真・恋姫✝無双 魏国 再臨 番外   作:無月

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新年早々、番外で申し訳ない・・・ 本編も執筆中なのでお待ちください。

さて、彗扇にまつわる最後の番外。楽しんでください。


彗扇と緋扇

彗扇(スイセン)、あなたがしたいことは何かしら?」

 私はあの日、寝台へと体を預ける妹へと問いかけていた。

 すると妹は書き途中であっただろう筆を置いて、これまで何度も見てきたあの困ったような微笑みを私に向けてくる。

――― この子はいつもそうだった。

「彗扇」

 誰よりも自分の病を知り、医者が匙を投げた時すら家族の誰よりも現実を見据えている妹のことを両親は『強い』と称した。嘆き悲しむだけで何もしてやれない、楽にしてやることすら出来ない自分達は弱いのだと。

 けれど、それはおそらく間違っている。

――― 病に身を削られているにもかかわらず、気遣いや優しさを持ち合わせ

「あなたが望む本当を、口になさい」

 病により自由に出歩くことすら叶わず、ごく稀に外に出ることが叶っても人目を避けて日没前か日没後に限られる。日中の多くを寝台の上で過ごし、これまで過ごした人生の大半を気休め程度の薬と眠りで過ごす。

 幼い頃から遊ぶことよりも読書を好む大人しい子ではあったけれど、草花を好んでいた妹にとって今の生活が辛くない筈がなかった。

――― けして、弱い所()を見せてはくれない。本当の望みを口にしてはくれない。

「姉さん・・・」

 私の言葉にさらに困ったような顔をする妹から、私はけして目を逸らさない。

――― この子が何を望んでも、私は受け入れるだろう。

「彗扇、決めるのはあなたよ」

 卑怯な問いかけであり、この子がこの問いかけの行える限界を熟知していながら、それでも私は問いを取り消すことはない。

 私でも、両親でも、他の誰かではなく、この子自信が選ばなければ意味がない。

――― たとえ選ばれたのが死であったとしても、それがこの子の選択なら私は躊躇わない。

「そんな泣きそうな顔をしないで? 姉さん」

「していないわ」

 私の顔に触れようとする妹の手を拒むことなく受け入れながら、妹の言葉を否定する。

――― 私が泣きそうな顔をしているなんてありえない。

「私にそんな感情、必要無いもの」

 私の言葉に困ったような顔を続ける妹から伸ばされた手に触れ、握る。

 白く、細く、冷たい。非力な私ですら強く握ったら壊れてしまいそうで、書き物をしていたからか少しだけ墨に汚れていた。

――― 妹一人救えない愚か者には涙を零す権利など不要であり、悲しむ理由を持つ価値もない。

「姉さん・・・」

 気持ちの全てを見透かすように私を呼ぶ妹に私が望むのは、年相応の我儘を口にすることだけ。

――― 悲しいなら悲しいと言ってほしい。辛いのなら辛いと叫んでほしい。

    その体に理不尽を背負わせた多くが憎いのなら、恨んでほしい。

    そして、病を患うことなく生きる者(私達)が恨めしいのなら、嫌ってほしい。

「私の勝手な望みであることはわかっているわ、彗扇」

 自分の体の限界を知っている妹に、人の心の機微に聡いこの子にとっての無理難題。

「やめてよ、姉さん・・・」

 私を呼ぶ声にようやく、病に患う前の妹の姿が見えた気がした。

「何をかしら? 彗扇」

 酷い問い、妹の言葉が何を示しているのかを私は知っていながら追及する。

「私は・・・ 生きてるだけで幸せって思わなきゃ、いけないから」

「彗扇!」

 妹へと初めて荒げた声に自分自身で驚きながら、つとめていつもの声に戻して言葉を続ける。

「私が聞いているのは、あなたが思わなきゃいけないことではないでしょう。

 あなたが本当に望むことよ」

 すると妹は俯き、ほんのわずかに動かした視線の先にあったのは書簡。

 先ほどまで書いていたもの、書き途中でやめたもの、ある程度書いて棚に納められたもの・・・ 山のように積まれたそれらはありもしない架空の物語。

「書いていたい・・・」

 望むことを恥じるように、言葉にすることを躊躇うように小さな声で紡がれた思いを私は聞き逃すまいと耳を傾け続ける。

「ずっと・・・ ずっと書いていたいの」

 一つ、二つ・・・ 掛布の上に水滴が落ちていく。

 落ちていく水滴を妹が拭っても瞳から止まることはなく、体を震わせ、次第に嗚咽が混じっていく。

「私はいろんな所に行くことも出来ないけど、私の書いた物なんてどこにも残らないでなくなっちゃうかもしれないけど・・・ それでもいい」

 叫ぶというにはあまりにも小さく、けれどそれこそが妹にとって最大の声量。

「何も書ききれずに終わるかもしれない。何一つまともに形になんてならないのかもしれない。けど、それでもいいの」

 現実からの逃避、その末の都合のいい夢物語。ありもしない幻想生物、美しい景色、暖かく優しいだけの人々。

 見たことない筈の世界を描いているにもかかわらず、その世界は優しかった。

 けれど、ふとした時に混ざる現実味のある物語は、それらと違う恐ろしさすら感じるほどのものだった。

「馬鹿みたいって言われるかもしれない・・・ だけど、姉さん。私は自分が死ぬその一瞬まで、ずっと書いていたい。

 私は・・・ この生の全てを書くことに使い果たしたいの」

――― やっと・・・ やっと言ってくれたわね。

 言葉が終わるか終わらないかのところで、私は妹を固く抱きしめていた。

「ねえ、さん?」

 妹の驚きに応えることもなく、私はただ妹を抱きしめ続ける。

――― やっと、泣いてくれた。

「その望み、私が叶えてあげましょう」

――― 愛する妹のささやかな望み、叶えないなんて姉が廃るというものでしょう?

「対価は・・・ そうね、あなたが幸福であり続けることよ」

――― どうか、その終わりまであなたが幸せでありますように。

    そして、それ(別れ)が少しでも遠くありますように。

「その幸福のためにはこの部屋は狭すぎるわ、それにもう少し簡単に知識を集められる場所へ移りましょう」

 抱きしめていた妹を離し、私は懐からいくつかの書簡を取り出す。

「えっ・・・ 姉さん、これって」

 驚く妹におもわず口角が上がるのを感じ、目を細めてしまう。

――― あぁ、本当に今日は嬉しいことばかり。

「明日までに持って行きたいものを書簡に記しておきなさい」

「はいっ!」

「ただし、無理はしないこと。

 楽しみすぎて睡眠をとらなかったり、何か浮かんだからといって物語を書き続けないこと。いいわね?」

 最愛の妹の気持ちのいい返事が出来たご褒美に頭を撫で、軽い注意も促しておく。

「姉さん、私はそんなに子どもじゃないよ」

 そう言いながらも彗扇が私の手を振り払う様子はなく、むしろ気持ちよさそうに身をゆだねてくる。

「子どもだとも、子どもでいて欲しいとも思わない。

 けど・・・ あなたが私の可愛い妹であることはずっと変わらないでしょう?」

 何が変わっても、始まっても、終わっても、それだけは変わらない。

「あなたは生まれた瞬間から・・・ いいえ、その命が母に宿った時からずっと私の大事な存在だわ」

――― この子の笑顔が、驚く顔が、鮮やかに変わる表情が、こんなにも愛しい。

 

 

 

 そうして私は妹を実家から連れ出し、水鏡女学院へと移った。

 そこで私は腐れ縁とも言える同期と出会い、彗扇はその腐れ縁であり私から見ても変人である二人を『素敵な友達』と呼び、その縁を喜んだ。姉としてはあの二人から悪影響を受けるのではないかと心配したけれど、彗扇が喜ぶ顔を見てしまうと何も言えなくなってしまった。

 平と謹が彗扇をどう思っていたか、彗扇が二人をどう思っていたかを私は知らないし、二人から聞くつもりもない。わざわざ言葉にせずとも二人にとっても彗扇の存在は代わりの居ない『何か』であったことは、妹が死してなお女学院へと送られる名も知らぬ花の種と大陸中へと広がろうとしている妹の物語が言葉より雄弁に語っていた。

「あなたが夢想と諦めたこと()を、あの二人がこんな形で叶えるなんて・・・

 おかしなものね、彗扇」

 諦めた夢から描いた世界が夢となり、夢へと進む中で二人と出会った。

 そして、その二人は彗扇自身がとうに諦めた夢を叶えた。

「あなたの夢は、全て叶ったのよ」

 もっとも平も謹にもそんなつもりはなく、自分がしたいように行動した末の結果だろう。

「ねぇ、彗扇」

 死者は何も返してはくれない。

 こうして語り掛けることも自己満足で、自分自身を慰めるためのものだとわかっている。

「・・・・・・」

 何を語るというのだろう。

 生きていてほしかったとも、生き返ってほしいとも違う。

 二人が誇らしいと胸を張るのも違う。その功績は本人達があの子の墓前で口にするから意味がある。

「あなたにとっての私は・・・ 自慢の姉だったのかしらね?」

 結局口にしたのは、本当に意味のない言葉だった。

 彗扇のことを知っている者は女学院ですらごく一握りであり、私に妹がいたことを知っている者も同様。これによって周囲から見て、私が『自慢』あるいは『良い姉』だったと称する者は皆無といっていいだろう。ましてや彗扇自身が亡くなった今となっては誰もその答えを知ることはなく、両親に判断を問うたとしても結果は公平なものにならない。

「コケェー・・・」

林鶏(リンチー)、あなたからの評価も公平にはならないわよ」

 死期を悟ったあの子が水鏡達に頼んで手に入れた卵から孵した雛、それが林鶏だった。

 卵を孵すなんて奇跡を成し遂げ、孵した親である彗扇の望んだ以上に強く丈夫に育った。育ての親としての贔屓目もあるだろうが、連合に溢れていた脳筋達よりもはるかに賢いだろう。

「コケッ」

「林鶏・・・?」

 寝床としている箱から立ち上がった林鶏が扉まで走り、机に向かっていた私に振り返る。ただ外に出たいだけなら林鶏は窓から勝手に出入りするため、扉を使うのはほとんど私だけだ。

 私が真意を掴みとれないまま観察していると、林鶏は足を数度床へとぶつけたことで私もようやく理解する。

「あなたが私に『ついてこい』なんて珍しいわね」

「コケッ!」

 軽く机を片づけ、林鶏に示されるがままに扉まで歩いて開けてやる。すると想定通り、林鶏は私を置いて廊下を駆け出していき、私を待つように立ち止まった。

「そういえば、あの子が書いた作品の中にも動物に導かれるなんて場面があったわね」

 数ある作品の一場面を思い出し、私は林鶏の後を追った。

 

 

 

 林鶏が足を止めたのは、私が使っている離れの二階にある彗扇の部屋の前だった。

「林鶏、どういうつもりかしら?」

 言葉が通じているといってもいいほど察しの良い愛鶏に溜息を零して問うても答えは返ってこず、開けろと言わんばかりに扉を数度つつく。

「わかったわよ・・・」

 扉へと開けばそこには他の部屋同様、寝台や小さめの机、いくつかの棚などがあり、部屋の主がいなくなった今も配置が変わることなく並んでいた。

 しいて他との違いをあげるとするなら、角部屋であるこの部屋は窓が多いことや部屋の主であったあの子が書いた物や資料を置くための棚や立てかけが多いことだろうか。

「それで林鶏、私をここに連れてきた理由は何かしら?」

 問いかける私に一度振り返りながら、林鶏は忙しなく首を動かして寝台の隣に置かれた箪笥周辺をうろつき始める。そこで上から下を見渡し、五つある収納の二段目を蹴り飛ばす。

「林鶏、開けるならもっと他の方法があるでしょう」

 蹴られた勢いで飛び出す箪笥の収納を拾い上げると、その中にあっただろう数本の古い書簡に気づく。

「彗扇の字ね」

 泡沫水仙の名がつける前のものなのか、作品の目印としていた水仙の意匠も彫られておらず、読む順らしき漢数字だけが彫られているだけ。何度も読み返したのか閉じている紐には癖がついており、いつも手をかけていただろう場所はやや滑らかになっている。

「これを私に見せたかった、というの?」

 私の問いかけに林鶏は応えず、彗扇が使っていた寝台の上に座ってすっかり落ち着いていた。

「あなたはあの陣営に悪い影響でも受けてきたのかしら」

 今日何度目かの溜息を零し、私はかつて定位置だった窓の近くの椅子へと腰かけ古びた書簡を開く。

 そうして落ち着いたところで、ふと気づいた。

「あの子の作品を読むのは、いつ振りかしら」

 自分だけの空間においてわかりきっていることを呟きながら、私は書簡を開いて文字を追った。

 

 

 そこに書かれていたのは、大陸を舞台に繰り広げられる架空の物語。

 一人の少年が遠い未来から迷い込み、多くの者と出会い、立ちはだかる困難や現実によって成長していく。そんな少年に姫武将達は時に救われ、期待し、先の見えぬ将来に希望を見出す。だが、その終わりは幸せな終わりを好む彗扇らしくない姫武将と少年との永遠の離別で締めくくられていた。

 

 

「ふぅん?」

 勧善懲悪というには明確な悪がなく、恋愛物語というには悲恋すぎる。謹が世に広めようとしている作品に比べれば物語の構成はいいけれど作者側の技術である文章事態が拙いように感じられる。もっというなら、私が読んできたどの作品よりも未熟な印象を受けた。

 と考えると同時に、ある答えに行きつき私は目を見開く。

「まさかこれは・・・ あの子の処女作なの?」

 あの子が物語という形を持たせた初めての作品だというなら、文章の拙さや何度も書き直された痕跡にも納得できる。

「謹の耳に入ったら、大変なことになりそうね・・・」

 彗扇の文章の全てを好む謹ならこれも世に出そうとするに決まっている。あるいは、個人的に楽しみたいがために引き取りたいと申し出てくる可能性もある。私個人としては一向にかまわないが、彗扇が隠していたことを考えるのならこれは世に出すべきではないのだろう。

「彗扇・・・」

 また、意味もなくあの子の名を呼ぶ。物語の向こう側にはあの子がいる、そんな身勝手な考えすら脳裏をかすめていく。

 物語を最後まで読み切った最後に書かれていたのは物語ではなく、彗扇自身の言葉だった。これが初めて形に出来た物語であることや作中でのこだわり、この作品は自分以外が読むことはないだろうという予想というより宣言に近い言葉の数々。そして、もうじき終わるというところで彗扇はこの作品の今後についても触れていた。

 

 

『もし少年が帰って来れたなら、もう一度彼女達と再会出来たなら。あるいは少年が誰か別の姫武将達と出会っていたら、この物語は全く別の物へと変わっていたことでしょう。

 何かが変わっていたら、他の誰かが現れていたら、導く人がいたら、忘れたくない記憶を抱き続けていたら・・・ 考え出すときりがないほど、物語は様々な広がりを見せてくれます。全てを試して書き綴りたい気持ちもありますが、この作品の幕は一度ここで閉じ、そうした物語はまた機会があったら書き綴ることでしょう。もしかしたらそれを書き綴るのは私ではなく別の誰かかもしれません。

 ですが、現実は時として物語よりもはるかに奇妙であり、数奇な運命を人へと運び込むもの。

 病にかかった時点で殺される可能性もあった私がここまで生き永らえ、一つの部屋の中で終わりを迎える筈だったにもかかわらず、こうして物語を書き綴ることの出来る環境で優しい姉と素晴らしい親友を得られたように。

 この物語は書簡の中にとどまらず、現実へと飛び出して行ってしまうかもしれません。

 

 

 私から初めて生まれた物語と最愛の姉と最高の親友達に感謝を込めて 彗扇』

 

 

「ふ、ふふ・・・ あははははは」

 この作品自体を仮に処女作品とするなら、おそらく最後に書かれた後記は彗扇が後になって書き足したもの。そして、見せるつもりはないと記しながらも、誰かが見つけてくれることを願っていたのだろう。

 あぁ、けれどもしあの子の言葉通りに全てを受け取るのなら、私達はなんて酷いのだろう。

「彗扇。

 あなたが望まなくとも、平はあなたとの思い出を抱いてあちこちへ訪れ、あなたの元へ花を届けるでしょう」

 私達は誰一人として

「彗扇。

 あなたが嫌がったとしても、謹は自分の生ある限りあなたの作品を残し続けるために動き、可能な限り永久にあなたの名を残し続ける」

 あの子が望んだことを実行せず

「彗扇。

 あなたが望まなくとも、私はあなたを殺した病を許さず、この病に打ち勝ちましょう」

 望んだことを叶えず、自己満足と身勝手を突き進み続けている。

「ねぇ、彗扇。

 あなたが生きていたことは、誰にも消せないわ」

 何故だろう? 平も、謹も、身勝手に動き続けているだけなのに。

 そんな二人に対して私は、感謝に近い想いを抱いている。

「あなたが望まなくとも私達はあなたのことを想い、身勝手な行動をし、自己満足を行い続けるでしょう」

 妹はもう、ここに居ない。大陸のどこを探しても存在しない。

 あの子へと向ける笑顔も、涙も、もう意味も価値もない。

 あの子へと向ける言葉はただの音となって風が搔き消し、行動はもはやあの子のためにはなり得ない。

 けれど、そんなことは関係ない。

 私達はただ自分のやりたいことを、気が済むことを行っていくだけなのだから。

 ふと、あの子が最後に望んでいたことを思い出し、私は表情を変えていく。

「あなたがなんと言おうとも、私はあなたの姉で在れて幸福だった。

 私は・・・ 私達はあなたと共に過ごせて、楽しかった。

 生まれてきてくれてありがとう、彗扇」

 




法正さんの最後の表情は何だったのか、それはあえて書きません。
彼女あってこその三人、三人がいてこその彼女。
いないことが寂しくて、いないからこそ決意して、いなくなってしまっても変わらない。
これが不器用で、わかりづらく、誰に褒められることも望んでいない彼女達の想い方であり、『彼女のため』という言葉を忌み嫌った、身勝手な三人の偲び方なのです。

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