Fate/extra days   作:俯瞰

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第四話

 

 

 

「ミスタ・エミヤ、少しいいかしら」

 

「はい」

 

 全体基礎科(ミスティール)

 時計塔において基礎科というのは全体基礎科(ミスティール)個体基礎科(ソロネア)の二つに別れている。なぜ区別されているかといえば、これも遠坂からの受け売りになってしまうのだが、個体基礎というのは一定の水準に達した魔術師に対して行われる、端的に言えば分かれ道である。

 時計塔は幾つかの派閥に分かれているが、その中でも力を保有する三大派閥。

 貴族派。民主派。中立派。

 法政科を含めた十三の学部。

 学部毎でも派閥として分かれており遠坂の所属する鉱石科(キシュア)現代魔術科(ノーリッジ)に関してもそれぞれ異なる派閥に属しており、その辺りの差配はどうなっているのかは俺はよく知らない。

 遠坂が苦労しているというのはわかるが、それ以上のこと、ずばり時計塔内の人間関係は複雑怪奇過ぎて頭が痛くなってくる。

 

 閑話休題。

 

 俺が受講している全体基礎科、そして受講を検討中のもう一つの基礎科である個体基礎科は中立派となっている。

 全体基礎科は俺のように魔術に関して曖昧な部分を持つ中途半端な者がそこで魔術に関する基礎を学ぶ学部だ。

 個体基礎科とは前述の通り、中途半端な部分を埋め、ここから各々の魔術の家系、特性によって違う学部への方向性を決める学部。

 要は、もう一度自分を見つめ直し、特性を理解・把握する為の学部である。当然ここで行き詰まる人間がかなり出るらしく、場合によっては時計塔を去り、家でツテをたどって講師を招いての勉学に励むという者もいるらしい。

 俺の場合、自分の持った特性というものをあの戦いの中で把握済みだ。だからこそ今の内に目的となる学部を決めておく必要がある。

 

「ミスタ・エミヤ、貴方は確かミス・トオサカと知己の間柄ではなかったかしら」

 

「そうですが、遠坂が……なにか?」

 

 遠坂絡みとなると嫌な予感がするのは否めない。倫敦に来てからはずっとそんな感じだったからなぁ…。

 目の前にいる妙齢の女性。ビシッとしたスーツ姿。スカートではない方が様になっていると言ったのは一体誰だったか。眼鏡をかけその冷静な態度も含めて、クールビューティーとして人気がある、らしいと知り合いに聞いた。

 ブリッジをクイっと指で上げ、その鋭い眼差しに捉えられていることがどうにも居心地が悪く、苦手意識が消えないんだよな。

 一成と似ているようではあるが根本的な人種が異なっているので、やはり慣れない。

 

 シュフル・エーデ・ミスティール。

 

 全体基礎科(ミスティール)の学部の名を持つロード・ミスティールは時計塔を束ねる貴族の一つであり、そのミスティール家の現当主でもある。中立派であるロードは幾分俺みたいな血統も何もない俺に対しても偏見なく接してくれるのでとてもありがたく思っている。

 

「では、これを。貴方に渡した方が早く済みますからね」

 

 スッと差し出された一冊の本。

 魔導書かなにか分からないが、とりあえず受け取ってみる。見た目に反して幾分か軽く出来ているらしくあまり重さは感じなかった。

 

「ミス・トオサカに渡していただけますか。それと、こういったことは今回限りだと伝えるように」

 

「わ、分かりました」

 

 では、と。

 背を向けて去っていく姿を見つめ、俺は元々俺が持ち込んでいた荷物と纏めて抱えた。

 

「あららー、また面倒ごとかい?」

 

 ひょこっと現れたハハイザ、略称イーザがニヤニヤと俺を見つめていた。

 くっ、こいつ他人事だと思って。

 

「だって、他人事だしね。それでミスティール先生に何を頼まれたの?」

 

「わからん。遠坂絡みらしいけどな」

 

 俺は預けられた本を指差した。こういったものは早く本人に渡すに限る。

 

「ふーん。って、ソレって……」

 

「ん、知ってるのか?」

 

「………ううん。別に知らないよ」

 

 じゃあまたねーと元気に去っていくイーザに軽く手を振って別れを告げた。さて、じゃあ俺も帰るとするかね。あまり乗り気はしないが仕方がない。この時間に帰ると恐らくは、いや多分そういうことになりそうだなぁ。

 

 

 

 

 

 遡ること、一週間前。

 

「ごきげんよう、エミヤシェロ」

 

 ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト嬢は不敵に笑った。俺はといえば魔眼を使われたわけでもないのに、金縛りにあったような感覚に囚われていた。

 

 そうだ。

 気がつくポイントは明確にあった。

 この寮は時計塔が用意したもので、もちろん住み込んでいるのは魔術に関する知識を持つ人間達だ。一般人の入り込まないように結界が施されている。だというのに昨日オーギュストさんはさも当然とこの寮に入り、俺のいる部屋へ訪れた。つまりその時点でこの人がこちら側の住人であると認識できたのだ。

 そしてそれは当然の如く、その主である彼女も異なる世界の理の中に住まう人であると認知できたはずだったのだが。

 

「あら、どうしてそんなに驚いているのかしら。オーギュスト、何かやったのではなくて」

 

 滅相もございませんと丁寧に返答するオーギュストさんに「そう」と一言返すと、再び硬直したままの俺に顔を向けた。

 

「いや、あの…」

 

「? なんですの?」

 

「その、アンタ……魔術師だったのか」

 

 その言葉に、ルヴィア嬢の頬がピクッと動く。いや引き攣ったのが見えた。いかんやっちまったか。

 

「あらあら……もしやと思いましたが、本当に私のことがわからなかったとは。ま、まあ田舎者ですものね、知識が欠如しているのは仕方ありませんわ。ええ仕方ありませんものね」

 

 む。田舎者って。まあ冬木は地方都市ではあるけどそこまで田舎ってわけじゃないぞ。

 向こうも向こうもで我慢している風なのはわかるが……って、じゃあもしかして。

 

「もしかして、俺が魔術師だって気付いてたのか?」

 

 問いかけてみると「はあ?今更そんなことを質問してくるの?」といった呆れ顔を向けられてしまった。それが遠坂が時たま浮かべるものにそっくりで戸惑う。

 

「当然です。往来でいきなり声をかけられ怪しまない筈がないでしょう。しかもそれが魔術師となれば警戒を持つのは当たり前でしょう。まあ、試しに侵入してみれば防壁もなくあっさりと出来たものですから、害は無いと判断したのです」

 

 侵入? 防壁?

 

「……未だにそれにすら気付いていないとは。あなた、本当に魔術師ですの?」

 

 うっ、痛いところを。

 実際のところ俺は根源というものを目指しておらず、切嗣と同じく魔術使いとしての道しか見ていない。でもそれを魔術師に話すのは出来るだけ無しだと言われた。ましてこれから自分達が赴く場所ではなるべくと。

 アウトローな道であることは違いないんだろう。だからこそここでは異分子でしかない。害あるものだと見られればそれだけでも生き辛くなっていくだろう。なので、その辺りの話は出来るだけ禁止だ。

 

「もういいですわ。それにしても奇遇ですわね。まさか貴方がここに住んでいるなんて。把握していなかった私の落ち度とも言えますわね」

 

 把握、落ち度?

 そこでふと気づいた。

 ひょっとすると、遠坂の言っていた階を丸ごと貸し切ったという超絶VIPは彼女のことではなかろうか。いやあの荷物を見ていればもう確信してもいいだろう。

 まずいな。出来れば仲良くやっていきたいけど遠坂の奴、最近やたらと金持ちを毛嫌いというか敵視しているというか。それもこれも同じ学部で言い争っている相手とやらの所為なんだろうが。せめて同じ寮の住人とは仲良くしてもらいたい。なんとか説得してみるか。

 

「そうだな。同じ寮の人間同士仲良くやっていこう。なにか困ったことがあったらって……そうかオーギュストさんがいるから問題ないか」

 

 実際に働いているところを見てはいないが万能そうなイメージがある。セイバーの言う通り腕っ節も立ちそうだしな。

 

「何を言ってますの、寮には基本的にオーギュストはいませんわ」

 

「え、そうなのか?」

 

「当たり前でしょう。なんのためにわざわざこんなところの寮で暮らすと思っているのですか。ただ普通に暮らすだけなら郊外にある屋敷で充分ですわ」

 

 おうふ…郊外に屋敷があるのか。

 さすがはお金持ち、郊外に屋敷を持っててその上、寮の階を丸ごと貸し切るとは。

 

「お嬢様、そろそろ」

 

「ああ、そうですわね。話はお終い。準備があるので失礼させていただきますわ。オーギュスト、車をお願いしますわ」

 

 ルヴィアゼリッタ嬢は俺の横を通り過ぎ、寮の入り口から中へと消えていった。

 アグレッシブというか行動力のあるパワフルな人だ。ますます誰かさんに似てるような気がする。遠坂を紹介したら案外仲良くするんじゃないかな。

 

「衛宮様」

 

「って、うわ!」

 

 背後から急に声をかけられて吃驚した。

 気配遮断スキルでも持っているんだろうか、オーギュストさんはあの人について行かず、俺の耳元に顔を寄せてきた。こわい。

 

「お嬢様をよろしくお願い致します」

 

「え?」

 

「あの方は少々俗世を知らぬ方故、一人暮らしというものをよく分かっておられません。本当は私もお供したいのですが、お嬢様のご決断なされた事なら仕方ありません。ですから」

 

 もしもの時は、力を貸して欲しい。

 この人は本当に彼女の事が大切で仕方がないのだろう。まだ信頼を寄せているわけでもない俺にそんな事を頼み込むぐらいに。

 

「わかりました。俺でよければ幾らでも」

 

 オーギュストさんは俺の返答にたいして微かに微笑むと、一礼した後に車に乗り去って行ってしまった。うん、頼まれてしまった以上は仕方ない。こうなったら意地でも力を貸してあげますか。

 時計塔への道を再度中断。またくるりと向きを変更し寮の中に入り、階段を上る。遭遇する業者さんにぺこりと一礼しながら自分の部屋の前に到達し鍵を開ける。

 ちょうど遠坂の私室から出てきたセイバーと目が合った。

 

「おや?どうしたのですかシロウ、なにか忘れ物でも?」

 

「いや、そうじゃないんだ。遠坂はどうだ?」

 

「今、ぐっすりと眠っています。しばらく起きないかと」

 

 あちゃー。まあ大分疲弊してもんな。

 この分じゃ夕方近くまで熟睡してそうだ。

 

「それはそうと、下で何かあったのですか。やけに騒がしいようですが」

 

「そうなんだよ。寮に新しい人が来たんだ。俺たちの上の階の人なんだけどな」

 

 セイバーには粗方の事情を説明した。

 昨日やってきた執事さんの御主人様がこの寮に住まうということ。当然ながら時計塔に所属する魔術師であること等々。

 

「まだ入寮前だったとは。なるほど道理で生活の気配を感じなかった筈です」

 

「それで遠坂にも一応伝えておこうかなと。ほら、出来るだけ温和にいきたいからさ」

 

 うん、我ながら酷い言い方だとは思うが仕方がない。平穏な暮らしの為なんだ。さすがにすぐに喧嘩を売ったりはしないと思うが、魔術師という性質上、合わない人間にはかなり当たりの悪い奴が多い。

 遠坂の場合は猫をかぶるが、何事にも限界がある。その糸がいつはち切れるか分からない以上、平和にいきたいのだ。

 

「ちょっと挨拶に行ってくるよ。昨日のお礼もまだちゃんとしてないしさ」

 

「でしたら私も。大丈夫ですシロウ。何かあれば私が対処しますので」

 

 グッと握り拳を見せるセイバーの顔はそれはそれは、これから勝負に出ようと張り切っている遠坂さんに酷似していた。やっぱりサーヴァントってマスターに似るのかなぁ…?

 あのなセイバー、別に殴り込みに行くとかじゃないんだぞ。「当然です、さあ!」と言って俺の横を通り過ぎ上へと続く階段に向かって直進するセイバーを戸締りをしっかりしてから追いかける。

 すると耳に「それはこちらに、こらそこ! その包みは慎重に扱いなさい。一帯を樹海に変えたいのですか⁉︎」などといった咆哮が聞こえてきた。さっそく行く気が失せそうになったが、こちらを伺っているセイバーに詫びを入れて慌ててついて行く。

 廊下に散らばっているダンボールの山に足をぶつけないように掻い潜り、高らかな声の張られている場所へと進んでいけば、お目当の金色が視界に入った。忙しそうだし後にしようかと考えていれば、向こうの方から俺とセイバーに気づいた。

 

「あら、どうかされたの?」

 

「いや昨日、オーギュストさんが御礼だって言って色々と貰ったもんだから、改めて俺たちも御礼をしようと思ったんだけど」

 

「ああ、別にそれほどのことではありませんわ。至って常識的な行為ですもの。感謝の印というものはされたこととは比例しません」

 

 ふわりとなびかせる金の髪は、主に似てとても艶やかで美しい。この人は精神的にもかなり完成しているように思えた。いや、所々でそうでもないみたいだが。

 

「今、何か失礼な事を考えていませんこと?」

 

「滅相もございません。それで俺の隣にいるのがセイバーで、もう一度になるけど、俺は衛宮士郎、よろしく」

 

 横で黙って、いやなんだか突き刺すような視線で俺を見つめていたセイバーを紹介する。

 まあいつものことですが、って呟きが聞こえたけど異議を申し立てたい。

 

「セイバーと申します」

 

「貴女…」

 

 簡潔に答えるセイバーをじっと見つめたまま微動だにしないルヴィアさん。それはそうだ。

 遠坂の使い魔(サーヴァント)として今ここに存在するわけだけど、実在した過去の英傑、人々によって奉られるほどの者、即ち英霊(サーヴァント)であるのだから魔術師である彼女が興味を持たないはずがない。

 ……やっぱり遠坂に何の許可も取らずにセイバーを連れてきたのは失敗だったかな。でも悪い人じゃないと思うんだけどな。

 

「……こほん。失礼致しました。名乗られておきながら沈黙を通すなど無礼極まる行為を。ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトと申します。よろしくお願いしますわ、セイバーさん」

 

 

 

 

 

 

 

Fate/extra days

ーーー第四話ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 どうも、セイバーです。

 今更ながらに自己紹介をというわけではありません。凛のサーヴァントとしてこの地にやってきてから数ヶ月、主に経済的な面でシロウと共に悪戦苦闘する日々、悪くはありませんが、そういったもので率先して節制の対象となるのはやはり食。凛や大河から英国の食文化については聞いていましたが、まさかこれほどまでとは…。

 なんですか! あれは!

 ひどい、ひどすぎます!まったくこんなことになっているとは、昨今の(まつりごと)はどうなっているのですか⁉︎

 食に対する姿勢の改善を!

 改善を要求します!

 

 ………こほん。

 失礼しました。

 

 とは言っても、まだまだ返済の道は果てしない。節制生活は今しばらく続きそうです。

 そして、それと並行して今直面している問題が一つ。いえ金銭的な件ではないのですが…。

 

『きゃあーーー!なんですのこれは!書面の手順通りにやったというのに!』

 

 はあ、またですか…。

 またのようですね、と私の隣で同様に天井を見上げていたシロウに目で訴える。そんな私に苦笑いを見せたシロウは椅子からガタッと立ち上がると迷わず玄関の方へと歩いていく。

 

「ちょっと行ってくる。もしかすると結構かかるかもしれない」

 

「お気をつけて。凛は今日も向こうに泊まるそうなので、時間がかかるそうでしたら食事の仕込みは私がやっておきます」

 

 じゃあ行ってきますと言って扉から出て行くシロウ。微かに階上を行く足音、今日も今日とてお助け隊ということですね。

 ルヴィアゼリッタがこの寮に舞い込んでから数日。凛は今取り組んでいる研究が忙しいらしく、深夜に一時帰宅すると着替えを持って再び時計塔へ。三人での食卓が無くなり少し寂しい気持ちもありますが致し方ない。

 そんな日々の中、日によっては二回は訪れるルヴィアゼリッタの絶叫。当然シロウが放っておくわけもなく、ああして助っ人に行くのはもはや恒例行事化しつつある。

 もしやワザとやっているのではとも考えはしたものの、戻ってきては「大変だったよ」と何処か充実した様な顔で口にするシロウを見ているとその案も棄て去り。

 忙しさもあり、凛にはまだルヴィアゼリッタの事を話す時間が取れてはいないのですが、いずれ話した方がよさそうですね。

 

 案外気が合いそうな予感もすることですし。

 ですがそれと同時に、凛には彼女のことを話さない方がいいのではと思う自分も。

 あてのない勘に揺さぶられつつも、テーブル上の少し冷めてしまった紅茶に口をつけた。

 

 

 

 

 

 

 コンコンとドアをノックすれば、「開いていますわ!」と返事が一つ。

 いや、無警戒過ぎやしないか?

 前に本人直接言ってみれば、「問題ありません。仕掛け(・・・)はしてありますもの」と豪語していたけど、それにしたって一人暮らしの女の子にしちゃ、危機感が足りない。

 ドアを開けてみると漂ってくる匂い。

 ていうか焦げ臭い…。

 いったい今度は何をどうやったんだろうと思って行ってみれば、ウチのより整備されデザインもなかなかのキッチンで手に持った本をこれでもかと凝視しているルヴィアさん。

 

「おーい、何かあったのか?」

 

「何かあったかではありませんわ! まったくどうなってますの、これに記載されている通りに煮込み続けていれば、異臭とともに泡が溢れ出し挙句に中身はボロボロ、この出版社にはキツくお灸を据えておく必要があると明確に理解しました!」

 

 グシャリと本を握り締めたルヴィア嬢をスルーして、問題の寸銅鍋を見てみれば、うっ…これはひどい何を作ろうとしていたのかがそもそも分からないが、とにかくひどい。

 かき混ぜもしていなかったのだろう淵は黒く焦付き、ジャガイモ?と思わしき物は形が崩れただのマッシュポテトになっている。

 

「ルヴィアさん、これずっと強火でやってたんだろ」

 

「強火………あ、ああそうですわね。ええ確かに強火でやっていたかもしれませんわね」

 

 ……ん? あれ、これってもしかして。

 いやまさかな、そんなわけないか。

 

「おかしいですわね。魔術薬の調合ではこんな失敗を犯したりはしませんのに」

 

「いや、ソレとコレを一緒にするのはちょっと」

 

 以前の俺を見ているようだ。

 似たようなことを遠坂に言ったら無言で人差し指を向けられてすぐに謝ったら、その後でむちゃくちゃに怒られた。

 一緒にすんな!スカポンタン!と言われて結局ガンドを撃たれたのは今でもいい思い出?なのかな。俺はルヴィアさんの手にしている本を貸してもらいペラペラと捲る。

 

 ーーーーうん。

 

 速攻でゴミ箱に投げ捨てた。

 

「ちょっ! いきなり何をしますの⁉︎」

 

「ルヴィアさん、今度アレを買った店に連れて行ってくれ。良い本がないか俺も探してみるからさ」

 

 あれはダメだ。

 具体的なことは何も言わないけど、あれはあっちゃいけないものだ。少なくともルヴィアさんには持っていてほしくない。

 俺の雰囲気にのまれたのか、頷いたルヴィアさんに俺も手伝うと言って、またしても同じ寮に住む子の食事を作る。そんなことしてる暇あるなら勉強しなさいねと遠坂の声が聞こえてくるようだが、勘弁してほしい。

 オーギュストさんにも頼まれちゃったしな。それにしてもやっぱりウチと違って食材の量も質も格段に良い。ワイン関係はこっちもストックを持っているが、ここは別格だ。

 だって部屋一つ丸ごと貯蔵庫に使用してるんだからな…。最初に入った時は目を疑った。

 これがあんな悲惨なことになるなんて小さい頃から食材と向き合ってきた身としては耐えられない。

 

 それにしてもと、ルヴィアさんが口ずさむ。

 

「シェロは不思議ですわ。魔術師としてはヘッポコもいいところですのに、家庭的なスキルはどうしてこんなにも高いんでしょう」

 

「うっ、すみませんね。ヘッポコで」

 

 遠坂といい、ルヴィアさんといい、どうして俺をそんなにヘッポコ呼ばわりするのかな。まあでも否定は出来ないんだけど。そして微妙に違う呼び方にもちょっと慣れてきてしまった。

 直してもらおうかとも考えたけど、これはこれで悪くないと思い始めてしまっている。

 

「でもその前に、食材の無駄遣いはダメだ。いくらいっぱいあるからって言っても限度がある」

 

「何故でしょう。無駄に悲壮感を感じるのですけど」

 

「ああ、その。今ちょっと厳しくて」

 

 俺のお師匠様が誰かと口論の挙句にヘマをやらかしたなんて言えない。遠坂の為にも。そしてそれをバラしたことで被害を被るであろう自分の為にも。

 

「あら、そうなんですの」

 

「ま、なんとか食い繋いで頑張ってるってとこかな」

 

 苦笑とともに手を動かす。

 

「……………ふむ」

 

「ん、何か言った?」

 

「いえ、別に。なんでもありませんわ」

 

 

 

 

 

 

 ガチャっとドアの開く音を耳にした。

 時刻はもう夜の十時を過ぎている。セイバーと共にこちらのアルバイト情報を調べているところに「ただいま〜」とのんびりとした声が聞こえてくる。

 セイバーが立ち上がって玄関口の方まで歩いていけば、リビングを繋ぐ道の角からスーツケースを引っ張って現れた遠坂の姿が。セイバーはそのケースをバトンタッチで受け取ると遠坂の自室の方へと運んでいった。

 ゆっくりとした足取りで俺の方へ近づいてくる遠坂は、横の椅子を引き寄せグッタリと座り込み上半身をテーブルに伏せたしまった。

 

「お帰り、ホントに疲れてるな」

 

「まあね、ロードに無茶なお願いをしてたからその後処理よ。明日はもう動けない…」

 

「あ、そうだロードといえば遠坂、お前ミスティール先生に何を頼んだんだよ。急に渡されても困るぞ。あと、こういうことは今回限りだってさ」

 

 バックに厳重に保管しておいた本を取り出してテーブルの上に置いてみれば、それを見た遠坂はのろのろとした動作でそれを手に取る。

 

「ああ、そうだ頼んでおいたやつ。さすがね、あっさりと用意するなんて」

 

 すると遠坂は端を持ったまま本を俺に差し出してきた。

 

「え、なにさ」

 

「これはアンタのよ、士郎。私がロード・ミスティールに頼んでおいたの。そっか講義受けてるんだから本人に直接渡しちゃった方が楽よね」

 

「つまり、これって俺用なのか⁉︎」

 

「そうよ。『使い魔との契約に関する初歩的な定義、応用、結論』。士郎に分かりやすいっていったらコレしかないと思ったのよ。かといってマイナーだから取り扱いも今じゃないだろうし。それで旧書庫を先生に探してもらったのよ。あの人ならあそこに詳しいし」

 

「ミスティール先生が?」

 

「ええ、ミスティールは新書庫移転の際に内部事情にかなり食い込んでいた一族だし。今も書庫の管理の幾らかはあの家がやってる筈よ。大事には家の力を存分に発揮しておいた方が、周りの牽制と時計塔自体への貸しにもなるし。ていうか衛宮くん、時計塔の内部関係は調べておきなさいねって言っておいたじゃない」

 

「……仰るとおりで」

 

 うん、よろしいと微笑む遠坂にドキリとさせられる。くそっ…いきなりこんな顔を見せるから卑怯なんだよな。顔が熱く感じるのを感じながら手に取った本に目をやる。

 そっか、遠坂…俺のために。

 

「ありがとな、遠坂」

 

「これでも師匠ですもの。弟子の面倒は見ないとね」

 

 ああ、やっぱり遠坂のこういうところが好きだ。他のにもいろんなところが、いっぱい好きだけどこうして笑っている遠坂は綺麗で、ドキドキする。つい遠坂を見つめてしまう。

 遠坂も俺をじっと見つめて、見つめ合っているうちにその…自分でも理解出来ないけどもっと近づきたくなって椅子から立ち上がって体を寄せる。遠坂も体を俺の方へ寄せてきた。

 

「遠坂…」

 

「…士郎」

 

 そして…。

 

 鳴り響いたチャイムの音で。

 そんな空気は一瞬で消し飛んだ。

 

 唇が触れ合う寸前。

 吐息すらも感じる距離で、今俺たちを包み込んでいた空気はもはや存在せず。

 遠坂の口元が引きつったのを間近で目撃し、両肩を震わしながら立ち上がった遠坂はキッと怨敵を見つけたと言わんばかりの眼光で玄関へ視線を投げた。

 

「はいはーい。誰かしらこんな時間に」

 

 声色が高いのが逆に恐ろしい。

 遠坂が後ろを向いていてよかった。

 だってその背中から湧き上がる赤いオーラだけでもう十分怖い。それで真正面から見られたらたまったもんじゃない。

 足音がやけに重く聞こえる。ドスンと床を踏みつけて前進する姿を遠坂の部屋から出てきたセイバーを、困惑した顔で見つめていた。

 そして再びチャイムが鳴る。

 早く出ろという意思表示なのだろうか。そして少し離れたこの場所でも遠坂から発せられた歯軋りの音が聞こえてきた。

 

「ああぁもう!誰よ⁉︎ せっかくいいとこだったのに空気の読めないやつねーー!!」

 

 あ、爆発した。

 突進していった遠坂はその勢いのまま。

 バタンとドアを開け放った。

 

「はい⁉︎ どちら様です、かっ…………」

 

 …そして沈黙。

 急に停止した遠坂を疑問に思い、俺とセイバーも玄関へと歩を進めれば、そこにいたいつもと同じく蒼のドレスを身に纏ったルヴィアさんが立っていた。

 いや、固まっていた。互いが互いを見つめ合ったまま凍りついていた。

 

 ーーーえ。なんでさ。

 

 謎に満ちた空間の中、先に意識を取り戻したのはルヴィアさんの方だった。

 

「ーーーーやはりそうでしたの。まあセイバー(・・・)さんが居る時点でそうではないかと思ってはいましたけど」

 

 やけに重い声、重い言葉だった。

 今まで聴いたことのないような、強いて言うなら初めて出会った時の警戒心を剥き出しだったあの時。いやあの時よりも凄みを感じる。

 そしてルヴィアさんはニタリと。

 凄惨に。かつて俺が見た魔術師。

 猛威を振るった魔を操る者。

 黒衣の衣を纏いし英霊(キャスター)のような、魔術師の笑みだった。

 

「ごきげんよう、ミス・トオサカ」

 

「な、ななな…なんでアンタがここにいんのよ⁉︎ ルヴィアゼリッターーーー‼︎‼︎‼︎‼︎」

 

 マジかよ、知り合いだったのか。

 ーーーって、まさか、遠坂が散々言ってた口論になる女って、ルヴィアさんのことだったのかよ!

 

 俺の隣にいるセイバーはやはりお知り合いでしたかと呟いていた。

 

「セイバー、し、知ってたのか⁉︎」

 

「いえ、そういうわけではないのですが、嫌な予感はしていたもので…」

 

 てことは俺だけ何にも気づかずにいたのか。

 ルヴィアさんは英霊であるセイバーを見たことで薄々感づいていたみたいだけど。考えてみれば当たり前だ。

 聖杯戦争を勝ち抜いた魔術師(マスター)、そしてその魔術師が時計塔へ英霊を連れてやってくる。時計塔に所属する魔術師がそんな噂を耳にしないわけがない。そしてそれはルヴィアさんも例外ではなく…。

 

「シェロ」

 

 呆然と思考を巡らせているとルヴィアさんに呼ばれてハッと意識が戻る。

 

「先ほどは本当にありがとうございます。とても有意義な時間を過ごさせて頂きましたわ」

 

「あ……いや、どうも」

 

 ワザとだ。

 間違いない。こんな風に遠坂の前で俺と普通に会話なんかしていれば…。

 

「ちょっと士郎、どういうことよ⁉︎」

 

 こうなるのは目に見えてる。

 間違いない、ルヴィアさんは遠坂がどういう人間かを理解している。

 

「ねえ…士郎、衛宮くん。どういうこと…?」

 

「ちょ、ちょっと落ち着け遠坂。な一旦落ち着こう」

 

「え、落ち着いてるじゃない。落ち着いてるでしょ。落ち着いてるからさっさと話しなさい。なんで衛宮くんはルヴィアゼリッタと仲よさげに話してるの?」

 

「いや、だからそれは」

 

 言いかけたところで、ルヴィアから一声。

 

「シェロ、今度のデートの件ですが、そういえば日程を決めていませんでしたわね。それを伺おうと思ったのですけど」

 

 ちょっ!ルヴィアさん!デートじゃなくて料理の本を見に行くだけだってば!

 ていうかルヴィアさん、遠坂が帰ってくるのを見計らってここに来たんだろ!

 

「私、殿方との逢いびきは初めてですの。優しくエスコートして下さいまし」

 

「ああもう、あんたワザとだな!」

 

 それ以上やったら間違いなく俺に。と思った瞬間、耳に届く不気味な声。

 いやこれは笑い声?

 その方向をみれば、顔を伏せたままの遠坂から発せられている呪詛にも似た笑声。

 

「と、遠坂?」

 

「ふふ、ふふふふ……仲がよろしいのね」

 

 衛宮くん。

 

 俺の目線はそんな遠坂の指先。

 スッと指を揃えてまるで手刀をするかのようなその手が、俺にゆっくりと向けられるのを見つめていることしかできなかった。

 怨念が、淀み切った、まるで聖杯から漏れ出た泥のような闇が遠坂の手先に集約していく。

 

「遠坂、まずい!それはまずい!ちょっとでいいから、ちょっとでいいから落ち着いて!」

 

「士郎の…バカーーーーーー!!!!!」

 

 

 自業自得です、シロウ。

 

 意識が闇に堕ちる最後の最後まで、聞こえてきたのはそんな言葉だけだった。

 




オリジナルの設定が含まれていますが、何卒ご容赦下さい!

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