《警告》
・今回は『再臨』において、初の三人称です
・これは彼女についてを明かすためだけに書かれた番外です
・冬雲・魏の面子は勿論原作のキャラは一切登場いたしません
以下の点をご留意の上、お読みください
大陸の辺境である水鏡女学院には、普段は誰も近づかないところが二つある。
一つは、水鏡女学院の本来の主である
もう一つは、本館の中庭にある今は誰も使用することのない離れである。
「・・・ここに来たのは、随分久しぶりね」
「コケッ」
深い紺の髪を揺らし、杖をついて歩く女性が逞しい雄鶏と栗毛の馬を連れ、女学院の中庭にある離れを見上げた。
彼女の名は法正、またの名を『毒舌の法正』。
この学院の卒業生であり、天才と謳われる一方で残念と評される三人組の一人である。
その名の通り、彼女の言葉は真実という毒を宿し、向き合った者を刺し貫く。だが、毒とは使いようによっては薬にもなり、本来薬とは頼るものではなく、内にある力へと活性化を促すものである。
「コケー」
髪と同じ色の瞳はただ静かに建物を見つめ、法正を促すように雄鶏は先を歩きだす。
「えぇ、わかっているわ」
法正もそんな愛鶏の後に続き、本館側や中庭からでは見えない離れの裏側へと回っていく。
「・・・!
これは・・・」
「コケッ、コッコー!!」
表情を崩すことのない法正が目を開き、林鶏も驚くような、歓声のような雄叫びをあげる。
そこにあったのは、一面の花畑。
花々は甘い香りを放ち、それぞれの配置なども気にすることもなく咲き誇る。
そんな色とりどりの花が地面を覆い隠し、中央にある石碑への道を作り上げていた。
「似合わない気遣いね」
誰に対しての言葉なのかをあえて特定することはなく、法正は静かに花を見つめる。
女学院の近隣に咲く花のみならず、どことも知れぬ異国の花、海辺に咲く花などが多くみられ、そのどれもが美しく咲き誇っていた。
「相変わらず、素直じゃありませんね。法正」
「これが私の素直な感想よ、
突然背後に現れた
「あなたならそうでしょう。
ですが、あの方自らここに足を運び、気まぐれに水や肥料を与えては彼女へと語りかけていますよ」
「日常的にここを維持し、あの二人が送りつけてきた種を播くのはあなたの役目。という所かしら?」
まるで全てを見てきたかのように語る法正の言葉に、
「えぇ、当然でしょう。私もまた
あの方が願うことを行い、
私は、そのために在るのですから」
「あなたも相変わらず質が悪いわね」
「当然でしょう?
だって私は司馬微ですから」
法正の皮肉に対して、彼女は再び誇らしげに微笑む。
かつて、この深い山野に捨てられ、真名を残して何もなかった少女がいた。
気まぐれで、適当で、情など欠片しか見当たらず、ただ自分のためだけに少女へと様々なことを教え込み、挙句自分と同じ存在になることを許した存在がいた。
だが、そのとんでもない存在は紛れもなく少女の世界の全てだった。
「そうだったわね」
法正はそれ以上に何も会話することがないとでも言うかのように、再び石碑へと向かって歩き出す。
主人の会話の邪魔にならぬように石碑の前で静かに座る林鶏、その瞳にすらそこに眠る誰かを悼むような真剣な眼差しのように感じられる。
「彗扇」
法正の目の前にある石碑には名前は彫られておらず、ただ一輪水仙の花と泡のように上から下へと向かう円がいくつか点々と彫られているのみ。
だが、それこそがここに眠る少女が最も愛し、少女を示す意匠であることをこの石碑へと手を合わせる者は知っている。
「今、帰ったわよ」
家に帰った時のように告げる法正の言葉を返す者はなく、石碑はただ静かに佇んでいる。
いいや、きっと言った法正自身も返答など期待などしていなかった。
返答がないとわかっていてなお、法正はいつも少女へと向けていた言葉を口にしてしまっていた。
「しばらく見ないうちに、随分華やかな所になったわね」
それ以上、何か言葉を続けることはなく、法正は静かに杖を握る。
ここに居ない存在に語りかけることに意味はなく、過去に起こったことはもう変えることは出来ない。存在しなかった未来を描くことは、法正にとって残された己へと慰みにしか思えない。
「隣、失礼するわよ」
石碑の隣へと腰かけ、花畑を見つめる瞳は優しく、石碑へと触れる指先もまた優しい。そこに毒と呼ばれる法正はおらず、姉として妹の傍に立つ法正へと戻っていた。
否、『戻る』とは適切ではない。
彼女にとって、これもまた意識的に使い分けているものではない。紛れもなく、法正という彼女自身の一面だった。
「彗扇、あなたが眠ってからいろいろなことがあったわ」
だから彼女はかつてのように、生前の妹にしていた時と同じように語りかける。
『失くした』という過去でも、ありもしない妹との未来ではなく、自分が歩いてきたこれまでとこれからの話を。
「あの後、劉璋の元を離れた私は、平のようにあちこち渡り歩いたわ。
もっともあの子ほど自由に歩くことも出来ないし、瑾のように一つの目的に絞ることは出来なかった」
自分が歩いてきたこれまでを見つめるように、法正の視線は遠くへと向けられていた。
「私は本当にただひたすらに知識を集め、大陸を見て回り、医術と名のついたものに片端から目を通した。
そして、それも行き詰まり始めた頃、瑾を経由して孔明に雇われたわ」
「コケッ」
林鶏も羽を広げ、何度か足を振る動作をしながら、石碑へと何かを教えているようだった。
「あの陣営の者達については、また今度。
私はそこで、大陸の名医・華佗に会えた。
ある意味で、彼に出会えたからこそ私は自分のやるべきことの正しい形を見出せたのでしょうね」
あたかも自分の道に明確な答えなどなかったかのように告げる法正は、一度深く目を閉じた。
「私はあなたに何も出来なかった」
こんな言葉に意味はないことを、口にした法正は誰よりも理解している。
『何も出来なかった』という事実を口にすることに、何の意味もない。
だが、『守る』という言葉は酷く傲慢で、その後ろに居る者を自分が守らなければいけない弱い者とすることは、病で自由に動くことも叶わなかった妹への最大の侮辱だった。
「あなたの最期が微笑みで終わっても、私は納得することは出来なかった」
短い生を受け入れ、己の体を蝕む病を憎まず、自分の生きた証を残すように筆を執り、物語を残した。
そして、今なお物語は語り継がれ、多くの者が手に取って楽しまれている。
彼女が没しても、彼女の名はこの大陸に生き続けている。
「私は平のように、あなたの替わりに全てを貪欲に楽しもうとする自由の翼を持ち得ない」
自由奔放を体現し、大陸中を好きなことをして回る友の姿を脳裏に描きながら、法正はわずかに目元を緩める。
「私は瑾のように、自分の立場を最大限に利用してあなたの名を大陸に刻み込む権力を持ち得ない」
「ならば私は、あなたの奪った病へと立ち向かいましょう」
それは強大な敵への宣戦布告。
「彗扇、これはあなたのためでも、あなたの所為でもないわ。
私達がやりたいからやることよ」
そうして法正は、杖を使いながら立ち上がる。
背筋を伸ばし、前を見つめ、足に不調を抱えても、その立ち姿は誰もがおもわず目を取られてしまうほど美しいものだった。
「あなたの死で、私達は立ち止まらない。
あなたの生が無であったなんて、誰にも言わせない」
叫ぶわけでも、怒鳴っているわけでもないにもかかわらず、彼女の言葉には強い力が宿っていた。
次は本編書きます。
目指せ、今週中。