ガールズ&パンツァー  五人の女神と魔神戦車   作:熊さん

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第8話  見つけた手掛かり

  

 冷泉麻子は職業病なのかは分からないが、一度頭に浮かんだ疑問は、絶対に解決しなければ気が済まない性格である。

 夜遅いとは知りつつ彼女は、優花里に電話を入れた。

 

「もしもし、優花里です」

「優花里か? 夜分すまない、冷泉だ」

「どうされたんですか?」

「ああ、その前に今、時間はいいか?」

「あっ……、はい。主人も娘も寝ましたから、大丈夫ですよ」

「そうか……。みほちゃんは、ずいぶん大きくなっただろうな」

「はい。毎日が戦争ですね」

「そうか。うらやましいことだ。――ところで優花里、一つ聞きたいことがあるんだ」

「なんでしょうか?」

「――戦車道の全日本チームに入るには、どうすればいいんだ?」

「い……、いきなりどうしたんですか? まさか、冷泉殿は入りたいんですか?」

 

 優花里から驚かれた麻子は「あっ……」と口ごもった。

 自分が話す順番を間違えたのに気付いて、慌てて、それを否定して言う。

 

「――すまない、混乱させた。違うんだ、ちょっと調べものをしていて、気になることができたからの質問なんだ」

「あぁ……。びっくりしました。えっと……ですね、まず、戦車道の各試合。今はプロリーグが中心ですが、その中での活躍が必要ですね。そこで、まず司令官の目に留まることが必要になります。それと、各流派の家元や師範クラスの推薦が必要になります」

「流派の推薦?」

「はい。流派の壁って意外と厚いんですよ。だから、別々の流派が同じ戦車に乗ることは、ほとんどありません」

「――そうだな。確かに日本チームの各号車は、ほとんどが同じ流派だったな」

「はい。ですが、稀に別々の流派で、チームを組まなければいけない時があるんです。そんな時に、その人が他の流派の方と組んでも、問題を起こさないかどうかの紹介が必要なんです」

「ああ、なるほど、そう言う事なのか。それと、もう一つ質問していいか?」

「はい」

 

 優花里の短い返事を聞いた後、麻子は見つけた疑問を確認する。

 

「――戦車道で流派がない人って、それは有りえるのか?」

「冷泉殿――。それは絶対に有りえませんよ。戦車は一人では動きませんから、少なくとも戦車に合わせた人数が、最低必要です。ただ動かすだけならいいですが、それで試合をするとなると、ちゃんとやり方を教えてもらわないと、試合にはなりません。そして、その戦車の保有を認められているのは、各流派として戦車道連盟が認めたところだけです。ですから、戦車道をしていた事があるのなら、絶対にどこかの流派に所属しているか、あるいは、その流派の経験をしたかのはずなんです」

「それじゃあ、もし、私達が戦車道の流派はどこかと、人に訊ねられたら……」

「――当然『西住流』になるでしょうね。西住殿もそうですし、蝶野教官もそうでしたから」

「いや、ありがとう。非常に参考になった」

「一体どうしたんです。冷泉殿?」

「ああ、目星がついたらちゃんと、あんこうミーティングを開いて説明するから」

「わかりました。それではおやすみなさい」

「本当に夜分すまなかった。ありがとう……。お休み」

 

 優花里に礼を言って、冷泉麻子は電話を切った。

 

「――優花里があれだけ言うのなら、間違いなく流派の無い選手はいないのだろう。だったら、この真田さんは、どういう経緯の人なんだろう。――よし。明日、事務所で調べてみよう」

 

 そう決心してノートパソコンを閉じると、冷泉麻子は、眠りについた。

 翌日、木曜日の朝――。

 冷泉麻子は、コーヒーだけの朝食を摂り、ビジネススーツに着替えて部屋を出ると、マンションの一階にある集合ポストを覗いた。

 普段は帰宅する時に見るようにしているが、昨日楽しかった鑑賞会のせいで少し感情が高ぶっていたこともあり、確認するのを忘れていたのである。

 自分の部屋番号の所を開けると、数種類のダイレクトメールと一通の封書があった。差し出し先は、大洗女子学園からであった。

 

「――学校から?」

 

 そう言いながら彼女は、封書だけをバッグに入れると、ダイレクトメール達は、集合ポストの傍にあるゴミ箱へ捨てて、隣のビルにある、自分の事務所へと向かった。

 その日はとても忙しい日になった。

 仕事を始めた直後から、彼女への電話と事務所への来客が絶えず、昼食さえ満足にとることができない程だった。

 時間は、午後の二時を少し回ったところである。

 麻子は、事務所の所長室で、一区切りついた仕事と資料の山を机に置いて、自分の椅子に深く座り、美味しそうに温かいコーヒーを飲んでいた。

 それを飲み干した彼女は、カップを机に置くと、所長室の中央に置いている来客用応接セットに移動した。

 一人用応接椅子に深く腰掛けた彼女は、傍に置いていた自分のカバンの中から、朝閉まった学校からの手紙を取り出した。机に置いているペーパーナイフで、その封書を開けて、中身を取り出し、それを広げてみると、案内状と葉書が一枚ずつ、中に入っていた。

 

『大洗女子学園戦車道復活十周年記念式典開催のお知らせ』――その案内状の表題である。

 

「戦車道OGの皆様方へ」という挨拶から始まるこの案内文は、一カ月先の四月の第四土曜日に、学校の体育館で「記念式典」を開催し、その後「大懇親会」を大食堂で開くので出席して欲しいという内容だった。

 主宰幹事は「大洗女子学園学園長、角谷杏」となっている。

 最後に追伸があり、こう書かれていた。

 

『OGの方で連絡がつかない方もいらっしゃいますので、ご存知の方は連絡をお願いします。また、直接来られても大丈夫ですので、一人でも多くのご参加をお願いいたします』

 

 

「連絡がつかない方がいる――、か」

 

 麻子は呟くと、そのチラシと文面を、じっと見ていた。

 彼女は、感慨深げにその案内状を読み終えると、三つ折りにたたんで、封筒に戻しバッグに入れた。そして同封された葉書の裏にある『出席』の所に〇を付けた。

 冷泉麻子は、椅子から立ち上がると自分の机に戻り、待機させたままのノートパソコンを再起動し、昨晩から気になっている、真田茜の事を調べ始めた。

 彼女はまず、真田茜のプロフィールにあった出身校を、小学校から順に調べ始めた。

 

「真田さんは、栃木県の出身なのか。だが――、アンツィオ高じゃない。学園艦出身じゃなく、小中高とも内陸の学校になっている。それに、このそれぞれの学校には戦車道の授業科目がないじゃないか。……ますます分からなくなってきたぞ」

 

 そう言って今度は、彼女の出身大学を調べた。

 

「大学は●●大学か……。ここは、確か――。やはりそうだ。乃木美津子さんの出身校だ。そうすると、大学に入ってから戦車道を始めたのだろうか?」

 

 戦車道の有名大学である●●大学の名は、冷泉麻子も知っている。高校を卒業する時にこの大学から推薦の勧誘を彼女は受けたことがあった。そして、そこの卒業生だった元全日本チーム隊長、乃木美津子の名前も知っていた。

 そうして、彼女はまた、真田茜のプロフィールのページに戻った。

 麻子は、茜が代表に初選出した年を調べると「うーん」と腕組みをして考え込んだ。

 

「いや――。初選出された時は、乃木さんと同じ二十歳の時だ。しかも、彼女達二人だけだ。わずか二年で選出なんてあり得るのか?――おや?」

 

 ここでまた選出された時の、彼女の担当を見て、不思議に思った。

 

「えっ……『操縦手』? 真田さんは、操縦手で選出されたのか? ちょっと待て。――隊長の時は『装填手』だったはず」

 

 冷泉麻子はそう言って、再び六年前のプロフィールに戻る。それが正しい事を確かめた彼女は、今度は内ポケットから携帯電話を取り出して、どこかに電話を掛けた。

 

「はい、もしもし? 冷泉さん」

「蝶野さん、ご無沙汰しています。冷泉です」

「ほんとね。どうしたの? 私に何か用なの?」

「はい、蝶野さんは今『戦車道連盟本部付』なのですよね」

「そうなのよ。まったく、事務ばかりやらされて退屈なのよ。ああ、戦車砲、ぶっ放したい!」

「――それは、分かります。蝶野さんには、事務職は合わない気がします」

「そう思うでしょ。もう陸自の上の方は何を考えて、人員配置をしているのかしら」

 

 冷泉麻子は、高校の時の指導教官だった、蝶野亜美へと電話をしていた。

 昨日、優花里が言っていた「師範の推薦が必要」というものを、確かめる為である。

 

「蝶野さんに、一つ調べてもらいたいことがあるんですが、良いですか?」

「――いいけど、何? 外部の人に教える事はそんなにないわよ」

「分かっています。ただ、もしかしたらなんですが、調べてもらう事は、隊長の手掛かりになるような気がするんです」

「えっ――そうなの!?」

「はい。――それで調べて欲しいのは、真田茜さんと言う方を、全日本に推薦していた師範は誰かという事です」

「真田茜……、さん?」

「はい。お願いします」

「うん、わかったわ。調べて、すぐに電話するわね」

「宜しくお願いします」

 

 電話を切った麻子は、しばらくプロフィールの所をじっと見ていたが、何かを思いついたのか、キーボードを叩くと、昨日見た戦車道流派一覧のページを開いた。

 

「――やはり、あるのか」

 

 彼女は一つの流派を見ている。

 それは『真田流』という流派だった。

 それを確認すると、今度は、真田流の紹介ページを探す。

 

「真田流。――栃木県に本拠地を置く日本戦車道流派の一つ。家元『真田琴音』が指導する戦車道。現在は家元が病気の為、活動を停止中……。家元が病気? 活動を停止ってなんだ?」

 

 そこまで調べると、麻子の携帯に、蝶野亜美から電話が入ってきた。

 

「あっ、冷泉さん? 蝶野だけど調べてみたわ。そうしたらね、最初の推薦者は、西住ちほさんね」

「西住ちほさんっていうのは? もしかして、隊長の?」

「そう。先代の西住流家元で、みほさんのお婆さんよ」

「そうなんですか」

「それでね、その次は、乃木美津子さんになっているわ」

「えっ……? 次は『乃木流』家元なんですか?」

「そう、それからは、ずっと乃木美津子さんが、真田さんを推薦しているわよ」

「そうですか――。すみません、お時間を取らせました。ありがとうございます」

「それは良いけど、何か役に立ったの?」

「はい、ありがとうございました」

 

 亜美にお礼を言うと、麻子はそのまま電話を切った。

 

(最初が西住流の推薦で、次は乃木流の推薦なのか……。――別々の流派の家元が、流派の無い人物を推薦するって事がありえるのだろうか?)

 

 そこまで考えた彼女は、一旦、その事を考えるのを止めて、真田流の紹介にある本拠地と電話番号を調べた。

 活動停止という言葉に疑問を持った彼女は、間違い電話のふりをして、家に電話してみようと考えた。

 

「――現在この電話番号は使われておりません」

 

 麻子の耳に、機械的な音声案内が、受話器から聞こえてきた。

 活動停止というのは、本当のようである――。

 

(そうすると、もう直接、真田さんに訊ねるしかないのか……。真田茜さん――岩手県花巻市○○中学校教諭。学校の先生をしているのか……。まだ、この中学校に努めているのかな。まあ、ダメもとで電話をしてみるか……)

 

 冷泉麻子は、机の上にある固定電話のプッシュホンを押すと、○○中学校へと電話を掛けた。

 

「はい、○○中学ですが?」

「もしもし、○○中学校様ですか? 私、冷泉と申しますが、そちらに勤務されている真田茜先生をお願いしたいのですが?」

「いえ――。真田茜という先生はいませんよ」

 

 その返事のさなか、遠くで「違う、杉本先生の事だよ。杉本先生の前の名前は、真田だよ」と聞こえた。「えっ、そうですか?」と送話口を押えていっているが、まるで筒抜けであった。「少しお待ちください」と電話に出た男性が言うと、待ち受けの音楽に切り替わった。

 軽やかな心地よい音楽が、しばらく流れたあと、茜が電話に出た。

 

「はい! お電話代わりました。杉本ですが?」

「申し訳ありません。突然の電話をお詫びいたします。私、茨城県大洗町で弁護士をしております冷泉と申します。杉本茜先生は、旧姓が、真田茜先生なのですね」

「はい、そうですが」

「実は、杉本先生に伺いたいことがあるんですが。お時間を少しいただけませんでしょうか」

「聞きたいことですか? 何でしょうか?」

「私、高校時代、西住みほさんの友人だったものですが、もしかしたら、西住さんはいなくなる前、杉本先生に会いに来られませんでしたか?」

「――」

 

 麻子の耳に、彼女からの声が聞こえなくなった。

 そして、次に、麻子が彼女から告げられた事は、意外なものだった。

 

「――あの、あなたに二つ、確かめたいことがあります」

「はい」

「あなたの下のお名前は、何と言われるのですか?」

「はい。麻子といいます」

「わかりました――。あと、あなたの他に、彼女の友人だった方が、三人いるはずです。その親友である方々の、お名前を教えてください」

「はい、武部沙織、秋山優花里、五十鈴華の三人です」

 

 茜の質問に、よどみなく答える冷泉麻子。

 答えを聞いた茜は、電話口から、彼女へ嬉しそうに言ったのである。

 

「間違いないようですね。――最初、冷泉さんという方から真田茜先生の名前で電話ですと言われて、ドキっとしましたよ。あなた、珍しい名字ですものね」

「そうですね。そんなにポピュラーな名字ではありません」

「――あなた、今、どちらから電話されているのですか?」

「はい、大洗の私の事務所からです」

「もしも、彼女について知りたいことがあれば――。私の知っている範囲でお教えできます。ただし、直接会ってですけど……」

「――ええっ、本当ですか? 今からでも、大丈夫ですか?」

「ええ、今から出てくるとなると、私の家が良さそうですね。今から言う住所に来てくださいますか?」

「はいっ! すぐに、そちらへ向かいます」

 

 電話口で聞く住所を、繰り返し確かめた麻子は、それをメモに書き写すと、バッグとスーツの上着を小脇に抱え、事務所を飛び出し、隣の自宅マンションの駐車場に向かう。

 そこに止めている愛車に急いで乗り込むと、大洗町の国道を経由して、東北自動車道に飛び乗ったのである。

 夕暮れの高速道路を、北に向かって走る、真っ赤なミニクーパーである。

 その型式は、いわゆる旧型ローバーミニと呼ばれる車種で可愛らしいフロントヘッドと小さいその車体。それに似合わぬ千三百ccの排気量を誇る英国が産んだスポーツカーである。

 彼女の愛車は、左ハンドルであった。

 窓を少し開けていて、その入ってくる風が、麻子の長い黒髪を、後部座席までなびかせている。

 相当なスピードを出している――。

 よく見るとスピードメーターは、軽く百キロを超えていて「キンコン、キンコン」と警告音が鳴りっぱなしである。

 

「やっと……。やっと見つけたぞ。あの時の隊長を知っている人を――。ああ……、もう、私の邪魔をするな。どけ!!!」

 

 彼女らしくない罵りを上げながら、ハンドルを右に左に動かしている。

 法定速度を軽く超える速さで、走行車線を走る他の車を置き去りにしながら、麻子のミニクーパーは、ひたすら青森方面へと走っていく――。

 


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