雲が西から東へといくつも流れているが、いい天気の大洗町の上空に、アングラーフィッシュ感謝祭の開催を知らせる白い花火が、五発打ちあがった。
初冬に行われる、歴史ある『あんこう祭り』と並んで、大洗町の初夏の名物となったアングラーフィッシュ感謝祭。これは、単なる一プロチームのファン感謝祭ではなく、遠くは九州からも観光客が訪れる、戦車道に協力的な大洗町の一大イベントになりつつあった。
五月、最後の土曜日――。
大洗女子学園の学園艦は、昨日のお昼に定位置の第四埠頭に入港してきた。
大洗町の飛び地扱いの学園艦も、町内の祭りやイベントの際には、必ず帰港し、それに参加するように、と杏からの指示が出ている。町があっての学校という杏の考えによるものである。
午前八時三十分――。
学園艦の住宅地にある、秋山理髪店の入り口とは別になる、本宅玄関前。引き戸の扉が開くと、優花里の一人娘、遠藤みほが、元気に玄関から飛び出してきた。アニメキャラのついたリュックを背負い、可愛らしいピンクのスカートとフリフリのレース付ハイソックス、黄色のブラウスを着た彼女。ずいぶんとおしゃれをしていた。
「パパ! ママ! 早くいこう!」
元気な四歳児の両親を急かす声が、玄関の中へと響いた。
間違いなく優花里の娘だと一目でわかる、クシャクシャのくせ毛。高校時代の優花里を、そのまま小さくした姿が、娘の遠藤みほである。
急かされた両親は、苦笑いしながら、玄関から出てきた。
健介は、ラフな黒のタートルネックのインナーに少し明るい青のジャケット。茶色のチノパンツを履いて、手にはアディダスのスポーツバッグを持っている。優花里の方は、白のブラウスに青のカーディガン。迷彩柄のロングスカート姿で、いつもの迷彩リュックを背負っている。
「それじゃあ、お父さん、お母さん、すみません。行ってきます」
「ああ、ゆっくりしておいで。西住さんによろしくな」
健介が玄関に立つ、淳五郎と好子に挨拶すると、二人は、手を振って健介達三人を見送ってくれた。
みほは、健介と優花里の真ん中に立ち、右手で健介の左手を、左手で優花里の右手を握り、両親の顔を交互に見ながら、楽しそうにニコニコしながら歩いている。
三人が向かおうとしているのは、学園艦のバスターミナルだった。理髪店から大通りに出て、艦首方向に十五分ほど歩くと、目指すバスターミナルがある。
休日、遠藤一家が移動する際、普段は、健介の所有する日産の軽自動車で移動するのだが、今日は、車が多く、駐車場がないだろうという事と、娘にバスの乗り方を教えようとして、臨時路線バスを使って、上陸しようと考えていた。
外洋に出ている時は、学園艦の甲板を巡回する定期バスの始発地点だが、港に寄港すると、普段使われない、もう一つのバス停から大洗駅までを結ぶ、臨時バスの出発地点となる。
バスターミナルに着いた三人。
もう十人ほどの列ができている。その最後尾に並ぶと、みほはワクワクしながら、やがて来るバスを待っていた。
午前八時五十分――。時間になり、ワンマンバスが、大通りからやってきた。
バス停に停車し、左側面中央にある乗車ドアを開けたバスを見て、みほは、二人の顔を見ながら訊ねる。
「これに乗るんだよね?」
「そうだよ、さあ、気を付けて乗りなさい」
「はぁい!」
健介の返事を聞いたみほは、元気に答えた。
並んでいた列が動き出し、順番に、乗客がバスへと乗り込んでいく。娘の番となり、みほがバスに乗り込むと、後ろから優花里が「これを取るのよ」と言って、乗車券発券機から出ている乗車券を指差す。みほは、言われるがまま、乗車券を取ると、目の前に空いていた二人掛けの椅子の窓側に座った。
娘の隣に優花里が座り、健介は通路に立ったまま、上から二人を優しい目で見ている。
三人が乗り込んだ後、バスは、しばらく他のお客を待っていたが、八時五十五分、定刻となり、停留所を出発していった。
バスの行く先は、大洗駅前バスターミナルである。
そこで、華と沙織、麻子が待っている。そして、十時前に、西住みほが、電車でやってくる予定だった。
「ママ。みほお姉ちゃんって、みほの名前をくれたお姉ちゃん、なんだよね」
みほが、隣に座る優花里を見て、訊ねてきた。
優花里は、娘を見ながら頷くと、優しい声で答える。
「はい、そうですよ。とっても優しいお姉ちゃんだからね。みほちゃんも、西住殿みたいな人になって下さいね」
「うん、みほね、お姉ちゃんに会うの、とっても楽しみなの」
みほはそう言うと、顔を窓に向け、車窓から流れる外の景色を眺めはじめる。
元気な娘は、物怖じをしない、人見知りをしない女の子だった。
三人を乗せたバスは、桟橋から港内へ上陸すると、一路、大洗駅を目指す――。
三人が向かおうとしている大洗駅前広場では、華と麻子、沙織の三人が、顔を向き合わせて話をしていた。
三人は、西住みほや健介達を連れて歩き回るつもりで、動きやすいジーパンやパンツルックの格好で、それぞれ手に持ったイベントスケジュールと大洗の地図を見比べながら、今日の計画を立てていた。
「みんなが揃ったら、まず、紅白戦を見に観客席に行こうよ」
「――、そうだな。時間的に、紅白戦が見られる時間だな」
「戦車道の試合を直接見るのは、久しぶりです。楽しみですわ」
沙織の提案に、麻子がスケジュール表を見ながら答えると、華がそう言って頷いている。
そこへ、遠藤一家を乗せたバスが、駅前ロータリーに入ってきた。
バスから降りてきた遠藤みほは、三人を見て「お姉ちゃぁん、おはよう!」と言って、三人の輪の中へ飛び込んでいった。
沙織が「みほちゃん、おはよう!」と言って、彼女を抱きしめると、華も麻子も、口々に「おはよう」「おはようございます」と言って、彼女の頭を優しく撫でる。そこへ健介と優花里が遅れてやってきた。
「五十鈴先生、今日は、お世話になります」
「五十鈴殿、ご迷惑をお掛けしますが、宜しくお願いします」
健介がそう言って、大きい体を三十度に曲げると、彼の一歩後ろにいた優花里も、同じようにお辞儀をした。
「いえ、お気になさらないでください。わたくしも、楽しみしておりました。皆さん、今日は、思いきり楽しみましょうね」
「五十鈴殿、ありがとうございます」
華の返事に、優花里が答えると、両親を見ていた娘が、華に小さくお辞儀をする。
「えっと……。華お姉ちゃん! お、お世話に、な、なります」
一生懸命覚えたのかもしれない、みほの謝辞に、華は、満面の笑顔になり、膝を折り、彼女の目線の高さまで小さくなると、嬉しそうに言った。
「はい! みほちゃん。お世話を致しますね!」
華の上手い切り替えしに、その場にいた全員が、一斉に笑った。
「さて――、隊長の乗った電車が着くまで、あと三十分だな」
「うん、そうだね。それまで、改札口の所で待っていようか?」
麻子が腕時計を見て言うと、沙織が答え、遠藤みほの手を引き、駅へと歩き出す。それに続いて、麻子達五人も歩き出した。
大洗駅構内は、電車が到着する度に、感謝祭に行くのであろう人々が、続々と降りてきて、随分と混んでいた。
六人は駅構内に入ると、改札口がよく見える所に行き、みほの乗る電車を待っている。
三十分後――。
到着した電車から降りてきた人々は、これまで以上の人々の数が改札口を通っていく。
沙織達五人は、その人混みの中から、西住みほを見つけようと、目を皿にして改札口奥のホームへの階段を見つめていた。健介に抱っこされたみほも、じっと改札口を見つめている。
すると――、周りを歩く人にぶつからない様に、小刻みに右に左によけて歩く西住みほを、沙織が見つけた。
「おーい! み――。あっ!」
「――そうだ、沙織。よく止まったぞ」
思わず大声でみほのあだ名を呼ぼうとした沙織は、思わず両手で自分の口を押えた。隣で、麻子が彼女を見て褒める。そして、沙織、華、優花里、そして麻子の四人が全員で、右手を振った。
改札口を出てきたみほは、荷物を抱えて、しばらくキョロキョロしていたが、四人に気付くと、嬉しそうに、四人の元へ駆けてきた。
「みんなぁ! おはよう!」
「みぽりん、おはよう!」
「おはようございます!」
みほが挨拶をすると、同じように、沙織達が挨拶をする。そして、健介は抱っこしていたみほを、地面に降ろすと、静かに頭を下げる。彼を見た西住みほは、右手に持っていたバッグを両手で持ち直すと、背筋を伸ばし直立不動となり、彼に向かってお辞儀をした。
健介の隣に立っていた優花里は、みほに向かって、あらためて健介と娘の紹介をする。
「西住殿。主人です」
「西住さん、遠藤健介です。家内がいつもお世話になっております」
「いえ、こちらこそ、優花里さんには、迷惑ばかりかけてしまって申し訳ございません」
お互いに、繰り返し頭を下げる二人。
その健介の前に立っている娘は、目の前で頭を下げる、西住みほの顔をじっと見つめていた。
「――それと、娘のみほです。みほちゃん、みほお姉ちゃんですよ」
「えっと……。遠藤みほです! みほお姉ちゃん、おはようございます」
「おはようございます。うわぁ、優花里さんにそっくり! お利口さんだね」
優花里の紹介のあと、一瞬の間をおいて、遠藤みほが挨拶をする。
それを見た西住みほは、彼女に挨拶をすると、にっこりと笑った。
「……」
「えっ――。どうかしたの? みほちゃん?」
挨拶した後、自分の顔をじっと見つめている、遠藤みほを不思議に思い、西住みほは、彼女の目線に降りてきて優しく訊ねる。すると、娘は、オドオドとしながら答えた。
「――あのね、みほね、ママから『大きくなったら、みほお姉ちゃんみたいなりなさい』って、言われているんだよ」
「ダメよ、みほちゃん――。お姉ちゃんみたいになったらね。大きくなったら、ママみたいになりましょうね」
「……」
西住みほは、首を横に振りながら、遠藤みほに優しくそう言った。
すると、彼女は、またしばらく黙っていたが、今度は父親の方を見上げると、健介に聞く。
「パパぁ。みほ、どっちになればいいの?」
「そうだなぁ――。みほは、どっちになりたいんだい?」
健介が、娘に聞き返すと、彼女は、その場で腕組みをして考え込んだ。
周りの大人たちは、彼女の様子を見ながら、次の言葉を待っている。すると、みほは、健介の方を見て言った。
「うーん……。じゃあ、みほね。最初はママになって、次に、みほお姉ちゃんになる!」
みほの奇抜な返事に、大人たちは笑い感心している。特に、麻子がほとほと感心していた。
「――。さすが、健介さんと優花里の子供だ。機転がきいているな……。この子は、将来大物になるぞ」
麻子の言葉に、みほ、華、沙織が頷き、健介は笑い、優花里が恐縮した。一人、小さなみほは、大人たちを見ながらキョトンとしていた。
「それでは、みほさんと健介さん達の荷物は、先に、新三郎に家まで運んでもらいましょう」
そう言った華は、周りを見渡すと右手を、スッと上に上げた。
すると、ロータリー側の出口から、五十鈴家の半被を着た四十代後半のスポーツ刈りの男性が、七人のいるところへ歩いてくる。
五十鈴家の使用人頭、新三郎である。
あんこうチーム全員が知っている、華の一番の理解者だった彼が、スタスタと歩いて近づいてくる。
「先生、お呼びでございますか?」
十年前、みほ達が初めて会った時と変わらない、穏やかな話し方である。
華は、新三郎の顔を見たあと、威厳のある声で指示をする。
「新三郎、優花里さん達のお荷物を、家まで運んでおきなさい」
「かしこまりました。さあ、お荷物をお預かりします」
「すみません、新三郎殿」
「宜しくお願いします」
「いいえ、今日は、私も楽しみにしておりました」
みほと健介達から一礼されて、彼らの荷物を預かった新三郎は、同じように返礼をすると、その場を離れ、ロータリーの方へ向かう。そして、しばらくすると、遠目に人力車の所を引いて、駅前を離れる彼の姿が見えた。
「さあ、みんな、行こうよ!」
沙織が先頭に、合計七人は、各々が嬉しそうに、駅前から二台のタクシーに分乗して乗り込むと、大洗町の北西部に位置する、アングラーフィッシュホームグラウンドへと向かった――。
二十分ほど、タクシーに乗って場所を移動して、メイン会場傍の交差点にやってきた。
そこでタクシーを降りた一行は、試合会場へと向かう人々の流れに乗り、メインスタンドへと向かって歩きはじめる。
石畳で造られた、幅十メートルほどの遊歩道の両側には、たくさんの出店や屋台が並び、景気の良い呼込みの声と店を覗くお客さんで、とても、賑やかな通りとなっていた。
先頭を歩く沙織とみほ。次に、健介、優花里と娘の三人。最後に華と麻子が歩いて行く。
「西住殿、今日の試合、祐子ちゃん達には、私達が見に来ることを伝えております。祐子ちゃんは、他のメンバーに必ず伝えるからと喜んでおりました」
「……そうなんだ」
「西住殿――。やっぱり、試合を見る事、ご迷惑でしたか?」
「ううん、全然、迷惑じゃないから――。試合は紅白戦だっけ?」
「はい、フラッグ戦であります。祐子ちゃん達は白軍のフラッグ車を務めるそうですよ」
「そうなの。頑張って欲しいね」
「はい!」
優花里が、みほに気遣いながら話しかける。
みほに、戦車道へのわだかまりが残っていないか、優花里は心配だったのだろう。だが、みほの顔を見ると、その気遣いは杞憂だったことが分かる。華や麻子、沙織もホッとした表情だった。
すると、歩いている途中、沙織が、急に立ち止まった――。
沙織を追い越してしまったみほが、立ち止まり、振り返ると彼女の名を呼ぶ。
「沙織さん?」
「――ううん、ごめんね。何でもないよ」
沙織はそう言うと、みほの隣に急いでやってきて、また並んで歩き出した。一行の目の前には巨大な、観客席が見えている――。
遊歩道が終わり会場入場ゲートに着くと、優花里が、それぞれに杏から預かった、特別優待チケットを手渡す。それを持って、ゲートを通ると、そこはちょっとした広場になっている。広場周辺には、出店やオフィシャルグッズの販売店が立ち並び、大勢の町民や、ファンが、軽食を頬張り、お土産の品定めを、お店の前で行っていた。
出店が立ち並ぶ広場を七人は、人ごみをかき分けながら歩いている。
遠藤みほは、健介の腕に抱っこされながら「あれ、なあに?」「おいしそうな匂い!」と指を差して、楽しんでいる。
華も麻子も、賑やかな祭りを存分に楽しんでいた.
すると、広場に並ぶ店の前を通るたびに、一つ一つのお店の様子を真剣に見ている沙織がいる。
最後尾を歩いて着いてきている麻子が、沙織の様子を不思議に思い、彼女へ訊ねる。
「――沙織、出店なんて珍しくないだろう。何をそんなに熱心に見ているんだ?」
「甘いわよ、麻子。今、何処に流行が湧いてくるのか分からないのよ。もしかしたら、お菓子のアイデアになりそうなものがあるかもしれないしね」
「武部殿は、研究熱心でありますね」
「そうよ、御菓子業界は、弱肉強食の世界なんだから」
沙織の真面目さに感心しているみほ。
すると、いきなり前を見て、沙織が立ち止まった。
「もしかして、あの人、香織ちゃんのお母さんなのかな?」
沙織が見ている先には、大混雑の人ごみの中、キョロキョロと辺りを見渡しながら、オドオドしている、若い女性の姿があった。
一行全員が立ち止まると、麻子が沙織の隣にやってきた。
「誰だ、香織ちゃんって? ――それに、沙織、あの人、知っているのか?」
「ううん、知らないよ。でも、さっき、迷子のお母さん探しの放送があったでしょ」
「えっ、いつでありますか」
「十五分ぐらい前かな? 遊歩道を歩いている時よ。みんな、覚えていないの?」
沙織以外の全員が「覚えていない」というと、呆れた顔になった沙織である。
「もう……。ちょっと待ってて、行って確かめてくるから」
沙織は、若い女性の所に近寄ると、何やら話している。
若い女性は、何度も頭を下げると、足早に、人ごみをかき分けて、去っていった。
沙織が、ニコニコしながら四人の元に戻ってくる。
「やっぱりそうだった。よかった。お母さん、放送に気付かなかったんだって」
「――沙織は、良く覚えていたな」
「そうね。耳に入った事は、何故だか、頭に刻み込まれるというか、瞬間的に記憶できるようになっちゃったのよ」
「へえ、そうなのか。 ――沙織、お前、確かマスターにならったスイーツのレシピは、全部暗記しているんだったな」
「うん。マスターの修業は、厳しかったし、少しでも分量が狂うと、味が全く変わるからね」
「沙織さん。すごーい」
みほが、素直に感心すると、麻子が、沙織に訊ねる
「――それくらい、暗記できるんだったら、どうして、学校の成績が悪かったんだ?」
「それはね、自分が絶対に必要だと思わないと、どうも、私って記憶できないのよ」
「――何だ、それは?」
「おかしいでしょ」
沙織の話に、笑いながら歩く七人だった。
広場からスタンドの中に入ると、チケットの番号を見ながら、階段ゲートへと向かう。特別観客席はスタンド中央の最上段にあり、個室となっていた。正面には、三台の超大型4Kモニターが設置してあり、試合の様子がドローンによって空撮される事になっている。階段を上り、個室に着いたみほ達は、用意されている七つの席に、一番右から健介、遠藤みほ、優花里、華、みほ、沙織が座り、一番左側の席に、麻子が座った。一行は、正面に映し出されている、アングラーフィッシュの選手達の紹介や、戦車の紹介を興味深そうに見ている――。
時間となり、モニター画面に『紅白戦』という文字が浮かび上がると、スタンドから拍手が起こった。もちろん、みほ達も同じように拍手をしている。
画面が、それぞれのチームの選手と使用戦車を映し出すと、アナウンスより先に遠藤みほが「ティーガーⅠ」「パンターG型」と言い当てている。
そうして、白組の隊長車メンバーである、三代目あんこうチームの五人が映し出されると、今度は「祐子お姉ちゃん達だ!」と嬉しそうに、画面を指差した。
試合会場は、ステージで説明すると、草原ステージで、周囲には遮蔽物が何もない、力と力のぶつかり合いとなる、各チームの本当の実力がわかるステージである。
『試合開始!』
上空に一発の花火が打ち上がり、モニターに「試合開始」の文字が現れ、アナウンスが、実況を始めると、モニターの中の各戦車が一斉に動き出した。
試合は両軍入り乱れての、大混戦となった――。
フラッグ車のみがティーガーⅠ、その他はパンターG型の、全くの互角の戦力。
モニターを見ながら、娘のみほは「頑張れぇ!」と大声を張り上げていた。
「……〇×△」
麻子が、なにやら、言葉を口にした。
しかし、それはとても短く、注意しなければ聞き取れないほどの小声だった。
(……麻子? 今「……あいつ」って)
彼女の隣に座っていた沙織が、麻子の方を見た。
(あっ……。麻子の――、あっ、また。ーーもう一体、どうしたのよ)
沙織は、黙ったままモニターを見つめる冷泉麻子の様子を、チラリチラリと横目を使って見ている。
試合は、ギリギリのところで祐子達が、紅組隊長車の捨て身の攻撃をかわして、白組の勝利となった……。