ガールズ&パンツァー  五人の女神と魔神戦車   作:熊さん

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第二章 『かくれんぼ』
第7話  ひとつの疑問


 

 季節は彼女達、それぞれが二十七歳になる年の春――、三月である。

 

 西住みほの所在は、いまだに分からない。

 みほがいなくなってしまった事で、バラバラになってしまった五つの歯車。

 消えたみほの歯車を見つけようと、四つの歯車が、それぞれの速さで、懸命に動き続けていた。しかし、その歯車達は一つ一つがバラバラであって、噛み合って動いてはいなかった。

 それらが、六年の時間の中で、ゆっくりと歩調が合いはじめ、確実に繋がっていこうとしている。

 その、最初の歯車になったのは――、五十鈴華である。

 

 

 それは、時をさかのぼること――、五年前になる。

 五十鈴華は、西住みほの失踪が、全国へ知れ渡ってしまった直後、全国に散らばる、五十鈴流の各地方支部の責任者へ「西住みほの情報を探してほしい」と、通達を出した。そして、同じように、他の華道の家元で、自分と年齢が近く、五十鈴流と親交が深い、五人の若き華道家元達の元へ、直接赴き、一人一人に頭を下げて、西住みほの情報を、集めてくれるよう頼んだのである。

 彼女が戦車道をやっていたことを知っている、その家元達は、彼女の願いを快く引き受けると、友人知人へ連絡を取り、みほを捜してくれるように依頼をしたり、それぞれの流派の発表会や、展示会を催す時に、その案内や宣伝チラシなどに、西住みほの写真と情報を求める文言を入れてくれた。

 そうやって、いろいろと家元達は動いてくれたのだが、一年ほどしても、みほの情報が全く集まらない事で、それぞれの家元から、華へお詫びの電話が、少しずつ入ってきたのである。

 五十鈴華は、この協力してくれた家元達に、何かお礼ができないものかと考えて、華を含めた、合計六人の、華道流派の作品合同発表会を開くことにしたのである。

 五人の家元達の流派は、決して有名とは言えず、全国的にも知られていなかった。

しかし、生け花が好きであり、各流派の良さを、お互いに認め合う事の出来る、この五人の家元達を、五十鈴華は、ずっと尊敬していたのである。

 そして、日本で有数の門下生を誇る流派となっていた「五十鈴流」が、全ての費用を負担して、この合同発表会を、全国の主要都市を回りながら開催したのである。

 六人の「まだ家元と呼ぶには若すぎる」と呼ばれそうな、各家元達は、どこかの展示会場入り口と思われる、立派なロビーに集まっていた。

 落ち着いた雰囲気の、深い緑色の絨毯を敷き詰めた、本当に立派なロビーである。

 そこで、六人全員が和服姿で立って、楽しそうに談笑していた――。

 時間は、間もなく、午前十時である。

 

 

 華より三つ年上の、六つの流派の中で、一番小さな流派「葛西流」の家元、葛西百恵が、艶やかな和服を着こなしながら、丁寧に華へ、お辞儀をする。

 

「華先生。この度は、本当にありがとうございました。ずっと私の夢だったのです。自分の作品を、全国の方に見てもらう事ができたなんて、本当にうれしい限りです」

「いえ、私の方こそ、先生方に我儘を聞いて頂けた事、本当に感謝いたします」

 

 華はそう言って、お辞儀を返す。それを見た他の家元達も、彼女へ、一斉に頭を下げた。

 生け花合同発表会――、その最後の開催都市である、東京。

 その開催場所は、華道連盟が所有する「華道連盟文化会館」の、小展示場であった。

 この会館を使っての、展示会や発表会は、五十鈴流の他、歴史の長い「小笠原流」、独特の作風で、人気の高い「勅使河原流」等の、有名な華道流派が、優先的に発表会の日程を決める事と、その会場使用料が、とても高い為に、小さな流派には、とても使用することができない、華道の聖地であった。

 

「五十鈴先生。我儘なんかじゃありませんよ。私達だって、華先生の、その思いに、賛同しているのですよ」

「――本当に、ありがとうございます」

 

 その六人の中で、一番年長の水前寺伊沙子が、笑顔で話すと、再び、華はお礼を言う。

 六人の家元は、展示場入口右側に立て掛けられている、案内大看板に縦書きに書かれた、発表会の題目を、揃って笑顔で見た。

 

『第一回生け花合同発表会』

 

 ただ、それだけの大看板である――。

 そこに書いてあるべきはずの、参加している、六つの各流派の名前が、一つもなかった。

 それは、発表会を開く決意をした五十鈴華が、その合同会議を五十鈴邸で行った時に、五人の前で、お願いした事である――。

 半年前、五十鈴邸大座敷で開かれた、その打合せ会議には、円卓が使用されていた。

 華は、上座下座という上下関係を嫌い、それを取り払う為に、わざと円卓での会議にしていた。

 その会議での冒頭に彼女が、目の前に座っている五人に、協力してもらった謝辞から、口を開いたのである。

 

「先生方には、いろいろと助けていただき、私は、本当に感謝の気持ちで一杯です。その協力して頂いたせめてものお礼と、私の感謝の気持ちを込めて、私は、六つの流派の合同発表会を開きたいと思っております。そして、この合同発表会を、私は、全国の六つの都市。札幌、福岡、広島、大阪、名古屋。そして、最後に東京の順で開きたいと考えています」

 

 五人の家元は、華のこの計画を聞いて、その場で、全員が目を丸くした。

 集合した全員は、華から「皆さんと一緒に、生け花の発表会をしましょう」と、軽く言われたので、それならと思って、軽い気持ちでこの会議に参加してきたのである。

 

「華先生……。あの、私のところには、そういう力が全然ないのですけど……」

 

 わずか、二十名ばかりの門下生の、葛西流の葛西百恵は、恥ずかしそうに、華へ言う。

 しかし、華は笑顔で答えた。

 

「ご心配なく。全ての費用は、私が見ますから。先生方とお弟子さん達には、それぞれの思いを込めた、素晴らしい作品を作って頂ければ、と思っています」

『えっ――。本当ですか?』

 

 全員が揃って、華へ聞き返すと「ええ、本当です」と、笑顔で返事する華である。

 今度は、五人の顔が、喜びに満ち溢れた。そうすると、五十鈴華は、座っていた座布団から、畳の上に直接座り直すと、五人を見ながら、丁寧にお願いをしたのである。

 

「そして、先生方には、この発表会を開くにあたり、私から一つだけ、お願いがあります。それは、発表会の表看板には、各流派の名前を入れたくないのです。もちろん、五十鈴流の名も入れません。この事だけを、先生方には、了解してもらいたいのです」

「えっ……、五十鈴先生、それは、どうしてですか?」

 

 水前寺伊沙子が、座り直した華を見て、驚きながら訊ねる。

 

「はい、今、華道を体験される方々の人数は、年々減っています。これを、私なりに考えてみました。そして、それは、各流派の守っている、しきたりや作法に、こだわり過ぎて、自由に楽しんで生け花をするという、本来の華道の道を、見失っているからなのではないかと思うのです」

「――確かに、そうなのかもしれませんが。しかし、それでは、流派という意味、そのものを、否定してしまうのではないですか?」

 

 伊沙子の質問に、他の四人も頷いている。

 しかし、華は五人の目を、順に見ながら、説明していった。

 

「いいえ、伊沙子先生――。私は、否定する事にはならないと思います。思い出してください。小さな頃、まだ、華道というものを知らない自分が、初めて、お花畑で摘んで作った、小さな花束。先生方も、一度は作った事があると思います。そして、それを最初に見て欲しい人だったのは、自分のお母様だったと思います。お母様は、その一生懸命に作った花束を見て、きっと『可愛い素敵なブーケだ』と、褒めてくれたはずです。私は、そうでしたから。しかし、皆さん、実は、この事こそが、華道の原点ではないのでしょうか? お花が好きで、大好きな人へと作るブーケ。それが、華道へと発展したのだと思います。そして、その大好きな人の為に作るブーケに感動して、自分も作ってみたいという方々が集まって『流派』というものができるのだと思うのです。流派というものを決めるのは、決して私達ではありません。それを見て、感動した人々が決めるのです。もちろん、一つ一つの作品には、流派の名前を出して構いません。ですが、お客様が最初に見る、表看板には、幼い頃、見てもらいたい人へと頑張って作った、あの小さなブーケの気持ちを忘れないように、ただの『生け花発表会』としたいのです」

 

 この、華の発表会に対する思いは、他の家元達の心に、深く響いた。皆も、その思いに賛同して、よくある「華道○○流と××流発表会」という表現ではなかったのだ。

 発表会は、各会場とも、大盛況のうちに終了した。

 それは、展示作品の中に「五十鈴流」という、ネームバリューがあった事も事実だが、その家元である、五十鈴華が、他の各流派が持っている、その良さを、率先して来場者に説明して回った為でもあった。

 翌年には、この家元達の思いに感動した、他の流派も参加して、第二回目が開催された。そうして、年々参加する華道家元が増えていき、いつしか、華道連盟が後援する、年に四回の、大きなイベントへと、成長してきたのであった。

 だが――、五年目になる今年の一月、

 その春の発表会最終会議の中で、大問題が発生した。

 会議の中、五十鈴華の提案で「今年から、全国の一般の方々に、会場でお花を生けてもらうコンクールを開催し、それを、会期の間、一緒に展示したい」と議題を上げた。

 多くの家元は賛成したのだが、今年から参加しようとしていた「小笠原流」の家元と、その一派の人間から、反対意見が出されたのである。

 

「五十鈴先生の提案は、この発表会の品格を損なう恐れがあります。この発表会は、全国規模になっているそうですね。その中での発表会なのですから、素人さんの、訳の分からない作品を、私達と並べて展示するのは、どうかと思いますが」

 

 大御所と呼ばれる年齢の「小笠原流」家元の意見は、それ自体が絶大な力を持っていた。

 しかし、華は、この意見に真っ向から反論した。

 

「先生のご意見は、この発表会の本当の目的を、完全に無視された意見です。先生達はもしかして、この発表会を、自分達の作品の宣伝目的か何かで参加されるのですか?」

「それは……、どういう意味ですか?」

「この発表会は、今では華道連盟の後援をいただいていますが、表看板には、それは入れない約束で、後援していただいています。この意味が、お分かりなのでしょうか?」

「全国規模なのでしょう。だったら、華道連盟が後援するのも、当然なのでしょうけど、何故、名前が出ていないのかは、未だにわかりませんわね」

「――だからですよ。この発表会は、元々、お花や生け花を愛する、全ての方々への発表会なのです。家元、各流派はもちろん、華道連盟の宣伝目的ではないのです。この発表会の目的は、各流派、それぞれの華道の本道を、見つめ直すのが目的なのですから」

「ほう、華道の本道とは何ですか? 未だに私でもわかりませんのに、まだ年若い先生に、華道の本道を語れるのでしょうか?」

 

 今まで、自分の意見を否定されたことがなかった、小笠原流の家元の顔が、少し紅潮している。

 反対意見とは全く関係のない、華道とは何かという、議論へと発展してしまった。

 この大御所の発言に、第一回から参加していた五名の家元達が顔をひきつらせながら思わず立ち上がろうとしたところ、彼女達を右手で制して五十鈴華は静かに答えた。

 

「――小笠原先生。華道とは何だ、と聞かれたら、まだ私にも答えられません。ですが、これだけは言えます。私達、家元を名乗る者ならば、誰よりもお花が好きで、生け花が好きでなければならない、という事です」

「それは――、当然でしょう」

「それさえあれば、本当は、誰だって、華道の家元になれるはずなのです」

「言っている意味が、よくわかりませんが……」

「その意味が分からないうちは、失礼ですが、先生には、永遠に華道の本道はわからないかと思います。そして、先生以外の、ここにいらっしゃる、各家元の皆様は、少なくとも、先生より、本道を理解していらっしゃるのではないでしょうか?」

「――わかりました。小笠原の参加は、辞めにします。どうも皆さん達のやっている事が、理解できませんから、どうぞ、お好きなようにされたらよろしいです」

 

 売り言葉に、買い言葉になってしまった。

 そう言って、小笠原流の家元と一派が、席を立ち、会議室から出て行った。

 小笠原流一派が、揃って出て行ってしまった会議室は静まったが、その中、拍手をする家元が出てきた。

 一番小さな流派の百恵だった。

 

「皆さん、今、華先生が言われた『誰よりも、生け花が好きでなければいけない』という、この言葉を、一人一人の家元が、確かめる為の発表会なのです。そして、その好きだという気持ちが、来場されるお客様達に、熱く伝わるような作品を発表しようではありませんか」

「そうです。今は全国規模になってしまいましたが、元々は、華先生の華道の将来を憂う気持ちから始まったのですから」

 

 伊沙子も同じように、参加しようとする家元達に熱い気持ちで話すと、会議の席で万雷の拍手が沸き起こった。それを嬉しそうに見る華である。

 こうして、問題は解決し、一般の方による生け花コンクール会は、参加する家元達の了解を得て、採択され、開催されることになったのである。

 そして、この生け花コンクールこそが、二番目の歯車を繋げるきっかけになった。

 

 

 五十鈴華が回し始めた歯車に、最初に繋がったのは、冷泉麻子である。

 三月の第二週目の水曜日、彼女は東京にいた。

 彼女は、目指していた弁護士の資格を取り、そして、その法令勉強会の為に、東京にある会議場へと来ていたのである。

 二十七歳の若さながら、非常に優秀な弁護士になった彼女は、勤めていた弁護士事務所を円満退職して、大洗町内の自分のマンション隣に建つ、雑居ビルの中に、自分の弁護士事務所を開いた。

 普通は、事務所を開設しても、軌道に乗るまでが大変であるが、前の職場から、仕事を紹介してもらったり、彼女の噂を聞きつけた、新規の顧客も順調に増えていき、今では、三人の部下を持つ「冷泉弁護士事務所」の「所長」として、全国弁護士会が主催する、法令会議に出席し、数々の法令事案に対する勉強会に参加していたのである。

 その日の午後三時に勉強会が終わり、彼女は、地下鉄を乗り継ぎながら「華道連盟文化会館」へと向かっている。

 そこで「第五回生け花、春の大発表会」が開かれることになっていた。

 もちろん、五十鈴流家元である華の作品も展示してある。それに、この発表会の案内をくれたのは、華本人だった。

 

「――ああ、こっちか」

 

 地下鉄を出て、携帯のナビゲーション地図を見ながら、ビル街を歩く彼女の前に、目指す会館らしき建物が見えてきた。

 大都会のビルの中にある建物とは思えない、まことに立派な屋根を持つ、和風のとても大きな建物である。

 正面入口は、さすがに自動ドアだが、そこには和服姿の女性や、ドレスを着飾った女性達が、入口を出たり入ったりしている。

 

「――なんともすごいな。こんな格好で、大丈夫なのか?」

 

 会館を見上げながら、冷泉麻子はそう呟くと、自分の着ているパンツスーツを、上から下へと見ている。

 

「――まあ、仕方がないか。華の招待だし、とりあえず、ちゃんとしているんだ。気後れすることもないだろう」

 

 そう言って彼女は、自動ドアをくぐると、ロビーの中央付近に設置してあった、来場者受付へとやってきた。

 花柄の、明るい春の和服に身を包んだ、若い受付の女性の前で、麻子は一礼して、来場者名簿に、自分の名前を書いた。すると、名前を見た受付の女性が「冷泉様、しばらくロビーでお待ちください」と言って、純日本風庭園に造られた中庭が一望できる、窓際に置いてあった円形ソファーへと、彼女を案内したのである。

 不思議に思いながら、彼女はそこにチョコンと座っていると、しばらくして、ロビーの奥から、髪を結いあげた、和服姿の五十鈴華が現れた。

 

「麻子さん。今日は、いらしてくださって、ありがとうございます」

 

 恭しく頭を下げる五十鈴華に、ソファーから立ち上がった麻子は、同じように、お辞儀を返す。

 

「華、今日は、招いてくれてありがとう」

「東京での発表会なので、どうかとは思いましたが、来ていただき、感謝します」

「――ああ、ちょうど東京にくる用事があったのと、一度、有名な先生達の作品を見たかったからな」

「はい、この企画は、もう五年になりますわ。元々は、みほさんを探してくださった、知り合いの流派の方々へのお礼にと、私が考えたものなのです。もしかしたら、みほさんも来てくれるかも知れませんし。でも、だんだん回数を重ねる毎に、参加して下さる、他の先生方が増えていきましたの。今では、参加して下さる方々や先生達も、大切な発表会だと言って下さっていますのよ」

「――そうか、それは良いことだ。じゃあ、ゆっくりと見させてもらおう」

「私が、案内しますわ。麻子さん、こちらですよ」

「――これは、贅沢だな。五十鈴流家元から、直接案内してもらえるなんて、そうあることじゃないぞ」

「うふふ……。麻子さんたら」

 

 冷泉麻子の軽口に、嬉しそうに笑う五十鈴華である。

 そして、二人は並んでロビーを通り、大きな展示会場へと入った。

 会場内はとても広く、様々な花の香りで包まれていた。一つ一つの作品が、真っ白なコンパネを使って作られた、小さなブースで区切られており、その展示作品が、他の作品と交わらないよう、重なって見えないように配慮されている。また、その作品の名称と制作者名、その流派の名前が、作品の上にパネルとして紹介されている。

 

「いやあ、これはすごい! 普段、目にする花や木々が、こんなに素敵になるのか」

「はい。皆さん、素晴らしい作品ばかりです」

 

 一つ一つの作品を、流派の特徴を含めて解説してくれる五十鈴華。それを作品の前で、じっくりと鑑賞していく、冷泉麻子である。

 時間をかけて、ゆっくりと作品を楽しむ二人。

 そして、会場の一番隅ある最後の作品の所へやってきた。

 麻子は掲げらているパネルを見て、おやっと思い、横にいる華に訊ねた。

 

「――華、この作品には、流派がないのか?」

「はい、この作品はですね、どこの流派にも属さない。いわゆる、全くの個人の方の作品ですのよ」

「――そんな作品を、この展示会で出していいのか?」

 

 不思議そうに訊ねる麻子に、華は小さく頷く。

 

「この作品は、華道の将来の為には、どうしても必要な作品なのです」

「――なぜだ?」

「華道の各流派には、それぞれのやり方や、見方があります。生ける瞬間の花の表情一つとっても、右から見る方を選ぶ流派と、左側を好む流派とかがあるのです。ですが、そんな事にはとらわれない、自分の気持ちだけで作る作品にも、絶対に素晴らしいものがあると思うのです。そして、それは、お花が大好きという気持ちから出てくるものだと思うのです」

「――確かに、華が言う通りだと思う。そういう、約束事にとらわれないものに対する理解があってこそ、華道に限らず、絵の歴史も、音楽の歴史も進歩してきたのだろうからな」

 

 麻子が言うと、また、小さく頷く華である。

 

「そこで、今年から、各地域で開会式が終わった後、最初の催事として、お花が好きな一般の方達に集まってもらって、会場で、お花を生けていただくのです。そうして、生けてもらった作品を、各家元が、その場で審査します。そして、各家元の評価が一番高かった作品が、これなのですよ」

「そうなのか。確かに、素人さんの作品だとは思えないな」

「はい。私も目を覚まさせてもらいましたの」

 

 二人は、しばらくその作品を見ながら、華が、どの部分が素晴らしいのかを麻子へ説明している。

 そして、十分に満足した冷泉麻子は、案内してくれた五十鈴華に、お礼を言うと展示会場を後にしたのである。

 その日の夜遅く、大洗の自宅マンションに戻った麻子は、着ていたスーツを脱ぐと部屋着に着替えた。そして、お婆の仏壇へ挨拶した後、長めのお風呂に入る。そうした後、一人、卓上テーブルの前に座って、買い置きしていた赤ワインを飲み始めた。

 

「――今日は、とってもいいものを見たな。たまには、ああいうのを見るのも悪くない。しかし、一言で『華道』と括っても、ずいぶん、たくさんの流派があるものなんだなあ……」

 

 ほろ酔い気分になった麻子は、最後に見た、素人さんの作品を思い出しながら、独り言を言っている。

 

「私も何も考えずに生け花をしたら、ああいう素敵な作品が作れるのか? フフッ、できる訳ないか……。深読みをしすぎる、今の職業では、絶対に無理だ……」

 

 そうをつぶやくと、彼女は卓上テーブルに突っ伏した。

 麻子の目の前には、二十歳の春に撮った「あんこうチーム」五人と愛機『Ⅳ号D型』が揃った、最後の記念写真が、卓上写真立てに入れられ、そこに飾ってあった。

 五人の中央で写っている西住みほは、満面の笑顔である。

 

「――隊長……。もう六年になるんだぞ。なんで連絡をくれないんだ。皆、ずっと心配しているんだぞ」

 

 そう言って、頬を少し紅くさせながら彼女は、ポツリポツリと、写真の中の西住みほに語りかける。そうして、ボーっと彼女の顔を見ながら、麻子が言った。

 

「――『西住流の西住みほ』かぁ。――だとしたら、隊長といつも一緒にいた私達は、西住流の生徒っていう事になるのかなぁ」

 

 ぼそっと呟いた冷泉麻子だったが、そのあと、何かが思い浮かんだのか「――待てよ」と呟いた。

 そうして、体を起こした麻子は、今度はじっと赤ワインが入った、目の前のワイングラスを見つめた。

 

「――そもそも、戦車道の流派というのは、幾つぐらいあるんだ? 考えた事はなかったぞ」

 

 そう言って立ち上がると、仕事に持ち運ぶカバンから、ノートパソコンを取り出すと、机に置き、電源を入れる。

 そこから、プラウザを開き、インターネットで、戦車道の流派について調べ始めた。

 

「うーん。意外とあるものなんだなあ。それじゃあ、隊長がいたチームの人達は何流の人達だったんだろう」

 

 そう言いながら。今度は別の戦車道の情報ページを開き、六年前の世界大会に出場した、全チームのプロフィールを調べ始めた。

 

「そうか……。だいたい同じ流派の人達で、チームを組んでいるんだ。やっぱり西住流が多いな。――えっと、隊長は十五号車か……。当然、隊長は西住流か……。あっ、十五号車のメンバーは、西住流の隊長、乃木流の砲手、佐藤流の操縦手、山本流の通信手って、全部バラバラだったのか。あれ――『無し』?」

 

 そのプロフィールにある流派の項目に「無し」と書いてあったのは、真田茜である。

 

「なんだ? 流派がない人もいたのか? フフッ、珍しい人もいたんだなぁ」

 

 見た瞬間は、なんとなく笑ってしまった彼女だが、じっと見ていたら、それがおかしい事に気付いた。

 

「――いや、ちょっと、待て……。それは――、有りえないぞ。戦車を個人で持つことは、許されていない。維持費はかかるし、ましてや、元は兵器なのだ。必ず、戦車道連盟に、所有の報告しなければならない。そして、それは、保証人として、戦車道連盟が認めた者の印鑑が必要になっている。それが、今では『流派』という形になっているのだ。――流派がないということは、つまり、個人で練習していたことになる。個人で戦車が持てない、今の規則で、一人で戦車道を訓練していたという人間が、全日本チームに入れるような技術を持つ為には、絶対に、戦車に乗ったことがなければいけないはずだ――。だから『我流の戦車道』という、それは、絶対に有りえないはず……」

 

 こう考えた冷泉麻子は、なんだかとてつもない秘密を知ったような気持ちになっていた。

 

「誰だ? この真田茜という人物は……」

 

 冷泉麻子は、そのパソコンに表示されている、茜の顔をじっと見つめている。

 


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