活動報告の番外は、本編が書けたら続き書きます。
『土用丑の日』
『暑い時期を栄養価の高い鰻で乗り越える』という習慣の歴史は古く飛鳥・奈良時代には既に存在していたが、これらが人々に広く知れ渡ったのは案外最近で、江戸時代からのものである。
知れ渡った説は多くあるが、中でも有名なのは説としては夏場に商売のうまくいかない鰻屋が平賀源内に相談し、『丑の日』と書いて張ったところ商売が繁盛した。そして、それを多くの鰻屋が真似たというものだった。
本来は『丑の日に「う」のつくものを食べると夏負けしない』ということもあり、牛や兎、瓜、梅干し、うどん、馬などを食べる習慣もあったらしいのだが、そちらは廃れ、鰻を食べるという習慣のみが残ったのが実情だった。
また蛇足となるが、栄養価としては鰻を食べることで夏バテや食欲減退に効果はみられるのは事実なのだが、鰻の本来の旬は冬で脂のノリなどを考えるといくらか味が落ちているというのも有名である。
「兄様ー! 鰻を言われた通り、捌き終わりましたよー」
「おー、じゃぁ俺はそっち行くわ。
真桜、炭火の方は任せてもいいか?」
「まっかしとき! 隊長!」
流琉の声に振り返り、俺は鰻の素焼きを真桜に任せて、厨房へと戻る。
厨房へと入れば、まだまだ大量にある樽に入れられた鰻がうねうねと気持ち悪いほど動き回り、俺は素焼きの終わったものを持って流琉の元へ向かった。
「こっちが捌き終わって、竹串を指したものです。
それでそっちを蒸せばいいんですよね?」
「そうそう。
そうすることで鰻の余分な脂が落ちて、美味しくなるらしいんだよ」
綺麗に開かれた鰻に次々と竹串が打たれた鰻を受け取り、素焼きの終わった方を用意されていた蒸籠へと入れていく。
蒲焼きは順調だなと一安心し、雛里と秋蘭の方から優しい甘い香りが流れてきて、俺はその作業を覗きこんだ。
「そっちはどうだ? 二人とも」
「順調でしゅ!」
「しかし、この赤小豆餡は手間がかかるな。
茹でた赤小豆を何度も水で漉し、火にかける。簡単なようだが根気がいる」
量が必要なので何度も小豆を茹で、赤小豆を漉し、放置し、上澄みを捨てるという工程ごとでわけられているのを雛里が、最終段階である火にかける作業を秋蘭が行っていた。
見事な連携だと思いつつ、その作業が順調かどうかを確認して、俺も頷いた。
「砂糖を結構使うから贅沢品だけどな。
それで餅の方は?」
「姉者と季衣が表で用意している。
漉し餡だけでは足りそうと判断して、急遽お前が言っていた枝豆を潰し甘みを加えた餡を司馬の非番だった紅陽と青陽作っている。
厨房もここだけでは手狭でな、司馬家の方で作っているとのことだ」
あぁ、だから炭火を用意してた時、激しい音が向こうから聞こえてたのか・・・
しかし、真桜もあの二人が割らない臼と杵をよく用意できたな。
「わかった。
じゃぁ、俺は蒸し終わった鰻を焼き始めるから、こっちは任せた」
第一陣が蒸し上がったらしく、流琉から鰻を受けとってから入口へと向かう。
「任せたぞ。
甘いタレのついた鰻が本当にうまいかどうかを、私達に認めさせてみせろ」
「まだ疑ってるのかよ?!」
秋蘭の言葉に俺は驚愕し、おもわず怒鳴るように声が大きくなってしまう。
そりゃ、こっちじゃ辛いタレは多いし、甘いタレなんてつけないけど、大抵のことを受け入れてくれる秋蘭がそういうのは想定外だった。
「当然だろう?」
「当然なのかよ!
・・・って、雛里と流琉も!?」
秋蘭のみならず、雛里と流琉も揃って頷くのを見て、俺はちょっと衝撃を受けてしまう。
「甘味ならわかるんでしゅけど・・・ それをおかずにするのはちょっと・・・」
「甘辛いじゃなくて、あのタレは甘じょっぱいというか・・・ 甘すぎるような気がして・・・」
・・・うん、わかってた。
文化の全部が受け入れられるなんてありえないし、食べてない状態で受け入れてくれなんて言えない。
なら、食べてもらえばいい!
蒲焼きの焼ける匂いを、一度蒸すことでふんわりとした鰻がさらに焼くことによってサクッとした食感を味わえ、それがご飯と組み合わさった時の言葉に出来ない旨さを!
「意地でもみんなにうまいって言わせてみせるからな!」
少しばかり意地になって蒸された鰻を手にしてから、俺は真桜が待つ七輪の前へと向かった。
「おー、隊長。
それが蒸した鰻かいな?」
「これを今からタレをつけて焼くから、素焼きの方は任せた。
正直、うまく焼ける自信はないけどな」
『串打ち三年、割き八年、焼き一生』なんて言われるほど鰻を焼くのは難しく、相応の技量と経験が必要になる。
まぁ、熟練の職人を目指していた訳でもないので、今回は焦げなければ良しとしよう。
タレは俺が作ったし、鰻の蒲焼きの味自体はわかってもらえるだろうし。
「隊長はホンマ、お祭り騒ぎっちゅうか・・・ 楽しいことが好きやなぁ。
月にいっぺんはなんかしらして、企画書やら準備やらであっちこっち走り回っとる姿は好きやけど・・・ ウチらは隊長が倒れんか心配しとるんやで?」
作業で手を動かしつつ、真桜が向けてくる言葉は優しくて、俺は嬉しくなって笑う。
「俺は別に、お祭り騒ぎが好きだってわけじゃないさ」
「は?」
真桜の理解できないという声に俺は腕を動かしつつ、流れてくる汗を防ぐために額に布をまく。
「俺にとって重要なのは、みんなが一緒に楽しんで、笑ってくれることなんだよ。
そのためにすることなんて俺にとって苦労じゃないんだから、気にすんな」
左手で頭を撫でようとも思ったが、汗まみれだということに気づいて途中で手を止めると、真桜が自分から頭を摺り寄せてきた。
「真桜、汗つくぞ」
注意すると真桜は呆れきった顔で見られ、俺はやや困惑してしまう。
「阿呆かいな、隊長。
訓練とか散々つけられてきたウチらに、その手の気遣いとか今更やん」
「まぁ、そうだな」
付き合いの長さで言えば一番は華琳と春蘭、秋蘭の三人だが、距離感として一番近いのはきっと三人だし、今もそこに人は増えてはいるがあまり変わってはいない。
改めてそう感じて、真桜の頭をワシャワシャと撫で、俺達は笑い合った。
「兄様、そろそろお昼なので皆さんやってきます!
そちらはどうですか?」
「そろそろ焼き上がるよ」
「じゃぁ、一つだけそのままくださいますか?
私達が食べてみるので、皆さんにその後提供します」
「頼む。
麦飯にもこのタレをかけて、そのまま一緒に食べてくれ」
おかずとご飯を一緒に食べるという文化が大陸にはないことは知っているし、丼の文化が日本独自の物だとわかっていても、おかずとご飯の組み合わせは最強だということをみんなにもわかってもらいたい。
ご飯とタレ、そして鰻が口の中に入った時のあの幸福感は食べなきゃわからない。
「隊長、言葉になっとるでー。
前からそうやったけど、隊長がおかずと一緒にご飯食うんはそういう理由があったんかいな」
「つーか、俺の国自体に米がいっぱいあったんだよ。
国土的には狭いけど、水に溢れてて、水車とかも余った水の力を利用して作られたものだし」
焼けた鰻を流琉に渡せば、小さめのお椀にご飯を盛ったものを持った秋蘭と雛里が俺達の近くへ寄ってくる。
「火の近くだから暑いだろ?
そっちの木陰で食べたらどうだ?」
俺と真桜が汗だくになりながら焼きの作業を続けている上に、空は見事に晴れ渡り、夏らしい陽射しが俺達を照らしていた。
わかりやすく言うと、超暑いです。
火の前に立つのが慣れている真桜に付き合って貰っているが、熱中症とかのことを考えて俺一人でやるつもりだった。
作る過程を説明したら、速攻で却下されたけどな!
「ここでいい・・・ いや、違うな」
秋蘭が微笑んで、俺の肩をわずかに撫でていく。
「私達はここがいいんでしゅ!」
拳を握って雛里にしては大きな声で宣言されて、俺は少しばかり驚かされてしまう。
「兄様の傍で、笑っていたいんです」
とどめと言わんばかりに向けられた流琉の満面の笑みに胸がいっぱいになり、なんかもうこれだけで暑い中で鰻を焼いたことが報われた気がした。
あぁくっそ・・・ 俺、最高に幸せもんだ・・・
「隊長、手がお留守になるでー。
鰻が焦げるでー。
火でも、陽射しでもなく、別の熱々にも焼かれとるのかもしれんけど」
「おっと! 危なっ!!」
嬉しそうに浸りかけて手元が留守になってしまい真桜の注意で慌ててひっくり返し、他の鰻も様子を見つつひっくり返す。勿論、タレをつけることも忘れない。
「
「秋蘭様はうまいこと言うわー。
でも、それはありまへんわ。
やってウチらは三人で同じ人を好きになった時から、誰かに妬くとかそういう気持ちより、応援したい気持ちのが強いんですよ。
まっ、隊長が結局みんなのもんやってわかってるから言えることですけど」
この手の話題をされてる時、俺はどうすればいいかわからない上に無性にその場を去りたくなるんだけど、鰻が俺をこの場から逃がしてくれない。
ほらっ、雛里と流琉が顔を超真っ赤にしながらこっち見てるから!
俺も多分、熱とか羞恥とかで顔が真っ赤だから!
「とーーーーーうーーーーーん!!」
「にーーーーーちゃーーーーん!!」
救いの神(?)がこっちに向かって大声で駆けてきて、その手にあるのは臼ごと抱えられた餅。
もう、臼を軽々持ち運ぶなとかは言わない。でも・・・
「「
俺が言う前に二人の保護者から注意が飛びました。
「突然、とまらないでその・・・ ゆっくり止まってください。じゃないと餅が・・・」
「「餅が?」」
雛里の注意は既に遅く、餅は綺麗な弧を描いて塀の向こうへ飛んでいく。
「とんどるなぁ」
「だなぁ」
俺と真桜は綺麗に飛んでいく餅を見送り、聞き慣れた悲鳴が叫んだのが聞こえたのであと四半刻も経たないうちに声の主たちが駆けつけてくるだろう。
二人の保護者も説教する気満々の笑みだし、こりゃ昼は俺と真桜、それと雛里で回すしかないかもな。
「二人とも、お説教する前に感想聞かせてくれよー?」
「うまかった。
が、もう少し辛みをつけてもいい気がするな」
「同じように蒸して、今度は揚げてから味付けしてみても面白いかもしれません。
でも、美味しかったですよ。兄様」
説教状態になりかけているからか、感想が簡潔であり、なおかつ自分がどうするかというのを付け加えるあたりが二人の料理人の部分に触れた気がする。
「みんなに出しても?」
「「それはまったく
「よっしゃ!」
二人から合格点を貰えておもわず俺は拳を握って喜びを表し、火の前に苦労をわかち合ってくれる真桜と手を叩きあう。
「よし、じゃぁ俺はじゃんじゃん焼きまくるから、雛里が盛り付けてもらえるか?」
「はい!」
「そろそろ他の餡が完成して紅陽達も来るだろうから、到着したら手伝ってもらってくれ」
返事もせずに厨房へと向かう雛里を見送り、俺は目の前の焼きに集中する。
「さぁ、真桜!
やるぞ!!」
「まっかせとき!
焼いて焼いて焼きまくるでーーー!!」