「やっほー、孔明ちゃん、玄徳ちゃん。
袁術軍撃退の報告書提出ついでに世間話でもしない?」
扉の前で入室を知らせることなく、右手に報告書、左手にはお茶とお菓子持った王平さんが入ってきました。
え? 両手がふさがってるのにどうやって扉を開けたですって?
いいですか、あの王平さんですよ? 女学院に通っていたにもかかわらず文官じゃなく武官になるような脳筋ですよ?
「朱里ちゃん、そっち終わった?」
「あ、はい。もうすぐ終わります。
それからこの辺りは後でご主人様に届けた方がよさそうですね」
「あぁ、名士さん達からの奴だっけ?
私が行った方がいいかな? それとも誰かに頼んじゃっても平気?」
「いえ、私が行きます。
ご主人様の発想から生まれた商品について、いくつか報告がたまっているので」
個人的に言いたいこともありますし、成果の報告もかねて私が行くとしましょう。というか、桃香様も王平さんのことを完全に無視するとか、随分強くなりましたよね。
「うーん、玄徳ちゃんの成長を見守りつつ、正ちゃんから若干影響を受けて黒く育っちゃったことは複雑かなー」
「「その影響を与えた人の自称親友(さん)に言われても」」
仕事をひと段落させてから王平さんの方に視線を向ければ、既に窓際に置かれた小さな机にお茶会の準備が整えられていました。
普通に有能の筈なのに、普段の行動が全てを台無しにしてるなんて惜しい人ですよね・・・
「あはははー、孔明ちゃんってば思ってることが全部顔に出てるよ?
でも、完璧な人間がいたらそれはそれで一歩距離を置いちゃうと思うけどね」
「王平さんが狙ってる英雄さんは完璧な方だと思いますけど・・・?」
自分の席の周りをわかりやすく整理してから窓際に向かえば、桃香様もどこからかとりだした干果を手に席に着くところでした。
「朱里ちゃん、曹仁さんの話なんてしたら、王平さんの年上語りが始まっちゃうからやめようよ。
それで王平さん、いつもはほとんど寄り付かないこの部屋に来るなんてどうかしたんでうすか?」
「否定はしないけど、玄徳ちゃんってば本当に強かになったよねー。まぁいいけど。
それより聞いてよ、昨日あったことなんだけどさー」
褒めているのかよくわからない感想を言いながら、王平さんは先日あったご主人様と紅火さんの模擬試合について語ってくれました。もっとも王平さんが言っているので多少大袈裟に語っている部分もあるんでしょうけど、それを差し引いたとしても・・・
「でさー、孔明ちゃん。玄徳ちゃん。なんか知らない?」
続いた言葉に少しだけ驚いて王平さんを見れば、さっきまでと変わらずににこにこと笑ったままでいまいち何を考えてるのかがわかりません。
基本脳筋の癖に時々妙に鋭い所があるから苦手なんですよ、この人。
「言葉の繋がりがわからないんですよ? 王平さん」
「疑問は話題から突然切り込んでいくものだから繋がるようなものじゃないし、むしろ断ち切るものだよ?」
桃香様も桃香様で笑顔のまま私達のやり取りを見てますけど、あなたも当事者の一人ですからね? 他人事にしないでください。
「だって、考えてもみてよ。
いくらここを袁術軍が攻めてきたって言ってもあっちは全兵力じゃなかったし、ぶっちゃけそこらの野盗が一回り大きくなったぐらいの兵力しかなかった。それに対して関羽ちゃんと関平ちゃん、華雄ちゃんっていう人選はいくら何でも過剰戦力じゃない?」
人のことを指さしつつも、王平さんの口は止まらない。
「北郷は自分が指示したとか言ってたけど、実際のところはどうなのかなーって。
それにさっき話した模擬試合の時、なんかやたらと十人長や百人長が暇を持て余して観戦しに来てたんだよね。まぁ、さっき話した面子だったら兵の数なんてそんなにいらないし、そうすると彼らが暇になるのは当然と言えば当然なんだけど・・・ 流石に兵の配置に偶然っていうのは無理があるよね?」
・・・ここまでわかってるなら答えわかってるようなものじゃないでしゅか。というか、わかってて悪乗りしたなら、王平さんの方がずっと性格悪いですよね。
「そうなんですよ、王平さん。聞いてください。
朱里ちゃんの黒い企みのせいで私の仕事が増えちゃって増えちゃって。いつもなら十人長さんとかがやってくれる兵士さん達の装備とか全部私がやることになっちゃったんですよ」
「私だけのせいにしないでください! 桃香様!!」
あたかも自分は被害者のように語る
ですが、文句を言う割にはちゃんと仕事はこなせてましたし、予想よりも私の負担も少なく済んでいたので、これに関しては仕込んでくれた法正さんに感謝感謝です。
「あはははー、やっぱり仕組んでたんだ。
さっすが孔明ちゃん、
「私だけの策じゃありませんし、大体先生にちゃん付けしないでくださいってあれほど・・・!」
「そりゃそうですよ、王平さん。
文官仕事やらなかったり、策を考えない朱里ちゃんなんて、ただの八百一本作家じゃないですか」
女学院時代から何度言ったかわからない言葉を繰り返そうとすれば、そんなことはお構いなしに桃香様がしゃしゃり出てきて、失礼な発言していきます。
本当にいい覚悟してますね、桃香様。世の中には男体化というものがありまして、女性をわざわざ男にして妄想・・・ もとい空想世界を広げる方法があることを次回作にてお見せしましょうかねぇ!
「玄徳ちゃん、『胸がない』が抜けてるよ?」
「あぁ! 『身長が低い』もでしたね」
二人揃って手を叩いて頷き合っていますが、絶対に登場人物として書き綴って差し上げましょう。生粋の自由人に主人公が弄ばれたり、幼馴染で気の置けない存在だった親友に襲われる主人公とか書いてあげますよ! えぇ!!
「頭の栄養が揃って胸と背にいった挙句話題にしている企みに一枚も二枚も噛んだ方と、察していながら煽った方は言うことが違いましゅね!」
「あはははは。私が馬鹿なのは認めるけど、それはないかなー。
だって謹ちゃん、頭いいのにそこそこ胸あるしー」
「法正さんは胸はあんまりありませんけど、身長高いですもんね」
「いやいや、正ちゃんはサラシを巻いてるだけで実は結構・・・ あいてっ」
まだ言いかける王平さんの頭の上に何故か突然棚の上にあった書簡が落ち、言葉は強制的に中断させられてしまい、見れば書簡の表に書かれた文字は明らかに法正さんのものでした。
法正さん、居ずにしてツッコミを入れるなんて・・・
「はぁ・・・ 話を元に戻しますけど、あぁでもしないと紅火さん達は納得しないじゃないですか」
王平さんの言う通り、私は桃香様と共謀してご主人様と紅火さんを接触させ、何らかの形でご主人様のことを百人長や十人長に見せようとしました。
が、私達に出来たのは精々紅火さんとご主人様が接触しやすいように状況を作る程度で、あとは完全に運任せという策というには烏滸がましいものでした。実際ご主人様自身が法正さんが出て行ってから引き籠りがちな上、王平さんがどういう行動するかなんて読めませんし、紅火さんに至っては会議や報告の場以外では極力私と桃香様を避けていますしね。
「
白の遣いなんて呼ばれてるから自然と赤の遣い殿と比べられるし、どうして特別扱いされてるのか納得できない人はいて当然。その中でも周倉ちゃんは考え方が
『強い者が正しい』という紅火さんの考え方は過激ですし、本人も愛羅さんがいなければどうなるかわかりません。一応真名は預けてくれていますが、私は桃香様やご主人様のように彼女に全幅の信頼を置くことが出来ずにいます。
「でも、そうした感情を貂蝉さんの存在や朱里ちゃんの本で少しは緩和されてるんですけどね。
実名を使ってないとはいえ、ほとんど容姿をそのまま採用された同性愛の本を書くことを許可するだけじゃなくて、まさか販売まで許しちゃうなんて出来ることじゃないもん」
「今後のことを考えればご主人様が民と行動する機会はどうしても多くなりますし、この一件でわずかでもご主人様への悪印象を減らし、今後の最悪の事態が起こる可能性が小さなものに出来たら御の字です」
追い詰められた者が何をしでかすかはわかりませんし、当然ご主人様の周囲には誰か一人は信頼のおける方を配置しますが、物事に絶対はありません。
「まぁね~。
でも、今回の模擬試合で北郷のことを見直した人は結構いると思うよ?」
「え?
手加減された上に負けちゃったのに?」
話が進む中で机上のお菓子は姿を消し、お茶だけが残されても桃香様の言葉の容赦のなさは消えませんでした。まぁ、桃香様のいうことももっともなんですが。
「その通りなんだけど、あそこにいるのは弱くはない人達だからねー。他とはちょっと捉え方が違ったと思うよ。
結局周倉ちゃんは左手使わなきゃ一本とれなかったし、北郷の最初の構えを崩すのだって手こずってたもん。しかも試合が終わった後、『竹刀』とか言う演習用の新しい道具まで用意して私や周倉ちゃんに持ってきたくらいだし」
「しない?」
首を傾げる桃香様に対し、私は頭を抱えて深いため息が零れてしまいました。あれだけ発明品は会議を通せと言ってるのにこれですか、ご主人様。思い立ったらすぐに行動に移す姿勢は素直に尊敬できますけど、もう少し周りを見て行動してほしいというか、何かをする前に誰かに声をかける習慣をつけて欲しいものでしゅ・・・
他の方がご主人様をどう思ったかについては、現段階では何とも言えませんから様子見するしかありませんね。
「なんか竹と皮と糸をうまいこと使って作られた軽い棒みたいな奴なんだけど、あとで実物持ってくるよ。二人の反応見るにこっちは通してないみたいだし」
「そうしてくれると嬉しいです・・・ あと、その作成に関わった方のことは何か言ってましたか?」
「うんにゃ、言ってなかったね。
そこらへんは本人に直接聞いた方が早いんじゃない?」
発明品について話すことがまた増えましたけど、鍛錬用の棒なんて必要なんですかね? というか需要があるのかが私だといまいちわからないんですけど。
「朱里ちゃん、眉間に皺寄ってる」
この後行うことの順序を考えていると、桃香様が私の眉間に指をあてて少しだけ力を込めて伸ばされていきます。少し痛いです。
「いろいろ考えることがあるのはわかるけど、一人で抱え込んじゃ駄目だよ?
それぞれ得意分野があるから皆で考えるのはちょっと難しいかもだけど、一人で考えるよりも視野が狭くなるなんてことは絶対ないから」
眉間を押されながら聞こえてきたのは桃香様らしい励ましの言葉で、ついつい抱え込もうとしてしまう私の悪い癖を見透かして正してくれました。
以前のように自分の意見を持たず、私や愛紗さんに流されていた桃香様は居らず、ちゃんと自分の足で立って私や愛紗さんの手を取って歩く一人の ――― ご主人様と二人で君主なので、これは少し違いますね ――― 君主がそこにはいました。
けれど、桃香様は何故か突然噴き出し、私の体のある部分と眉間を交互に見て余計な一言を口にしました。
「胸は寄せるほどないのに眉間の皺は寄るだけあるなんて・・・ 朱里ちゃんって残念だなぁ」
この君主様は少し見直そうとするとこれですか、そうですか。
「体型も、性格も、一般男性の理想にもかかわらず、口を開いたら残念な桃香様には負けますよ!」
なので私も、もはや日常となりつつある一切容赦のない言葉を桃香様へと叫んでいました。
次は何を書こうかな~