真・恋姫✝無双 魏国 再臨 番外   作:無月

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11/22,11/23 【華琳視点】

『一か月ほど休みが欲しい』

 そう言って彼がどこかへと愛馬と共に飛び出していき、もうすぐその休みが終わる日。

 そう、それはいいの。

 彼が休みをどう使おうと彼の自由、私も冬雲が何かをしでかすとは思っていない。けれど・・・・

「連絡の一つも寄越さないのは、どういうことかしらね?」

 おもわず眉間に皺がより、目の前の事態に頭を抱えてしまう。

 彼がいないからと言って回らない国ではない。それに彼自身、留守にすることで事前に緊急の書類は勿論、一か月の間に出るだろう不祥事等に備えて対策を練った書簡を白陽達に残していった。

 彼らしい出来すぎた配慮だと思うのだけれど、致命的な問題が一つだけ残っている。

 

 全員の士気が下がる。

 

 誰もが仕事をやらなくなるわけでも、泣き暮らすわけでもなく、誰かが冬雲を探して駆け回るということもない。

 あの時もそうだったように、誰もが仕事は仕事と割り切ってはくれている。

 が、『冬雲がいない』ただそれだけで、流れる空気が違ってしまう。

「あからさまに仕事の効率が落ちるわけではないのが、せめてものの救いね」

 そして、その空気を敏感に感じ取り、すぐさまこの考えに行き着いた私自身も彼がいないことに寂しいと感じていることを自覚していた。

「困ったものね・・・ あの子たちも、私も」

 おもわず零れる苦笑に、おそらく明日あたり桂花から来るだろう『冬雲捜索嘆願書』への対処をどうすべきか考えていた。

 いっそのこと、許可してしまおうかしら?

 おもわずそんな八つ当たりとも取れるような悪戯が浮かび、口元が弧を描く。

「姉者、書簡です」

「華琳様、言われていた書を持ってきました」

「入りなさい」

 扉を叩き、外から樟夏と樹枝の声が響き、入室を許可する。

 樹枝に書を置く位置を指示しつつ、樟夏の持ってきた書簡を受け取り軽く内容を確認してすると、ふとあることに気づく。

 そういえばこの二人だけは冬雲が留守をしてから、本当に変化がなかったわね?

 どこに行ったかどうか霞たちが話していても苦笑するばかりで、心配する様子もなかったし・・・・ 何か知っているわね。

 おもわず注視していると、樟夏がこれまでの経験からか肩を震わせ、樹枝の脇腹を(つつ)いて急ぎ足で扉の方へと向かおうとする。

 逃がさないわよ?

「黒陽」

「承知いたしていますわ」

 私が短く名を呼べば、黒陽は出入り口の前に現れ、笑顔で樟夏たちが逃げるのを塞ぐ。

「緑陽」

「皆さまに、伝達してまいります」

 その末の妹である緑陽も私が何をするかを言わずとも、次の行動に移っていく。

 相変わらず司馬八達の働きぶりには惚れ惚れするわね、何かしらの褒美を検討しなければならないわね。

「華琳様・・・・ 私たちが何も知らない場合はどうするつもりですか?」

 冷や汗を流しつつ、窓や出入り口に視線を彷徨わせている。

 樟夏は私が緑陽に指示した時点で、諦めたように虚空を眺めているわね。本当に諦めるのが早いわ、まぁ逃がすつもりはないのだけれど。

「あら、樹枝。

 何の話をしているかわからないけど、私はまだ何も言ってないわよ?

 つまりあなたは、何かを知っているというわけね?」

 三兄弟揃って、何をするつもりだったかが気になるわね。

 というか、私たちに黙って(・・・・・・・)という所が一番気に入らない。

「・・・・黙秘します!」

「黙る、のね。

 あなたはどんどん埋められない墓穴を自ら掘っているわよ、樹枝」

 私は笑顔で二人を見つつ、扉の向こう側に聞こえた複数の足音にさらに笑みを深めた。

 流石ね、緑陽。どれだけの人を呼んだのかしら?

「冬雲様の行先を知っている者がいると聞いたのですが?

 こちらであっているでしょうか?」

 扉を使わずに最初に降り立ったのは白陽であることに、私はおもわず目を丸くした。見れば黒陽も同じような顔をし、樹枝は頭を抱え、樟夏は悟った瞳から一筋の涙をこぼした。

「兄上・・・ 彼女にも言っていなかったのですか・・・」

「いや、仕方ないと思います。思いますけどね? 兄者。

 私たち、死にますよ?」

 扉の向こう側の音と白陽の言葉に最早諦めたのか、二人は隠すこともなく呟く。

「しょおぉぉかあぁぁぁーーー!!!」

「樹枝!! アンタ、冬雲のことを知っているならどうして何も言わなかったのよ?!」

「そや! ウチらがどんだけ心配しとるか、知ってるやろ!!」

「冬雲さんの居場所を知っているんだったら、早く教えてください!!」

 第一陣、突入。

 先陣をきったのは春蘭、桂花、霞、斗詩。これは想定できたわね。しいて付け足すなら凪がいなかったことが意外だけれど、それは場所の関係かしら?

 そう思っていると樟夏と樹枝の間に素早く何かが放たれ、避けた壁に小さな穴が開いていた。

 あらあら、噂をすれば、ね。

「気を小さくまとめ、鋭く、それでいていつもと変わらない威力で打つべし」

「いやいや?! 凪! 気持ちわかるんやけど、それ使うんはやり過ぎやろ!?」

「そうなのー、華琳様のお部屋を壊しちゃ駄目なの。外でやるべきなのー」

「そうだよー、僕たちの攻撃は派手なんだから」

 第二陣は凪、真桜、沙和、季衣。

 それにしてもあの技は見たことがないわね? 白陽とも随分親しいみたいだし、彼女に影響でも受けたのかしら?

 あれが出来るのならその内武器がなくとも、気で物を斬るぐらいはやってのけそうね。

「華琳様、失礼します」

「面白いことを聞いたので、あとを他の方々に任せてきたのですがぁ・・・・ 風達必要ですか?」

「冬雲殿のことですから、全員招集がかかったのと同じでしょう」

「雛里ちゃん・・・? その書簡は一体なんですか?」

「何でもないでしゅよ? はい、二人の絡み強めのもっと高度な趣味の方々専用の本なんて書いてましぇんよ?」

 比較的冷静な秋蘭、風、稟、流琉、雛里がのんびりと入ってくる。けれど、この子たちが一番やることに容赦がないのよね。

 雛里は、自分の創作の使い道をわかってきたわね。良い事だわ。

「さぁ、樟夏、樹枝。

 話してもらえるわよね?」

「「断固拒否します!!」」

 二人の言葉に全員が驚きながらも、笑みを浮かべる。

「これは男と男の約束であり、兄上の望み」

「兄者が普段しない隠し事をここに居る全員した理由、察していただきたい」

 非常に珍しく真剣な顔をする二人に私たちは顔を見合わせてから、最終的に全員が私を見た。

 全員が手を出さなかったということは、『それなりの理由があることを認めつつ気になってはいる。最終的な判断は私に任せる』と言ったところかしらね?

「・・・・その一件、私たちに黙っていたけれど、私たちは関連しているのかしら?」

「「黙秘します」」

「その言葉は便利ね?

 そして、聞いている側はとても不便な言葉だわ。桂花、春蘭」

「「はい! 華琳様」」

 桂花と春蘭が私には笑顔を向けながら、鞭と大剣で風を切るような鋭い音を鳴らす。

 桂花の鞭も相当なものね、武将としては戦場には立てなくても護身術としてはいいかもしれないわ。

「樹枝! 今だ!!」

「おう!!」

 二人が私たちの隙を見て窓から飛び出して中庭へと走り出すけれど、そっちには彼女たちが居るのよ。

「ざーんねーん賞」

「参加賞程度は許してもよろしいのでは? 紅陽姉さま」

「青陽姉さまは優しいですね」

「在ってないような賞は、全て残念賞でいいんじゃないですか?」

「灰陽姉さまと橙陽姉さまは厳しすぎですよぉ、最下位くらいはあげましょうよ」

「「「「藍陽が一番厳しいからね(わ・です・よ)?!」」」」

 そんな言葉を言いつつ、紅陽と灰陽が樟夏を押さえつけ、青陽と橙陽が樹枝を縛り上げ、藍陽がこちらに合図してくる。本当に手際がいいわね。

「「ッ!!」」

 二人の元に行こうとした瞬間、凪と白陽が同じ方向を見る。

「凪!」

「白陽、行きましょう!」

 そう言って二人が駆けだしていく。

「二人とも!! どこ行くんや?!」

 そんな二人に声をかけたのは霞、真桜は苦笑いしながら二人を追いかける。

「姐さん、あの忠犬二人が走るんは一人のためしかあらへんって」

「そうなのー」

 二人に続いて第一陣、二陣組はまた走り出していってしまう。残ったのは私と第三陣組、そして司馬の七人。あとは縛られて動けない樟夏と樹枝のみだった。

「・・・・はぁ」

「華琳様・・・・」

 秋蘭の気遣うような声に、私は大丈夫よと手を振る。

「お兄さんは凄いですねぇ、ここに居なくとも私たちをここまで振り回してくれます」

 風は心底楽しそうに微笑み、いつものように飴を舐める。

「華琳様、私たちも向かいましょう。

 勿論、そこのお二人に話を聞きつつ」

 稟もどこか嬉しそうにしながら、そう提案してくる。流琉はそれを聞いて、二人を担ぎ出す。

「歩きますから、降ろしてください。お願いします。

 女の子に担がれて運ばれるなんて、外聞が・・・」

「はははは、何を言ってるんだ? 樹枝」

 樹枝の言葉に流琉が降ろしかけたところで、樟夏が何かを悟ったように笑いだす。そこに在るのは諦め。

 ・・・・面白いから運びながら聞きましょう。

 流琉に視線で指示しつつ、私たちは移動を始める。

「何が言いたい? 樟夏」

「同性愛のネタにされている私たちが、何をいまさら外聞を気にする必要があるんだろうか?

 世は無常、それこそ真理でしょう?」

「世は無常でも、理不尽でもそこで諦めたら終わりだろうが!

 大体、お前がそういう言い返しもせずに諦めたように笑っているから、俺の言い分が照れ隠しにとられて酷くなってるんだろうがぁ!!」

「それは聞き捨てならない!

 お前のその女顔が事態を悪化させてる面もあるでしょう!!

 えぇ? 樹・枝・ちゃ・ん?」

「言ってはならんことをぉ!!」

「あなたは兄者の部隊の牛金か、あなたの実家から連れてきた部隊にでも愛の告白でもされればいいんですよ!」

「兵の中でも筋骨隆々の奴を、何故名指しする?!

 そして、それは洒落にならないからな! 樟夏!!」

 ・・・面白いし、非常に興味深いけれど、そろそろ黙らせましょうか。

「黒陽、風、黙らせて頂戴」

「はい」

「はぁい」

 黒陽が樟夏の首を軽く絞め、宝譿が樹枝の耳元で何かを囁いただけで二人は気絶する。

 黒陽はともかく、宝譿は何を言ったのかしら? とても気になるわ。

「流琉、樟夏は私が背負おう」

「あっ、ありがとうございます。秋蘭様」

 秋蘭と流琉のいつも通りのやり取りを見て、稟が私を見て笑う。

「さて、静かになりましたし、少し足を速めましょうか」

 どの子にも言えることだけど、この子も随分強かになったわね。

「そうね、急ぎましょうか」

 私たちはそう言って、おそらくは彼が戻ってきただろう所へと駆け出した。

 

 

 

 到着すると冬雲は何かを荷台に乗せて慎重に運び、全員を連れて戻ろうとしていたところだった。

「華琳、この事態は一体何なんだ?」

 そんないつもと変わらぬ彼の言葉に溜息が零れ、転がっていた小石を額へと投擲するがそれは軽く受け止められた。

「あなたのせいよ。

 この一か月、一体何をしていたのかしら?」

「俺? 対策練った奴とか、仕事も済ませてきたんだが?

 それにここじゃ、見せにくいから城に戻ってからでいいか?」

 肝心なところは、わかっていないのはどうしてなのかしらね? まったく。

 そんな彼を好きな私たちも、大概なのだけど。

「えぇ、あなたの口からちゃんとした理由が聞けるというなら、いくらでも構わないわよ」

 そう言って、彼の隣に並んで歩きだす。

 手が塞がっているため腕を組むことも、手を繋ぐことも出来ないけれど、それでもいい。

 彼がいる。傍に居る。私の隣にいる。

 それだけがこんなにも幸せで、暖かな気持ちが溢れてくる。

「機嫌がよさそうだな? 華琳」

 こちらを見ずにそう言ってくる彼に、私はすぐさま返した。

「あなたが私の傍に居るからよ、冬雲」

 

 

 

「それで? 一体何をしていたのかしら?」

「俺が正座をされていることもだけど、樟夏と樹枝が気絶しているのは何でだ?!」

 玉座を使うのも日常になってしまったわね、この人数が揃うと中庭かここしか入りきらないのよね。

「あなたがいなくて、士気が下がっていたことへの罰。と言ったところかしらね?」

「・・・・すまん、二人とも」

「話が進まないわ。

 何をしていたのか、簡潔に言ってくれるかしら?」

 私がそういうと冬雲は大事そうにさっき荷台から降ろし、傍に置いておいた荷物をその場に広げた。

 そこに並べられたのは多くの陶器の杯(さかずき)、しかもそれぞれに異なる絵が描かれており、その総数は二十五。

「冬雲? これは・・・」

「その・・・・ 今日と明日が天の世界では『良い夫婦の日』『良い夫妻の日』っていう日でさ、みんなに贈りたくて知り合いの職人に頼み込んで教えてもらったんだ。

 本当は夫婦茶碗を作りたかったんだけど、それよりも杯の方が使ってくれることが多いだろ? だから、絵も少し前から樟夏にならって、俺が作ってみたんだ。

 あんまりうまくなくて、申し訳ないんだけどさ」

 そう言って頭を掻いて、照れくさそうに言う彼に全員がそれぞれの反応を見せる。本来なら抱きついて喜びを表したい者もいるだろうが、せっかく作ってくれた杯に気遣ってそれは出来ない。

「あなたは本当に・・・・ 私たちの心を掴んで離さないわね。

 皆、宴の用意を。張三姉妹も呼び、酒宴を開くわよ。

 冬雲が贈ってくれたこの杯で、飲み交わしましょう」

『はっ!!』

 私の言葉に皆が散っていく。

 その中で言葉をかける暇もなかった様子の冬雲は忙しなく視線を彷徨わせ、私はそんな彼の傍に歩み寄る。

「それで? 私の杯はどれなのかしら?」

「これだよ」

 そう言って迷わず差し出してきた杯には、見慣れない黄色い花が描かれていた。

「これは花なのかしら?」

「あぁ、向日葵っていう夏に咲く花なんだ。

 太陽の方を向いて、まっすぐ育つ。華琳みたいな花だよ」

 頬が熱くなるのを感じ、私は誤魔化すように問う。

「それで二十五個、私たちの分しかないけれど、あなたの分の杯はどうしたのかしらね?」

「あー・・・・

 試作品の段階でうまくできたのは樟夏と樹枝にやって、俺の分は考えてなかった・・・」

「はぁ?」

「うまくできるかわからなかったし、この一か月は本当に華琳たちに贈る物のばっかり考えてたからなぁ。

 自分の分を用意する余裕なんてなかったんだよ」

「呆れたわね・・・・・」

 彼らしいその言葉に溜息を吐きながら、私は愛しい将来の夫を抱きしめた。

「あなたの分は、私が今度作ってあげるわ。

 楽しみにしていなさい、冬雲」

 その言葉に嬉しそうに笑いだす彼を、全員が戻ってくるまで私はそうして独り占めし続けていた。


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