真・恋姫✝無双 魏国 再臨 番外   作:無月

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冬至

 冬至。

 それは日照時間が最も短い日であり、南瓜を食べ、柚子湯に入り、一年の無病息災を祈る日である。昔は太陽の恵みが少ないことから『死に一番近い日』とされ、厄払いの意味で体を温め、栄養の多い南瓜を食べていたらしい。また、地域ごとにいろいろ習慣があり、『ん』がつく食品を食べて幸せになるという地域もあるとのことだ。

 

 

「無病息災・・・ みんなには健康でいてほしいしなぁ」

 珍しく休みだし、誰かと過ごしたかったが全員あいにく仕事があった。

 かといって何もしないのは嫌だったので、やってもばれない程度の量の仕事を片付けつつ、もうすぐ冬至であることを思い出したというわけだ。

「しっかし、『ん』がつく食材を使って、安く済みそうな料理なんてあったかなぁ?」

 柚子湯は風呂の関係上、入ることが出来る者は限られてくる。だが、将だけで祝うというのもあれだし、どうせなら兵や民にもそう言った風習が広まればいいと思う。

「冬雲様? また何か、お考えですか?」

 俺が考え込んでいたことが気にかかったらしく、白陽が影から出てきて問うてくる。

「あぁ、もうじき、日照時間が短い日があるだろ?

 その日は天の世界では『冬至』って言って、南瓜を食べたり、柚子湯に入るんだよ」

「あぁ、『一陽来復(いちようらいふく)』のことですか」

「『一陽来復』?」

 聞いたことのないその言葉に首をかしげると、白陽は頷いた。

「はい、こちらではその日に鬼が出ると信じられています。

 ですので、悪しき鬼を祓うため赤豆粥を炊くのです。

 また、この寒い時期に年長者の方々のため、市場には漢方が多く出回りますね」

 赤豆・・・・ 小豆のことか? ていうか、節分に似てるような?

 そして、流石儒教の国。年長者に対する敬意や思いやりに溢れている。

「・・・・なぁ、白陽。

 このすぐ後にもある天の世界の行事の準備も兼ねて、手伝ってくれないか?」

 こちらの文化を活かしつつ、俺の世界のちょっとしたものを足せたらいい。

 ましてやそれが、みんなの健康を願うものなら尚更だ。

「私があなた様の頼みごとを断ることなど、出来る訳がありません」

 白陽の微笑みに気分を良くした俺はすぐさま立ちあがり、財布の中身を確認してから扉へと向かう。

「独断で行われるのですか?」

「いちいち仕事増やしたりして怒られたくないだろ?

 それに、たまには俺がみんなを驚かせたいんだよ」

 訓練後の食事として配布する形にするか、それとも炊き出しのようにして城の前で行うか、想像は膨らむ。

 実行するとしたらもっと計画を詰めなきゃならいだろうが、まず俺は食材確保へと市場へと歩き出した。

 

 

 天の世界の中国では『柚子』というと、日本で言う『ザボン』が出てくるため一応調べてみたが、どうやら天の世界でのあの小型の柚子がちゃんとあったのでほっとした。

 さすがにあのでっかいのを風呂に浮かべるのはちょっと・・・ まぁ、柑橘類ではあるし、似たような効果は期待できただろうが。

 

 それを白陽に確認してから、俺は知り合いの商人へと蓮根と人参、牛蒡(ごぼう)、里芋とこんにゃく。そして、柚子、南瓜、鶏肉、粥に使う小豆と米を頼み、他の調味料も別の店で注文しておく。残念ながら材料が一つだけ手に入らなかったが、それは仕方ないだろう。

 そして、数日後のある別の行事のためにもいくつかの食材も頼んでおく。

「これで材料の注文は出来たな」

 財布以外何も持たずに飛び出したため、材料は裏覚えだったが確かこれで合っていた筈だ。何度か作っているから作り方は覚えているし、問題はないだろう。

「秘密裏に行うのでしたら、我が家の厨房をお使いになられますか?

 設備は城には劣りますが、不便はないかと思われます」

 隠密装束ではなく、町に出る用の普段着に瞬時に着替えた白陽と並んで歩くとその手は自然と繋がれ、白陽の数歩前を歩く。

「そう、だな。

 そうさせてもらうか、ありがとうな。白陽」

「いえ」

 そう言ってわずかに微笑み、俺の腕へとさりげなく自分の手を絡めてくる。そうした仕草も可愛らしくて、俺も笑う。

 作るところはこれで決まった。あとは時間だが鍛錬が終わった後、昼の時間がいいかもしれない。

 問題は作り手の数だが・・・・ 秘密裏に行うなら自分だけでやった方が手っ取り早いだろうしなぁ。

 それにここのところ包丁を握っていないため味に自信がないし、一度は試しに作りたい。

「うーん・・・・」

 考えつつ、なんとなく市へと目を移すと昼時だからか人が多い。活気があって何より、こうした市を見てると華琳の治世が如何に素晴らしいかがわかっておもわず崇めたくなるよな。

「なら、ぜひ崇めてもらおうかしら? 冬雲」

「ハハハ、そりゃもう毎日崇めてるっていうか、どうして俺の愛する女性はみんな俺にはもったいないぐらい美人で何でも出来て、如何に素晴らしいのかを後世に書き残したいくらいだな」

「そう、なら残しなさい。

 私もあなたが如何に私に愛され、何を成したかを綴り、その血を私の名と共に残し続けなさい」

「そりゃ光栄だ。

 愛してるよ、華琳」

 そう言って俺の目前へと迫った唇を俺は拒むこともなく・・・ ってあれ?

「何で華琳がここに居るんだ?!」

 寸前まで迫っていた唇が離れ、舌打ちと共に華琳が俺を見ていた。

「先程までの言葉は無意識だったのですか・・・ 兄者」

 おそらく護衛としてついていたのだろう樟夏は呆れたような顔をしているが、それに対して応えることは決まっている。

「俺が華琳たちを愛しているのは当たり前だろう?

 それを恥じることはないし、むしろ俺の存在意義と言ってもいい!」

「そこまで言いますか?!」

 驚く樟夏を見つつ、視線は華琳へと向ける。

「それで冬雲、あなたは休みに大量の食材を買う注文をしながら、一体何をしていたのかしら?」

 何かを知っているような口振りと笑み、最初から見ていたとしか思えない。それを確認するように樟夏へと視線を向けると、露骨に目を逸らされた。

 ・・・・まさか、城を出たあたりから尾行されてたのか? 専門職である白陽に気づかれずに?

 そう思い、今度は華琳の影へと目を移す。

 白陽の出し抜くことが出来るのは、この大陸中を探しても黒陽ぐらいだろう。

 そうすると悪戯っ子のように笑い、こちらへと少しだけ舌を見せる黒陽に確信した。

「白陽・・・」

「姉さんは一時期、引き籠りに近い状態で修練ばかりしていましたので・・・

 そして、姉さんほどの実力は私にはまだありません」

 悔しそうに言う白陽の頭を撫で、気にしなくていいことを示す。俺も気づかなかったしなぁ。

「冬雲、白状するか、しないのか。選びなさい」

 そう言ってこちらを見る華琳に、俺は手を降参するように手をあげた。

 

 

 華琳が認めるような店は入れるような状況になかったので、河原の近くで腰を下ろして事情を説明した。

「なるほどね・・・・

 それで、作り手は一体どうするつもりだったのかしら?」

「寝ないで作れば、どうとでもなると思ったんだよ。

 それに勝手にやったことも含めて、俺が説教されるだけだしな」

 そう言って笑い、立ちあがると華琳に膝を蹴られてまた座らされてしまった。何か言おうとして華琳を向くが、華琳は俺のことをまっすぐ見つめて口を開いた。

「あなたが勝手をしようというのなら、私も勝手にあなたのすることを一緒にするわよ。冬雲」

 開き直ったような言い分、それはまさに子どもの理屈だった。

 勝手をする人間に対して、さらにそれを『一緒に行う』という自らの勝手を押し付ける屁理屈。

 以前の華琳なら、こんな子どもっぽい理屈は出なかったんじゃないだろうか?

 それが何だかおかしくて、その変化を愛しく思う。

 覇王らしくある華琳ではなく、年相応の華琳がそこには居た。

「作り手はそうね・・・ 他は秋蘭と流琉、雛里、そして私が入れば兵たちにも行きわたるほどの料理を作れるでしょう。

 粥ともう一品、それはあなた主導で動かなければいけないのをわかっているわね?」

「あぁ、わかってるよ。

 天の世界のある地域の郷土料理で、その日に食べると幸せを運ぶとされてる『ん』がつく食材がたくさん入ってるんだ」

 白陽たちの見守る気配を感じながら、俺はそうして喋りながら華琳と共に城へと歩いてゆく。

 どちらともなく手を繋ぎ、何気ない料理や行事の話をして、計画を詰めていくだけの時間はとても幸せだった。

 

 

 

 冬至の当日、まだ日が昇っていない早朝から灯りと調理する炎に照らされながら、厨房は戦場と化していた。

 料理の説明をしたら、俺はもっぱら食材を切る係を任された。

 まぁ、正確な舌とか、炎の加減とかは四人に任せた方が絶対うまくなるし、気にしてないけど。

 既に粥の準備を始め、同時進行で里芋を茹で始めている。

 茹でている間は華琳が鍋を見守っている間、三人で人参、蓮根、牛蒡、鶏肉をそれぞれの大きさに切る作業に入る。

「それにしても、いいのか? 三人とも」

 蓮根をいちょう切りにしつつ、俺は三人へと聞いた。

「何がだ? 冬雲」

 牛蒡を乱切りにする秋蘭の手並みは鮮やか、流石十人前は軽く食べる春蘭の世話をしていただけのことはある。

「いや、巻き込む形になっちゃってさ」

 やや早く手が動き、サクサクと蓮根特有の切り心地を感じながら口を動かした。

「兄様は時々、変に遠慮しますね・・・・」

「おやつの時とかは、呼ばなくてもきますもんね」

 鶏肉を担当する流琉と、人参を担当する雛里も参戦してくる。

 おやつの時は仕方ないと思うんだ。だって二人が料理してる時って厨房から凄い良い匂いがするし、二人のおやつは一つの魔法。

 その手から生まれる料理は人を幸せにし、笑顔にすることが出来る。その料理もさることながら、作ってくれた二人が笑顔で『美味しいですか?』なんて聞かれたら、至福だろう?

「あわわぁ~~~・・・・!」

「兄様! 全部、口に出てますからね?!」

 真っ赤になった二人を見て、俺は笑みを浮かべつつ、材料を切り続けると秋蘭がこちらを黙って見ていた。

「うん? 秋蘭、どうかしたか?」

「私もおやつを作るべきかと、真剣に考えていただけだな」

 そう言って笑みを浮かべつつ、手を止めない。

 秋蘭の料理、それもいいなぁ。

「俺は大喜びだけどな、みんなの料理が好きだし。

 食べ比べとか、みんなでするのも楽しそうだよな?」

 組をわけて料理を作ったり、全員が評価者になって優勝者を決めたら、それだけでいい行事になる。

 いつか平和になった時、国も、陣営関係なくそうしたことが出来たら楽しいだろうなぁ。

 そんなまだまだ遠い先のことを思い描きながら、俺はとりあえず手元にある大量の蓮根を切り続けた。

 

 

 

 完成し、厨房にて兵たちに振る舞う。

 筑前煮も粥もなかなか好評のようで、今のところ不満の声も上がっていない。まだ量もあるし、問題があるとするならあの一角だな。

「美味しい!

 野菜ばっかりで微妙かなとか思ったけど、何杯でもいけちゃうよー!!」

「(がつがつがつがつ)」

 料理を褒めつつ、食べまくる季衣と、黙々と食べ続ける春蘭。

 ・・・・残ってる材料で何か別の料理、作んなきゃ駄目かな?

 昼は大抵外で食べる凪たちや、文官の仕事で来れないみんなにも持っていきたいし、別に分けとくかな。

 まぁ、おかずには多すぎるから料理できなかった南瓜は流琉と雛里が、試作品でプリンを作ってくれたんだけど、それは今回食べれなかったみんな用、かな?

 そう言って俺は厨房からみんなの笑顔を眺め、目を細める。

 こんな些細なことで人は笑顔になれる。料理や、日々の改善を行ることなら華琳も大抵は賛成してくれるから、これからもちょくちょくこうしたことを行うのは楽しいかもしれない。

「冬雲」

 俺を呼ぶ声に振り返り、そこにはいつも通り華琳がいた。

「華琳、お疲れ」

「あなたには今夜、この件を行ったことについて特別報酬が与えられるわ」

 予想外の言葉に俺は目を丸くしていると、華琳は指を鳴らす。そうするとどこからか現れた樟夏と樹枝が俺の肩を押さえた。

「樹枝? 樟夏?

 華琳、一体これはどういうことだ?」

「兄上、許してください。

 しかしこうしなければ、牛金の詩が・・・・ 詩があぁぁぁーーーー!!」

「フフフフ、今度の絡みは華佗殿との話を聞いたときはもう、フフフフフ・・・・」

 樹枝の悲しげな叫びと、樟夏の遠い目をした笑いが漏れる。

 二人が、壊れてる?!

「さぁ、今夜は私たちと冬雲の混浴ね」

 どこか声を弾ませている華琳と二人の声に挟まれ、俺は喜べばいいのか、何をしたと聞けばいいのかわからずに苦笑することしかできなかった。

「ハハハ、ほどほどにしてくれよ?」




筑前煮は、まったく冬至とは関係ありません。
ただ、調べていく中で『ん』がつく材料が多そうだったからです。
にんじんとか、れんこんとか、こんにゃくとか、みりんとか・・・ きぬさやは軽く調べて中国になさそうだったので不参加ですね。
他はギリギリありそうだったので、参加。
南瓜プリンはほとんど描写できませんでしたが、以前の番外で使用した竈を使いました。

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