ガールズ&パンツァー  五人の女神と魔神戦車   作:熊さん

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第36話  戦友達は、今

 

 シックなチーク色の防音壁で囲まれた室内は、正面奥にステージが設置してある。そのステージは、十五人程度の室内楽の人数ならば、十分な広さが確保されていた。そして、それを見るための観客席は、二、三、二の配列で備え付けられており、その座席、一つ一つは、体格の良い人でもゆったりと座れる広さのものであり、列は全部で八列あった。室内の床は、濃い緑と薄い緑の市松模様の絨毯が敷いてあり、まるで芝生の上にいるかのような錯覚を受ける。室内を走る通路は、ステージへと向かって、緩やかなバリアフリーのスロープとなっていた。

 入口のドアが静かに閉まり、明子が外へ出ると、まほ一人が、入口すぐの室内に残された。

 全日本チームの統一スーツを着た彼女は、ステージへと向かう緩やかなスロープ通路を歩き出す。演奏者は、長いグレーの髪の後ろ姿のまま、うつむいたままで、微動だに動かない。

 まほは、通路を静かに進み、彼女の正面へと回り込むと、目の前に座っている演奏者の頭部を見つめたまま、静かに呼びかけた。

 

 「もしかして……、ミカ……さん?」

 

 まほは、彼女の本当の名前を知らなかった。高校時代の試合前に交換し合う、メンバー提出表の中にある『ミカ』という名前でしか、彼女の事を知らない。

 ミカと呼ばれた女性は、見つめていたカンテレから視線を上げ、正面に立っているまほの顔を見ると、小さな声で、一呼吸おいて返事をした。

 

「やあ……、久しぶりだね。いつ以来になるかな?」

 

 右側に斜めに切りそろえたグレーの髪と大きな瞳。顔の中心に位置するスッとした鼻筋。瓜実顔で綺麗な白い肌が印象的な、他人から見て、彼女は間違いなく美人と呼ばれる部類になるであろう。ミカは、グレーの女性スーツに、開襟の女性ブラウス。スーツの色とは違う、黒のタイトスカートを穿いており、その太ももには、愛用のカンテレが置いてある。

 まほは、相手がミカだとわかると、複雑な表情になる、そして、彼女の問いに、間をおいて答えた。

 

「――大学にいったお前が『戦車道を辞める』と言っているのをアキ達から聞いて、説得する為に会って以来だ……」

「――そうかい。……もう、そんなになるのかい」

 

 二人の間に、奇妙な空間が生まれていた――。

 友人同士の会話というには、お互いの間が空きすぎる。一つ一つの言葉を選びながら、相手の様子を探りながら話をしている、そんな会話だった。

 ゆっくりと話をするミカは、昔のままだが、印象がどこか違う。しかし、彼女は、それを出さないようにしながら、まほを見つめ、少し笑みを浮かべた。

 

「……そんなところに立っていないで、君も座ったらどうだい?」

「いや……。私も時間がない。お前の要件を聞こう」

 

 ミカの提案を、まほは、この時だけ、すぐに返事をして、それを断った。

 その返事を聞いたミカは、悲し気な顔になり、まほから視線をそらすと、下を向いた。

 

「――君は、まだ怒っているのかい?」

「……ああ、怒っている。お前はいつも自分の意思を優先させる。そして、言い訳ばかりする。お前を慕う者達の気持ちなど、全然考えようとしない」

「そうかい……」

 

 まほは、静かに、しかし、口調は鋭く、ミカを責めた。

 ミカは、下を向いたまま返事をすると、膝の上のカンテレを弾き始める。ポロロン、ポロロンという、ゆったりとしたその音階は、誰もが知っている、フィンランドの民族音楽だった。

 

「君に話しておきたいことがあった。――君はボスから、メイ達を『全日本に入れろ』と言われたんだろう?」

「ああ……。それが、どうかしたのか?」

「――君は、彼女達のことを知っているのかい?」

「いいや……、まだ会ったことがないから、よくは知らないが……。ミカは、彼女達を知っているのか?」

 

 まほは、なぜそんな事を聞いてきたのか、ミカの意図が分からずに、不思議そうな表情をしている。

 ミカは、演奏を続けながら、顔だけをまほの方に向けた。そして、彼女の問いに、一言だけ答えた。

 

「……少しね」

 

 そこで、しばらく間をあけた、ミカ。

 そして、彼女は小さく溜息をつくと、演奏の途中で、カンテレを弾くのを止めると、まほへと話を続けた。

 

「――私は『戦車道には、人生の大切な事が、たくさん詰まっている』と、ある方から教えられた。人生で大切な事というは、人それぞれで違うだろうけれど、それでも、私は根っこの所は同じだと思っている。……だが、彼女達は違う――」

「違う? ――何が違うんだ?」

「彼女達は……。戦車道というものを目的の為の手段にしているのさ」

「どういう事だ?」

 

 まほの問いに、ミカは静かに頭を振った。

 

「その問いに、私は答えられない。直接、彼女達に聞いたわけではないから……。しかし――。私は、彼女達の戦車道というものを見ていると、そうとしか思えない」

 

 ミカの話は、間を置きながら、さらに続いていく――。まほへと語るミカの目は、真剣な眼差しで、まほの瞳をじっと見つめていた。

 

「メイ達の目的というものが、何なのかはわからないけれど、彼女達が、このまま全日本チームに入ったら、恐らく、猛烈な化学反応を起こすだろうさ」

「化学反応?」

「そう――。言い換えれば、彼女達は劇薬なのさ。良いほうに反応すれば、今のチームでも飛躍的に実力が上がるだろう。しかし、ね……」

 

 ミカのまほを見る目が、一段と厳しくなる。

 

「……もしも、悪いほうに動いた時、試合をするどころではないだろうさ。全日本チームは、内部から崩壊するだろうね」

「……」

 

 ミカの語りを聞いているまほの表情が、だんだんと険しくなっていく――。

 まほは、高校時代、ミカの率いる戦車隊と対戦したことがあり、窮地に追い詰められた経験がある。副官として、妹のみほが傍にいた時の事で、彼女の冷静な判断と洞察力を一番よく知っている。その彼女が、「全日本チームは崩壊する」と忠告しているのだ。

 まほは、黙ってミカの助言を聞いていた――。

 ミカは――、話を続ける。

 

「それで、もし悪い方向に行ってしまい、彼女達が暴走を始めた時、まほさん――。君は決断しなければいけない」

「……なんの決断を、だ?」

「彼女達の暴走を止める為の方法。その難しい方法の決断を、ね……」

 

 ミカは、そう言うと、またカンテレを弾き始めたのである……。

 まほが「それは、どういう事なのだ?」と、彼女に問いかけようとした時、思い出していた意識が遠くなり、飛行機のシートの中で、スウっと、眠ってしまった――。

 静かな寝息を立てているまほ。彼女の顔が、少し横向きになり、胸のあたりが小さく上下して、深呼吸しているのが分かる。

 司令官の地位についてからの彼女は、毎日、わずかな時間しか寝ていない。

 やるべき事がありすぎて、時間がいくらあっても足りない状態の中で、彼女は新チームを作り上げようとしていた。だから、分刻みのスケジュールを組み、彼女は大阪へと向かっているのである。

 実は彼女が作ろうとしているチームに、大阪で会う約束をしている三人は、どうしても必要な人物達だったからである――。

 

 

 

『間もなく、着陸態勢に入ります。シートに座り、シートベルトの着用を願います!』

 

 機内アナウンスで、亜美の声が聞こえてきた。その声で、まほは目を覚ました。

 ごそごそと姿勢を直し、シートベルトを付けた彼女は、ふと視線を感じて、左隣を見る。視線の先には、心配そうに自分を見つめているエリカがいた。

 

「先生――。大丈夫ですか? ずいぶんお疲れのようですが……」

「心配はいらない。少し眠ったからな」

 

 まほはそう言うと、自分の右側にある窓を見た。窓の外は白く薄い雲と、その切れ間から大阪の街が見えている。彼女は変わっていく景色を見ながら、最後にミカが言った言葉を思い出し「それは……、無理だ」と、独り言をつぶやいた。

 

 

◇◆◇

 

 

 大阪の八尾空港に降り立った彼女達は、空港で亜美と別れ、まほとエリカの二人が、待機していたタクシーに乗り込み、空港を出発した。外環状線を南に南下した後、藤井寺市から西名阪自動車道に乗り、一路、天王寺公園方面へと向かう。目指すは、恵美須東地区。

 大阪のシンボルともいうべき、あの有名な通天閣がある地域である。

 大阪市交通局恵美須町駅から通天閣へと続く通りは、観光客や買い物客でいつも賑やかな通りで、二人の乗ったタクシーは、その通りに入るところで停車した。

 タクシーから降りてきたまほとエリカの二人は、通りを通天閣の方に向かって歩いていく。まほもエリカも、正面を見据えながら、背筋をピンと伸ばし、タイトスカートの開く幅いっぱいに、左右の足を動かして、きっちりとした足取りで歩いている。

 通天閣がだんだんと大きくなってくるが、しばらくして、二人は、本通りから脇道へと入った。

 脇道に沿ってモダンな雑居ビルが立ち並ぶ、この地区に、二人が目指す、三人の戦友達と会う予定にしている、イタリアンレストランがある。

 このお店は、あのトリオがやっているお店だった。

 時刻は、午後二時四十五分になっている――。

 

「もうすぐ三時か……。ずいぶん遅れてしまったな」

 

 目指すお店が通り沿いに見えてくると、まほは、自分の腕時計を見て、小さな声でつぶやく。それを聞いた、彼女の左を歩くエリカが、頭を振りながら答えた。

 

「ご心配はいりません。大洗を出る時に、予定より遅れることを、私が連絡をしておりますから」

「そうか」

「ですが……、一人は、確実にキレているでしょう」

「そうだな」

 

 まほは、エリカの意見に、同意したように頷いた。

 店の前まで来た二人は、お店の入口正面に立ち、その店の外観を眺めている。

 店の外観は、イタリア料理を提供する店によくありそうな真っ白な外壁に、赤茶色がベースとなり、波型に白で縁取られたビニール製の軒先がついている。ひと際目を引くのは、自動ドア横の前に、色とりどりの花の鉢植えが沢山飾れていて、それに囲まれた中心に、三十分の一サイズの大きなCV33のレプリカモデルが置いてある。

 エリカは、このオブジェを見るたびに、いつも(どれだけ、この豆戦車が好きなのよ……)と思い、苦笑してしまう。

 二人は、店の片開きの自動ドアをくぐる。ガラス製の、その片開き自動ドアにも店の名前が、白と緑と赤のペイントを使って飾り文字が書かれており、それは『Tankette(タンケッテ)』と読むことができた。

 お店に入ると中は、白のレンガ風の内装材で取り囲まれており、カウンター席もある。至る所にイタリアにまつわるアイテムや家具が配置され、テーブル席もカウンター席も、ほぼ満席の状態である。女性客が九割を占め、男性客は、カップルの相手であろう男性のみであった。

 すると、レジのところにいた、淡いピンクのブラウスに、動きやすいブルーのパンツルックの制服に身を包んだ、カルパッチョが、店に入ってきた二人を見て、嬉しそうに声をかけながら、レジから離れて近づいてきた。

 

「いらっしゃいませ。お待ちしていましたよ!」

「すまない。随分と遅くなった。三人は?」

「はい。お待ちですよ。こちらへどうぞ」

 

 カルパッチョが、二人を促しながら、店の奥へと案内する。そこは外から見えないように、イタリア国旗をプリントした間仕切りがしてあり、簡易の個室みたいな席があった。

 

「失礼します。御着きになりました」

 

 カルパッチョが、テーブルに向かって声をかけ「どうぞ」と、まほ達の方を向く。そして、彼女は道を譲った。

 カルパッチョのそばを抜けて、テーブル脇に立ったまほ。そして、彼女の右横一歩下がったところに、エリカが立った。

 二人の前には、海外の戦車道プロリーグで戦う二人と、海外のプロチームからオファーが来ている一人、計三人の友人達が、大きな六人掛けのテーブルの周りに、二人と一人に分かれて、椅子に座っている。テーブルの上には、それぞれの前に、コーラ、紅茶、ホットミルクの飲み物が、グラスやカップに入れられている。

 まほは、自分を見ている、それぞれの懐かしい顔を見て、いつもの厳しい表情を少し崩し、小さく笑みを浮かべた。

 まほを見ている三人は、それぞれのプロリーグで鍛えられた精悍な顔つきの友人達である。

 

「すまない。本当に遅くなった。特にカチューシャとダージリンには、わざわざ日本に戻ってきてもらいながら、遅刻してしまうとは、申し訳なく思う」

「No Problem! いいのよ。今、貴方が大変な事は、よくわかっているし、待っている間、昔話に花が咲いたわ!」

「ええ、楽しいひとときでしたわ……。お気になさらずに。エリカさんも、ごきげんよう!」

 

 まほの、遅刻の詫びに、そう答えたケイとダージリン。そして、ダージリンからの挨拶に、エリカは立ったまま、その場で黙って会釈をする。

 一人、ぶ然とした表情で、腕組みをしながら、まほを見ている小さな女性がいる。その様子を見て、ケイが彼女に声を掛けた。

 

「カチューシャ。まほも忙しいのよ。機嫌直しなさい」

「失礼ね! 私だって知っているわよ! 怒ってなんていないわ!」

 

 声を荒げながら、ケイを睨みつける、カチューシャ。

 小さく「はいはい。ごめんなさい」と、言いながら、目の前のコーラを飲むケイ。

 二人のやりとりを見て、口元に右手を近づけ「うふふ」と小さく笑うダージリンも、カチューシャに対して、感想を言う。

 

「そうかしら? 怒っていないようには、全く見えませんわよ」

「うるさいわね! 怒っていないって言ったら、怒っていないの!」

 

 まほは、三人の会話を聞き、(……懐かしいな)と思いながら、カチューシャの隣の席に着いた。

 

 まほが会いたかったという、三人の元隊長達――。

 ライバルでありながら、親友と呼べる戦友達の三人――。

 まほから見て正面に、佐世保フューリーズ隊長である『森恵子』が座っている。メンバー提出の際には『ケイ』で表記している女性である。

 その右隣に、イギリスのマンチェスターディスタンスというプロチームに所属する、元聖グロリアーナ戦車隊隊長の『三田麗華』。高校時代、先輩から『ダージリン』という称号をもらい、そのまま登録名にしていた女性である。

 そして、まほの左に座る、小さな女性。高校時代よりも二十センチほど身長が伸びた彼女は、ロシア、ハバロフスクのプロチームで、ロシア国内リーグ唯一の外国人隊長を務める『柴田勝代』である。『かつよ』ではなく『かちよ』と読む。ロシア風のあだ名を登録名にしていたのが、カチューシャと呼ばれていた彼女である。

 それぞれ二十八歳となる彼女達は、年齢に応じた、それでいて、それぞれの個性に合った、素敵な洋服に身を包んでいる。

 同世代の彼女達は、それぞれの戦車道を極めんと、各々の居場所で、頑張っている人物達だった。

 

「それで――、まほさん? 大切なお話というのは何なのでしょう? なんとなく理解はしておりまけど」

「マホーシャ! それって、カチューシャ達を、全日本チームに呼びたいってことなの?」

 

 ダージリンから、オブラートに包まれた、カチューシャからは、いきなりの直球で質問を返されたまほは、戸惑うことなく小さく頷いた。

 

「ああ、私は、全日本チームを率いる者として、君達と共に世界を相手に戦いたいと考えている。逆に言うと、君達がいないと世界と戦えないと思っているのだ。ぜひ、私と共に戦ってはくれないだろうか?」

 

 短い言葉だったが、それは、まほの熱意と決意が伝わる言葉だった――。

 三人は、黙ったまま、まほの顔を見つめているが、すぐに、ダージリンが返事をした。

 

「まほさん……。私達は、前司令官から、何度も誘われたのですが、一度も全日本チームに参加していないことは、ご存知かしら?」

「ああ、知っている。何か理由があると思うが、それでも、私は君達と共に戦いたいのだ」

「まほ――。私達、三人はね、ずっと待っていたのよ」

「待っていた?」

 

 ダージリンの問いに、まほはそう答えると、続けてケイが、妙なことを言った。ケイが言う「待っていた」という言葉の意味が分からず、まほは、彼女の方を見る。

 

「そうよ! 思い出すわね。七年前の世界大会!」

「ええ、あの時、交わした三人の約束が、ようやく果たせる日が来ましたわ」

 

 カチューシャが言いながら、他の二人を見る。それに、ダージリンが答える。ケイは力強く頷いた。

 三人の視線が、テーブルの中央で交差した後、一斉にまほの方を向いた。

 

「まほさん――、日本戦車道に関わる全ての者が、テレビで見ていた準決勝戦。もちろん私達も観戦しておりましたわ。三人集まって同じ場所で見ておりましたの」

「そう! あのバカ隊長のせいで、あっという間に四輌だけにさせられちゃって……。思い出しただけで腹が立っちゃうわ!」

 

 思ったことを、素直に口に出すカチューシャは『小さな暴君』と呼ばれていた、高校時代のままである。その彼女の言葉に、ケイやダージリンも、彼女の方を見て「ええ」「そうね」と頷いて答えた。

 そして、そのあと、三人の様子を見ているまほの顔を、彼女達は、一斉に見た。

 

「それでも、まほさん……、そして、――みほさん。貴方方は、決して諦めなかった……。でも、それでも、どうにもできないことはあるのです」

「そうよ。貴方達、二人だけになった時、カチューシャ達ね、三人とも同じことを思ったわ!」

 

 ダージリンが言うと、カチューシャが続いて話す。

 カチューシャの視線に、二人は黙って頷くと、ケイが言った。

 

「『もういい。十分に戦ったから、それ以上、無茶をしないで!』って、ね」

 

 まほは、三人の話に、無言のままである。

 そんな彼女を見て、今度はダージリンが言った。

 

「それと、もう一つ。『どうして、私達は、ここでテレビを見ているのでしょう』とも思いましたの……」

 

 ダージリンの言葉に触発されたのか、ケイとカチューシャが、彼女に続けて、まほに話しかける。

 

「私達が、あそこで……、まほ達と一緒に戦っていれば……。あんな事にはならなかったはずよ!」

「マホーシャはね、大怪我をしないで済んだはずだし、ミホーシャには、あんなつらいことをさせずに済んだはずなの」

「二人の事、とても心配しましたわ。本当に……」

 

 最後にダージリンが、その時の言葉にできない思いを、あえて言葉にしたかのように告げると、ケイもカチューシャも、小さく頷く。

 話しかけられているまほは、顔色を変えずに、ただ三人の話を聞いている。

 

「それでね、私達は、準決勝が終わった後、次の全日本チームに、三人揃って絶対に入ると誓いを立てましたのよ。まほさん達と共に戦うと、ね。でも……」

 

 ダージリンが、そこまで話すと、会話が途切れた――。

 三人は、まほの七年の努力を知っているし、みほの失踪の事も知っている。

 少し、しんみりとした空気になったが、カチューシャが話を続けた。

 

「そのあとね、マホーシャ! 私達は、そのあと、もう一つの誓いを立てたのよ!」

「まほさんは、必ず戦車道の試合に戻ってまいられます。その時まで、各々自分を鍛え続けようと約束しましたの。私達は、まほさん。……そして、みほさんと一緒に戦いたいのですわ。お二人がいない全日本チームは、私達には、何の意味もありませんのよ。ですから、参加しなかったのです」

「まほ……。貴方が今、私達と戦いたいと言ってくれた。それだけで、私達は十分!」

「マホーシャ! 喜びなさい! このカチューシャ様が、力を貸してあげるわよ!」

 

 カチューシャのあと、ダージリン達は、それぞれが持ち続けた気持ちを、まほへと伝えていく――。

 ずっと思っていた事を伝え終わり、満足そうな表情の三人である――。

 三人の思いを、黙ったまま聞いていたまほは、カチューシャが言ったあと、三人の顔をケイ、ダージリン、カチューシャの順に見ながら、心の底で(――本当にありがとう……、みんな)と呟いたが、口にした言葉は、別の言葉だった。

 

「――君達が来てくれても、世界と戦うには、まだ力不足だ。それでも、我々は結果が求められる。厳しい戦いが続くだろうが、宜しく頼みたい……」

 

 まほの厳しい表情に、頷きながらの三人も同じような厳しい表情となる。

 だが(この仲間達がいれば、きっと……)と思っている気持ちも、四人の表情の中に浮かんでいた。

 ちょっとした間が空いたが、ダージリンが、話を続ける。

 

「―――まほさん。要請は受諾いたしましたが、貴方には、今の私達の実力を、ちゃんとした形で見ていただきたいの。それで、私達三人は、それぞれの戦車チームを作って、トライアウトに参加させていただきますわ」

「That`s light! まほ、ひいき目無しで構わないからね。貴方のお眼鏡に合わなかったら、遠慮なく落としていいから!」

「まぁ、カチューシャのチームを見て、その実力を見たら、そんなことはないでしょうけどね!」

 

 ケイもカチューシャも、ダージリンと同じ意見で、三人ともトライアウトに参加して、直接、まほに実力を認めさせるつもりのようである。

 まほは、三人の話を聞いて、静かに答えた。

 

「――了解した。遠慮なく見させてもらおう」

 

 すると、その瞬間、カチューシャのおなかの虫が小さく「グー」となった。

 一瞬で顔を真っ赤にさせた彼女は、すぐさま、横を向いて口笛を吹きだす。

 そのタイミングで、もう一人の懐かしい顔が、立っているエリカの横に現れた。

 

「会合は済んだようだな」

「ああ、終わった。アンチョビ、宜しく頼む」

 

 まほの依頼に、昔のツインテールではなく、長い髪をひとまとめにして、後ろに束ねた安斎千代美が「了解だ」と答える。

 コックスーツの安斎千代美こと『アンチョビ』は、元アンツィオ高校戦車隊の隊長で、大洗女子学園と大学選抜との試合で、重要なナビゲーター役を果たした。廃部寸前までいったアンツィオ高校の戦車道を立て直したといわれるカリスマ隊長である。

 このイタリアレストランの経営者で、総料理長をやっており、まほとエリカも、大阪に来たときは、この店で食事するようにしている。

 まほに返事をした後、立ちっぱなしのエリカを見て、アンチョビは言った。

 

「逸見も立っていないで、早く椅子に座れ。さあ、高校連合中隊長と副隊長達の再会を祝して、宴を始めよう! ペパロニ! カルパッチョ! 準備しろ!」

「了解っス!」―「はい!」

 

 のちに、この元アンツィオトリオも、全日本チームに関わることになるのだが、今は、宴の世話に喜びを感じ、喜々として、食事を運びながら、五人の接待を始めた。

 

 今、宴を楽しんでいる、まほ、エリカ、ダージリン、ケイ、カチューシャ。そして、料理を作り、五人をもてなすアンチョビ、ペパロニ、カルパッチョの三人。

 続々と、司令官、西住まほの元に、主力となる戦力が集まろうとしていた。奇跡の布石が着々と敷かれていこうとしている……。

 しかし、宴の中、誰もが、高校連合チーム大隊長だった、西住みほの事は口にしなかったのである。

 心の奥底にしまっている、彼女に対する秘めた思いを、各々が隠しながら、笑顔を見せていた。

 この会合のあと、全日本戦車連盟が主催した、選抜トライアウトが、富士演習場で行われた。ダージリン達はもちろん、意外な人物も、この選抜試験に参加し、新戦力も含め、合計、四十輌の、全日本戦車チームが結成されたのである。

 

 季節は六月に入って、梅雨の時期を迎えた――。

 着々と運命の歯車が動く中、西住みほは、あんこうチームの四人とささやかなサプライズを計画しており、その日が来るのを楽しみに、保育園の園児達と毎日を送っていた……。

 

 


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