兄者と別れ、私と樹枝は行きつけの酒場へと入り、いつもの席へと着きました。
「とりあえず、乾杯」
「ですね」
互いに杯をぶつけ合い、労い合い、酒を傾けます。
「それにしても、兄上はどうしてあぁも鈍いのだろうな?
知識とかそう言うのは鋭いし、女心にはそれはもう気遣いが細やかだというのに」
「思うに兄者は自分が姉者たちに好意を抱かれていることは理解していても、自分がそれ以上を求めるということがあまりにも少ない。
自分が何かをすることで姉者たちを笑顔にすることを好み、その笑顔を傍で見ていることこそが兄者の幸福なのだろうな。
そして、それ以上に自分が姉者たちに傍に居ること以上の幸福を貰おうとは思っていない節がある」
いっそ歪と言っていいほどに、兄者は姉者たちから何かを求めることをしない。
むしろ自分が捧げることが当たり前だというように、何をすることも躊躇わない。
「常々感じている違和感ではあるが、おかしなことだ」
「いずれ兄者の口からそのことを聞けるとは言え、この違和感はどうしようもないかと。
ですが、そんな兄者を支えるために私たちがいるんでしょう」
兄者の無茶が過ぎないように、そして姉者たちを支えようとする兄者が崩れてしまわないように私達が支える。
雲が日輪を支え、多くの季節や華を守るというのなら、私達は雲を支える大樹であろう。
「そうだな。
兄上がいることによって生まれた幸福を僕たちが守る。もっとも・・・」
そう言って樹枝は周囲を見渡し、苦笑いをする。
「この光景も恒例行事になるかと思うと、気が重くなるが」
「・・・・それは同意します」
酒場には私たち同様独り者たちが集まり、普段は女性客も見られるところだというのに今日にいたってはほとんど見かけることがない。もしかしたら女性客は別の酒屋で飲んでるのかもしれませんが。
酒場に流れる空気はさながら通夜のようであり、自棄酒を飲む者、男同士で騒ぐことでしか己を慰めることが出来ない者とそれぞれでした。
今日は一部の警邏隊員を除いて早上がりの筈なのですが、なんという様でしょうね。そもそも恋愛対象がいない私が言ってもいいかはわかりませんが。
「兄者の隊は妻帯者が多いのは、兄者の気にあてられたのでしょうしね・・・」
ただ会話しているだけの中に、共に居るのが誰であろうとも幸せそうに微笑み、時に初々しい恋人のように、時に長年連れ添った夫婦のように映る兄者たちの姿は誰であろうと羨ましいと思ってしまう。
「だからと言って、僕に対して妙な視線を向けてくるのは勘弁してほしいんですがね!」
そんな中、女性と間違われていたのか、はたまた女性がいないことによって女に近ければだれでもよかったのか、妙な視線が樹枝へと集中しています。
もっとも樹枝が今、睨みを利かせたのでいくらかは散りましたが、その視線に対して恍惚とした表情をする者が増えましたね。
樹枝を見ていると、自分が女顔に生まれなくてよかったと感じる毎日です。
「樟夏? お前今、妙な感謝抱かなかったか?」
「気のせいじゃないですか? 樹枝。
それよりも兄者からいくらか貰ったことですし、今夜は飲み明かすとましょう」
「お前のその誤魔化したような笑いの真意も、きっちり聞かせてもらうがな!」
「じゃぁ、面と向かっていってあげましょうか! 樹・枝・ちゃ・ん!!
ついでに牛金でも呼んであげましょうか!
少しはこの辛気臭い空気も消え、盛り上がるでしょうしね!!」
互いに掴みかからんばかりの距離で怒鳴り合い、私達は日頃のうっぷんを互いにぶつけ合う。
「洒落にならんわ!
というか! あのおぞましいものをこの酒場に召喚した場合、最悪乱闘が起きるだろうが!!」
「いいんじゃないですか?
暗く沈んでいるよりかは、明るく乱闘であっても喧嘩騒ぎ。今日に限っては理由を離せば警邏隊も大目に見てくれるでしょう。
では、呼びますか! ぎゅ・・・」
「お前は僕を殺す気か!」
そんな馬鹿騒ぎをしながら、クリスマスの夜は更けていきました。
「ふぅ・・・ 流石に飲みすぎましたかね・・・」
途中で樹枝と別れ、痛む頭を押さえながら自室へと入ると、寝台の横にあったのは置いた覚えのない綺麗に包装された袋と見慣れた字で書かれた短い言葉。
『メリークリスマス
サンタより』
「あぁ・・・ これは確かに嬉しいものですね」
おもわず呟き、口元に笑みを浮かべてしまいました。
おそらくは兄弟三人共にお揃いであろう、雲と大樹を模した意匠を施された短刀(守り刀)をこれから定位置となる腰へと差し入れ、気合いを入れる。
「さて、今日も頑張りましょうかね」