Fate/extra days   作:俯瞰

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*二話連続投稿です。


第五話・epilogue

 

 

 

 パチリと目が覚めた。

 今までよく安眠出来たのかと、倫敦のあの部屋で寝ていたような気分だ。けど視界に入る真っ黒な空がここは野外で、ましてや倫敦ではないのだろうということを感覚で捉えた。

 寝ていた半身を起こしてみれば、なんだか節々が痛む。出来ればここでもう少し横になっていたいところだけど、そうもいかない。

 

「士郎⁉︎」

 

 遠坂の驚いたような声が聞こえる。

 声のした方へ顔を向ければ、頬を裂いたのか血が滴り落ちているのが見えた。悪い、眠ったままの俺の身体を守ってくれていたんだよな。

その辺りはあとで死ぬほど謝るから今は勘弁してほしい。遠坂の正面にいた聖杯の泥と同じ様に異質なソレが、ガタガタと震え始めその形状を変化し始めた。発生源の弱体化によって、連中も存在を固定化出来なくなってるのか。

 鼓膜を震わす雄叫びが響き渡る。

 どうやら俺がいる場所は建物の屋上らしい。そこから声のした方向へ足を向ければ。

 いた。こっちの世界に現れた姿は飲み込んだ彼女のカタチを模しているらしい。それも向こうの世界での力の崩壊と連動して、力のバランスが取れずに肉体が自己崩壊を起こしてる。

 今だ。やるなら今しかない。

 

「セイバー‼︎」

 

 ありったけの声で叫べば、敵の前で剣を構えて様子を伺っていたセイバーが此方を向いて、遠坂と同じ様に驚いた表情を浮かべた。

 ごめん、セイバーにも心配かけたな。

 

「シロウ⁉︎」

 

「セイバー‼︎ 今だ」

 

 崩壊するにしても、その影響でどんな事が起きるか皆目見当もつかない。その辺のこともちゃんとあの人に聞いておけばよかった。自己崩壊の後に周囲一帯を吹き飛ばしたり、聖杯の泥紛いのモノを撒き散らしたりされたらまずい。

 やるなら今しかない。

 

「凛‼︎」

 

「セイバー⁉︎」

 

「アレを使います‼︎」

 

 俺の意図が伝わったのか、セイバーの言葉が遠坂へと伝わる。アレ、というだけで遠坂にも理解できたんだろう。

 俺の隣に立った遠坂がその身に宿すセイバーとのパスに意識を高めている。そこでセイバーの正面でその身をドロドロと溶かし始め、その欠片が宙へと舞い上がり砂粒のように風にさらわれていくカラダを振り回しながら、再びその轟音を響かせた。

 

「あああああああああーー‼︎‼︎ わたしの、わたしの、中に、入ってくる、な…。ひつよう、と…されたのだ…わたし、は……わたしはあああああああああああああああああああああーーー‼︎‼︎」

 

 彼女の声と一緒にヤツの声も聞こえてくる。

 なんとなくだけど、ヤツがどうしてこんなことをしたのか分かった気がするんだ。

 けどそれは俺がどうこう言ってどうにかなるものじゃない。血走った眼光が俺やセイバーを突き刺した。微かに動いたその触手のような尾から瞬く煌めき。これってーーー‼︎

 気づいた瞬間には放たれた閃光が容易く足場を崩した。正確に的を射抜くほどの精密さはさすがにもう残ってないか。

 これでも十分にまずいけど。

 手を伸ばして遠坂の手を掴む。普通なら遠坂の身体強化で切り抜けられるが、今の遠坂にはそれを行使するだけの魔力も残ってない。瓦礫群の隙間を掻い潜る一筋の光が俺と遠坂を掴んで容易に引き上げた。

 

「悪いわね、シスター」

 

「では貸しという事にしておきましょうか」

 

「どうぞお好きに」

 

 シスター?

 服装からして聖職者なのかこの人?

 あの言峰みたいな感じではないにしても、この人はこの人でなんかやばそうな匂いがする。

 チラリと俺を見た瞳はとても興味深そうな色を呈していた。でも助けてくれたことに変わりはない。素直にお礼を言っておこう。

 

「があああああああああーーーー‼︎‼︎‼︎」

 

「うわっ‼︎」

 

 乱れ打たれる閃光に目が眩む。

 あいつ、まだこんなに力をっーーー。

 

「シロウ‼︎ 凛‼︎」

 

 波打つようなその数多の光線を、セイバーがその剣で受け流していく。これじゃセイバーの剣の力を発揮できない。どうする。ここでもう一度破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)を使うか。でもあれほどの宝具級の投影をするのには魔力が足りない。それは遠坂も同様。

 なにか、なにか手は。

 そこで、思い出した。

 さっきのあの人の言葉を。

 

 ーーーーあとひとつの仕込みを発動すれば。

 

 そう。そうだ。

 仕込み、あの人が仕掛けた何かが…って。

 

 いま、なにかーーー?

 

 なにか、聞き覚えのある音が。

 

「ーーーーぁ…ーーあえ?」

 

 風切の音色が、その触手を切り裂く。

 四方から殺到するその刃が敵を微塵に裂く。

 幾度となく押し寄せるその斬撃に、ヤツも何が起こっているのかを理解出来ないでいた。

 

 ーーーーポロロン。

 

 鮮やかで透き通るような音色。それが奏でられるたびに、敵を切り裂く斬撃が飛翔する。

 これって……そうだ。

 あの時、俺を助けてくれたのと同じ。

 這い寄ってくる腕達を悉く切り裂いていったあの攻撃だ。

 

「この……音色は…」

 

 セイバーの声がやけにはっきりと聞こえた。

 彼女の見開かれた瞳は、とても、とても驚きを隠せずに、それと同時にどこか悲しそうに眉根を寄せているように映った。

 そしてセイバーの視線が何かを捉えた。俺も遠坂も、助けてくれたシスターも、そしてヤツも。それを見た。

 

 ガチャガチャと重い甲冑を揺らすような音。

 その身を隠す大きなコート。フードから垂れた光沢を映す艶やかな深紅の髪。

 その腕に構えた弓のような、竪琴のようにも見えるその武器らしきモノ。ゆっくりと歩み寄ってきたその人物は、前を見据えたままその怪物へと近づいて行く。

 

 

「ーーーーああ、私は悲しい」

 

 

 その透明な声に、誰もが耳を傾けた。

 指が動き、その美しい音色を再び奏でる。

 

「こんな風に再会を果たしてしまうとは、私という人間はつくづく因果というものから逃れられないのですね」

 

 ーーーイゾルデ。

 

 彼がその名を口にした瞬間だった。

 

「あーーーーーーートリ…スタン?」

 

 怪物と成り果てたその形容から、綺麗な女性の声が響く。意識が戻った。取り込まれていたその意識が浮上したのか。

 

「ええ、私ですよ。イゾルデ」

 

「ーーー鳴呼、ああ、ああ…。ああ!トリスタン様。ああ、やっと……逢えた」

 

「私もです。やっと…逢えましたね」

 

「…………ごめんなさい」

 

 ぶち、ぶち、ぶちりと。

 黒く濁った場所から剥がれ落ちるように女性の姿が見え始めた。あの宝具の影響がこっちでも確かに作用し始めたらしい。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、私は結局…何も出来なかったっ…。貴方を助けることも出来ず、私は悲しみの中で一人息絶えた。トリスタン様を喪うことに、私は耐えられなかった…」

 

「………私も…似たようなものです。こうしてここに来てみても、何をしていても、残ったものは後悔ばかりでした。もう取り返しのきかない過ちを繰り返してきたのは私も同じです。でも、それでいい。それが私という存在が生きてきた証です。私は別に貴方と慰め合うために来たわけじゃない」

 

「トリスタン様?」

 

「ーーーただ、逢いたかった。逢って言葉を交わしたかった。それだけです」

 

 柔らかく微笑んだ彼の表情に、イゾルデと呼ばれた彼女は瞳から溢れ出した涙を止めずに、ただじっと彼を、トリスタンを見ていた。

 トリスタン。それは後にアーサー王。

 ブリテンを統べる王の元、円卓の騎士の一人としても名を残す者。

 

 ーーーつまりあの人はセイバーの。

 

 そこで、瞳を光が遮った。

 淡く光る粒子がふわりと空へ昇っていく。

 その中心点に立つのは。

 黄金の輝きを発する譽れある騎士王。

 手に掲げるは星の聖剣。

 天と地を結びし袂。

 数多の奇跡を起こし得る輝ける運命。

 掲げられし、その剣の名はーーー。

 

 

「ーーー頼みます。我らが王よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー約束された勝利の剣(エクスカリバー)

 

 

 膨大な光の奔流が、光と、闇を呑む。

 それは雲を突き抜け、空を割き、星を照らす。暗闇を灰燼へと帰す聖なる煌光。

 

 ーーーその光の中、誰かが寄り添っている。

 

 そこには笑顔があった。

 確かにそう見えたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Fate/extra days

ーーー第五話・epilogueーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの男に言われたことが耳から離れない。

 

 ーーーここは、いつからキミの夢にすり替わったんだね?

 

 すり替わった?

 私の夢?

 何を言っている。

 私はただ、彼女の願いを叶えようと。

 

 ーーー本当に?

 

 そう誰かの囁きが聞こえた。

 本当だ、ああ、本当だとも。

 私は彼女の会いたがっていた人を見つけるため、英霊の座であろうが何処であろうが、必ず探し出し見つけようと。

 

 ーーー本当に?

 

 本当…だ。本当なんだ。私は、ただ。

 

 ーーー確かに最初はそのはずだった。だがそれがいつしか自分の願いにすり替わったんだ。

 

 私に願いなどない。

 

 ーーーそうか?確かに聞いたぞ。私の願いだと。彼女の願いがそうであったように、キミの願いがそうであるとは限らない。破壊では何も生まれない。そこにあるのはただの願いだ。他の誰でもないキミの願いがね。

 

 破壊など望まない。

 私はただ、私は……。

 

 ーーー彼女の願いを叶える前提で、キミの願いを中心に添えた。添えてしまった。

 キミはただ必要とされたからここにいることにしただけだ。

 

 私は。

 

 ーーーはっきりと言ってやろう。キミはただ自分を必要としてくれる(・・・・・・・・・・・)誰かが欲しかったんだろう?

 

 ……………私が?

 

 ーーー王もいない。仲間もいない。ただ一人流れ着いたキミはただただ自分の存在意義を見つけられなかった。そして彼女に出会った。必要とされ、そしてそこに存在意義を求め、満足出来ずにもっともっとと強欲に欲した。

 

 やめろ。

 

 ーーー彼女の願いを叶えるという建前(・・)を使って自らを求めた。そして力に溺れた結果がこの末路だ。

 

 やめるんだ。

 

 ーーー結局、キミは理解されることもなく、理解することもなく。

 

 やめろと言ってるだろ‼︎‼︎

 

 ーーーだが、喜ぶべきだ。最終的にキミを必要とした彼女は想い人に逢えたようだからね。

 

 ………なん、だと?

 逢えたのか?

 

 ーーーその辺りの記憶は無しか。

 まあそれでもいい。

 実は彼女からの伝言を預かってきた。

 キミ宛にだ。

 

 『ありがとう』…だとさ。

 

 

 

 

 ………………………………そうか。

 

 そうか、そうか。

 そうだったのか。

 ならばーーー良い。

 

 ーーー本当に? それでいいのかい?

 

 

 その言葉だけで、もう…良い。

 

 鳴呼、そうか。そうかそうか。

 そうだったんだな。今なら分かる。

 願いなんてそんなものはどうでもよかった。

 

 私は、我は…ただ。

 

 

 何も成し遂げられず。

 何も出来ず。

 負けてばかりで何も成しえなかったから。

 

 

 

 ーーーただ、誰かの為になりたかった。

 

 それだけだったんだ。

 

 

 

 それでも、何か願いが叶うというなら。

 

 

 

 

 

 鳴呼、できれば我が懐かしき同胞達が。

 少しでも安息の眠りにつけることを願おう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これでよかったのかい?」

 

 届いた声に()は静かに目を開けた。

 そこに立っているのはあの魔術師だ。

 なるほど、あの少年に言っていた通り、凄腕の魔術師らしいわね。

 

 気づいていたなんて(・・・・・・・・・)

 

「消えたんじゃなかったのかしら?」

 

「もちろんそのつもりだけど、やっぱりちょっと気になっちゃってね。今回の一件の黒幕(・・)さんが何をどう思っているのか知りたくなってしまったのさ」

 

「……酷い言い回しね」

 

 黒幕だなんて。

 私はただ、彼女(イゾルデ)と違って臆病なだけだったのよ。そして力を貸してくれたあの…魔神柱?だったかしら。あの人の暴走に付き合いきれなくなっただけ。

 

「結局名前は分からないままだったが、あの魔神柱もキミがキミでは無くなっていたことに気づいていなかったみたいだしね。そこまで意識も欠落してしまったんだろう」

 

「……どうなったの?」

 

「穏やかに逝ったみたいだよ」

 

 そう、ならよかった。

 やっぱり私はいつまでもこんな調子なのね。

 結局あの少年へ、私を頑なに守ろうとしてくれたことへの御礼の言葉も言えなかったしね。

 当然ながら私は、誰にも何も言えないまま。

 

「いや、そうでもないみたいだよ」

 

「え?」

 

「キミにも逢わせろ(・・・・)と弓で脅されてね。おかげで魔力がすっからかんだよ」

 

「ーーーーウソ」

 

 魔術師さんの背後、そこにあの人がいた。

 生前、最期の時、彼に吐いたひとつのウソ。

 仲間を手に掛け、その瞳すら自ら失い、血に染まるその姿。ーーーああ、きっとこれは私への罰なんだろう。愛する者の苦しみを見せつけられていく、見ていることしかできないという拷問にも似たあの檻の中で。

 

 そんな私のところに。

 

「ーーーーイゾルデ」

 

 ああ、私の名前を、呼ぶのね。

 読んでくれるのね。彼女と同じように。

 

「トリスタン」

 

「寂しいではありませんか。せっかくの機会なのです。少しだけでも、お話をしませんか?」

 

「…ごめんなさい」

 

 私の言葉に彼はくすっと微笑む。

 

「それは彼女にも言われました。本当に悲しいことばかりです。再会したと思えば二人揃って謝罪をされるのですから」

 

 それでもこの言葉しか。

 こんな言葉しか私からは言えない。

 私は貴方にウソをついたのよ。

 彼女が言う通り、不愉快な、たったひとつの許されない罪を犯した。

 

「マーリン」

 

「わかっているとも、お邪魔虫は退散するさ。じゃあ私は先に戻らせてもらうよ」

 

 透明になって消えていく魔術師。これでこの場にいるのは私達だけになってしまった。

 

「トリスタン」

 

「ーーー話をしよう、イゾルデ。私の話です。同僚達との些細な出来事を。私の事を聞いてほしい。……聴いて、くれますか?」

 

「ーーーええ」

 

 鳴呼、神様。

 いいのでしょうか。私のようなものがこんな風に彼の隣にいてしまって。

 

「長くなりますが構いませんよね。大丈夫です。ここはーーー夢の中ですから」

 

 そう、そうね。

 ここはただの夢の中。

 眠くなることなんてないもの。

 だからこうして、いつ覚めるか分からないけれど、彼の隣で話を聴いていてもいいんだ。

 

 

 ーーーああ、なんて。

 

 

 幸せな夢なんでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっーーー遠坂‼︎落ち着けって‼︎」

 

「うっさいこのバカ士郎‼︎あんたが今までグースカ寝ている間にこっちがどれだけ大変だったかその体に叩き込んでやるわぁっ‼︎」

 

「凛‼︎ 騒がしくしない‼︎ 貴女も怪我人なんですよ‼︎」

 

 うわっ!あぶな‼︎今のガンド本気だったろ⁉︎

 あれから時間が経ち、空はすでに白み始めている。それに合わせたかのように時計塔から派遣された部隊が到着し、遠坂が粗方の説明をした後に、こうして怪我の治療に専念している。

 聖堂教会から派遣されたらしいシスター・フォーミアスと名乗っていた女性は俺達に事情説明を任せ、夜に紛れるようにその姿を消した。遠坂との会話を聞いていたが案外気が合いそうな気がするなあの二人。

 事態収束の結果を聞き、協会はすぐさま事後処理に当たっている。あの異様な生物によって命を落とした人、遠坂に聞いたところ人から産み出されたモノもいるらしく、その辺りの住民調査を行っているところもある。

 人払いの結界を構築し、しばらくこの付近は時計塔の管理が入ることになるだろうと遠坂はそう見立てている。まあそうだろう。これだけの事だから時計塔も動かずにはいられないか。

 結局俺も、アレの正体がなんだったのか全容の把握なんて出来ていない。それは遠坂も同じだろう。

 

 ーーーで、今こうして我慢の限界に来たらしい遠坂に追っかけ回されているところで。

 

「油断しすぎなのよ。ばかばかばかぁ‼︎」

 

「し、仕方ないだろ。俺だって予測できないし、遠坂だって予測出来ないものを俺が事前に対応出来るはずないじゃないか‼︎」

 

 と、足元を疎かにしていたせいか、砂場に足を取られて縺れてしまった。

 そこにすかさずタックルをかましてくる遠坂さんのせいで、二人揃って砂の上に倒れてしまう。咄嗟に俺が下になるように動けて助かった。そのせいで腰が痛いけど。

 

「いたた……あのなぁ遠坂、って……遠坂?」

 

 俺に覆い被さっている遠坂の肩を掴む。

 そこで遠坂の体が小刻みに震えていることに気づいた。

 

「遠坂、どうした?」

 

「…………………ばか」

 

「いや、それはもう聞いたって」

 

「ほんとに、ばかよ。ばか士郎。なに急に…目の前で倒れてんのよ…。心臓に悪い」

 

「ーーーごめんな」

 

「うっさい。どれだけ心配したと思ってるの?いきなりこんなことになって、倒れたかと思ったら吐血して………ばかっ…」

 

「ーーーほんと、ごめん」

 

「ごめんしか言えないの?何か他に言うことは?」

 

「いや…無茶言うなよ……俺がそんなに器用じゃないことなんて、遠坂は知ってるだろ?」

 

「その辺りのスキルを全部家庭スキルに特化させすぎなのよ、あんたは。じゃあもう言葉はいいから」

 

 そう言うと、遠坂は若干赤くなっている目元を、その瞼を閉じて顔を寄せて…って‼︎

 

「い、いまここでか⁉︎ さすがまずいだろ‼︎」

 

「うっさい‼︎それぐらいの甲斐性見せろ‼︎」

 

 ああーもう! どうなっても知らないからな‼︎

 

 

「…………ぅ………ん」

 

 柔らかな遠坂の唇に重ねる。

 微かに溢れた遠坂の吐息が妙な色っぽさを醸し出して正直色んな意味で身体に悪いがやめようとは思わない。密着した服越しの遠坂の暖かで柔らかな体温と膨らみ。俺の背に遠坂の両腕が回されたことが胸をドキリとさせる。

 俺も遠坂の身体に腕を回せば、唇を合わす密着度が高まる。

 

 ああ……いいな、これ。できれば。

 

「ーーーーーーオッホン‼︎」

 

 唐突に聞こえた音に「うわっ‼︎」と声を出し、遠坂も遠坂で「きゃっ‼︎」と悲鳴をあげた。二人揃って声のした方へと顔を向ければ。

 

「ル、ルヴィアさん?」

 

 そこに立っていたのは我が寮の一階分を丸ごと購入してお住みになっているルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトその方だった。

 頬が赤く染まっているのは多分見間違いじゃないだろう。ああ……見られたか。正直俺も後半はもう一時間くらいは遠坂とあのままでも良いと思えてきていたからな…。

 

「時計塔がざわつき始め、此方の方でなにやら途轍もないことが起きたと聞いて興味津々で来てみれば、肝心の一件は既に収束済み、しかも浜辺に降りてみれば見知った誰かさん方が、ええそれはそれは熱いベーゼを交わしているではないですか。まったく……この胸に溜まっていくストレスをどうやって解放すれば良いのでしょうねぇ…。ぜひ御一緒に考えて下さいませんこと………ミス・トオサカ?」

 

「あらあら、恋人同士の触れ合いを邪魔するなんて随分世俗にまみれた無粋で下衆な振る舞いですこと。エーデルフェルトではその辺りの嗜みを教えて下さらないのかしら? ミス・ルヴィアゼリッタ?」

 

「あ、あの……ふたりとも、冷静に?」

 

「「士郎(シェロ)は黙ってて‼︎」」

 

 ーーーあ、はい。

 

 始まってしまえばそれはそれは後始末中の時計塔の部隊の目を掻い潜り、魔術?プロレス?合戦に突入する女子二人。今はもうあそこに割り込むほどの余裕はないので大人しく観戦させていただくとしよう。

 

 いざとなればセイバーに、あれ?

 セイバー?

 

 こういう時は基本セイバーが仲裁に入ってくれるんだけど。周囲を見回してみれば、前方の浜辺に一人佇み海を眺めるセイバーを発見。

 面倒ごとに巻き込まれるのはごめんなので出来るだけ遠坂達から距離を取っておこう。決して連帯責任だなんだで余計な手間をかけられるのが嫌とかではなくて。そうしてセイバーの方へと静かに歩み寄っていく。

 その横顔、その姿がなんだか凄く様になっていて、どれぐらいの時間かは分からないけど、思わず見惚れてしまった。

 

「シロウ?」

 

「えっーーーあ、ごめんセイバー、邪魔したか?」

 

「いえ、よければ少し話しませんか?」

 

 そういったセイバーの表情は少し浮かない様子だった。なんとなくだが理由は察せる。

 トリスタン。きっとあの人のことだろう。

 セイバーの横に並んで、海を見る。もうすぐ日の出だろう。徐々に明るくなっていき、どこか気持ちの良いほんのりと冷たい風がいままでの騒がしさを鎮めてくれているようで、スーッと大きく深呼吸をした。

 

「何も言えませんでした」

 

 セイバーがボソリと呟いた。

 

「サー・トリスタン。彼の姿を見て私は何も言うことができませんでした。そして彼もまた私への言葉を持たないのだと理解しました。その横顔は酷く辛そうで、いつも和やかに音を奏でる卿らしくない。きっと彼にそんな顔をさせてしまったのは私なのです」

 

 セイバーの言葉に俺は何も言えない。

 聖杯戦争終了後。

 改めてセイバーから、彼女自身のことを聞かされた。イギリス、ブリテンを統べ、騎士を統べる円卓を囲いし騎士王。

 

 アルトリア・ペンドラゴン。

 

 そんな彼女の傍に仕えていた円卓の騎士。

 サー・トリスタン。

 二人の間にどんな確執があったのかは知らない。伝説だとトリスタンは暫くの間、円卓の騎士として名を馳せ、その後自らの意志でその場を離れた。その過程で何が起こったのかを俺は知らない。セイバーはきっと何があったのかと聞けば教えてくれると思う。

 その顔を悲痛に歪ませながら。彼女の後悔の念は、そして聖杯に賭けるべく挑んだその想いはおそらくそういったことに起因していると思うから。

 

「私は、どうすればよかったのでしょうか」

 

 それは俺への問いかけ、ではないと思う。

 自分に向けて問うた、未だに解けない彼女がここに居続ける理由。その答えをセイバーが見つけられるのか、それを保証する事は俺には出来ない。

 

 ーーーでも、たったこれだけは言いたい。

 

「あの人たちはきっと、セイバーを恨んでないーーーーなんて事は俺には言えない。だけどそうやって愚痴を聞くくらいのことは出来るよ」

 

「シロウ?」

 

「辛くなったら、いくらでも付き合うよ。もちろん遠坂だって、セイバーが本音を出して喋ってくれることが結構嬉しいと思うんだ。だから、セイバーが辛くなった時は俺は必ずそばにいるよ」

 

 こんなことしか言えない。

 こんなことでいいならいくらでも。

 そして、言ったからには有言実行だ。何せ俺は正義の味方を目指してるくらいだからな。

 

「ーーーー愚痴、ですか」

 

「ああ、なんでもいいぞ。今のマスターのお金使いが荒いとか、なんでも」

 

「そうですね。じゃあひとつ、魔術師繋がりでよければ今度聞いて貰えませんか」

 

「魔術師繋がり? それっていったい?」

 

 俺がそう問うと、セイバーはほのかに笑い。

 

 

「女癖の悪く、厄介ごとを持ってくるのに困らず、飄々とした態度でいまいち信用のおけない。そんなロクでもない私の大事な友人です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜fin




第五話・完結。

書いている途中から、「アレ」を足そう「コレ」を足そうなんてやっているうちになんだか異様に長くなってしまいました。
題名が「extra days」ですから、extraならではの何かが出来ればなと思っていた時に、やはりセイバーがいるのだから円卓の話も含めて、FGO関連で何か話が作れないかと四苦八苦している内にあっという間に時間が過ぎてしまいました。

正直言うと、FGO関連の話でサーヴァントを主軸に置いてしまうと、士郎や凛の出番が無くなり結局英霊がメインの話になってしまうなと思っていたら、いつの間にか話の中軸に魔神柱がいたりと我ながら行き当たりばったりが過ぎますね。
凛の出番が少なかったので次は倫敦で凛を主軸に一本書きたいですね。オリジナルで登場したシスター・フォーミアスに関してもいつかまた登場させたいものです。

ではまたいずれ、またいつかお会いしましょう。

改めて感じるのですが、やっぱり魔神柱ってみんな良いキャラしてるんだよなぁ…。

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