ガールズ&パンツァー  五人の女神と魔神戦車   作:熊さん

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第33話  モヤモヤは止まらない

 

 まほは、バルコニーから遠く小さく見えている麻子の姿を、驚愕の目で見つめていた。

 

(華先生の時も思ったが、あんこうチームのメンバーは、本当に底が知れない……)

 

 彼女の視線の先に小さく見えている冷泉麻子は、話をしていた女性と別れ、スタンドへと歩き出した。彼女の様子を、成り行きのまま、まほは目で追っていたが、何かを思いついたらしく、ハッとした表情に変わった。

 

(いや、あの冷泉さんが、一人でここへ来るとは思えない。もしかしたら、他のメンバーも一緒に来ているんじゃないか……)

 

 そう思った彼女は、左手に持っていた双眼鏡を急いで目にやり、それを覗くと、今度は歩いて行く麻子ではなく、その先にある観客席スタンドへと視線を向けた。

 双眼鏡の中に映っている、そのスタンドには、少しだけ残っていた観客達が席を立ち、階段をバラバラと降りてくるのが見える。その中で、観客席の端にいるグループが立ち上がろうとしないで、話をしているのが見えた。

 まほは、そのグループの一番左に、遠藤優花里がいるのに気付いた。そして、一人一人の顔を確かめながら見直していく。

 

(やっぱり――。おや? あれは……、みほ!?)

 

 一瞬、目の錯覚かと思ったのか、彼女は、双眼鏡の中で一度瞬きをすると、もう一度注意して、今、双眼鏡の中心に映っていて、彼女の右側にいる沙織と話をしている、栗毛色のボブヘアーの女性の顔を確かめる。

 

(間違いない。……みほだ。お前もここにきていたのか……)

 

 そう思った次の瞬間――。

 

(いけない! 二人が、みほに気付く前に、ここを離れなければ……)

 

 まほはそう思い、すぐに双眼鏡を外すと、自分の両脇に立って、歩いて行く麻子を見ている絵里と翔子それぞれに、少し早口で声を掛けた。

 

「大森選手、少し話をしたい。三島さんも一緒に聞いてもらえないだろうか?」

「ええ、いいわよ。大森、構わないな」

「はい!!」

 

 三人は、まほ、絵里、翔子の順に、連れだって司令官室に入ると、まほ達がさっきまで座っていた応接ソファーへと戻って来る。そして、一人掛けソファーにまほが、長ソファーに絵里と翔子が座った。

 まほは、目の前に座る二人を交互に見たあと一呼吸置いて、その後、翔子の顔を見ながら、話し始めた。

 

「大森選手――。さっき『身を改めて精進する』と、君は冷泉さんに誓った。あれは、本当の気持ちなのか?」

「はい! 偽らざる自分の気持ちです!」

 

 翔子の隣に座っている絵里は何も言わずに、二人のやり取りを聞いている。

 翔子の目を見つめるまほは、彼女の瞳に嘘がない事を確かめると、一人掛けソファーに深く腰掛けている彼女が、身を起こし、応接テーブルにその身を乗り出すと、翔子に対して話を続けた。

 

「そうか――。わかった、それでは、君は全日本チームの選抜トライアウトに出てみる気はないだろうか?」

「えっ?」

「三島さん――。大森選手だけでなく、さっきの遠藤祐子さん達の五人。彼女達の参加を要請したいのです。もしかしたら、大切な隊長チームを引き抜くことになるかもしれないが、どうでしょうか?」

 

 まほは、驚いている翔子から視線を隣の絵里へと移し、彼女に訊ねると、また深くソファーに身を沈めた。

 訊ねられた絵里は、一度、翔子の方を向いて、彼女の表情を見てから小さく笑うと、顔を戻して、まほの顔を見る。彼女は嬉しそうに答えた。

 

「ええ、構わないわ。この子達の保証人は、私。きっと、いい結果を残してくれるはずよ」

「大森選手……。どうだろうか。唯の選抜の為のトライアウトだ。全日本に入れるという確約ではないのだが――」

 

 まほの話が終わろうとする前に、翔子が答える。

 

「もちろん、喜んで参加させていただきます!! 例え、入れなくても、この体験は貴重な経験になります。ですが、必ず合格します! 頑張ります!」

 

 翔子はそう言うと、いきなりソファーから立ち上がり、まほに対して敬礼を贈る。それを見たまほも、満足そうな表情で立ち上がると「期待している」と言って、答礼の代わりに右手を、翔子へと差し出した。翔子は差し出された右手を、自分の右手で強く握り返し、二人は気持ちのこもった握手を交わす。その様子を見て、絵里も長ソファーから立ち上がると、その場で小さく拍手をした。

 三秒ほど二人は握手をすると、それを止めてまほは、翔子に対して指示を出す。

 

「詳しい事は、後日、事務局から連絡を入れさせる。その時に五人は、すぐに何処へでも動けるようにしておいてくれ」

「はい、わかりました!」

 

 元気に答える翔子の横顔を見ながら、絵里も嬉しそうに笑っていた。

 

「それでは、これで本当に失礼しよう。三島さん、すみませんが、受付の方に今から、私が行く事を伝えてくれないでしょうか。逸見が、ずいぶん待っているはずですから」

「わかったわ。大森も退出しなさい。遠藤達には、お前の方から伝えておきなさい。ただし、他の人間には内緒でだ」

「はい! それでは失礼します!」

 

 翔子は、絵里の命令に返事をし、その場で、まほ、絵里の順に敬礼をすると、そのまま応接ソファーから入口ドアへと向かい、それを開けて回れ右をすると、室内に向かって一礼をしたのち、部屋から出ていった。

 翔子を見届けると絵里は、同じようにソファーを離れ、司令官席へと向かうと卓上電話を取り、プッシュボタンを押している。その隙に、まほは、再びバルコニーに出て来た。

 はるか遠目ではあるが、あんこうチームの五人を含んだ七人のグループが、シャトルバスに乗り込んでいく様子が見える。

 

(……みほ。そして、――あんこうチーム……)

 

 シャトルバスが出発していくのを見ているまほは、室内にいる絵里から「連絡したわよ」と言われて、その場で「ありがとうございます」と返事をすると、バルコニーから室内に戻り、待っていた絵里と一緒に、司令官室を後にしたのだった。

 

 

 絵里が翔子に「麻子をスカウトする」と宣言し、「それは無理です」と、翔子が理由を説明していた頃、テトラークの操縦席上のハッチを開けて、そこから降りてきた麻子は、誰が見ても満足していると思う表情で、訓練場入口に向かって歩き出そうとする。そこへ、受付にいた梓が、驚きと呆れ顔で麻子に声を掛け、彼女の傍に駆け足で近寄ってきた。

 

「麻子先輩――。凄すぎですよ……」

 

 話しかけられた麻子は、歩くのを止めて梓の方に振り返ると、黙って小さくうなずいた。そして、何事もなかったような、いつものぶっきらぼうな話し方で、梓に礼を言う。

 

「いや、無理を言って、二度も走らせてもらって、すまなかったな。――梓、メモは大森の奴に渡してくれただろうか?」

「はい、渡しました。翔子ちゃんは多分、司令官室のバルコニーから、麻子先輩を見ていたはずです」

「そうか――。なら、問題ないだろう。楽しかった、ありがとう」

 

 そう言った麻子は、その場で身をひるがえすと、再び観客席へ歩き出そうとした。それを見た梓は、慌てて麻子を呼び止める。

 

「あの、先輩?」

「――、何だ?」

「翔子ちゃんに会った時『先輩達が見に来ている』って言っていたんですけど、そ……、そのぅ、西住先輩も来ているんですか?」

 

 麻子に訊ねる梓の表情は、少し躊躇していながら、それでも、どうしても知りたいという顔をしている――。

 背中越しに訊ねられた麻子は、歩くのを止めて立ち止まると、また、その場で振り返って梓の質問に答えた。

 

「――梓、お前はヒントをくれたから、結果を知る権利がある。だから言うが、私達は隊長に会えたし、今日、隊長も一緒に来ている」

「ええっ!? ど、どこですか?」

 

 慌てて、遠くに見える観客席を見ようとした梓を、静かに麻子が引き留めた。

 

「――待て、梓。隊長は来ているが、大森達には、四人で来ているとしか言っていない。隊長は、私達と一緒に紅白戦を見て、今も観客席にいる。だが、本当はどんな気持ちで、ここにいるのか、私達にもわからないんだ。梓も会いたいだろうが、ここは我慢してくれ。いつかきっと、隊長は、皆に会うと言ってくれるだろう。それまで、誰にも話さないで待っていてくれないだろうか」

 

 麻子の話を聞いた梓は、彼女の顔をじっと見つめて、素直にその指示を受け入れる。

 

「――わかりました。私は、先輩の指示に従います」

「ありがとう。……さすが、西住隊長が信頼して、後の事全てを任せた、二代目隊長だ」

「はい」

「それじゃあ、今度こそ本当に、これで失礼するから」

 

 麻子は、再び観客席へと歩き出す。梓は、その行く先を知りたかったが、その気持ちを押しとどめる為に、麻子が歩き出すとすぐにテトラークの元へ走って行く。そして、受付の片づけをしていた同僚と共に、体験会の撤収に没頭し始めた――。

 観客席にいる見学者達は、誰もいなくなっており、みほ達、六人もスタンドを降りて、訓練場の入口で、戻ってくる麻子を待っている。

 しばらくして、ゆっくりと歩いてきた麻子が、訓練場入口である金網のドアを開けて、六人の所へ戻ってくると、六人の一番前にいた沙織が、呆れたように彼女へ声を掛けた。

 

「麻子――。あんたって……」

「――すまない。ずいぶんと待たせたな」

 

 麻子は、待っている六人を見渡しながら、ぶっきらぼうに礼を言う。すると、沙織の右横に立っていた遠藤みほが、麻子に飛びつくように近づくと、とても興奮しながら、彼女に話しかける

 

「麻子お姉ちゃん! すごーい! とっても、かっこよかった!」

「――そうか、いや、ひさしぶりに操縦して、ほんとうに楽しかった」

「麻子お姉ちゃん。あのね、みほが大きくなったらね、みほにも戦車の運転、教えて欲しいの」

「――ああ、もちろん教えてあげるぞ。私が覚えた事を、全部、みほちゃんに教えてあげよう」

「わーい! やったあ!」

 

 大喜びの彼女は、今度は優花里のところへ行って「麻子お姉ちゃん。教えてくれるって!」と嬉しそうに報告する。優花里は「よかったですね」と彼女の頭を撫でてあげた。沙織の後ろで並んで立っている華とみほの二人は、お互いの顔を見ながら、話をしている

 

「麻子さんには驚きました。昔のまんま。いいえ、それ以上ですわ」

「うん、そうだね」

「『天才は、健在なり』でありますね。冷泉殿!」

 

 みほと華の話を聞いて、みほの左隣にいる優花里は、足元にいる娘のみほの頭を撫でながら、麻子に向かって言った。

 麻子は、メンバー達からの賞賛を黙って聞きながら、最後に「――そうか」と、ボソッと呟いた。すると、最後に沙織が目の前に立っている麻子を見ながら、恐る恐るといった感じで彼女に訊ねてみる。

 

「麻子、どうなの? まだ……、翔子ちゃんの事、怒っているの?」

「いいや、もう、どうでもよくなった。華が戦車砲を撃って楽しかったと聞いて、もしかしたら、私も戦車に久しぶりに乗ってみたかっただけなのかも知れない」

 

 沙織の問いに、小さく首を振りながら麻子はそう答えると、恥ずかしそうに小さく笑う。すると、沙織の後ろで華と優花里に挟まれるようにして、まるで、人目から隠れるような立ち位置にいた西住みほが、うつむきながら呟くように言う。

 

「華さんも、沙織さんも、麻子さんも、みんな、本当にすごいね。それに比べて、私……」

「みぽりん?」

 

 そのつぶやきを聞いた沙織が振り返りながら訊ね返すと、あんこうチームの四人も一斉に彼女の顔を見る。

 

「うん、華さんは……、ずいぶん久しぶりなのに、今でも戦車砲を、正確に撃つことができるし、沙織さんは、皆が聞き逃した迷子の放送を覚えてて、それでお母さんを見つけちゃったし、麻子さんは、今でもあんなに上手に操縦できるし……。私、本当に凄い人達とチームを組んでいたんだね……」

 

 みほが言うと、麻子が首を左右に振り、みほの感想を否定する。

 

「いいや、それは違う。――私達の力は、全て隊長から教えてもらったものだぞ」

「はい、それに、みほさんの正確な状況判断と、瞬時に行う的確な指示は、私達には到底真似できませんわ。私達から見たら、みほさんこそ、凄い人ですよ」

「うん! みぽりんは、とっても、カッコいいんだよ」

 

 凄いと言われた華と沙織も、口々に麻子に同意した。しかし、みほは「違うよ」と小さく首を振り、三人を見渡しながら言う

 

「沙織さん達の方が、ずっとカッコいいよ。優花里さんも、そう思うよね」

「……。――あっ、はい。そうですね。自分も西住殿と同じ気持ちです」

 

 みほの問いに、優花里は、彼女の顔を見ながらそう答えた。

 その瞬間、華、沙織、麻子の三人は、怪訝そうな顔になる。三人は口には出さなかったが、同じことを思っていた

 

(優花里さんが……、みほさんからの呼びかけに遅れるなんて!?)

(ゆかりんの……、みぽりんへの返事が遅かった事なんて、今まであったっけ?)

(優花里の……、隊長への反応が、一瞬、遅かったぞ!?)

 

 みほも気付いたのか「優花里さん?」と聞き返そうとしたが、優花里は訊ねられる前に「よっと」と小さく気合を入れ、傍にいる娘を片手で抱っこした優花里が、六人に明るい声で提案してきた。

 

「――み、皆さん、お腹すきませんか?」

「ママぁ、みほ、お腹すいたぁ」

 

 抱っこされながら、みほは母親に甘えた声を出す。それを聞いた他の五人は、それぞれが笑い、麻子が言った。

 

「――みほちゃん、すまなかったな。昼食は、全員の分を私が奢ろう」

「ええ、いいよ、麻子さん」

 

 麻子の提案に、誰もが首を振り、みほが驚いて言うが、当の本人は全く問題ないといった素振りで言った。

 

「――いや、我儘を聞いてもらったお礼だ。気にしないでくれ。さあ、レストランへ行こう。みほちゃん、好きなものを頼んでいいからな」

「うわーい。みほね、御菓子食べたい!」

「みほ。それは、お昼ごはんじゃないぞ」

 

 健介が優しく諭しながら、優花里から娘を預かり、右手で彼女を抱っこし直す。娘のみほは「お菓子は、ご飯のあとにする!」と言い直すと、六人がその場で一斉に笑い出した。そうして、七人は、やがて戻ってきたシャトルバスに、最後の客として乗り込むと、もと来た道をバスは走り出していった。

 シャトルバスの中、優花里は、健介と娘の傍で二人と話をしながら、その会話の途中で、あんこうチームの四人の様子をチラチラと見ている。それは、何かを言いたげな、それでも、何を言えばいいのかわからないという表情である――。

 ロータリーに着いたシャトルバスから降りてきた七人は、そのまま、遊歩道を連れ立って歩いて行く。

 歩いて行く先に、洋食を中心に提供するカフェレストランが見えてきた。この店では、外でも食事ができるよう、遊歩道に面してテーブルと椅子が、テラス席として六セット出してある。時間は、お昼を過ぎて三十分ほど経っており、外から見ても、店内は混雑している様子だった。

 シックな木目調の重い大きなドアを開けて、店内に最初に入った麻子と華が、店内と順番待ちの列を見て、話をしている。

 

「随分と混んでいますね」

「――そうだな、お昼時だからな」

 

 順番待ちが、三組ほど列をなしており、その後ろに着いた七人。

 五分おきぐらいの間隔で、待っている組が順に店員に呼ばれ、ようやく七人の番に来た。しかし、そこから十分ほど時間が経つ。ようやく店員が七人のところに来ると「外の席でも良いか」と訊ねてきたので、麻子が「構わない」と答えた。店員が先頭に立ち、室内から大き直接テラスへ出られるガラス製のドアを抜けて、テラスの二テーブルの場所へと案内される。七人は二つの丸テーブルをくっつけて、テーブル席に座った。

 一つの丸テーブルに、華と沙織と麻子、それにみほが加わり、四人で座り、もう一つの丸テーブルには、西住みほの隣となる位置に優花里が座り、その隣に娘のみほ、その隣に健介が座った

 

「さあ、みほちゃんは、何が食べたい? 遠慮しなくていいぞ」

「うん! えーとね……。これ! これ食べたい!」

 

 みほが指差したものは、戦車の格好をしたプレートに乗った、お子様ハンバーグセットである。

 

「そうか、わかった。ジュースも付けよう。皆も、好きなものを選んでくれ」

 

 他の六人も、それぞれが注文するものを決めると、沙織がテーブルに置いてある、呼び出しボタンを押す。

 すぐにやってきたウエイターに、それぞれがメニューを注文すると、テーブルを挟んでのおしゃべりが始まった――。

 

 

「優花里さん? どうかしたの? なんだか元気がないようだけど」

「いえ、何でもありませんよ。ちょっと、こう、何でしょうか、なんだかモヤモヤしていて」

「モヤモヤ? ――優花里? 何か悩み事があるのか?」

「いえ、悩みとは、違うのです。心配させて申し訳ございません」

 

 みほと麻子は、少し様子がヘンな優花里に訊ねると、優花里から微妙な返事が返ってきた。優花里が謝ると「そうなの、それならいいんだけど」と、みほが答える。

 健介と娘は、チラッと優花里の方を見たが、母親の様子に気を留めていない。メニュー表を見ながら、他の料理を見ていた。

 おしゃべりは、もっぱら、みほが話題を提供している。紅白戦の感想や華の体験に対して、家族やエリカがどう思っていたのか、麻子の操縦を久しぶりに見てうれしかった事、沙織の瞬間的な記憶力と自分が覚える能力との差に驚いている事を話している。感謝祭に彼女を呼んだあんこうの四人に、戦車道に対して嫌な思いはないという事を伝えているように見えた。

 華や沙織、麻子は、みほが楽しんでくれているので、内心ホッとして、笑顔でみほとのおしゃべりを楽しんでいる。しかし、優花里は、四人の話を聞くだけで、自ら会話に加わろうとしない。あんこうの他の四人は、会話をしながら、それには気付いていた――。

 先にジュースが運ばれてきて、遠藤みほの前に置かれた。優花里と健介に挟まれている娘は、ストローをグラスの中に入れ、両手でグラスを持って、ゴクゴクと飲んでいる。

 頼んだ食事が運ばれてくる間、優花里は、四人の話を頷きながら聞いているが、何やら別の事を考えているような表情である。

すると、話をしている四人の会話を遮るように、突然、周りの目を引くほどの声で、優花里が叫びながら立ち上がった。

 

「そうです! そうなんですよ! 不公平なんです!」

 

 みほ、沙織、華、麻子は、びっくりして優花里を見る。しかし、健介と娘は、特別に驚いたという訳でもなく、チラッと妻であり母親の優花里を見ると、娘のみほが冷静に訊ねる――。

 

「ママぁ、どうしたの? 今度のモヤモヤは何なの?」

「それはですね、自分だけが……、お母さんだけが、ですね、皆さんに、お母さんの凄さをアピールする機会がないのに気付いたのであります!」

 

 母親そっくりの遠藤みほに、優花里は、興奮しながら説明している。それはまるで、子供の優花里が、大人の優花里をなだめているように見えた。

 

「ええっと――、優花里さんが凄い事、私は知っているし、皆も知っているから!」

「うん、知ってるよ」=「はい」=「――ああ、知っているぞ」

「いいえ!!!」

 

 みほが慌ててフォローを入れて、沙織、華、麻子も大きく頷きながら言うが、娘と話していた優花里が、今度は四人の方を向く。そして、彼女は立ったまま、首を強く横に振ると、テーブルに両手を付いて、熱く語り出した。

 

「西住殿や皆さん方は、知らないのであります。自分は……、自分は成長しているのであります。秋山優花里は自衛隊の戦車道チームでは、音速の装填手と呼ばれておりました。そして、結婚し、遠藤優花里となり、母親になりました。自分は、さらにパワーアップしているのであります。皆さんにも、ぜひ遠藤優花里というものをアピールしたい!」

 

 優花里の熱弁が、どんどんとエスカレートしていく。

 

「何か……、何か、アピールできる良い方法はないのでしょうか――。ちょっと走って探してきます。しばらく、ここで待っていてください」

 

 優花里はそう言うと、自分がロングスカートをはいている事も忘れて、テラスから遊歩道へと駆けだすと、人ごみに消えていった。

 


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