くは成れねえよ。いざという時身を投げ出せるのは勝負強い奴の特徴だが、それだけで勝てる筈も無いしな」

「……ならどうせい、っちゅうねん……」

小太郎が、ふと不貞腐れた様に剥れた面をしながら視線を中村から外す。お前のやり方は駄目だとはっきり宣言されて闇雲に反発する程、小太郎というは幼くなかったが、直ぐにどうしようと割り切れる程大人になってもいなかった。

「簡単だ、もっと学べるもんをキチンと学ぼうとしてみろ、お前は」

中村はあっけらかんと告げる。

「既にある程度出来上がってる(・・・・・・・)お前に俺らの技術を一から教え込むつもりは無え。どうしたって半端になるし、お前はネギみたいに気味悪い程飲み込み良くも無さ気だからなぁ。それでもお前は、組手の中でもっと〜があれば、って所が幾つもあんだろが?…強くなる気があんなら俺らから使えそうなモノを盗んで、学べよ小太郎。訊きゃあ教えてやるし、悪いと思ったとこは叩き直してやるよ。俺達はそうして、強くなってきたんだぜ」

なぁ?と中村が後ろを促せば、辻達は明々に手を止め、仄かに苦笑を滲ませながらも頷きを返す。

「先ずタッパも気も足りねえお前が手っ取り早く強くなるには技術(わざ)を磨くしか無え。どうしてもやだってんなら無理強いはしねえけど、どうするよ小太郎?」

問いかけられた小太郎は、暫し苦虫を噛み潰した様な顔で唸っていたが、やがて勢い良く立ち上がると中村を見上げ、指を突き付けて宣言する。

 

「…上等や‼︎師匠気取りで接してきたんを後悔する位にあっという間に強なって、逆にプライド叩き折ったるから覚悟しぃや‼︎んな訳で宜しくお願いされたるわぁ‼︎」

「仮にも教えを乞う身でなんじゃあその態度はぁ‼︎」

「のわぁっ⁉︎」

 

中村がすかさず蹴り上げた足を危うく躱した小太郎はそのままギャアギャアと喚き合いながら喧嘩だか組手だか判別が付かない様な取っ組み合いを始めた。その様子を、傍で見聞きしていたネギがアタフタと止めに入ろうとして、二人からツープラトンを喰らう迄がワンセットと言った所だろうか。

 

「…ネギ坊主とコタロは、足して二で割れば丁度いいアルね」

「珍しく意見が合ったな、古?」

 

対練で大豪院と向き合っていた古が騒がしい彼方を見てポツリと呟き、嘆息交じりに大豪院が同意した。

 

 

 

「じゃあなおめえら。おい豪徳寺ー、小太郎の世話が面倒いからっててめえの未来嫁に放り投げんなよ、幾ら妙齢美人に見えようと実質十五の美少女だぜ……糞憎たらしい死ねや時代錯誤番長ぐらぁーっ‼︎‼︎」

「色々言いてえ事はあるが纏めるとてめえが死ねやクズが‼︎」

「はいはい豪徳寺、馬鹿相手に熱くならないの時間が無駄だから」

「……やれやれ…………」

「お前の方が余程やれやれだ、辻。色々言いたいことはあるが、思い詰めずに楽しめ」

 

修業を終えて暗くなった夜道を各々帰ろうという間際、中村()にズタボロに叩きのめされてグッタリしている小太郎を背負った豪徳寺に中村が奇声を発し、目を剥いて怒鳴り返す豪徳寺を山下が若干面倒臭そうに宥める。

 

「なんかあの人達の周りは無茶するガキが溢れるわねー…」

「類友言うんやでー明日菜〜」

「お、お嬢様…流石にそれは……」

「否定は出来ないのが言い得て妙、でござるかな?」

「いやいい事じゃ無いって絶対それ」

「…なんにしろ修業も結構ですが、これから皆さん学祭準備も並行してやらねばならないのですから、余り無理をし過ぎない方がいいかと思うのですが…」

「ゆ、ゆえも他人の事言えないよ〜、相当無茶してるの、私知ってるんだからね〜?」

 

明日菜の苦笑交じりな感想に木乃香がほにゃりと笑みながら何気に辛辣な事を言い、色んな意味で最近遠慮の無い親友の言動に刹那が慌てる。

楓の呟きにツッコミつつ夕映にのどかが釘を刺すという、いささか珍しい場面を見る朝倉は、ごく僅かな間に随分と様変わりした日時の風景にふと呆れと感心を含む笑みが口元に浮かぶのを感じていた。

 

…何処かのバトル系アニメかラノベで主役張れそうな人外格闘家から始まって魔法使いやら怪物やら竜やら悪魔やら。最近は幽霊まで出揃って、賑やかになったもんよねぇホント……

 

態々振り返る迄も無く世界は不思議に溢れていたと朝倉は嬉しい様な恐ろしい様な複雑な気分で並ぶ級友達を見渡す。魔法使い見習いにカンフー少女にトンデモ退魔剣士に忍者にとアクの強い面々を見ていると、不思議とここ(麻帆良)なら不思議じゃ無いか、などと思えてくるのが報道部にて色々(・・)知り抜いていた朝倉をして複雑な気分だが、退屈では無いが変わりない、平凡な日常を厭う記者靈を持つと自認する朝倉にとっては現在の環境は悪いものでも無かった。

 

「…ま、今度の学祭は色んな意味で見逃せないものになりそうだしねん、常に情報に飢えた大衆の味方たるジャーナリストを目指す身としては、面白おかしくやって行きますか!」

「…いや頼むからお前は俺に限らず引っ掻き回すのを止めろよパパラッチ。絶対に碌でもないことになる確信があっから…」

 

自己完結して満足気に頷く朝倉へ、ゲンナリした顔で黒板を持ち近づいてきた篠村が力無く釘を刺す。

「あれぇ篠村先輩、ご自分の女達を構わなくていい訳?釣った魚だからって餌を上げないでいると離れて行っちゃうよホントに」

「その目減りしない黒ずんだ性根が透けて見える口を縫い付けてやりたい所だがとりあえずコレを受け取れ」

半眼になりながらも篠村は黒板を差し出し、付属したチョークがカタカタと揺れる。言う迄も無く相坂 さよとのコミュニケーション用携帯黒板であった。

「…うん?なんで私にこれを?」

「中村の阿呆が今晩どっか行くらしいからとりあえず一番こういうのに物怖じし無さそうな常識と遠慮の欠落した、もし億が一何かあっても欠片程も良心の痛まないお前に預けとけとのご命令だよ」

「うっわぁ中々言うねえあの()無し先輩も」

僅かに乾いた笑いを浮かべる朝倉に、一人でに浮き上がったチョークが黒板に描いた女性らしい丸文字が、見えない筈の気弱そうな少女の顔を浮かばせつつ問いを放つ。

 

『えっと、あの…やっぱり御迷惑だったでしょうか、朝倉さん』

「ん?イヤイヤ、迷惑って事は全然無いんから其処ら辺の遠慮は無用だよさよちゃん?幽霊生活ってどんな感じなのか取材してみたくは私もあったから」

「ブレねえなぁお前は。相坂?って娘には悪いけど、俺は正直害意が無いと解っててもちょっと怖いぞ」

遠慮がち?なさよに物怖じせず言葉を返す朝倉をうそ寒気に見やり、篠村が呟く。

「其処ら辺の感性真面なまんまだとあの人達(バカレンジャー)についてくのは苦労するよ篠村先輩。なにせちょっとでも目を離してるとあり得ない様な驚愕の事態を引き起こしてくれる、麻帆良人の筆頭だからね〜」

「麻帆良の変人共をラ○ュタ(びと)みたいなニュアンスで言うなや……」

 

ケラケラと笑う朝倉を見て更に脱力する篠村を余所に、さよが微妙に弾んだ様子(チョークが活発にポルターガイスト筆談をしている)で朝倉に尋ねる。

『中村さん達はどんな事を普段しているんですか、朝倉さん?』

「あ、聞きたいさよちゃん?んっふっふっふ、最近の事柄だけでも色んな意味で現在(いま)は記事に出来ない様な面白おかしいネタが沢山あるからさあ、私としてはもう誰かにこれら(・・・)をバラ撒き…ゴホン、まあ記者としての義務を果たしたくて仕方がなかったんだよね〜」

『そ、そうなんですか……?』

「お前はもう金輪際自分のことを記者等と名乗るな。お前はやっぱり麻帆良のパパラッチだ阿婆擦れめが」

ウキウキした様子の朝倉に、困惑したように文字を書くさよと、怨嗟の呻き声を洩らしながら悪態を吐く篠村であった。

そんな二人の様子に全く頓着すること無く、朝倉は手帳を開き、ここ最近のバカレンジャー及びネギ達の出来事を嬉々として語り始めた。

 

「ん〜そうだね〜、先ずはさよちゃんが気になる中村先輩の近況から語っちゃおうかな?」

 

 

 

 

 

その場所は悲哀と怨嗟に満ちていた。絶対に起こってはならないことが、この場所で今、正に起こり得ていたのだから、それも当然の話であった。

その光景(・・)は、某軍事国家で核ミサイルの発射スイッチを管理しているお偉いさん(・・・・・)が一斉に精神異常をきたしただとか、自分の住む地でマグニチュード9クラスの極大地震がほんの半時間後に発生するというニュースを耳にしただとか、その位の衝撃だったのである。何か、人知を超えた凄まじい災厄が自らに襲い掛かることが確定した様な、身体から否応無しに力を奪っていく、そんな圧倒的な絶望を感じさせる様な。

 

そう。

 

中村 達也が如何にも難解そうな分厚い外国語のタイトルが描かれた、どう考えてもその道の専門家(スペシャリスト)で無ければ到底読み解く事は不可能だと見て理解る書物を、頭から煙でも上げそうな程に悪戦苦闘しつつも懸命に理解しようと努めるその光景は、それ程にクラス全体、いや全人類にとって衝撃的だったのだ。

 

「もう終わりだ‼︎きっと今に槍所か、灼けた鉄とか自動車位ありそうな雹が全世界に降り注ぐぞぉぉぉぉ⁉︎」

「嫌だ、こんな若い身空で死にたくねぇぇ‼︎高一の頃から憧れてた先輩と学祭デート出来るチャンスを、折角、折角掴んだってのにぃぃ⁉︎」

「…そうか、お前もそう思うか砂の小人(サンドマン)よ。…こんな事ならばかの月面の如き美しいアタカマ砂漠へ、無理をしてでも赴くべきであったな……」

「嫌ぁぁぁぁっ‼︎まだ、まだ生きていたいよぉぉぉぉっ‼︎お母さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん‼︎⁉︎」

 

阿鼻叫喚という形容が相応しいクラス内にて、事情(・・)を知るバカレンジャー他四人と担任の杜崎だけが騒ぎ立ててはいなかったが、だからといって周りの狂乱を馬鹿にする気も諌めるつもりも無かった。納得出来る訳を理解していて尚、思わず叫び出したくなる猛烈な違和感が彼らを苛んでいたからである。

 

「…騒がしいな、如何にかならんのかこの乱痴気騒ぎは?」

「無茶言うなよ大豪院、泣き叫ぶなって諭せる方がイかれてるぜ、中村の勉強風景(・・・・)なんざ」

「だなぁ。正直あの生理的な違和感の塊をさっきから両断したくて堪らない」

「早まらないでよ辻、僕だって我慢してるんだから。あんなのでも死んで悲しむ人は信じられないけどいるんだよ?」

「…俺も教職に就く身でありながら嫌悪感を覚えている以上、貴様らに説教する資格など無いのだろうが、せめて暖かく見守る位のことはしてやれよ、仮にも友人だろうが」

 

体長二mの蜚蠊を見るかの様に顔を歪める辻達に溜息と共にそう告げてから、杜崎は心底気の進まない様子でクラス中央にポッカリと開けた中村の着く席へと歩み寄る。

 

「…霊……魂?は、世界に存在する魔法…いやこれ魔素か?あー糞わっかんねえ…まあいいや魔力的なニュアンスの代物とは似て非なるモンである…と。それ故にこの系統は特殊な…な……ウガァァァァァアブファアルッ⁉︎」

「五月蝿いわ、阿呆」

 

ブツブツと呟きながら熱心にメモを取る中村だが、そもそも文字の解読からして満足に出来ていないらしく、和羅辞典を睨みながらとうとう癇癪を起こしかけた所で杜崎の鉄鎚により頭蓋骨が陥没しかねない勢いで机に沈む。直後にガバリと勢い良く跳ね起き、中村は猛然と杜崎に噛み付いた。

「てめえ何すんじゃゴリポンがぁぁぁぁ‼︎俺様は勉強してたんだぞンでぶん殴んだよオラァ⁉︎」

「確かに貴様が机に向かっているというだけで奇蹟や霊験を通り越して世界平和が成された様な感動だ、大袈裟で無く俺は泣きそうだよ。本来ならば暖かい支援を約束してやりたい所だが、中村」

「ンダヨ?」

「それはどう見ても今俺が説いている授業内容に属したものでは無いだろうが?」

最も過ぎる言い分と共に半眼で見下ろす杜崎に対して中村は何故か胸を張り、私何も疚しい事はございませんとばかりに堂々と言い放った。

 

「おいおいゴリエッティモリモリ、んな詰まらねえ事でこの俺様の勉学を邪魔するたあ、いよいよ筋肉率99.99999%のお固いお脳に焼きが回ったかよ?あんたのゴリラ語による解読不明な類人猿の原始的社会の掟講座なんつう今後人生においてなんの役にも立たねえ事が確定している無駄授業を受けるよりも、今の限りなく完璧に近い俺様にとって唯一足りねえ必須知識を学ぶ方が何兆倍も為になんだろう?その筋肉ばかり足り過ぎて肝心な脳細胞の足りねえ頭で理解出来たら黙って中村様の優雅なlearning timeを邪魔せずに粛々と失せやがれ」

「そうかそうか」

 

果てしなくウザいドヤ顔と共に傲然と言い放つ中村に対して杜崎は不気味な程柔かな顔で二、三度頷き、

 

「最後まで戯言を聞いてやっただけ感謝しろこのユニバーサルクラスの糞虫が‼︎‼︎」

「げぼぁぁぁぁぁぁっ⁉︎⁉︎」

 

光り輝く全力の右ストレートを中村の鳩尾へ打ち込み、その身体を教室の壁数枚を纏めてぶち抜き、校舎の外にある学生食堂の外壁に磔にする程の一撃を持って、制裁を中村へと齎した。

 

 

「アノサイシュウヘイキゴリラハイツカカナラズコロシテクレル」

「話を聞く限りでは自業自得かと。そもそも先輩が今、死にそうですが…」

 

フラフラと腹を押さえながら歩き、ゼンマイの切れたからくり仕掛けの様に角ばった調子で怨念を込めて呟く中村に、傍らを歩く夕映が呆れた顔で律儀にツッコんだ。

時間帯は既に放課後、学祭まで一週間を切ったこの時期には、通学路を引っ切り無しに人と人の姿をしたナニカと異形が縦横無尽に通り過ぎる。混沌としつつも賑やかな、何時もより少しだけズレでは不味い方向へズレた麻帆良の日常だ。

 

「プロレス研をぃよろしくぅっ‼︎単分子ワイヤーリングロープ、大小銃火器及び刀剣類一揃い、リングの外には人喰い鮫を張り巡らした壮絶デスマッチ、学祭初日十時から十五時に掛けて、二回に分かれ行うぜぇ‼︎事前配布のチラシを持ってきてくれたお客さんにはリングに好きなタイミングで投げ込める手榴弾をプレゼントだ‼︎」

 

「其処の君…そう、艶やかな黒髪のロングヘアーがとてもチャーミングな君の事だよ…よければ私の所属するフェンシング部の学祭企画に足を運んでくれないかな…?君のような可憐な花が、その美しく有ることに限られた貴重な時間を僕の為に裂いてくれると言うならば、この穢れた世界にて優雅に、秀麗に…そして艶美に咲き誇る、私という一輪の華をお見せしよう…美しい存在(もの)を、目の当たりにしたくは無いかい……?」

 

「はーい位相幾何学研究部の今年の企画はなんとあのワームホールの生成実験だ。かの博士の打ち出した負のエネルギーが存在し得なければ実現不可能、との断言を見事覆す我が部活近年の集大成となる世紀の大実験、歴史が変わる瞬間の目撃者に、貴方はなりたくないかいー?」

 

「ヘイヘイヘイヘイ‼︎剣道部の今年の企画はなんと恋のキューピッドだ‼︎とってもいじらしくてじれったい、我らが部長とエースの純恋花!咲かせてみせます今年こそ‼︎…え?部活と欠片も関係ない?馬ー鹿が、俺らは半分以上これ(・・)が面白くて剣道部に居るんだよ素人が‼︎剣道とかぶっちゃけ興味無くても是非是非御参加あれ!猛烈な気恥ずかしさに転げ回りたくなってその後自分を振り返ってちょっと死にたくなって、最後になんとも言えない生暖かーい気分に浸れますから、癖になるよこの感覚‼︎女子校ブロックの方でも俺の嫁がチラシ配ってるからお知り合いの女子に宣伝よろしくー‼︎」

 

などと、各部活やサークルの熱心な呼び込みもあって、既にあたりは祭の様な熱気に満ち満ちている。

 

「何時聞いてもバリエーションに富んでて聞いてんだけでも愉快だよなあ麻帆良の引き込みは。さしもの俺様も感心の一言だぜ」

「もう復活したのですか…まあ、そうですね。中には放っておくと世界規模の大災害が発生しそうな内容のものもありますが……」

「なーに本気でヤバけりゃどっかの誰かが止めんべ。どんだけ規模のデカそうな騒ぎだろうと学園より外に被害が広がった事は無んだからよ。きっとそういう風に出来てんだ、麻帆良(ここ)は」

「そんな大雑把な括り方には到底納得が行きませんがそれはまあ、さておき……あの方は辻先輩の…」

(はじめ)ちゃんとせったんには絶対バラすなよ?余りにも煮え切らねーから大規模にハッパ掛ける事んなったんだわ、うん」

あっさりとそんなことを宣う中村に、隣を歩く夕映は僅かに非難する様な目付きになり、苦言を呈する。

「今が大事な時期なのではないですか、あの二人は。下手に囃し立てて拗れたらどうするのですか?」

 

中村はまあまあ、と夕映を宥める様に手を翳し、あっけらかんと言葉を放つ。

 

「大丈夫だってリーダー、拗れたらーなんてあの二人もう大分拗れまくってっから。両想いなのは見てりゃ解んだから、今奴等がやらなきゃいけねえのは多少強引でも無理矢理でもいいからステップアップすることなんだよ。恋人になる為に必要なのは、好きです、私もはいこれだけ‼︎あと一歩ずつ踏み込めば勝手に上手く行くよ絶対(ぜって)ー」

「そんな無責任な……」

 

呆れた様に夕映は呟くが中村は確信があるらしい。再び大丈夫だからと念を押して先へと進む。

なんとはなしに三歩程離れた位置から後ろを続く夕映は、別に中村と学園内の様子見に練り歩いている訳では無い。学祭準備の休憩中にたまたま遭遇し、なんとなく中村と話し歩いていただけである。

夕映はつい先程聞いた中村の用事を思い起こし、何とも形容し難いモシャモシャした気持ちが胸の内で首を擡げる。

 

「…中村先輩」

「はいな」

 

ひょこひょこと踊る様に歩く背中へと、夕映は言葉を投げ掛けた。

 

 

「…相坂さんの為に、其処まで先輩が頑張る必要があるのですか?」

 

 

中村はそれを聞いて一瞬動きを止めるが、夕映を振り返りはしないまま歩みを再開する。今度は軸をブレさせず静かに足を進めつつ、中村は穏やかな声音で夕映に尋ね返した。

 

「どうしたい、リーダー、さよちゃんについて思う所でもあんのか?いい娘だぜあの幽霊美少女は」

「理解っています…などと断言出来る程に私は相坂さんと交流してはいませんが、その通りなのでしょう。私から相坂さんに何かある、という訳ではありません」

「じゃあ何でよ?」

「言葉通りですよ。中村先輩が一人で其処までする必要性があるのか、疑問なのです」

歩みを止めず、背中越しに尋ねる中村に、夕映はそう言った。

 

 

中村にさよが取り憑いて?から暫くして、中村はネギにある相談を持ち掛けていた。

曰く、さよを視認出来る様にしたり、声を聞こえる様にする類の魔法は無いか、というものであった。

さよは気配が物凄く薄い幽霊であり、そちら(・・・)の方面で感覚の鋭い人間でも認識する事の叶わない存在である。その為、謎の超感覚を備える中村以外に依然としてさよは気付いて貰えず、中村の携帯する小型黒板を用いなければコミュニケーションを取ることが出来ない。

中村は、その現状を何とかして改善したいと主張しているのだ。

 

「俺一人居るか居ないかだけでもそりゃ大違いだけどよ。さよちゃんも年頃の女の子なんだからガールズトークの一つもしたくて当然だろ?誰かに見て貰うだの会話して貰えるだの、ンなもん生きてる…いやさよちゃん死んでっか、存在してる上で当たり前に有っていい権利だろ?なんとかしてやれねえか、このままじゃあ不憫じゃねえかよ」

 

そんな中村に対してネギは暫く悩んだ上で、死霊魔法(ネクロマンシー)系統の魔法ならば、魔力によって霊体を活性化させる類の術があるだろうと答えを返した。

 

死霊魔法(ネクロマンシー)とは日本で言うイタコの口寄せ等が属する、魔力をもって霊魂に働きかける類の魔法を指す。

一般的に死体に雑霊を取り憑かせ、動屍肉(リビングデッド)動白骨(スケルトン)を使役する、如何にも悪逆非道なひとでなし(・・・・・)が使う術として印象深い為に、魔法系統の中では兎に角イメージの悪い魔法系統だが、意外にも禁術として学ぶ事を禁止されてはいない。

理由として、死霊魔法(ネクロマンシー)は使用する術士こそ少数であるものの、日本における神鳴流の様に退魔士の様な役割をもって魔法社会に必要とされているからである。

レイスやスペクター等の悪霊を討伐するのに有効な術を保有していたり、無念を残して死んだ者が悪霊化しない様浄化したり、霊と交信して生前その霊と関わりの深い者へ、届かずに潰えた言葉を代弁したりと、所謂一般社会における霊能力者の様な存在として大半の死霊術士(ネクロマンサー)は何恥じる事無く生活しているのだ。

故に付き纏うイメージによりしばしば蔑視の眼を向けられる、といった危惧こそ存在するものの、さよに対して死霊魔法(ネクロマンシー)を働きかける事はなんら問題は無い。

しかし、先程述べられた様に、死霊魔法(ネクロマンシー)とは大分マイナーな系統の魔法であり、言うまでも無くその術士は絶対数が少ない。どれほど少ないかと言うと、日本最大の魔法組織である関東魔法協会においても、正式に所属している術士は一人も居ないという有様であった。

それでもネギは、自分の生徒の問題なのだから合間を縫って死霊魔法(ネクロマンシー)を習得すると申し出たのだが、中村はそれに首を振り、答えたのだ。

 

「只でさえ教師に修業にと忙しいお前にこれ以上負担は掛けられねえ。言い出しっぺの俺がなんとかするから任しとけ」

 

 

「中村先輩は私達以上に魔法に対して素人な状態だったのでしょう?それなのに一から魔法を発動する段階からさよさんに死霊魔法(ネクロマンシー)を使用出来る様になる迄どれほどの時間が掛かると思っているのですか。確かに相坂さんの境遇は放っておいていいものではありません、…しかし魔法教師の方からツテを頼るなりなんなりして任せてしまった方が、様々な意味で現実的です。女性に優しいのは先輩の美点だと思いますが、自分だけで何とかしようとムキになってはいませんか?…ネギ先生に他人を頼れと言ったのは、貴方達ではないですか、中村先輩。一度よく考えてみて下さい。貴方がそこまで、やる義務は無いでしょう?」

 

夕映は言い終わると一つ息を吐く。普段口数の少ない夕映からすれば、近年稀に見る程の長講となった。いささか結論を急いで一気に捲し立て過ぎたかと反省しながらも、中村に吐いた言葉は紛れもなく夕映の本心である。口ではなんだかんだと悪し様に罵りつつも、どうしようも無く馬鹿で助平で短絡ではあるが、底抜けに女の子に対して優しい

この男(中村 達也)を夕映は嫌いでは無いのであった。

 

中村は夕映の言葉に口を挟まず、ゆっくりとしま歩調のまま最後まで聞いていた。夕映が意見を終えて暫らくした後、変わらず穏やかな声で夕映に語り始める。

 

「まずありがとよ夕映っち。よもやさよちゃんが嫌いで言ってんじゃ無えとは思ってたが、心配してくれたんだなぁ」

 

その何時もの様な巫山戯た調子で無い、真面な感謝の言葉に夕映は少々では無く戸惑うが、はぐらかさずに本心を告げる。

 

「中村先輩には危ない所を助けて頂きましたし、些か気恥ずかしい物言いですが、私達は同志や仲間の様なものでしょう?…頑張り過ぎた位で倒れる程先輩がひ弱だとは断じて思いませんが、気にかける位はしますよ、私の様な人間でも」

 

謙遜すんな、と中村は笑って、言葉を紡ぐ。

 

「気持ちはとってもありがてえんだけどよ、夕映っち。別に俺がやってる事はさよちゃんがそうして欲しいって言い出した訳じゃ無え、俺が勝手に一人でやってんことだ。だったら頑張ってるネギやらシノシノやらに丸投げしてこれ以上負担掛けらんねえし、魔法使い共は個人的にさよちゃん任せられる程信用出来ん。俺が独断で気ぃ回して出した提案なら俺がやるのが筋ってもんだべ?」

 

それになぁ、と中村はここでようやく夕映の方を振り返り、悪戯っぽい笑みを浮かべて、

 

「俺ぁ苦戦はしてるが無理してるつもりはこれっぽっちも無んだぜ?何故ならばさよちゃんは美少女だったし、声なんかも綺麗で可愛かったからな。俺は他の誰の為でも無く俺の為に、もう一度きゃわいい女の子の姿を見て、鈴を転がす様な声とお喋りしたいからやってんだ。そりゃあ義務も義理も初めっから無えさ」

 

まるで勝ち誇るかの様に拳を掲げ、こう言った。

 

「俺がやりてえからやってるだけだ」

 

我知らず、可々と笑う男の姿に。

胸の奥、遠い所が高鳴った。

 

 

「…それに魔法の基礎を習得出来りゃあいよいよ俺の野望、魔法を使ってバレない覗き大百景計画も始動するからなぁグバババババババアァ⁉︎夕映っち、なんでいきなり鈍器みてえな本を顔面投擲してくんだよ⁉︎」

「五月蝿いですこのド変態‼︎キメるんでしたら最後まで格好良くキメられないのですか、私が、私としたことが不覚にもぉぉぉぉぉぉ‼︎‼︎」

「ギャー待て其処がどれだけ痛ぇか女子のお前さんにはホデュアアァァァァァ〜〜ッ⁉︎⁉︎」

 

 

 

「…そんな訳で中村先輩、何だか魔法使いにまでなろうとしてんのよ」

『わぁぁぁ……!中村さんって凄い努力家なんですね‼︎』

 

流石に当の本人(さよ)に中村のお節介は明かせない為(さよの性格上、中村がなんと言おうと絶対に気に病む)、中村が日々の修業の上に魔法まで並行して学ぼうとしている、という方針で所々をぼかして説明した朝倉である。根が素直なさよは疑うこと無くそれを信じ、中村の株価を超絶空景気に上げまくっていた。

 

「…まあそんな感じであの人頑張ってるみたいなんだよねえ」

「なんと言おうか、馬鹿だな彼奴は。普段遠慮の欠片も無え癖に変な所で気を使いやがる」

 

舞い上がっているのであろうさよを余所にコッソリと囁く朝倉に、苦笑を浮かべて小さく首を左右に振る篠村。

「まあ女が絡むとあの人軽く人智を超えるからねえ。最後に聞いた話だと、なんかもう初級魔法の発動には成功して現在死霊魔法(ネクロマンシー)の基礎を訓練中なんだってさ」

「マジかおい…この短期間でよくもそこまで……待て、おかしいだろそれは」

 

呆れ混じりに感嘆しかけて篠村はそのあり得ない(・・・・・)話に待ったをかける。

 

「幾ら何でもそれは無いぜ、あいつがそこの相坂さんと出会ってまだ一週間やそこらだろ?ましてや仲良くなったその日から魔法の訓練を始めた訳でも無い以上、あいつは魔法を習い始めてまだ数日の筈だ。普通に習っていても下手をすれば魔法現象の発現まで半年以上かかるんだぞ?あいつが余程の大天才でも無い限りそんな急成長はあり得ない、何かの間違いじゃないのか?」

 

篠村の言葉を受けて、ああその事ね、と朝倉は得心した様に頷き、篠村の疑問を解消してやりに掛かる。

 

「残念ながら間違ってはいないよ篠村先輩、私もこの目で中村先輩が果てしなくウザいドヤ顔で杖の先に火を灯したのを確かめたもん。ただあの人が大天才様であるっていうのもまた違うんだけどねー…」

「…どういうことだ?」

 

訳が解らんと顔に出す篠村に朝倉は更に謎めいた答えを口にした。

 

「なんていうか、中村先輩は実際数ヶ月(・・・)分の時間を積み重ねてる訳なんですよー、そりゃあ幾ら脳味噌軽くてもある程度の成果は上がるって訳ですねえ」

「ますます意味が解らん!数日と俺は言ったのにそれが数ヶ月ってのは何の冗談…!……んん?」

 

まるで要領を得ない朝倉の返答に業を煮やして叫びかけた篠村は、ふと思い当たったとある現象(・・)に勢い半ばで洩れる音を疑問符に変える。篠村は尚も脳内で閃いた突飛な仮定を吟味し、強ちそれが荒唐無稽な妄想で無いかもしれない事を確かめた上でそれを口に出した。

 

「…あの野郎、ダイオラマ球を使ってるのか?」

 

篠村の答えに、朝倉はわぉ、と驚いた様に目を丸くする。

「凄いね先輩。私は話し聞いても半信半疑な代物だったのにこれだけの材料で当たりをつけちゃうんだ。やっぱり魔法使いなんだねえ」

「そこら辺の評価はどうでもいいから詳しく話を聞かせろよ。これが当たりだって言うなら益々訳が解らなくなってきた」

 

感心した様に何度も頷く朝倉の視線を追っ払うように手を振りつつ篠村は朝倉を急かす。

 

「ダイオラマ球は外界から完全に隔離された隠れ里であり、大仰に言えば一つの小世界だ。あんなもん最低(・・)でも億が一つじゃ足りねえ最高級の魔法具(マジック アイテム)だぞ、どんなツテがあって使用出来てんだあいつ……?」

「あー、それがまた私の抱えてるネタの一つに関係ありそうな感じなんだけどさー…」

 

朝倉は手帳を開き、仄かに口元へ苦笑を浮かべつつ答えを口にした。

 

 

「エヴァちゃんがそのダイオラマ球とかいう代物の中に別荘持ってるから使わせて貰ってるんだって」

「ぶっ…⁉︎」

 

 

篠村は思わず噴き出した。暫くの間パクパクと金魚の様に無言で口を開閉し、やがて絞り出す様に言葉を返す。

 

「…いや…確かにあの闇の福音(ダーク エヴァンジェル)なら所有していても不思議じゃないけどよ…また何だってあの恐っそろしい女傑に頼るよ、比較的友好的なのも山下だろ?…あれは等価価値を原則に厳正な契約を重視する古き魔法使いだ。何を要求されるか解ったもんじゃねえってのに……」

「なんか悪魔との契約みたいなノリだねえ」

「似た様なもんだ。それであの馬鹿なにを支払ったよ…?」

 

恐る恐るといった様子で問う篠村に、朝倉はあっさりと言い放った。

 

「いや、何も要求されなかったって」

「………ンな訳無えだろ、オイ」

 

「いやホントに。っていうか中村先輩が眼中に無い感じで、勝手にしてろって風に話を打ち切られたから、勝手に使ってるんだってさ」

「…いや何があったんだよあの吸血鬼?………」

 

理解不能、と顔に現しながら、頭痛がするらしく渋い顔で頭を押さえる篠村。朝倉はご愁傷様、と苦笑しながら手帳を見直して、詳しい理由(わけ)を話し始める。

 

「まあ、理由は検討がついてる…っていうか多分これしか無いでしょ、ってネタがあるんだよね。山下先輩の、漢気爆発が原因かな?」

 

 

 

 

 

 

「…エヴァさん、怒ってるかい?」

「………貴様はよくあれだけのことがあっておめおめと顔が出せるな、本当に……」

 

気不味そうに笑う山下に対して、エヴァンジェリンは深い溜息を吐き、脱力した様に力無く声を掛ける。

 

前回エヴァンジェリンが爆発し、喧嘩別れの様な形で終わってから暫し日が経ち、山下は話の続きをする為にエヴァンジェリンのログハウスまで再び足を踏み入れた。当然友好的とは言い難いエヴァンジェリンの様子に、山下が気後れしなかったかと言えば嘘になるが、山下は此処で引いては駄目だと感じていた。相手の機嫌を伺い、空気を読んで接する事も関係を深める上で必要な事だろう。

しかし、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルという女性は、何処かのタイミングで踏み込まなければ心を開くことが出来ないと、山下はこれまでの付き合いで確信していた。

 

「この前は僕も熱くなって失礼な言い方をしたから、それに関しては謝罪するよエヴァさん。申し訳ありませんでした」

 

短い間ではあるが深く、真摯に頭を下げる山下。

 

「…頭を上げろ。年甲斐も無く激昂した私の方が非は大きいだろうさ」

 

不機嫌そうに顔を歪めながらも、エヴァンジェリンは存外寛大な態度で山下に告げた。

山下は素直に頭を上げるが、その顔にはやや意外そうな表情が浮かんでいる。

 

「…なんだ?」

「いや、失礼だけどもっと取り付く島も無い感じの対応を覚悟してたからねえ」

 

ポッと出のガキなのは事実なだけに拒絶されても文句を言う資格は無いからさ、と苦笑する山下に、エヴァンジェリンはフン、と鼻を鳴らして言葉を投げる。

 

「ズケズケとものを言われて無論腹は立った。…それでも、頭が冷めればお前の言葉が正鵠を得ている点もあると、認めずにはいられまい。私が私で在る為には、課さねばならん矜恃がある。己の不全を認めず感情に任せて拒絶し、殻に篭るなんて恥知らずな真似は御免なんだよ」

 

そこまで言ってからエヴァンジェリンは打って変わって表情を翳らせ、いっそ気弱とすら表現出来そうな様子で言葉を紡ぐ。

 

「私はナギの事が好きだ。…少なく共、好きだった。好意が薄れた訳では無いが、そうだな。迎え(・・)に来なかった奴を、何処かで恨んでもいるし、失望もしたのだろう……、それであっさり見限れんのは惚れた弱みという奴か。厄介なものだな、恋慕の情は」

 

自嘲する様にエヴァンジェリンは笑みを浮かべる。

 

「まあしかし、そういうものなんだろうよ山下。恋愛などに限らなくとも、心の動きなんてものはそう明確に筋道立てた理由付けで動いちゃくれないのだろう。私はナギが迎えに来てくれなくて彼奴が恨めしいし憎らしい。私を袖にして女とくっついた事に怒りを覚えるし、その女の事が妬ましい。…私を光の中に放り出しておきながら、無責任に姿を晦ましたナギに対して、愛想を尽かした私は確かに私の中にいて、それでも私は奴が嫌いで好きだ。ぐしゃぐしゃだよ、私の(なか)は」

「……エヴァさん…」

 

これまでに無く、恐らくはエヴァンジェリンの半生を遡ろうとも前例が無い程に、思うままの心情を吐露してみせたエヴァンジェリンを前に、山下はその名をポツリと呟いた。聞いていて思う所はある、しかしこれがエヴァンジェリンの素直な気持ちだというのならば、それを否定する資格も、つもりも山下には無かった。

 

「…エヴァさんの想いを蔑ろにするつもりは無い、誤解せずに聞いてくれ。……人一人待つのに十五年は永いよ。…投げ出したくは、ならなかったのかいエヴァさん?」

「なったとも」

 

エヴァンジェリンは笑う。山下にそれは些か自棄の混じっている様に見えたが、エヴァンジェリンはおかし気に笑うのだ。

 

「人並み以上には碌でもない人生を送ってきた自覚があるからな。期待をし過ぎれば、叶わなかった際に惨めな気分になるのは身に滲みて理解している。五年を過ぎた頃には私に王子様(・・・)はやって来ないだろうと、何と無く感じていた。出来過ぎた話だったんだよ、私が今更、光の元で生きていけるなんて話は。私にそんな資格は無い、百も承知だった。……それでもな」

 

エヴァンジェリはふと笑みを消して、天を仰ぐ。その細い頤に一筋の金糸を垂らし、微かな音が見えぬ口元から洩れた。

 

「…初めて好きになった男の語る夢位、信じてみたくなったんだよ…私は…………」

「…そっか……」

「そうだ」

 

エヴァンジェリンは視線を山下に戻し、何時もの不敵な様子で山下に言葉を投げ掛ける。

 

「お前の内心がどうあれ、身体を張ってまで私に忠告をしてくれた事には感謝する。自覚して、受け入れた代物は碌でもないが、確かに私が理解(わか)っていなければならない事だった。それを踏まえた上で、返礼としてお前に言う」

エヴァンジェリンは山下の眼を見てはっきりと告げる。

 

「他人に言われてどうこう揺らいでいる時点で私はもう、ナギの事を其れ程好きでは無いのだろう。感情と見栄のお蔭で受け入れられていないが、そうなんだ。それでも、私は奴にもう一度会ってみたい。恨み言を吐きたいのか、痛めつけてやりたいのか、無理矢理にでも振り向かせたいのか最早自分でも解らんが。…会いたいんだ。お前の言う通り、私は幸いを望んでいない。だからナギを見つけた所で、私の望むようにはきっといかないのだろう。だが私はもうそれでいい。私の執着はもう、ナギにしか残っていないから。彼奴を見つけて、どうにかなる(・・・・・・)。…結局私は変わらないよ、今更変わることは出来ない」

 

エヴァンジェリンは語り終えて一息吐くと、黙って話を聞いていた山下に問いを放った。

 

「これが私の答えだ。おそらくお前の気に入る答えでは無いのだろうが、どうだ山下?私の人生は私のものだ、これ以上お前に口を挟まれる謂れは無い。これ以上のお節介は止めておけと、私はお前に言わせて貰うが?」

「聞けない話だねえ」

 

と、口調は穏やかだがきっぱりと山下は断言した。

エヴァンジェリンはその返答を聞いても前回の様に怒りを表しはしなかったが、代わりに対象の奥底までも暴き出さんとするかの様に、怜悧な眼差しを持って山下を貫く。

「ほう……何故だ?先に言っておくが、私自身の問題を理由にして語るならば、これ以上は何を聞いても貴様には関係無い、で終わらせるぞ?今のお前は、所詮行きずりの他人に過ぎないのだからな」

 

エヴァンジェリンの冷たい突き放しの言動に、思わず山下の口端に苦笑が浮かぶ。

 

……山嵐所か針山地獄だな、この人は………

 

そうして壁を作らなければ生きられなかったのだろうと考えて、だからこそ、その壁の内側へ入り込むことの出来たナギ・スプリングフィールドを、己の感情はどうあれ評価する。

しかし、今の山下にとってそれは退く理由にはならず、寧ろその内に猛り狂うもの(・・)により一層の火を焼べる。

 

…そうだ、恋敵(・・)が英雄だろうがなんだろうが、負けられないんだよ……

 

そう、現在(いま)の山下には、壁の内側へ飛び込もうとするだけの理由(・・)があった。

山下は深く澄んだ瞳で自らを見やるエヴァンジェリンをしかと見返し、己の理由を語り始めた。

 

「回りくどい前口上は潰して貰えたみたいだから、単刀直入に言わせて貰うよ。…エヴァさん、僕は貴女に幸せに生きて欲しい。確かに貴女の生き様も、価値観もなにもかも僕は解っていないのだろう。でもそれでも(・・・・・・)。…僕は僕の為にこの我儘を通したい」

 

「…私の幸いに」

エヴァンジェリンは敢えて山下の言葉に問いを挟まず、淡々と先を促しに掛かる。

「お前の何が関わるというのだ、山下?」

 

現在(いま)はまだ、何も」

 

正直に山下はそう答える。

 

「今迄の僕の動機は、貴女の言う通りどこまでいってもお節介に過ぎなかった。それなら確かに、貴女の人生に忠告以上の干渉はする資格が無い。僕は貴女と、もうそんな他人行儀な関係でいたく無いんだ。貴女のこれからの事柄全てに、僕は関わっていきたい」

山下は告げた。

 

「貴女のことが好きだから」

 

山下の告白に対し、エヴァンジェリンは否とも応とも直ぐには答えず、静かに目を閉じて暫し動かずに何事かを考え、やがて目を開いたエヴァンジェリンの瞳には、言語化し得ない複雑は感情が渦巻いていた。

 

「…この人外の矮躯を、お前は伴侶に選びたいと、そう言っているのか?貴様は」

「そうだエヴァさん。僕が貴女を、幸せにしてみせる。だからナギさんを追わずに、僕と生きて欲しい」

「……無理だよ、お前には」

軋る様にエヴァンジェリンは呟く。不思議な程に制御出来ない感情に揺れるその表情は、いっそ苦し気ですらあった。

 

「お前では、私と共に歩めはしない」

「なら、何故ナギさんを選んだんだい、エヴァさん?」

 

否定の言に、しかし山下は怯まず返す。

 

「容貌や人柄に惚れたのなら、それはどうしようも無いよ。でも貴女は、自分を拒絶せずに、ただ一人の女の子として自分を扱ってくれたから、ナギさんに惹かれたんじゃ無いのか?勘違いしないで欲しいけど、僕はナギさんに成り代わるつもりは毛頭無い。中途半端な真似をして行方晦ませた妻子持ちの無責任男よりも!貴女を幸せにして上げられると思っているから、貴女に想いを告げているんだ‼︎同情でこんな台詞は吐きはしない、僕は嘘偽り無く、貴女が好きだ‼︎不足があるというんなら、何をしたってそれを埋めてみせる。だからエヴァさん、どうか真剣に考えてくれ。僕は、貴女の隣に、本当に相応しくは無いのかい?………」

 

 

エヴァンジェリンが山下の告白を聞いたきり黙り込み、既にかなりの時間が経過していたが、山下は声を掛け様とはせずに黙して待つ。

更に其処から長い沈黙が場を支配し、ようやくエヴァンジェリンが何時の間にか瞑っていた眼を見開き、その帳を破った。

 

「……山下」

「うん」

 

やっとのことで絞り出した様なその呟きに、答えを待ち侘びていた筈の山下は焦らず穏やかに先を促す。それに勇気付けられてか、エヴァンジェリンの続く言葉は滑らかに流れ出した。

 

「お前の事は、そうだな。好ましく思っている。飄々とした言動には苛つくこともあったが、私の自由を祝いに来た時、私の手によってならば人外に堕ちても構わないと言った時。…ああ、そうだ。少なからず私は嬉しいと、そう思う私が確かに居たよ」

 

だから、とエヴァンジェリンはこれ迄に無い程に穏やかな表情で先を続ける。

「お前の想いに嘘偽りは無いと私は思う。お前とならば、と考える私は、確かにいる」

 

でも、とエヴァンジェリンは悲し気に後を続ける。何時もの威厳はその顔には無く、まるで外見同様の幼子であるかのように、力無く。

 

「永い、年月を生きるとな。変わる(・・・)ことに、臆病になる。私は、世の中に不変のものなど無いということを嫌という程目の当たりにして来た。お前がどれ程に愛を誓ってくれても、そうだ。…また(・・)裏切られたらと、そう考えてしまうんだ。ナギの時の様に、また」

「…僕はナギさんじゃあ無い」

「ああ、そうだ、解っている。…解っているのだ、そんなことは……」

 

山下の抗議する様な短い断言に、エヴァンジェリンは顔を片手で覆い呻く様に返す。

 

「期待をな。…裏切られるのが一番堪えるんだ。ナギに選ばれなかった(・・・・・・・)私は、こうして何処へ行けば良いかも解らない、無様な様に成り果てている。…お前が悪いんじゃ無いんだよ、山下。こんなのは理屈になっていないって私も解ってる。…でもそれでも、お前の不義が……怖いんだ、私は………!」

 

何時しか俯き、嗚咽する様に身体を震わせるエヴァンジェリン。六百年を生きた吸血鬼が、魔法世界にその名を轟かせる悪の魔法使いが。

山下にはこの時、泣いている只のか弱い少女にしか見えなかった。

 

「……だから、お前の気持ちには応えられない。ナギは、少なくとも私を嫌わない(・・・・)。無様だろうが何だろうが、私はもう裏切られたく無い、幸せなど私は要らない。…私はこのままで、いたいんだ……」

 

エヴァンジェリンが語り終えると、再び場に沈黙が降りる。今度は山下がそれを破り、エヴァンジェリンは応える。

 

「僕はエヴァさんに変わって欲しいよ」

「私はこのまま、変わらずに居たい」

「…平行線だね」

「…ああ」

 

うん、と山下は一つ頷き、幾つかの問いをエヴァンジェリンに投げ掛ける。

 

「エヴァさんは僕を、嫌ってはいないんだね?」

「…そうだ。だがそれは……」

「解ってるよ。…自分の器量不足が恨めしいねえ」

 

ふ、と溜息を吐く山下。

 

「意味の無いIFではあるけれど。…僕が最初に出会っていれば、貴女は僕に振り向いてくれたかな?」

「……解らんよ。だが、そうだな……或いはお前に、熱を上げていたかもしれんな……」

 

そっか、と山下は僅かに頬を綻ばせる。

 

「それさえ聞ければ充分だ」

「……何?」

 

そういって椅子から立ち上がった山下を、エヴァンジェリンは訝し気に見やる。先程の弱々しい様子こそ無くなっているが、まだその身体には何時もの覇気が感じられないでいた。

 

「エヴァさん。残念ながら僕の甲斐性不足の所為で、これ以上は多分どれだけ話し合っても結論は出ないと思う」

「…そうだな。面倒臭い女でこちらこそ申し訳ありません、とでも言っておくとするか?」

「あはは、エヴァさん少し調子戻ってきたみたいだねえ。……エヴァさん。僕はこのまま納得のいかない状態でフられたくは無いけれど、そっちも折れる気はさらさら無いよね?…だったらエヴァさん。一度だけ、一回だけ馬鹿になって、馬鹿な提案を呑んでみてくれないかい?」

「………、…言ってみろ……」

 

促すエヴァンジェリンに、山下は苦笑を浮かべつつ己の()案を唱える。

 

「あまりに言葉にしてみると馬鹿げて聞こえるだろうから申し訳ないんだけれど…どうだろう、勝負をして、負けた方が勝った方に従うっていうのは」

「……………お前は何を言っているんだ………?」

 

エヴァンジェリンはあんまりと言えばあんまりなその言葉に、引きつった顔でそう返す。

 

「あ、やっぱり気に障ったかい?」

「いや、それ以前に理解不明だ。何がどうして直前までの会話からそうなる?」

 

あまりに驚き過ぎて一時的に弱気の虫と共に普段の余裕まで吹っ飛んだのか、エヴァンジェリンは珍しく素のあどけない表情で山下に尋ねる。

 

「いや、面倒になったから適当に決めたんじゃ無いよ?このまま行ったら、どうせ最後にはそうなっちゃうかと思ったから、さ…」

 

山下は巫山戯ていると取られない様に真剣な表情を作ると、一()突拍子もない提案の理由を語る。

 

「エヴァさんはこのまま僕が譲らなければどうするんだい?今は弱気の虫が騒いでいるみたいだけれど、きっとエヴァさんは立ち直ったら僕を実力行使で黙らせに掛かると僕は思うな。…今の弱い貴女(エヴァさん)を否定する気は毛頭無いけれど、僕が好きになったエヴァさんは何時も堂々としていて、真摯に恋をしているエヴァさんだから、さ。エヴァさんの悪の誇り(・・・・)が、見え張りや洒落の類で無いのなら、エヴァさんはきっと押し通るよ」

 

だったら僕も流儀に習うさ、と山下は軽く掲げた拳を握る。

 

「僕は、武道家だから。どれだけ考えて口にした言葉でも、貴女を解きほぐせはしなかった。やっぱり語る(・・)なら僕はこっちが向いてるよ。本気で、()って。…貴女を振り向かせてみせる」

 

どうかな?と首を傾げて尋ねる山下に対して、エヴァンジェリンは暫し呆気に取られていたが、今度こそ明確に頭痛を覚え始めたらしく、両手で側頭部を押さえて低く呻く。

 

「あれ?おーいエヴァさん、大丈夫かい?」

「誰の所為だと思っとる天然優男が……本当に貴様は、何なんだ全く…………」

 

エヴァンジェリンはやおら頭から手を放すと、殆ど睨み付けているに等しい目付きで山下を突き刺す。

 

「確かにらしくも無い所を見せた。私は確かにそういう存在(もの)だろう。しかしお前の提案は、なんというかあまりに馬鹿馬鹿し過ぎる」

「馬鹿馬鹿しいかー…最もな意見だけど、具体的に何処がだい?」

「全部だ」

 

呆れた様子でエヴァンジェリンはツッコむ。

 

「先ず第一に貴様私に稽古をつけられている身だろうが。加えて私は最高クラスの魔法使いだぞ?率直に言って貴様に勝機は無い。更に言うなら、いくら貴様が武道バカにしても、惚れた相手を振り向かすのに惚れた相手自身(・・)を叩きのめしてどうする。仮に成功したとして、その後私と円満にやって行けると思うのか?…馬鹿の集団に属しているとはいえ、貴様はもう少しマシな頭を持っているかと思っていたが…?」

 

何を考えている、とエヴァンジェリンは山下を問い詰める。対して山下は困った様に笑いながら、その言葉を口にした。

「何を…っていうかね。深く考えていない、っていうのが答えかな?」

「……何だと?」

眉根を寄せて一層表情を険しくするエヴァンジェリンに、山下は適当にやってるって訳じゃ無いよ、と前置きしてから続きを語る。

 

「此処に来る前にさ、どうすればあなたを口説けるかって、くる日もくる日も延々と考えてたんだ。僕の精一杯で気持ちを表したつもりだったけど、やっぱりそれだけじゃ貴女は心を動かさなかった。…しばらく前にさ、友人の偉大なる馬鹿に、教わったことがあるんだ。勢いのまま突っ走った方が、時に良い結果を生むこともある、ってね。僕にあれ以上の言葉は出せはしない。じゃあ後は僕に残っているものは何かと考えたら、自信を持って答えられるのは、この腕っ節しかないから。これ(・・)で貴女に想いを届けることにした。さっきのエヴァさんと同じだよ、理屈になってないのは百も承知だ。馬鹿な事をと言われても、それは全く仕方が無い。…でも、その馬鹿に救われることがあるんだよ、本当に」

 

お願いだエヴァさん、と山下は真っ直ぐ頭を下げる。

「この一度だけでいい。僕に付き合って、馬鹿をやってみてくれないか。その一回の中で、必ず僕はエヴァさんに何かを伝えて見せる」

 

エヴァンジェリンは頭を下げたまま動かない山下の後頭部を見下ろし、やがて一つ大きく息を吐くと、静かに山下へ言葉を掛ける。

 

「…頭を上げろ、元々はっきり理由を示せていないのは此方が先だ。その詫び替わり、と言ってはなんだが、いいだろう付き合ってやる」

「…エヴァさん……」

 

「唯、そうだな。解っているとは思うが言っておく」

 

フワリ、と、風の無い筈の室内で山下の前髪が踊る。

エヴァンジェリンは底冷えする様な冷たい表情で顔を覆い隠し、全身から余剰魔力が物理的な圧力となって周囲の空気を押し退ける程に、全身に鬼気を漲らせていた。

 

「わたし自身の進退を決める以上、当然貴様に対して手は抜かない(・・・・)。以前貴様らは五対一で私に敗れたのを忘れた訳ではあるまい?…下手をしなくても貴様は死ぬ羽目になる。それを理解(わか)って言葉を吐いているんだよな、山下……?」

 

ビリビリと腹の底から震えるもの(・・)が這い上がってくる。

エヴァンジェリンは本気(・・)だと、それこそ言われる迄も無く、山下は実感出来た。

しかし腹を括る程度の事(そんなこと)なら、山下は此処に来る前から既に出来ていた事だった。

 

…添い遂げるには最低限(・・・)前提条件(・・・・)で命を賭けなければいけない女性(ひと)、か……

 

…上等だよ、惚れ甲斐があるってもんだ………‼︎

 

「ああ。解っているよ、エヴァさん」

「……そうか……」

 

エヴァンジェリンが表情を緩め、同時に放射していた圧力も消える。

 

「ならば私から言う事はもう何も無い」

「そっか。じゃあよろしく、エヴァさん」

「よろしくしてやるつもりは無いがな。私はお前をフった、答えは変わらん」

「きっついなあ、相変わらず。まあエヴァさんって感じだけどね、これも。……ああ、そうだエヴァさん」

「今度はなんだ?」

 

つれないエヴァンジェリンの言動に溜息を吐いた山下が、ふと何事かに気付き、エヴァンジェリンへ呼び掛ける。

 

「悲しいことに僕をフるのが確定しているみたいだけど、僕は本気で貴女が好きだ。我儘な言い分だけれど、僕の事をエヴァさんにもっと意識して貰いたいんだ。一方が相手を障害扱いにしかしていないなんてのは何だか悲し過ぎるからねえ」

 

僕の事を見て、考えてはくれないかい?と山下は片目を瞑り、戯けた風を装ってエヴァンジェリンに願い出る。

それに対してエヴァンジェリンは、鼻白んだ様に眉を潜め、そっぽを向くが、改めて注視するまでも無く耳が赤い。

 

「…あれ?」

「っ!………何だ?………」

 

鼻で笑われて終わりかと予想していた山下は、そのある種初心(ウブ)な反応に思わず疑問の声を漏らし、それを耳聡く聞き付けたエヴァンジェリンが一瞬ビクリと身体を震わせた後に低い声で問うてくる。

 

「あ〜いや、エヴァさん、ひょっとして今更照れていらっしゃいますか?」

 

 

蹴り出された。

振り返った山下の眼前で扉がバタン‼︎と騒々しい音を上げて閉まる。

 

「痛った〜……意外に反応初心(ウブ)だなあの人……ああ、そりゃ初心(ウブ)か…六百年の半生で男を一人しか好きになっていないんだったよ……」

 

どっこらしょ、と立ち上がり、ログハウスを見上げて山下は一度全身を大きく震わせる。

 

「っし!…それじゃあ死ぬ気で頑張って、…振り向かせてみせますか、愛しい人を」

 

 

 

 

 

 

「…そんな感じで、決闘を何時やるかは決まって無いんだけど、山下先輩はエヴァちゃんと学祭を回ってみたいから学祭初日辺りにケリを付ける気でいるみたい。なんていうか強気だよねえ?…あれ、どしたの篠村先輩?」

「洒落にならねえ話の展開に驚いてんだよこっちは⁉︎」

 

事の顛末を所々掻い摘んで語り終えた後、朝倉は蒼褪めた表情で黙りこくっている篠村に声を掛けると、殆ど叫び声に近い声でそんな言葉が帰ってきた。

 

「えー確かに一大スクープではあるけどさ、なんか先輩驚きのベクトルが違わない?」

「おっ前……‼︎こっちからすれば魔王の趣味が編みぐるみと家庭菜園の栽培だって聞いたみてえな衝撃だってのに…‼︎」

「いや先輩、混乱してるんだろうけど例えの意味が解んないって」

「というかいいのかオイ⁉︎そりゃあ面と向かって文句言える様な奴は居ないだろうがいいのかこれは⁉︎」

 

かつてない混乱に見舞われているらしい篠村の乱心具合を取り敢えず一枚デジカメに収めると、朝倉はパラパラと手帳を見直して独りごちる。

 

「うん、でっかいネタはこれ位かな

ー?後は桜咲が辻先輩デートに誘えてたり明日菜と高畑先生、豪徳寺先輩と那波さんが同上、芹沢先輩が遂に動き出したのと、只野の変態教師が遂に禁固刑が決定、と。…うーんいいネタばかりなのになんでこう記事に出来ない話が大半なのかなー?…」

「おい待てなんかサラッと流せねえ様な話が幾つか紛れてたぞオイ!」

 

軽く頭を抱えてかぶりを振っていた篠村が、朝倉の洩らすある意味で物騒な呟きに我に返って噛み付く。

 

「おおっ先輩もやっぱり気になるよね⁉︎安心してよ、今は色んな制限があって厳しいけど、何時か必ず三面記事に推し出してみせるから!」

「お前は頼むから何もするなもう。っていうかお前はなんでそんな諸事情を仔細に知ってんだよ⁉︎」

篠村の叫びに朝倉は首を傾げ、

「別に取材内容を一語一句漏れ無く記憶する位は報道部レギュラークラスなら普通にやるよ?」

 

などと宣う。

 

「それはそれで恐ろしいが違う‼︎普通そんな当人達にとっての一大事は軽々しく語られるもんじゃ無えだろ!誰から聞き出しやがった、よもや盗聴器か⁉︎」

「やっだなー先輩、そんな事したら犯罪じゃない。当の本人に自発的(・・・)に話したくなる様にちょっと思考誘…っんんっ!ご機嫌取りをしただけだってー、ネタを聞き出すのは報道部の基本にして極意なんだから…」

「何なんだ報道部(こいつら)怖えー⁉︎⁉︎」

 

麻帆良の中でも一段と闇の深そうなハイエナの群れの実態に篠村は思わず絶叫する。

 

「そんな訳で先輩も学祭の御予定とか(ウタ)っちゃわない?こちらとしては新しい読者層の開拓の為にも記事に出来る範囲の適度に猥雑な話が聞きたいかなーって…」

「今迄の話を聞いていて誰が自分のプライベートを晒すかボケ‼︎もういいわくっそ聞くんじゃ無かったーー⁉︎」

 

そろそろと水を差し向ける朝倉の魔の手をぶち切って一目散に逃げ出す篠村であった。朝倉はあーあ、と呟きながら手帳をしまい、周りの友人、先輩達の喧騒を耳にして笑う。

 

 

 

「今年は例年以上に盛り上がりそうだね……始まるよ、祭りが」

 




閲覧ありがとうございます、星の海です。またもや二週間オーバーです。誠に申し訳ありません。休み明けの仕事の山は一種の地獄だと思います。さて、今回は学祭で弾けるべき色々な話の種をそれと無く匂わせる形の話となりました。今回で一応原作九巻分が終了し、次なる章へと移ります。描写されていない幾つかの原作シーンは、話を進める中で回想として一部は登場する予定です。これまで以上に狂ったノリで馬鹿と人外の暴れる学祭編、どうかお楽しみ頂ければ幸いです。それではまた次話にて。次もよろしくお願いします。

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