また、この話をより説明するための話の投稿も予定しています。
「んじゃ、まずはお互いの得物はこれねー」
王平隊長にそれぞれ投げ渡されたもんは、あいつが『木刀』とかいう片刃の剣を模して木を削ったようなもんで、俺はそこらにある樹の枝だった。
「王平さん? 王平さんって俺のこと馬鹿にしてます?」
「馬鹿にしてるっていうか、現役武将と現役君主の模擬試合なんだから相応の手加減だと思うよ?
周倉ちゃんはなんか文句あるー?」
「俺はねーっすよ。
右手一本で相手するっつったし、審判は王平隊長なんすから任せます」
王平隊長に噛みつく君主様は放って置き、俺は何度か枝を振ってしなり具合と強度を確認する。
あれをまともに受けて防ぐとかは出来なさそうだな。まっ、どーせ俺の戦法じゃまともに相手の得物を受けてやることなんざ滅多にしねーんだけど。
「二人揃って馬鹿にしやがって・・・」
「むしろ、俺を馬鹿にしてんのはお前だろうが」
ぐちぐちぐちぐち言う君主様に俺は苛立ちのまま枝を向けて、一瞬風を切るような音を立てて集まってきた暇な兵ともども黙らせる。
「お前がどこで武を習ったか知らねーけどよ。
んなもん、知ったところで大して興味もねーし」
つうか俺自身、こいつがこの大陸じゃないどこかから来たなんて信じてなんぞいない。あいつが着てる服がこの大陸以外のどこかにないという確証もねーし、知識やら歴史やら宣ってることが全部出鱈目だってのも十分ありうる。
口からいいもんだけを吐き出して金をとる奴なんざ
「お前にとっちゃ俺なんてつえー愛紗様達にも及ばねー弱い奴かもしれねーし、実際俺はここの中で一番よえーよ」
愛紗様にも、愛羅様にも、鈴々殿にも、華雄様にも、王平隊長にも俺は届かない。
自分が一番弱いことなんざわかってるし、だからこそこいつにもどっかで舐められてることも知ってる。
「けどな、お前はわかってねーよ」
生きるために奪って、生きるために襲って、生きるために強くなった。
そんな俺の背中には気づけば他の奴らがいて、そいつらを養うために強さを求めた。
そこに誇りも、義も礼も、頭も夢も必要ねーし、ここに生きていることに意味がある。
「俺がどんだけ生きることに貪欲で、強さにどんだけ焦がれたか」
強ければ奪われない。強ければ飯に困らない。強ければ、明日を生きていける。
泥をすすっても、草の根をかじっても、誰かを殺して奪っても、罵られても、それは絶対だった。
「俺の武は生きる術で、お前の武は生きる道。
術として身につけなきゃ生きていけなかった俺と、道として志して別にしなくても生きていけたお前じゃ必死さがちげーんだよ」
こいつが語る夢物語のような世界が妬ましかった。
「紅火・・・ お前・・・」
君主様はなんか驚いてっけど、知らねーな。
「愛羅様がお前を見限らない限り、俺はここに居る。オメーが君主だっつうなら、最低限の礼儀も払う。
それでも俺はお前に心酔したことはねぇし、する気もねぇ。あの毒舌女と同じ意見になるのは癪だが、現実味がまったくない夢が実現するとも思ってねーよ」
生きることが当たり前で、よほどのことがなきゃ飯にも困らない。水にも困らねぇし、ただの切り傷で死ぬ心配もねぇ。誰かのもんを奪う奴がいたり、誰かを騙したりする奴はいるらしいがそれも半ば愉快犯。必要だからじゃなく、楽をしたいからやる塵共だ。
「俺とお前は相いれねぇ。
お前がどうあがいてもそれは変わらねーし、俺も変える気はねぇ」
これは嫉妬で、こいつの弱さを許せない俺の身勝手な感情。
でも、人間てのはそういう生き
「俺は、俺の惚れた強さについていくだけだ」
愛羅様がいたから、俺はここに居る。それ以上でも以下でもなかった。
「周倉ちゃんがここまで北郷としゃべるのってめっずらしー」
「あっ、すんません。王平隊長」
試合だってことは忘れてなかったが、王平隊長についてはすっかり忘れちまってた。周りの奴らも俺が話してる時は意外と静かだったし、それどころかなんか気合の入った眼をしてやがる。演習ん時もそんくらいの顔しろよ、お前ら。
「いいよ、別に。
だってそれ、周倉ちゃんの本音だろうしー」
笑顔を張りつかせたままの王平隊長は俺と君主様を交互に見つつ後ろに下がり、俺達の間を遮るように右腕を下ろした。
「決まり事は特になしで、周倉ちゃんは勝手に右手しか使わないって言ってるけどそれは決まりじゃなくて勝手な宣言。得物しか使っちゃ駄目なんてこともないし、場所も時間の制限もなし。勝利条件はどっちかが得物で一撃入れたらでいいよね?
私が腕を上げて、声をかけたら始めてね~。」
俺達が頷くのを見れば、王平隊長は満足そうに笑って片目を閉じた。
「はい、どうぞ」
言葉と同時に挙がった右腕に俺はあいつとの距離を詰め、枝が折れない程度の力で袈裟切りをするように叩きこむ。
「!? はやっ・・・!」
「チッ」
驚くあいつの顔なんざ気にもせず、初撃を受けられ舌打ち。それにかまわず、俺は勢いに任せて同じ速さで何度も打ち込んでいく。
「え、ちょっ・・・ この速さな・・・?!」
間一髪で受けられていることに驚くが、目で追い切れてるかは怪しいとこだな。来るところに当たりを付けてるのか? いや、最初の形が他の行動をとりやすいようにしてんのか? だとしたら、この形を崩さなきゃいけねーか。
「オメーがおせーんだよ」
一度距離を取り、軽口を叩きつつ考えを巡らせる。
だけど、形を崩すのは片手で行けるか? ・・・いや無理だな、右手の範囲だけで死角はつけねーし。
あいつの方へと視線を戻せば、あいつはすぐさま形を最初の物に戻してやがる。習慣になってる以上、連撃じゃねーとあいつの形は崩せない。なら、正面突破やめっか。
「紅火は誰かを好きになったりとか、夢中になったりとか、しなかったのかよ!」
言葉と同時に単純な動作で木刀をふるってきたので、俺は横に避けつつ、足をかける。
「好きになるほど強い異性を見たことがない上に、生きることに必死だった俺に他の何かなんざなかった。
そもそも! 他の何かが出来るだけの余裕がある奴は、山賊になんざならねーんだよ!」
恋だの、愛だの、家族だの。お洒落だとか、物に拘るだとか、そんなもんは余裕のある奴の特権でしかない。んな余裕、俺には端からなかった。
言葉と同時に、俺の足を飛び越えながら通り過ぎていく奴の頭をめがけて枝を振る。背後から卑怯? 背中見せる奴がわりーに決まってだろ。
「あっぶな!」
とっさに体を倒して避けるが、馬鹿かこいつ。
「倒れた相手を攻撃しないなんて、誰が決めたんだろうなぁ!」
倒れた君主様目掛けて、俺は一切の容赦なく枝を振り下ろし、木刀で受けている部分から真逆の方向や何度も執拗に同じ場所を打ち込んでいく。
が、体を回転させて逃げることで奴も逃げ、俺から距離を取って立ち上がってみせた。
「俺はあるんだよ!
俺には何かが足りなかったのかもしれないけど、俺は・・・ 俺は法正さんのことが本気で好きだったんだ!!」
「お前のその言い方が・・・!」
足りない?
そのお前に好意を抱いてる人がいるってのに、『足りない』つったか、この野郎。
「下らねぇって言ってんだよ!!」
苛立ちのまま、再びあいつとの距離を詰めて、奴が握ってた木刀ごと腹へと蹴りを叩きこむ。木刀に防がれはしたが、俺の目的は腹への攻撃じゃないから十分だ。
「いったいどこが・・・!」
「てめぇは、そいつについてるもんだけで好きになってんのか?」
強いだけの奴なら、巨万といた。
純粋な力という意味でも、権力という意味でも、金っつう経済的に有利なもんで金と食糧で働いて、なおかついつ捨てても代わりがいるような俺ら山賊を取り込んで子飼いにしようとした奴もいた。
その中で俺は自分が負けて、今とは違ってどこか影を背負った愛羅様についていくことを選んだ。
「美人で、頭のいい、武だって申し分のねぇ。大勢の部下連れて歩いて、判断力もある。なおかつ人を伸ばすことがうまくて、どんな奴にだって友好的に話す奴がいたら、誰も彼もがそいつに恋をするのか?」
「それは・・・」
「んで、だ」
俺はもう一度、今度は脇腹目掛けて蹴りを叩きこむ。
再び木刀で防がれて足が痛むが、こんなもんは試合でも当たり前だ。
「それを全部なくしたら、そいつに恋してた奴らは消え失せんのか?」
「!」
「オメーが言ってんのはそういうこったろ?」
鼻で笑って君主様を見下せば、何も言えずにあいつは俺を見ているだけだった。
「自分が悪い? 足りない? もっと早く想いに気づけば?
俺からすりゃ全部、ただの言い訳に過ぎねーよ」
振られた奴が振った奴の顔色窺って、自分を見てくれるのを期待してるようにしか見えねぇ。
「別れて自覚する想いを、恋だの愛だの言うんじゃねぇ。
そんなもんは、落とした菓子に大泣きするガキと変わらねーんだよ」
「うっわ、周倉ちゃんきっつー。
ていうか、恋したことのない周倉ちゃんがそれ言うんだ」
外野つうか、王平隊長が笑ってる気がするが、気にしない。
「誰かの傍に居たいとか思うことに理由や利益を求めたら、俺はいつか離れる自信しかねーっすよ」
実際、俺の部下にもそういう奴がいなかったわけじゃぁない。
俺がすべてを成功していて、ついていけばそれだけで食うに困らないと思った利益だけを求めた馬鹿どもは俺から離れ、今はどうしているかもわからない。
「失くして初めて大事にすりゃよかったなんざ、遅すぎんだよ」
愛羅様がそうだったことは知ってる。その上で、愛羅様が後悔したことも知ってる。
けど、大事なことを知らないまま失ったことよりも
「大事だってわかってんのにそれでも守るだけの力がなかった馬鹿なんざ、この大陸に溢れてんだよ」
英雄のような存在は、どこにでもいるわけじゃぁない。
全員が全員、自分の大切な者を自分の身を挺してまで守れたわけじゃない。
誰かが救いの手を伸ばしたわけでも、神がかり的な奇跡が起きたわけでもない。
「紅火は・・・ 誰かと別れてきたのかよ?」
奴が動こうとすれば俺はいつでも蹴りを入れられるように足を動かす。そうすれば、奴の動きは自然と止まる。
「過ぎ去った日を振り返る余裕なんざ、俺にはない。
振り返ったところでそこにあるのは、一面の焼け野原さ」
何もない以上、振り向く意味もない。
なら、力を求めて前を向いてた方がずっと有意義だ。
「で、だ。
結局のところお前は、あの女に抱いた憧れだか尊敬だかの想いを愛紗様に向けられた恋心と同じかもしれないって思いてぇだけだろ」
俺が常々思っていたことを正直に言葉にすれば、さっきとはまた違った意味で場が凍り付く。けど、まったくかまわない。
「それは・・・ そんなことは!」
「なら、どうして今も迷ってる? どうして愛紗様の想いを断らない?」
愛紗様はこいつしか見てない。こいつ自信が足りないとか抜かすもの、全てをひっくるめて好んでる。だからこそ、俺は気に入らない。
俺はそこで枝が折れることも気にせずに、あいつの頭目掛けて枝を振り下ろす。
「お前の居たところじゃ」
木刀で防がれるがかまわない、隙が出来るまで叩き込むだけだ。
他人から欠点すら含めて愛されてるなんて幸運を幸運と思わず、どこか当たり前とすら思っているように見えたこいつが気に入らなかった。
「そんなに全てが幸福だったのかよ!」
必要とされることが当たり前なのか? 生きることが当たり前なのか? 愛されることが当たり前なのか? 誰かのために生きることが当たり前なのか?
「・・・!!」
学べるだけの身分が、商人の血が、士官を相手にされるだけの相応の地位が、夢物語のような人生全てが俺には妬ましい。
こいつらは俺には、
「けどな! お前が今生きてるのは
明日生きてる可能性も、全てがうまくいく保証もどこにもない!」
枝が折れ、俺は宙を舞った枝の先端を左手でつかみ取る。
「過ぎた後悔する暇あったら、行動してから後悔しろ!
その上で、行動した奴の想いをよく考えやがれ!!」
出来なかったことばっかり、やれなかったことばかりを数えたって何も出来ないままだ。
「愛紗のことは考えてるよ!」
受けばかりだった木刀がついに俺の枝を弾き、驚くだけだった奴もようやく声を大きくする。
「けど俺は! 俺はまだ何も・・・!」
「出来てねーんなら、とっくに全員見限ってんだよ! カス!!」
頭の良い上の連中が、いつまでも何も出来ない奴の傍にいるわけがない。そこで審判やってる王平隊長がいい例だ。
少しずつ守りだけだった木刀が攻めに代わってきてるが、おせぇ。その上真っ直ぐすぎて狙いが丸わかり。
「てか、正ちゃんはやるべきことをやってから帰ったって言ったじゃん。
これで『何も身についてませーん』とか言ったら、失笑もんなんだけど?」
「そう、だけど!」
まだぐじぐじと続けようとする奴に、俺はついに木刀を弾き飛ばすことに成功した。両手を頭の上にあげた状態でがら空きになった胴に枝を叩きつけ、その場に跪く奴を見下ろした。
けど、結果的には俺の負けみたいなもんだった。
「左手使っちゃったねー、周倉ちゃん」
「チッ」
反射的に左を使って、宣言通りに加減できなかった時点で俺の負け。
何より、試合だっつうのに熱くなりすぎちまったのも馬鹿丸出しだ。
「お前らにこの大陸がどんな綺麗なもんに写ってるかは知らねーし、命がどんだけ眩しく尊く見えてんのかもわからねぇ」
消えて当たり前で、殺される前に殺せ。生き抜くためなら手段を選ばない。それが底辺にいる俺達の日常。
血に塗れたぐらいで悲しみに暮れる奴が兵なんてやれねーし、生きることに貪欲にならない奴に明日はない。
「けどな、『変えたかった』じゃ、お前の夢は一生叶わねーよ」
そういって俺は周りの兵を散らすためにそいつに背中を向けて、吐き捨てる。
「北郷、
それがお前らの言ってる夢の形なんだろ?」
理想を夢に進むこいつに愛羅様が賭けたんなら、俺はついていくだけだ。
忙しくなかなか投稿できませんでしたが、今後も少しずつ書いていきます。