ガールズ&パンツァー  五人の女神と魔神戦車   作:熊さん

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第35話  鋼の掟

 

 時は少し戻り、みほ達が麻子を迎えて、シャトルバスに乗り込んでいった頃――。

 

 戦車道全日本チームの司令官、西住まほは、三島絵里と共に、事務棟屋上にあるヘリポートへと向かっていた。司令官室を出る時は、二人に加えて翔子も一緒だったのだが、エレベーターホールで翔子と別れ、二人は上昇するエレベーターボックスの中で、まほはボックスの真ん中の所に直立不動で、絵里は入口とは反対側の壁に寄りかかりながら、増えていく階数の表示を見つめていた。

 

「まほちゃん、さっき言っていたトライアウトって、誰でも参加はできるの?」

「――はい。各プロチーム責任者の推薦や各宗家の推薦があれば、誰でも参加はできます」

「じゃあ、各流派の先生方には……」

「はい、連絡はしています」

「そう――。じゃあ、乃木先生の所にも連絡はいっているのね」

「はい……」

 

 二人が話をしていると、エレベーターは静かに止まり、入口のドアが左右に開いた。そこは、小さなエレベーターホールとアルミ製の引きドアがある何もない小部屋である。まほが先にエレベーターから降り、正面にあるドアノブに手を掛け、そのドアを手前に引いた。すると、視界が一気に開け、屋外となり、ヘリポートが目の前にある。そこには一機のVTOL(垂直離着陸機)が停まっていた。その操縦席には蝶野亜美がいる。そして、VTOLの搭乗口への昇降階段の所に、西住流戦闘服を着た逸見エリカが、直立不動の体勢で二人を待っていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 二人は並んで、飛行機へと歩いていく。

 

「それでは、ここで、失礼させてもらいます」

「ええ、大変なのはわかるけど、まほちゃん、体に気を付けるのよ」

「ありがとうございます」

 

 二人はVTOLの昇降階段の所で、お互いに握手をする。そして、まほは階段を上り始めた。その後を追うように、エリカが「失礼します」と絵里に敬礼をして、階段を上る。

 二人が機内へと入るのを見届け、そのハッチが閉じるのを確認した絵里は、ようやく、エレベーターホールへと向かい始めた。

 乗降階段がVTOLの胴体部分へ、ゆっくりと格納されていく。そして、絵里はエレベーターホールへのドアの所まで来ると、後ろを振り返った。飛行機のレシプロエンジンが勢いよく動きだし、轟音と共にプロペラが回りはじめた飛行機を見つめている。

 操縦席から亜美が、絵里に向かって敬礼すると、絵里も答礼を返す。

 そして、まほ達を乗せたVTOLが、ゆっくり垂直に離陸する。辺りにプロペラからの強い風が巻き起こった。

 ゆっくりと上昇していくその機体には、日の丸の国旗と全日本戦車道チームのエンブレムが描いてあった――。

 

 機内の様子は、明るいパールホワイトのカラーに統一され、搭乗口すぐの場所に、二脚、二脚と並んで配置された合計八つの、ゆったりとしたプレジデントクラスの座席シートがある。そのすぐ後ろ、胴体の中央部分に当たる場所に、執務机と応接セット、小さなダイニングテーブルが機能的に配置されていて、後方部分には、給湯室とトイレ。簡単なシャワールームと、ベッドルームも完備されている

 上昇から水平飛行へと移行したVTOLは、進路を大阪へと向ける。

 離着陸の時に座る座席シートの左の通路側に座り、その身を沈めていたまほは、機内アナウンスで、亜美からシートベルト着脱OKの報告を受けると、小さく「ふぅ」と溜息にも似た深呼吸をしてシートベルトを外す。そして、通路を挟んで反対側のシート、自分の隣に座っているエリカの方を見た。

 

「少し遅れたな。どうだ、間に合いそうか?」

「はい、問題ありません」

「そうか――。少し考えさせてもらうから、お前も移動している間、ちょっと休め」

「いえ。それには及びませんので。何か、御飲物でも準備します」

 

 そう言って立ち上がろうとしたエリカを、まほは優しく制した。

 

「大丈夫だ。いいから、お前も休め……。命令だ」

「――わかりました。ただ、何かあれば、すぐに言ってください。お願いです」

「ああ――、わかった」

 

 まほは、そう言ってエリカを座らせると、徐々に自分の体温で温もっていくシートの温かみを感じながら、目を静かに閉じて、二週間前、司令官の交代から今までに起こった事を思い出していた――。

 

 

 

 

 

 

 二週間前――。

 家元緊急会議で、はからずも全日本チームの司令官に就任したまほは、すぐに会議場を出ると、そこに待機していた事務局の男性に案内されて、一階下にある司令官室へと向かう。事務員が先にドアを三度ノックして「西住司令官がいらっしゃいました」と、室内へと声を掛ける。「どうぞ」とすぐに返事が返り、まほ一人が部屋へと入った。

 部屋の中に入ると、更迭され、今は前司令官となった大熊康子が、綺麗に整頓された執務机からまほの方へ歩いてきた。

 彼女は、七年前、まほが大怪我をしたアメリカ大会の全日本戦車隊の隊長を務めた人物である。

 

「まほ――。よく引き受けてくれた……」

「――司令官殿、お疲れ様でした」

「力不足から、中途半端な状態で、お前に全てを委ねなければいけない事を、本当に申し訳なく思う」

「……」

 

 康子はそう言って、頭を下げた。

 まほは、彼女の気持ちを察し、何も言えずにいる。

 志半ばで更迭された前司令官の悔しい気持ちは、まほにもよくわかる。それが、今から大きくなろうとしているのなら、尚更、悔しいだろうと、まほは思った。

 顔を上げた康子は、まほが無言でいる事が、自分へのいたわりだと気付いて、心の中で感謝した。

 

「まほ――。いや、呼び付けは失礼だな。西住司令官殿……」

「はい」

「全日本チームは、まだ発展途上のチームだ。訓練と経験を積めば、今よりさらに強くなるだろう。それだけは自信を持って言える。司令官殿の力で、世界と戦える素晴らしいチームに育て上げてくれ」

「――確約はできませんが、全力で責務を果たす覚悟です」

「お願いする。さあ、こっちへ来てくれ」

 

 そう言った康子は、執務机にまほを案内すると、机に展開している三面ディスプレイと、それぞれに対応したパソコンの電源を立ち上げた。そして、自分が座っていた椅子にまほを座らせると、彼女は予備の椅子を持ち出し、まほの隣に座った。

 三つの画面が、それぞれにスタート画面を表示すると、康子はマウスを握り、まほに話しかける。

 

「――それでは、早速、引継ぎをしよう。この画面には、私がまとめた現チームの資料やデータを中心に表示できる。それと、この画面には主要参加国チームの分析資料、それと……」

 

 画面一つ一つのカーソルを動かしながら、そこまで康子が話すと、まほが「――私は、もっと見たいデータがあるのですが」と言って、彼女を制した。

 康子が話しかけるのを止めると、まほは、別の事を彼女にお願いする。

 

「……今のプロチーム全ての選手の資料と、その過去二年間の成績を見たいのです」

「全選手? 全部となると相当な人数になるし、もう辞めた選手もいる。このパソコンに入っていない選手もいるが」

「――いえ、かまいません。それに、ここは戦車道連盟の事務局もありますので、資料はあるはずです。それを見たいのです」

「確かにあるはずだが――。……わかった。すぐに準備させよう」

 

 康子はマウスから手を放すと、デスクに設置してある館内電話から、どこかへ電話を掛ける。掛けている間、まほは、置かれたマウスを操作しながら、記録されているフォルダの名前を順に見ていた。

 まほの依頼を指示して電話を掛け終えた康子は、まほに簡単に各フォルダの説明をしてから席を立ち、ドアの所へ行った。

 すぐに、三人の事務員がそれぞれ五冊ずつのファイルを持って、司令官室へとやってきた。

 やってくる気配を感じた康子が先にドアを開け、三人を招き入れる。部屋に入った彼らは、一心不乱にパソコンを見ているまほの姿を見て、お互い顔を見合わせると、小さくうなずき、物音を立てないように、同じ室内の隅にある作戦会議用のテーブルへとファイルを運び、そこへ置くと、静かに部屋を出ていった。

 康子は椅子に戻ると、いつ、まほから声を掛けられてもいいようにと、彼女の隣で、まほの様子をじっと見ていた……。

 

「――これは……」

 

 二時間後――。

 静寂に包まれていた司令官室に、まほの声が小さく響く。そして、彼女は画面から視線を外すと、横に座る康子の顔を見た。

 

「ん? どうかしたのか?」

「この……、真田メイ選手が戦車長のチームの成績――」

「ああ、彼女達か……。優秀な成績だろう」

 

 康子は、身を乗り出すと画面の成績結果欄を指さして、まほにそう答えた。しかし、まほは別の事を考えていた。

 

(いや――、違う。私が聞きたいのは、成績結果ではない。試合でのこの過程なのだ)

 

 まほは、思わず考えたことを口に出そうとしたが、それより先に、康子が補足説明をする。

 

「真田シスターズと呼ばれている彼女達だが、そのメンバーは、今の四人ではなく、実際は五人なのだそうだ」

「……えっ?」

「どうやら、残りの一人は、まだ高校生らしい」

「――あっ……。彼女か……」

 

 まほは、ゴールデンウィーク前、ケイからの紹介で、西住流を体験しにきた真田エマの事を思い出した。話の流れから、まほは、考えたこととは別の事を康子に訊ねる

 

「彼女達の出身は、アメリカのコロラド州になっていますが、日本の国籍を持っているんですか?」

「それは問題ない。彼女達は真田理事の姪になる。琴音先生のご兄弟の内の二番目のお兄さんの子供だ」

「――とすると、彼女達の流派は、真田流という事になるのですか?」

「……それが――、違うのだ。彼女達は真田流を学んだと琴音先生は認めていない」

「えっ……? どういうことなのですか?」

「メンバーの内の二人は、血縁者ではなく、お兄さんの養女らしい。だが、真田理事の話では、それが理由ではないそうだ。……こればかりは、私にもわからない。――宗家の先生が認めていないから、彼女達の家元推薦状をどうしようかと考えていた。日本での生活はまだ浅いから、彼女達の事を知る者も少ない。誰か、彼女達を推薦する別の宗家がいないものか考えあぐねていたのだ」

 

 康子は、そう言うと深く溜息をついた――。

 

(そういえば……)

 

 まほは、母が妹に約束させた事も思い出した。

 

(お母様は、みほに「琴音先生からお話にならない限り、真田流の事を聞くことは許さない」と言っていた……。確かに、私もみほが先生の所にいると知るまで、真田流という流派の事は全く知らなかった……。真田流とは、一体、どんな流派なのだ?)

 

 まほは、それ以上は何も聞かずに、再びディスプレイの表示画面をスクロールさせながら、一心不乱に、資料を読み続ける。

 時間はもう五時を回っていた――。

 

 

 その日の夜、七時半の事――。

 大体の引継ぎを終えたまほは、世話になった関係者にお礼の挨拶に行くという康子を先に帰し、一人、司令官室の会議机の上に置かれていた資料の山を机いっぱいに広げ、チェックをしている。

 付箋をしながら、気になる箇所を拾い出していると、まほの携帯が鳴った。着メロで母親からだとわかった彼女は、着ていたスーツの上着から鳴り続ける携帯を取り出し、電話に出る。

 

「はい、まほです、お待たせしました」

「まほ、まだ、時間はかかるのですか?」

「はい、まだ全然進んでおりません」

「わかりました。しかし、今日は、そこまでにしなさい。あなたにも同席してもらいます」

「どちらかに行かれるのですか?」

「みほの事のお礼を兼ねて、真田先生と食事をします。『さざ波』まで来なさい」

「はい――。すぐに向かいます」

 

 母から料亭の名前を聞いたまほは、それを目の前のメモに書き写す。そして、ビルを出ると流しのタクシーを拾って、指示された料亭へと向かった。

 目黒にある料亭「さざ波」は、しほにとって大切な人物を接待する時に使う料亭で、まだ、まほも行ったことがないお店である。新鮮なお刺身と手の込んだ懐石料理が自慢の目黒界隈でも有名な料亭である。

 三十分後――。

 まほを乗せたタクシーが料亭前に着くと、店の女将が玄関の所で、彼女を待っていた。

 薄緑に桜をデザインした和服の彼女は、タクシーから降りてきたまほに、うやうやしくお辞儀をすると、玄関を開け「どうぞ」と言う。

 玄関を入ったまほは、廊下に上がると女将に案内され、敷地内の離れとなる部屋へと案内された。

 離れの襖のところで、女将が「まほ様が御着きになりました」と告げ、襖を開け、まほを中に入れる。

 そこには、上座の位置に、真田琴音と加藤勉が座っており、琴音の対面の位置に、しほが座っていた。

 まほは、三人の視線を感じると、その場にすぐに正座をして「遅くなりまして、申し訳ございません」と三人に頭を下げた。

 そうして、まほは、母親の隣の席に座ると、女将が部屋に入り、食前酒の注文を聞く。しほが「それではお願いします」と言うと「かしこまりました。すぐにお持ちいたします」と言って、女将は下がった。

 

「このような場所に、私も同席させてもらっても良いのでしょうか?」

 

 唯一の男性である加藤が、恐縮しながら聞くと、しほは首を振った。

 

「とんでもございません。みほがいつもご迷惑を掛けてしまっております。加藤様にもお礼を申し上げたく、ご同席をお願いいたしました。」

 

 それから、お酒がすぐに運ばれてきて、簡単な乾杯のあと、先付が運ばれてきて、食事となった。

 琴音は箸を動かしながら、しほを見て、その後、まほの方を見て言う。

 

「しほ先生――、あなたは立派な西住流宗家を、お育てになりましたね」

「いいえ。まだまだ若輩者ですから、先生のご指導を承りたく思っています。どうぞ、これからも、娘を宜しくご指導ください」

 

 しほはそう言って、箸を置き、綺麗な正座の姿勢から頭を下げた。まほも、同じように頭を下げる

 琴音は笑顔を浮かべながら「こちらこそ」と軽く会釈をした。

 会釈の後、琴音は、まほの方に顔を向けた。その顔は、優しい笑みを浮かべながらも、母親のしほとはまた違った、威厳に満ちた顔である。

 

「今日、しほ先生から、食事のお誘いを受け、まほさんにも来ていただくようお願いしました。私は、茜の事で、西住ちほ先生にご無理をお願いして、その時のご恩をお返しできないままなのです」

「お婆様に?」

「そうです。ですから、遠慮せずに、私にはなんでも言ってくださいね」

「はい――。先生、今後とも、よろしくお願いします」

 

 まほは、そう言って頭を下げた。にっこりと笑った琴音は、まほに向かって、静かな口調で話を続けた。

 

「まほさん。あなたは西住流を正式に引き継ぎ、今日、各宗家からも承認をもらいました。これからは、日本の戦車道を引っ張っていく覚悟と存在にならなければいけません。その為に貴方は、日本戦車道の各流派の事も知っておかなければいけません。」

「はい」

 

 まほは、姿勢を正すと、顔だけでなく、体全体で琴音の方を向き、彼女の話の続きを待っている。

 

「まほさん――。貴方は『真田流』という流派はご存知でしたか?」

「――いいえ、申し訳ございません。みほの事がなければ、名前さえ知りませんでした」

 

 まほは、琴音に対して、正直にそう話すと、琴音は小さく二回頷いた。

 

「――そうでしょうね。確かに、戦車道連盟の流派の一つとして認められてはいます。ですが、私は、二十年以上、戦車道を教えていませんからね」

「あの、先生? ――どうして、戦車道を教えていらっしゃらないのですか?」

「まほ!!」

 

 まほの質問を聞いたその時、しほの厳しい声が、彼女へと飛んだ。

 まほは、母親のその声でハッとなり、すぐに「申し訳ありません」と謝る。しかし、琴音の方から口を開いた。

 

「いいえ、まほさんには真田流という流派がどういうものなのかを、私はお伝えに来たのです」

 

 琴音は、そこでいったん話すのを止めると、小さく一回頷く。それはまるで、自分に対しての覚悟を決めているように見えた。

 

「まほさん――。真田流という戦車道は『忍びの戦車道』と呼ばれていました」

「『忍びの戦車道』ですか?」

「そう。貴方は、大学選抜の戦いで、この戦車道を体験しているはずです」

「えっ!? 大学選抜戦で?」

「そうです……。あの島田流との戦いのことです」

「しかし、あの試合には、真田流の方はいなかったはずですが?」

「――確かに、真田流を学んだ者はいません。しかし島田流の戦車道というのは、もともとは真田流なのです」

「ええっ?」

「まほさん――。日本の戦車道というものは、乃木流という流派から始まっていることは知っていますね」

「――はい」

 

 まほは、神妙な面持ちで琴音の話を聞いている――。

 

「戦車道というものが考え出されてから、今年で百年近くになります。その戦車道の開祖である乃木流という流派を起こした乃木吉乃先生は、戦車道という戦車を使った武道の考え方を示され、それに賛同した多くの門下生が、乃木流の戦車道を学びました。その中に、しほ先生のひいお婆様もいらっしゃいました。そうですね」

「はい。母からは、そう教えられています」

 

 今度は、しほが、琴音に答える。

 

「乃木先生の素晴らしいところは、その門下生達に乃木流から独立する、いわゆる『分家』することを認めていらっしゃったところです。戦車道の精神というのは一つではない。それぞれの考える精神に従って、戦車道を広めていくことを認めていらっしゃったのです。その中で、西住流や真田流という流派が生まれたのです」

「――」

 

 まほは、戦車道の流派の成り立ちを初めて聞かされている。

 

「しかし――。この真田流という戦車道の精神は、普通の人には理解しがたい戦車道精神だったのです。ですが、乃木先生は、なぜか、その精神を称賛され、分派を認められたそうです」

「理解しがたい戦車道?」

「西住流にもあるでしょう。『打てば必中、守りは固し、進む姿は乱れなし』というものが……」

「はい」

「当然、真田流にもあります。『戦車は群れる羊に非ず。独り立つ獅子なり』というものです」

「えっ?」

 

 まほは、琴音が何を言っているのか分からなかった。

 琴音は、小さく笑みを浮かべながら、小さく頷く。

 

「これが真田流という戦車道なのです。そして、この精神を守るために、真田一族のみに伝える戦車道にするのだと、鋼の掟が作られたのです」

 

 ここで琴音は、お茶を一口飲み、口の中に湿り気を与える。琴音自身も話しながら興奮しているようだった。

 

「――そして、その真田流宗家に、双子の女の子が生まれました。その一人が私のお婆様の風音です。そして、妹になるもう一人、鈴音さんが……、島田という方と結婚し、島田の姓となり、その島田流の宗家になったんです」

「ええっ? ――島田流と真田流は繋がっていたのですか?」

「そうです――。島田という方の先祖は風魔忍軍らしく、上州真田家に仕えたとも言われています。その子孫が、真田を名に持つ娘と結ばれたのです。そして、どういった理由からか分かりませんが、一族のみという鋼の掟の真田流の精神に背き、鈴音さんは、島田流という名に変え、真田流戦車道を世界に広めようとしました。それが、千代さんへ受け継がれ、そして、その島田流は――、永久追放となってしまいました」

「……」

 

 まほは、信じられないという表情である。

 

「真田流は、その特異な戦車道の為、代々血の繋がった一族だけに伝えられてきました。ですが……、私で、その真田流も終わりになります」

「ええっ? それはどうしてですか?」

 

 こうして、真田琴音はその理由を、まほに伝えたのである。

 思い出すたびに「そんな」という気持ちになるが、真田琴音は「これが運命だったのですよ」と言われ、何も言えなかった――。

 

 その翌日――。

 まほは、朝早く、都内にある西住家の別宅を出ると、連盟ビルの司令官室へと向かうが、そこで待っていた真田理事から、山口という女性秘書をあてがわれ、すぐに厚木へと向かうことになり、待機していたVTOLに乗って、坂本商会の母艦へと向かうことになった。

 厚木基地を飛び立った時刻は、午前八時を少し過ぎた時刻である

 坂本商会は、その頃、台湾から、オーストラリアへ向かう航路で、ちょうど赤道近くを航行していた――。

 太平洋を飛び越えながら、その飛行機の中でも、まほは山積みで、まだ見ていない資料、データに目を通し続けている。恐らく、まほの人生の中でも、これほど時間をかけてデータ資料を見ていることはなかっただろう。

 

「――間もなく、着陸態勢に入ります」

 

 機長からのアナウンスを聞いたまほは、書類から目をそらし、窓から坂本商会の海上都市艦を見る。その顔は、誰が見ても『まほは驚いている』と断言できる表情であり、現に彼女は、その艦のあまりの巨大さに目を疑っていたのである。

 上空から坂本商会艦を見下すと、巨大都市が海の上を移動しているように見える。通常の学園艦は、各国の空母を模したものがほとんどなのだが、この艦は、巨大な空母が三つ、くっついているように見え、その中央部分に巨大な都市が集中的に配置されている。船尾の右側が航空機用の滑走路。左側に自衛用の戦闘機滑走路と分けられている。

まほの乗ったVTOLは、管制塔から、左側の滑走路に入るよう指示され、VTOLは、指示された滑走路へと進路を向け、ゆっくりと降下を始めた――。

 滑走路に降り立ったまほと秘書の二人は、飛行場責任者の出迎えを受け、そのまま、ターミナルへと案内される

 そこで、彼女達は、秘書長と肩書を持った女性、清水明子という女性に引き合わされた。

 

「ようこそ、坂本商会艦へいらっしゃいました。西住様、山口様」

 

 有能な女性秘書とはこういう姿であるというものイメージをして、そのまま人物にしてしまうと彼女になる。

 彼女に案内され、坂本商会の社旗が車のフロント右側に立っている、黒塗りのセダンに乗り込むと、遠くにそびえ立っている超高層ビル群へと車は走り出した。

 彼女達が乗るこの車は、この艦では特別の意味を持っているらしく、まるで、緊急走行時のパトカーか救急車以上の速度で走り、その車が近づくと、前方を走る車が、スッと左に寄って進路を開けている。

 まほは後部座席に座り、前方の様子を何気なく見ているが、違和感を持っていた。

 

(おかしい……。この一般道を、もう一時間近くは走っているのに、なぜだ? 信号に一度も引っかかっていない)

 

 不可思議なことだったが、現実に、まほの乗るセダンは、一度も交差点で停車することなく、艦の中心へと向かっている。それから、さらに一時間乗り続け、車はようやくビル街へと入った。艦の中枢らしき地区になるだろう、そのビル街に入り、幾つもの交差点を直進して、車は、一番中心に立っている、高さ百階はあろうかと思われる、超高層ビルの前に近づいていく――。

 豪勢な造りの玄関と一階ロビーを通る時、明子から「申し訳ありませんが、山口様は、こちらでお待ちください」と言われ、彼女だけが別室へと案内され、まほと明子の二人がエレベーターに乗った。

 明子が階数を押すが、何やら不思議な押し方をする。そうした後、ドアが閉まり、エレベーターは上昇を始めた。

 エレベーターは、高速で最上階まで行くが、百階のランプがついても止まらない。そして、エレベーターはようやく止まった。

 ドアが開くと、そこはどこかの高級ホテルのロビーのような錯覚を受けるほど、きらびやかで品の良い調度品や有名な絵画が通路に並べられて飾られており、その通路は真っ直ぐな一本道で、正面へと続いている。

 

「西住様、こちらでございます」

 

 明子が真っ直ぐに伸びる、その廊下を先に歩いて行く。

 そうして突き当りの観音開きの豪勢なドアの前に来ると、脇に設置されたインターホンを押し「社長、お越しになられました」と報告し、インターホンから、渋い声という表現がぴったりの低い男性の声で「お通しして」と聞こえた。

 

「どうぞ」

 

 一言、まほに声を掛けた明子は、ドアを開ける。

 そこは、秘書室と控室が合わさったような部屋で、奥にさらにドアがあった。明子は、そのドア前まで案内し、そのドアを開け、まほを中に入るように促した。

 社長室に入ると、その正面に株式会社坂本商会の長、坂本昭三が、とても大きなデスクに座っていた。

 彼は、まほを見ると椅子から立ち上がり、その大きなイタリア製のデスクを回り込むように離れ、まほの方へとゆっくりと歩いてくる。

 年齢の見た目は六十歳ぐらいだろうか。ロマンスグレーの髪を油で綺麗に、オールバックに撫で付け、バーバリー製の見た目でも品の良いとすぐにわかる背広を着こなしている。少し痩せてはいるが、健康的な痩せ型の彼である。

 まほの前に立った彼は、彼女に右手を差し出して微笑むと、ゆっくりとした静かな口調で挨拶をした。

 

「西住先生、ようこそいらっしゃいました。坂本昭三と申します」

「――初めまして、西住まほです」

「どうぞ、こちらへ」

 

 昭三に促されてまほは、デスクの前に置いてあった、ふかふかの四面ソファーへ移動すると、そこに腰かける。昭三は、まほの正面に座った。

 彼はソファーテーブルの上にあるインターホンのボタンに指を置くと、ボタンは押さずに、まほへ訊ねてきた。

 

「飲み物を用意しましょう。先生は、確か、コーヒーがお好きと聞いておりますが」

「――はい」

「ホットとアイス、どちらがお好みですか?」

「――それでは、アイスコーヒーをお願いします」

「わかりました」

 

 まほの注文を聞いた昭三は、その通話ボタンを押し、スピーカーに向かって指示を出す。

 

「アイスコーヒーを用意しなさい」

『はい、かしこまりました』

 

 インターホンのスピーカーから、すぐに返事が来た。

 返事を聞いた昭三は「すぐに用意しますので」と言って、深くソファーに座りなおした。

 まほは、目の前に座る昭三を見ながら、心の中で、気を引き締めている。

 

(私がコーヒー好きだという事を、どうして知っているのだ。これは、注意しなければいけない)

 

 彼の指示のあと、すぐに入口とは別の扉が開き、綺麗な女性秘書が、コーヒーの中に大きな氷が浮かんでいるグラスを二つ運んできた。彼女は、一礼すると膝立て座りで、まほの前にグラスを置き、次に昭三の前において、また一礼して部屋を出ていった。

 

「坂本社長、さっそくなのですが――」

「はい、ここへ来られた理由は、最後の条件を聞く為ですよね」

「そうです」

「別に、大層な条件ではないのですよ」

 

 昭三はそう話すと、コーヒーをまほに勧め、自分も一口飲む。

 

「先生は、真田メイ達の、真田シスターズと呼ばれているチームの事をご存知ですか?」

「――はい」

「彼女達、五人を全員、全日本チームに入れて、試合に出してもらう。これが、私の最後の条件です」

「えっ? それが条件なのですか?」

 

 昭三はそう言って、もう一度コーヒーを飲む。まほは、もっと厳しい条件だろうと考えていたので、ただ困惑している。

 

「はい、彼女達の父君と私は、少し面識がありまして、彼女達の事もよく知っているのです」

「そう……、ですか」

「はい。彼女達は、戦車チームとして、とてもいいものを持っていると聞いておりますし、家柄もちゃんとした家元の血筋の人間です。ですが、その宗家の推薦がもらえないと知りました。もったいない話です。家の掟という古い慣習で、彼女達の力が生かされない」

「……」

 

 まほは、黙って昭三の話を聞いている。

 昭三は、まほの顔を見ながら、淡々と話を続ける。

 

「そこで――、非常手段ではありましたが、このような条件を付けたのです。もちろん、西住先生の推薦があれば問題ない訳ですが、先生もまだ会った事はないのでしょう」

「はい」

「無茶な条件ではないと思いますよ。彼女達は、相当の力を持っていると聞いていますから」

「――わかりました」

「それでは、宜しくお願いします。それと、先生が来ることを知って、先生に会いたいと言っている人物がいます。先生もよくご存じの方ですよ」

「――誰でしょうか」

「少し変わった人物ですが、私は気に入っています。別室にいますから、案内させましょう」

 

 昭三はまたインターホンを押すと「先生をご案内しなさい」と告げる。すぐに清水が入ってきて、まほを連れ出した。

 部屋を出た二人は、清水が先に立ち、廊下をエレベーターへと向かって歩いて行く。そして、エレベーターに乗った二人は、五十八階で降りた。

 ここはどうやら各種の会社で言うところの社員食堂や娯楽室が集まっているフロアーになっているらしく、様々な人々が思い思いの場所で、会話や休憩を楽しんでいる。しかし、秘書の姿を見かけると、スッと立ち上がり、彼女へ会釈をする。まほはその風景を不思議に思って歩いていた。

 

「清水さん、ここは様々な国の方々が一緒になって仕事をしている会社ですよね」

「左様でございます」

「会釈の習慣もないとは思いますが、彼らは、なぜ会釈をしているのですか?」

「あの会釈は私にしているのではありません。先生にしているのです」

「私に、ですか?」

「私が案内している方は、社長のお客様だと、全ての社員は知っておりますから」

 

 まほは、会釈されるたびに会釈を返すが、あまりの回数の多さに水飲み鳥のようにコクコクと頷いている

 

「こちらの部屋でございます」

 

 扉が開き、まほは促されて、その部屋に入ると、そこは小さな音楽室のような場所だった。

 そして、客席の一番前の席の方から、なにやら澄んだ楽器の音色が、彼女に聞こえてきた。

 

(この音色は聞いたことがある……。 そう、これは――、カンテレの音色だ)

 

 まほは一人で音の鳴る席へと近づくと、その気配に気づいたのか、その音色が止んだ――。

 


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