俺はいつものように午前の鍛錬を終えて、自分の部屋にして書類仕事を片付けていた。
だが、今日はおかしなことに白陽の気配がなく、城のどこを歩いていてもみんなに会うこともない。
いや、仕事をしているのだからこんな日もあるんだろうが、凪たちにまで会わないのは少しだけ違和感を覚えていた。
コンッ コンッ
「どうぞ」
規則的に扉を叩く音に、俺は見ていた書簡から顔を上げずに適当に答える。
『トリックオアトリート!』
その声と共に入ってきたのは、俺の愛する者たちだった。
先陣を切るのは吸血鬼のような黒マントをまとった霞、服はそれに合わせた燕尾服。
その横に並ぶのは猫耳を付けた春蘭、さすがに着ぐるみを着ているわけではないが体全体を包んだ服をまとっていた。
「お菓子をくれても、悪戯するで♪ 冬雲~~♪」
「うぬ・・・ 恥ずかしい・・・」
俺の首に抱き着く霞と、その場で真っ赤にした顔を隠す春蘭の落差がとてもいい!
じゃなくて!
「私もいるぞ? 冬雲」
そう言って俺の顔を撫でていくのは、春蘭とそろいの衣装をまとった白猫の秋蘭。
似合いすぎ?!
「隊長・・・・ その、私は反対したのですが・・・ 華琳様のご指示で」
「皆の衣装選びは沙和がしたの! 隊長、褒めてなの~」
「いや、めっちゃ楽しんでたやん! てか、ごっつ珍しいことに自発的にやってたやろが!」
そこには三匹の色違いの犬耳、犬尻尾を付けた、俺の大切な部下たちが立っていた。
凪はサモエドのような白い耳、沙和は茶はやや大きめパピヨンのような耳、真桜はビーグルのような茶と黒の混じった耳。
何コレ、もう俺の部下、可愛すぎだろ・・・・!!
でも、ワーウルフのつもりなんだろうなぁ。
そう考えるとなんだかおかしくて、俺はおもわず口元を緩めていた。
「兄ちゃん! 僕と流琉はキョンシーの衣装なんだよー!!」
「この後、甘いものが用意してあるのでみんなで食べましょうね? 兄様♪」
全体的にだぼっとした服に、やや深めの帽子。顔の前には『
そんな二人のまっすぐな行為が眩しくて、俺は顔が熱くなるのを感じていた。
まったくこの子たちは、本当にまっすぐに俺に好意を向けてくれる。それがすごく嬉しくて、なんだか照れくさい。
「風を忘れていませんよね? お兄さん?」
「はぁ・・・ 本当にそれでいいんですか? 風」
そう言って出てきたのは風、だがその格好はまるで『オレンジのでっかいカボチャの中心に人を突き刺してみました☆』というような衣装。
要するにただの着ぐるみなんだが、頭の上に乗った宝譿も胴体部分にカボチャつけてるし、しかもいつもの三角帽子が魔女帽子だし?! 芸が細かいすぎるだろ?!
誰が作った?! そして、何でそれが似合っちゃうの?! 風!?
そして、稟はメデューサの格好をしていた。
髪色に合わせて選んだらしく自然すぎて蛇だと一見わからなかったが、いつもは着ないだろうあでやかな衣装。それはまるでインドの踊子が着ていそうな、薄い布を纏っていてそれがとても妖艶だった。
稟って普段の格好からじゃわかりにくいけど、実はかなりスタイルいいよなぁ。
「部屋が狭いわよ!」
そう言って罵倒とともに登場したのは我らが猫耳軍師様である桂花だった。
三毛猫柄の衣装をまとった完全に化け猫になってる桂花の可愛さは異常だ・・・・
「冬雲、驚いた? この後はもっとびっくりさせてあげるからね?」
「そうよ! なんて言ったって、ちぃ達が冬雲のためだけにハロウィンの特別ライブをするんだから!!」
「しっかり聞いてくださいね? あなたのためだけに歌う、私たちの歌を」
俺の前に次に来るのは三人の妖精、薄桃・緑・青の三色の妖精は俺の心を奪っていくかのように甘く優しく囁いて行った。
「フフ、これならば会議の間でも使えばよかったかも知れません」
「同意ですね、姉さん」
『入りきらないからって、天井に張り付いてろっていう無茶振りをする姉さまたちは鬼ですか?!』
「「姉ですが、何か?」」
声が聞こえた方向を見ると、そこには二人のサキュバスと天井にも張り付いてたのは六人のサキュバス。それぞれが自分の真名にあわせた衣装と額から映える羊の角、背中には蝙蝠の翼までつけられていた。
綺麗だけど、何だろう。天井に張り付いているせいか、ドッキリ映像の方が近い気がする。
「冬雲しゃん」
恥ずかしがって、ようやく前に出てきてくれた雛里はいつも来ている服とは違って真っ赤な服を着て、背中には少し引きずるようにして同色の鳥の翼をつけていた。
えっと、もしかして『鳳雛』っていうところから、フェニックスなのか?
いつも見てる服のせいで雛里には青よりの紫っていう先入観があったが、鮮やかな赤は驚くほど雛里の髪色に似合っていた。
「どう、ですか?」
雛里と共に前に出てきたのは斗詩。
全身に包帯を巻いた、木乃伊姿。だけど、顔はほとんど包帯をつけないように考えられて巻かれている。
ただ一つだけ聞くとしたら、中に服を着ているのかが心配になるような見た目なんだけど?!
というかみんな、揃いも揃って女の子がそんな恰好でうろついちゃいけません!!
でも、ごめん。すごく嬉しくて、声には出せない。
俺は今日、幸せすぎて本気で死ぬかもしれない。
「冬雲」
その声に俺が視線を向けると、そこには濃紺の魔女の衣装を着た華琳が立っていた。
黒も捨てがたいが、やはり彼女の金髪に似合うのは少しでも青に近い方がいい。とても綺麗だ。
箒を持ち、真っ黒な衣装の中にはリボンや飾りに赤が使われ、とてもいい。
だが、俺は困り果ててしまった。
「・・・俺、菓子なんて用意してないぞ?」
俺は今日がハロウィンだということを知らず、いつも通りに日々を過ごしていた。
仕事も立て込んでいたせいか、日課になっていた朝の散歩も出来ずに城からはまったく出ていなかったし、気分転換用に買い置きしておいた飴も底をついている。
苦笑交じりにそう言うと全員が微笑み、華琳が代表にするように口を開いた。
「なら、あなたの今日という時間を私たちに寄越しなさい。
さぁ、民もあなたのことを待っているわよ?」
「えっ?」
俺は華琳の口から出た予想外の言葉に耳を疑い、聞き返していた。
「隊長の衣装はこれなのー!」
そう言って沙和に手渡された衣装に驚きつつ、しっかりと受け取る。見ればそれは海賊が着るような派手な上着とシャツ、やや大きめのズボン。
「小道具もあるでぇー」
真桜から渡されたのは三角帽子と眼帯、それから曲刀。
それを見て戸惑う俺に、『成功した!』とでもいうかのようにそれぞれが喜びを表現していた。
「まさか、ここ数日俺が忙しかったのって・・・・」
「私たちがあなたにばれないように作り上げた祭りよ?
楽しまないと、許さないわ」
そう言って傲岸不遜に笑う彼女へと、俺は笑いながら叫んでいた。
「悪戯って、国規模でやったのかよ?!」
そう言いながらも俺は大人しく着替えた後、みんなに引っ張られるような形で町へと繰り出していった。