ガールズ&パンツァー  五人の女神と魔神戦車   作:熊さん

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第3話  西住流の姉妹

  

 一人部屋の病室は八畳ほどの広さで、入口正面に大きな窓があって、そのすぐ傍に、セミダブル並みの、大きな医療ベッドが備え付けてある。

 まほは、そこに横たわって妹を見ていた。

 彼女の右肩は、大きなギブスで固定されていて、その肩全体を包帯でグルグル巻きにされた状態であった。そして何より驚いたのは、あの綺麗なダークブラウンの髪の毛が、全部剃られて、丸坊主になっており、頭のてっぺんを包帯で巻かれていたのである。

 

「みほ?」

「……」

 

 ベッドに横たわっている姉からの呼びかけに、言葉が出てこない妹である。そんなみほの様子に、まほは「私は大丈夫だから」と微笑みを浮かべながら、答えたのである。

 

「頭を打ってしまったからな。裂傷や問題がないのか調べる為に、見事に剃られてしまった。また生えてくるから、心配するな」

「お姉ちゃん……」

「それより、お前には礼を言わなければいけない。お前達のおかげで、二号車全員が助かった。――ありがとう、みほ」

「ううん。私、結局、お姉ちゃんの命令を、最後まで実行しなかったの。こっちこそ申し訳ありませんでした」

 

 姉の言葉に首を振りつつ、二つの荷物を足元に置くと、彼女は、直立不動の状態から、まほへ頭を下げた。そして、持ってきた荷物を、ドアの傍にあった荷物ラックへとのせると彼女は、姉の枕元へとやってきて、置いてあった丸椅子に座った。じっと姉の顔を見ている彼女は、痛々しい姉の様子を見て、自然と涙がこぼれてきた。

 

「どうした。みほ? なぜ、泣くのだ?」

「お姉ちゃんの顔を見たら……。ホッとしたから」

「そうか……」

 

 動かせる左手を使って、妹の頭を撫でるまほ。そして、その左手を握りしめた妹である。しばらくの間、お互いの手の温かさを確かめ合う姉妹だった。

 そこへ、ドアをノックする音が聞こえた。二人は、同時にドアの方を見る。

 

「プリーズ」

 

 まほが言うと、内開きのドアが開いて、ドイツチームのパンツァー・ジャケットに軍帽を被った、エベリン・シュタイナーと通訳らしき女性、二人が、部屋に入ってきた。

 まほと同じ二十二歳の彼女は、モデルかと思うくらいスタイルが良く、美しく大きな青い瞳をしている。しかし、その眼光は鋭く、見つめられると、ときめきより威圧感を感じる。彼女のセミロングの綺麗な金髪が、とても印象深い女性である。

 まほの足元へと移動してきたエベリン達に、身を固くしている二人。

 すると、エベリンが、二人に向かって、なにやらドイツ語で話しかけてきた。隣にいた通訳の女性が「えっ?」と言うような顔をしてエベリンの方を見ると、彼女は「いいから伝えろ」というような仕草を見せる。

 女性は西住姉妹に向かって、申し訳なさそうな言い方で、彼女の通訳をしてきた。

 

「エベリンは『西住流という戦車道は、とても愚かな戦車道の流派だ』と言っています」

 

 彼女の爆弾発言に、みほは、すぐに椅子から立ち上がり、思わず言い返そうとしたが、まほが、彼女の手を引っ張る。それを感じた彼女は、立ったまま口を噤んだ。

 エベリンは、なおも、ドイツ語で、二人に話を続ける。

 通訳も、ついに覚悟を決めたようで、正確に彼女の通訳してきた。

 

「『私は、世界各国の戦車道を知っている。お前達の西住流には「逃げる」という文字はないという事らしいだが、それがどんなに愚かで危険なものか、お前達は分かっているのか? 世界大会というのは、国と国が威信をかけて戦う大会だ。これはもう戦争と一緒だ。殺すか殺されるかの戦いなのだ。そんなところで、実力の差もわからずに、特攻などという戦法を選ぶお前達の西住流は、愚かと言う言葉では済まされない。現にお前の方の搭乗員達はどういう結果になった? 命の危険にさらされたのだぞ。チームを指揮する者が絶対守らなければならない事は、搭乗員の命を守ることだ。そんなこともできない奴は、戦車長ではない!』」

 

 エベリンの痛烈な指摘を、西住まほは、微動だにせずに聞いている。

 姉が責められているのを横で聞いているみほは、自然と涙目になってくる。

 すると、エベリンは視線を変えて、みほの方を向いた。

 

「『お前が妹だな? お前はあの状況下で、よく降伏するという判断を下した。感情的にならずに、冷静に戦況を分析したのだろう。殲滅戦の試合、残り一輌となった戦車で、搭乗員を守るには、降伏という手段しかなかった。その決断を下せるお前は、車長として立派だった』」

 

 ここでエベリンは、少し呼吸を整え、そして、ゆっくりとした口調に変わった。

 

「『お前達が、二人とも特攻という自滅の道を選んだのなら、私は一生西住流を軽蔑するところだった。しかし、姉は最後まで勝利を求め、妹はその引き際を的確に見抜いた。これは賞賛できよう。日本チームは本当によく戦った。お前達はたった四輌の戦車で我々を追い詰めようとした。だが、西住流の掟に縛られたままのお前達では、結局、私の敵ではなかったのだ。最後に、西住まほの一日も早い回復を、私は、心から神に祈っている』」

 

 そう言った彼女は、軍帽を脱ぐと、それを小脇に抱え、敬礼を西住まほへと贈った。そして、それを解くと、通訳を伴ってドアから外へ出て行ったのである。

 ドイツチーム隊長が出て行ったあとの病室は、シンと静まり返った。

 

「お姉ちゃん……。気にすることないよ……」

 

 西住みほは、姉にそう言うのが、精一杯だった。

 妹の優しい心遣いに、姉はにっこりと微笑んで「ああ、そうだな」と答えた。

 しばらく黙っている二人だったが、みほは立ち上がると「皆に電話してくるね」と言った。「すまない。宜しく頼む」と返事をした姉に対して「うん」と大きく頷き病室を出ると、彼女は携帯電話が使える、病院の屋外へと出た。

 そこから全日本チーム、司令官へと連絡を取り、姉が怪我をしているが大丈夫であること。その怪我の状態でベッドから動けない事を伝え、世話をする為に全日本チームをしばらく離れたいことを伝えた。

 司令官から許可をもらった彼女は、次に二人の母親である、西住しほへと、国際電話をかけた。

 

「お母さん。みほです。今、お姉ちゃんの病院にいます」

「――そう、それで、まほの容体はどうなの?」

「はい、怪我をしていますが、大丈夫です。それと、お姉ちゃんはしばらくベッドから動けないので、私がお世話をします」

「――わかりました。報告はそれだけですか?」

「はい……」

「――では、電話を切ります」

 

 そう言ったしほは、一方的に、ガチャリと電話を切った。

 

(お母さん、やっぱり怒ってる……。そうだよね。白旗上げちゃったの、私だもん)

 

 しばらく、携帯電話の相手ディスプレイを見ていたみほだったが、それを懐にしまうと、病院の中へ戻って行った。それからの彼女は、姉の看病を、病室に泊まり込みながら、献身的に始めたのである。

 体を思うように動かせないまほにとって、妹の介護は本当に助かった。食事の世話から体を拭いてもらう事。女性にとって恥ずかしい下の世話までを、甲斐甲斐しくやってくれる妹に姉は、いつも感謝していた。

 姉の看病を始めて一週間が経ち、病室のある八階の廊下を歩いていたみほは、他の病室から出てきた、まほの担当医師から、一緒に診察室へ来るようにと言われた。

彼女は、てっきり姉の退院の時期を知らせてもらえるものと思って、ワクワクしながら診察室へと入ると、医師の前に腰かけた。

 しかし、医師から告げられた話は、みほにとって、最悪の知らせであった。

 

「西住さん――。お気の毒なのですが、お姉さんは……、もう戦車道の試合には出場できません」

「えっと……。すみません。今、お姉ちゃんは試合に出られないって、言われたのですか?」

「はい。少なくとも世界大会には、選手として出場はもうできません」

「どうしてですか? 教えてください!」

 

 思わず声が大きくなったみほに対して、静かに理由を述べる医師である。

 

「右腕を動かす神経が、怪我で損傷しています。リハビリである程度は回復するとは思いますが、戦車道のメディカルチェックを通るまでには回復できません。戦車道のメディカルチェックは、ご存じの通りとても厳格です。命が掛かっていますから……。それをクリアーできないのです。つまり、選手になれない――ということは、試合に出られないのです」

 

 冷酷な医師の宣告に、みほは茫然として、それを聞いていた。

 

(お姉ちゃんが――。もう試合に出られない……)

 

 みほの頭の中を、ぐるぐると、この言葉が駆け巡っていた。

 しばらく黙っていた彼女は、静かに医師に訊ねた。

 

「あのぅ、先生……。試合には出られなくなっても、戦車には――。戦車には乗ることはできるのでしょうか?」

「はい、それは大丈夫だと思います。リハビリ次第ですが、指導する事には問題ないと思います」

 

 担当医師は、西住まほが、西住流の第一後継者であることを知っている。彼女が聞いた質問の意味も分かっていた。

 

「生徒さん達への指導はできます。ただ、選手としての資格が無くなってしまったのです」

「……わかりました。ありがとうございます」

 

 俯きながら席を立つみほへと、医師は彼女が本当に聞きたかった事を知らせた。

 

「お姉さんは、あと二週間で退院できると思います。他の方達は、もっと早く退院できるでしょう。世界大会は終わっちゃいますが、それは仕方がないですね」

「はい。退院まで宜しくお願いします……」

 

 みほは、椅子から立ち上がり、その場で大きくお辞儀をすると、診察室を出た。

 病室まで戻る廊下を歩きながら彼女は、姉にこの事をどう伝えようかと考え続けていた。

 

(お姉ちゃん……。どうしよう。なんて言ったらいいのかなぁ)

 

 八〇一号室のドアの前で、しばらく立っていた彼女だが、意を決して、無理やり笑顔を作ると、ドアをノックした。

「プリーズ」というまほの声を聞いて、彼女はドアを開ける。

 

「ねえ、お姉ちゃん! 先生がね、あと二週間で退院できるって言ってたよ!」

「――そうか、決勝戦は来週だから、二人で、テレビで見ることにしよう」

「うん。看護師さんに、お願いしようね」

「それと……みほ。お前、何か他の事も言われたのだろう?」

「えっ?」

 

 姉に背を向けていたみほは、姉の質問に、その場で固まってしまった。

 

「いい知らせなら、すぐにドアを叩くはずだ。お前は、しばらくドアの前にいたんだろう。先生から、他に何を言われたのだ?」

「お姉ちゃん……。気付いていたの?」

「わかるさ。それに、お前がそんなに明るく振る舞う時は、必ず隠し事を持っている。私はお前の姉だぞ。気付かない訳がない」

「――あのね。お姉ちゃん……」

 

 西住みほは、まほの枕元の椅子に腰かけて両手を組み、ベッドの縁に乗せると、医師から告げられた「選手として試合にはもう出られなくなった事」を、ポツリポツリと話した。それを黙って聞くまほであったが、話し終えた妹の顔を見ながら、彼女の手の上に自分の左手を乗せた。

 

「みほ……。心配するな。まだ今の段階での話なんだろう。大丈夫だ。必ず選手に返り咲いて見せる。リハビリを続けて、メディカルチェックもクリアーできるぐらいになってみせるから、安心しろ」

「――お姉ちゃん」

 

 みほは、組んでいた手をほどき、姉の手を、両手で握り返すと、まほの顔をじっと見たのだった。

 時は過ぎ、翌週の日曜のお昼になった。

 間もなく世界大会の決勝戦が行われようとしている病室のテレビを見ながら、その様子を観戦する姉妹である。

 

「アメリカはファイアフライを、五輌出してきたのか――。みほは、この陣容をどう思う?」

「はい、お姉ちゃん。私は、アメリカチームは遠距離からの攻撃で、ドイツチームの戦力を分断させる作戦だと思います」

「うん。――そして、どうする?」

「私。ドイツチームと戦ってみて感じたのは、あの『雷撃戦』という戦法は、究極の集団戦法なんだと思います」

「そうだな。私もそう思う」

「――だったら、集団戦ではなく、個別に撃破していく格闘戦に持ち込むのがいいんじゃないかと思います。ですから、アメリカチームは、何とかして市街地戦に持ち込もうとするんじゃないかと思います」

「わかった――どうなるか。アメリカチームの戦術を見せてもらおう」

 

 決勝戦はドイツチーム対アメリカチームとなった。シャーマン軍団対動物シリーズの戦車群。両チームとも、決勝戦にふさわしい陣容である。

 試合開始直後、先に動いたのはアメリカチームだった。ファイアフライで牽制しつつ、西住姉妹が、ここでなら格闘戦へと持ち込めると読んだ、市街地へと誘い込もうとしていた。

 

「あれ? お姉ちゃん、ドイツチームは何の警戒もなく市街地へ入っていくよ?」

「――。見ろ、まるで敵がどこにいるか知っているような動きだ。前方と後方と必ず挟撃できる配置になっている」

「本当だね。なんでわかるんだろう?」

「もしかしたら――。もしかしたらだが『雷撃戦』という戦法が一番発揮できるのは、市街地戦なのかもしれない」

「えっ……、集団戦法じゃないの? 『雷撃戦』って?」

「――今までの試合ステージに、市街地戦はなかった。だから気づかなかったんだが、この配置を見てみろ。――例えば、このシャーマンが、こちらに逃げるだろう。そうしたら、この左右の路地に、エレファントが待ち構えている。しかも、この位置なら信地旋回だって可能だ。誘っているのはアメリカチームだが、逆に追い詰めているはドイツチームだ」

「……すごい! 雷撃戦というのは、実は格闘戦の事なのかも」

「多分、そうだろう。そしてそれをエベリンは集団戦に応用しているのだろう」

 

 テレビの中の各チームの戦車の動きを見ながら、西住姉妹は、細かく分析をしていた。

 エベリンが乗車する隊長車は、市街地の入り口から、微動だに動かない。ドイツチームの各車輌が二車輌一体の編隊を組んで、前後に並んで進軍する。その前と後ろに戦車砲を向けつつ、細い市街地の路地を走り回っている。そして、ある時は追われながら、ある時は追い詰めながら、チームメイトが待ち構える、キルゾーンへと誘導しているのだ。

 一輌、また一輌と確実に撃破していくドイツチーム。そしてそのドイツチームはまだ、一輌も撃破されていないのだ。

 

「決まりだな……。もう、どうしようもない」

「……うん」

 

 西住姉妹から見ても、もう手の打ちようもなくなってしまったアメリカチームは、降伏の白旗を上げた。そして、十七回大会の優勝は圧勝でドイツチームになった。

 テレビを消したみほは、姉の枕元で、彼女の顔をじっと見ている。

 

「お姉ちゃん。すごい戦法だね。『雷撃戦』っていう戦法」

「ああ。各車輌の高い技術があってこその戦法なんだろうが――正直、あそこまで自軍戦車の動きを統率できるものなのだろうか」

「どうなんだろう? まるで、機械の戦車を動かしているみたいだったね」

「確かに、お前の言う通りだ。戦車は人が動かすものだ。それを、まるでコンピューターで操っている感じだったな……。エベリンは、同時に多数の相手戦車の動きがわかるのだろう。例えると、一手一手一つの駒を動かして、交互に攻めるチェスではなく、一手で何種類も同時に動かすチェスをやっている感覚で、試合をしているのだ。だから、その一つ一つの相手戦車の動きの先が読めるのだろう」

 

 まほとみほは、お互いを見ながら、そこで黙り込んだ。

 西住流の師範代理と副師範を務める彼女達は、またいつか戦う事になるであろう、ドイツチームとエベリン・シュタイナーに対しての勝機を、どこにも見いだせずにいた。

 


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