お馬鹿な武道家達の奮闘記   作:星の海

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11話 現状の把握 少年と武道家

「…何処だ、ここ」

目を覚ました辻 (はじめ)の第一声はそれだった。

「っていうか生きてるのか?俺」

遅れて寝ぼけていた頭が覚醒し、意識を失う前の状況を思い出した辻は思わずそんな声を漏らす。

あの状態では十中八九辻達の死は確定していた。助かったのだとしたらそれはどのような方法で助かったというのだろうか。

首を捻る辻だったが、近くから呻き声が聞こえ、そちらに向き直る。

そこには全身包帯だらけの中村が苦しげに唸って寝ていた。向かいと奥のベッドにも、豪徳寺、山下、大豪院の姿が見える。ここは病室のようだ。

「…全員生きてる、か……」

安堵の息をつく辻。あれからの経緯はわからないが、友人を失わずには少なくとも済んだらしい。

「ぬ、う……」

一際大きな呻き声と共に中村が目を覚ました。

「起きたか、中村」

辻の呼びかけに答えず、中村はぼんやりと白い天井を見つめ、

「…知らない天井だ」

「なんとなくやると思ったよ阿呆」

寝起きから絶好調らしい悪友に辻は呆れて息をつく。

「…おい、辻。あれからどうなった?」

意識の覚醒したらしい中村が真面目な声になり質問してくる。

「俺もさっき起きたばかりだ。何もわからない」

「…そうか」

中村は上体を起こ…そうとしてギクリと硬直し、再びベッドに倒れ込む。

「っ〜〜〜〜‼︎めっちゃ痛えー‼︎‼︎」

「だろうな」

かく言う辻も全身筋肉痛+何故か塞がっているものの各所に負った傷が様々な種類の苦痛を主張している。

「無理も無いが中村、病室であまり騒ぐなよ」

「うるせえ、ゴリラの野郎に半殺しにされた時でもここまで痛くなかったぞ…」

「殺意の有無だろう」

「…あれで殺す気がホントにねえのか?あの暴力教師」

「……さあなあ」

二人で微妙な気分になっていると、先程の中村の大声の所為か、残りの三人も呻きながら起き出した。

「う…ここは…」

「あれ?知らない天井だ」

「……俺は、一体…」

当たり前だが各々状況が理解できていないようだ。何やら二度ネタをやらかした奴もいたが。

 

「なんで生きてんだろな、俺達」

豪徳寺が心底不思議そうに言う。暫く一騒動あった後、ベッドに座り込みながら辻達は状況理解に努めていた。

「あれから意識落ちて完全に死んだと思ったんだけどね」

「死にたかった訳では当然無いが何か釈然とせんな」

「つーかここ何処だよ?」

「わからんがあの訳のわからない空間じゃ無いのは確かだろう。あの吸血鬼に俺達を助ける理由なんて無いしな。こうして治療を受けてるってことは誰かの助けがあの後入ったのかもしれない」

辻が現状わかっていることを纏める。

「助けって誰がだよ?」

「わからないし可能性の低い話かもしれないがあの吸血鬼が俺らを治療したってのはもっとあり得ないだろう」

しかし、その言葉に大豪院がふと何かを思い出したかのように辻に告げる。

「いや……案外それが正解かもしれんぞ、辻」

「はぁ⁉︎」

「なにぃ⁉︎」

「え、どういうこと、大豪院?」

驚いて尋ねる山下に大豪院は難しげな表情で腕を組み、語る。

「確証のある話ではないがな。俺はおそらくお前達よりも意識を失うのが少し遅かったのだと思う。意識は朦朧としていたが、あの女が傍らの絡繰に誰かを呼べと言っていたのを微かに覚えている」

それを聞いて辻の記憶が蘇る。意識が落ちる寸前、誰かの声がなんとなくそう言っていたことを辻は思い出した。

「確かに…俺も聞いた気がする」

辻は同じく顔を顰め、そう言った。

「おいマジかよ…俺ら殺そうとして殺されかけた相手に助けられた訳?」

「僕は覚えてないけど…でも確かに僕らが生きてるにはまず最低限あのひ、吸血鬼が僕らを見逃したって言うのが前提なんだよね」

「おいおいそんなんあり得んのか?完全に殺す気だったろ最後の方。あんだけ全員ズタボロになったじゃねえか?」

「最もだけどそうでなければ俺達が生きている説明がつかないんだ、豪徳寺。…見逃されたって、ことになるのか」

辻の言葉に空気が重くなる。

「……負けたな」

ポツリと豪徳寺が呟く。

「…ああ」

「五対一、完敗だね…」

全員が落ち込んでいる。曲がりなりにも腕前に自信があるからこそ、非力な少年に変わって吸血鬼退治を申し出たのだ。その結果は情けをかけられての敗北。心が折れそうになるのも無理は無かった。

「……ええい‼︎大の男が辛気臭え顔してならんでんじゃねえよ暑苦しい‼︎」

「中村?」

突如中村が顔を歪めながらもベッドから立ち上がり、吠える。

「負けは負けだ!俺だって悔しいわ‼︎けど今はんなことより大事なことがあんだろうが、ネギがどうなったかって話だよ‼︎」

「「「「‼︎」」」」

辻達の顔が上がる。

「ロリババアに助けられたにしても見知らぬヒーローに助けられたにしても結局ネギが無事かはわかんねえだろ!そもそも何しに行ったんだよ俺らは?あのガキ助ける為にババアに喧嘩売ったんだろが‼︎なんで助かったなんてどうでもいいから生きてんならまずネギの無事を確認しねえといけねえだろうが‼︎」

中村はそう言ってよろけながら病室の入り口に向かう。

「何処へ行く、中村?」

「ネギの所に決まってんだろ、あれから何日立ったかもわかんねえんだ。手遅れかもしれねえが無事かもしれねえ。だったら行くしかねえだろが‼︎ババアに遭遇するのが怖いってんならてめえらはここで…」

「それ以上は言わなくていい、中村」

豪徳寺が中村を遮る。

「確かにお前の言う通りだ。俺らの腕っぷしへの誇りなんぞよりも、大切なことがあったな」

「お前に気づかされるとは癪な話だが、武の本質を迂闊にも忘れていたな」

「僕も行くよ、中村。確かに色々寝てる場合じゃないね」

「…そうだな。わかってることの方が少ないが、少なくともそれは急務だな」

辻も悲鳴を上げる体に喝を入れ、起き上がる。

…本当にこの馬鹿は時々すごい正論を言うから侮れない。

「…へっ、わかりゃいいんだよわかりゃ。よっしゃてめえら、俺について来い‼︎」

「どこへも行く必要はない。止まれ中村」

意気揚々と飛び出しかけた中村を遮ったのは病室の扉を開けてかけられた野太い男の声だった。

「お、お前は…バイオ兵器が何故ここに…」

「杜崎先生と呼べ、阿呆」

ゴヅン‼︎と痛そうな音を立て、中村の脳天に杜崎の拳骨がめり込む。

「痛ってえなハザード教師、怪我人にはもっと優しくしやがれ‼︎」

「だからいつもより弱めに殴ったろうが。大体貴様ら、勝手に学校を抜け出した挙句半死人所か八割死人で帰ってきおって。よくもそれでそこまででかい態度を取れるものだな?」

杜崎の言葉に山下が反応する。

「もっさん、じゃあここ麻帆良の病院?」

「気安いわ山下。そうだ、流石に放っておけば死んでいただろう重傷だったからな」

「って言うか杜崎!俺らが学校抜け出しでからどれくらい経った⁉︎」

「豪徳寺、貴様…まあいい。あれからもう二日後の夕方だ」

「なにぃっ⁉︎」

「くそ予想はしてたがやっぱそんぐらいは経ってっか…モリー‼︎訳は後で話す、どれだけ後で説教くらってもいいから今はここ出させてくれ‼︎事情を説明してる暇はねえがマジでやばいんだよ‼︎」

「駄目だ」

「お願いします、杜崎先生。人の命が懸かってるんです」

「辻も少し落ち着け、大丈夫だ」

「何が大丈夫だ事情も知らねえ…」

「待て、中村。ネギ少年に何か起こっていれば学園でも騒ぎになっているはずだ。ここは杜崎教員に話を聞こう」

くってかかる中村を制して大豪院が提案する。

「そうか‼︎」

「確かに!もっさんちょっと…」

「いいから落ち着け馬鹿共、全てわかっている」

山下を遮り杜崎が語る。

「お前達の事情と顛末は全て知っている。色々言いたいことはあるがまずはお前達の危惧しているような事態にはなっていないと断言してやる。だから全員、一旦ベッドに戻れ。貴様らは現在絶対安静だ」

「……はぁ?」

「え、何言ってんの?モリー」

辻達は理解出来ないと再度問いかける。それに杜崎は面倒臭さそうに溜息をつき、

「ああもう面倒だからわかりやすく言ってやる」

自分の胸を親指で指し、杜崎は言った。

「俺も魔法関係者だ」

「「「「「…は?………」」」」」

場を沈黙が支配した。

 

 

 

「あり得ねえだろ……こんなゴツいおっさんが魔法使いだぁ…?魔法なんてファンシーな力使えんのは、もっとこう、ぷにっとしてきゃるん、ってした可愛いロリっ娘が使っていい力だろうが…野郎は駄目だろ、百歩譲ってネギまでだよ。ましてやこんな猿人ゴリがあぁぁぁぁげふっ⁉︎」

「グダグダ五月蝿いわカスが。アニメや漫画では無いんだ、現実で女子小生ばかりが戦っていてたまるか」

「というかやだよ、そんな世界」

「大人は何やってんだ、大人は」

バカレンジャーは病室のベッドに座り、椅子に座る杜崎から説明を受けていた。

「…で、杜崎教員、貴殿は何を知っている」

仕切り直しての大豪院の問いかけに杜崎は一つ鼻を鳴らして腕を組み、

「貴様らがネギ・スプリングフィールドと関わってからのほぼ全て、だ。お前らの細かい動機などは流石に知らんが、物見遊山でそんなになるまで闘りあった訳で無いことくらいは知っている」

「杜崎…」

「先生をつけろ。貴様らが一番気になっているだろうネギ・スプリングフィールドのことだが、ひとまず無事だ。少なくとも襲われるようなことにはなっていない」

その言葉にひとまずホッとする中村達。そんな中、辻は厳しい顔のまま、杜崎に尋ねる。

「杜崎先生。ひとまず(・・・・)、ということはまだなにか問題があるんですね」

その言葉に杜崎も顔を顰め、

「まあな。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは結果だけ言えば今すぐに、ではないが解放される」

「はぁっ⁉︎」

杜崎の言葉に素っ頓狂な声を上げたのは中村だった。

「なんでだよ⁉︎ネギは無事じゃあねえのか?」

「無事だ。しかしお前達が寝ている間に取引きがあった」

「取引き?」

疑問の声を上げるのは大豪院。

「ああ。ネギ・スプリングフィールドはエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと、自身の健康に支障の無い範囲での献血を行い、その血液を保存魔法にて貯蔵。一定量が貯まった段階でエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルはそれを摂取。その後、麻帆良の魔法関係者の厳正な管理の元、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの封印を解除するという契約だ」

杜崎の説明に場に沈黙が落ちる。少しして、それを破ったのは辻だった。

「…ネギ君になんら得のない契約に思えますが?」

「貴様らも聞いたのでは無いのか?ネギ・スプリングフィールドの父親、ナギ・スプリングフィールドはエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルを一定の麻帆良学園での拘留の後、解放する約定を結んでいたがナギ・スプリングフィールドは一定期間を過ぎても封印を解きに現れなかった。その不履行をネギ・スプリングフィールドが責任を取るという話だ」

「ふざっけんな‼︎」

怒りの叫びを上げたのは中村だった。

「それはあいつの親父の不手際であいつになんの責任も無いだろうが‼︎だってのにんな真似許していいと思ってんのか‼︎」

対する杜崎は落ち着いた様子のまま淡々と説明を続ける。

「落ち着け、中村。お前と同じような反対意見もあったが、最終的に当人同士の意志を尊重したのと、この件は学園長が責任を持つことで落着と相成った」

「学園長?」

驚きの声を上げたのは豪徳寺である。

「学園長も魔法関係者とやらなのか?」

「そうだ。簡単に説明してやるがこの麻帆良学園は、魔法に関わる者にとって関東最大の総本山みたいなものだ。当然麻帆良学園内にも魔法関係者は多数在籍している、俺もその一人だ。その大組織の最高権力者が一件を預かると言った。ならば当人同士が納得している以上、これ以上の問答は不要だ」

「…納得がいかねえ」

唸るように中村が溢す。

「あいつは、ネギはあのロリババアを怖がってたはずだ。なのにお話し合いでババアの要望を全面的に飲んだだぁ?ぜってーおかしいぞ‼︎脅迫でもされてんじゃねえのか?そこらへんおかしいと思わなかったのかよ杜崎‼︎」

「中村」

杜崎は中村を遮り、ゆっくりと告げる。

「本当なら文字通り死ぬ気で頑張ったお前達にこんなことは言いたくない。手段はどうあれ、お前達は善意で動き、少年を守ろうとしたからだ。それは賞賛されて然るべきだろう。しかしこの事態を招いたのはお前達にも一因はあると俺は考えている」

「なに…?」

訳がわからないといった表情で疑問符を上げる中村。その時、

「…やっぱり、そういうことか…」

呻くように、沈痛な声を上げたのは山下だった。

「山ちゃん?」

「中村、マクダウェル女史がなぜ僕らを見逃したのかって話をさっきしたよね」

「?…おお」

突然変わった話題に戸惑いながらも中村は頷く。

これが(・・・)その理由かもしれない」

「…どういうことだよ、山ちゃん?」

「…まさか、そういうことか?」

「大豪院?」

大豪院はなにかに気づき、山下と同じように、言わば苦渋の表情を浮かべる。

「おい、二人だけで納得してねえで俺にもわかるように説明してくれよ‼︎なんで俺らの所為でネギがあのババアに…」

そこまで言って中村は動きを止める。

わかったか(・・・・・)

杜崎は頷き、辻達にその事実を告げた。

「ネギ・スプリングフィールドとエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルはお前達が発見され、病院へ運ばれるまでに秘密裏に接触をしていた節がある。何らかの取り決めを事前にしていたと見るのが妥当だろう」

沈黙がその場を支配する。中村はもちろん、辻も、豪徳寺や山下、大豪院も、無言で唇を噛みしめる。

それは、つまり。

…俺たちが人質に取られて、ネギはエヴァンジェリンに血を与えることを承諾したってことか……

ネギ・スプリングフィールドを助ける為にエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと死闘を繰り広げた筈だった。だと言うのに、辻達はあろうことかネギ・スプリングフィールドを屈服させる為の要因になってしまった。

中村が震える程に拳を握りしめながら、力なく自嘲する。

「…なにが、武道家だよ。…俺たちは…」

辻達の様子を見て、杜崎が一つ息を付き、辻達に語りかける。

「至らぬ自分を恥じるのも結構だが、どうせ反省するなら相手の気持ちを知って正しく反省しろ」

「…なんの話だよ」

「ネギ・スプリングフィールドはお前達に感謝していたぞ」

「はっ!」

中村が馬鹿馬鹿しいとばかりに、

「なにが感謝だよ、俺ら結局あいつにトドメ刺したようなもんじゃねえか」

「それはお前の認識でネギ・スプリングフィールドの考えでは無い。…まあいい。当事者ではない俺が言った所で納得しまい。話は当人から聞け」

「は?」

「もっさん、当人って…」

「杜崎先生と呼べ。今はもう放課後だ。ネギ・スプリングフィールドは先程お前達が目を覚ましたと聞いて、授業が終わったら見舞いに来るそうだ」

「はぁ⁉︎」

「ちょっ、待てどのツラ下げて会えばいいんだよ!」

「俺が知るか。ん、噂をすれば影だな」

ノックの音に杜崎は扉を開ける。果たしてそこにはネギが神妙な佇まいでいた。

「ネギ君…」

「ネギ…」

「…皆さん」

ネギが辻達の姿を見て顔を歪め、何事かを言いかけ、杜崎の姿を見る。

「さて、俺の用事は終わった。ネギ先生、こちらへどうぞ。一応仮にも怪我人なのであまり長話は控えるようにして下さい」

「あっはい!」

「では、馬鹿共、あまり騒ぐなよ」

そう言って杜崎は病室から出て行った。

残された病室の中では気まずい沈黙が降りる。やがて口火を切ったのはネギだった。

「…皆さん、怪我は大丈夫なんですか?」

辻達はそれに対して、わざとらしい程明るく答える。

「うん、大丈夫大丈夫。心配しないでよネギ君。こんな怪我しばらく寝てれば治るって!ね、ねえ中村」

「お、おう‼︎なーに暗い顔してんだネギ!こんなん唾つけときゃなおらぁ大げさなんだよ。問題ねえよな山ちゃん」

「そうそうそうそう、まったく問題無い無い!大げさなんだよこんな包帯見てよこんなの何にも痛ったあっ‼︎あ、いやうん、とにかく大丈夫だから、ねえ豪徳寺‼︎」

「…お、おお。うん大丈夫だ心配すんな。ちっと身体のあちこち骨が砕けてるだけだからよ」

「馬鹿野郎余計なこと言うなリーゼント‼︎なんでもねえぞーネギ。なあお前もなんら問題ねえよな大豪院」

「……いや無理があるだろういくらなんでも」

「あー裏切ったね大豪院‼︎」

「それ以前に貴様ら誤魔化すのが下手すぎる。ネギ少年、白状しよう。皆それなりに重傷だ。だが命がどうという程のものではない。心配は無用だ」

大豪院の言葉にネギは俯き、搾り出すように話し出す。

「…病院の人に聞きました。皆さん生きてるのが不思議な位の大怪我だったって」

「いや、それは…畜生どこのどいつか知らねえが余計なことを。いやネギ、医者は大げさに言ってるだけで…」

「大げさなんかじゃありません‼︎」

中村の誤魔化しはネギの大声に遮られた。

「僕は、皆さんがエヴァンジェリンさんに話をつけに行って下さった日に、エヴァンジェリンさんに呼び出されました。皆さんが捕まって大怪我をしているって、茶々丸さんが言いに来たんです」

「なにい…」

「くっそやっぱ人質にされちまってたんじゃねえか俺ら」

ネギの言葉に不甲斐さを覚え憤る辻達。

「僕が行ったら、皆さん酷い状態で倒れていて、エヴァンジェリンさんが最低限傷は塞いだけど、このままでは長くないって…僕が、僕が無責任に辻さん達に問題を丸投げしたから、僕の所為で皆さんが…本当にすいませんでしたっ‼︎‼︎」

「ネギ君、それは違う」

目の端に涙を浮かべつつ、頭を下げるネギに辻が首を振って言う。

「俺達は確かにネギ君に代わってエヴァンジェリンに話をつけに行って、決裂してこんな風になった。でもそれは、ネギ君に責任は無いんだ」

「そんなわけっ」

「まあ、聞いてよネギ君。ネギ君は俺達に無理に行ってくれと頼んだかい?違うよね、俺達が事情だけ聞いて、勝手に任せろと言ったんだ。ネギ君は危険なことだとちゃんと俺達に言っていた。全部踏まえて俺達は自主的に関わったんだ。それで上手くいかなくて怪我をしたからってそんなの、見通しが甘くて事態を軽く見た俺達の自業自得だ。むしろネギ君は太鼓判押して失敗した間抜けをなじっていい立場なんだよ」

辻の言葉にネギは納得出来ないと、反論しようとする。

「そんなの…‼︎」

「まあ、無理だろうな、そんな簡単に割り切るのは。逆の立場なら俺達とて無理だ」

再びネギの言葉を遮り大豪院が語る。

「どんな理由があろうと俺達がお前の為に死にかけたという事実は変わらん。ましてやお前の性格ならば気にしない、などということは不可能だろう。だがな、ネギ少年。そうやって塞ぎ込んで自分を責められては結局俺達が体を張った意味が無くなるんだ」

大豪院は、この男にしては珍しく、穏やかな風貌で優しく諭す。

「少々臭い言い方になるが、俺達はお前を落ち込ませるために命を賭けたんじゃ無い。吸血鬼に襲われるなんて理不尽に見舞われ、苦しんでいたお前に元気に笑って過ごせるようになって欲しいから命を賭けたのだ」

「大豪院さん…」

「ネギ少年、いやネギ。俺達がやったことは傍迷惑で余計なお世話でしかなかったか?」

「そんなことは…そんなことありません‼︎出会ったばかりの僕に、こうまでしてくれて、僕は…」

「ならばネギ。少しでも俺達の行為をありがたいと思ってくれたなら、謝るな。お前にそんな顔で謝罪されても俺達は少しも報われない。難しいだろうが、自分の問題が楽になったならば、単純に喜んでいればいい」

そこで大豪院は言葉を切り、ネギを真っ直ぐ見据えて言った。

「その歳でそんなに他人に気を使うな、お前は少し急いで大人になろうとし過ぎだ。子どもは大人に無理させたからって気にしないでいい。大人が子どもを助けるなんて当たり前の事だ」

ネギはその言葉を聞いて、堪えていた涙がついに溢れた。

この年頃の少年少女は、子ども扱いすると反発するものだ。ネギも多分に漏れず、普段は子どもだからと言われていい顔はしない。

だがこの時は、自分を子どもだからと当たり前のように助けようとしてくれた事が、その善意がネギは嬉しかった。

「…あり、がとう、ございます…」

しゃくりあげながらも、ネギは辻達に、礼を言った。

バカレンジャーは全員照れ臭そうに笑って、どういたしまして、と声を揃えて言った。

 

「まあさっきは偉そうに言ったけどよ、結局お前は俺達にホントに礼は言う必要ねんだわ」

「そうだ。それ所か俺達はお前に謝らなくちゃならねえ」

ネギが泣き止み、落ち着くのを待ってから、中村と豪徳寺が一転して神妙な顔で言う。

「え?」

ネギは訳が解らない、という顔で辻達を見る。

「僕達は任せておけと偉そうに言っておきながら、結局マクダウェル女史を止められなかった。僕達は君になにもできちゃいないんだ」

「それ所か俺達は人質になり、結果的にお前を却って追い詰めてしまった」

「だから約束を破った俺達はネギ君。君に謝らせてもらう。謝っただけで済むような問題でも無いが、これは俺達がつけなきゃいけないケジメなんだ。…本当に、申し訳ない」

辻は頭を下げ、他の四人もそれに倣う。

「や、止めて下さい‼︎そんな…」

それを見てネギは慌てたように立ち上がり、辻達に頭を上げるよう頼む。

「ネギ君、君は優しい。でも君は被る必要の無い災難を背負い込んだ。そしてそうなった一因は俺達にあるんだ。無理に受け取ってもらうつもりも、頭を下げたから許せと言うつもりも毛頭ない。これは俺たちのせめてもの誠意の証だ。どうか好きにやらせてくれ」

尚も頭を上げない辻達を見てネギは何事かを言いかけ、そして一旦言葉を呑む。そして、ネギは年齢不相応な強い意志を眼差しに込め、自らの想いを理解して貰うべく、意を決して話し始めた。

「皆さん。先程、僕に対して皆さんは何もできていないと仰いました。でもそれは、違います。皆さんは僕を助けてくれたんです」

ネギの言葉に全員、下げた頭の裏で怪訝な顔をする。

「皆さん、一旦顔を上げて頂けませんか。ちゃんと伝えたいんです。皆さんが僕に何をしてくれたのかを」

その言葉に、一瞬間を置いて全員ゆっくりと顔を上げる。

「ネギ君、それは俺達の様子に気兼ねして言ってくれてる訳じゃ無いよね?」

「はい。辻さん達は僕の助けになってくれました」

辻の確認に対して、ネギははっきりと頷いた。

その姿に、五人は顔を見合わせた後、頷き合い、代表して辻が言った。

「話を、聞かせてくれないか。ネギ君」

「はい」

ネギは辻の言葉に応じ、自分がエヴァンジェリンに呼び出され、辻達の惨状を見せつけられた直後からの話を始めた。

 

 

 

「こんな…なんでこんな酷いことをするんですか、エヴァンジェリンさん‼︎」

ネギは恐れの中にも、確かに怒りを覚えながら少し離れた場所に立つエヴァンジェリンを糾弾する。

それに対してエヴァンジェリンは肩を竦め、ネギに告げる。

「私にこいつらを差し向けておいて何を…などと言ってやりたい所だが、こいつらから事のあらましはだいたい聞いたよ。問答無用で襲いかかった私に対して随分と優しいことだ。…その(・・)善意の交渉が決裂してこう(・・)なった。それだけの話さ」

「だからって、こんな……」

ネギは納得が出来ない、いや、理解出来なかった。目的を邪魔された。だからといって他人をこんなに(・・・・)してしまう、エヴァンジェリンの存在がネギには理解出来なかった。

その様子を見てエヴァンジェリンは目を細め、

「まあ坊やならそんな所か。…十歳の子どもなら(・・・・・・・・)それで当たり前か。…成る程そうだな。当たり前のことだ(・・・・・・・・)

エヴァンジェリンは誰かに同意するように頷いた。そしてエヴァンジェリンはネギに本題を告げる。

「さて坊や、わざわざここに坊やをこっそり呼んだのは他でもない、私は坊やに頼み事があるのだよ」

その言葉にネギは顔を強張らせながらも強い視線でエヴァンジェリンを睨み返し、

「僕がエヴァンジェリンさんに血を与えなければ、辻さん達を…殺すつもりですか‼︎」

「うん?」

聞き返すエヴァンジェリンに、ネギは杖を構えながらなおも言葉を紡ぐ。

「辻さん達をこれ以上酷い目には遭わせません‼︎僕が間違ってた、僕の問題なのに、他人を巻き込んで押し付けたからこんなことになったんだ‼︎エヴァンジェリンさん‼︎これは僕と貴女の問題です!辻さん達は元々関係の無い人達です、今すぐ解放して下さい‼︎」

その言葉にエヴァンジェリンは笑った。成る程いかにもお人好しの馬鹿共が気に入りそうな真っ直ぐさだ、状況をある程度理解しているにも関わらずいいことがいかにも善い子のそれだ。

そんな子どもと先程の男共の意識の格差が、エヴァンジェリンは妙に可笑しかった。

「エヴァンジェリンさん‼︎」

「焦るなよ坊や。心配するなと言っても無理な話だろうが、こいつらは魔法で今状態(・・)が停止している。このまま魔法医の所に運べば一命は取り留めるだろうさ。放っておいても直ぐにどうこうということは無い」

「だからって…‼︎」

反拍するネギにエヴァンジェリンは笑みを深め、

「そう、だからといってこんな姿で転がしておきたくは無いよなぁ。だから坊や。私から提案だ。坊やがある条件を呑んでくれるならこいつらは直ぐにでも医者に連れて行くし、今後坊やに私は一切関与しない。そして先に言っておくが、その条件とは坊やの命を危険に晒すものでは無い」

「……?………」

ネギは言われた内容が今ひとつ理解出来なかった。エヴァンジェリンがネギに求めているものは血だ。そしてそれが必要だからネギの命をエヴァンジェリンは狙ってきたのだ。だというのにネギの命は奪われないとでも言うようなこの言葉である。

「混乱するのも無理は無い。私自身、ここまで譲歩する自分に驚いている位さ。まあ聞け、坊や。坊やには私に血を提供して貰う、それは変わらん。だが提供する血は坊やの命に別条の無い範囲での量を、複数回に渡ってある程度の期間を置いて貰うことにする」

「……えっ……?」

ポカンとするネギに構わず、エヴァンジェリンは言葉を続ける。

「そうしてある程度血が溜まれば晴れてそれを頂き私は解放だ。どうだ?坊やは死なない、こいつらも私も助かる。誰一人損をしない取引だろう?」

エヴァンジェリンの言葉にネギは情報を吟味するように黙る。やがて口を開き、

「なんで…」

「ん?なんだ坊や」

「なんでそんな方法があるなら、最初からそれを言ってくれなかったんですか‼︎最初にそれを話してくれていれば、もしかしたら…」

「もしかしたらこいつらを巻き込まずに済んだかも知れん、と言いたい訳だ」

ネギはその言葉に頷きを返す。

「それはなぁ、坊や」

エヴァンジェリンはネギを見据え、

「私が悪の魔法使いだからだよ」

そう、言った。

「私はモノを手に入れる時にお願い(・・・)をして譲ってもらいはせん。欲しければ奪い取る。そうやって生きてきた。そうして生きねば生きられなかった。自分の我欲を通して生きてきた半生に、私は誇りを持って生きている。ましてや敵とも言える男の息子に遠慮する理由など何一つ無い。…悪としての誇り(プライド)だよ坊や、安い誇り(プライド)さ。くだらないと思うだろう、坊やには理解出来んだろうな。だが私にとっては、譲れぬものだ」

その静かな、しかし力に満ちた答えにネギは気圧される。

「だから坊や。私がこんなことを言うのは特別だ。応じないなら坊やが言った通りこいつらを人質にもするし、仮に坊やが見捨てても、力ずくで坊やの血を頂く。実質選択肢など無いんだよ」

笑いながらもエヴァンジェリンからはプレッシャーが増している。逃げ場は無く、ネギは否応なしに選択を迫られた。

ネギは考えた。エヴァンジェリンの言い分の全ては理解出来なくとも、今日の彼女は恐ろしいだけの怪物ではなかった。ネギは初めて、エヴァンジェリンとまともに話が出来た気がしていたのだ。だから、エヴァンジェリンの脅迫地味た提案に、恐ろしいから、選択肢がないから、と思考を止めてただ流されるままの返答をしたくなかったのである。

そして、ネギは返事を返す。

「…わかりました。エヴァンジェリンさん。貴女の取り引きを受けます」

「…そうか」

エヴァンジェリンはプレッシャーを消し、ネギに歩み寄る。

「いい子だ坊や。もう少し駄々を捏ねると思ったが、賢明じゃないか」

「選択肢は無いんでしょう?それに、辻さん達の命には変えられません」

「クククッ、まあそうだろうな。これだけ体を張って貰ったんだ、見捨てるなど出来んよなあ」

笑いながら近づくエヴァンジェリンにネギは言った。

「エヴァンジェリンさん。取り引きに応じる代わりに一つだけ聞いてもいいですか?」

「うん?」

エヴァンジェリンは首を傾げるが、

「まあ坊やになんら得の無い取り引きだ。質問位なら構わんよ。何が聞きたい?」

「ありがとうございます。…エヴァンジェリンさんと父さんは、どんな関係だったんですか?」

その質問にエヴァンジェリンは歩みを止め、ネギの顔を見据える。

「…そんなことを聞いてどうする」

笑みを消し、僅かに目を細めて尋ねるエヴァンジェリンにネギは言った。

「気になるんです。エヴァンジェリンさんは僕を敵の息子と言いましたが、その割りに僕はエヴァンジェリンさんに恨み言は言われても明確な敵意を向けられたことは無かった気がするんです。だから、エヴァンジェリンさんと父さんは、単なる敵同士じゃ無かったのかもしれないと、そう思いました。僕は父さんのことを殆ど覚えてません。だからエヴァンジェリンさんから見て父さんがどんな風だったのか、気になるんです」

ネギの言葉にエヴァンジェリンはしばらくの間沈黙していた。やがて、

「…妙な所で鋭いな、坊や」

一つ溜息をつき、エヴァンジェリンはネギに応じる。

「わかったよ坊や。仮にも協力して貰う身だ。特別に教えてやろうじゃあないか」

しかし口での説明はいささか面倒だ、とエヴァンジェリンは言い、ネギを引き寄せ、地面に魔法陣を描き始める。

「私と奴の馴れ初めを見せて(・・・)やる。力を抜け」

エヴァンジェリンは魔法陣の中にネギと額を付き合わせて跪き、詠唱を始める。

「ムーサ達の母、ムネーモシュネーよ、己がもとへと我らを誘え」

やがて、閃光と共に、エヴァンジェリンの記憶をネギは追体験した。

 

「…以上が私とあいつの馴れ初めだ。傍目からすれば馬鹿みたいだが私にとっては…どうした、 坊や?」

ネギは何やら凄まじく微妙な表情で何事かをブツブツと呟いていた。やがて、

「…いえ、何か、父さんが想像していたのと大分違って…」

その言葉にエヴァンジェリンはプッと吹き出し、

「ははははは!その分ではあいつの英雄然とした姿ばかり聞かされてきたのだろうが、実態はあんなものだ。考えなしにその場のノリと勢いで行動する。正義感のようなものが強いからこそ、英雄と呼ばれるような結果を出せていたにすぎん!」

笑い転げるエヴァンジェリンに何かが崩れていくような錯覚を覚えながら、ネギは、ふと思い、それを口に出した。

「なんだか辻さん達って、父さんに似ているのかもしれませんね」

「………なに?」

エヴァンジェリンの動きがピタリと止まる。

ネギは辻達とほんの僅かな時間しか共にしていないが、なんとなく雰囲気のようなものが似通っているように感じたのだ。

エヴァンジェリンはしばらく停止していたが、やがて一つ鼻を鳴らし、

「…似ても似つかんわ」

そう言って辻達の方に歩き出す。

「とにかく坊や、要求には答えたぞ。こいつらを病院にでも送ったら私の指示に従って貰うぞ」

「はい、わかりました。父さんが解放すると約束していた人なら、僕も貴女を信じることにします、エヴァンジェリンさん」

「フン」

空間を出るため歩き出しながらふとネギは気になったことをエヴァンジェリンに聞いた。

「エヴァンジェリンさん」

「なんだ」

「どうしてエヴァンジェリンさんは僕に譲歩してくれたのですか?」

「あん?」

「僕の命を保証してくれたり、父さんのことを教えてくれまでして。なんで僕に気を使ってくれたんですか?」

その言葉にエヴァンジェリンはさあな、と呟き、

「そこの連中を見てみろ、坊や」

と辻達を指す。

言われるままに辻達をネギが見遣ると、エヴァンジェリンが何故か不本意そうに、

「そこのガキ共は私相手に半素人の分際で凄まじい粘りを見せ、私を追い詰めた。全快状態で無いだの油断があっただのくだらん言い訳はせん。私はそいつらに辛勝(・・)だったしそいつらは私に惜敗(・・)だった。本当によくやったよ。そいつらは。…そいつらが私に挑んだ理由は坊やを助ける為だ。二、三日前に出会ったばかりの坊やをな。…そこにいるのは知り合ったばかりの人間の為に命を賭けられる本物のバカ共だ。それが五人もいた所為で私も少々あてられたのかもしれんな」

そう言い捨て、エヴァンジェリンは茶々丸を呼びに行った。

 

 

 

「…それを聞いて、わかったんです。僕は、辻さん達に助けられたんだって」

長い話をネギは終え、再び辻達を真っ直ぐに見据えネギは言った。

「辻さん達が命を賭けてエヴァンジェリンさんと闘ってくれなければ、僕が襲われずに済むことも、ましてやエヴァンジェリンさんと会話できて父さんのことを教えて貰うことも出来ませんでした」

ネギは笑って、

「だから辻さん達は僕を助けてくれました。勝てなかったから、辻さん達の行動がなんの意味も無かったなんて、決してそんなことはありません」

ネギは頭を下げ、辻達に告げた。

「僕を助けてくれて、僕の為に体を張ってくれて…本当にありがとうございました」

場に沈黙が降りる。やがてそれを破ったのはすすり泣きの声だった。

「っっぐすっ、ふっ、畜生、俺こういうの駄目なんだよ…」

中村が鼻を啜り上げながら溢す。他の四人も、目に光るものを滲ませていた。

「あ゛あ゛、くそ、こんな子どもに気ぃ使わせて、格好悪りぃ…」

「ホントに、ねぇ…」

「情けない成果だったと、いうのにな…」

辻は滲む視界の中、不甲斐なさと情けなさを感じつつも、ネギに言葉を返す。

「…こっちこそ、ありがとう、ネギ君」

君のおかげで、俺達は報われたよ、と辻は告げた。

 

 


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