同士の退院を祝して!
「はぁ、あとは誰でしたっけ?」
城の廊下でいくつかの名前が並んだ書簡に目を通しながら、僕はそこに並んだ名前の多さにおもわず溜息を零してしまいました。
「・・・結構な期間留守にしてしまったとはいえ人増えすぎでしょ、この陣営」
連合の際に月さん達四名、水鏡女学院からお連れした劉協様と黄親子三名、幽州から避難してきた白蓮殿ら五名。そして、隠居していたとはいえご挨拶が遅れてしまった華琳様と樟夏の父・
顔見知りである月さん達はともかく他の方々には一言挨拶をするのが礼儀であり、僕はようやく得た休日を使って挨拶周りを行っているわけですが・・・
「ほとんどの方が捕まらない・・・」
捕まえるって言葉も語弊ある気がしますけど、実際捕まらない人が数名いるんですよね!
先日、街のど真ん中で華蝶仮面とか愉快な珍劇を繰り広げた自由人とか、何故か堂々と女装をして主婦談議に混ざったり、安売りに混ざってるあるお方の御父上とか。あとはまぁ・・・ 場所はわかってるんですけど話しかけにくいというか、世界で二人っきりになってる成立したての恋人達とか・・・ 華琳様と兄上と一緒にいてなぜか幸せそうに鼻血噴いて倒れた方とか、真名通り風のようにあちこちふらふらしていて捕まらない方とか・・・
まともに話が出来たのが赤根さんだけとか、おかしくないですかね・・・?
「樟夏めぇ・・・!」
兄上同様義兄弟として幸せになってほしいという気持ちはあるにはありますが、同時に言いようのない苛立ちが生まれてしまうのも仕方ないというもの。
「樟夏が女装して潜入すればよかったのに・・・」
万年青様の女装も周囲に溶け込むぐらい違和感がないし、髪も綺麗にしてあって高身長。佇まいだって華琳様の実弟ということもあって優雅だし、女装すればそれこそ華琳様よりも美しいんじゃ・・・
「なーに、しけた面して歩いてるんや! 樹枝ぃ!!」
後ろから突然かけられた言葉に僕が振り向くより早く、背中に平手が落ちる。
「ったぁ!?」
一瞬、呼吸が止まってしまいそうな衝撃が背中を襲って、僕は原因となった霞さんへと視線を送る。だけど、霞さんは視線なんて気にするわけもなく、『さっさと答えろ』と言わんばかりに僕を見て笑ってすます。
「霞ちゃーん? 春蘭ちゃん達にやるような威力で人を叩くのはよろしくないと思いますよー?」
「風、樹枝にはそういう心配はいらんわ。
何せあの呂布の一撃を躱すだけの実力もっとるんやし、季衣やら流琉の拳喰らっても擦り傷で済んどる。しまいにゃ、惇ちゃん達と日常的に追いかけっこやで? ウチのただの張り手ぐらいじゃどうってことないわ」
・・・改めて言葉にされると僕ってそんなんばっかりでしたね。
それでもあえて霞さんの言葉に付け足すなら、不意に飛んでくる姉上の鞭や千里さんの精神攻撃やら、白陽さんの暗器やらを躱し、牛金から逃げたり、追いかけたりする日々・・・
「おやおや、泣き出してしまいましたよ?
風達の義弟ちゃんになるんですから、もっと可愛がってあげないと駄目ですよー?」
目元に布が当てられる感触と近くなった距離でようやく声の主が風殿だと気づき、さっきまでは霞さんの背で見えてなかったのかと納得しました。
「痛かったですねぇ。
大丈夫ですよー、風お義姉さんが守ってあげますからねー」
ですが、その・・・ 姉上とほぼ同格に等しい方なので言葉にしづらいのですが、僕へと頑張って腕を伸ばす姿はとても幼く見えます・・・ 『姉』という言葉がここまで似合わない方はそういないのでは・・・
そんなことをちらりと考えてしまいますが、僕の知っている姉と呼ばれる女性を思い浮かべてみる。
華琳様:容姿的に姉と言い難く、性格に難あり
姉上:同上
黒陽殿:容姿に問題はないが、愛情表現が難解。妹への対応も不明
白陽殿:妹達に対しては問題なく、他から見ても姉をしている
春蘭殿:悪くいえば脳筋。むしろ妹に諫められる人
劉弁様:男装変態且つ重度の妹好き
天和殿:妹達との関係も友好に見えるが、姉としてはどうかというと不明
・・・『姉』という名称が似合う方なんてほとんどいませんでしたね!
「そらそうやけど、身内だからこそ遠慮もなんもいらんやろ?
大体、今のそいつの顔は風に対して失礼なことを考えてる顔やで?」
「そ、そんな滅相もない!」
だから、どうしてこの陣営の女性陣は勘が鋭いんですかね!
「ふふふ、風は気にしないのですよ~。
樹枝ちゃんの正直なところは美点ですし、それが霞ちゃん達の心を開かせる要因になっていたのなら、義理とはいえ流石お兄さんの弟ですねぇ」
掴みどころのない笑みを浮かべながら風殿は僕の服の裾を掴み、廊下から見える中庭をすっと指し示しました。
「これから霞ちゃんと風は中庭の四阿でお茶にするのですが、樹枝ちゃんもお茶会に参加しませんか?」
「い、いえ、僕はまだ挨拶をしなくちゃいけない方々がですね・・・」
適当なことを言って断ろうとすると、霞さんはそんな僕を見透かしたようにニヤリと笑っていて、洛陽で嫌というほど見てきたその笑顔に嫌な予感しかしてきません。
「なら、ちょうどえぇやん。
風もどーせその一人なんやし、三人でのんびり茶でもしばこうや」
「しばかれるのはお茶じゃなくて僕の間違いでは・・・」
「そーなりたいんやったら、お望み通りしばいた後城門の外まで飛ばしてもえぇで?」
霞さんはどこからどこまでが冗談かわからない上に、実行できるところが質が悪いですよね!
「樹枝ちゃんと霞ちゃんが仲が良いことはわかりましたけど、そんなに顔を近づけてると接吻してるように見えてしまいますよー?
二人が接吻をした、なーんて噂がたったらお兄さんが倒れてしまう可能性がありますからねぇ」
「兄上がそんな玉ですか! 僕が殺されますよ!!
あの人、実はかなり嫉妬深い上に姉上たちのこととなると目の色変わって、いろいろ暴走しだすんですから!!」
贈り物やら、行事やらに向けられてる行動力や情熱が殺意に変わったらどうなるか。想像するだにすら恐ろしい。
「ハッハッハ、それもそれで見てみたい気もするなぁ」
「いや、一度してますからね?!
黄巾の乱では英雄として綺麗に片づけられましたけど、あれは戦だったから許されることであって、平時であんなことされたら恐ろしすぎますから!」
状況が状況だったために兄上の行動は英雄として認められましたけど、あの時の兄上勝手な行動しすぎでしたから!!
道を開けることは許可しても、誰が本陣まで白陽殿と二人っきりで突っ込む馬鹿がいますか。というか、誰も実現できるなんて思ってない上に、白陽殿と二人っきりで戦場のど真ん中で大立ち回りとかふざけるな・・・ ふざけんな・・・!
「ふふふふふ~、それほど風達がお兄さんに愛されてるということですよ」
本音を隠すような先ほどまでの笑顔とは違い、風殿は誰から見ても幸せだとはっきりとわかるとろけるような笑みを浮かべ、それは姉上達の話をしている時の兄上の笑顔に酷似していました。
「勿論、風達もお兄さんに負けないぐらい愛していますし・・・」
「冬雲に命の危機が迫ったら、そんくらいしたるけどな」
微笑ましい気持ちが一瞬で吹き飛び、得意げにサラッと言ってしまうところなんてまさに・・・
「前言撤回! 表情だけじゃなくてヤバさもそっくりですね!!」
「霞ちゃん、嬉しいですねぇ。褒められちゃいましたよ?」
「そら、恋人も夫婦も似てくるもんやし、うちらが大陸一の熱々夫婦なのは言うまでもないことやけど、改めて言われるとやっぱ照れるなぁ」
「照れるところじゃありませんから! 褒めてませんから!!」
一瞬でも微笑ましい気持ちになった僕の感動を返せ!
というか、一夫多妻で熱々とか鬱陶しいことこの上ない!!
「では、お礼もかねて風と霞ちゃんのお茶会にご招待するとしましょう。
お菓子は季衣ちゃんおすすめのお店から調達した物と、流琉ちゃんが作ってくれた新作お菓子・まどれぇぬですよー」
「そら、楽しみやわー」
風殿の言葉に返事をする暇もなく、僕は霞さんに担がれてしまう。
「ちょっ、霞さん?!
僕はまだ参加するなんて一言も・・・!」
「樹枝も観念しぃや。
こういう時の風には華琳かて敵わんわ」
豪快に笑ってますけど、華琳様すら敵わないってどういうことですか?! 誰なら勝てるんですか、それ!?
「霞ちゃーん、余計なこと言うお口は縫い付けた方がいいですかねー?」
「じょーだんや、じょーだん。
風には感謝しとるわ、いろいろとなー」
かつてのこととかで僕の知らないことがいろいろあるんでしょうし、口を挟んじゃいけないとは思いますが!
「大人しく参加しますからおろしてくださいよ!」
が、僕の言葉は当然聞き入られるはずもなく、中庭の四阿まで担がれていくことになりました・・・
「さて、お茶とお菓子も揃ったことですし、風は可愛い義弟ちゃんにあれこれ聞きたいことがあるのですよ」
「お茶を淹れたのは僕ですし、
じろりと霞さんを睨んでも、こちらを見すらしないで朗らかに笑い続けている。休みみたいだからいいんですけどね・・・
「細かいことは脇に置いておくとして、風は樹枝ちゃんのことはお兄さんや桂花ちゃんから少し聞いているだけでほとんど知らないのが実情なんですよねー。
連合でも会いませんでしたし、樟夏殿は樟夏殿で白蓮ちゃんとずっとあの調子ですし」
「あー・・・ お疲れ様です・・・
なんか、義兄弟がすみません・・・」
「樹枝ちゃんが謝ることじゃないですし、あれは白蓮ちゃんも白蓮ちゃんですからねぇ・・・」
連合の際は別陣営で面識はなく、僕も水鏡女学院などで出払っていたり、風殿も幽州のことで忙しなく動いていたので会議以外で顔を合わせず、こうして話すこと自体初めてのこと。
が、共通の関係者である樟夏が
「カッカッカ! 初めての恋人なんて皆浮かれてしまうもんやし、しゃーないやろ。
ウチらかて仕事ないんなら、冬雲の傍を離れたないしなぁ」
「はぁ・・・ かまいませんけどね、あれが樟夏の今の仕事のようなものですし」
自然と言葉に棘が混ざってしまいますけど、経理の仕事はきっちり終わらせているので文句も言えません。
「あれじゃ、兄上と同じじゃないですか・・・」
「冬雲と同じでなんか問題でもあるんかー?
大体、樹枝かて冬雲に似てるところいっぱいあるやないか」
聞き捨てならない言葉に突っ伏していた顔をあげて霞さんを睨むと、霞さんは持っていた杯を僕へと向けていつもとは少し違う笑みを向けていました。
なんでしょう、この笑顔・・・?
楽しんでいるようなのに、少しだけ複雑そうにも見えますし、よくわからないですね。
「僕が兄上に似てるところなんてありませんから。
誰かのために命知らずなことすらやるような真似なんて一つもしてませんし、人を誑し込むようなこともしてません」
「ほーぅ、それはそれは・・・
では、洛陽での働きを見ていた霞ちゃんに判定を」
否定する僕に対して、風殿はお茶をすすりながら判定を霞さんにゆだねました。
「千里が認めるほどの文官としての資質に、魔王軍の武将にひそかに認められとった胆力。警戒心のめっちゃ強い詠に信頼を寄せさせた実力やで? まーだ樟夏のことはあんま知らんウチからすれば、昔の冬雲見とるようやったわ。
まっ、その割には発言が阿呆やけど」
「褒めるか貶すか、どっちかにしてくれませんかね!?」
おもわず机をたたいて立ち上がる僕に、霞さんは不思議そうな顔をしていて、また意地の悪い笑みを浮かべました。
「冬雲に似てるなんて、最上の褒め言葉やん。
それともなんや? 詠やら千里には男として意識するような言葉でも言うたことでもあるんか?」
「はぁ?!
どうしてそういう話になるんです!?」
悪い笑みの理由はそういうことか!
質が悪い霞さんから逃れるために比較的まともそうな風殿へと助けを求めようと視線を向ければ、風殿はお茶を置いて目を怪しく光らせる。
「その辺りは風も気になりますねぇ~。
義姉として、義弟の将来のお相手はとても気になりますし、恋愛模様には個人的に興味もあるのですよ」
くそっ、この人も千里さんと同類だった! 逃げ場がない!!
「兄上達じゃあるまいし、僕に恋なんてしてる暇なんてあるわけないでしょう!
大体、この陣営の女性に恋情なんて抱かれるなんて・・・」
『ありえない』と言いかけた瞬間、何故か詠さんと千里さん、そして緑陽が脳裏にちらつき、僕はすぐさま首を振る。
詠さんはともかく、千里さんと緑陽は僕をからかって遊んでるだけだろう! しっかりしろ、僕!!
「どうかしましたか?
それとも・・・ 気になるあの
風殿まで意地の悪い笑みを浮かべはじめ、僕はなかなか散らない三人の姿と浮かび始めた汗を誤魔化すように布で顔を拭う。
「そ、そんなわけないでしょう!
僕なんて倒しても起き上がる子どものための玩具みたいなもんですし、牛金に追いかけられるような同性愛の被害者ぐらいにしか思われっこありませんから!!」
それに年頃の男性にありがちな僕の思い込みも十分あり得る。異性にちょっと優しくされたり、話しかけられたりすると意識されてるんじゃないかとか、好意があるんじゃないかとか期待してしまう夏風邪みたいなもので、実際相手は何とも思ってないとかよくあることじゃないか!!
そう、絶対にそう! そうに決まってる!!
「そ、それではお茶会の途中ではありますが、僕は用事を思い出したのでこれで失礼します!」
「おー、逃げるんかー? 鈍感男ー」
「逃げますとも!
それから誰が鈍感ですか!! それは兄上専用の言葉でしょう!」
「いえいえ、お兄さんは鈍感ではありませんよ?
・・・っと、もう行ってしまいましたかー」
後ろから聞こえるお二人の言葉にかまわず、僕は激しくなる鼓動を運動したからだと思い込むために自室まで全力疾走を続けることになりました。
前の仕事に比べるとかなり余裕が出てきたので、この調子で本編書けるように頑張りたいと思います。