Fate/extra days   作:俯瞰

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第三話 下

 

 

「で? 衛宮君はその子と仲良くお掃除をして、たった今帰ってきたと」

 

「いや、その言い方には語弊を感じるぞ」

 

 グレイ、さんと。

 うーん、やっぱりまだ呼び捨てには慣れない。とにかく彼女と一緒に掃除に励み粗方の清掃は済ませ、明日仕上げをしようと結論に至り帰宅してみれば、こんな感じである。

 

「あっちゃー…あの子が出張ってたとなると、またガミガミ言われるか無言の苦情を突きつけられそうね」

 

 ん?その言い方だとまるで…。

 

「遠坂、グレイのこと知ってるのか?」

 

 てそうか。遠坂も現代魔術科の受講生。

 てことはその教授の弟子らしい彼女とも面識がないわけないのか。

 最近どうも鈍くていけないな。

 

「………グレイ?」

 

「え?」

 

「呼び捨てですね」

 

「え、セイバー?」

 

 ため息をこぼすセイバーを横目に、真正面に座る遠坂さんから言い知れぬ気配。

 倫敦に来る前、基礎的な魔術の勉強に傾倒していたせいで高校生最後の期末テストでえらい点を叩き出した時に見せた様な表情を浮かべていた。

 

「ホント…どこまでたらしなのかしらね。いっそ知り合いに頼んでそこら辺が少しは抑制されるギアスか呪でも教えて貰おうかしら」

 

「まった、いや待った」

 

 ブツブツと言うのは構わないけど、普通に聞こえてるからな。怖いことをサラッと捲し立てるのはやめてほしい。ここで言われるとマジで洒落にならないから。

 ただでさえこっちに来てから四苦八苦してるっていうのに、これ以上の面倒ごとはこれからの生活基盤に影響する。

 

「だいたい、元はと言えば遠坂が原因だろ」

 

「うっ…」

 

 俺の言葉とセイバーがうんうんと頷く様子を目の当たりにしていた遠坂は苦虫を潰したような顔で口をつぐむ。

 

「とにかく、さっさと負債とこれからの食生活も考えて行動していかないと、今はまだほんの少し貯蓄があるけど、それからはかなりマズイぞ」

 

「シロウの言う通りです。凛、貴方の方は何か収入面での収穫はあったのですか?」

 

 あったのですか。

 あったんでしょう。

 あったと言いなさい。

 じっとりとした虚ろにも見える瞳でセイバーが問いただす。魔眼の効力でも持ち合わせているかのようだ。だがそんなものがなくてもセイバーから放出する魔力、もといプレッシャーは底知れない。

 

「……………ごめんなさい」

 

 取り繕うこともせず、遠坂はぺこりと頭を下げた………って!

 

「ないのか⁉︎ なんにも⁉︎」

 

「だって! ことお金の問題となれば、いよいよ魔術師なんてロクなもんじゃないわよ! どいつもこいつも下を見て、お金持ちだからってあざとく!見透かしたように!コケにして!ああーほんとにもー!あのキンパクオンナー!!」

 

 うがー!と吼える悪魔をセイバーが宥めるのを視界に収めながら、これからのことを考える。うん、やばいなこれ。

 日給のバイトに手を出していってもどれだけの蓄えとなるか。食事代だって抑えているけど、そこにしたってセイバーの限界がいつ来るのか…。

 そっちの咆哮が轟かない内にどうにかしなければ、とりあえずは明日のバイトに精を出そうと軽く目の前の現実から逃避して明日に思いを馳せて、今夜は解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

Fate/extra days

ーーー第三話・下ーーー

 

 

 

 

 

 

 

「あの…」

 

「ん?」

 

 用意しておいた水の入ったバケツで汚れた雑巾を絞り、ふうっとひと息ついた時だった。

 横に控えるみたいに立っていたグレイさんに絞りきった雑巾を渡す。

 

「エミヤさんは、トオサカリンさんとお知り合い…なんですか?」

 

「うん、知り合いっていうか俺の師匠でもあるんだ。正直言うとそこまで魔術に詳しくなくて知識を身につけ始めたのも一年前とかなんだ」

 

 抗魔力が全然なくて迷惑をかけたこともあったし、それなら知識をたくさん蓄えて対抗策を見出すしか無い。論としての知恵は遠坂から色んなものを叩き込まれてるけど、実践するのは結局のところ俺なんだ。

 だからこそ自分の発想と力で乗り切ってこその魔術である。そんなことも言ってたっけ。まあ一人でできることにも限界があるのは変わらないとも言ったってけな。

 

「………そうですか」

 

 ボソリと呟いた声には何か読み切れない意思を感じた。昨日知り合ったばかりだから彼女の事情は何も知らないけど、思い詰めていることがあるのはなんとなく察することが出来た。

 

「もしかして、遠坂なんかやったか?」

 

「あ、いえ! けしてそういうわけじゃ…」

 

 うーん。深入りはしないほうがいいだろうか。もし悩みがあるのなら聞いてあげたいけど、それも今はやめた方がいいと直感が囁いている。

 

「まあ、なんだ。何か困ったことがあったらいつでも言ってくれ。雑用ぐらいしか出来ないけどな」

 

「はい……ありがとう、ございます」

 

 ここで知り合ったのも何かの縁だ。

 ここで一旦途切れてしまうが、それでも何かあればまた会えるだろう。今日の手当を受け取りグレイさんと挨拶をしてから別れた。

 

 後始末も兼ねてしまうとそれなりに時間もかかり、報酬も結構なものになった。それでもまだ時間的には日中に入る。

 いっそこのままもう一度あそこでバイトの斡旋をしてもらおうかと考えて、時計塔の方へと歩みを進めた。

 魔術の総本山にバイト探しに行くなんてほんとに滑稽に思えるかもしれないが、仕方がない。遠坂も俺も学生ということもあり色々とお金がかかる。それが魔術とくれば尚更なのだ。

 何か良いバイトがあることに淡い期待を寄せながら、歩いていき横断歩道の前で一旦停止。今更ながらに日本とは違う歴史ある建築物に目を奪われて周囲をキョロキョロと見回していると、視線があるもので止まった。

 

 眩いばかりに、少し離れたここからでも分かるほどに光沢を見せる艶やかな金の髪。彩られた蒼い装いに劣ることなどなく、それらを抱擁する彼女自身が魅力を纏いし者である。

 見る人が見れば魔性だと賛美する者もいるだろう。セイバーや遠坂と言った美人二人と同居している俺も暫し目を奪われてしまった。

 ……や、いかんいかん、問題はそこじゃない。視線の先にいるその美人さんが如何にも困っていますというように首を左右に振っては立ち尽くしたままでいることだ。

 迷子だろうか。

 いや、そうでなかったとしても困っている様子にしか見えない。そうでなかったとしたらそれはそれでいい。不安が無くなるのならそれに越したことは無い。考えてしまえばあとは簡単だった。

 

「何かありましたか」

 

 歩を進めて声をかけると少しだけ肩をビクッと揺らしていた。しまった驚かせちゃったか。

 

「え、ええ……いえ、なんでもありませんの。大丈夫ですわ」

 

 嘘が下手なのか。肯定したかと思えばすぐに否定した。なんかどっかの誰かさんを連想させるが今は気にしない。

 毅然としてはいるが、不安げな表情は誤魔化せずいるらしい。右手には小さな紙が若干くしゃくしゃになってはいるがしっかりと握られていた。状況から察するにその紙の書かれた場所に行こうとして道が分からなくなったという所だろうか。

 

「はい」

 

 そう言って手を差し出す。

 

「はい?」

 

「道に困ってるんじゃないのかな。よければ案内しますけど」

 

 来日以来、目新しくて一帯を散策した経験もあり、車で入れない脇道や時計塔への近道など今や周辺は庭みたいなものだ。

 

「け、結構ですわ。勘違いをされているようですけど、私は別に道に迷っているわけではありませんの」

 

「そのわりには、さっきからここから一歩も動いてなかったみたいだけど」

 

「っ、あ…あなた見ていたんですの⁉︎」

 

 あ。やっぱりそうなんだ。

 今さっき見かけたばかりだから、どうだろうと思ってカマをかけてみたら案の定だったらしい。恥ずかしさに負け、少しだけ頬が紅潮しているがそれはそれ。

 こういう強情な人は畳み掛けるに限る。

 これは、遠坂に対するセイバーからの助言であるんだけど。遠坂さん、あなた自分のサーヴァントに生態を把握されてますよとは言えなかった。

 

「だから、よければ案内するよ。よければだけどさ」

 

 あえて下手に出るのは俺流のアレンジ。

 そんな俺の言葉にどう思ったのか、苦い顔をした彼女は、苦渋の決断と言わんばかりに数秒の沈黙と深呼吸の後に、スッと持っていた紙を差し出してきた。

 

         チクッ

 

 ん? なんか今?

 首に針でも刺されたような感覚を覚えたけれど、触ってみれば特に何も無い。なんだったんだろうか。錯覚か?

 

「ーーーー良いでしょう。まあ他意は無いということは把握(・・)しました。…ここへ行きたのですけど」

 

 受け取った紙を見てみれば、書かれているのはブランドファッションの専門店だ。げ、ここかなり高い場所だ。今の俺たちにしてみればまさに手の届かない高嶺の花。

 でもここってメンズしか取り扱ってなかった気がするけどな。

 

「うん。ここなら分かるよ。案内するからついてきてくれるかな」

 

「勿論ですわ。よろしくお願いします」

 

 スッと一礼する姿勢がお嬢様然としたもので、なんだか無駄に緊張してきた。英国紳士っていうのは難しいもんだ。こっちの人はこんなものをあっさりこなすのだろうか。

 見たところ一人のようなので、連れもいなくもちろん移動手段は徒歩。場所は覚えているのでチラチラとついてきているのを確認しながら目的地に向かって近づいていく。

 出発地点から徒歩十五分、二十分といったところで目的地に到着。かなり古くに建築された

建物らしく、落ちつきのある静かでシックな雰囲気を感じさせる。

 俺みたいな人間は完全に場違いだろう。とても中に入ろうとは思えない。だってこんないつもの服じゃ恥ずかしいし。

 

「ここですわね」

 

 数歩後ろを歩いていた彼女は俺の横に並んで建物を見上げる。その姿はまるで戦前の戦士のようだ。ていうかなんでそんな感じなんだろう。服を観に来ただけなのでは。

 

「じゃあ、ここまでで大丈夫かな」

 

「ええ、助かりましたわ。どうもありがとう」

 

「なら俺は、ってそうか。帰りはーーー」

 

「それなら御安心を。手配は済ませてありますので」

 

 手配?

 何のことかわからないけど、毅然とした態度で大丈夫だというのでまあ大丈夫なんだろう。

 これでお役御免だな。

 

「お待ちなさい」

 

 と、帰ろうとしたところで呼び止められる。

 その言い方だとまるで俺が従者のようだけど、この人が言うと違和感がないというか、自然と返事を返してしまうのだから不思議だ。

 

「まだお名前を聞いていませんでしたわね」

 

「ああ、それか、衛宮士郎です」

 

「エミヤ、シェロー……どこかで耳にしたことがあるような気がしますが…、まあ良いでしょう。本当に助かりましたわ。この御礼は必ず」

 

「いや、別に御礼が欲しくてやったわけじゃないから。そういうのは別に」

 

 あと、名前のイントネーションが違う気もするけどここは抑えよう。士郎っていうのは言いにくいのだろうか。

 と、別にいらないと言いかけたところで、ズイっと彼女は俺の眼前へと近寄ってきた。

 

「そういうわけにはまいりませんの。エーデルフェルトの人間として、いえ、一人の人間として、無利益な行動に対する御恩はお返しするのが礼儀というものです。そのような不義理を私にさせないでくださいませんこと?」

 

「あ、はい」

 

「ではここにお名前を」

 

 そう言って取り出した羊皮紙とペンを俺に差し出してくる。ていうか一体何処から取り出したんだ今の。攻勢に押され、フルネームを素早く書いて差し出す。

 

「あら、日本語ですのね。まあいいですわ、これで大丈夫ですし。ーーーではこれにて、今日は本当にありがとうございます。このルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトが感謝を述べさせていただきますわ」

 

 不敵な笑みを見せると、彼女は俺を尻目にスタスタと優雅な足捌きで店の中へと姿を消していった。あのインパクトのある姿を目に焼き付けたまま店先から遠ざかっていく。

 出会ってから一時間にも満たない時間ではあったが、それでも濃密な時間だった。倫敦に来てからは色んなことがあったが、今の出会いはその中でもとびきりのイベントだった。

 気づけば俺の足は時計塔から離れ、帰宅への道を歩んでいた。それに気づいたのは部屋の扉を開けようと鍵を握った時。

 そして同時に書いたのは名前だけで、住所の類は何も記載しなかったことにも気がついた。

 あれじゃあ御恩もなにもない。

 送り先が分からないんじゃ、どうしようもないじゃないか。まいった。これじゃあ不義理になっちまうと分かったが、今あの店に行ったところで恐らくはもういないだろう。

 

「どうしようもないか…」

 

 どうしてちゃんと書かなかったんだと後悔したところでもう遅い。

 また会うことがあるかは分からない。それだけに後悔が生まれてしまう。溜め息を一つ吐き俺は部屋のノブをガチャリと開けた。

 

 

 

 時刻はもう夜の八時。

 今はセイバーと夕食支度の真っ最中。

 帰ったはいいものの、食材についてもストックがあまりなかったのでセイバーと一緒に再び外に出て買い物等をしていれば夕暮れ時を過ぎてあっという間に夜に。

 遠坂といえば今日は向こうの工房に泊まるということ。それならばセイバーも一緒に行こうとしたのだが、なにか企みがあるのかセイバーは自宅でのお留守番を命じられたという訳だ。

手軽ではあるがお腹の脹れる物をとのセイバーのリクエストもあり、食費面でのことも計算にいれた食事を堪能した後、俺は一人自室で鍛錬の耽っていた。

 

「ーーー同調開始(トレース・オン)

 

 ーーー撃鉄を落とす。

 

「ーーー基本骨子、変更」

 

 もっと、もっと。

 速く、強く、柔軟に。

 

「ーーー構成材質、補強」

 

 想像するは、獲得するは。

 いつだって最強の自分自身だ。

 

「…………はぁっ…」

 

 肺に溜まった空気を吐き出し、手に持った物を凝視する。きっちりと丸めたチラシが一枚。これだけでもかなり分厚いものをセレクトしたので握った感触もかなりのものだ。

 胡座をかいていた体を起こし、上下に振り下ろす。空気を裂くような鋭さを備えた音が耳に届く。聖杯戦争初期、セイバーを召喚する直前にランサーとの小競り合い。と言っても一方的なものだったが、あの時相対した際に強化したものとほぼ同じ形状の物を用意した。

 強化するにしても、あの時と今。

 どれだけの違いが生まれたのだろう。

 無我夢中でどうにかしようとしていた時とは違い、今この状況で行なった強化。

 

 その差、というものなんだが…。

 うん。まあはっきり言って、その辺りの目利きがあんまり出来ないというか。正直よく分かっていないんだよなぁ…。

 遠坂に見てもらうこともあるけど、今日はいないしどうすることも出来ない。だからと言って日課とも言えるこの時間を無しにするなんて考えられない。

 

「そこら辺もどうにかしていかないとな。いつまでもこのままじゃいけない」

 

 その時だ。

 認識を改めていた俺の耳に、来客を知らせるチャイムの音が聞こえてきた。セイバーが対応しようと声をかけているのも分かった。

 俺もカタッと持っていた物を地面に置き、部屋を出てみる。遠坂なら鍵を所持しているからわざわざチャイムを鳴らす理由はない。

 もしかすると大荷物でも抱えているっていうなら話は別だし、運び込むのを手伝おう。

 俺が玄関前に行けば、セイバーがドアを開けようとドアノブに手を伸ばしているところだった。そしてその先には。

 

 対応したのがセイバーだったからだろうか。

 まずその身長差で圧倒された。

 小柄なセイバーが見上げるほどの背丈に差がある目の前に現れた執事服を身に纏ったその人物は、しっかりとセイバー、そして横に立っていた俺を掛けられた眼鏡越しに見つめていた。

 数秒の静止後、呆気に取られていた俺の目線の先で、その人が丁寧にペコリと頭を下げた。

 

「突然の訪問をお赦しくさい。私、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト様の執事を務めさせていただいております、オーギュストと申します」

 

「これはご丁寧に。セイバーと申します」

 

 あくまで冷静なセイバーは体から放たれるその厳然たる容姿に臆することなく返事をする。

俺はというと恥ずかしながらその雰囲気に呑まれ声も出せずにただ呆然と対応するセイバーを見つめていた。

 

「本日にお嬢様が大変御世話になったということで、そちらにいらっしゃる衛宮士郎様に御礼をと」

 

「そうですか、そのようなことがあったとは伺っておりませんでした。シロウ。…………………シロウ?」

 

「…はっ。な、なんだセイバー!」

 

「いえ、ですから、この方がシロウに御礼の品を届けに来て下さったのです。私もシロウの師としてとても誇らしい」

 

 うんうんと満足気なセイバーの姿はとっても嬉しいが、その横に控えている執事さんからはなにやら良からぬ視線を浴びている気がする。

 なんだか、値踏みされているような。

 警戒?とも言えるかもしれない。

 そんなことよりもまず驚くべきことが。

 ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。

 脳内で再生される彼女は確かに高らかにそう名乗りを挙げていた。本当にお嬢様だったのか。相当な金持ちなんだろうとは思っていたがまさか執事さんがここにいらっしゃるとは。

 

「あ、いえ別にそんな。たいしたことをしたつもりはなくて。成り行き上と言いますか、ほっとけなくて声をかけてしまったと言いますか本当に悪気はなかったんです!」

 

「シロウ、何故謝っているのですか?」

 

 いや、なんとなく。

 こうしておいた方がいいと思いまして。

 

「衛宮様、この度は誠にありがとうございます。お嬢様大変喜んでいましたので。私も同様でございます」

 

 オーギュストさんは片手でジャケットをスッと愛おしそうに触れていた。あ、もしかして。

 あの人が買おうとしていたものって。

 

「これは、ほんの気持ちでございます」

 

 そう言うと、手に提げていた包みを差し出され、俺も何も言うことなく受け取った。

 結構でかいなこれ。何が入ってるんだろう。

 

「それではこれにて失礼致します」

 

 再度お辞儀をし、俺もセイバーと並んで挨拶を返すとオーギュストさんは静かに去っていった。でもまるで嵐のような時間だった。

 力がどっと抜けそうだが手にしていたものを思い出して腕力を込め直す。

 

「立派な方でしたね。それに隙がない。かなりの武人と見ました。是非一度お手合わせ願いたいものです」

 

 ワクワクと楽しそうな笑みを浮かべるセイバーに笑いかけて、早速中身を開けてみると、入っていたのは小箱が幾つかと、これはチョコレートか。

 

「シロウ、こちらは陶器ですね」

 

「これはなんだろう。うわっ」

 

「アクセサリーですね。何やら高級な品のような気がします」

 

 そうだろうな。いかにも高そうな箱にご丁寧にカバーと布で包まれたものだった。調べてみると同じ様なものがもう一つあった。

 

「これは遠坂とセイバーにだな。ちょうど二つあるんだし。俺じゃモノが可哀想だ」

 

「ですが、いいのでしょうか。私などが」

 

「なんでさ。セイバーにならピッタリだよ。きっとものすごい綺麗だ」

 

 そう言うと、セイバーは少しだけ顔を背けてありがとうございますと言ってきた。

 なんで顔を背けたんだろうか。よく分からないけどとりあえず一個はセイバーのもの。もう一つは遠坂のものと確定して、チョコに手を出してみる。外国のチョコレートは前に食べた事があるがいかんせんあまり受け付けなかった。

 やっぱり日本のチョコは日本人に。

 外国の例えばアメリカのチョコはアメリカ人の好みに合わせて出来ているんだなと思ったものだ。そう思いつつも貰ったものは無下にできない。いざ食べてみると。

 

「日本で食べていたものとよく似ています。これは日本製のチョコレートなのでしょうか」

 

 うん、セイバーが言うんだから間違いない。

 このチョコ結構美味しい。確かに日本のチョコによく似ている。でも日本からの輸入品は基本的に日本語の文字が彫ってあるし、これはどこにも描いてないから違うのではないのか。

 などなど、他愛ない話をセイバーとしているうちに夜も更け、俺は肝心な事を忘れてしまっていた。

 

 何故、彼らは俺の住んでいる場所をピンポイントで突き止めていたのかということだ。

 そしてその答えは否応無しに分かることとなるのだった。

 

 

 

 

 翌日、俺の人助けの報酬ですっかり気を良くしたセイバーに料理を振るい、今日は講義はないので昨日は結局行かなかった時計塔のあの場所へと次のバイトを探し行くことにした。と、そこで見たのは幽鬼のようにおどろおどろしい風貌でこちらに歩み寄る赤い悪魔もとい、遠坂凛嬢だった。

 あれほど朝はしっかりしろって言ってるのに、いつも体裁を気にする遠坂凛はどこに行ったのやら。遠坂も俺の存在に気がついたのか、ふらふらとしながら片手を振ってくる。その姿はまるで老婆のようだ。

 

「士郎だぁ……おはよー」

 

「遠坂、お前なぁ…」

 

 半分寝ぼけてるんじゃないのか?

 クマがすごいしそもそも寝てたのか。徹夜するのは止められないけどやっぱり勘弁してほしい。時計塔の方の工房に泊まられるとそこら辺の気遣いが難しいからな。

 

「おはよ、ご飯とかはどうしてたんだ」

 

「衛宮くん、人はね一日何も食べなくても生きていけるのよ」

 

「馬鹿、身体壊すからやめろよ」

 

 なによー士郎のくせにーと、荒ぶる遠坂に肩を貸して来た道を戻る。まるで成人したてで酔いに酔った藤ねえを思い出させる。ふらつく遠坂をなんとか部屋まで辿り着かせてやり、あとはセイバーにお願いする。

 シロウ、あとはお任せを。

 そう言ったセイバーの瞳には煮え滾る何かが宿っていた。ほどほどにねと一応声をかけてから後にする。セイバーは本当に、どんどん逞しくなるなーと軽く逃避しながら階段を下りていると、なにやら階下が騒がしい。

 宅配業者と思わしき人が大きな荷物を抱えて階段を登ってきていた。手伝おうかと思ったが流石にまずいか。向こうもプロとしてやってるんだから素人が首を突っ込む訳にはいかない。

 

 それにしても随分荷物が多いな。

 さっきから業者の人たちが行ったり来たりを繰り返している。そういえば、前に遠坂に俺たちより上の階を丸ごと貸し切った。いや買い取ったお金持ちがいるらしいと敵意すら込めた瞳で言っていたのを思い出した。

 もっとも遠坂もそのお金持ち様の名前までは知らないそうだが。いやむしろ知らないままでいてほしい。余計なゴタゴタを生活スペースにまで持ち込むのはやめてほしいからな。

 内心でお疲れ様ですと声をかけながら、一階の出入り口に着いて外に出てみると、ロールスロイスらしき車が視界の端から現れた。

 こういう高級車だと、雷河爺さんくらいしか連想できないな。いや連想できる人がいる時点で凄いのか。だからといっても滅多に見たことはないので暫く見惚れていると、ガチャリと運転席のドアが開いた。

 

 そこにいたのは。

 

「えっ…」

 

 つい声が出てしまった。

 だってその人はどう見ても、昨日ウチを訪れた人にしか見えなかったからだ。

 俺の声が届いていたのかいないのか定かではないが、オーギュストさんは後部座席のドアをスッと静かに開けた。

 

 ーーーそしてそこから出てきたのは。

 

「あら、誰かと思えば」

 

 俺を視界に捉え、まっすぐに見据えながら。

 ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト嬢はいつかのように不敵に微笑んでいた。

 

「ごきげんよう、エミヤ・シェロ」

 

 

 

 


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