「うわ、ちょっとホントに大丈夫なの先輩達?」
「酷い怪我やんか〜なにやったか知らんけど無理したらあかんえ」
病室に可愛い女の子二人がお見舞いに来た。
…まあ、後輩の神楽坂ちゃんと近衛ちゃんだけど。
「問題ねえよアスニャン。あと三日も寝てりゃ退院できるって医者が言ってたからな」
「誰がアスニャンよ誰が。まあでも自業自得よね〜試合しててヒートアップして殺し合いみたいな乱闘になったとか」
「うるせえぞバカレッド。今回はやり過ぎただけで毎度毎度やってるんだ俺達は」
「さっきから不名誉な呼び方やめてくれない⁉︎誰がバカレッドよそっちなんてバカブルーの上にリーゼントのくせに‼︎」
「ああ⁉︎今俺の頭を馬鹿にしやがったなお前、大体お前がリーゼントって言っている俺の前髪部分はポンパドールという名前だぁ‼︎」
「どーでもいいわよ‼︎」
ギャーギャーと角突き合わせる二人をそれぞれ友人が宥めに入る。
「まあまあアスナ〜お見舞い来たのにケンカしたらあかんえ〜」
「こっちもだよ豪徳寺。後輩の女子相手にいきり立つな、みっともない」
「「ぬぐ……」」
バツが悪そうに押し黙った二人を余所に、辻と木乃香は会話に華を咲かせる。
「ごめんね近衛ちゃん。ウチの奴らは血の気が多くてさ…」
「いえいえこちらこそ、気にしてませんえ。辻先輩、お友達とケンカなんかしたらあきませんえ〜、友達とは仲良くせな」
「うん、君に言われるとなんだか身に沁みるね。仲が悪い訳じゃないから安心して、じゃれ…あい……の延長みたいなものだから、うん」
「その延長上は随分遠くにありそうだね、辻」
「うるさいよ山ちゃん。少なくとも険悪じゃないだろ、俺達」
「まあね」
「…つぅぅぅぅじぃぃぃぃぃぃぃっ‼︎‼︎」
割り込んで来たのは血涙を流さんばかりの凄まじい形相の中村。
「テメ、コラビショウジョジョシチュウセイトイチャイチャシヤガッテウラヤマシイゾオレニモソノコウウンヲワケヤガレェェェェェェッ‼︎」
「日本語で言えよ。わからないから」
「…ごめん、やっぱり一部険悪かもね」
「…いつも通りの馬鹿騒ぎ、だな…」
大豪院が嘆くように呟く。
「じゃあそろそろ帰るわ、お大事にね、先輩達」
「じゃあ先輩達、安静にしてなきゃいけませんえ〜」
「はい‼︎仰せのままに近衛木乃香様‼︎」
「中村、五月蝿い。じゃあ神楽坂ちゃん、近衛ちゃん、また」
「も〜木乃香でええってゆーてるやないですか〜」
「そんな風に親しげに呼んでいいのは親しい友人と家族と恋人だけです、異性の先輩なんかに呼ばせちゃいけません」
「え〜〜…」
「固ったいわねー、辻先輩」
「本当にな、そんなんだからお前は桜咲とも…」
「豪徳寺、黙れ。お見舞いありがとう、二人共」
「イチャイチャしてんじゃねー‼︎」
中村の叫びをスルーしつつ辻達は明日菜と木乃香を見送った。
「…だあ〜元気に振る舞うのも疲れんなぁ」
二人が去って暫くしてから中村がベッドに倒れ込みながら怠そうに唸る。
「傷はすっかり塞がっているけど体力がガタ落ちだね」
「また鍛え直さねえとな」
「寝ている時間が無駄だ。煩わしいものだな、入院とは」
「…そういえば病院には行っても入院する程の怪我なんて高校に上がる前の一回っきりだな」
辻はふと昔のことを思い出す。昔はここにいる全員、ここまで仲良くつるんでいなかったし、手合わせもずっと凄惨な形だったものだ。
ある意味これも中二病かと辻が苦笑していると病室のドアがノックされた。
「はい、どうぞ」
山下の言葉にドアを開け、中に入って来たのは、先程帰った筈の明日菜だった。
「あれ?どうしたよ明日菜っち。忘れもんか?」
中村の言葉に首を振る明日菜は何やら先程までと違い、何処と無く元気がない。
「…どうした、神楽坂」
大豪院の言葉に明日菜は、一瞬言い淀むが、辻達に向けて話しだす。
「…ちょっと、先輩達に謝りたくて…」
「謝る?何をだよ」
中村の言葉に明日菜は顔を上げ、
「エヴァちゃんとの一件よ。なんか私、ネギから話し聞いただけで先輩達が話をつけてくれるなら安心だって、単純に考えてて、そしたら先輩達危うく死にかける位の大怪我したって…。ネギなんかにもあの人達本当に強いんだから大丈夫よ!なんて軽く言っちゃってたし、なんだか軽い気持ちで先輩達にとんでもないこと任せてたな、って」
明日菜はそこで言葉を切って辻達を真っ直ぐ見据え、はっきりと言った。
「私は戦いの事とか全然わかんないし、エヴァちゃんの実力とか、そういうのわかってても先輩達が任せろって言ってくれてたら、ネギに行かせるよりいいと思って結局任せてたと思う。でも先輩達に無理させといて私、なんて言うか、誠意って言うの?が、足りないと思ったの。知らんぷりして苦労だけ押し付けて、いいことじゃないから。だから謝りに来ました。大変なこと任せて、大怪我させてすいませんでした‼︎それから、ネギを助けてくれてありがとうございました‼︎」
よく通る気持のいい声で、明日菜ははっきりと謝罪に御礼を申し上げた。その潔さと言うか真っ直ぐな様子に、辻達は一瞬呆気にとられた後、揃って苦笑する。
…なんて言うか芯が強いなぁ、この子は。
「どういたしまして、神楽坂ちゃん」
「気にすんな、やりたくてやったことだからよ」
「ネギにも言ったが結果オーライなだけで大したことは出来てねんだよ、俺達」
「うむ、ひとまず礼と謝罪は受け取るが、この話はこれきりだ」
「そういうこと。仮にも先輩なんだから、いざという時にはこれくらいは、ね」
辻達は口々に明日菜に告げた。それに対して明日菜も笑って頷き、もう一度頭を下げてから踵を返す。
「じゃあ先輩達、今度こそさよなら。木乃香待たせてるからもう行くわ」
「応、じゃあまたなー」
「ネギ君にもよろしく」
明日菜は元気よく帰って行った。
「…なんて言うか、大物になるね、あの子」
山下が苦笑して言う。
「だな」
豪徳寺もしみじみと頷く。
「さて、実は今日もう一回客人が来るんだぜ」
暫しの時が流れ、各々余暇を過ごしていると、中村が唐突に何か言い出した。
「なに?」
「どういうことだ、中村?」
「貴様…また何か企んでいないだろうな」
「ろくでもない考えなら逃げるぞ、俺」
警戒する四人に中村は不敵に笑い、
「なーに如何わしいこっちゃねえよ。ただ入院してるっつーのに顔も出しやがらねえ俺んとこの空手部やポッチンの中武研、山ちゃんの合気柔術同好会、薫っちのリーゼント部の連中と違って何処かの誰かさんの部活は大変部長想いでなぁ。部を代表して三人程お見舞いに来てくれると連絡があっただけの話だ」
「「「「待てや(ってよ)」」」
四人が声を揃えてツッコンだ。
「まず僕らに人望が無いみたいな言い方をやめてよ。大怪我なんて麻帆良の武道系部活じゃ珍しくないから来ないだけだって、見舞いは」
「それはそれとして何処かの誰かって後話に出てないの俺だけだろバカ村」
「そもそも何故辻では無くお前に連絡が入る」
「なによりリーゼント部ってなんだ!そんなもんに入ってねーよ‼︎」
暫しギャアギャア言い合ってからようやくひと段落つき、
「待て、聞くけれど三人って誰と誰と誰だ」
辻がようやくその疑問に到達する。
「いやぁ〜言わなくてもぶっちゃけ想像つくだろ」
「…答えろ。その面子に桜咲は入ってるか」
「さっすが
言葉の途中で辻は跳ね起きて窓から逃走しようとした。ちなみにここは五階である。
「捕まえろぉぉぉぉぉっ‼︎」
中村の叫びにこの時ばかりは全員従い、辻の体はあっさりと拘束された。やはり怪我の影響は大きいようである。
「放せぇぇぇぇぇ‼︎」
「辻、何で逃げるのさ」
「桜咲が来るからだよ!」
「いいじゃねえか別に。茶化さないぜ俺達」
「そういう問題じゃない!」
「勝手に死にかけて部活を休んだからバツが悪いのか?」
「それも少しはあるけどもっと気まずい案件があるんだよ!」
「ん?何よ照れ臭いだけかと思ったらなんかあるわけ?」
中村の言葉に辻は暴れるのを一旦止め頷く。
「約束破ってしまったんだよ。そのことを後悔はしてないけど、やはり顔は合わせ辛いんだ」
「約束…?」
「なに、それ?」
「わ、私以外の女に負けたら許さないわよ!先輩‼︎って奴か?」
「気持悪いわ中村。辻、何かは知らんがそういつまでも避け続けていられまい。珍しい馬鹿の気回しだ、腹を決めて謝ってしまえ」
「ぬ……」
辻は唸る。大豪院の言葉は正論であり、単に自分が勝手にビクついているだけなのだ。案外桜咲も気にせず普通に接して来るかも…
『どうか、お願いします』
無いな。
「だから逃げんな、辻‼︎」
「ええい、吸血鬼相手にあれだけタンカ切れる癖に何故ここでヘタレる貴様は‼︎」
「五月蝿い、放せお前らぁぁぁぁ‼︎」
騒ぎの中、病室のドアをノックする音が響いた。
「は〜いちょっと待っててくれ、今ラッキースケベイベントを起こす為に辻を適当に脱がすから」
「剣道部の連中じゃ無かったらどうすんだよ、お前」
幸い、この馬鹿な返答を聞いていたのはお目当ての連中だったらしい。
「ええ⁉︎ちょっと、初っ端から飛ばしすぎじゃあないの中ちゃん⁉︎」
「だがその意義や良し‼︎桜咲、約一分後に突撃だ!ポイントは顔を赤らめながら手で目を押さえ、しかし指の間から相手の大事な所を凝視だぞ‼︎」
「先輩方、病院では静かにして下さい」
最後に聞こえてきた声に辻は硬直し、観念したようにがっくりと項垂れる。
「よし、諦めたか、山ちゃん、大豪院!辻を脱がすぞ手伝え‼︎」
「「……せえ、の‼︎」」
「ふがっ⁉︎」
豪徳寺に後ろから羽交い締めにされている辻に指をワキワキさせながら近寄る中村を、山下と大豪院は無言で背後から抱き締め、ツープラトンで中村を脳天からジャーマンスープレックスで叩きつけた。中村は濁った悲鳴を上げ動かなくなる。
「さて、阿呆は片付けた」
「うん、次は桜咲ちゃんの両脇の阿呆共だね」
「そんな訳だからよ辻。邪魔者は潰してやるが逃げんのも無しだ」
「……わかった」
「
「うん。…どうぞー」
「っしゃー突撃‼︎…あれ、部長脱いで無いじゃゴフッ」
「え⁉︎なになにちょっベフッ⁉︎」
入ってきた三人の内、両脇の二人を大豪院と山下が割と容赦の無い勢いで首筋を手刀で打撃、副部長カップルは仲良く白目を剥いて倒れた。ちなみに辻も刹那も気にした様子は無い。
「……桜咲、暫くだな」
「…部長」
僅か四、五日ぶりではあるが、二人は再会した。
「……お怪我は大丈夫ですか?」
「あ?ああ、傷は塞がったから、後は疲労が抜ければ直ぐ退院できる」
「…そうですか、それはなによりです。こちら、剣道部合同での見舞品です」
「…うん、ありがとう」
傍目にも直ぐに見てわかる程、なんだかギクシャクしている二人だった。
「…どうする、予想以上に雰囲気が固いぞ」
「…うん、どうしようか、これ」
「…俺ら一旦出て行った方がいいんじゃねえか?」
隅でヒソヒソと話す三人を軽く睨み付けてから、辻は内心で大きな溜息を吐く。
…どうしようか。
色々言いたいことも謝りたいこともあるのだ。それに、自分の予想が正しければ、桜咲は…
「部長」
「ん?」
刹那が沈黙を破り、辻に声をかける。
「大事なお話があります。出来れば二人で話したいのですが、よろしいでしょうか?」
「あ?…あ、ああああ、わかった。屋上にでも行くか」
「お手数をおかけします。…先輩方、申し訳無いのですが…」
「ああ、僕らのことなんて全然気にしないでいいから!」
「そうだそうだ、辻とは好きなだけ時間かけて話していいぞ!」
「この
豪徳寺達の言葉に刹那は無言で一つ頭を下げ、辻を促す。
「…では部長、ご足労願います」
「…わかった」
刹那について歩き出しながら辻は思う。
…桜咲、今の言い方は多分に誤解を招くぞ。
…馬鹿三人の意識あったら大惨事だったな。
「行ったね」
「ああ、行ったな」
「…色っぽい話だと思うか?」
豪徳寺の言葉に三人で顔を見合わせ、
「「「…無いな(ね)」」」
声を揃えて言った。
「なんだか空気が深刻そうだったしな」
「少なくとも色恋沙汰では無いね」
「まあ、時期からして、エヴァンジェリンとの死闘に関連しているのだろうが…」
うーんと三人で首を捻るが答えは出ない。
「…ま、辻が帰って来てから話してくれるのを期待しようぜ」
「だね」
「さて、今の内に馬鹿共を縛り付けるとしよう」
馬鹿三人の緊縛中にノックの音が再び響いた。
「え?もう帰って来た?」
「いや、流石に早すぎるし辻ならノックはしねえだろ。客か?」
「…来客の多い日だな」
「まあいいけど。どちら様ですかー?」
「…俺だ、杜崎だ」
その意外な来客に三人は顔を見合わせる。
「…なんで杜崎が来るんだ?」
「さあな、魔法関係か?」
「単に補習のプランニング伝えに来たのかもよ。…この連中このままでいいかな?」
「構わんだろう」
「杜崎なら面子で大体の事情は理解するだろ。入っていいぜー杜崎!」
「先生を付けろ、軍艦頭」
ドアを開け、杜崎が入ってくる。が、その後ろからもう一人と一体、続く影があった。
「なっ⁉︎」
「ええっ⁉︎」
「…貴様」
「養生しているか、武道家共?」
無言で一礼する茶々丸を後ろに控えさせたエヴァンジェリンはそう言い、笑った。
「本当に体は大丈夫ですか部長?」
「大丈夫だって。伊達に鍛えちゃいないよ」
辻と刹那は病院の屋上にやって来た。既に陽が落ちかけており、綺麗な夕焼けがシーツのはためく中、佇む二人を照らしていた。
「…部活の方、どうなってる?突然こんな風に休んですまない、迷惑しただろ?」
「いえ、怪我なのですから、仕方ありません。あんな風に騒いでいましたが副部長達は部長をとても心配していたんです。部員への指導も部長がいないのだからとしっかり真面目にやっておられました。ですから、お気になさらず。治療に専念して下さい」
「そうか、囃し立てるのは許さんがそこだけは感謝だな…」
辻は微かに笑い、刹那を見る。刹那も苦笑しつつ、辻を見返して来た。
「…それはそれとして。そろそろ本題、入るか、桜咲」
「…はい」
刹那は頷き、話し始める。
「まず、何よりも先にこれだけは。…本当によくご無事で。よく、生きておいででした」
怜悧な美貌の中にも安堵の表情を微かに浮かべ、刹那は辻を労った。
「…そんな言葉が出てくるって事はさ、桜咲。お前も…」
「はい。ご想像の通りです」
隠していたことを詫びるかのように、何処か申し訳無さげに刹那は言った。
「私も、魔法関係者です、辻部長」
「あんた、何しに来やがった、吸血鬼女」
ベッドから立ち上がり、豪徳寺が拳を構える。
山下は素早く中村の元に屈んで縄を解き、大豪院が顔面を蹴り上げ叩き起こした。
「痛ぇっ⁉︎誰だこの野郎、折角いい夢…」
「中村、非常事態」
「あ?…そうかよ」
目覚めて文句を捲し立てようとした中村だが、山下の真剣な声に、刹那の戸惑いの後、腕を回しながら警戒態勢に入る。
それらの対応を見てエヴァンジェリンは笑う。
「日和っていなくて何よりだよ。一度負けた位で尻尾を丸められては興醒めだったのでな」
負けの言葉に鋭くなる三人の目線にますます愉快そうにエヴァンジェリンが笑みを深めるが…
「エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。不要な挑発は止めろ。敵対行動と見なすぞ」
杜崎の鋭い目線にエヴァンジェリンは肩を竦め、
「お堅いことだ。まあいい、遊びに来た訳でも無いからな」
「…てめえ、モリー。なんでこのババア連れて来やがった」
エヴァンジェリンの顔を目にした中村が目を細め、杜崎に尋ねる。
「好き好んで連れて来たわけではない。学園長の元へ連れて行く仕事を任さられているが、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルが先に病院へ用件があると言うのでな。監視を兼ねて同行したのだ。ここに寄ったのはついでらしい。勝手な話だが、この女はまだ立場上は学園防衛の一職員なのでな」
不本意そうに鼻を鳴らして言う杜崎にエヴァンジェリンは愉快そうに、
「どいつもこいつも鼻息が荒くて結構なことだ。なに、心配するなよ武道家共、物騒な真似をしに来たのでは無い。少し聞きたいことがあってな」
「…聞きたいこと?」
「一体なんだよ?」
警戒しながらも尋ね返す中村達にエヴァンジェリンは杜崎に対し親指を指し向け、質問する。
「お前達、私と闘り合おうと決める前に
「やっぱりか…」
辻は納得する。ネギに会うのを止められていたのは、それが理由か、と。
「なあ桜咲、一つ聞いていいか?」
「…はい、何なりと」
刹那は表情を真面目なものに変え、承諾した。
「ちょっとお前のプライバシーに関わる内容で恐縮なんだけどさ…」
「?…はい」
僅かに訝しげな様子の刹那に、
「…お前が近衛ちゃんと仲良く出来ないのはその所為か?」
辻は尋ねる。見ている先で、明らかに刹那が顔を強張らせ、体を固くするのを見てとった。
…ああ、やっぱり。
…近衛ちゃんをどうでもいいと思ってる訳じゃ無いんだな、桜咲。
「…なんで、そんなことを聞くんですか?」
「気になるからさ、そして手前勝手ながら心配だからだ。言うまでも無いことだろうけど、近衛ちゃんはお前と仲良くしたいらしい。お前がもし魔法だのなんだので近衛ちゃんと話せないなら」
「辻部長には関係ありません」
辻を遮り刹那が告げる。心無しかいつもより硬く、冷たい口調で。
「……そうだな、俺は確かに無関係の部外者だ。不躾な問い方をした、すまない」
辻はそれを聞き、僅かに辛そうに顔を顰めるが、不作法を謝り、頭を下げる。
「あ……っ………」
それを見て刹那は一瞬、後悔するように顔を歪めるが、無理矢理平静な顔に戻り言葉を紡ぐ。
「…失礼しました。ですが、近衛さんとの事は、私が望んでこうしています。…口出しは無用に願います」
それを聞いて辻は心の中で反論する。
…違うだろ、桜咲。
…少なくともお前、
だが、辻はそれを言葉で表しはしない。今言っても、目の前の少女には届かないだろうと辻は感じていた。
「俺達があんたに挑むより魔法関係者に相談して対応して貰った方が良かった、と?」
「端的に言えばな。貴様らは少々短絡に過ぎるが馬鹿では無い。坊やから話を聞いていたなら結局そうする方が利口とは思わなかったか?私に挑んだ時も、私が黒だとわかったなら上に掛け合った方が確実に片が付くと考えなかったか?お前達は所詮素人だ。坊やから聞いた話だけで私に対して全てを
エヴァンジェリンの言葉に中村達は黙り込む。エヴァンジェリンも答えを急かすようなことはせず、黙して待つ。杜崎は先程からむっつりと言葉を発しないでいた。
そしてまず、山下が口を開いた。
「貴女の言う通り、僕達は素人だ。だから最初の方は、ネギ君の言う上の人にかけあって対応して貰おうと思っていたよ、貴女の言うようにね」
ただ、と山下は続ける。
「ネギ君から事情を聞くにつれてどうにも違和感を感じたんだ。貴女はここに封印されて学園の警備をやってるらしいけど元々は賞金首の犯罪者だ。正義の為、正しいことの為に魔法を使うなんて題目を掲げてるここの人達とは相容れないだろう。そんな貴女が例え十五年経っているからといって学園の生徒の血を吸い、挙句の果てに英雄の息子なんていう大層な肩書きのネギ君を襲う、なんて派手な動きをして誰にも見咎められずに済むものかな?」
「また同様に」
大豪院が後を引き継いだ。
「先程も言った通りネギは生まれもそうだが本人曰く最年少で魔法学校を卒業、十歳にして魔法使い見習いとしてここで教員として働いている。そんな優秀で経歴から何から目立つ少年だ。ここの関係者からは放任されていると考えるより、期待や注目を集めていると考える方が自然ではないか?にも関わらず明らかに様子のおかしいネギに、魔法関係者が様子を伺うことすら誰一人行わなかったということが偶然であり得るか?」
「俺には難しいことはわからねえが」
豪徳寺が語る。
「ネギは絡繰の嬢ちゃんに襲撃までしたんだぜ?そこまでやって魔法関係者は誰一人事態を察知してなかったのか?…諸々考えて、俺達はネギ君に一件をまかされてから、魔法関係者達が何らかの事情であんたの行いを黙認してるんじゃねえかと考えた」
そこで言葉を切って豪徳寺は杜崎を見やる。
「どうなんだよ、杜崎。あんたらはそこの吸血鬼の行動もネギの様子と行いにも、全く気付いてなかったのか?」
問いかけられた杜崎は、何も言わない。ただ黙って中村達を見返している。その瞳からは、何も伺うことは出来なかった。
「…何も言わないか、それとも言えねえのか、杜崎よ」
中村が目を細め尋ねるが杜崎は答えない。エヴァンジェリンがくつくつと笑い、中村を制する。
「その位にしておいてやれ、空手屋。大人には止むに止まれぬ事情というものが往々にして有るものだ」
「てめえの言葉でなんかあんのが確定じゃねーか」
エヴァンジェリンを睨み付けながら中村が言う。
「とにかく俺らぁなんか臭えと思って連中がネギをあえて放っといてると仮定したんだわ。理由は知らねえ、検討もつかねえよ。ただ、どんな理由があるにしろ、苦しんでるガキを黙って見てる連中なんざロクな奴らじゃねえと思ってよ。そんなんに頼っても役には立たねえから俺らでやった。そんだけだ」
中村は杜崎を見る。杜崎は相変わらず何も言っては来ないが、瞳の奥には何か揺れるものがあるように中村は感じた。それでも中村は告げる。
「あんたは厳しくて俺らからすりゃめんどくせーが同時にちゃんと教師やってんだなと思ってた。でもあんたらが本当にネギの状況黙って見てたなら、ガッカリだぜ、杜崎」
「勿論、証拠なんてありませんし、仮にそうだったとしてもこんなのは事情も知らないガキが正義漢ぶって偉そうに糾弾してるだけです。僕達に貴方達に何かを否定する資格なんて無いんでしょう」
「それでも俺達はどんな理由があろうと
「んな格好悪い大人には頼らねえ、が俺らの結論だ。何か俺達に言うことはあるかよ杜崎。説教でも反論でも何でも聞くぜ」
そこで杜崎はようやく口を開く。
「……ノーコメント、だ。俺に言えることは何も無い」
「おい…」
「ただ」
と杜崎は続ける。
「
「…杜崎……」
「「「……………」」」
中村はかける言葉が見つからなかった。他の三人も同様で沈黙する。
その時パチパチと乾いた音が病室に響く。エヴァンジェリンが拍手をしながら中村達を笑って見据えていた。
「ははは何とも若いな、そして真っ直ぐだ。何やらむず痒さを覚えるような好漢っぷりじゃないか、お前達」
「…馬鹿にしてんのか、ババア?」
「いや、随分と真面にモノを考えていると感心してるのさ。馬鹿扱いは返上せねばならんかもなぁ。とにかく、満足のいく答えだった。礼を言うよ」
「…ならばもういいだろう、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。学園長の元まで同行して貰うぞ」
「そーだそーだ用事が済んだならとっとと失せやがれてめえら。言っとくが杜崎。俺らは納得してねえぞ。後できっちり話つけてやっからな」
「…好きにしろ」
「ではマスター…」
「まあ待て、そう邪険にするな、私の話は終わっていない」
移動しようとする杜崎と茶々丸を制し、エヴァンジェリンは再び中村達に向き直る。
「まだなんかあんのかよババア」
「…言っとくが俺らはてめえとも馴れ合いはしねえぞ」
「つい先日殺しあったばかりだと忘れているのか?」
「まあ、喧嘩腰も止むを得ないというのは理解してよ、マクダウェル女史」
「やれやれ、嫌われたものだな、まあいい、直ぐに終わる話だよ。…ここにいない剣道屋はどうした?」
険悪な中村達に怯んだ様子も無く、エヴァンジェリンは尋ねる。
「辻?」
「ハッそうだ、辻と桜咲は⁉︎俺が寝てる間にどこ行ったあいつら‼︎ま、まさか既に二人は結ばれ…」
「空気を読め馬鹿。奴なら青春真っ盛りで席を外している」
「辻がどうかしたかい?マクダウェル女史?」
「そうか…まあある意味では丁度いい」
エヴァンジェリンは先程まで浮かべていた笑みを消し中村達に問うた。
「
辻と桜咲は気まずい沈黙を迎えていた。木乃香の件で否定をしてから刹那は黙して何も語らずにいた。
…空気が重い。
何か会話の取っ掛かりは無いかと辻は考え、やがて気になっていたことを思い出し、刹那に問うた。
「桜咲」
「っはい、なんでしょう?」
いつの間にか俯いていた刹那はやや慌てて顔を上げ、辻に応じる。
「ネギ君に関わるな、って、前俺に忠告してくれたよな。桜咲は」
「…はい」
「あれはネギ君がちょっと危なっかしくて、近くにいたら魔法の存在がバレてしまうかも知れないから言ったのか?」
刹那か魔法関係者だと知った辻は、それならばあの不思議な忠告に納得がいくと思った。現にネギは襲われている状況にあったとはいえ、白昼堂々魔法を使い、中村達に魔法がバレた。ネギの幼さゆえにそう言ったのかと辻は考えたのだ。
しかし、刹那はゆっくりと首を振り、言った。
「確かにそれも理由の一つでした。ですが私が部長にああまで強引に接触を断とうとしたのは、偉そうな言い方になりますが、部長の為です」
「…俺の?」
「はい。私はネギ先生の状況を把握していました。それで何故、部長と先輩方のように行動を起こさなかったのかは、言えません。申し訳ありませんが私は語る術を持ちません。ただ、部長はネギ先生の事情を知ったら確実に助けようとするだろうと、そう思いました。…エヴァンジェリンさんは私など及びもつかないような大魔法使いです。…部長の命が、危険だと、考えたのです。…それであんな子どもを見捨てたと言うのですから、私に幻滅したでしょう、部長?」
刹那は自嘲の笑みを浮かべ、言った。
「…事情があったのは何と無くわかるよ。お前がネギ君の状況を黙認するのが本位じゃ無かったこと位、今のお前を見てればわかる。…今の俺には何も言えないよ。事情を知らない俺には、お前を糾弾する資格は無い。…それでも俺の心配をしてくれた事には、礼を言う。ただ、必ず助けに行く、なんて、俺を買い被りすぎだけどな」
その言葉に刹那は首を振り、辻に告げる。
「…貴方こそ私を買い被りすぎです。私はそんな立派な人間ではありません。そして貴方は自分を過小評価し過ぎです。…私などにも気を使える貴方なら、ネギ先生のような存在を放っておかないと、私は確信出来たんです。…貴方は、優しい人だから」
その言葉に辻は目を見開き、刹那を見るが、やがて力無く視線を外し、ぼんやりと夕陽に視線を合わせた。
「…桜咲、お前は勘違いしてる」
「……?」
無言で疑問を発する刹那に視線を向けないまま、辻は言った。
「俺は優しくなんて無い」
「奴は色々とおかしい。全開で無かったとはいえ、この私の障壁を突破し、あまつさえ私の頭を
その言葉に中村達は顔を見合わせ、やがて中村が語る。
「詳しくは言わねえよ。俺とあんたはどっちかってーとまだ敵みたいなもんだ。ただ言えんのは、あいつの本分剣道じゃねえからな」
その言葉にエヴァンジェリンは目を細め、
「
「さあな、詳しくは俺らもわかんね。あいつ、麻帆良に来る前のこと、俺らに言わねえもん。ただ辻は、まあ言っちまえば俺らん中で実は一番、どっかまともじゃねえんだよ」
「ほう…」
何処か楽しげにエヴァンジェリンは相槌を打つ。
「猫を被っているのか、あのお人好しは?」
「勘違いすんな、被った猫でてめえみたいなバケモン相手に命賭けられるか。…あいつがいい奴なのは本当だよ。ちょっとヘタレだが、生真面目で、面倒見が良くて、優しい。いい男だぜ、それは本当だ」
ただな、と中村は頭を掻き、
「
「…ふん、まあよくわからん話だがあいつが只のお人好しで無いというのは賛成だ」
…何故なら奴は……
「奴が私をぶった斬った時のあいつの顔を覚えているよ」
そうだ、俺が優しい訳は無い。
…何故なら俺は、
「奴は