お馬鹿な武道家達の奮闘記   作:星の海

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お待たせしました、新ヒロイン登場回です何)


18話 中村 達也という偉大な馬鹿

 

「…そういえばお前は雌だったっけ、ヨルムンガンド」

『この図体の蛇と交尾を出来る様な大きさの蛇がいるならばそちらも驚異認定をすべきだと私は思うぞ、主?』

「あくまで噂だが番いの雄蛇がもう一匹居るらしくてな、二匹の大蛇ってことに因んでウロボロスと呼ぶ連中もいるぞ。その場合は麻帆良五大魔獣になるけどな」

 

緑の匂いでむせ返りそうな草木の繁茂する、麻帆良の東端に位置する深き森林。枝葉が鬱蒼と生い茂り、視界の悪い木々の間、胴回りが成人男性のそれ程もある巨大な蛇が無惨にも頭頂部から真っ二つ(・・・・)にされ、胴体の半ば迄が二枚に卸されている。

その死せる大蛇を挟み、横たわる死骸よりも優に胴回りで1.5倍、体長は2倍を超えるであろう麻帆良四大魔獣の一匹ヨルムンガンドが。

絡み付かれた木々が上げる軋んだ悲鳴の中、尚鋭い威嚇音を喉から鳴らして、フツノミタマを振り上げる辻 (はじめ)を見下ろしていた。

 

「スレイプニルにしてもフェンリルにしてもフレースウェルグにしても、真面に生殖出来る番いとなれる個体がまず居ない為に、麻帆良の方でも半ば天然記念保護動物みたいな扱いをしているらしくてな。加えて、今挙げた三匹はそれなりに理性的で、縄張りに入り込む敵意のある対象以外を襲ったりしない件も鑑みて、麻帆良が発足してから数百年、討伐辞令が発令された事は無いらしい」

『…つまりこの爬虫類は他と違って問題がある訳だな?』

フツノミタマの思念を、辻は蜻蛉の姿勢を解かないまま頷いて肯定する。

「頭の程度こそ他の個体と大差は無いが、ヨルムンガンドは凶暴にして残忍、尚且つ狡猾だ。積極的に縄張り内の獲物を狩り尽くし、誤って侵入してしまった戦意の無い人間に対しても容赦無く牙を剥く。人死に(・・・)が出た事例では麻帆良当時の腕自慢達が山狩りを行い、見事討伐に成功したとあるが実際は……」

『今しがた主が掻っ捌いた子蛇(・・)の様に、そこのそれ本体では無かったのではないか、ということだろう?』

「そうだ」

ゆらり、と擡げた鎌首をゆっくりと左右に振るヨルムンガンドの動きに合わせて足取りを微調整しつつ、辻は言葉を紡ぐ。

「何より厄介な点としてヨルムンガンドは何処かに居るとされる番いとの生殖によって子供を産む。産まれた子蛇は知能が低く凶暴だから、大抵がデカく成長する前に麻帆良の腕自慢か他の動物に殺されるが、稀にこうやって成長した個体が現れる。ヨルムンガンド自身が殺される我が子についてどう思っているかは知らんが、子蛇を殺した対象へ御礼参りに来たという話は聞かない。あまり母性愛溢れるママさんでは無いらしいな」

『…しかしつくづく話を聞いていてとても旧世界の出来事とは思えんな。まったく愉快な地だよ、麻帆良というこの土地は』

愉し気な感情の窺えるフツノミタマの思念へ応ずる様に辻は口端を吊り上げ、ヨルムンガンドへと呼び掛ける。

「そんな風に悪名高いお前だから、断ってしまっても顰蹙は買わないだろうさ。下手すれば麻帆良図書館地下に居た飛竜…ああ、今はキャサリンって名前があるらしいが。に準ずる位にはヨルムンガンド(おまえ)は強いんだろうけれど、それ位なら問題は無い。だから来るなら来いよ、俺は子供の仇だぞ。それとも怖気付いたなら追いはしないから消えてくれ。お前の子供を早くちゃんと綺麗(・・)にしてやりたいんだ俺は」

感情が昂っているのか僅かに頬を紅潮させながら、辻は半ばまで両断された子蛇を熱の籠った視線で撫ぜる。

「折角綺麗に真ん中から断ったのに、尾っぽまで通っていないなんて文字通り竜頭蛇尾に過ぎる。半端に通った線は見ていて堪らなくなるし同じ位に苛つくんだ。…どちらかというと忠告めいた心持ちで俺はものを言っている。お前みたいな普通じゃ無いのはどいつもこいつも良さそう(・・・・)で、二つにしたくてしょうがない。俺がまだ理性的な内に消えておけよ、お前の子供で一先ず治まりそうだから、さ……」

己が子の死体を両断すると聞いてもヨルムンガンドの眼に怒りの色は無く、爬虫類特有の感情が窺えない無機質な光を湛えて辻の姿を見続ける。

と、複数の木々に巻き付いていた身体が音も無く蠢き、その巨体から信じられない程の滑らかな動きで地面に降り立つ。下の雑草に擦れ僅かな擦過音を上げさせながら、その巨体が後退を始める。が…

 

次の瞬間爆発した様にヨルムンガンドの上体が跳ね上がり、辻との間の木々に身体を叩きつけながら強引に長い身体を方向転換。辻の斜め上方に一瞬で頭部を移動させたヨルムンガンドは逆落としに辻を呑み込もうと牙を剥き…

高速で振り下ろされたフツノミタマの迎撃(カウンター)を前に強引に身体を捻り、鱗数枚を削らせるだけに留めて素早くその身を引っ込める。

 

『迅いな…!』

「蛇は全身が筋肉の塊というが、明らかに常識外の身体能力だ。魔獣(・・)の名は伊達じゃあ無いな」

 

奇襲に失敗し、一層威嚇の音を高く鳴らしながら退くヨルムンガンドを前に、泰然と言葉を交わす異質な主従。

「それで?」

首を捻じって乾いた音を鳴らしつつ、嗤い顔の辻が尋ねる。

 

『…………………、フシュッッ‼︎』

 

ヨルムンガンドは最後に一際高く喉を鳴らし、その巨体を濁流の如き速さと勢いで動かし、後方へと退いて行った。

黒い口を開ける夜の森へと大蛇の尾が呑まれていくのを辻は油断なく見続け、完全に気配が消えたのを感じ取りようやく残心を解いた。

 

「やれやれ流石に緊張したな」

『そうかな?随分と余裕を感じたぞ主よ』

肩から力を抜き、一つ息を吐く辻に対してからかう様に思念を飛ばすフツノミタマ。

「馬鹿言うな、下手すれば竜種並みに強いとはお前の台詞だろうに。愉しんでるから乗り気なだけだよ、俺は」

辻は軽い足取りで血溜まりに沈む子蛇の死体へと歩み寄り、裂けた顔面をひっ掴むと、血で汚れるのも構わずにそのまま胴体の中央を走る傷口に沿って、蛇を二つに裂きながら歩み始める。

実に愉し気に死骸を損壊する辻の狂気的な行動にフツノミタマは一切否定的な言葉を投げ掛けず、逆に鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌を思念に滲ませながら、辻へと問いを放つ。

『時に主よ、私を使わずに綺麗に断てるのか?主にならば包丁やカッター代りに使われようと私は頓着しないぞ?』

「んー?」

笑みを浮かべながら辻は投げ掛けられた言葉を咀嚼するが、

「いや大丈夫だ、得意なんだよ等分に何かを断つのは。特に意識しなくてもケーキを切り分ければ同じ大きさになるし、無造作に饅頭なんかを手で裂いてもやっぱり等量に分かれる。つくづく俺は真っ二つという概念に愛されているらしいから…なと!」

話している内に辻は傷口の根元へ達し、ビチビチと胸の悪くなる音を立てながら死骸を二つに裂いて行く。奇妙な事に、力任せに引き裂いている様にしか見えないそれは中心線に位置する鱗までもが均等に裂け、まるで予め切れ込みが入っていたかの様に死骸を真っ二つ(・・・・)にしていった。

 

『…これは確かに才能と現すよりは、呪いの如き世界の贔屓だな。ああ本当に愉しいよ貴方と居るのは。…たかが畜生を弄ぶ、ただそれだけの事で、私はこんなにも退屈しない。ふ、は…あははははははは‼︎』

 

歪んだ主従の狂宴は、夜も更けた深い森の中、止める者も居ないまま続いていった。

 

 

 

 

 

 

「幽霊ねぇ……まあ昨年交霊部の連中が衆人環視の中射殺されたア○リカ前大統領の霊魂を呼び出してた段階で麻帆良の中で存在を信じない者は少なくなっていた様な存在ではあるけど、幾ら何でも何でもあり過ぎじゃないかネギ君のクラスは?」

 

あくる日の放課後、ネギ達3ーAの面々から昨夜起こった事件のあらましを聞き終えた後、辻は呆れた様な声でそんなコメントを洩らした。

 

昨日の修業を終えてバカレンジャー及び篠村達と別れた後、3ーAの面々は学園祭に向けてクラスで行うお化け屋敷の準備製作に赴いていたらしい。出し物の決定に時間を取られた3ーAは作業が遅れ気味だったらしく、校内規定をぶち切って夜中まで一部の生徒が作業を行っていた。そして其処におどろおどろしい空気と共に現れ、その場を恐怖と混沌の渦に叩き込んだのが……

 

「この女?幽霊って訳か……」

広げられた麻帆良報道部の朝刊一面の大見出しに載っている心霊写真を見て、豪徳寺が胡散臭そうに呟く。

 

其処にはセーラー服を着た髪の長い女らしき姿が虚空から滲み出る様がはっきりと写し出されていた。ピンボケでも掛かっているかの如くブレた(・・・)顔から虚ろな視線が撮影者に突き刺さり、全体のディテールが歪んでいる様は十人が十人見て悪霊だと断言するだろう。

 

「あれは何と言うか、本物と言う感じがしました。魔法関連のそれとはまた違った感じがしましたが……?」

目撃者の一人である夕映が『魔界名物 横島殺し *ノンアルコール飲料』と銘打たれた、最早ジュースなのか毒物なのかも定かでは無いパックの中身を啜りつつ語る。ネギはその時席を外していた為、その幽霊がどういったものなのかは解らないとの事である。

霊的存在(ゴースト)の中でも生者に対して悪意を持つ様な者はレイスやスペクターなんて呼ばれたりします。なんでこのクラスに現れたのかは解りませんけど、生徒達に悪さをする様なら放ってはおけないと思うんです」

ネギは真剣な表情でそう語るが、バカレンジャーの反応は今一鈍い。

「っつってもなあ……」

「幽霊退治って魔法使いやら武道家よりもゴーストバスターズの仕事じゃない?」

「そもそも現れただけで危害を加えられた訳では無いのだろう?荒事に向かうのは些か早計かと思うぞ」

「第一に何故()3ーA(・・・)の元に現れたのかを考えるべきだろうなあ…」

その様に乗り気では無い辻達の反応にカモがその気にさせようと反論を試みる。

「いやいや旦那方、この写真を見てくだせえどう見ても悪霊じゃねえですかい?」

「見た目で人を判断すんな阿呆」

先程唯一コメントが無く、霊の写る写真を眺めていた中村がムッとした表情でカモの言葉をぶった斬る。

「てめえら揃いも揃ってうら若き乙女に随分な事言ってんじゃねー

ぞオラ、その腐った目ん玉見開いてよく見やがれ可愛子ちゃんじゃねえかよ」

 

「「「「……………………」」」」

 

中村を除いた一同はまず新聞の写真に視線を降ろし、次いで中村を無言のまま見やる。

「あん?」

「いや、何つうか凄えわお前……」

怪訝そうに見返してくる中村に、馬鹿にするのを通り越して敬意すら抱いた豪徳寺が勇者を讃える様にそう告げた。一方猛然と、では無いが明らかに納得のいかない様子で抗議するのは主に居合わせた当事者達である。

「中村先輩、流石にそこまで節操が無いのは正直に言ってヒキますよ?」

「俺が他人よりも多い愛を持つのは自明の理として、何が問題なのよ可愛い娘を可愛いって言ってんだけじゃん…おっ、もしかして「いいえ違います」せめて最後まで言わせろよ夕映っち‼︎」

「気安いですよ先輩、不愉快です」

「棘があんなあリーダー、まあ何にしろ安心せいや。リーダーはリーダーでキャワいらしい女の子だからよ」

(ドラゴン)はおろか悪霊地味た外見の死人迄を可愛いと断言する様な人に容姿を褒められても寧ろ不安です」

応酬の果てに出した夕映の結論に周りがしみじみと頷く。

「楓ちゅわ〜ん!助けてくれぃ、可愛いけど可愛くない後輩が俺を苛めるんだ‼︎」

「そこで拙者に振るでござるか」

足元にスライディングしてくる中村をヒョイと躱しつつ楓は苦笑する。

「まあ幽霊相手だろうと女性なれば恐れたり疎んじたりせずに発情するのは真、中村殿らしいので拙者は嫌いでは無いでござる」

「褒められてる気ぃすっけど流石に発情はヒデーな⁉︎」

畜生俺が変態みてえじゃ無えか‼︎、と無念の表情で中村が地面をローリングする。

 

「まあ自覚の欠片も無い馬鹿は捨てておくとして、具体的にどうするんだいネギ君?単純に追っ払うなりなんなりするなら、麻帆良オカルト系部活に依頼でもすればどういう形にしろ解決はするけど……?」

何時ものように中村を完全スルーして行う辻の確認に、ネギは思案顔で3ーAクラス名簿を取り出し、生徒達の顔写真が掲載されているページを開いてみせた。

「うん?」

「さっき僕はこの幽霊(ゴースト)が危害を加える様な危険な存在なら、って言いましたけど……目的は別として、3ーA(うち)に現れた理由は何と無く解るので、僕もどうしようか悩んでるんです……」

ネギの言葉に一同は開いたページの周りに集まり、並ぶ顔写真の内、ネギが指差す一枚の写真を注視する。

 

「…多分、この人ですよね?この幽霊って………?」

「「「「……………、あっ………!」」」」

 

そこには新聞に掲載されている幽霊と同じ古いデザインの制服を身に纏い、ディテールが崩れた中でも唯一はっきりした特徴である、前髪の切り揃えられたロングの印象的な女生徒、出席番号一番、相坂 さよの写真があった。

 

「これ見りゃおめえ等にも解ったろ、可愛い娘だろうがこの節穴共」

最後にむっくり起き上がってクラス名簿を覗き込んだ中村が、勝ち誇って周りを鼻息も荒く見下した。

 

 

 

「……うううぅ………………」

心の底から沈んだ様子で力無く呻きつつ、下半身の無いセーラー服姿で長髪の幽霊ーー相坂 さよが、校舎の掲示板に張り出された、どう見ても悪霊としか思えないような、嫌な方向に迫力満点な己の写真を見てガックリと肩を落とす。

「……何で私って、何時もこうなんだろう…………」

さよは涙ぐみ、揺れる声音でそう溢した。

 

昔からさよは存在感の無い少女だった。さよ自身の性格の良し悪しは別にして、兎に角クラスの中で目立たない、言ってしまえばその場に居ようが居るまいが何も変わらない様な、そんな少女であった。

奇しくもそんな性分は事故により死亡して幽霊となってからも変わらず、TVで本物だと騒がれた霊能力者も、麻帆良で怪し気な活動を続ける奇妙な部活集団も。さよがどれ程に勇気を振り絞り声を掛けよようと、認識してもらう事すら叶わなかった。

季節が移り変わる度、教室には新しいクラスメイトが溢れたが、さよの姿を見ることの出来る生徒は現れない。いつしか教室に縛られていたその身が、ある程度自由に辺りを彷徨えるようになったその頃には、さよが死んでから実に六十年の歳月が過ぎ去っていた。

学園の各所に散見する、己が身と同様にその身をこの世ならざるモノへと変えた幽霊(どうるい)に声を掛けようともさよは考えた。しかし学園に留まるそういったモノ達からは、荒事や暴力沙汰からは大凡縁遠い生涯を送ったさよにですら感じることの出来る、悪意が凝り固まっているとしか表現の出来ない何かを感じた。それ(・・)に触れてしまえば、良くない感情が身体を満たして、クラスの皆に害を成してしまうかもしれないと、本能的にさよは理解し、霊達から距離を取った。

その結果、幸か不幸かさよは人格を歪めることも無く、形だけとはいえ現在も3ーA出席番号一番の生徒として、この世に存在することが出来ている。

しかし確かに其処に居ながら、誰にも認識されず、蚊帳の外から楽し気な同年代の少女達をただ眺めるだけの日々は、ゆっくりと鑢で削られるようにさよの心を虚しさで蝕んでいった。

 

相坂 さよは、孤独であった。

 

そんな失意を失意とすら感じられなくなるような、ゆっくりとした絶望の日々に転機が訪れる。

新年度に新たな3ーAの教師として赴任してきたネギ・スプリングフィールド。まだ幼い子供の様であるこの少年教師は、クラスの出し物を決める際、さよの挙手を人数として数えることが出来たのである。

さよは驚き、同時に大いなる期待に胸を躍らせた。年月すらも真面に数える気にならなくなる程に永い停滞の日々が、遂に終わりを迎えられるのでは無いかと喜んだ。

だからこそ、はっきりと自分を気付いて貰おうと自ら行動を起こしたさよを、誰も責められはしないだろう。

しかし気弱な彼女が最大限に振り絞った、勇気を伴ってのクラスメイトへの接触は、まるでさよが悪霊の如き認識をされてしまう様な結果に終わってしまったのである。

 

「…そんなに、私の願いって許されない様なことなのかな………」

暗澹とした気持ちのまま、さよは呟く。

目の前の記事にした所で、このような写り方をしているさよ自身に問題があるのであって、誰かの悪気があってさよの事を貶めようとしている訳では無い。それはさよも理解していた。

 

……そもそも、私は悪意(・・)すら碌に向けられた事なんて無いんだから………

 

さよは好意も悪意も向けられた事が殆ど無いと言っていい。さよは何も向けられた事が無い。

それは悪意無き悪意、無関心という名の拒絶の壁であった。

さよはその壁を乗り越えられなかったから、或いは乗り越えようとすらしていなかったから。他人との関わりに飢え、それを未練としてこの世に残留している。

さよの境遇は不憫なものであるが、さよ自身に問題が無かった訳では無い。さよはきちんとそれを、理解出来ていた(・・)

しかしまた、誰かが少しだけ優しければ、相坂 さよはこのような状況に陥っていなかったのでは無いか、という過程も頷けるものなのだ。

永い永い孤独の中、さよが一度たりともそれを怨まなかったかと言われれば答えはNOであり、より大きな期待を抱いた分、落胆も大きかった今回の結果を踏まえて尚、半ば自業自得だから仕方が無い(・・・・・)と、これ迄の如く、則ち何時もの様に。

さよが割り切れ無かったとして、それを責めるのは酷な話だろう。

その黒い感情に浸るのは、悪いものだと感じ、それ故に避けていた学園の同類(あくりょう)と同じものに成りかねない行為だと何は無しに理解しつつも、さよは怨み(・・)を自覚し始めていた。

 

……なんで私だけ(・・・・・・)こんな目に(・・・・・)………………‼︎

 

モゾリと瞋恚の衝動が、さよの心の中で鎌首を擡げたその時、3ーAの教室で、さよを呼ぶ(・・)声がした。

 

 

 

「あっいさっかちゃ〜ん‼︎何処ですかあぁぁぁぁ⁉︎貴女のおっ話聞かせって下さはぁぁい‼︎」

「五月蝿いわ、貴様は」

教卓の上に仁王立ちをして、其処に居るかも解らないさよに対して喧しく呼び掛ける中村に対して、黙って様子を見ていた者の一人、大豪院が堪りかねた様にツッコんだ。

 

ネギ達から事のあらましを聴き終えた中村は、その相坂ちゃんの目的を確かめてえ、ってんなら俺様がその役買って出てやるぜい‼︎、と立候補し、朝倉の調べによりかつて事故死した昔の3ーA生徒がさよ本人であると確定したのを駄目押しに、『美少女幽霊とチャネリングしてあわよくば仲良くなっちゃおう大作戦』という頭の悪そうな企画を立ち上げた中村が金ラメタキシード姿で夜の教室に突撃、他の面々もなし崩し的に巻き込まれて現在に至る。

 

「…なあ、あんな真似して危なくないん?中村先輩は?」

もし何かあっても俺様がしっかりカバーすっから安心して学祭準備を進めな‼︎、と豪語した中村の勢いに呑まれて作業を進めていた3ーA生徒の一人、和泉 亜子が恐る恐るといった様子で、呆れた様に中村を眺める夕映に尋ねる。

「さあ?私としてはホラー映画などで真っ先に死にそうな真似を仕出かしている中村先輩は明らかに良くないフラグが立っているかと思いますが……まあ殺しても死なないような人ですから大丈夫でしょう」

「いやいやそれヤバいじゃん⁉︎」

「私達にもとばっちり来たらどうすんのさ〜⁉︎」

「…いや、まず中村先輩の心配をした方がいいと思うんだけど……?」

しれっと洒落にならなそうな事を言う夕映にまき絵と祐奈が猛抗議し、アキラが遠慮がちにではあるが真っ当な事を言ってのける。

 

「気にしないでよ大河内ちゃん、あの馬鹿の事は。綾瀬ちゃんの言う通りどんな祟りにあった所で死ぬ所か大して堪えもしないだろうから」

「心配するだけ時間の無駄だ。只でさえ作業遅れてんだろ?立ち寄ったついでに俺らも手伝うからよ、持ち場に戻りな、悪いことは言わねえ」

「ありがとうございます、御手を煩わせてしまってすみませんね、豪徳寺先輩」

「別に構わねえから態々寄ってくんなよ那波、向こうで作業してやがれ」

「あらあら、照れていらっしゃるんですか豪徳寺先輩?」

「この女………!」

「豪徳寺、ラブコメなら向こうでやってよ今の僕には見てて辛いから」

 

さらりと友達甲斐の無い発言をした山下と豪徳寺は騒ぐ中村を見向きもせずに、後輩にちょっかいを出されながらも周りの塗装や釘打ち作業を手伝い始める。大豪院も中村が妙な暴走を仕出かさないよう監視に付いている為、真面に霊現象を解決しようとしているのは辻とネギパーティー位のものだが、こちらはこちらで要領を得ない状況になっていた。

 

「降霊部や退魔部の連中追い返しちゃってよかたアルか?連中何だかんだでプロアルよ?」

「降霊部は兎も角、退魔部のとこの部長は何処ぞの極楽な大作戦の世界でゴースト○イーパーでもやってそうな感じでおまけに悪霊だろうがそうで無かろうが容赦しないらしいからなあ。曲がりなりにも交流試みてるんだから居させると面倒だろうってのが理由だね」

古の疑問に辻がそう答え、それとなく木乃香達の方向ーー実際は刹那に目線を向けるが、サイドテールの後輩は材木の切り出しに集中しているふりをして一向に会話に加わろうとする様子が無い。

「…何だかなぁ………」

「大丈夫や、辻先輩。せっちゃんは近い内にスーパーグレードせっちゃんに進化して先輩に目にもの見せる予定やから!」

相も変わらずつれない様子の後輩に一つ溜息を吐く辻に、木乃香がやけにテンション高く親友のフォロー?に入る。

「いや木乃香、ガ○ダムの機体更新じゃ無いんだから…っていうか桜咲さんが何か妙〜な感じになってんのはあれでしょ?先輩が甘酸っぱい青春のカホリ的な何か引き起こしちゃったんでしょも〜っ!」

木乃香にツッコみつつも、ハルナは眼鏡をクイッと持ち上げ、両の瞳を爛々と輝かせながら辻をビシィッ‼︎と指差し、高らかに追求を行う。

「人を指差すなと両親に教わらなかったか早乙女?おまけにプライバシーに関わる事に関する詮索屋は麻帆良のパパラッチ一人で充分だよ」

「うーんつまんない反応だねえ辻先輩、ちょっと前までの先輩は一々純な反応してくれて面白かったんだけど?」

半眼になった辻の取りつく島も無い返しに、ハルナはブー垂れた表情で文句を言う。

「仮にも先輩をからかって楽しむなよ……俺の事は置いておくとして、どうだい、宮崎ちゃん?」

尚も絡んでこようとするハルナをぶち切って、辻はいどのえにっき(・・・・・・・)を構えるのどかに声を掛けた。のどかは本のページに落としていた視線を上げ、静かに首を振る。

「えっと、今のところ相坂さんの内心は表れてません……教室には居ないのかもしれないですし、もしかしたら幽霊さんの思考は読み取れないの、かもしれませんー……」

「それならそれで、別の方法を考えるっきゃ無えなあ。嬢ちゃんのアーティファクトに反応がありゃあ一番手っ取り早いと思ったんだがよ?まあ、いざとなったら旦那方の怪し気なツテを頼りゃあいんだからあんま気負わずにやるといいぜ」

やや自信なさ気なのどかに、ネギの肩上にいるカモが前足を振ってフォローの言葉を投げる。

「…にしてもへんた…中村先輩騒ぎ過ぎじゃない?新田とかが現れたらどうやって誤魔化すのよ?」

「その時は拙者達が一時身を隠して、目立つ格好の中村殿が新田先生を挑発しつつ囮となって一旦校外へ逃げる手筈でござるな」

「…あたしが気にすることじゃ無いかもしんないけど、幾ら何でもあの人の扱い雑過ぎない?」

余りにも大々的に声を張り上げている中村を明日菜が危惧し、それに対して楓がさらりと外道な対処法を口にして本来外道寄りの筈の朝倉にツッコミを食らっていた。

 

何だかんだでその場の大半は半分お祭り騒ぎのノリで学祭準備と並行しての幽霊問題解決作戦を見物していた。が、若者らしいと言えばそれまでである者の、浮かれた楽し気なその空気は、今の彼女(さよ)には毒であったかもしれない。

 

「…あ……!あの、反応があり…まし……た…………」

短く驚きの声を上げ、さよとコンタクトが取れた事を告げるのどかだが、何故か呼び掛ける声が尻窄みに小さくなっていき、明らかに顔が青くなる。

「…?、のどか、どうしまし…た…⁉︎」

「え、なによなによ?」

「どうしたアルか?」

「「……?」」

親友の様子を訝しんだ夕映が隣に立ってページを覗き込み、同様に硬直したのを見て、周りの女子達や少し離れた所で作業をしていた山下、豪徳寺に辻も近寄ってページを見やる。

 

 

『お友達になりましょう……中村さん……あなたも…こっちへ……ずっと…ずっと……楽しいことを………一緒に…一人…さみしい…さみしいさみしいさみししシいいいいイいイいイイイイイィッ………‼︎』

明らかにのどかが使用したことのある状況とは違い絵のタッチがおどろおどろしいものに変わっており、真っ暗な背景をバックにこちらを引き摺りこまんとばかりに手を伸ばす、暗い瞳の嗤い顏をしたさよの姿がそこには写し出されていた。下に表れる文字も所々が歪に撥ね震え、最期辺りの文書は我武者羅に勢いだけで書き殴った様な字幅も字形も何もかもが無茶苦茶なものになっていた。

 

 

「「「「…………………………………」」」」

 

余りの禍々しさに水を打ったように静まり返る面々、気の弱いのどかなどは既に半泣きである。

 

「んあ?……おっ、もしや反応あったかオイ⁉︎…っとぅ‼︎」

静まり返った一角を訝しく思った中村が教壇から跳躍、見事な月面宙返り(ムーンサルト)を決めてのどかの後方に着地していどのえにっきを除き込んだ。

「…ほ〜〜う………」

中村は小刻みに何度か頷き、

 

「ヘイ相坂ちゃん、さよちゃんって呼んでもいいかい⁉︎俺ぁ中村 達也、俺で良けりゃあ是非お友達ブハァッ⁉︎」

「応えるな中村、霊界に引き摺り込まれんぞ‼︎‼︎」

 

満面の笑みで返答を終えかけた中村の首元を若干青褪めた豪徳寺の繰り出したラリアットが薙ぎ払い、言葉を強引に遮った。

 

「や、やっぱり悪霊じゃねえか出会えー‼︎」

「えぇー⁉︎何、なんなの⁉︎」

「な、中村先輩が霊に、幽霊の祟りに‼︎」

「ひぃぃやっぱり怒らせてんじゃん悪霊をぉ⁉︎」

 

周囲も中村の行動をきっかけに金縛りが解け、事情を半端に理解した周りの生徒に動揺が伝染して、辺りは蜂の巣を突ついた様な騒ぎに発展した。

 

「何しやがる糞リーゼントぁ⁉︎俺様と美少女幽霊との親睦を邪魔すんのかオラァ‼︎」

「てめえはこれを見て何で欠片もヤバいと感じねえんだよ‼︎本当に俺らと同じモンが見えてんのか⁉︎」

「中村が取り殺されようがどうでもいいけど僕らまで被害が来たらどうするんだよ⁉︎」

 

「ぎゃあぁぁなんか机が、材木が飛んでるぅぅ⁉︎」

「ポ、騒霊現象(ポルターガイスト)です‼︎」

 

「うぉあっぶな‼︎」

「わひゃあ⁉︎」

「つ、辻部長申し訳…お、お嬢様‼︎此方へ‼︎」

 

「わぁ窓に血文字がー⁉︎」

 

「ゆーなが取り憑かれたー⁉︎」

 

一言で言うならば大混乱であった。

 

 

 

「あ、ああああああああっ………⁉︎」

 

一方こちらはこちらで、相坂 さよは絶讃パニック状態であった。

机等の重量物が飛び交ったり祐奈が半憑依状態(トランス)になったりしている原因は、無論の事さよにあった。が、悪意に囚われかけていたとはいえ、さよは中村の呼び掛けに応えようとした当初からこの大混乱に至る迄に、害意を伴っての行動を起こした訳では無かった。懸命に自らへと呼び掛けてくれている中村に、さよは再び他者との交流を頑張ってみようと奮い立っていたのだ。

 

ただ、さよは自分で思っていたよりもコミュニケーションが下手くそであった。

中村に応えようとすれば先程まで心が澱んでいた影響か、移し取られた心の声は死んだ自らの道連れを作ろうとしている様にしか見えないし、悪い流れを建て直そうと気合いを入れれば力が溢れ、騒霊現象(ポルターガイスト)が起こる。誤解を解こうと動けば文字は血文字になり、憑依は半端に成功し対象の意識が残ってトんだ(・・・)表情になりと、端から見れば狙っているのではないかと思える程のすれ違いっぷりである。

 

「…な、なんで…!なんで私………⁉︎」

さよはあまりの情けなさに涙を溢れさせる。自分なりに一生懸命やっているのに、チャンスを掴もうと頑張っているつもりなのにこの有様だ。

 

……やっぱり…私なんかがお友達を作ろうなんて、おこがましいことなのか…な…………?

 

元々さよは行動力がある訳でも気が強い訳でも無い。そんなものがあるならばそもそも孤独に人生を終了(おわ)らせてはいない。なんとか絞り出したなけなしの勇気も窄み、さよの心は再び諦念が支配しようとしていた。

 

だが、そんなさよに対して更なる追い打ちが掛かる。

 

「え…、っ⁉︎きゃあぁぁぁっ⁉︎」

いつしか俯いていたさよは、自らに向かう不穏な気配に顔を上げると、目の前に飛んで来ていた良くない力(・・・・)を感じる鋲に、反射的に悲鳴を上げた。

 

 

 

「対象の姿が殆ど視認出来ないぞ‼︎」

「私達がこれまで同じ教室内で過ごしていて気付かなかったんだ、恐ろしく隠密性の高い霊だよ!」

「きゃあぁー‼︎きゃあきゃあ⁉︎」

「ゴラ待ててめえらぁーっ‼︎キャットファイトなら腕に覚えのある奴だけでやりやがれ止めろっつってんだろがぁ‼︎‼︎」

「馬鹿野郎中村、危ねえよ‼︎下手に手ェ出すな‼︎」

 

夕凪を手に持つ刹那と二丁拳銃を構えた真名が悲鳴を上げながら逃げ惑うさよを着実に校舎の隅へと追い詰めていく。その二人を止めようと直ぐ後方から、憤怒の形相の中村が走り、更に後ろをバカレンジャーとネギ達が追いかけていた。

 

こんな展開になった一因としては、カモが事前(・・)に聞いていた金次第であらゆる仕事を請け負う傭兵稼業を学生の傍らに営む凄腕スナイパー、龍宮 真名にいざという時の保険で幽霊退治を依頼していた事、もう一つにさよが起こしてしまった騒霊現象(ポルターガイスト)によって木乃香に机の一つが飛来してしまった事だろう。

幸い机は辻が打ち落としたものの、これにより木乃香の親友にして主従(おじょうさまぜったいしゅぎ)の刹那が一気にさよを敵認定、真名の攻撃でさよが逃げ出したのを皮切りにこの追跡劇が幕を開けたのであった。

 

「止・ま・れ・ってのが聞こえねーのかてめぇらぁ‼︎‼︎」

「っ⁉︎」

「くっ‼︎」

怒号と共に中村の飛翔脚が曲がり角を左折しようとしていた真名と刹那の眼前を掠める様にして壁に突き刺さり、二人はたたらを踏んで急停止する。中村は直ぐ様足を壁から引き抜き、さよの逃げた先の通路上へ仁王立ちに立ちはだかる。

 

「…退いてくれないかい中村先輩?依頼を受けた以上私はあの霊を退治しなければならないんでね」

「巫山戯ろ。…あの子が悪いことして無えたぁ言わねえ。木乃香ちゃんに机が飛んでったりしたのはまあ、さよちゃんが悪いやな。だから桜咲が過剰に対処したくなんのも解る」

「っ!ならば、道を開けて下さい、中村先輩。理由はどうあれ、あの霊はお嬢様に危害を加えようとしました。更に私達から攻撃を加えてしまった以上、今は逃げているだけのあの霊が逆襲に出て、お嬢様達を害する可能性もあります。事は既に予断を許さない状況なのです!」

一応拳銃の銃口を向けてはいないものの、いざとなれば押して通る気満々の真名を説得する様に、中村は極力落ち着いて会話を試みる。が、目標(さよ)に刻一刻と距離を開けられている現状、プロの二人は中村に時間を稼がせるつもりは無かった。

「いや、桜咲。さよちゃんは多分こっちに危害を加えようとするつもりであんなことになったんじゃ無えんだ、多分こっちが悪霊扱いしちまってギャアギャア騒ぐから、慌てて物飛ばしたりしちまったんだよ」

「何を根拠にです⁉︎」

「何と無くだよ、女の子に関する俺のセンサーを信じろ‼︎」

「…話にならない、ね!」

理由になっていない理由を堂々と宣言する中村に、真名が一つ息を吐いて中村の足元に銃撃、強行突破に掛かる。

「うぉ龍宮……⁉︎っ痛ぇ⁉︎」

「すみません中村先輩、この状況では流石に信用が出来ません‼︎」

足元に撃ち込まれた弾丸に反射的に足を半歩引きながらも、中村は腕を伸ばして脇を抜けようとする真名を掴んで止めようとするが、銃撃に合わせて逆側から踏み込んだ刹那が、夕凪の背で中村の引いた足とは逆の足を痛撃。バランスを崩した中村の両脇を二人が抜ける。

 

「あの霊は何処へ行った龍宮‼︎」

「…微かだが霊体の残滓が見える、こっちだ!」

 

「痛っ‼︎…あんにゃろう共……‼︎」

「中村、桜咲達は⁉︎」

転倒状態から跳ね起きて唸る中村に後方の辻達が追いついてくる。

「其処の奥を多分右だお前らも手伝えや‼︎」

「こちとらどっちが正しいかも解らねえんだよ、そう簡単に一方へ加担出来るか‼︎」

「…寧ろ状況的には桜咲後輩の対処が正しいぞ中村。お前の勘では理由にならん」

「まあ一笑に伏すには中村の感覚は変な所で鋭過ぎるからあれだけど……」

「五月蝿えーー‼︎‼︎」

どっち付かずな言葉を吐くバカレンジャーを中村は一喝する。

 

「もういいわ役立たず共が‼︎俺が止めりゃあ、いいだけだからなぁ‼︎」

 

 

 

「……なんで、だろうな………」

校舎の片隅、一階廊下の最奥部でさよは力無く、座り込む様にして浮かんでいた。

さよはただ、自分と話をしてくれる相手が欲しかった。今日の天気でも何でも、どんな詰まらない事でもいい。正にそんな、ありふれた友人とのなんでもない日常こそをさよは望んでいたのだから。

友達が欲しい。生前から変わらぬ願い。引っ込み事案で、生きている時からその一言が言い出せず、気がつけば勇気を振り絞り、声を掛けようとその声すら届かない身に成り果てた。

自分も悪いのだと解っている。己から積極的に自分を表そうとせずに、勝手に引いてしまった自分が、無関心を貫いた周りを一方的に責める資格は無い。

 

しかし、今でもさよは覚えていることがある。

 

不幸な事故としか言えない様な有様で、呆気無く人生の幕が降りた後。 気がつけばさよは学校の制服を着たまま、3ーAの教室の、自分の席に座り込んでいた。目の前の机の上には、花瓶に一輪の花が生けられていて、さよは不思議とすんなり、自らが死んでしまったのだと理解出来ていた。

或いはさよは、その言葉(・・・・)を聞かずに居たならば。ぼんやりとクラス内で座り込んだまま、何れ曖昧なもの(・・)に成り果てて、静かに消えていったかもしれない。

それは自分の葬式が終わっての、クラスで最初の登校日、ある一人の男子生徒の言葉だった。

その生徒はクラス総員で出席したさよの葬式の日に何か予定があったらしく、友人に対して不満気なイラついた態度でさよの事をこう言った。

 

「どうせ居ても居なくても一緒なんだから、死んだ位の事でクラスメイトに手間掛けさせるなよな」

 

その言葉には真面な悪意すら碌に存在せず、さよの事をひたすらにどうでもいいと。そんな投げ遣りで、おざなりに扱うものだった。

流石に不謹慎に過ぎる発言だと思ったらしいその生徒の友人は、男子生徒の事を諌めたが、その友人にしてもさよの身を尊重していた訳では無い。さよの身を貶める発言を黙ってそのまま良しとするのが少しばかり気不味いと、その程度の軽い気持ち。

その友人だけで無く、クラスの誰もがつい先日亡くなったさよの事を話題に出す者はいない。つい先日、その葬式に出席したばかりだと言うのに。本当に居なくなってしまってすら、さよは誰にも気にされていなかった。

 

 

見て、聞いて貰おうとしなかった私は悪い。

でも私のことを、生きていようが死んでいようが同じだなんて。

そんな風に私という人間を、人生を。

私そのものを否定するなんてことは、許さない。

 

 

さよはそんな怒りと嘆きと、憎しみと悲しみを抱いたからこそ、今日まで存在していられたのかもしれない。

 

「…なんで私ばっかり、こんな目に……‼︎」

 

 

「…見つけたぞ。私達相手に良く頑張ったよ」

俯いて座り込む様に動きを止めているさよに対して、暫しの間を開けて追い付いた真名と刹那は、さよに逃げ場を与えぬように、ゆっくりと左右から回り込む。

詰めの体制が整おうかという、その数歩前。不意に真名が足を止めて目を見開き、両手の拳銃を体前に素早く構える。

「…?真名、どうした?」

「…どうやら追い詰めた挙句、半端に猶予を与えたのが悪い展開を呼んだらしい」

訝し気な刹那に答える真名の様子は、油断や焦燥とは程遠いものであったが、だからと言って目の前のさよを脅威と認識していないそれ(・・)では無かった。

「…もう(・・)お前にも解るだろう、刹那?」

「…何が……っ⁉︎」

問い返そうとする寸前、刹那は素早く夕凪を振り上げ、油断無く構えを取る。それを横目で確認した真名は小さく頷き、

「瘴気の総量が増している。気配こそ異常に薄いが、騒霊現象(ポルターガイスト)で動かした物体の重量や、一般人相手とはいえ憑依(ポゼッション)を行って見せた様からして、下手をすれば並の死霊(レイス)程度の霊格は持ち合わせている。油断するなよ、刹那」

そう告げて僅かに真名はさよへとにじり寄る。

「ああ」

刹那は短く応え、退魔稼業を生業とする、神鳴流の対悪霊用剣技を放つ為に、気を収束させつつ静かに距離を詰める。

 

「…何で私を……何で、貴方達は…あ、ああああああああ‼︎‼︎」

小さくかぶりを振りつつ、上げられたさよの顔は、荒事慣れした二人が一瞬息を呑む程の凄まじい形相となっていた。

他者への怨みと憎しみに囚われた時に、屡々人はこういう(・・・・)顔をするのだった。

死んでいようとも。否、生きていないからこそ。

 

幽霊は生者よりも、時に純粋になにか(・・・)を呪うのだ。

 

しかし、さよの前に立つのは何れも百戦錬磨の戦闘におけるプロである。軽く目配せを送り合った真名と刹那は、さよが明確に攻撃的な動きを見せない内が先手を取る好機と見計らい、呼吸を合わせて攻撃に移った。

 

「……ふっ‼︎」

「神鳴流奥義、斬魔剣‼︎」

 

真名の二丁拳銃が魔弾をばら撒き、飛び上がった刹那が祓魔の斬撃を振り下ろす。

 

その攻撃は一瞬の後に繰り出された。如何にそれなりの力を持ち合わせた霊であろうと、さよは戦う者(・・・)として見た場合、ようやく戦闘を行う上での最低条件(・・・・)ーー相手に敵意を持ち、排除する意志を固める事ーーをクリアした段階である。そんな戦闘の初心者が二人の動きに反応出来る筈も無く、襲い掛かる凶撃を前にさよは為す術も無くーー

 

「のがあああぁぁぁっ‼︎‼︎」

 

ーー消滅する様な事がある筈も無かった、突き抜けた馬鹿(中村 達也)が居るこの場では。

 

中村はさよに対して覆い被さる様にその体前へと飛び込み、弾丸の全てを背中で受け止め斬撃を頭上で交差させた両腕で防いだ。

 

「っ⁉︎」

「なに⁉︎」

「な、中村先輩⁉︎」

「ごわぁぁぁぁ痛ってえぇぇぇぇぇぇっ‼︎‼︎」

 

さよは唐突に現れた中村の姿に目を見開き、真名と刹那は中村の捨て身の庇い立てに驚愕する。

当の中村は全身に気を込めて防御したとはいえ、弾丸がタキシードを破って喰い込んだ背中と、かなり深くまで肉を斬り裂かれた両腕の痛みに、叫びながら転げ回る。

 

「ぬぉぉぉぉぉぉ……ったく、何とか、間に合ったな糞が」

のたうちまわっていた中村は暫らくして身を起こすと、さよを背中に庇う様に真っ直ぐと立ち、正面の真名と刹那に相対した。

 

「…中村先輩‼︎なんて無茶をするんですか⁉︎対霊用の斬撃とはいえ、生身の人間に害が無い訳では無いんですよ‼︎真名の弾丸にしても…」

「やっかましいわこのサイドテールムッツリ(はじめ)ちゃんの嫁が」

「…っな⁉︎」

中村の無茶苦茶な行動を咎めようとした刹那は、言葉を遮られた事にか中村の言葉の内容にか。気色ばんだ様子で口を噤む。

「…ったくてめえ等は後輩の癖に言う事聞かねえで剰え美少女幽霊を消滅させよう等とこの神たる中村様も恐れぬ所業をやらかしやがって。野郎だったら八割殺しくれぇにしてんぞマジで。美少女だから止めるだけで許すけどな」

ったくよー、と中村は如何にも嘆かわしいと言わんばかりにしかつめらしい表情で、真名と刹那へ徐に宣言する。

「お前らの対応は頗る正しいんだろうが、別に正しけりゃ物事なんでも罷り通る訳じゃねえだろ。一旦俺に、任せとけ。荒っぽい手段に出んのはよ、もし俺がやられ(・・・)ちまったら、でいいだろ?」

自らの身の安全すらも賭けて迄、何処までも中村はさよを庇い立つ。

そんな中村の様子に頭痛でも覚え始めたのか、真名が顰めた眉の下、いっそ忌々し気ですらある睨む様な目付きと共に、中村へと言葉を放った。

「先輩、貴方の博愛精神がどれほど大きかろうと私には関係無いさ、好きにすればいい。だが先輩も感じているだろう?その霊は既に瘴気を放ち始めている、即ち悪霊と化しているんだ。…個人的には貴方の()差別主義は嫌いじゃない。とはいえ何事にも、限度はあるものだよ?」

「そうかもな、でもこの場合はその限度を過ぎちゃいねえぜ」

中村は真名の言い分を否定しなかったが、その主張に従いもしなかった。

「さよちゃんの方からやらかしちまったとはいえ、ガツガツ追い立てて追い込んだのはこっちだろ?誰だって攻撃されて、敵意向けられりゃあこの野郎こいつって、相手を睨むもんだぜ。いいから黙って見てろよ後輩共、無難な対応は決して最適解じゃ無えってのを、今から俺が証明してやらあ」

それ以上の問答を良しとせず、中村は背後へ振り返りさよに正対する。さよは中村達が話している間、茫洋とした目で中村の背中を眺めたまま、中村が振り返る今現在まで一切の動きを見せていなかった。

「へい、さよちゃん。俺の言葉聞こえてるかい?」

「……………………」

さよは目線こそ中村の顔に合わせたものの、虚ろな表情のまま言葉を返そうとはしない。そんな拒絶とも取れる反応にも一切怯まず、中村は更に言葉を重ねた。

「先ず何よりも先に謝らなきゃならねえ。…追いかけ回して、暴力振るって悪かった。言い訳になっちまうが、俺らとさよちゃんの間にはすれ違いがあったんだ。先走った後輩達は俺がきちんと〆とくし、今後一切こんな真似はしやしねえ。怒りをすぐ様鎮めてくれなんて都合のいい事は言わねえから、先ずちょっとだけ、落ち着いてくれねえか?」

「………すれ……違い………?」

黙ったまま中村の言葉を聞いていたさよが、語りかけられた言葉の一つに反応を見せる。

「ああ、そうだ。見解の相違っつうか、兎に角悪いのは…っ⁉︎」

 

唐突にさよから瘴気が膨れ上がり、まるでスイッチが切り替わったかの様に再び憎悪の形相へ変わったさよが両腕を中村の首目掛けて伸ばし、虚空を掴む様にその手を握り締めると、中村の首に見えない手形(・・)が浮き上がり、中村の身体が宙に浮かび上がる。

 

「貴方達はそうやって…‼︎私のことを‼︎…そんなに私‼︎どうでも良くなんて、無いぃぃぃ‼︎」

「か……ああ゛っ……‼︎」

支離滅裂な内容の言葉を叫び、中村を掴む見えない手に、更なる力を込めるさよ。どれ程の力で締められているのか、掠れた呻き声を洩らす中村の顔がみるみる蒼白になっていく。

 

「…っ‼︎言わない事じゃない‼︎」

「中村先輩‼︎」

 

真名と刹那がそれぞれ武器を構え、両側からさよに攻撃を仕掛けようとする、が。

 

「…黙っで…見てろっ…つったろが……」

 

中村は両の掌を突き出し、二人の攻撃を止めさせる。

 

「無茶です、中村先輩‼︎」

「ゔっせ……そうだよ…な…怒って…当然……だよ、な…さよちゃん」

刹那の呼び掛けを一蹴し、中村は酸欠で青白い顔にそれでも笑みを浮かべ、睨み上げてくるさよに視線を合わせて語りかける。

「俺…らが……いや。俺が、悪かった。こっちから…呼び掛けた………の゛に。…悪霊扱い…して、追い回して……本当にすまなかった…」

中村はぶら下げられたまま無理に首を曲げ、頭を下げる。

「…虫のいい……話かもしれねえけど…さ……ゲホッ‼︎……ん゛っ…俺の呼び掛けに、応えて、くれたん…だろ……?…さよちゃん、何を言いたくて…出て来たんだ?…話を……ぐっ!……聞かせて、くれないかい?」

 

途切れ途切れに伝えられた中村の問いかけ。その質問に、さよの悪鬼の様な形相が僅かに揺らぎ、混乱した様にバラバラな言葉がその口から漏れ出す。

 

「ぃ…あ?わた、私………無視されて、貴方が憎くて、さみし…?何で、何で私が、こんな、あ、あぁ?……追いかけられた、許さない。でも、私、私は、あ、ああ、あ………‼︎」

さよは何事かを拒む様に頭を左右に振り、ふと怒りと憎しみがその表情から影を潜める。残ったのは迷子の子供の様な、寂し気で切ない、まるで泣き出しそうな表情。

「…寂しいん、です。独りで……誰も、気付いて、くれなくて……お話しが、したい。…私、私はただ、お友達が、欲しくて………!」

 

「………そっ……か…………」

中村は朦朧とし始めた思考の中、さよの言葉を聞き、ニカッと笑う。

「…ちゃんと、自己紹介……してなかった……よな…?…俺、中村…達也ってゆうんだ……さよちゃん」

「………え………?」

潤む瞳を上げ、訳のわからない様子で中村の顔を見上げるさよ。中村はそんなさよの目を、霞む視界の中、なおしっかりと見つめて告げる。

 

「さよちゃん……俺と、友達に…なってくれないかね?」

 

「………あ………………‼︎」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、黒く澱んでいたさよの思考は一気に晴れ渡った。

 

……そうだ……この人は………………‼︎

 

さよに対して、一生懸命呼び掛けて、話をしようとしてくれた。

クラスメイトからさよを、身体を張ってまで庇ってくれたのだった。

 

「あ…あ……‼︎わ、私なんてこと……‼︎」

「ん?おわっ⁉︎」

 

正気を取り戻したさよは、中村の首を絞めて今まさにくびり殺そうとしている現状に気付き、慌てて中村を取り落とす。

 

「あ゛〜…ゲッホゲホゲホッ‼︎」

「あ、ああああのっ‼︎すみっ、すすすすみませっ…‼︎」

 

尻餅を着きながら激しく咳き込む中村に対して、ワタワタと全身で狼狽を表しながらも米搗き飛蝗の様に頭を下げるさよ。

 

「ほ、本当にごめんなさいっ‼︎私、私なんだかよく、判らなくなっちゃって、その……‼︎」

 

……なにを…なにをやってるんだろう…私……‼︎

…これじゃあ、本当に只の悪霊そのものじゃない…………!

 

さよは激しい自責の念に囚われていた。こんな自分に対して友好的に接してくれようとして、危ない所を助けてまでくれた人を、危うく殺してしまう所だったのである。さよは小刻みに身体を震わせ、そのまま消えてしまいたいと思う程の後悔と自己嫌悪を感じていた。

そんなさよに対して、ようやく咳が治まった中村が身体を起こし、穏やかな口調で話し掛ける。

 

「へいさよちゃん、落ち着いたかね?」

「……あの…謝って許されることじゃ無いんですけど……」

「うんにゃ許すぜ?」

「……え?」

 

あっさりとしたその言葉に、さよは一瞬己を責めることも忘れて呆気にとられる。

 

「相手が野郎なら兆倍返しでやり返すのみだが、さよちゃんみたいな可愛い女の子なら例え九割九部殺しにされようが俺ぁ笑って許すね。だから気にすんな…ってのは無理だろうけど、俺に対してやっちまった事は一旦置いといてくれよ、さよちゃん。もっ回聞くぜ、落ち着いて考えられるようになったかい?」

「え……あ、は、はい!」

中村節の炸裂に、さよは目を白黒させながらも、黒い感情がなりを潜めたのは確かだったので、慌てて頷く。

「ほうかいほうかい。ならさ、さっきの俺の申し出の、答えをくれねえかな?」

「………あ………!」

さよは、先程の中村が言った、永い間待ち望んでいた、その一言を思い出し、今更ながら自分に対してその言葉(・・・・)が告げられた事実に対して驚きを得る。

「…で、でも…でも私、貴方に……!」

「さよちゃん」

さよは先程中村のことを殺し掛けた。そんな自分にその資格は無いと、そう纏まらない思考でそれでも考えるさよの言葉を遮り、中村は言葉を紡ぐ。

「俺みたいなのは友人としてお呼びじゃ無いかね?」

「そ、そんな‼︎そんなことありません‼︎」

思わずさよは叫ぶ様に、中村の問いを否定する。中村は我が意を得たりとばかりに頷き、何時もおちゃらけている顔に意外な程優しい笑みを浮かべて、さよへと告げる。

「だったらいいじゃんか。喧嘩しようがいがみ合おうが、ごめんなさいっ、つったら仲直り出来んのが友達って奴なんだからさ。さよちゃんがやらかしちまったと思うんなら、まず知り合ってから、納得いくまで謝るなりなんなり、すればいいじゃんよ」

だからさ、と中村は居住まいを正し、さよに対して右手を差し出しながら、改めてその言葉を告げた。

 

「俺の名前は中村 達也。相坂 さよちゃん、俺と友達になって頂けないでしょうか?」

 

「あ……!…ああ……………‼︎」

 

さよは遂にその瞳から涙を溢れさせ、顔をぐしゃぐしゃにしながらも、その透ける右手を中村の右手に重ね、無い筈の感触を、それでも何故か暖かいと感じつつ。

数十年間待ち望んででいた言葉を、ありったけの勇気を振り絞り、はっきりと返した。

 

「私、私‼︎相坂 さよと、申します‼︎中村さん、私と、友達になって下さい‼︎」

 

中村はにっかりとその笑みを悪戯めいたものに変え、戯けたように肯定の言葉を返した。

 

「さよちゃんみたいな可愛子ちゃんならこっちからお願いしたい位だぜ。これからどうぞ、よろしくな‼︎」

 

 

 

「…………まあ、なんて言うんだろうなあ、この気持ちを…………」

辻は本当に言葉にならない感情を持て余し、泣き崩れるさよを抱き止めようとして通り抜けてしまったので、顔を真っ赤にする程力んでなんとか根性で触れようとしている中村の姿を見やる。周りのネギ達も、なんとも言えない表情で中村とさよを見つめていた。

中村がさよと正対し、首を絞められ出した辺りから、追って来た一同は既にこの場に到着していたが、中村の呼び掛けに反応して正気に戻り、普通の女の子の様に話すさよの様子を見て、出る幕で無いと感じて傍観者となっていた。

 

「………私は……………」

「…あまり気にしないことだ、刹那。あんなものは偶々上手くいっただけで、下手をしなくてもあのまま死ぬ可能性の方が高かった。根拠も何も無しにあんなことが出来るのは勇気だの優しさだのといい言葉で現してはいけない…只無謀なだけさ」

 

結果として非が無い、とは言えないが、到底斬り捨てる事が相応しいとは間違いなく言えないさよの様子に、自らの境遇を重ねて己が所業を責める刹那に、真名が慰める様な言葉を掛ける。最も、真名自身言葉こそ厳しいものだが、その顔には苦笑の他、微かにだが中村への賞賛が覗いていた。

 

「…なんていうかもう凄いとしか言えないわね、あの人は」

「はい……やっぱり凄い人だと思います、中村さんは」

呆れ、感心する明日菜の言葉に、ネギがこちらは純粋な尊敬の念を込めて頷く。

「ネギ君、確かに凄いとしか言えない様なあれだけど、見習おうなんて考えないでよ?あの馬鹿の行動は人類が真似できるような代物じゃ無いんだから」

「同感だ。この場で彼女をああも丸く納められたのは奴だけだろうが、だからと言って到底勝算の見込める考えで無いのは龍宮後輩の言う通りなのだ。失敗した時に責任の取り様が無い勢いだけの行動など、先達者として取ってはならんのだからな」

賞賛されるべきだが正しくは無い中村の行動に難を言う二人だが、何時もの様に馬鹿を馬鹿にする様な響きはその口調には含まれていない。

「まあ、確かにあいつは滅茶苦茶な考え無しではあるけどよ」

豪徳寺は苦笑しつつも、一人の少女をしかと救ってみせた偉大な馬鹿へ頭を下げ、その場を締めくくる。

 

「今日の所はあの漢に、大人しく兜を脱ぐとしようや」

 

 

「……………わからなく、なりましたね……なんなんでしょうか、あの人は……」

 

「……ふむ、矢張り大した益荒男と言う他無いでござるなぁ……」

 

 

 

 

 

 

「…で、なんだか桜咲は随分気落ちしてたよ」

幽霊騒動から一夜明け、あくる日の朝。何時もの様に集まったバカレンジャーは、ネギ達が来る迄に篠村達へ事のあらましを説明していた。

「まあ聞いた話だけでもあの娘色々あるらしいからな、その相坂ちゃんとやらを自分に重ねちまったんじゃねえの?」

篠村は本日姿を現していない刹那の話を辻に振られてそう返す。

「生真面目だからなあ、あいつ。近衛ちゃんが付いてるからおかしな風に思い詰め過ぎないとは思うが、最近様子がおかしかったのも合わせて心配だ……なんだ篠村、その顔?」

「…いや、お前はそれでいいわ。間も無くあっちの女子達から発破がかかると思うしな」

生暖かい表情を浮かべる篠村に辻が尋ねるが、篠村は笑って取り合わない。

「なんにしろあの男は、つくづく非常識な男ですね……」

「お、お姉様…!少し位は評価を改めてもいいんじゃないかと私思うんですけど…いい話だと思いますし…」

頭痛を堪える様に頭を押さえながら中村の事を表する高音。お世辞にも高評価とは言えない高音の言い様に、身体を張って不幸な幽霊を救ったという美談に感銘を受けていた愛衣が中村のフォローを試みる。

「魔法関係者としてはいい話、で終わらせてはいけないのよ、愛衣。私も、あの男の心意気や曲がりなりにも事を落着させたその手腕自体を評価しない訳では無いわ。…でも私達には、失敗が許されてはいけないのよ」

「…はい……」

「まあまあ、その件に関しては各々思う所はあるけれど、相坂ちゃんの件はもう解決してるんだからさ。中村に免じて余り五月蝿い事は口に出さずにおこうよ」

諌める高音と落ち込む愛衣を、山下が取りなした。

「…それに、僕としても何だか、今更ながらに中村の行動力に教えられた気がしたからね。難しい状況なら、想いのままに突っ走って解決することもあるって、中村は証明してくれたよ」

「…なんだか解らんが、無茶はするなよ、山ちゃん」

何かを吹っ切った様に爽やかな笑みを浮かべる山下に、顰め面で豪徳寺が釘を刺す。

 

「よーう、遅れてすまねえなてめえら。ちっと探し物に時間喰ってよ。ネギ達ももう来てたか」

それから暫くして、ネギと3ーA陣が集合した後、最後に中村が姿を現した。喉元には今だくっきりと赤い跡が残り、両腕と背中にも包帯が巻かれたままだというのになんとも元気である。

 

「来ましたね中村 達也、貴方には集合時間に遅れた件も含めて言いたいことが腐る程あります」

「おーい篠村、お前の嫁がなんか五月蝿え、どうにかしろ」

「何てこといいやがるてめえ⁉︎」

「なっ…⁉︎誰が貴方の嫁ですか、巫山戯ないで頂戴‼︎」

「流れる様に理不尽な展開になったなオイ⁉︎」

「お、お姉様落ち着いて下さい‼︎」

「うわー照れ隠しじゃ無くてガチギレしとるわぁ高音さん…」

 

最早熟練の技で高音を篠村に押し付けた中村は、何故か小脇に携帯用の黒板とチョークを手挟んでいる。

「…中村先輩、その黒板は何ですか?」

早速疑問に思った夕映がそれは何のつもりかと尋ねる。

「おーうリーダー、こいつはなぁ…んん?どうかしたかよリーダー、悩んでそげじゃん?」

矢鱈と自慢気に答えかけた中村が、夕映を一目見て首を傾げ、様子がおかしいと指摘をする。

「…そういう所だけ鋭く無くていいんですよ、この男は……」

「あんだって?」

「なんでもありません。私の事はお気になさらず、私的な悩みです。それよりも、それは?」

「おうおうそうだったな。フフン、俺が口で説明するよりも見た方が早かろうて」

中村は勿体ぶって黒板を体前に持ってくると、何故か虚空を見やり、呼び掛ける。

 

「へーいさよちゃん(・・・・・)、こいつらに挨拶してやってー」

 

「「「「………は?………」」」」

 

思わぬ台詞に皆が固まる中、黒板に添えられたチョークがフワリと浮かび、カカカッ!と素早く文字が描かれる。

『はい、解りました中村さん!皆さん、お早う御座います。昨日は本当にご迷惑をおかけしました』

「だとよ?」

チョークが再び黒板の脇に仕舞われた後、中村が黒板をネギ達に翳した。

 

 

「成仏したんじゃなかったんですか相坂さん⁉︎」

「こらネギャ、てめえ自分の生徒があの世に行くことを望むたぁそれでも教師かゴラ?」

「そういう意味じゃ無えだろボケ!だって気がついたら消えてたじゃねえか相坂って娘⁉︎」

「なんか力使って疲れたから再び見えなくなったんだと。あの時は感情が爆発してたから皆にも見えてただけで、今はどう力んでも見える様にはならねって」

「…というか中村殿は見えているでござるか?」

「うんにゃ?ただ美少女センサーが反応すっから、近くに居ると何と無く居るって解るな」

「……なんともまあ」

「まあ中村、友達が欲しいっていうのが願いだったんだよね、相坂ちゃんって。中村が友達になったから満足して成仏したんだと思ったんだよ、少なく共僕は」

「あのなあ山ちゃん。友達が 欲しいとは確かにさよちゃんは思ってたが、じゃあ友達って何よ?一緒に遊んで駄弁ってたまに助けて助けられて、そんでもって何と無く一緒に居るもんたんじゃねえか?さよちゃんは俺と何一つ友達らしいことしてねえのに、成仏なんざする訳無えだろが、なあさよちゃん?」

『はい…お恥ずかしながら…』

「なーにが恥ずかしいもんかよ。消えんのなんざ何時でも出来らあ、先ずは目一杯遊ぼうぜさよちゃん‼︎」

「まず先に修業と登校だ馬鹿が‼︎」

 

楽し気に虚空へ話し掛ける中村と生き生きと黒板に踊るチョークを見て、辻はなんとはなしに脱力する。

 

「……うん、まあ凄い奴だよ、お前は」

 

 

 

『…中村さん』

 

「何よ?」

 

『…ありがとうございます』

 

「な〜に、いいってことよ」

 




閲覧ありがとうございます、星の海です。前半はアレな感じの辻でしたが中〜後半は完全にさよの回ですね。何十年も誰にも認識されず、楽しそうな同年代の少女達をただ見ているだけって気が狂いそうな位辛い事だと思うんです。UQホルダーでは三太君の様に幽霊系の詳しい説明もありましたので、さよちゃんは原作よりもあれな感じになりました。まあ小夜子ちゃんの様に土地神クラスの化け物にはならないでしょう……多分何)。…なんだか病み気味になった本作のさよです。作者が書くヒロインって、重いか病んでるかキチガイかのニッチな三パターンしか無い気がしますが、果たして需要はあるのでしょうか笑)中村はなんだか凄い馬鹿です、スライム、ドラゴン、ゴーストともう完全にド○クエですね何)次回は全体の動きを描いて、いよいよ学祭編でしょうか。相変わらず更新は遅れ気味ですが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。それではまた次話にて、次もよろしくお願いします。

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