真・恋姫✝無双 魏国 再臨 番外   作:無月

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鏡割り?

「羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹・・・・」

 それは誰が言い出したかはわからない、意味のないことを繰り返すことにより睡眠を誘発させるという魔法の呪文。今は年の暮れ、去年は宴会で夜を過ごしたが今年は年始にある張三姉妹によるある催し事のために俺は仕事に追われていた。衣装は沙和が、連絡の取り合いは藍陽が中心となってやってくれているおかげで順調かつ素晴らしい速さで情報が行きかっているのだが、やはり会場に関するこまごまとした管理は行事の責任者である俺に行きついたわけだ。

「まぁ、昔もやってたし、別にこの仕事は嫌いじゃないけどな」

 三人の要望もあったとはいえ、他の仕事もあることから反対の声すら上がっていた。だが、俺自身も『これは他に譲れないから』と言って無理を押し通した。

 三人が作る舞台を陰から支え、仕事の最中ややり遂げた後に見れるものは多くの人たちの笑顔。あのえも言われぬ快感は言葉に出来ないし、むしろ好きといってもいいだろう。

「だからといって、寝なければ怒られるんだけどなー」

 白陽は勿論その仕事に関わる全員が部屋に勢揃いして、俺に説教していくことがあって以来、俺は時間を決め半刻だけ仮眠をとる。

 仮眠を半刻だけでもとっておけば『一度は寝たと言い訳も出来るし、それを白陽がいない間に済ませたと言えばほとんどは誤魔化せる。

 そのために俺はわずかな仮眠を取るために椅子にもたれかかり、呪文を呟いていた。

「羊が四匹、羊が五匹・・・」

「冬雲の後ろに虎が一匹♪」

「!?」

 俺を後ろから突然抱きしめた褐色の肌に驚きながら、その手を払うことも出来ずに俺は首だけで振り返る。そこにいたのは想像通りの舞蓮であり、楽しげに髪を揺らして俺の背中を占領していた。

 まったく、子どもみたいに嬉しそうな顔して・・・・ これじゃ振り払うことも出来やしない。

「冬雲、今日もお仕事なのー?

 そんなことしてないで私とお酒を飲んだり、食事をしましょうよー。

 そうしてゆっくりと行く年の流れを感じた後に、初日の出を拝みながら私を食・べ・て♪」

「年の初めからみんなにぶっ飛ばされるぞ・・・ 舞蓮・・・」

 おそらくは俺も無事では済まないだろうが。

「別にいいんじゃなーい? 年の初めから楽しそうで♪

 そうしたら私と一緒に、元旦からどこかへ愛の逃避行しましょ」

 俺の首へとさらに絡み付きながら、楽しそうに笑う舞蓮の目は本気だった。だから部屋に格子を付けられるんだよ・・・・

「ところでみんなはどうしたんだよ?」

「うーん? な・い・しょ♪

 ちょっと忙しいみたいだから、その間は冬雲は私の物よ」

「はぁ・・・ ったく。

 俺の唇を奪えなくても、俺がお前とそうした関係にまだなれないってわかってても・・・」

 俺が何を言いかけたのかわかったのか、舞蓮は鼻で笑い、やや伸びた俺の髪をぐしゃぐしゃにしながら、やや大きな声で話し出す。

「ばっかねぇ。

 冬雲があの時『一生』なんて言ったらそりゃ私も何とかするし、怒ってたかもしれないけど、あなたは『まだ』って言ったし、今も『まだ』って言ったのよ?

 なら、私の答えも蓮華も変わらないわよ。いいえ、正しくは違うわね」

 どこまでも楽しげに、何よりも楽しむように。

「あなたのその考えを変えさせるくらい、あなたを私でいっぱいにしてあげる♪」

「残念ながら、冬雲様は華琳様のものであり」

 冷たい声、白陽よりもどこか厳しい目で舞蓮を見下ろしながら、彼女は言葉を区切り、俺と舞蓮の間に立った。

「私のものです」

 いや、それは違う。

 俺が叫びたいのをぐっとこらえ、黒陽は瞬時に舞蓮を縛り上げる手腕は見事としか言いようがない。

「流石は虎、油断も隙もない。

 さぁ、冬雲様。華琳様を初めとした皆様があちらにてお待ちしております。

 私と共に参りましょうか」

 流れるような動作で俺の手を取りながら、舞蓮をその場に転がして放置とは華琳との付き合いの長さを感じさせるものがあった。

 が、そうはいってもこのままは可哀想だし、それに俺に対してここまで一途に感情を向けてくれる舞蓮のことは正直嫌いじゃない。

「舞蓮、そのさ・・・」

「何?」

 跪き、舞蓮の顔の近くへと寄ってから、俺は頬をかく。

 紅梅色の髪、虎のような金の瞳、褐色の艶やかな肌、何よりも時には直球すぎてこちらが困ってしまうほどのまっすぐな感情。

 俺は抱いているこれはまず間違いなく好意であり、それに全く恋情が含まれていないかといったら嘘だろう。

 それでも俺は決めてしまったことを破るつもりはない。

 でもそれは、まっすぐな想いを否定したいわけでも、どうとも思っていないわけではない。

「俺はあれを破るつもりなんてないけど、これはいつものお礼ってことで」

 だから俺はその額へと、唇を落とした。

 舞蓮を一瞬呆然とした後

「場所がちがーう!!」

 不平不満を爆発させた。

 なんでそうなる?!

「では、私と正しい位置で接吻をいたしましょうか」

 言葉と同時に俺の唇を奪い、見せびらかすように舞蓮へと得意げに笑って見せる事も忘れない。

「もう! 華琳たちばっかり、ずーるーいー!!

 私もそこ()に接吻ーーーー!!!」

「では改めて、参りましょうか。冬雲様」

 右腕を俺に絡ませながら、左手では舞蓮を引っ張っていく黒陽にどこかへと連行されるのに俺は黙って従っていくしかなった。

 

 

 

『かっがみわり! かっがみわり!』

 会場らしきものから聞こえるのは俺が話した行事の一つ。

 だけど鏡割りそんなに盛り上がる行事だったっけか?

 ていうか、鏡餅は飾る風習があるけど、飾った初日には割らないんだが。

「隊長! お待ちしておりました!!」

 俺を迎えてくれたのは満面の笑みの凪であり、俺はそれを撫でながら改めて周りを見渡した。

 

「右やー!」

「左なのー!」

「かましたれーー!!」

「よいしょーーー!」

「ぎゃーーーー!!」

 沙和と真桜が茶々を入れ、霞が勢いよく指示を出したところで、斗詩が槌を振り下ろす。

 激しい打撃音と歓声が行きかう中央を見れば、見えたのはまず餅。

 

「えっと? あんなにでっかかったっけか? 餅って」

 そんな音へと俺はおもわず首を傾げ、目を軽くこすってから再度視線を向け直す。

 

「はい、では次の方ー」

「あっ、私ですー」

「では鉢巻と回転を」

 風が促し、流琉が手を挙げ答え、稟が鉢巻で目を隠し、縛った後にその場で数回回転させる。

 

 ん? うん・・・・? えっと? これって?

「凪、これは何の行事だ?」

 俺が問えば、凪はむしろ不思議そうな顔をして答える。

「鏡割り、ですよね? 隊長がおっしゃっていた」

 割る対象が餅じゃなくて、頭になってるんだけど?

 西瓜割りの方が近いんじゃないかな?

「エット・・・ ドンナギョウジ、ナノカナ?」

「はい!

 この一年でもっとも問題を起こした者を餅の形にし、根性ごと叩き直す行事です!

 魏の名だたる将たちがその資格を持ち、年の始まりの運試しとして目隠しと回転を加えた行事であり、餅となった者は根性を叩き直せ、将の皆様は年始から運を試すことの出来るまさに一石二鳥の素晴らしい行事だと思います!!」

「いろいろ混ざった上に、全くの別物に!?」

 俺の言葉を疑うこともないきらきらとした純粋な目で見てくる凪の目がとても眩しいけれど、天の世界にもそんな物騒な行事はありません。

 そして三つほど並んだ餅をよく見てみると、みかんのところには見慣れた顔が並んでいた。

「世は無常だ・・・」

「理不尽すぎる!」

「せめて、せめて殴るなら樹枝ちゃんに!!」

「すいません!

 誰か横の男の頭をぶち割ってください!!」

 ・・・・俺、仕事やりすぎて疲れてるのかな。

 俺の弟たちと、副官が並んでる気がするんだけど?

「第一回、『新年行事・鏡割り』。

 今回、餅を務めるのは魏の三大問題児である右から曹洪、荀攸、牛金となっております」

 目に手を当てていた俺の耳に流れた白陽の放送はあまりにも無慈悲であり、強制的に俺に現実を見せつけた。

 気がする、じゃなくて真実だった。

 でも、ごめん。三人とも。否定することが出来ないのは、普段の余計な一言の性かな?

「また、来年以降は一般兵も選出されることとなっていますので、皆様目に焼き付けておいてくださりますようお願いいたします」

 何、この放送怖い。

 というか、華琳がよく許可出したな?! こんな行事!

「華琳様は二つ返事でしたよ、冬雲様」

 俺の横で涼しい顔で微笑む黒陽にどこか寒気すら覚えながら、後ろでやりたいとはしゃぎだす舞蓮を見ないふりをする。

 会場を見れば、公孫賛殿が公式の道具となっているらしい斗詩の槌『金光鉄槌』を持ち、風に何かをささやかれていた。

 

「はい、次は白蓮ちゃんですよー」

「わ、私はやらないぞ! 樟夏もあそこにはいるんだぞ!

 というか、樟夏が何故あそこにいるんだよ!」

「これまでの行いと言いますかー、いろいろとありましてー。

 それにほら、白蓮ちゃん。これは遊びなのですー。おもいっきりやっちゃいましょー」

「だからと言って出来るわけないだろ!」

「つい最近、樟夏さんのところでこんなものを拾ったのですよー」

「こ、これは・・・」

 風とのやり取りは聞こえないが何かの書簡を渡したのがわずかに見え、何故か公孫賛殿が放つ気の色が傍から見ても明らかに変わったことが伺えた。

 何を言った? 風。

 そして、なんだその書簡は?

「さて、白蓮ちゃん。

 浮気者にはー?」

「鉄槌を!!」

 あぁ、あれってまさか・・・

 渡した書簡に察しがつき、俺は樟夏の冥福を祈った。

 そして、迷いもない公孫賛殿の一撃が餅の一つを赤に染めた。

 一般兵たちから歓声と、ある種のざわめきが生まれる中、次に槌を手にしたのはよりによって白陽・・・・

「アノトキノカリヲ」

「まさかの一年越しーーー?!

 というか、まだ根に持ってたんですか?!」

 二つ目の餅が鈍い音と共に朱に染まり、俺は思わず目を背ける。

 あの時ってまさか、最初に会った時のあれか? まだ根に持ってたのか、白陽。

「じゃ、最後はわったし!

 この変態がーーーー!!!」

 いつの間にか縄抜けをしていた舞蓮が飛び入り参加し、三つ目の餅を赤く染めあげる。

 俺はそれと同時に、回れ右をする。この行事を正しく修正するために。

「何とか出来るように最善を尽くす。

 だから、すまん! 三人とも」

 冷たい汗を流しながら、俺は中央にいるだろうみんなへと正しい鏡割りを説明するためにひたすら走った。

 

 

 結果、修正出来ませんでした。

 娯楽と、全体の引き締めに効果があり、行事としても有効だったため棄却出来なかった。

 ただし、正式な鏡割りも行われるようになり、今回の行事の名称も『新年・根性叩き割り』に変更となった。

 すまない、三人とも。力のない俺を許してくれ。

 

 後日、白の遣いから『そんな鏡割りねぇ!』という文書が来たが説明した結果、『曹仁さんでも、うまくいかないことがあるんですね』という生暖かい返事が送られた。

 今後、行事等の構成の際は必ず俺に話してもらうようにしておくことを硬く心に誓った。




知識が正しく伝わるとは限りません。

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