真・恋姫✝無双 魏国 再臨 番外   作:無月

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 十一月十一日、それは天の世界で、あの有名なお菓子の日である。

 

 

 向こうではそれほど好きというわけではなかったが、やはり食べられないとなるとどこか寂しいものを感じる。

 あの心地よい音と食感、種類の豊富さ、こっちのお菓子も向こうのこの時代に比べればだいぶ進歩している。

 が、やはりチョコ系のお菓子や西洋から入ってきたお菓子は当然のことながら存在しない。

「作ってみるかな・・・・」

 作るとなるとまず生地を焼くための釜が必要になる。それに関しては武器を作る窯よりも小型で、熾火が出来るように石造りにすれば出来る。薪が主流なここなら簡単に手に入るだろうし、生活の一部であることもあって炎の扱いは子どもでも簡単にやってのける。

「釜はとりあえず、大丈夫そうだな」

 必要なことを書きだして纏め、次は料理の方に移る。

 そして俺は、こちらに来たとき持ち出した本の内、やや分厚い料理の本を取り出した。

 まずは生地、これは小麦、砂糖、塩、牛乳とバター。バターは牛乳さえ手に入れば、季衣とか春蘭に手伝ってもらえればすぐに出来るだろうし、大丈夫そうだな。

「あとはチョコか・・・」

 実はカカオ自体は、知り合いの商人に見せてもらったので確認済みだったりする。

 この間、『珍しいものが入ったんですが、食べ方がわからない』とか言っていたから見せてもらったんだよな。数日間発酵させた後、天日で干せば香辛料とかと同じ使い道で食べられることを伝えたら喜んでくれて、いろいろ融通聞かせてくれるとか言ってたし。

 あぁ素晴らしきかな、人との繋がり。

 確か数日間発酵させた後、天日で干す。それを焙煎して、皮と胚芽をとって、また焙煎して粉にする。これがカカオマスっていう奴だったんだよな?

 んで、チョコを作る段階ではカカオバターっていう物はカカオマスを絞ってとれる油だからカカオマスは倍以上必要になる。これに砂糖と牛乳を入れて、滑らかなものになるまで濾す。二度の湯煎と冷却をしてから、型に流して冷やせば完成。

「・・・・結構専門的な料理の本を入れておいてよかった」

 流琉が喜ぶと思ってかなり専門的な知識が書かれたものにしたんだが、どうやら正解だったようだ。冷やすのも食糧庫の一角で半日も置けば、十分だろうし。

 生地に香草を混ぜて塩だけでも、十分うまいものが出来るだろう。

「さて、行くか」

 まずは、流琉と雛里に興味を持ってもらうところから始めないとな。

 

 

「新しい料理、ですか?」

「お菓子なんでしゅか? これは」

 見つけた場所は厨房、非常に珍しく二人そろって休日だったので、料理談義で盛り上がっていたところだったらしい。

 そんな二人が準備してくれた賄い料理を食べつつ、俺は専門書をわかりやすく解釈しなおした書簡を渡して内容について簡単な説明を行った。

「あぁ、天の国では結構人気のあるお菓子でな?

 チョコをかけないで、塩と香草を練り込んだだけのもあるんだよ」

 流石に中にチョコを入れるのは技術的に難しいと思うから説明しなかったが、二人は目を輝かせてくれた。

「面白そうでしゅ!

 釜作りは真桜さんに頼みましょう!!」

「厨房に増築をするとなると、華琳様に話をしなければなりませんね。

 冷蔵庫で少し冷やしたチョコを、焼いて冷ましておいた筒状の生地に刺しこんでもいいかもしれません」

「それ、凄くいいでしゅ!」

 俺が何も言わなくても、トッ○が誕生してしまっただと?!

 俺はこの世界のお菓子に、とんでもない革命を起こしてしまったかもしれない。

 なんて内心に平和的且つ阿呆な戦慄を覚えつつ、釜が出来たら他のお菓子も提案してみようと固く誓う。

 パイとか、ピザとか、パンとか、饅頭と同じようなものだけど、あれは蒸したり、揚げたりしているから、釜の『焼く』っていう手段が出来たら結構いろいろ便利だと思うんだよなぁ。主に食の面において。

「新しい物と探究好きな華琳なら乗ってくれるだろうし、俺が言いだしたんだからこの件の費用は全額俺が負担するよ」

 実際、幹部の一人として警邏隊隊長だった時よりも遥かに多い額を貰っている。あることをするために毎月貯金はしているが、それを入れてもまだ俺の生活には余裕がある。

「じゃぁ、私は今から華琳様に話してきますね!」

 駆け出していく流琉を見送り、雛里は俺がわかりやすく書き直した書簡を凝視していた。

 まぁ、華琳、桂花、雛里はもう日本語が読めるから専門書を直接渡してもいいんだけど。それでも天にしかない道具が多いため、食材以外の器具は俺が代用品を考えるって形なんだよなぁ。

「このチョコでいろいろなお菓子が作れるかもしれませんね・・・・

 いっそこれを機に、砂糖やカカオが量産できるような土地を探してみましゅ!」

 そう言って雛里も、厨房を飛び出していってしまった。

「白陽・・・・ 俺はとんでもない人たちに火をつけてしまったかもしれない」

 俺の想像以上に、規模が広がって行きすぎて怖い。

 いや、砂糖とか、香辛料とか量産出来たらそりゃ便利だけどね?

「・・・・冬雲様が思いつきで言ったということは、伏せておきましょう」

「頼む」

 知られたら、華琳にどんな目で見られるかがわかったもんじゃない。

「次は、真桜だな・・・

 白陽、どこに居るか知らないか?」

「真桜が仕事()生活()以外でどこかに行くとは思えません。

 ならば、彼女の住処(工房)にいることでしょう」

 俺が聞くと白陽が苦笑交じりにそう言ってくる。

 三人が来てから、俺以外の前でも白陽はよく笑うようになった。

 それは真桜が作ってくれた俺と揃いの仮面のおかげか、それとも凪という親友を得たからか、あるいは沙和の楽しげな空気に染まってくれたのか。とにかく良い変化だ。

「工房に行くか」

「はい」

 住処と称された工房へと珍しく二人で並んで、歩き出した。

 

 

「真桜―、頼みたいものがあるんだけど」

「隊長やん、白陽と一緒に来るんは珍しなぁ」

「とりあえず、これ見てくれ」

 投げた書簡を真桜はすぐさま開いて軽く読む。と、目がキラキラと輝きだした。

 『釣れた』と確信し、思わずニヤリと笑う。

「んで、こんなん何に使うん?

 火が弱めな窯と思えばええんやろ?」

「うまいものを作るんだ!」

 俺が胸を張ってやや大きめな声でそう言うと突然扉が開き、聞きなれた下駄の音が響く。

「うまいもんか!」

 同じくらい大きな声で返事した霞が、そのままの勢いで俺に抱きついてきた。

「「何で霞殿(姐さん)来るんですか(くんねん)?!」

「冬雲の声が聴こえたからに決まっとるやんか!

 冬雲~♪ 冬雲~♪ 愛しとる~~♪」

 じゃれついてくる猫のような霞の頭を撫でながら、真桜を見る。

「費用は全額俺持ち、勿論それが出来たら全員で完成した物を食べよう。

 雛里も流琉も乗り気で、俺がいた世界の菓子なんだけどな」

「ウチが隊長に頼まれることで、仕事以外断るわけないやんけ。

 えぇよ、華琳様には通してあるんでっか?」

 俺のその言葉に霞と同じようにじゃれついてくる真桜の頭を撫でながら、頭を撫でる。

「そっちはもう、流琉が行ってるよ」

「冬雲様、私も撫でてください」

 珍しく白陽が何の脈絡もなく頭を差し出してきたので、同じように頭を撫でる。

 

 そしてそれは、仕事帰りに真桜の元を立ち寄った凪が来るまで続けられ、他にも数名の参加者が増えて収集がつかなくなったところを華琳の一喝によって強制終了した。

 俺の腕は痺れて、しばらく上がらなくなってたけど。

 

 

 

 釜が無事完成し、待ちに待った試食の日。

 少人数の予定だったのに、結局将は全員参加の小規模な宴会になってしまった。

 まぁ、酒のつまみにもなるから間違ってなくはないんだけどさ。

「これ、美味しいのー」

「でも、僕には足りなーい。一度に五本くらいまとめて食べたくなっちゃうよ」

 味と量、その二つに沙和と季衣が話している姿はとても微笑ましい。

「釜ですかぁ、少々危険かもしれませんが料理の幅が広がりそうですねぇ」

「数名の者に使い方を伝授して、使う際はその者の指導の下に行えば平気じゃないかしら? 風」

 視線を少しずらすと風と稟が食べながらも釜を眺めて、普及方法等の話をしていた。

「(ポキポキポキ)」

「フフ、姉者は可愛いなぁ」

「(ぽりぽり)」

「私たちの姉さまだって可愛いですよー」

 食べることに夢中になっている春蘭と白陽を眺めて、秋蘭と藍陽はほのぼのしてるなぁ。二人ともハムスターみたいで可愛い。

「この唐辛子を練り込んだものも美味しいですね」

「凪さんが好きだろうと思って、やってみたんでしゅよ」

 あぁ、なんかあの二人も和む組み合わせだなぁ。

 優しいクマさんとその肩にとまる小鳥みたいで、いいなぁ。

「茶の味にしたら、うまいと思わないか? 樹枝」

「そうだなぁ、あとは胡桃(クルミ)を食感に加えてみてもいいんじゃないか」

 ・・・内容的にはいい発想なんだけど、なんていうか味覚が老人よりだな。弟たちよ。

 俺がそうして少し離れた位置から酒を飲みつつみんなを眺めていると、その隣に華琳が座ってくる。

 その手にはチョコがついたものと、香草で味付けされた試作品の中でも基礎となる単純なものが並んでいた。

「考案者であるあなたが食べていないような気がしたのだけれど、気のせいかしら?」

「・・・・みんなが食べるのを、眺めてるだけで十分だよ」

 あの笑顔を見ていると、言って良かったと思える。

 何気ない一言でこうしてみんなが笑っていることが最高の報酬で、ご馳走だった。

「あなたも楽しむのよ。

 私たちと過ごす今も、これからも、この未来(さき)もね」

 そう言って俺の口へ無理やり菓子を入れた後、悪戯そうに笑った。

 そして、華琳は俺が咥えている方とは逆の方向を咥えて突き進んでくる。

 

 まさか・・・・・?

 いやいやいや?! 嫌じゃないけども!?

 こんなことであのゲームが考案されるって、マジですか?

 

 徐々に短くなっていき、それはたとえ俺が進まなくてもいつか辿り着く。

 戸惑い、慌てる俺の表情を目の前で心底楽しそうに眺める華琳。

 その距離はどんどん短くなっていき、距離が零になるのはもう目前に迫っていた。

「あ―! 華琳が抜け駆けしとるぅ!!」

 霞の大声が響き渡ったその瞬間、俺と華琳の口の距離は零になった時に注目が集まる。

 まさかの全員がその光景を見て、空気が凍るのを肌で感じた。

 昔ならばおそらく俺の命はなかっただろうが、恐る恐る静まりかえったみんなの方向を見るとそこには俺の元へと一直線の列が出来ていた。

 しかも各々、自分が一番気に入ったのであろう試作品をその手に持って、だ。

 列を作るのが、早すぎじゃないですか? みんな。

「何故?!」

「アンタと菓子の端から食べて、お互いに惹かれあうように近づいていく接吻するための行列に決まってんじゃない!」

 頬を赤らめて、そう言ってくる桂花が超可愛い。じゃなくて!

「兄者、諦めが肝心ですよ」

「兄上・・・・・

 僕は兄上のことを尊敬していますが、なりたいと思ったことはない理由の一端が今、わかった気がします」

 肩を叩いてくる樟夏に、自分自身に納得がいくように何度も頷く樹枝。

 お前たち・・・・ そうやって余計なことをいうから、いつも痛い目にあってるんだぞ?

「大変ね、冬雲」

「・・・・華琳、狙ったな?」

「何のことでしょうね?」

 クスクスと俺の隣で笑う華琳へとそう言うと、彼女は楽しげに笑うだけ。その笑みがあまりにも綺麗だったから、わざと短く折った菓子を咥えて彼女の口元へと運んでそのまま口づけを交わした。

「愛してるよ、華琳」

「私もよ、冬雲。

 けれど、いいのかしら?

 あなた、二週目をあの子たちに確定させてしまったわよ?」

 華琳の視線を追いかけると、どこから出したのか番号を振った箸を使って番号を決めている。

「みんなとすることは何だって嬉しいし、これは俺には得しかないからなぁ」

 そう言って笑って、その日は菓子がなくなるまでみんなとはしゃぎまくることとなった。

 

 

 この事から釜が普及し、多くの料理が作られることになるのだが、それはまた別の話。

 


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