…本当に斬れたなぁ。
辻は直前の状況を思い出し苦笑する。
全力で走ること早数分。程なく総本山への一本道へと入ろうかという時に、
『ふむ、ここからが結果の範囲内、一般人はそもそも道を認識出来ない使用になっているようだが……主』
「なんだ?」
『
「…何が?」
『結界が、だ。
フツノミタマは楽しげに辻に対して言い放つ。
『どうやら主には要らぬ気遣いだったらしい。
辻は黙ってそれを聞き、苦笑と呼ぶにはどうにも苦味の強い笑みを浮かべて言う。
「普通じゃ無いのは自覚してるよ。それよりも、
『無論。さあ目にもの見せてくれよう、主』
『小僧、舐めるなぁ‼︎』
辻の横合いにいた中身の無い甲冑が手にする槍で突き掛かる。
「…っ、ふっ‼︎」
辻は左に身を流しながらフツノミタマを斬り上げる。
カッ!と枝を裁断するようにあっさりと、柄までが鋼性の大槍が二つになった。
…斬れ味が良すぎて逆にやりにくいな。
斬った物の見た目と実際の感触が違う、というのは違和感がある。
…だけど。
体勢を崩した鎧武者に辻は踏み込み様、胴薙ぎを放つ。辻の手に硬いモノを断つ小気味いい感触が残り、鎧武者は綺麗に上下に分かれて消滅する。
…斬った感触はちゃんと
『ぬうっ‼︎』
人の身長程もある金棒を振り上げ、二匹の鬼が左右から打ち掛かってくる。辻は以前ならばあり得ないことだが、振り下ろされる剛撃に下から刃を振り上げ、真っ向から打ち合いにいった。
言うまでも無く刀で鋼鉄の金棒を斬り裂くなど普通は不可能だ。よしんば刀が折れなくとも、腕力差で吹き飛ばされるのがオチであり、どう考えても悪手である。
だが。
『『なぁ⁉︎』』
鬼達は驚愕する。振り下ろした金棒があっさりと両断され、ある筈の手応えを空振った鬼達は前のめりに体勢を崩す。
辻は更に踏み込み、鬼達の首を薙ぐ軌道で斬撃一閃。先程に比べれば何とも軽い手応えと共に、鬼の首が二つ、人形のように地面に転がった。
…認めるのは本当に癪だけど……
辻は瞬く間に味方を斃され、狼狽える式神達に突っ込み、手当たり次第に斬り付ける。まるで藁束のように両断され、次々と斬殺されていく式神達。手に持つ刀や金棒で防御を試みる者もいたが、あっさりと武器ごと両断され、意味を成さない。
…やっぱり断つのは、
『な、なんや。なんなんやあのガキぃ⁉︎』
無双乱舞と言わんばかりに残った群れに斬り掛かり、凄まじいペースで式神を斬り倒していく辻を見て大鬼が慄く。
…辻部長、ここまで……あれは、アーティファクトの力なのか?
防御がまるで意味を成していない辻の猛攻を見て、刹那は驚きを得る。
…だが、理由はどうあれこれは好機‼︎
「神鳴流奥義、雷鳴剣‼︎」
『ぐぉぉぉぉぉっ⁉︎』
刹那が振り下ろした剣先から迸る落雷が大鬼を飲み込む。大鬼は半身を焼かれつつも金棒を避雷針に直撃を避ける。
「決めさせて貰う‼︎」
『はっ、舐めるなやぁ‼︎』
「俺らも行くぜ、もたもたしてるとネギ達出て来ちまう‼︎」
「つーかさっき何かが入ってったんだけどあいつら大丈夫か⁉︎」
「僕も見えてたよ。不安だけど連絡手段が無い、今は残党狩りに集中しよう‼︎」
「篭らせていれば安全、という考えは甘かったか…だがまずは後顧の憂いを断つ‼︎」
中村達は集結して情報を共有し、木乃香達の安否を心配する。だが、悠長に携帯を鳴らせる程の余裕は無い。不安を押し殺し、式神達の残りを狩る方針に移る。
「…何処までも忌々しいガキやな」
猿鬼と熊鬼を傍らに置いた千草は憎々しげに呟く。
元々あそこ迄の数の差があって直、優勢に事は運んでいなかった。護衛の神鳴流剣士はいい、想定内の戦力だ。だが他のあからさまに素人臭い妙な格好をした四人、この連中が問題だった。
ぎゃあぎゃあと一般人らしく騒いでいる割には腕前だけは恐ろしい程立つ。端的に言えば「物凄く強い素人」四人の所為で押し切れない所か、主戦力の大半を返り討ちにされて手詰まりになった所に飛び込んできたのは先日戦り合った日本刀の男である。何やら以前の千草との戦闘とは段違いな暴れっぷりで次々と式神が倒されていく。そもそも千草からすれば月詠とあの男は闘っていた筈だというのに、千草と大した時間差も無く辿り着いている。月詠を苦も無く屠ってこちらに来たとしか思えず、それ程の戦力を持つ男が今あちらに増援として駆けつけるこの現状に、千草は理不尽を感じていた。
…お天道様に後ろ指を指されるような事をしている人間に、天は味方をせえへん。っちゅうことかいな…
あわよくば力を温存したまま事を済ませようとすればこれだ。どうやら立て篭もっているお嬢様の所に向かわせた数少ない防壁を越えられる連中もやられたようである。見事に何一つ上手く行っていない現状に千草は思わず笑いが込み上げてくるのを抑えられなかった。
「まあ、ええわ…」
千草は呟く。まだ彼女は、追い詰められてはいなかった。
「うら死ねやーっ‼︎」
「しぃっ‼︎」
『ぐふわぁ⁉︎』
『ぎゃああ⁉︎』
中村の蹴りで首をへし折られ鬼が吹き飛び、辻の袈裟斬りで鬼が二つに分かたれる。
「うわっははははははは‼︎
「決してタイミング伺っていた訳じゃないぞ⁉︎入って来たらああだった、だけだっ‼︎」
金属で出来た大蜘蛛を断ち割り、辻が返す。
「とりあえずもう何体も残っていないんだ。近衛ちゃん達が出てくる前にさっさと片付けてしまおう」
「辻、お前はあの眼鏡女を沈めて来い。仕組みは解らんが斬れるのだろう、その刀‼︎」
「とっとと終わらせちまおうぜ、辻‼︎こんな馬鹿げた騒ぎはよぉ‼︎」
他のバカレンジャーに辻は背中を押される。
「…大丈夫なのか?大した実力が無さそうとは言え、まだこっち結構な数がいるぞ‼︎」
辻の疑問に、不敵に笑って答える一同。
「雑魚共だけだ心配すんな‼︎手強い連中は一通り沈め終わってんだよ、いいから行け‼︎」
「桜咲後輩の方にも少なくない数が行っている、行き掛けの駄賃だ片付けて行け‼︎」
「…わかった‼︎気をつけろよお前ら‼︎」
「ああそうだ‼︎お前は失うなよ
「何泣いてるの中村気味悪いよ、巫山戯ないでよこんな時に」
「うるせー‼︎俺はなぁ、千載一遇のチャンスを棒に振っちまったんだぞ馬鹿野郎‼︎」
「何の話だ馬鹿共‼︎」
馬鹿四人の掛け合いを背中に浴びつつ、辻は駆け出した。
「間も無く風の障壁が消えます、明日菜さん、気を付けて下さい‼︎」
「わかってるわよ、ネギ‼︎いい、木乃香。絶対私とネギの後ろから離れちゃ駄目よ?」
「う、うん…」
切れ、風の壁が薄れて外の状況がネギ達の目に入る。
「あっ……!」
「ははっ…心配要らなかったみたいね……!」
「せっちゃん‼︎」
縮尺が元の状態に戻った道路上で、式神達から無数の煙がたなびき、異形の怪物達が薄れて消えていく。奥には千草が十体以下にまで数を減らした式神達に囲まれ、辻達と刹那によって包囲されていた。
「よっしゃあ‼︎なんでえ圧倒的じゃねえかよ旦那方‼︎」
「ネギ、あたし達も移動する?」
明日菜の言葉にネギは暫く考えてから首を振る。
「いえ、辻さん達があっちのお姉さんを倒してくれるまでここで木乃香さんを守りましょう。下手に近づくと邪魔になってしまうかも…」
「あっ⁉︎」
言葉の途中で木乃香が思わず、と言った様子で悲鳴を上げる。反射的に二人が前を向くと、千草が懐から取り出した大量の札をあたりにばらまく光景が見えた。
「これは……爆符か⁉︎」
刹那は自分達の周りを舞う大量の神札を見て叫ぶ。
「なんじゃそりゃあ⁉︎」
「言葉からして爆発するんだろ⁉︎ヤベえぞ‼︎」
「まだこんなモン隠してたのこの女⁉︎」
「ええい‼︎」
大豪院が横蹴りを繰り出し、札の一枚を蹴り破るが宙に舞う札の数は五十を超える。
「調子こいた罰やガキ共‼︎纏めて吹っ飛びぃ‼︎」
千草が気を送り込み、爆符が一斉に輝く。
「っ‼︎神鳴流奥義、百花繚乱‼︎」
刹那の放つ気の奔流が札の一部を吹き飛ばすが、半数程の札が周囲に残る。
「終わりや‼︎」
爆符が弾け、爆風の嵐が辻達を襲う、その寸前。
「神鳴流奥義‼︎ 斬魔剣 弐の太刀 百花繚乱‼︎」
剣撃の嵐が辻達の周囲を駆け抜け、舞狂う札を辻達諸共無差別に斬り裂いた。
「なっ⁉︎」
「ぎゃああ斬られた⁉︎お、俺はまだ、死ぬ訳には……!裏筋から大枚はたいて買った、アダルトDVD…まだ見てねえん、だ……!」
「どうでもいいことを今際の際に言い残すな!大体斬られてねえよ‼︎」
「いや、だが確かに斬撃は俺達を通ったぞ……札だけが斬り裂かれて、いる?」
「っていうか助かった……?」
「これは……‼︎神鳴流の斬魔剣、まさか⁉︎」
刹那が振り仰いだ斬撃の飛んできた方向には、多数の剣士と術士を連れ先頭にて剣を構える壮年の男性、近衛 詠春の姿があった。
「近衛、詠春…‼︎」
千草は歯噛みしながらその名を口にする。
「天ヶ崎 千草。貴女を捕縛します。抵抗したりこれ以上木乃香達に危害を加えようとするようなら、貴女を生死を問わずに此方は制圧する。降伏しなさい」
詠春は峻厳な口調で言い放ち、後ろの配下達が一斉に攻撃体制に入る。
「
「お父様⁉︎」
遠くから呼びかける木乃香と刹那の声に詠春は頷き、一転して柔らかい口調で二人に答える。
「木乃香‼︎怖い思いをさせましたね、もう大丈夫ですよ‼︎そして刹那君、麻帆良学園の皆さん。よくここまで木乃香を守り抜いてくれました、心から御礼を言わせて頂きます。後は我々に、お任せ下さい」
その言葉に、中村が慄いたように一歩後ろに下がる。
「なん、だと……そんなことが…」
「…中村、何が気に入らないのか知らないけど、大人しく任せようよ。後は、身内の組織の問題だよ」
山下の言葉をスルーして中村は叫んだ。
「めっちゃ似てねーー‼︎あの病弱そうなオッサンの遺伝子が混ざっといてどうやったらあんな美少女が生まれんだ⁉︎何よお母さんどんだけ美人なのよヤベェェェェェッ‼︎‼︎」
「そっちかよ⁉︎」
「手討ちにされるぞ
「でも誰も否定はしないんだな…」
「黙れ辻‼︎」
ギャアギャアと言い合っている辻達を余所に千草は詠春を睨みつけ、言い放つ。
「…これはこれは長、直々にお出ましとは、余程お嬢様がお大事になさっておられるようで。それとも、
憎々しげながらも何処か嘲るような千草の口調に、詠春の背後に控えていた神鳴流剣士の一人が激昂し、激しく千草を糾弾する。
「黙れ罪人風情が‼︎誰が貴様に抗弁を許した、大人しく縛に付け‼︎」
詠春は尚も言い募ろうとする配下を制し、固い調子ながらも静かに告げる。
「天ヶ崎 千草。大人しく抵抗せずに投降しなさい。この状況で貴女にこれ以上出来ることはありません。此方としてもここまでの事態を引き起こした貴女を問答無用に処刑して済ませはしません。貴女の言い分はゆっくりと時間を取って聞きましょう」
千草は詠春の言葉を聞いてくつくつと笑う。
「寛大なことですなぁ、長。私のような末端の味噌っかすにまでそのようなお言葉を掛けて頂けますか…」
千草はそこまで言ってから俯き、一拍置いて上げた顔は、巫山戯ていた中村や怒り心頭の配下達でさえ一瞬たじろぐ程の怒りに満ちていた。
「…そんな甘っちょろい
凄絶な怒気とそれに伴う気の発露に空間がビリビリと震える。
「…話し合う余地は無いようですね……」
詠春が剣を持たぬ左手を上げ、臨戦態勢の配下達が殺気を帯びて前に出る。
その危機的状況において、何故か千草の口元には笑みが浮かんでいた。
…それでええ。
この後に起こった致命的な事態について、辻達や詠春達の中に油断が無かったとは言えないだろう。欲目を言うなら詠春達関西呪術協会の増援が着いた時点で辻達は念には念を入れて木乃香の近くに移動するべきであったろう。そういった意味では、警戒心を薄れさせていたネギや明日菜も、目の前の千草を捕捉した時点で他へ警戒を止めてしまった詠春達も、それぞれに失態はあった。
だが、矢張りこれについては辻達一行を責めるよりも千草の執念を褒めるべきだろう。失敗の許されないここまでの戦闘で戦力を無駄に温存する意味は無い以上、ここでの奇襲に対応出来なかったのは、無理の無いことだった。
「
千草の呟きに応じるように
「…済まんな、姉ちゃん」
その少年ーー犬上 小太郎は木乃香の首筋を手刀で一撃する。
「あっ…!………」
短い悲鳴を上げ、くずおれる木乃香を小太郎は抱きかかえる。
「なっ……⁉︎」
「あっ、この‼︎」
ネギが驚愕して振り向き、明日菜が素早く反応してハリセンを打ち下ろす。が、
「悪いな、姉ちゃん」
パァン‼︎と破裂したような音を立てて小太郎の右手があっさりとハマノツルギを受け止める。
「ええ⁉︎」
「なっ、消えねえぞ⁉︎」
「俺は式神や無いねん。悪いな、ハリセンの姉ちゃん」
小太郎は力任せにハマノツルギを振り捨てる。
「わっ⁉︎」
「明日菜さん⁉︎この‼︎」
ネギが沈み行く小太郎に駆け寄るが、小太郎の方はそんなネギを見て、僅かに瞳を揺らすものの、取り合いはしない。
「…悪いな、チビ。お前と戦りおうて見たかったけど、相手してる場合や無いんや」
「おぃ⁉︎」
「木乃香ちゃん⁉︎」
「木乃香⁉︎」
「お嬢様⁉︎」
その場の全員が悲鳴を上げ、駆け付けようとするが、間近のネギすら辿り付けない内に小太郎は影の中に沈む。
「お嬢様が⁉︎」
「くっ……貴様ぁ⁉︎」
憤る配下に構わず千草は虚空に向け話しかける。
「コタはこのまま転移して指定の場所まで赴くわ。これで文句は無いやろ?」
そんな千草に詠春が刀を構え、千草に鋭く詰問する。
「…木乃香を何処へ連れて行ったのです?」
「長、それ聞いてウチが答え返すと思うとるか?」
クツクツと口元にてを当て笑う千草に、配下の一人が堪えきれずに飛び出した。
「舐めた態度もいい加減にしろ、裏切り者がぁぁぁぁっ‼︎」
その神鳴流剣士は刀に気を込め必殺の斬撃を繰り出す体制に入る。
「待ちなさい‼︎」
「ご心配召されるな、長‼︎殺しはしません‼︎」
制止の声を上げる詠春に答え、瞬動で間合いを詰めた剣士は斬撃を放つ。
「斬岩剣・弍の太刀‼︎」
千草は護符も障壁も意味を成さない必殺の一撃を前に、やれやれといった感じに首を振り、告げる。
「やられフラグ立ててやられにくんなや、三下」
ふっ、と唐突に、千草と剣士の間に人影が現れる。その黒衣の青年は剣士に向けて手を翳し、ポツリと呟く。
「なっ⁉︎」
「
現れた黒い嵐が驚愕する剣士を真面に飲み込み、詠春達の方へ突き進む。
「っ‼︎斬魔剣 ・弍の太刀‼︎」
先頭の詠春が刀を一閃。黒の濁流が二つに裂けて霧散し、青白い顔で痙攣する剣士が地面に落ちる。
「必殺の斬撃も、放てな意味無いわなぁ」
嘲る千草を余所に、黒衣の青年は淡々と詠唱に入る。
「ヴェロス・オニムス・ザムウェルス・来たれ火の精風の精 焼き尽くせ焼き尽くせ焼き尽くせ 猛き風乗りて迸れ 其は陵辱の使徒」
青年が両腕を掲げ、手の中に紅蓮の業火が現れる。
「
言葉と共に凄まじい大火の奔流が詠春達に向け放たれた。
「西洋魔術師か⁉︎」
「お下がり下さい、長!ここは私達が‼︎」
詠春の前に陰陽術師達が立ちはだかり、各々が手に護符を構える。
直後、火炎の嵐が詠春達一行を包み込むが、球状の結界が一行を囲み、猛火は完全に阻まれていた。
「くっ何という威力だ…!」
「だが生憎だな西洋魔術師‼︎この人数相手にたかが一人で対抗できると思ったかぁ⁉︎」
声を掛けられた黒衣の青年は、大儀そうに溜息をつき、面倒臭い、と呟いてからぞんざいに告げる。
「別に…お前らと半端に強いそこの大将を動けなくするのが俺の狙いだからさぁ……勝ち誇られても困るんだけど……?」
「なに……?」
黒衣の青年の言葉に意味がわからない、と首を傾げる配下達。そんな中、詠春はハッと周りを見回し、叫ぶ。
「直ぐに防壁を解き、散開しなさい‼︎」
「長…?」
「何を……?」
まだ火炎が防壁を炙っている中でのその言葉。周りの配下が怪訝そうに詠春を振り仰いだ瞬間、その言葉は静かに結界内に響き渡った。
「
直後結界内を、灰色の雲が満たした。
「…………は……………?」
中村が掠れた疑問の声を洩らす。
その場の誰もが、目の前の光景を信じられずに固まっていた。
木乃香を油断から攫われた事実を各々受け入れる暇も無く、その失態を悔やむより先に
「…やったか?」
「まあね」
地面から這い出てきた白髪の少年に黒衣の青年は声を掛け、少年は答える。
「あっさりとしたもんだな、まあ楽に終わったからいいけど…」
「最も、近衛 詠春はレジストが間に合ったみたいだけどね」
「へぇー、
灰雲が晴れ、そこには石像と化した神鳴流剣士、陰陽術士の姿があった。その中央で詠春は、体の各所を灰色に変えつつも、刀を杖にして少年と青年を見据えていた。
「…私が、抵抗すらも碌に出来ない…石化魔法。……何者、ですか……?」
息を切らし、問いかける詠春に、二人は答えを返さない。少年が指を掲げ、朗々と詠唱に入る。
「ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト・小さき王八つ足の蜥蜴邪眼の主よ その光我が手に宿し 災いなる眼差しで射よ」
「
少年の指の先に光が宿り、レーザーの如く詠春に突き刺さる。
「…!木乃…香……‼︎」
動かぬ体に顔を歪め、娘の名を最後の言葉として、関西呪術協会の長、近衛 詠春は石像と化した。
「……流石の手際やなぁ」
言葉の内容とは裏腹に渋い調子と顔で千草が賞賛を送る。
「そらどーも」
「こちらは引き受けよう。貴女は儀式の場所へ」
青年はぞんざいに返礼し、少年は事務的に淡々と必要事項だけを告げる。
「…わかっとるわ」
どうにもすげない対応に千草は肩を竦め、転移符を取り出しつつ、辻達の方を見やる。
「…っ‼︎天ヶ崎 千草‼︎」
視線を受け、呑まれていた刹那がようやく我に返り、千草に向かって吼えるが、千草は気にもせずに薄く微笑み、告げる。
「あんたらもこれで終いやなぁ。まあ怨むなとは言わへんわ、せいぜい呪詛でも吐いてウチを呪っときぃ。あんたらに出来るのはそれ位や」
言い捨て、千草の姿がかき消える。
「…はいはい、それじゃあ……」
「君達の相手は、僕達がやらせて貰うよ」
こちらに向き直る黒衣の青年と白髪の少年。その視線を受け、辻が乾いた笑いを浮かべて呟く。
「……なんか、正直無いんじゃないか?この超展開は………」
絶望的状況が、幕を開ける。