真・恋姫✝無双 魏国 再臨 番外   作:無月

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二月三日

『節分』

 立春の前日であり、冬から春へと変わるこの日はかつての大晦日である。日本で行われていた豆まきなどは「追儺(ついな)」と呼び、それらは厄払い、厄除けのために行われる。ついでにいうなら豆を落花生にしたり、鰯の頭を柊に刺す魔よけは実は近代の物であったりする。

 また、『運を巻き込む』、『縁を切らない』という意味を込め、恵方を向いて巻き寿司を丸かじりするようになった。

 

 

 

 まぁ、行事はいろいろあっても、俺には当たり前だけど仕事があるわけで。

 午前の訓練を終わらせて、適当に昼を済ませたら、書簡を片づけるために部屋へと戻る。

 俺の生活の一つの流れになりつつが、それでみんなとの毎日が成り立っていると思うとおもわず笑みがこぼれた。

「さてっと・・・・ 今日の書簡はどんだけあるんだ、か?」

 そう言って扉を開くと俺の部屋の片隅に山と積まれた書簡、どう見ても普段の倍以上の量が積まれていて、おもわず目を疑う。

「・・・・・白陽」

「はっ」

「今日の俺の仕事、あの量であってるか?」

「華琳様を始め、文官の皆様方も仕事の面においての冗談は好まれないかと。

 真桜たちはその辺りがおおらかではありますが、凪がいる限り書簡を溜め込みはしても月末には間に合わせるかと思います」

 白陽のいつもの冷静な声を聞きながら、俺はいくつかの書簡を手にとって眺める。その詳細はここ二月(ふたつき)の行事に関する諸費用、来年に向けての企画案及び『数え役満☆姉妹』の衣装案、公演案等々・・・・

 うん、書簡の量で冷や汗をかいたのっていつ振りだろうな?

 でも、俺がその行事を増やしていることもあり、何とも言えない。

 というか、言ったら真剣な顔で懐かしいお説教が待っている気がする。

「経理関係から片づけるか・・・」

 計算だけの書類をいくつか手に持ち、机へと向かう。

「あぁ、白陽。

 衣装の件は沙和にも意見を聞きたいから・・・」

「警邏の仕事を終えた後、こちらに来るよう伝えてまいります。

 天和さんたちの意見、希望などは既にこちらに。また、護衛である親衛隊たちからも、熱烈な愛好者たちから寄せられた希望をまとめた意見書が提出されています」

 俺は白陽のその言葉に軽い頭痛を覚え、眉間に手を当てる。

 いや、あの親衛隊を正式な護衛の意味を兼ねた隊にしたのは俺だし、そういう希望書とかあれば確かに便利だ。が・・・

「趣味と仕事、どっちのつもりで提出したんだろうなぁ?」

 いくつかの露出度が多い衣装に印をつけ、製作者の名を脳裏に記憶していく。

「親衛隊にはどうやら、俺直々に再教育が必須みたいだな」

 怒りとは裏腹に声が弾み、口角が上がる。

 さぁ、どうしてくれようかなぁ?

 男色の多い樹枝の部隊との共同訓練でもいいだろうし、貂蝉と華佗に頼んで健康診断をしてもらってもいいかもしれない。

「その際は私もお手伝い致します」

 どうやら先に赤の印がついていたのは白陽が見て、駄目だったものらしい。

「あぁ、その時は頼む。

 それじゃ、白陽は警邏隊との連携が必要な書類を頼んでいいか?」

「お任せください」

 そう言ってから、俺たちは山と積まれた書簡を少しずつ減らす作業に入ってた。

 

 

 そうして書簡と格闘し続けてどれほどの時間が経っただろうか、途中白陽がお茶を淹れてくれたり、雛里が差し入れとして甘い物を持ってきてくれたりと休憩を挟みつつ、衣装の案以外の物は何とか処理が出来た。

「衣装の案は・・・・ 正直専門外なんだながなぁ」

 むしろ初めから沙和に任すべきだろ、これ。

 最高の物を作ろうとし、額が高くなってしまう華琳でも、天の世界でのやや偏った知識を持つ俺でもなく、そういうのを財布の都合とかも知識の面においてもちゃんとした物を作るのは沙和だろうに。

「まぁ、仕方ないか。

 まだ寒いし、袖のある衣装で、なおかつ見栄えのする意匠・・・・」

 いっそのこと、長めの靴下と防寒対策に毛糸のブレザーを着せて、制服姿でもありか。統一感を簡単に出せるしな。

 そう考え、いくつかの案を言葉で書き記し、筆を置く。

「あーぁ、眠いなぁ」

 白陽の気配はなく、窓から移る夕焼け空と烏の声、遠くからは子どもの遊ぶ声が聞こえてくる。

 まだ完全に平和とは言えない大陸の片隅に、確かに存在する一時(ひととき)の平穏。

「別に行事なんてなくても、こうした日々が『幸せ』っていうんだろうなぁ」

 今日が節分だろうと、立春だろうと、彼女たちと居られる日々ほど尊いものはない。

 けど俺は欲張りだから、もっともっと最高の幸せが欲しいし、笑っていてほしいと願うのは傍に居る者だけではない。

「華琳の欲張りなのが移ったかな?」

 ぼんやりとそんなことを考えながら、眠気に任せ、気づけば俺は目を閉じていた。

 

 

「―――者、その担ぎ方の名称を知っているか?」

「うむ? 知らん」

 眠りにつかりながらも聞こえてくるその声は、おそらくこの世界で一番聞いているだろう二人の声。

 わずかに目を開けるとまず移ったのは赤い布、位置的には腰、か?

 両手両足共に重力に従ってぶら下がり、俺の腰当たりはしっかりと右手で固定され、足には左手が添えられている状態。

 それから導かれる担がれ方の名は一つだけしか、俺は知らない。

「春蘭・・・」

「おぉ! 起きたか。冬雲」

 嬉しそうに弾む声に俺も嬉しくなるんだけどもさぁ・・・

「俵担ぎは、ないんじゃないか?

 もう『俺をどこに連れていく気だ?!』とか、『担ぐなよ!』とか言わないから」

 荷物の運び方をされるとちょっと悲しい。だからと言ってお姫様抱っこされても嫌だけど。普通に背中でいいと思う。

「うむ? まぁ、起きたなら自分で歩け!」

「へいへいっと」

 降ろされつつ、適当に返事をする。辺りを見るとすっかり日は落ち、静かな時間が始まろうとしていた。

 二月の初め、まだまだ肌を指すような冷たい風が吹いていた。とりあえず、二人に風が当たらないように風上に壁となるように移動しつつ、俺を見て意味深な笑みを向けてくる秋蘭は見ない振りをした。

「とにかくついて来い!」

「首に絡みつくな! 危ないだろうが!!」

「私がこけるようなヘマをするとでも思っているのかー?」

 春蘭の腕が首へと周り、倒れないように注意はしておく。

 じゃれついてくる春蘭、俺の横をただ静かに笑みを浮かべながら歩く秋蘭、そうしているといつだか華琳の茶菓子を買った日を思い出し、懐かしい気持ちになる。だが、同時に影にいる白陽に気づき、笑みが深くなった。

「何が笑っている? 冬雲」

 秋蘭が俺の心を見透かすかのように問いかけ、俺の笑みは深まる一方だった。

「うーん? 嬉しかっただけだよ。

 こうして、ただみんなと毎日を過ごせるのがさ」

 あの日の続きでありながら、そうじゃない。

 変わらないものがあって、変わったものがある。

 その変化は決して不快ではなく、俺をさらに幸せへと運んでくれることばかり。

 やり直しでなく、続きでもない。

 過去からありながら、なおも紡がれる新しい『今』が嬉しい。

「これからも、この先も、こんなたくさんのことが広がって行けばいいな」

 春蘭は俺の言葉に不思議そうに首を傾げ、秋蘭にも同様の顔を向けられた。

 えっ? 何故だ?

「冬雲、貴様は馬鹿か?」

「『いけばいい』じゃなく、華琳様の下で私たちが築いてく。

 だろう? 冬雲」

 華琳に次いで傍に居た二人からの予想外の言葉に、俺は目を開いてから、額に手を当てた。

 華琳の影響力もあるだろうが、この二人も俺の手を最初に引っ張ってくれた人だということを思い出す。

「あぁ・・・・ そうだな」

 そうして話しながら、俺は二人にある場所に連れていかれた。

 

 

 見慣れた玉座の間、用意されている宴会料理。

 が、全員が決められた場所に並び、一人一つ巻き寿司が用意されていた。ただ、海苔は高価なためか漬物で包んである。

 海苔の量産は難しいし、量産するなら呉と協力しなければ不可能。海苔は出来なくても、効率のいい漁のやり方で今度話し合いの場を作らないとなぁ。

「言ってくれたら、手伝ったのに・・・」

 人数分の巻き寿司の手伝いくらいは出来ただろうし、宴会場の準備も何か飾ってあるわけではないが手伝えることはあっただろう。

「まぁ、それはあとで説明するわ。

 それで冬雲? ある方向をむいて食べるものらしいけれど、どの方向を向けばいいのかしら?」

「あー、すまん。恵方まではわからん。

 その年の幸せがやってくる方角を向いて食べるんだけど、あんまり意識してやったことがないから知らないんだ」

 確か五年おきぐらいにぐるぐる回してる筈なんだけど、節分って巻き寿司食べるぐらいしかしなくて、恵方なんて気にしてなかった。

 というか、実際その方角を向きながら、巻き寿司食べる人なんているのか?

 テレビとかじゃやってたけど、ネタにしか思えなかったんだよなぁ。

「あなたの知識が久しぶりに中途半端になったわね・・・」

 一昨日見たばかりの華琳の呆れ顔だが、知らないものは知らない。適当なことを言って、あとから言及された方が厄介だし。

「でしたら、華琳様。

 私たちにとって、幸せがやってくる方向を向いて食べるのはいかがでしょうか?」

 誰よりも早く華琳に提案した桂花は、そのまま何故か俺を指差す。

 うん? 俺がどうかしたのか?

「名案でしゅ! 桂花さん」

 その意図を最初に汲み取ったのは雛里らしいが、俺には何が何やらまったくわからん。

 何を基準にその方角を決めたんだ?

「あらら、桂花ちゃんから珍しい言動と行動をとっていますよ? 稟ちゃん」

「明日は雹でも振るのかしら・・・?」

「聞き捨てならないわよ! 風、稟」

 軍師戦争が勃発しかけてるけど、俺には事態が呑み込めないんだが?

 とりあえず、説明を求めるために視線を樹枝に向けてみる。

「兄上? どうしてそんな不思議な表情をしていられるんですか?」

「いや、状況が全くつかめないんだが?」

「・・・・・兄者のそれは、もう病気の域に達していますね」

 状況がつかめないまま義弟二人に呆れられ、突然俺の背中に誰かが乗った。重くはないからいいが、この寒い中で肌を出しているのを俺は二人しか知らない。

「真桜、何だよ?」

「隊長が意味を気づいてへんようやから、可愛い部下が直々に教えたろおもてなぁ」

 そう言ってから真桜は俺から離れ、親指を上へ、人差し指だけをまっすぐ伸ばした形で俺を指差した。

「隊長が居(お)る方向から、ウチらの幸せはやってくるんや!」

 俺はその場で真っ赤に染まったんじゃないだろうかと思うくらい、顔が熱くなって、周りを見渡す。見れば俺を見ながら、黙々と巻き寿司を食べてる凪と白陽がいて、さらに熱くなってきた。

「樹枝、樟夏」

「何ですか? 兄者」

「顔がもう引くくらい真っ赤ですねー、兄上」

 もうそのまま床に額を当てて、無理やし冷ますしかない。ていうか穴を掘って埋もれたいくらいだった。

「嬉しくて恥ずかしくて、死にそう・・・」

「「爆発してください。兄()」」

「もう、みんなの可愛さに撃沈してるけどな・・・・」

「「爆散しろ!!」」

 

 

 俺がそうしているうちに華琳が傍に来ていたらしく、そのままの状態で顔を横に向けた。

「冬雲、今回はあなたを呼ばないで進めた理由があるのよ」

 小さく切られた巻き寿司を俺に見せるようにして食べながら、華琳は口元をほころばせた。

「これを作ったのは誰だと思う? 冬雲」

「えっ?

 いつもと同じ、華琳や流琉達じゃないのか?」

「勿論私たちが手伝いもしたわ。

けれど、巻き寿司はその具もほとんど春蘭が作ったのよ」

「えっ?!」

 驚きの情報に思わず声をあげてしまい、春蘭を探す。

 秋蘭の背に隠れるようにしてこちらを見ている春蘭が、すごく可愛い。

「食べておあげなさい。

 あなたのために、あの子はずいぶん頑張っていたのよ?」

 華琳に促され、俺は巻き寿司を手に早速食べる。

 漬物は美味いし、巻きも固すぎることもない。中の具の玉子焼きもうまいし、他の野菜もうまい。

「ちょっと褒めてくる」

「いってらっしゃい」

 

「姉者、いつまでも隠れていないで、前に出たらどうだ?」

 俺が来て何をするかを察した秋蘭が春蘭を前に押し出そうとするが、春蘭は嫌々と首を振って、秋蘭の背に隠れてしまう。

 何この生き物、超可愛い・・・!!

「むぅ・・・・ その、どうだったのだ?」

 不安そうに顔を隠し、上目づかいで聞いてくるとかさぁ!

「最高にうまかった!

 今度また作ってもらってもいいか?」

 右手で春蘭の頭を掻き撫でて、空いてる左手も秋蘭を撫でる。

 絶対料理のことで苦労したのは秋蘭だろうしな、あと樟夏。

「ぬ・・・・ あ、杏仁豆腐もうまくなったんだ。

 華琳様にも褒められるほどに・・・・

 こ、今度の休みにでも作ってやる! 心の準備でもしておけ!!」

「ならば私は、その日の昼でも担当しよう。

 我ら姉妹の料理をしっかり堪能してもらわなければ。

 な? 姉者」

 二人らしいその言葉を聞きながら、俺はもう今から次の休みが待ち遠しくなってしまう。

「あぁ、早く次の休みにならないかな」

 変わってないのにちゃんと変わっている二人を見守り、いつものように宴を楽しむみんなを見て、俺はまた幸せを実感するのだった。


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