お馬鹿な武道家達の奮闘記   作:星の海

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16話 それぞれの覚悟 キチガイ?剣士と奇妙な刀

「姉ちゃん、今なら近くには神鳴流の護衛しかおらんで。ましてやあないな格好や、今がチャンスなんやないか?」

屋根の上、辻と月詠が会話している様を監視していた小太郎が、そこからやや離れた位置にいる木乃香と刹那に視線を移し、千草に提案する。

「…………………」

千草は答えず、目を細めて木乃香と刹那を見やりながら何事かを考える。

そんな千草に業を煮やしたように小太郎は尚も千草をせっつく。

「姉ちゃん!今なら大仰な仕掛け使わんでもお嬢様攫えるで‼︎もう決闘も始まりそうやわ、姉ちゃんがやらんなら俺が…」

「……妙やな」

小太郎の言葉を遮るように千草が呟く。

「え?何がや?」

怪訝そうに返す小太郎に千草は告げる。

「護衛共の対応がや。全員揃ってついてきておきながら、刀持ちのガキに加勢するでも無くこっちの伏兵を探るでも無く、ただ突っ立って眺めとるだけやないか、アンタは妙やと思わんか、コタ?」

千草の言葉に小太郎は唸って首を傾げるが、やがてポンと手を打ち、千草に告げる。

一対一(タイマン)張っとる奴らの邪魔をするんは男らしくないからや!同じ理由で一対一(タイマン)申し込んできた奴が応援呼ぶとは思っとらんのとちゃうか姉ちゃん⁉︎」

「アンタの思考は昭和の番カラか。そないな奴らが護衛やっとる訳ないやろが阿呆」

呆れたように千草がツッコミを入れる。

「阿呆はないやろが阿呆は。木偶人形やあるまいし、突っ立ってるだけの連中の考えなんてわかるわけ無いやろ。じゃあ姉ちゃんは何やっちゅうねん?」

不満そうに小太郎が問い返す。

「それがわからんからこうやって……」

そこまで言いかけ、千草は何か引っかかるものを感じ、口を噤む。

「…?姉ちゃん?」

不思議そうに尋ねる小太郎を無視して千草は思考を働かせる。

…なんや、ウチは今何に引っかかった?

千草は考え、先程の会話を思い返す。

…連中の考えとる事はわからん、いやその前にコタが…………っ⁉︎

「まさかあんガキ共っ⁉︎」

「ね、姉ちゃん?」

急に大声を上げた千草に小太郎が戸惑ったように声を掛けるが、それに構わず千草は文様が描かれ、上部に「遠」と描かれた札を取り出し、額に当てる。

暫くして千草が足下に札を叩きつけ、叫ぶ。

「あんガキ共!一昨日(おとつい)の意趣返しのつもりかい…‼︎」

「ど、どうしたんや千草姉ちゃん⁉︎」

激しく悪態をつく千草に小太郎が慌てて尋ねる。千草はそんな小太郎に対し、若干の焦りを滲ませつつ、告げる。

「コタ‼︎今すぐ移動や、あんガキ共身代わり立ててとっくに逃げよった‼︎」

「…っはあっ⁉︎」

小太郎は驚愕と共に叫ぶ。

 

 

 

「はーっはっはっはっはっはぁ‼︎今頃さぞ吠え面かいてんだろうよあの間抜け共‼︎自分もやってた癖に引っかかってやんのプークスクス!ざまぁぁぁぁぁぁぁっ‼︎‼︎」

「五月蝿えよ馬鹿村、黙って運転しやがれ‼︎」

只管にウザい調子で来ない追手を嘲笑う中村に助手席に座る豪徳寺が怒鳴る。

中村達一行は辻を決闘に行かせるに当たって、どうせこの場も監視をされているのでコッソリ逃げ出しても直ぐにバレるだろうと予測を立てた。ならばどうすれば時間が稼げるかと考え、刹那が持っていた身代わりの紙方に目を付けた。これに辻以外の全員の姿を取らせて辻について行かせれば、上手くすれば気づかれずに逃げおおせるし、最悪でも多少の時間稼ぎにはなるだろうと考え、実行したのである。

幸い、人数分の枚数はあったので辻に身代わり達をつけて日本橋に向かって出発させ、中村達は目立たないように時間をおいてバラバラに衣装屋から抜け出た。

そして、中村がシネマ村の従業員が使用する古いタイプのワゴン車を直結させてエンジンをかけ、乗り込んでシネマ村を後にしていた。

「しっかしなんでお前こんなスパイ映画みたいな特技持ってるんだ?」

「馬ー鹿何かの役に立つかもしれねえだろ?できる男ってのは全てを華麗に行うものなんだよ」

中村は自慢げに答える。

「正直犯罪臭しかしない特技だけどね…」

「と言うか貴様免許持ってないだろうが、なぜ運転できる?」

「どっかの学園都市出身のチンピラなヒーローも言ってたぜ、運転に必要なのはカードではなく技術だってよ」

ふっと笑って中村は言う。

「この先輩私らの知らない所で何やってんのかしら……」

「ま、まあそのお陰でこうして逃げられているんですから、今回は良しとしましょうよ!」

「そうそう、細かい事は言いっこなしだぜ‼︎」

明日菜のそら恐ろしげな視線に、ネギが慌ててフォローし、カモがしたり顔で頷く。

「…皆さん、まだ油断は禁物です。術士には様々な追跡手段がありますから」

刹那が車内の真ん中の席で、木乃香と隣合わせた状態で言う。

「…せっちゃん…このまま逃げられるんかな……」

不安そうにする木乃香に、刹那は軽く微笑みかけ、心配は要らないと首を振る。

「とはいえだいぶ距離は離しました。この調子なら…」

「あれ?桜崎、次はどっちに曲がればよかったんだっけ?」

刹那の言葉の途中で中村が刹那に尋ねる。

「……?先程の角を曲がれば後は直線ばかりの筈でしたが…」

「ええ、マジか?道間違えたかねぇ?」

「いや、これまで桜崎後輩の指示通りに道を通ってきたはずだ」

中村の疑問の声を大豪院が否定する。

「…って言うかよ?さっきから景色が変わってなくねえか?」

助手席の豪徳寺が、ふと疑問を上げる。

「…とりあえず、また左に曲がってみるぜ」

首を傾げながらも中村が左にハンドルを切る。

暫く直線が続き、一同の乗った車はまた二股の曲がり角に着く。

「……今度はどっちだよ?」

「…いや、待ってください。そこの信号機の案内板、さっきと全く同じものですよ⁉︎」

ネギが異変に気づき、指摘する。

「ええ⁉︎ど、どーなってんの⁉︎」

明日菜が狼狽の声を上げる。

「…まさか、これは………」

刹那が何かに気づいたように声を上げる。

 

 

 

「無限方処の咒法?」

黒衣の青年が相変わらず気怠そうに尋ね返す。

「うん、万が一標的に逃げられた時のために、天ヶ崎 千草が総本山へ行く道の途中に仕掛けておいたみたい」

白髪の少年が淡々と返す。

「…はーん、抜けてる所もあるが用意は周到な女だな……」

どうでもいいけどな、と呟きつつ、黒衣の青年は億劫そうに腰を上げる。

「…移動、するかい?」

「手出し無用ったって、最低限やる事はやらないとだろ……」

面倒臭い、と呟き、黒衣の青年と白髪の少年は部屋を後にする。

 

 

 

「…つまり一定の範囲内を、俺たちは延々ループしているってわけか?」

「はい。この空間内の何処かに隠された印がある筈ですが、それを壊さない限りここからは出られないでしょう…」

豪徳寺の言葉に、刹那が歯噛みしながら返す。

「どうしようか……敵の包囲から逃れてきたと思ったら、逆に相手の陣地に誘い込まれた形になったね…」

「…まさか、迎えが一向に来なかったのも同じ理由で何処かの結界に巻き込まれているのでは無いだろうな……」

大豪院が厳しい表情で吐き捨てる。

「明日菜……」

「…大丈夫よ、木乃香…」

不安げな木乃香を安心させるように明日菜は返すが、不安な心の表れか、明日菜の口調にも何処と無く元気が無い。

「兎に角、何とか脱出する手段を考えましょう」

ネギの言葉に頷く一同。

「さっさと抜け出して総本山にいかねえと追いつかれちまいそうだしな」

中村はそう言い運転席から外に出て、前触れもなく側にあった道路標識に蹴りを入れ真っ二つにへし折る。

「…何をやっている、お前は…」

「いや、どっかに脱出するための印みてえなものがあるんだろ?だったら手当たり次第ににぶち壊していくしかねーじゃねーか」

大豪院の問いかけに中村はあっけかんらんと答える。

「虱潰しにやってったらキリが無ぇだろこんなもん」

「何かしら、ヒントとか法則がなければ厳しいだろうね…」

豪徳寺と山下が難しい顔で唸る。

「…兎に角、行動しなければ始まりません。私とネギ先生であたりを見て回って、術式的な痕跡がないかを調べましょう。先輩方と明日菜さんはお嬢様の護衛をお願いします」

刹那の言葉に従い、一同は脱出の為動き出した。

 

 

 

「…よし、なんとか引っかかってくれたみたいやな」

ハンドルを握り締め、千草は安堵の息をつく。

「咒法に掛ったんやったら急ぐこと無いわ、姉ちゃん。あの連中の合流を待とうや」

隣の小太郎の言葉に首を振る千草。

「連中はサポートはする言うてても結局真面に戦力としては期待出来ひん。それに、本山の連中もいつまで足止めが有効かわからんからな。ウチらで畳み掛けて掻っ攫う、ええなコタ」

「…わかったわ」

「それでええ。もう着くで、準備しい」

そう言って、ハンドルを切る千草を横目に見ながら小太郎は決意する。

…千草姉ちゃんに無理はさせられへん。

…俺がやるんや。

 

 

 

「ああもう面倒臭ぇぇぇぇぇぇっ‼︎何処じゃ出口はあぁぁぁぁぁっ⁉︎」

中村が、手当たり次第に脇の電柱や標識や岩などを拳足で破壊していく。

「…だから、闇雲に其処らぶっ壊しても見つかるわけがねぇだろうがあの馬鹿は」

豪徳寺が溜息と共に呟く。

「うるせー‼︎だからってじっとしていても出られる訳じゃねえだろうがスカしてんじゃねーぞリーゼント野郎‼︎」

聞こえていたらしく中村が怒鳴り返す。

「…中村の言うことにも一理あるけれど、手掛かり無しに探していたんじゃどうやったって敵が追いつくほうが早いよね…」

厳しい表情で山下が呟く。

「辻から連絡も無い。あちらがどうなっているのかもわからない以上、一刻も早く脱出しなければならないのだが…」

道路脇の樹木を叩きつつ大豪院がひとりごちる。

と、その時、信号機周りを調べていた刹那が、懐から仮契約(パクティオー)カードを取り出し額に当てる。

「辻からか⁉︎」

「桜崎ちゃん、辻はなんだって?」

刹那は暫く応答をしていたが、やがて額からカードを外し、中村達の方へ向き直る。

「…辻先輩は、月読という神鳴流剣士を激破したそうです」

その言葉に、中村があたりの破壊を止めニヤリと微笑む。

「そうかやったかあいつ、やっぱやる時はやる男だな辻は」

「念話の様子からは、相当に消耗している様子でした。かなりの激戦だったのでしょう」

僅かに微笑んで桜崎が返す。

「辻の側には、その月詠という女以外に敵はいなかったのか?」

大豪院の質問に刹那は頷く。

「既に辻部長は警戒しながらシネマ村を出たそうですが、今のところ襲撃には遭っていないそうです」

「と、なるとやっぱりこっちに来ているね、敵は」

表情を険しいものに変え、山下が言う。

「そう見るのが妥当でしょう。ですから私の提案ですが、当初の予定を変更して、辻部長にはこのまま直接総本山に向かって頂くというのはいかがでしょうか?」

刹那の言葉に、ネギが成る程と頷く。

「僕たちが通ったコースを避けて、総本山に増援を呼びに行ってもらうんですね」

ネギの言葉に刹那は頷く。

「総本山の術士に対応してもらえばこの結界内から逃れる事は可能でしょう。それまでに敵が追いつくかも知れませんが、私たちが粘っている間に増援が駆けつけてくれれば、こちらの勝利です」

「その案でいこうぜ。正直敵の術士の腕が相当なもんなのか、兄貴や刹那の姉さんじゃぁ結界から抜け出せそうにはないからな」

カモの言葉に反対を唱えるものは誰もいない。刹那は一つ頷き、再び辻と念話を始める。

「辻部長、追って貴方にお願いがあります。私たちは、今敵の張った結界にに捕らわれて身動きの取れない状況です。辻部長は、今から私の言ったルートを避けて…」

「おっと、そこまでにしとき。どうせ無駄足になるさかいなぁ」

刹那が、辻に指示を出している最中に、いきなり道路から外れたところにある、雑木林の中から声がかけられる。

全員が一斉にそちらに身構えると、林の中から出てきたのは、はたして天ヶ崎 千草の姿だった。

「おやおやそちらさんから、しかも一人で出てきてくれるとはまぁこちらからすりゃありがたいこったぜおい」

バキボキと指を鳴らしながら中村が笑って言う。

「おうおう、威勢いいなぁ小僧。自分の状況わかって言っとるんか?」

千草は全く怯まずに、笑ってそう返す。

「西の術士‼︎既に我々は協会において主流の長の一派に連絡をとった!関西呪術協会に今や貴様の味方をするものは一人としていない、大人しく投降しろ‼︎」

刹那の鋭い舌鋒に、しかし千草は動じない。

「阿呆くさ」

詰まらなそうに千草は吐き捨てる。

「ウチが最初(ハナ)っからあんな日和った平和ボケ共に何か期待しとるとでも思っとるんか自分?ウチはなぁ、己が住んで暮らして、生きてる(・・・・)所を腐らせるような輩共が、吐き気がする程嫌いやから‼︎こうしてあんさんらの前に立っとるんや。寝ぼけたこと抜かすなや、ひよっこ剣士」

千草のすげない拒絶の言葉に、場の空気が一気に緊迫する。

「…なら近衛ちゃんを狙うのは止めないし、この場で僕らと相対する、ってことだよね?」

山下が目を細め、背後に木乃香と明日菜を庇いつつ告げる。

「ウチが何しに出てきたと思てんねん。当たり前やろ」

「…ならば今度こそ、潰させてもらおう」

大豪院が構えを取り鋭く告げる。

「てめえ一人で挑んでくるとは、いい度胸してんじゃねーかよメガネ女ぁ」

中村がジリジリ間合いを詰める。

「木乃香さん、明日菜さん、下がっていて下さい‼︎」

ネギは杖を構え、いつでも呪文を放てる体制を取る。

臨戦態勢に入った中村達一行を見て千草は笑って言う。

「… 一人か…まぁ確かにそうやな。うちは確かにたった一人で、裸一貫ここに来た…いや裸一貫は間違うてるなぁ。知っとるか?ガキ共、使える術の総量が器によって決まっとるんは、東も西も変わらんわ」

でもなぁ、と千草は笑い、

「陰陽師が魔法使いと違う点は、事前準備によって、ある程度の力を蓄えておくことができる点や。一般で言う防御のための護符を大量に持っとったりするんがその一例やな」

「…何が言いたい」

滔々と語る千草に、刹那が警戒しつつ尋ねる。

「ああ、回りくどい言い方してすまんなぁ。つまり……こういうことや(・・・・・・・)

言葉が終わると同時に、空間内に突風が吹く。千草は懐から大量の札を取り出し、その突風に乗せるようにして空間内に札をばらまいた。

「なんだ攻撃か⁉︎」

「数が多すぎて種類の判別がつきません‼︎下手に動かずに様子を…」

「ああ、大丈夫や。直ぐにわかるわ(・・・・・・・)

言葉と同時に樹木や標識、道路や岩に貼り付いた札が淡く発光する。刹那が近くの一枚に目をやると、複雑な文様の中、崩した字で「雷獣」と描かれている。

……式神の召喚符⁉︎………

「…まさか、これ全てが……!」

その意味(・・・・)に気づき、青ざめながらの刹那の言葉に、千草はニンマリと笑い、

ご名答や(・・・・)

「オン・キリキリ・ヴァジャラ・ウーンハッタ」

ズン…!と、一瞬空間が震える。札が光に包まれ、その中から無数の異形の影が這い出してくる。

ある者は身の丈十尺を越える蒼ざめた肌を持つ、鋭い牙と爪、角を合わせ持った異形の人型。

ある者は闇から抜け出たような漆黒の体毛を持ち、狼と猿を掛け合わせたような、二本足で立つ全身が帯電した異形の獣。

またある者はしなやかな光り輝く金毛を全身に蓄え、あり得ぬ程に吊り上がった赤い瞳を持つ成人男性程の大きさを持つ巨大な狐だった。

総勢にして百を超えそうな(あやかし)達が一行を包囲していた。

「っっ⁉︎⁉︎……………………」

全員から言葉にならない、驚愕の呻き声が洩れる。

……あり得ない⁉︎

刹那は目の前の光景を、夢かと疑った。通常、陰陽師が一度に呼び出せる式神の数は、どれほどの腕の持ち主でも十体を超える事は無い。それが術者の精神力、体力の限界なのだ。だがどう見ても、今の千草はその限界を容易く突破し、下手をすれば一個中隊にも勝る程の戦力を召喚している。

…何故………⁉︎

「鳩が豆鉄砲喰らったような顔をしとんなぁ」

額に汗を滲ませながらも、千草がクスクスと笑う。

「なんも不思議な事は無いわ。さっき説明してやったやろが」

…まさか⁉︎

「貴様、これ程の式神を呼び出すだけの気力を、前もって保有しておいたと言うのか⁉︎」

「そうや」

信じられない、とでも言いたげな刹那の問いかけを千草はあっさりと肯定する。

「馬鹿な、ありえねぇぜ⁉︎何時から準備していたのかしらねぇが、こんな数の式神、何もせずに維持しているだけでも相当に消耗するはずだぜ‼︎ましてやこの女、陰陽師として仕事をこなしながらこれをやったってのか⁉︎下手しなくても命が縮むぞ⁉︎」

カモの叫びに千草は僅かに首を傾げ、言う。

「せやなぁ小動物。お前の言う通りや。…で、それがどうかしたんか(・・・・・・・・・・)?」

「……イカれてやがるみてぇだぜ?」

中村がひきつった顔で言う。

「イカれているでも狂い人でも好きないようにいい、それをあんたらの遺言にしたるわガキ共」

『なんやなんや、こない大量に呼び寄せといて、やらせんのは餓鬼の相手かいな?』

一際巨大な鬼が千草に向かって咎めるように言い放つ。

「油断しとったら消えるのはあんたらやで。払うものは払たんや、グダグダ言わずに言うこと聞きぃ」

千草の言葉にゲッゲッゲッと異様な声で笑う妖達。

『おお、主さんは怖いなぁ。それで、こんガキ共どうすりゃええねん』

狐の面を被った着物姿の女がおどけた様に尋ねる。

千草は中村達の方に振り向き、尋ねる。

「で、どうするんや?大人しくお嬢様を引き渡すんやったら、なんもせずに見逃したるで?」

千草の言葉に、木乃香がビクリと身を震わせ、隣にいた明日菜に縋る。

明日菜は木乃香をしっかりと抱き竦めると、中村達の方を向く。中村達は、それぞれ顔を微妙に引き攣らせながらも頷く。明日菜はそれを見てこちらも微妙に顔を強張らせながらも頷く。そして明日菜は千草の方を向き、微妙に声を震わせながらも、言い切った。

「ナメんじゃ無いわよ、イカれ女」

「…さよか……」

千草は笑みを消し、周りの異形達に手を振り宣言した。

「真ん中にいる黒髪の女の子以外は殺しぃ」

決戦が、幕を開ける。

 

 

 

「………ヤベェじゃねえかよぉぁぁぁっ⁉︎」

狭い車内で辻が上げた叫びに、運転していた初老のタクシードライバーがビクリと体を震わせる。

辻は、刹那たちの後を追ってシネマ村を出て、タクシーを捕まえて総本山の近くへ向かっている所だった。刹那から念話が入り、指示を受けている途中に、向こうに敵が現れ、繋がっていた念話越しに辻は刹那達の状況を把握していた。刹那から念話で既に返事は来ない。それ程向こうの状況がヤバいと言うことだ。

「…あ、あのお客さん……」

「ああ、大声出してすいません。兎に角、最初に伝えた場所の近くまで車を走らせてください」

「は、はい……」

…あ〜完全にやばい人間だと思われてんだろうなぁ……

何しろ辻は普段着にこそ着替えてはいるが、その手には未だ日本刀が握られている。と、いうかよくタクシーが停まってくれたものだ。

…でも、そんなことを気にしている場合じゃない。

辻は考える。今から総本山に向かって応援を呼んだとして、刹那達の状況は相当逼迫している。正直、駆けつけるまで刹那達が無事でいるとは思えない。

…だからといって俺だけで駆けつけても、結界内にいる人間にそもそも自分が辿り着けるかどうかすらわからない。

…どうする………

辻が八方塞がりな状況に半ば絶望していると、何処からか声が聞こえる。

『…随分とつまらないことで悩んでいるな、主よ』

……ん?

辻は辺りを見回すが、当然タクシードライバー以外に人の影は無い。

……空耳か?

『何を言っている、私はここだ』

………………………まさか………

『そう、私だ』

その声は、次の持っているカードの中から聞こえてきた。

「………お前、誰だ?」

その辻の問いかけに、響く声は微かに笑い、辻に言葉を返す。

『誰だ、とはご挨拶だな。貴方の刀だよ主』

……………………………………。

「……フツノミタマ(・・・・・・)?………」

『そう、私はフツノミタマ(・・・・・・)だ、以後、よろしくお見知り置きを、主』

その声は、まさかと思った辻の言葉をあっさり肯定してきた。

辻は暫し硬直してから、天を仰いで背もたれによりかかり、大きく息を吐き、思った。

……ああ、今日から俺、自分の刀に話しかけるような痛い人間にジョブチェンジか。

『何やら失礼なものの言い方だな、主』


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