「あはは、賑やかで楽しいなあ」
新幹線の車内は麻帆良女子中等部、3ーA生徒の賑やかな声で満たされていた。持ち込んだカードゲームでお菓子を賭けての可愛らしい真剣勝負に勤しむ者達や、席で静かに読書を満喫する者。はたまた早朝に出発したことによる睡眠不足の解消に自席で励む者。殆どに共通しているのは旅行特有の何処か浮かれたハイテンションだ。
そんな中ネギはクラスの生徒達に異常が無いかを確認しつつも、周り同様、はしゃぎ気味の上機嫌で歩む。
「おいおい兄貴、いくらなんでも浮かれ過ぎなんじゃねえか?」
定位置の肩の上でカモがやや呆れたように言う。
「うん、でも楽しめる時は楽しめ、って辻さん達が僕に言ってくれたから…油断してるつもりは無いけど、近くに辻さん達が居てくれるって思うと凄く安心できるんだ」
「兄貴……そうっすね。必ずしもこんな朝っぱらから妨害があると決まったわけじゃ無し、万一何かあっても鬼強の旦那方がいりゃあ安心ってもんだ。前向きに楽しんで行きましょう、兄貴!」
「うん、カモ君!」
ネギは頷き、対戦している夕映やハルナ達に話しかけに行く。それを横目に見やりながら、カモは思う。
…そうだよな、兄貴はまだ子どもなんだ。
アルベール・カモミールは自戒する。カモはネギと明日菜を煽り、エヴァンジェリンと対決させる方向に
持って行った。カモはそれについて後悔はしていない。エヴァンジェリン相手に逃げ隠れた所で相手は手段を選ばずネギを追い詰め結局はやられていただろう。だからこそ少しでも勝機が出るようにカモは茶々丸を撃破しようとしたのだ。しかし、
…兄貴に対してかかる負担ってのを俺っちも軽く見ちまってたな…
辻達にエヴァンジェリンの一件を預けた時の、申し訳なさと情けなさが入り混じりながらも、何処か肩の力が抜け、ホッとしたようなネギの表情をカモは覚えている。
…無理してねえ筈無いんだよな。
…俺っちも兄貴の負担を少しでも減らせるように動かねえとな。
そう決意しつつネギを見守るカモ。
最もこのオコジョ、木乃香の魔力や明日菜の身体能力に目を付け、隙あらばネギの役に立ち、ついでに自らの懐も潤う一石二鳥を狙って
「兄貴、そういや旦那方は何処にいらっしゃるんで?」
カモの内心をおくびにも出さない問いかけにネギは首を傾げる。
「うーん僕もわからない。ただ出発前に来たメールではすぐ近くに居るようにするって」
「そうっすか…後ろの方の車両っすかね?」
「多分…。でも今は仕事に集中するよ。あ、亜子さん、大丈夫ですかー?」
ネギとカモは生徒の方に駆けて行く。
「うーん、やっぱこっからじゃ様子はよくわかんねえな」
車両を繋ぐ扉の覗き窓に張り付いていた中村が首を振り、離れながら言った。
「まあ当たり前だけどね。三両も離れてるし」
座席に座った山下が溜息と共に言う。
「…なんでグリーン車が貸し切りになってんだろうな?全席取ってあるのに一人も乗っていないしよ」
「…学園側のテロ対策か何かか?」
「まあ前の車両の方は麻帆良の生徒で満員だから意味が無いわけじゃないだろうけどなぁ」
辻達はグリーン車を挟んでの後方の車両に乗車していた。早朝にも関わらず、周りの席は全て埋まっており、
悪目立ちする辻達に乗客達からはあまり友好的ではない視線が飛んできている。
それもそのはずであり、辻達は全体として見ればこれ以上無く異様な集団であった。
まず辻と大豪院におかしな点は無い。辻はゆったりとしたTシャツにジャケット、下はいざという時に動きを阻害しないよう履き古して柔らかくなり、色もいい感じに抜けたジーンズである。大豪院は黒で統一した大きめのスラックスにワイシャツ、足下の動き易さを考え、丈夫な布のブーツを履いていた。ここまでなら問題は無いのだ。
「…やりたく無いけどここらで突っ込んでおこう。まず豪徳寺、別に隠密行動している訳でも無いけど、俺達は悪い意味で麻帆良では顔が売れてる。だから中等部の先生や生徒と言えども正体がバレたら学園側に通報、最悪杜崎先生が降臨して俺達は連れ戻された上でジ・エンドだ。そこら辺ホントにわかってるか?」
辻の言葉に対して豪徳寺は自信満々に頷き、
「当たり前だろうが。だから俺の輝く漢のシンボルにしてトレードマークたる命の次に大事なポンパドールを断腸の思いで今日はキメて来なかったんだぜ?これなら俺だとはそうそうわからねえだろ」
「…確かに貴様だとはわからんだろうが今の貴様は誰がどう見てもヤクザだ」
豪徳寺は自慢の前髪を後ろに流し、ポマードで撫でつけオールバックに、服装はグレーのスーツに黒のトレンチコートを纏っていた。ガタイも見事な為何処ぞの武闘派ヤクザか殺し屋のようである。
「なんでんな目立つ格好にしたんだよ」
「いや、イメージが変わればいいと思っててな。お前らもてっきり変装してくるもんかと思ってたぜ。」
「正体わからなきゃいいってもんじゃ無いんだよ。後をつけてて警察にでも通報されたら結局同じことだろう」
「あ?なんで通報なんてされんだよ?」
「…お前は脳味噌は比較的まともだが服装センスは昭和の感覚だと忘れていたよ」
大豪院が額を抑えつつ呻く。
まあ最も最後の二人に比べれば豪徳寺はまだ『危なそうな奴』で済むだけマシなのかもしれない。
「山ちゃん、お前という奴は…」
「えっ、なになに?目立つ色合いでも無いし京都に合わせて和装にしたんだけど?」
本気で不思議そうに尋ね返す山下の格好は桜の意匠が萌黄色の生地に散りばめられた、一見やや女物に見える以外は何の変哲もない着物だが、よく見れば桜色の花びらの中に所々赤いものがあり、更によく見ればそれは花びらでは無く小さな手形である。おまけに萌黄の生地も、目を凝らすと彼方此方に歪んだ人の顔のような模様が入っている、実に猟奇的な着物であった。足下は目に焼きつきそうな程鮮烈な朱塗りの下駄、鼻緒まで血のように赤い。着物が一見まともなだけに嫌な意味で眼を惹くワンポイントお洒落である。
「貴様やる気があるのか、山下?」
「え、いやだから地味でしょ?持ってる柄で一番地味ながらも目立たない所でセンスの光る、我ながら絶好のチョイスだと思うんだけど?」
「「……………………」」
無言で座席に沈む辻と大豪院を見て首を傾げる山下。なんとも残念なイケメンであった。
「トドメにお前だよ馬鹿!自分は関係ありませんって顔してんじゃない‼︎」
「あ?俺の何に文句があんだよ?」
「全部だ馬鹿が」
大豪院が吐き捨てる。
中村は赤地に所々黒や緑のラインの入ったラバー製の身体にぴったりとしたボディスーツで身を固めていた。顔は目元のデザインが炎に見える赤い覆面で覆っている。端的に言うなら戦隊もののレッドがそこに居た。はっきり言おう、変態である。
「一応弁明は聞いてやる、その格好はなんだ?」
青筋を立てながらの辻の質問に中村は得意げにフッと鼻を鳴らし、
「これで中身が俺だとはわかるまい、どうだ完璧だろ?」
「あー確かにな、正体がわからないという一点を除いて致命的にあらゆる活動に向かない上に通報されるという問題を除けば完璧だ」
「これで一応考えた結果だからもうどうしようも無いな、このカスは」
終わった、と辻は項垂れる。
そもそも新幹線に乗れたのが奇跡のような面子である。何もしなくても国家権力が戦力を半分程削って行きそうな状況でネギの護衛など出来るのだろうか。
…なんで服装位事前に統一しなかったんだろ、俺?
余りにも迂闊な前準備に自分を呪う辻。この悪友達が服一つ取っても一筋縄でいかないのは解りきっていたことだというのにだ。
「「「きゃああああああっ‼︎」」」」
後悔の海に沈んでいた辻の耳に甲高い複数の悲鳴が聞こえる。
「なにぃ⁉︎」
「え、もう襲撃か何か⁉︎」
「行ってる場合か行くぞ‼︎」
「辻、死んでいる場合か立て‼︎」
「言われるまでも無い‼︎」
辻は棚に置いてあったゴルフバッグを引っ掴み先頭を行く変態(バカレッド中村)に続き走り出す。
自動扉が阿久のももどかしく無人のグリーン車を通り抜け三つ目の車両を通り抜けると、先頭の中村がいきなり停止した。
「ブッ⁉︎」
余りに急過ぎる停止に制動が間に合わず、中村の背中に激突する辻。幸いにして、三番手の山下は辻に激突することはなかった。
「っ痛ぅ…お前なにやって…」
中村に文句を言いかけた辻は途中で言葉を飲み込む。普通車とグリーン車の境目に見覚えのある少女がこちらに長大な太刀の柄を握り、油断無くこちらを見据えていたからだ。
「…桜咲……」
「…辻部長?……」
その少女ーー桜咲 刹那は辻の姿を見て、鋭い眼光を放っていた目を見開き、柄から手を放す。
「桜咲、なんで…っていや、いるに決まってるか、修学旅行だ。さっきの悲鳴はなんだ?」
刹那は何故か表情を曇らせ、辻から目を逸らしながらも、辻の問いかけに答える。
「…恐らく関西呪術協会の嫌がらせです。奥にはカエルが溢れていますが皆に危険はありません」
「カエル?」
辻の後方にいる豪徳寺が疑問の声を上げる。刹那はそちらを見て頷きかけてから固まり、今度は正面にいる戦隊レッド(中村)を見て、冷や汗を流し始めながら辻に顔を向け問うた。
「…あの、辻部長。お連れの方達は一体…」
「わからないのも無理はないが答えは一つ……何時もの面子だ」
「………そうですか」
沈痛な表情で辻が答えると何事か察したらしく、刹那も痛ましげな表情になり返事をする。
「…いや、呑気に喋ってねえで前の様子を見に行こうぜ、お前ら」
中村が珍しいことに正論を言い、辻もハッとして前に出ようとするが、
「待ってください、大丈夫です」
一歩左に動き、立ち塞がった刹那に押し留められる。
「おい邪魔すんなよ他称
「馬鹿の後半の戯れ言は聞くな、桜咲後輩。とはいえ俺たちは無事かどうかは己の目で確かめる。道を開けてくれ」
「できません。あなた方は今だ
大豪院の言葉を刹那は冷たく切り捨てる。
「おいコラ後輩、あんまナメた口をきいてっと後悔すんぞ?」
「止めろ中村。桜咲、向こうの全員に本当に危険は無いんだな?」
辻の言葉に刹那はまた微かに狼狽を見せながらも、無言で頷く。
「わかった、ここは任せるよ桜咲。一旦戻ろう、お前ら」
辻の言葉に中村達が一斉に反拍する。
「おい
「無いのはお前の格好だ。いいから行くぞ」
「おい辻…」
「頼む。俺に免じて引いてくれ。本当に大丈夫だ」
豪徳寺の言葉を押し留める辻。
「桜咲、任せていいんだな」
刹那は頷き、そしてその表情が陰る。
「…
辻はその言葉に頷く。
「ああ、
辻と刹那は目を合わせるが、直ぐにお互い目線を切り、互いに背を向け歩き出す。
「いや、ねえ…辻さ」
「諦めろ山下、辻は何か考えがあるらしい。後で説明して貰うぞ、辻」
辻は頷き、バカレンジャーは車内を後にした。
「さて、説明して貰おうか、辻」
新幹線後部の席に戻った一行、大豪院が辻に問いかけると辻は一つ頷き話し出す。
「まず第一に、俺達はネギ君と違って誰に頼まれてここに来たわけじゃ無いってことだ。あっちには事情を知ってるネギ君や桜咲だけじゃなくて3ーAの娘と一般の先生がいる。さっきも言ったけど俺達は顔が売れてる、よしんばばれなくても絶対に俺達は印象に強く残る。この後も俺達はネギ君をフォロー出来る距離で集団について行かなきゃならない。なら新幹線にいた段階から後をついて来ていたとバレるのは非常にまずい。麻帆良の魔法関係者に俺達がいると判明した時にどういう対応が取られるのかはまだわからないが最悪強制連行なんでこともあり得る。先々のことを考えると今の段階では手を出さない方がいいと俺は思ったんだ」
辻の説明に四人はうーむと唸りながらも辻に聞き返す。
「だけどよーいざって時にんなこと心配してたら何も出来ねんじゃね?」
「勿論今の場合だって魔法使いやら陰陽師やらが襲撃をかけて来たなんて場合だったなら誰が止めようと駆けつけるさ。でも今回はカエルが沸いただけでせいぜいが牽制か嫌がらせ程度のものだ。それ位の騒動なら首を突っ込む方が危険だと俺は思った」
「辻よ、魔法関係者にバレるのがまずいなら桜咲にもうバレちまってんじゃないのか?」
「桜咲は恐らく俺達のことを報告する気が無い。数日前に俺との勝負で、俺は首を突っ込むと既に断言してるんだ。桜咲が修学旅行で何かあると知っていれば俺達が来るのは予想出来る筈だ。現にさっきの桜咲は俺を見て軽く驚いていたけど意外そうな様子じゃ無かった。なのに俺達が今こうして新幹線に乗っていられるってことは、桜咲は学園側に報告していないってことになる。俺との勝負の約束を守ってくれてるのか他に理由があるのかはわからないが、ともかく桜咲に関しては俺達の存在はバレでも問題無いよ」
淀み無い辻の説明に中村と豪徳寺は成る程な、と納得する。
「いろいろ考えて行動しなきゃいけないってことか」
「正直めんどくせーが招かれざる客はんなもんか」
「待て、それでは説明がまだ半分だ」
大豪院が辻に問う。
「確かに徒らに俺達は姿を現せんというのはわかった。しかし辻、お前の考えは殆どが桜咲後輩から得た情報を確認もせずに事実としての前提で成り立っている。お前は桜咲後輩と普段から接しているし随分桜咲後輩を買っているのも知っている。だが辻、桜咲後輩はネギに不審な対応をしている魔法関係者の一員なのだ。お前には不愉快な話かもしれないがあちらにどんな思惑があるかは全くわからんのだ。桜咲後輩がお前を騙そうとしているとは言わんが、少し盲目的に信頼し過ぎでは無いか?違うというなら桜咲後輩の言葉が正しい根拠を見せろ」
大豪院の言葉に辻はなんとも言えない顔になり、頭を掻きながら辻は語った。
「ああ、うん、そうだよな。お前の言うことは最もだよ大豪院。だから本当ならちゃんとした理由を説明したいんだけど…」
辻はすまなそうに頭を下げ、言った。
「申し訳ない、まともに理由が説明出来ないんだ。俺はただ、桜咲なら大丈夫だって思っただけだから」
その言葉に大豪院が眉を上げ、山下が苦笑しながら辻に言う。
「辻、流石にそれはどうかと思うんだけど…」
辻は頷き、なおも語る。
「うん、わかってるんだ、理由になってないのは。でも、俺は何でか、桜咲が言うなら信じられるってそう思ってる。強引に理由をつけようとすれば幾つかあるんだ、桜咲は学園側に心証が悪くなるかもしれないのに俺に勝負を挑んだからとか、さっきも言ったけど俺達のことを報告していないからとか。でも、俺が桜咲を信頼できるって思うのは、そういう理由ありきのものじゃなくてさ」
辻は桜咲 刹那という少女を思い返す。辻がしつこく勝負を挑む度に、しょうがないですね、とでも聞こえてきそうな微苦笑を。剣道部のバカップルとじゃれている時にこちらを見て浮かべる小さな、でも楽しげな笑顔を。帰り道、成績のことに辻が触れた時の珍しい狼狽を。様々な桜咲 刹那を辻は見てきた。
だからこそ、辻は確信している。
「もう随分あいつを見てきたからさ。何と無くわかるんだ。桜咲は嘘をついて無いしこっちを心配してくれてるだけだって。見ていてそう思ったから、俺はあいつを信じようって。…そう決めたんだ、俺は」
辻が語り終えると場には沈黙が降りる。辻は一つ頷き、頬から一筋の汗を流した。
…うん。…納得して貰える筈ないよな、こんな話。
どうしようかと辻が割と必死に考え、兎にも角にも言葉を重ねようとする。
「え、えーとな、まあなんで言うか…」
「もういい」
辻を遮って大豪院が溜息混じりに言う。
「毒気を抜かれた。お前がそこまで言うなら、信じよう、桜咲後輩をな」
大豪院の言葉に辻は目を瞬く。
「え…納得してくれるのか?」
「するもしないも代案がある訳じゃないし、悪い子じゃ無いとは僕も思うしね」
山下が笑って言う。
「それにしても、なぁ」
豪徳寺がむず痒そうな様子で辻に告げる。
「お前よくあんな恥ずかしい台詞真顔で言えるよな」
「正妻の貫禄を俺は見た。ご馳走様です」
マスク越しで表情は見えないが君が悪い程朗らかな声で中村が言う。
「誰が正妻だ誰が。桜咲は俺の連れ合いじゃ無いし、そもそも俺が『妻』はおかしいだろ」
「いや、今回ばかりは中村に賛成だね」
否定する辻に山下が追い打ちをかける。
「なんつうかさっさと告白しろよ辻」
「桜咲はそういうんじゃ無いんだよ!」
「あの台詞の後では説得力が無いな」
「大豪院‼︎お前もか⁉︎」
その後半泣きで恐る恐る近寄ってきた新幹線の運行員に注意されるまで中村達に辻はいじられ続けた。
余談だがネギに対して新幹線内ではフォローがしにくい旨を山下が後でメールを送っていた。山下、気遣いの男である。