ガールズ&パンツァー  五人の女神と魔神戦車   作:熊さん

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第5話  あんこうミーティング

 

「――おかしいなあ、まだ、みぽりんの携帯の電源、切られたまんまだなんて」

 

 武部沙織はそう言いながら、自分の携帯を切ると、胸ポケットにしまった。

 彼女は、西住みほの携帯に何度も電話を入れていた。みほが帰国してすぐは、報告会やら何やらで忙しいだろうし、疲れているだろうと思い、彼女への電話するのを、しばらく遠慮していたのだが「メールでなら」と思い、彼女が帰国して五日後にみほへ「お疲れ様」という件名でメールを送った。だが、それはずっと未読のままになっている。

 そして、一週間たった時に初めて彼女に、電話を入れてみた。だが、それはずっと繋がらなかったのである。それからは、一日おきに彼女へ電話を入れている沙織なのだが、どうしても繋がらずにいた。そして二週間たった時、今度は相手の電源が入っていないと告げられたのである。

 

「沙織ちゃん。西住さんとは連絡ついたのかい?」

「ううん、マスター。全然連絡つかないのよ」

「あの西住さんは、いくら忙しいと言っても、沙織ちゃん達には、電話くらいするだろうけどね」

「――うん」

 

 厨房から仕込みを終えた、コック服のマスターが、そう言いながら店内のテーブル席の椅子に腰かけた。同じくコック服の沙織は、布巾で、カウンターテーブルの水拭きを始めた。

 ここは武部沙織のバイト先『洋食の店、オムレツ』という、洋食屋の店内である。

 ここで二十歳の時にバイトを始めた彼女は、調理師の免許を取って、マスターから少しずつ料理を教えてもらっていた。料理と言っても洋食ではなく、教えてもらっているのはスイーツの作り方である。マスターの薦めもあり、彼女はパティシエになろうと決めて、昔、世界に名をはせた有名なパティシエだったマスターへと、彼女は弟子入りしていた。

 

「西住さんが帰国したら、また女子会を開いてもらおうと思っていたんだがなあ」

「うん! そんな時の為に、みんなで相談して『あんこう積立』をやっているのよ」

「なんだい? 『あんこう積立』って?」

「ほら、マスター。この前の女子会は、マスターのおごりだったでしょ。あの後、皆で相談してね。『大人なんだからちゃんと料金は支払わないといけない』ってことになったのよ。だから、麻子が幹事で、少しずつお金を出し合って、積み立てをしているの」

「なんだ。そんな気を遣わなくてもいいのに。私が好きでやっているんだから……」

「そうはいかないよ、マスター。こういう事は、ちゃんとけじめをつけないとね」

 

 武部沙織の言葉に、苦笑いをするマスターだった。そこに、沙織の携帯電話が鳴りはじめた。

 

「あれ、みぽりんからかな?」

 

 携帯を取り出し、着信相手を急いで見る沙織だが、相手は違った。

 

「あれ、ゆかりんからか……。もしもし?」

「武部殿ですか? 優花里です。今、電話大丈夫でしょうか?」

「うん、大丈夫だよ! ゆかりん、どうしたの?」

「あのですね、急なんですけど『あんこうミーティング』を、今夜開きたいんですが、どうでしょうか?」

「今日? 何時から?」

「夜の九時に、いつものファミレスでなんですけど、都合はつきますか?」

「ちょっと、待って。マスターに聞いてみるから」

 

 そう言って傍に居たマスターに「夜の九時にあんこうミーティングがあるから行ってもいいか」と訊ねた。マスターは小さく頷きながら「いいよ。店は大丈夫だから」と言ってくれた。再び、電話を耳に当てた沙織は、優花里へと話す。

 

「大丈夫だって!」

「分かりました。それじゃ、九時にファミレスで待っています」

 

 そう言って優花里は電話を切った。同じように電話を切った武部沙織は、マスターを見て言った。

 

「なんだか、ずいぶん慌てていたけど、ゆかりん、どうしたんだろう」

「でも、『あんこうミーティング』は久しぶりなのだろう、沙織ちゃん。楽しんでおいで」

「ありがとう! マスター」

 

 そう言った彼女は、再びお店の掃除を続けたのである。

 

 

「えっと……、次は、冷泉殿ですね」

 

 秋山優花里は、もどかしそうに携帯の住所録から『冷泉麻子』の番号を探す。そして、そこへ通話のボタンを押した――。

 

 

「ほら、ここの公式の計算が違うぞ。もっと落ち着いて、慌てずに計算をしろ!」

 

 冷泉麻子はそう言って、女の子が座る勉強机の横から、彼女が解いている問題集の練習問題の解答式の途中を見て、そこを指差すと、ぶっきらぼうな命令口調で注意する。

 優花里が彼女へ電話を入れようとした時、冷泉麻子はアルバイト先の大洗町内の女子中学生の部屋にいた。

 〇〇大学法学部に通う彼女は、土曜日は三件の家庭教師をやっている。彼女が受け持っている子達は、どの子も最初はお世辞にも学力は良いとは言えない女の子達ばかりであった。しかし、スパルタ的な指導と怖い口調の彼女は、有無を言わさない迫力があり、女の子達は、彼女から怒られまいと必死に勉強を続けていくうちに、いつしか目指す高校の偏差値まで到達していた。

 

「――先生。できました」

「そうか。見せてみろ」

 

 注意をした後、麻子は勉強机の横にある、もう一つの回転椅子に座って、弁護士になる為の参考書をずっと読んでいた。

 女の子から問題集を渡されると、ペラペラとページをめくり、目を上下左右に動かしながら、解答式と答えを見ていく。そうして最後の問題と答えを見た後、問題集を女の子に返すと、ぼそっと言った。

 

「二問――。間違いがある。もう一度、計算のやり直しをしろ。その間違えた二問を探し、どこを間違えたのかを見つけ出すんだ」

「――はい」

 

 女の子は、手渡された問題集を受け取って勉強机に戻ると、今度は赤鉛筆を筆箱から取出して、問題集の最初から一つ一つの解答式を鉛筆の上からなぞり出した。

 黒鉛筆で書かれた黒の解答式が、赤鉛筆によって、赤く変わっていく。

 それを横目で見た麻子は、再び参考書を開いて、それを読みだした。

 そこへマナーモードにしていた、彼女の携帯が振動したのである。

 集中している女の子の邪魔をしないように、参考書を静かに椅子の上に置いて立ち上がると、スカートのポケットから携帯電話を取り出し、女の子の部屋の入口へと移動して電話に出た。

 

「――もしもし、冷泉だ。優花里、どうした?」

「冷泉殿、優花里です。緊急なんですが、今日『あんこうミーティング』を開きたいんですよ。夜の九時なんですが、どうでしょうか?」

「『あんこうミーティング』か…… わかった。その時間なら、私は大丈夫だ。場所はいつものところなのだろう?」

「はい、すみませんが、宜しくお願いします」

「わかった。じゃあ、また夜に……」

 

 電話を切った麻子は、また参考書を広げて椅子に座ると、それを熱心に読み始めた。

 

 

 携帯を切った優花里は、もう一度、登録してある住所録を開き直すと「五十鈴殿、五十鈴殿……」と言って、番号を探す。そうして今度は、五十鈴華の携帯番号を表示させ、通話ボタンを押した――。

 

 

 五十鈴華は――、その時、福島県の郡山市にいた。

 彼女は、全国チェーンのコンビニエンスストアで、温かい缶入りのお茶を買っていた。レジで代金を払うと「ありがとうございました」と言う店員の挨拶に、微笑んで自動ドアから屋外へと出てきた。

 ジーパンに黒の革ジャケットの彼女が、お茶を持って向かった先は、駐車場に止まっていたオートバイ、七百五十ccのGSRである。

 彼女は、そのレザーシートに寄りかかるようにして、買ってきたお茶をおいしそうに飲み始めた。するとそこへ、ジャケットの胸ポケットに入れておいた、携帯電話の着信音が鳴った。

 飲むのを止めた彼女が、ポケットから携帯を取り出して、着信の相手を確かめると嬉しそうに笑って、通話ボタンを押した。

 

「――はい、華です。優花里さん?」

「はい、五十鈴殿、お久しぶりです」

「はい! 優花里さんも、お元気そうですね」

「はい、元気、元気ですよ。それより五十鈴殿……。急で申し訳ないんですが『あんこうミーティング』を開きたいんです。夜の九時なんですが、都合つきますか?」

「ええ、大丈夫ですよ。今は郡山ですけど、夕方には戻りますから。場所はファミレスでいいのですか?」

「はい。他の二人も大丈夫ですので、夜の九時にお待ちしています」

「はい。……でも、久しぶりですね。『あんこうミーティング』なんて、みほさんが帰国したからなのですね!」

「いえ、その事も含めて、皆さんに相談しなくちゃいけない事ができました。詳しい事はミーティングで話します」

「――わかりました。それでは、ファミレスで、九時に会いましょう」

「宜しくお願いします」

 

 優花里が電話を切った事を確認した華は、携帯をまた胸ポケットに戻した。

 

「それでは……。帰りましょうか」

 

 彼女は独り言を言って、持っていたお茶の残りを一気に飲むと、コンビニの入り口あるゴミ箱へ行き、それを捨てた。そうして、また戻ってくると、バイクについているヘルメットロックを外して、繋げていた黒のフルフェイスメットを取り、それを被るとサイドスタンドを払って、後ろを確認しながら、バイクにまたがった。

 左足は地面につけたまま、右足でフットブレーキを踏んだままである。

 ハンドルを握り、左手のクラッチレバーと右手のフロントブレーキレバーを握り、ハンドルについている、エンジン始動のボタンを押すと「キュルル、ブウォン」という音が一瞬響いた後、小さくアイドリングに、エンジンが入った。

 彼女はハンドルを握り直し、フロントブレーキレバーしっかりと握った後、右足のフットブレーキを外して、足を地面に付けてバイクのバランスを取った。そうして周りを見渡して、周囲の安全を確かめると、左足でギアを一速に入れて、少しアクセルを開いた。

 ゆっくりと走り出したバイクのステップに、両足を乗せて進みながら、ウインカーを上げて駐車場から国道に出ると、シフトアップしながら一気に加速していく。

そうして、華の乗るバイクは、茨城県に向かって、走って行った――。

 

 

 三人に電話を掛けた優花里は「これで良し」と言って、手に持った携帯電話を自室のテーブルの上に置いた。

 戦車用グッズとプラモデルに囲まれた優花里の部屋。その壁の一角に、陸上自衛隊の女性用スーツがビニールに包まれて掛けてある。

 秋山優花里は、夢だった陸上自衛隊に入隊していた。

 入隊試験の結果が分かったのは、西住みほが世界大会に出場していた間の出来事である。みほが帰国したら、いの一番に報告しようと思っていた彼女は、みほと全く連絡がつかないことで心配になり、ついに今日、西住家へ直接電話を入れたのである。

 

(……確かめてよかったです。まほ殿のあの様子、絶対、西住殿に何かあったに違いありません)

 

 

 その日の夜の八時半になって、茨城県大洗町の中心にあるファミリーレストランへ、秋山優花里が、一番乗りで入ってきた。

 店内を見渡して、いつも使っているボックス席が空いているのを見つけたが、隣の席に家族連れが座っているのを見て、その場所を諦めると、窓際の両隣に誰も座っていないボックス席に来て、そこに座った。

 席に着くと「いらっしゃいませ」とウェイトレスが、冷水の入ったグラスを運んできた。それと同時にオーダーを求めてきたが「連れが後で来ます。その時にしますから」と優花里に言われたので、一礼して彼女は、その場を下がっていった。

 しばらく彼女が待っていると、次に、武部沙織がやってきた。

 いつもの席へいこうと歩いていたところ「武部殿、こちらです」と、優花里に呼ばれ、おやっとした顔になった。そして、彼女は優花里の前の席に座った。

 

「ゆかりん、いつもの席じゃないの?」

「はい。隣の席に家族連れがいたものですから、こちらにしました」

「そうなの……、よくわかんないけど。でも、久しぶりだね、ゆかりん!」

「はい、急で申し訳なかったのですが、もうすぐ、私も駐屯地に赴任してしまいますので、今回の用事も含めて、皆さんの顔も見ておきたかったものですから、ちょっと無理を言いました」

「北海道だっけ? いつから行くの?」

「はい、再来週になりますね」

 

 二人が近況を話しているところに、今度は、冷泉麻子と五十鈴華が、一緒にファミレスに入ってきた。

 さっきの沙織と同じように、いつもの席へ行こうとする二人に、声を掛ける二人。

 そして、西住みほを除いた、元大洗女子学園戦車道、隊長チーム「初代あんこうチーム」のメンバー四人が、ひさしぶりに揃った――。

 今年で、全員二十一歳になる。

 

「皆さん、お久しぶりですね」

「沙織も優花里も、元気そうだな」

 

 五十鈴華と冷泉麻子がそう言いつつ、優花里の隣に華が、沙織の隣に麻子が座った。

 

「うん、華も麻子も久しぶりだね」

 

 沙織が嬉しそうに話す。そうして全員が揃ったところで、優花里が呼び出しチャイムでウェイトレスを呼び、オーダーを掛けた。メニューを見て各々が好みの物を注文すると、確認したウェイトレスは下がって行った。

 

「ところで優花里。急に、どうしたんだ? 『あんこうミーティング』なんて――それにタブレットもないじゃないか?」

 

 タブレットというのは、遠く熊本にいる西住みほの為に、スカイプを使って、皆の顔が見られるようにする為の道具だった。

 麻子が言うと、沙織、華も頷きながら、優花里の顔を見る。

 

「はい。実は、このミーティングなんですが……。まず、皆さんに伺いたいことがあるんです。皆さんの中で、西住殿から電話なり、メールなりを、帰国されてからもらった方はいらっしゃいますか?」

 

 優花里は、唐突に三人に聞いてきた。

 

「いきなり、なんだ? ……いいや、私はまだもらっていないが」

「私も、まだ頂いておりませんわ」

「私も、まだもらっていないよ」

 

 三人の答えを予想していた優花里は「やっぱり……ですか」と小さく呟いた。

 

「――どうしたというんだ? 隊長も忙しいのだろう?」

 

 麻子が言うと、優花里は首を横に振る。

 

「いいえ――どんなに忙しくとも、西住殿は、私達のメールを未読なんかにはしませんよ」

「確かに……、メールは未読なのよね。それに、携帯も繋がらなくなっちゃったし」

 

 優花里が強く否定すると、沙織も、悲しそうに言う。

 

「はい、もしかしたら、西住殿が携帯電話を無くされた可能性もありますので、できるだけ気に掛けないようにしていました。でも、どうしても気になるので、思い切って今日のお昼、直接西住殿の家に電話を入れたんです」

「――それで? 隊長はいたのか」

 

 麻子が、怪訝そうに訊ねる。

 

「そうしたらですね。お手伝いさんでなく、まほ殿が電話に出られて、いきなり『みほか?』と言ったんですよ」

「――なんだ、それは?」

 

 麻子が、さらに怪訝そうな顔になった。他の二人も、麻子と同じ顔になる。

 

「それで、まほ殿に自分の事を告げて、西住殿に取り次いでほしい事をお願いしたら、まほ殿が『みほは今、家にはいない。その件で相談したいことがあるから、申し訳ないが熊本まで来てくれないか』と言われたんです。そして『できるなら、あんこうチーム全員で来てほしい』と、お願いされたんですよ」

「私達、四人が?」

 

 沙織が言うと、麻子と華も驚いた表情になる。それを見ながら頷いた、優花里だった。

 

「はい。それで、その相談をする為の『あんこうミーティング』なんですよ」

 

 四人全員が、今度は「ウーン」と言い、その場で考え始めた。

 

「冷泉殿、今までの話を聞いてどう思われますか?」

 

 優花里に訊ねられ、弁護士を目指している冷泉麻子は、今はチームの相談役みたいな役になっていた。

 

「そうだな。今の話を聞く限り、隊長に何かあったような気がするが……」

「――ですよね。やっぱり、そう思いますよね」

「ああ……。これは熊本へ行って、直接、まほさんから、話を聞いた方が良いと思う。私は行こう」

「わたくしも参ります。明日は日曜日ですし、予定は入っていませんから……」

「ありがとうございます。冷泉殿、五十鈴殿!」

「ちょっとぉ! 私も行くから!」

「沙織、お前はバイトだろう。それに明日は日曜日だぞ。お店は忙しいんじゃないのか?」

「うん――でも、ちょっと、待ってて」

 

 そう言って、沙織は席を立つと、ファミレスの外へ出て、携帯電話を掛けはじめた。しばらくして戻ってくると、笑顔で三人へ言ってきた。

 

「マスターに『明日は急用ができたから休みます』って言ったら『わかった』だって!」

「……おい、沙織、それでいいのか?」

「うん、大丈夫よ!」

 

 麻子が呆れながら聞くと、笑顔で返事して席に着いた沙織。それを見て、優花里は改めて、全員に感謝した。

 

「皆さん、無理言ってすみません。ありがとうございます」

「いいんですよ。優花里さん。私も、みほさんから電話がない事が、気になっておりましたから……」

「それじゃあ、今からチケットの予約をしよう」

 

 華が言った後、冷泉麻子が言うと、持っていたバッグから携帯電話を取り出して、プラウザを繋ぎ、飛行機会社のホームページを開いた。

 

「ちょっと、麻子。私、お金持っていないよ」

「心配するな。あんこう積立を使うから」

「えっ?! あんこう積立を使うの?」

「当然だろう。この事案は、あんこう積立を使うに値する事案だ!」

 

 沙織の慌てた様子に、そう返事した麻子は、ホームページから翌日の熊本行の飛行機チケットを買い、クレジットカードの番号を入力した。無事に予約完了の文字が出てきた。

 

「これでいい! 明日の出発は早いが、それは仕方がないな」

「それじゃあ、自分は、まほ殿に電話を入れますね」

 

 優花里がリュックから、携帯電話を取り出すと、その場で、西住家へと電話を入れた。

 まほは、すぐに出たようで、優花里が、四人で行くことを、彼女に話している。

 

「はい、明日のお昼ぐらいになると思いますが、四人で伺います。――いえ、とんでもありません。――はい、それでは失礼します」

 

 携帯を切った優花里は、それをまたリュックにしまうと、自分を見る三人に結果を告げる。

 

「まほ殿から『皆さんにありがとうと伝えてくれ』との伝言です」

 

 優花里がそう言うと三人は同時に頷いた。すると、隣に座っている麻子を見て、沙織が彼女に話しかけた。

 

「麻子。今日、麻子の家に泊まっていい?」

「構わないが……。どうしてだ?」

「万が一があるでしょ?」

 

 沙織が言った『万が一』の意味を、すぐに理解した麻子は、大いに憤慨した。

 

「おい、沙織……。寝坊なんて、私はもうしないぞ」

「分かっているわよ。冗談! それに、久しぶりに麻子とおしゃべりしたいし……」

「冷泉殿、私も泊まっていいでありますか?」

 

 同じように優花里もそう言ってくると、ニッコリと笑う麻子である。

 

「ああ、構わないぞ。どうだ、華も泊まりに来ないか?」

「はい! 久しぶりに、皆でパジャマパーティーしましょう」

 

 麻子の誘いに、華も嬉しそうに笑うと、ちょうど注文していたものが、順に運ばれてきた。そして、食事を済ませると四人は、冷泉麻子が住むマンションへと移動した。

 冷泉麻子は、一人暮らしを始めていた――。

 彼女の唯一の肉親だった冷泉久子は、もうこの世からいなくなっていた。お婆が亡くなった後、彼女は一緒に住んでいた一軒家を貸家にしたのである。「お婆を思い出すから」という理由に納得した皆は、五十鈴華が保証人となり、一人暮らし用のマンションを、彼女は購入した。幸い、一軒家にもすぐ借り手が見つかり、そこでもらった家賃が、そのままマンションのローン返済に充てられているので、冷泉麻子自身は何の問題もなかった。

 学園艦に住む、武部沙織と秋山優花里。大洗町に住む五十鈴華と冷泉麻子。

大邸宅の五十鈴華の家は、その分、三人が気後れしてしまうので、四人はもっぱら冷泉麻子のマンションを遊び場としていた。

 


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