ガールズ&パンツァー  五人の女神と魔神戦車   作:熊さん

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第34話  素敵な友達

  

「ああっ! 優花里さん、ちょっと、ま、待っ……。ああっ、行っちゃった――」

「あら、あらあら――」

 

 思わず席から立ち上がり、彼女を引き留めようとしたみほは、通りを往来する人混みの中に消えた優花里の後ろ姿を見ながら、そう言って茫然となり、その場に固まってしまった。みほの隣に座る華も目で優花里を追いながら、彼女の思わぬ行動に、呆れて思わず口に出てしまう。麻子も沙織も、二人と同じ気持ちで、彼女が消えた方を見ていた。

 ちょっとの間、四人の間に無言の時が流れたあと、遠藤みほの「ご馳走さまでした」という声が、四人の耳に聞こえた。声のした方をメンバー達が見ると、白い丸テーブルの上に、空になったジュースグラスと、その中に入ったストローを前に、小さなみほが、両手を合わせている。

 その様子を見た沙織が、娘の方を向き、優しい声の呆れた風に、彼女に話しかけた。

 

「みほちゃんを置いていくなんて……。ダメなママよね」

「ううん、沙織お姉ちゃん、大丈夫だよ。いつもの事だから」

 

 娘の冷静な返事が意外過ぎた四人は、今度は一斉に父親の方を見る。

 娘の隣に座る健介は、短い頭を手で撫でながら、居心地が悪そうな表情で、娘の方を見て「そうだね。いつもの事だ」と言った。

 

「えっ? いつもの事なのですか?」

 

 華が驚いて健介に訊ねると、彼は、視線を娘から四人の方に向けて、恥ずかしそうに言った。

 

「はい。優花里はですね、なんかこう、胸にため込むモノができちゃうと、すぐに家を飛び出して、ランニングに出かけちゃうんですよ」

「そうだよ。ママはね、アングラーフィッシュが負けるたびに、お外を走っちゃうんだよ」

 

 父娘の話を聞いた四人は、座ったまま、お互いの顔を見合わせている。そうして麻子が溜息を吐きながら、ぼそっと言った。

 

「――優花里がサンダースに潜入偵察をした時以来だ……。久しぶりに呆れたぞ」

 

 麻子の気持ちは、他の四人も同じだったのか、全員がその場で頷いている。

 健介は、四人を前にして、さらに話を続けた。

 

「私は、優花里と婚約をした後、お付き合いをしていく中で、この子を授かりました。私は、すぐに優花里の御両親に、お詫びを言いに行きました。その時に、お二人から言われた事があるんです」

「な、何々? 健介さん、おじさん達はなんて言ったの?」

 

 沙織が身を乗り出すようにして、健介に話の続きを求めると、彼は、娘の頭をまた優しく撫でて、その時の事を思い出しながら、ゆっくりと話を続ける。

 小さなみほは、頭を撫でられることが嬉しくて、にこにこ顔で、父親の顔を見ている

 

「はい――。お義父さんから『婚約をした後だし、私達は孫ができて嬉しい。だから、気にしないでいい』と言われました。すると、お義母さんから『優花里は高校生の頃のまま、母親になろうとしているから、どうか、立派な母親にしてほしい』と言われたんです」

「――そうだね、ゆかりん、あの頃から、全然変わっていないよね」

 

 沙織が、健介の話に頷きながら、他の三人の表情を見た。すると、みほ、華、麻子も間違いないと何度も頷き、四人は、娘の隣にある白い一脚の椅子を見ている――。

 父親の話のあと、娘のみほが話を続けるように、四人へと呼びかけてきた。

 

「ねえ、お姉ちゃん達」

「んっ? なあに?」

 

 優しく彼女に返事をする西住みほと、彼女の顔を一斉に見た四人に、娘は目の前に置いていた空のジュースグラスを、テーブルの中央へと押しやると、頬杖をついて、西住みほを見た後、華、沙織、麻子の顔を順に見ながら訊ねる。

 

「ママのね、ママの若い時って、どんなママだった?」

 

 四歳の女の子とは思えない娘の質問に、健介は苦笑している。そんな小さなみほの質問に真っ先に答えたのは、麻子だった。

 

「――そうだな。優花里は、一言で言うと間違いなく『努力家』だろう」

「そうだね、とっても努力家だよね」

「はい! そうですね」

 

 麻子の答えに、すぐに沙織と華が続き、西住みほは、大きく「うん」と言って頷いている。しかし、娘はキョトンとして、四人に質問を続けてきた。

 

「『どりょくか』って、なあに?」

 

 小さなみほの顔を見た四人は「そうか」という表情となり、彼女の質問に、西住みほが答える。

 

「『どりょくか』っていうのはね、自分やお友達の為に頑張る人のことだよ。みほちゃんのママはね、特にお友達の為に頑張るママだったの」

「――そうだ。みほちゃんのママは、お友達の為に、頑張ることができる人間だ」

「はい、そして、とっても気配りのできる人ですよ」

「うん、ゆかりんって、そういう子だよね」

 

 みほの答えに、麻子、華、沙織の順に、同じように答えると、それを聞いたみほも嬉しそうに答える。

 

「ママって、凄いんだね」

「そうよ。みほちゃんのママは、凄いし、とっても素敵なママなんだよ。だから、ママみたいな人になってね、みほちゃん!」

 

 大きなみほが笑顔で、みほにそう言うと「うん!」と、とても嬉しそうに笑って答えた――。

 すると、ウェイターとウェイトレスの二人が、注文していた料理を持ってテーブルへとやってきた。

 遠藤みほのお子様ランチが、最初にテーブルに置かれ、そのあと、料理の名前がそれぞれ告げられて、それを注文した者が順に答えて、テーブルに並べられていく。ウェイターの「ご注文は以上でしょうか?」と言う問いに、華が「はい」と答えると、二人の従業員は、テーブルにオーダー表を置き、一礼してテーブルから離れていった。

 遠藤みほが、小さな手を合わせて「いただきます」と言って、ランチを食べ始めると、それを見た健介が「皆さんも、優花里を待たなくて結構です。どうぞ、先に食事を始めてください」と告げるが、誰も手を付けようとしなかった――。

 そうして待っていると、三分後に、彼女が消えた方向とは逆の方向から、人の流れを縫うように、優花里が走って戻ってきた。

 待っている六人は、てっきり走って行った方向から戻ってくると思っていたので、反対方向から現れた優花里にびっくりしている。

 

「ゆかりん!? どっから来るのよ!?」

「すみません。目的のものを探している内に、この辺りを一周して来ちゃいました。でも、ありました! あったんですよ、皆さん!」

 

 沙織の問いに興奮しながら答える優花里。だが、走ってきたはずの優花里の呼吸は、全然乱れていない。

 

「――おい、優花里、皆さん、お前を待ってくれていたんだぞ」

「ああっ……。そうでありました。勝手な事をしてしまいました。……申し訳ありません」

 

 健介から怒られた優花里は、申し訳なさそうに、メンバーに向かって頭を下げると、パクパクと小さなハンバーグを食べている娘の隣に座り、注文していた和食のランチセットを前にして、恥ずかしそうに俯いた。

 

「優花里さん、気にしなくていいよ。そんなに待ってはいないから」

「――ああ、さあ、少し遅くなったが、ランチにしよう」

 

みほが優花里に気を使い、麻子が合図すると、それぞれが「いただきます」と小さく言ってランチを食べ始めた――。

 談笑をしながらランチを済ませた一行は、テーブルを立ち、室内に戻り、レストランの入口へとやってくる。レジのところで麻子が、会計を済ませると、それぞれが麻子に向かって「ごちそうさまです」と礼を言ってレストランを出た。そうして七人は、優花里に案内されて、彼女が戻ってきた方向へと歩いて行く。健介と彼の右腕に抱えられたみほ。その隣を歩く優花里が先頭を歩く。しかし、優花里の足は速く、すぐに四、五歩早く前に出てしまう。その度に娘から「ママぁ、速いよぉ」と注意され、その度に「あっ、すみません」と、皆に謝り、歩調をゆっくりに戻す優花里で、それを見ているメンバー達は苦笑している――。

 

 一行が、十分ほど通りを歩いていると、ちょうどスタジアムのゲートから反対側の位置になるところに『ちびっ子広場』という大きな看板が出てきた。その先を見ると遊具が設置されている、特設の遊園地広場となっている。カラフルなフワフワボールが、一面に埋め尽くされたボールプールや、エアーが絶えず注ぎ込まれている、どこかのゆるキャラの形をしたエアードームなどが並べてあり、子供達とその家族らしきグループが、広場の中を沢山行き来している。一行を案内する優花里は「もうすぐですから」と言って、幾つかの遊具を横目に見ながら進む。すると、七人の前方に何やら高い柱みたいなものを見え、優花里はそれを指差した。

 

「あれですよ!」

「――なんだ? あれは?」

「はい! あれは『ハンマーストンパー』というものらしいです」

 

 優花里へ麻子が訊ねると、優花里は振り向きながら、全員に説明する。

 その柱らしきものが、だんだんと近づいて来るにつれて、その形から、沙織が遊具の内容を思い出した。

 

「あっ! テレビで見たことあるよ。確か……、下の丸い所をでっかい木槌で叩くと、人形が昇るんだよね」

「はい! 昇るのは人形ではなく、電気の光らしいのですが……。その光が、あの柱のてっぺんにある花火までいって、あれが輝けば、特賞の商品が貰えるらしいのです」

 

 沙織が説明すると、嬉しそうに優花里が答え、その遊具に隣接して立っているお菓子の家の形をしたショップの方を指差す。

 

「うわぁ! おっきなボコだぁ!」

 

 ショップの入口横、小さなショーウィンドーの上に『ハンマーストンパー景品』と大きく書かれた看板があり、その中で一際目立つ中心のところに『特賞』と書かれたメダルを首から掛けられた、遠藤みほの体格ほどもあるボコのぬいぐるみが飾ってあった。

 西住みほのビックリしながら喜ぶ声が、その場に響くと、優花里は、彼女の前に進み出て優しく訊ねる。

 

「西住殿、まだ、ボコは集めておられますか?」

「ううん――。集めたボコは、実家に置きっぱなしだし、今の家には一個もない……」

「了解しました! それでは、私が西住殿に、あのボコをプレゼントさせていただきますから!」

「ええっ!? さすがに、それは…… 無理なんじゃないかなぁ」

「なんの問題もありません! あのボコも、飾られたままでは可哀そうです。ちゃんとご主人様を紹介しなければなりませんから」

 

 自信満々に言う優花里は、ブラウスの袖ボタンを外し始める。みほ達は、目の前にあるハンマーストンパーと呼ぶ遊具を見た。

 柱の高さは、七、八メートルぐらいはあるだろう。柱の真ん中の所を発光ダイオードらしき目盛が、一番上に向かって貫いていて、目盛の横の場所に六十、七十、八十、九十と数字が振ってある。そして、一番てっぺんの所には、花火を模したダイオードの飾りが付いている。柱の前には、直径五十センチほどの丸い台座みたいなものがある。どうやら、この部分を叩くと、その衝撃が数値化されて、その数字に見合う場所までダイオードが光りながら上っていく仕組みになっているようだった。

 自分達の五倍ぐらいの高さになる柱を、七人全員が見上げている。そして、見上げたままの麻子が、ブラウスの袖捲りを終えた優花里に向かって言った。

 

「――おい、優花里、花火のある場所は、結構高いぞ」

「大丈夫であります。パワー全開でいけば、全く問題はありません!」

「健介さんにやってもらったら?」

 

 沙織が提案するが、優花里は、即座にそれを拒否した。

 

「ダメですよ! これは、私のアピールの場所なんですから!」

 

 そう言って優花里は「それでは」と言い、ショップの中の受付らしき所へ向かった。ショップの店員らしき女性と一緒に戻ってきた優花里は、遊具の脇に設置してあるホルダーに立て掛けられた四本の木で造られたハンマーの一つを女性から受け取った。そのハンマーを片手で持った優花里は、すぐに表情を曇らせる。

 

「これ……、これは軽すぎます。他のハンマーにしてください」

 

 女性は「えっ!?」と言って驚くと、隣のハンマーを差し出す。最初のハンマーより少し大きいハンマーだったが、それでも優花里は「これも軽いです」と言って、女性に返す。

 

「女性用はその二本で、残りは男性用です」

「それで構いません。一番、重いものを貸して下さい」

 

 また女性が「えっ!?」と言って「このハンマーが一番重いですけど……」と指差す。女性はハンマーを持てないらしい。それを見て優花里は、自分でそのハンマーをホルダーから外すと、両手で柄の部分をしっかりと握り「よっ」と小さく掛け声をかける。それはまるで野球のバッターがバットを持ち、その感触を確かめるような雰囲気に似ていた。

 優花里は「いいですねぇ」とつぶやくと、軽やかな動作で、その男性用ハンマーを、自分の右肩に乗っけると、そのまま台座の前までやってきた。

 

「それでは――。まいります」

 

 優花里は、担いだハンマーを地面に降ろすと、目測で台座の前に立つ。そして、おもむろに着ているロングスカートの裾いっぱいになるまで、両足を広げるが、まだ踏ん張りがきかないのか、そのスカートの裾を少し上げて、さらに足を広げた。一度、叩く場所にハンマーを乗せ、もう一度自分との距離を測る。そして、今、彼女が踏ん張っている位置から一歩前に進み出ると、小さく「よし」と呟いた――。

 

「いきます! うぉりゃあ!」

 

 優花里の気合一発の掛け声と大きく振りかぶられたハンマーが、見た目でもはっきりとわかるほどの渾身の力を込めて、女性では考えられないようなスピードで、優花里はハンマーを一気に、台座へと振り下ろした――。

「ドン」という、短い鈍い音が一瞬響くと、柱の電光目盛がグングンと上がっていく――。

 一行がその行方を見守る中、電光の目盛は青、黄色、緑、赤と変わりながら上昇して花火の場所までたどり着き、花火の部分が鮮やかな虹色の点滅を始め、ファンファーレが辺りに鳴り響いた。

 

「やりましたぁ! 西住殿、やりましたよ」

 

 優花里は、打ち下ろしたハンマーを、肩に担いでもとのホルダーへと返すと、みほの前にまくり上げたブラウスの袖を戻しながら、嬉しそうに言いながら戻ってくる。

 西住みほは、素直に優花里の結果を褒め称えた。

 

「凄い! 凄いよ、優花里さん!」

「――さっきとは別の意味で、また、お前に呆れたぞ……。優花里、なんてパワーだ」

「見た目は、全然華奢なのに、優花里さんの何処にそんな力があるのでしょうか?」

 

 みほは驚き、麻子は呆れ、華は不思議に思い、沙織は……、唖然として花火のダイオードを見上げていた。

 すると、健介に抱っこされながら、娘のみほが、四人に理由を説明する

 

「ママはね、私を両手でね、三十回持ち上げるの。それを毎日、三回もするんだよ――。き、きん……、なんだっけ、パパぁ」

「筋力トレーニングだね」

「そう! ママは、毎日、筋肉トレーニングしているの」

「き、筋力ですよ! みほちゃん、筋肉ではありませんから!」

 

 みほの間違いを慌てて直す優花里は「筋肉と筋力では、皆さん方が自分に持つイメージが違うから」と、メンバーに説明すると、全員が笑った――。

 ショップで特賞のボコを受け取った優花里は、その場にみほを呼んで、ボコを手渡した。大きなボコを抱えつつ「さすがに、このぬいぐるみは持っては帰れないよぉ」と言って、彼女は、もらったボコを宅配便で運んでもらう事にした。送り先は〇×保育園の住所にして、彼女は子供達のおもちゃにしてもらおうと思い、それを優花里に相談する。優花里も「それがいいですね」と同意すると、ずっと飾られたままだった巨大なボコのご主人様が決まったのである――。

 一人、ショップで宅配の手続きを終えたみほが、店から出てくると、他の四人が何やら話をしている。みほが四人に近づくと、彼女達は話を止めた。全員が揃ったところで、遠藤みほが「遊びたい」というので、しばらく、周りの遊具を見て回った。娘は気に入った遊具で楽しく遊んでいる間、健介が彼女の傍で様子を見て、あんこうチームは、ベンチに座って、遊んでいる娘の様子を眺めている。

 不思議なもので、彼女達が一列に並ぶ時、何故か自分の位置というものが決まっているらしく、左から優花里、麻子、みほ、沙織、華の順になる。

 時間は、夕方の四時になろうとしている。

 家族連れは、そろそろ帰ろうかと相談し始める時刻で、現に、目の前にある遊具で遊んでいる子供達の数もまばらになってきている。

 

「みぽりん、今日、久しぶりに戦車道の試合を見て、どうだった?」

 

 空がゆっくりと茜色にかわろうとしている中、沙織が静かにみほの方を見て訊ねる。

 みほは、びっくりして沙織を見ると、彼女を見ているのは沙織だけではなかった。華も、そして、麻子も優花里も、みほの顔を見ていたのである。

 

「うん……、楽しかったよ。久しぶりにドキドキしたかな」

「そう。……楽しかったんだね」

「うん。楽しかった」

 

 みほは、笑顔で沙織に答えると、今度は、華がみほに話しかける。

 

「すると、みほさんは、戦車道が楽しいものだと思い出してくれたのですね?」

「えっ!?」

 

 驚くみほに、今度は優花里が言う。

 

「そうですよ。西住殿。戦車道というものは楽しいのです」

「――隊長は忘れていたのだ。最初、私達に戦車道の楽しさを教えてくれたのは、誰でもない、西住みほという人物だ」

「……」

 

 優花里に続いて麻子も言うと、みほは、何も言わずにうつむいている。

 

「私達、みぽりんが来ることになって話し合ったんだよ。私達は戦車道の楽しさを教えてもらったから、今度は、みぽりんに楽しかった戦車道を思い出してもらおうって」

「――隊長が、最初に、私達に教えてくれたものは、戦車道は楽しいという事だった」

「はい。戦車道は楽しいから、もっと上手になって、もっと楽しくなりたい。私達は、頑張って訓練を積んできたのです」

「西住殿――。いいんじゃありませんか? 私達に教えてくれた楽しい戦車道を、西住殿がやっても、誰も文句は言いませんよ」

「……」

 

 みほは、あいかわらず黙ったままで、彼女達に返事をしない――。

沙織達はどうやら、西住みほに、彼女の戦車道は何が大切なのかを伝えたかったようである。しかし、みほも彼女達の気持ちに気付いているが、返事ができなかった。

 黙ったままのみほを見て、沙織がまた話しかける。

 

「みぽりん――。この前、私達が遊びに行った時、みぽりんは、皆に毛布を掛けてくれた後、電気を消す前に言ったよね」

「――えっ!?」

 

 みほは、沙織に言われ、彼女の顔を見ると、その時の事を思い出して、ハッとした顔になった。

 

「『また戦車に乗る事になったとしたら、私達と乗りたい』って、言ったよね」

「沙織さん!? ……聞いていたの?」

 

 沙織は小さくうなずく。そしてまた、彼女は話を続けた。

 

「うん! だったらさあ、乗ろうよ、戦車に――。何も問題ないじゃん!」

「みほさん、乗りましょう。私達もみほさんと一緒に戦車に乗りたいですよ」

「――ああ、別にチーム戦じゃなくていいと思う」

「今は、戦車道普及の為に、各流派が主催するタンカスロン戦が、各地で開催されてます。戦車も貸してくれますし、一対一の各個戦もあるんですよ」

「……そうだね。また、一緒に乗りたいね」

 

 みほは、小さな声でそう言うと、視線を沙織から正面に戻し、自分の足元に向ける。そんな彼女を見て、三人が次々にみほに話しかける。

 

「――時間と仕事の都合はあるが、我々のスケジュールが揃えば、何の問題もない」

「はい! 何も問題はありませんわ」

「西住殿の命令一つですよ。『あんこうチーム集合』で、全員集まるんですから」

「……」

 

 麻子と華、優花里にそう言われたが、みほは、また黙り込んでしまった。すると、沙織がコホンと咳払いをして「みぽりん!」と呼びかける。みほは「何?」と返事をすると、沙織はベンチから立ち上がり、みほの前に立つと、元気よく、彼女に話しかけた。

 

「ねえ、みぽりん! 私達と、もう一度、戦車に乗りませんしゃ?」

「えっ? 何?」

 

 一瞬、二人の間を、絶対零度の風が通り過ぎたような気がした――。

 目をぱちぱちさせながら、沙織を見つめるみほと、血色の良い沙織の顔が、一瞬青白くなったかと思うと、今度は、沙織の顔が、みるみる赤くなっていく――。

 

「――沙織は、もしかして、わざと言ったのだろうか? それとも噛んでしまったのか……」

「まさかぁ――。元通信手ともあろう方が、言葉を噛んでしまうなんてありえないでしょう」

 

 麻子と優花里が、沙織を見ながら、ボソッと言う。華は押し殺した声で「うふふ」と肩を震わせて、うつむきながら、小さく笑っている。

 

「沙織――。敢えて空気を読まずに聞くが……」

「ダメぇ!」

「もしかしてお前は……」

「それ以上、言わないで!」

「――隊長に『戦車に乗りませんか?』と訊ねたのか?」

「やめてって、もう……。麻子の意地悪! 冷静に突っ込まないでよ!」

 

 沙織の赤い顔が、耳にまで伝わり、色白の可愛らしい顔が、真っ赤に染まっている。

 

「うふふふ、うふふふ。……ああ、もう駄目です。アハハハ、お腹が……、お腹が痛い。息が、息ができませんわ」

 

 華の我慢の限界が来たようで、彼女がいきなり大声で笑い出した。

 それに釣られて、みほと優花里も笑い出した。三人の笑い声を聞いた麻子は、少し笑って、固まったままの沙織に言う。

 

「――よかったな、沙織。みんなが笑ってくれたぞ」

「だ、か、ら、麻子! 冷静に突っ込まないでって、言ってるでしょ! 私がバカみたいじゃない!」

「いや……、馬鹿じゃないぞ。こんなことができるのは、沙織しかいないからな」

「何よ。それ! 華ぁ! ちょっとぉ、笑い過ぎよ!」

「アハハ、ごめんなさい……。もう笑い――ません……から――」

 

 ようやく、三人の笑いが収まると、みほが、顔を真っ赤にしている沙織の正面に立ち上がり、彼女の両手を自分の両手で包み込むと、嬉しそうに言う――。

 その時、夕日に照らされたみほの栗毛色の髪が、その時、金色に輝いて見えた。

 

「沙織さん。――ありがとう! うん! またいつか、みんなで戦車に乗ろうね。私、約束するから!」

 

 みほがそう言って首を傾げると、恥ずかしそうにしている沙織に笑いかける。沙織もそれに微笑みで答えた。そして、みほは振り向くと、ベンチに座る三人に向かって、にっこりと微笑んだ。三人も同じように、彼女へ微笑みを返す。五人の間に、ほのぼのとした優しい雰囲気が、ゆっくりと広がっていく――。

 すると「ママ、大変だぁ! みほが寝ちゃいそうだぞ!」と言って、健介が娘をおんぶしながら、五人の所へ戻ってきた。

 それを見て華が「それじゃあ、急いで私の家に行きましょうか?」と言って、全員が頷くと、健介とおんぶされたみほを中心に、その周りを五人が囲うようにして、広場を後にした。

 夕陽に向かって歩く五人は、今日の夜は、とても楽しい夜になるだろうと、それぞれが思いながら歩いて行く――。

 

 

 

 西住みほ、武部沙織、遠藤(旧姓、秋山)優花里、五十鈴華、冷泉麻子の五人で結成された戦車チーム『あんこう』――。

 大洗女子学園に生まれた戦車隊の隊長が、直接搭乗し指揮する戦車チームで、このチーム名だけが、隊長チームとして大洗女子学園の中で、代々引き継がれている

 彼女達がチームを解散し、それぞれの道を歩きはじめて、十年となる――。

 一度は再結成したものの、それは後輩の為であって、彼女達の意志ではなかった。

 しかし、今、各々が自分の気持ちから「戦車に乗りたい」と口にしたのである。

 

 ――これが、運命の歯車を大きく動かす事になった。

 その日。雷が天空に駆け巡り、立っていられないほどの突風が吹き荒れる豪雨の日。

 運命の歯車は、彼女達の絆の強さを確かめる為に仕組んだかのように、五人を再び戦車に乗り込ませる事になったのである。


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