「というわけで沙和! 真桜!
お前達の力を貸してくれ!!」
仕事の昼休憩を利用して、俺は警邏隊の仕事をこなしていた二人の元へ走っていた。
「なんや隊長、告白でもしてくれるんか?」
「きゃ~!
隊長からならいつでも嬉しいけど、心の準備が出来てないし、沙和どうすればいいの?!」
「お前達のそういう悪乗りするところも愛してるぜ!」
俺の言葉を聞いているのに聞こえないふりしてふざけるのは昔からだから、俺も悪乗りして答える。
周囲から若干痛い視線を貰っている気がするが、すぐさま逸らして日常戻るあたり、良くも悪くも慣れている。
「んで、なんや?
またおもろいことでもするんか? 隊長」
「行楽用の水着を作ろうと思って、二人に協力を仰ぎたい。
真桜には大き目の日除けの傘と泳げない人用に考えられた浮き輪の作成、それと水鉄砲っていう玩具を頼みたくてさ」
ふざけつつも、ちゃんと真面目になってくれる二人に俺も休日などの開いている時間に考えていた、夏用の企画書を取りだしていく。
「わーい! 衣装のお仕事!!」
俺が出した水着の書簡に目をキラキラと輝かせ、用意してきた矢立と何も書いていない書簡を手渡せば、目にもとまらぬ速さで筆を動かしていく。
普段の仕事もそれだけ頑張れば凪に怒られないんだぞ? 沙和。
「ふむ・・・ 完全に玩具やな。
でも、隊長のこういう誰でも遊べるもんの案、ウチは好きやで?」
沙和と同じように手渡した書簡を見て、次々と何かを書きこんでいく真桜もどうやら乗ってくれるらしい。
「だろ? どっちも誰でも遊べる・使えることを重視して製作に移ってもらいたい。
その期間、俺が肩代わりできる仕事を行うように手配してあるし、今回は黒陽を通していくらでも俺を頼ってくれ。
それから実用化の見通しが立ってからの話なんだけど、商人達にはもう案ということで話は通してあるから、俺の名前で必要な物を買うように」
それに浮き輪は実用化出来れば、水害の時の救助道具にも出来る。水着はあくまで行楽用だが、多くなったとはいえまだまだ娯楽の少ないこの世界の格好の商売になることは明らかだ。
「んで、その書簡にざっくりとしたところは書いてあるから、細かい意匠やらなんやらは全て二人に任せる」
「よっしゃ! 任せとき!!」
「了解なの!
藍ちゃんと一緒にいろいろ作るから、楽しみにしておいてほしいの!!」
突然の申し出にもかかわらず、真桜は胸を叩き、沙和は快く頷いてくれた。
「んじゃ、俺はそれまでに何とか休みをもぎ取ってくるから、楽しみにしてくれ!」
「あ? 隊長、それどういう意・・・」
「俺はこれから行くところとやることがあるから!」
意外と鋭い真桜に指摘される前に俺はその場を後にし、ある場所目掛けて駆けて行った。
その日以降、俺はそちらの真桜達に準備を任せて、魏の将全員が同時に休暇を取るなどという、本来あってはならないことを実行に移すために仕事の多くを前倒しにし、どうしても出てしまう日常業務の一部を信頼できる数名の部下が出来るように簡略化する作業へと追われた。
当然簡単な仕事ではないし、樹枝と樟夏にも事情を話し、一部だけ協力をしてもらった。
が、あくまでこれは俺の私事であり、欲望であるため、二人には最低限の事しか頼まないと決めていた。真桜達に白陽ではなく黒陽を通すように頼んだのも、こんなことを俺がしていると言ったら白陽が止めることがわかりきっていたからだ。
「さぁ、頑張るぞ」
黒陽に無理を言って白陽を遠ざけてもらっている以上、これは絶対に成功させなければならない。
全員での休暇を、何よりも ――― みんなの水着姿を見るために!
そして俺は、やり遂げた。
最終的には黒陽だけではなく、藍陽の力を借りて化粧で目の下の隈を誤魔化し、樟夏や樹枝が書簡仕事をしていることによって俺の負担がいつも通りかのように隠蔽作業も無事行えた。
失敗したのは華琳と風の目だけは誤魔化すことが出来ず、事情を話すことになってしまったが何とか説得し、書簡仕事の一部を任せると交換条件のもとで皆に黙っていてもらうように交渉も出来た。
「俺は、やり遂げた・・・!」
「兄者、嬉しくて拳を握るのは結構ですが、あれほどの仕事を後の割には異様に気力に満ちていらっしゃいますね」
「みんなの水着が見れるからな!」
流石に目元の隈が酷いこともあり、日除けを理由に目元を隠すような仮面をつけてはいるが、疲れを押しのけるほどの期待感が俺を持たせていると言っても過言ではない。
「兄上、笑顔が鬱陶しいです。
まぁ、珍しいことに僕の分も男物を用意されましたし、それだけで十分なんですけどね・・・」
「・・・流石に水着までは嫌だと思って、俺が別に発注しといたんだよ」
「本気でありがとうございます・・・! 兄上」
男三人でそんなやり取りをしながらも簡易天幕の準備をし、遊び場とする予定の川の上流に網にいれた西瓜の準備もしておく。
あとは食事だが、それは昼頃になってから釣りでもすればいいだろう。干し肉とかも多少持ってきたし、大丈夫だろう。
「あとは・・・ 枯れ木でも拾って、火の用意でもしておくか」
「そうですね。
川遊びは体が冷えますし、私が行ってきます」
「あぁ、たの・・・
樟夏! 駄目だそっちは・・・!!」
そう言ってくれる樟夏の方へと振り返れば、樟夏の進行方向にあるものに気づき、俺は止めようと手を伸ばす。
「はいぃぃぃぃぃーーーー?!」
だが無情にも、注意の言葉も、伸ばした手も届かずに、樟夏の姿はその場から消え、小枝などが折れる音と底に落ちた衝撃音が響いた。
「樟夏ーーーー!?」
「樹枝、足元に注意しながら進め!
じゃないと黒陽達が仕掛けた罠にかかるぞ!」
駆け寄ろうとする樹枝が樟夏の二の舞になる前に注意を呼びかければ、草をかき分ける音がわずかにゆっくりになりつつも、怒鳴り返される。
「何で罠仕掛けてんですか?!
何の用心ですか! あの腹黒隠密!
というより複数形って、姉妹でやりやがったんですかあの隠密姉妹!!」
「もう少し離れてるけど、そっちでみんなが着替えてるんだよ。
んで、黒陽とか桂花とか稟が俺より張り切って覗き防止として罠を張ってた」
もっとも、その罠を張ることを許可したのは俺だが。
「見てたんなら止めてくださいよ! 兄上!!」
「義兄弟だろうが、実の弟であろうが、甥っ子だろうが、俺以外の男がみんなの裸を見るなんて許すわけないだろう?」
「涼しい笑顔で言ってますけど、身内に欲情とかありえませんから!
つーか、あんな怪物揃いの人達を愛するなんて、この大陸じゃ兄上ぐらいしかいませんから!」
いろいろと言いたいことはあるが、俺はとりあえず樟夏救援のために樹枝に縄を投げておき、みんなが来るのを待った。
「待たせたわね、冬雲」
俺はその言葉に平静を装いながら、ゆっくりと振り返った。
まず目に入ったのは健康的な肌、そして胸元を覆うのは飾り気のない白い水着。
天の国ではビキニと言われる水着だが、露出の多い水着で強調されるのは必ずしも胸だけではない。肌の色は勿論、足や腕、体全体を魅せる素晴らしいものがビキニなのである。
「どうかしら?」
俺が何も言わずに見惚れていることをわかっているくせに、普段は巻いている髪を降ろした華琳が髪をかきあげる。
「あぁ、流石華琳だ。
よく似合ってる」
何よりも金髪に青い瞳に水着の白がよく映えて、何とも言えない鮮やかな色合いを生み出していた。
「それは私だけじゃなく、あの子達にも言っておあげなさい。
何せ、私に気を使ってそこで順番待ちをしているのだから」
「みんな、華琳が好きなんだよ。
でも、まぁ・・・」
草むらからこちらを覗いてくるみんなへと手招きをしつつ、俺は隣に来た華琳をそっと抱き寄せる。
「俺が一番華琳のことが好きだし、愛しているけどな」
「当然でしょう。
あなたは、目元のそれがなければ満点だったのだけれどね」
「それを言わないでくれよ・・・」
やっぱり手厳しい華琳が俺の腕からするりと抜け、一人で先に川へと歩いていってしまう。
「兄ちゃーん!」
「兄様」
俺が華琳へと視線を向けていれば、座っていた俺の首元へと季衣が抱き着き、甘えあぐねるように流琉が俺の前で止まる。
そんな二人の姿は胸から腹もすっぽりと隠すスクール水着であり、色は王道の紺一色のものと、縁を白で飾ったものを着ている。
沙和、お前の遊び心なのか、職人の遊び心なのか非常に気になるところだけどグッジョブ!
「二人もよく似合ってるぞ。
川に入る前は、軽く準備運動することも忘れないようにな?」
まぁ、この二人の場合はそんな心配しなくても大丈夫だろうが、念のためだ。
「大丈夫だよー、川遊びって僕ら得意中の得意だから。
ね? 流琉」
「うん。季衣は魚を取るの得意だもんね。
その兄様、ありがとうございます。
だけど、無理はしないでくださいね?」
流琉の言葉に他の皆に気づかれていたことがわかり、ちょっと冷や汗が流れる。
「無理なんてしてないぞ?
俺が、自分の見たいものを見るために躍起になっただけなんだからな。
みんなの水着姿も見れるし、楽しそうな姿も見れる。俺には得しかないな!
さっ、二人も真桜が用意してくれたこの水鉄砲を早速試してきてくれよ」
なるべく明るく元気に言いつつ、二人には竹で作られた簡単な水鉄砲を手渡し、あと網も渡しておく。季衣にとっては漁をすることも遊びの括りだろうし、魚介系はすぐに食べられるから問題ないだろ。
「「はーい」」
二人の元気な返事に満足げに頷いて、各々川へと入って遊んでいるみんなへと視線を向ける。
華琳とお揃いの色違いのビキニを着る春蘭と秋蘭。
色だけをお揃いにしてスクール水着姿の桂花。
胸元全てを覆うようになっているセパレートを着た風と稟。
サラシに褌という大胆な姿をした霞は次々とみんなへと抱きつきに行き、今はその手に下にロングスカートを履くパレオを纏った凪が収まっていた。
雛里は太腿付近がスカートのように作られた、天の国で言う所の旧型スクール水着を纏って川べりで静かに涼を楽しんでいる。
その近くで泳ぎ続けているのは・・・・ なんとマイクロビキニを来た斗詩だった。
・・・いや、待とうか。
スクール水着とパレオ、ビキニは確かに書いたけど、マイクロビキニは俺も書かなかったはずなんだけど沙和あぁぁ?!
お前はどれだけ時代を先取りする気なんだよ?! お前のお洒落への情熱が怖い!
真桜は俺が依然教えた背泳ぎ要領で浮かび、流されないようにたまに水中を蹴ってはぼんやりとしている。
最後に沙和はそんな全員を眺めて、満足そうに頷きながら、浮き輪でぷかぷかと浮かんでいた。
流石は我らが魏国、統一感もまとまりもあったものではない。
自由でありながらも、それぞれがお互いの邪魔にならない程度の適度な距離を取れているところが凄い。
でも離れすぎてはいないから、誰かに何かがあった時はすぐに飛びだしていけるし。
「冬雲様、隣よろしいでしょうか?」
「あぁ・・・ って、どうして上着を着てるんだ?」
声に振り向けば、そこには居たのは白陽だけではなく、司馬姉妹全員が勢揃いしていた。おそらく下は水着なんだろうが、それぞれが真名を示す線の入った上着を纏って、簡易天幕の下に腰を下ろしていた。
「私達は日に焼けると赤くなってしまうので、もう少し陽射しが落ち着いた午後にでも川に入ろうと思います」
「あー・・・ 日焼け止めは流石に用意できなかったからなぁ・・・」
白陽の説明に納得し、準備不足を痛感する。
用意しようとも思ったんだが、男にはあまりにも無縁な日焼け止めまで調べてはいなかったことが敗因だった。今度、灰陽にでも協力してもらって樹液とかでもあたってみるか・・・
「うーん・・・ なんかすまん」
「冬雲様が謝ることなんて何にもないですよ。
こればっかりは司馬家の体質みたいなものなんで、仕方ないですって」
紅陽の言葉に他も頷いているが、やっぱり次までには何か用意しておかないとなぁ。今はまだ無理でも、いつかはみんなで海にも行きたいし。
「むしろ、冬雲様こそよろしいんですか?」
「ん? どういう意味だ? 青陽」
「皆さん、冬雲様が来るのを待っているようですが」
微笑みながら青陽が俺を見るが、俺はまた川で遊ぶみんなへと視線を向け直した。
太陽の光でキラキラと水面が輝いていて、そこにみんなが楽しそうにしている。
「見てるだけっていうのも、楽しいぞ。
それに一人だけじゃないしな」
そう言って俺が司馬姉妹へと視線を向け直せば、八人それぞれの呆気にとられたような視線を貰う。
『はぁ・・・』
「何で溜息?」
黒陽と白陽を覗いた六名に溜息を吐かれ、肩をすくめられたり、首を振られたりされるが誰も答えは教えてくれなかった。
「藍ちゃーん!
帽子かぶって、そろそろあれを実行に移したいの!!」
「あぁ、もうやるんですか~? 沙和ちゃん」
突然沙和がこちらへと手を振りつつ駆けより、藍陽の手を握る。
藍陽も全てをわかっているように天幕の中に置かれた荷物からいくつかのものを引っ張り出していく。
「樹枝ちゃんと樟夏様が穴から出てきたから、今が好機なのー!
それに凪ちゃんも一直線上にいるから、霞お姉様のお願いも一緒にやるの!!」
好機って・・・ 一体何をする気だ?
てか凪も? しかも霞が頼んだって・・・
嫌な予感と同時に、本能が何故か止めることを拒んでいる。何故だ。
「は~い。
では沙和ちゃん、行きましょう~」
手に持っていたいくつかのものを沙和に手渡し、藍陽と沙和は同時に走り出す。
偶然一直線上に並んだ樹枝、樟夏、そして凪の横を通り過ぎ、わずかに立ち上った砂埃が掻き消えた時、そこに現れたのは ―――――
下には短めの下履きを履き、上は華琳達と同じようにビキニを纏わされた樹枝。
さっきまでは膝に届くほどの長さの下履きを履いていた樟夏は、かなり際どい長さの下履きへと変えられていた。
そして凪は・・・ 霞とお揃いのサラシと褌姿にされていた。
「なっ、なっ?! なっ??!!」
「うっほ!
えぇ仕事しとるやん!! 沙和!」
最初のパレオは体の傷を気にした凪が選んだ物だったのだろうが、鍛え上げられて無駄のない体をした凪の姿はとてもよく似合っていて、また霞と並ぶと色の対象でより映えて・・・ あぁ! とにかく凄いイイ!!
羞恥で顔を真っ赤に染め上げる表情がまた最高に可愛くて、目を逸らすことが出来ない。
「さ~~~わ~~~~!!
ら~~ん~~よ~~う~~ぉ~!!!」
怒りに震えて、危ない気を放ちだす凪に対し、沙和と藍陽は手を取り合って目と目で合図をしあっていた。
「こういう時は~」
「振り返るんじゃなくて、前へ逃げるものなの!
さぁ、凪ちゃん! 次はどんな水着を着たい?」
そう言って沙和と藍陽が取りだし合ったのはフリル付きの可愛らしい水着と、今まさに斗詩が着ているマイクロビキニ。
さらに怒る要素増やしてどうするんだ?! 沙和。
「隊長も見たいでしょ?」
「当たり前だろ! あっ・・・」
おもわず漏れた本音に、沙和もしてやったりと笑っている。
おまっ・・・ 追いかける対象増やすのが狙いか!?
「た、隊長まで・・・?!
でも、隊長が望むなら・・・」
赤くなりつつもそう言ってくれる凪が、もう犯罪じゃないかって可愛い。
どうしよう俺、幸せすぎて死にそう・・・
「正気に戻ってください。凪さん!
ただ辱められてるだけですからね?!」
「っ!
沙和と藍陽、そして隊長と霞様、覚悟してください!!」
恥ずかしさで蹲る樟夏とは違い、女装になれている樹枝は立ち直るのが異様に早かった。
「愛の逃避行や~!」
「ふざけてないで逃げるぞ! 霞!」
「ふふふ~、返り討ちにしましょうか♪」
「それ、いいね! 藍ちゃん」
そうして俺達は川を舞台に追いかけっこを繰り広げることとなり、何故か将全員が参戦の鬼ごっことなるのを俺達はまだ知らない。