ガールズ&パンツァー  五人の女神と魔神戦車   作:熊さん

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第29話  まほの決意

 

 楽しかったゴールデンウィークも終わり、五月の第二週に入った――。

 しばらく静かだった●×保育園にも、元気な子供達の笑い声が戻ってきて、保育士、西住みほも、忙しくも楽しい毎日を送っている。

 男の子達は、使い古しの段ボールを、ハサミで切り取り、子供用椅子やテーブルと組み合せて『秘密基地ごっこ』と言いながら、自分の城を作り、他の友達に自慢している。女の子達は、おままごとに夢中で、おもちゃのキッチンセットの取り合いになっている。みほは、子供達の様子に気を配りながら、自分も一緒になって遊んでいる。

 そうして日々が過ぎ、家元会議が行われる予定の第三週となった――。

 それまでの一週間で、みほの周りで起きた出来事を、簡単に紹介しておく。

 みほが●×村に戻ってからすぐ、ゴールデンウィークが終わった直後の日に、保育園宛に、一つの郵便小包が届いた。

 宛名は、西住みほ宛になっており、差出人は、遠藤優花里からである。

 玄関先で小包を受け取ったみほは、琴音にそれを報告した後、事務所の自分の席で、小包を開封した。中に入っていたものは、優花里からの手紙とタブレットだった。

 優花里の手紙には、あんこうミーティングを開く趣旨の事が書いてあり、その開催日と時間が記してあった。そして、もう一つ、優花里から聞いて欲しいという、みほへのお願いが書かれてあった。

 優花里のお願いとは、加藤勉に、そこに勤める以前は、戦車教導隊の戦車整備部隊にいなかったかどうか、というものだった。

 彼女によれば、加藤は、健介が自衛隊戦車教導隊の戦車整備部隊に入ったばかりの頃、その部隊長を務めていて、手取り足取りで鍛えられた、主人の恩人かも知れないからという事だった。

 手紙を読んだみほは、それをカバンに直すと、事務所から出て加藤を探した。彼は、保育所の駐車場で、ごみを片付けながら、自分の軽トラへと分別ゴミを積んでいた。

彼女は作業をしていた加藤の傍に行き、優花里からの質問を訊ねてみる。すると、間違いなさそうで、加藤は遠藤健介の事も覚えていた。

 

「そうですか。遠藤君は、みほ先生のお友達と結婚されたのですね。いやぁ、世間というものは狭いものです」

 

 加藤はそう言って、懐かしそうな顔をすると、みほの問いに答えた――。

 第二週の中日、午後八時半。みほは、自宅にタブレットをセットし、スマホを接続すると、タブレットを起動させる。スカイプのカーソルを押し、登録番号から、優花里の番号を押す。コール音が鳴ると、すぐに繋がり、画面に三人が写る。同じ画面の別枠で、優花里が映った。

 沙織と華、麻子はファミレスのシート席、優花里は、どうやら自宅の一室からのようである。

 五人が揃うとすぐに、みほが髪を切った事が話題となり、その後、帰省した時の話となった。華が、戦車砲を撃った事を聞いた優花里が、ぜひ見てみたかったと言い、他の四人も同じように、華を見て言う。華は「楽しかったですわ」と嬉しそうに言った。そのあとみほは、頼んできた優花里に、加藤の事は間違いないと知らせた。

 すると、どうやら彼女の傍に健介がいたらしく、主人が、みほにお礼を言いたいと言っていると優花里が言ってきた、そして、初めて、健介とみほとの対面になった。

 

「ちょ、ちょっと、待って! 優花里さん。私、お化粧してないから!」

 

 大慌てでみほが、優花里に言うと、同じ画面に映る沙織が、みほに向かって、意外だったと言わんばかりに、びっくりするように言った。

 

「ええっ?! みぽりん、お化粧なんてするの?」

「沙織! それは、失礼すぎるぞ!」

 

 ニットカーディガン姿の沙織の左隣にいた、スーツ姿の麻子が、沙織の頭を、左手でパンと叩いた。

 

「あいたぁぁ!」

 

 叩かれたところを両手で押さえて、沙織は、思わずテーブルに突っ伏した。

 麻子の右隣で二人の様子を見ていたブラウス姿の華が、それを見て、こらえきれずに、両手で顔を隠して笑っている。

 みほは「お願いだから、ちょっと待ってて」と言うと、自分の部屋を出て、洗面所へと向かった。そこで大急ぎで髪を梳き、リップを塗り直すと、また、部屋に戻ってきた。そして、健介と対面した。

 遠藤健介を見たみほは、思わず思った。

 

(……まるで、プロレスラーみたい)

 

 確かに、健介の身長は185cmで、体重は95kgという、とても立派な体格をしており、頭は五分刈りの坊主頭である。少し強面といってもいい、日本男児という言葉がぴったりの男性である。

 ただ、言葉づかいや、物腰が柔らかく、みほも、彼と話をしている内に

 

(ああ、優花里さんが好きになるのも、わかる気がする……)

 

 と、なんとなく思った。

 健介は、機会ができれば一度ご挨拶に伺いたいという事を、加藤隊長に伝えて欲しいと、みほに伝言を頼んだ。

 もちろんみほも、必ず伝える事を約束して、健介との初対面は終わった。

 その次に、優花里から、真田琴音の事を、角谷杏らカメさんチームの三人に伝えた事の報告があった。

 なぜ伝えたのかの理由も聞いたみほは、素直に頷き、杏ら三人に、心配をかけた事を改めて謝罪してくれるように、優花里に頼んだ。

 最後に、杏からの伝言で、五月の最後の土曜日と日曜日の二日間、アングラーフィッシュのファン感謝祭が開かれるので、みほを招待するから大洗に遊びに来なさいという伝言が報告された。

 もちろん、みほは大喜びで、遊びに行くと言い出したが、ふと考え込んだ。

 

「……そうすると、泊りがけになっちゃうね。ホテルの予約取れるかな?」

「そんな心配はしなくていいぞ。――隊長」

 

 麻子が、考え込むみほを見て、画面の中から、すぐに彼女へ声を掛けた。

 すると、他の三人が、麻子が何を言おうとしたのか気付き、鋭く眼つきが変わった。

 

「――私の所に泊まればいいから」

「待ってよ! 麻子! 私の所が、麻子んちより広いし、ご飯だって食べられるから」

「お二人とも――。お泊りになるのなら、わたくしの家が、いいに決まっておりますから! 母も、みほさんが来ることを知れば、きっと喜びますわ!」

「華! 百合先生を出すのはズルい! それに華の家は、立派過ぎるのよ。気楽に泊まれないわよ」

「――百合先生が喜ぶのなら、おばあだって、隊長に会いたがっているぞ」

 

 三人が、タブレットの画面の中で、喧嘩を始めた。

 同じタブレットの別画面で、優花里だけが、一人ため息をついている。

 

「西住殿をご招待したいのですが……。自分の家には、もう空き部屋がないので、無理ですね」

 

「みんな、お願い、喧嘩をしないで――。私が決めるから、それでいい?」

「それでいいわよ」

「――ああ、隊長が決めるべきものだ」

「はい。みほさん、どこにお泊りになりますか?」

「うん、華さんの所!」

「はい!」――『ええ―っ!』――「はぁ……」

 

 みほの返事に、一人は喜び、他の二人は、非難の声を上げ、最後の一人はため息をつく。

 

「みんな、最後まで聞いて、華さんの所に、みんなで泊まろうよ。もちろん優花里さんや、健介さん達も一緒に、ね」

 

 みほの提案は、華の家に、あんこうの四人と優花里の一家、計七人が泊まったらどうかというものだった。

 

「華さん、どうかな?」

「そうですわ。それが一番ですよね。母も新三郎も喜びますわ。皆さん、ぜひ、泊まりにいらしてくださいな」

「うん! 麻子、ゆかりん、そうしようよ!」

「――ああ、異存はない」

「はい。主人と娘も喜びます」

 

 こうして、みほの大洗への再度の旅行が決まった。

 翌日、加藤に、健介からの伝言を伝えたみほは、加藤が喜んでいたことをメールで優花里に送る。

 そして、みほは、その日のうちに、住所変更と、住民票、戸籍謄本などを、●×村役場で書類を整えると、大洗に行くまでに、絶対にバイクの免許を取る事を、あらためて強く決意した。

 緊急家元会議に出席する為、第三週の夕方、琴音と加藤は、東京へと出発していった。留守を任されたみほは、子供達の遊び相手、昼食の献立作り、保育園内の掃除と、目が回るほど忙しく働いていた。

 会議が終わり、東京から帰ってきた琴音を出迎える為、保育園の入り口で、加藤の軽トラを待っている。

 夜九時に、軽トラのヘッドライトが、遠くに見えて、それがどんどん近づいてきた。

 玄関に止まった軽トラから降りてきた、二人は、黙ってみほの顔を見ている。

 

「先生? 何か、会議であったのですか?」

「みほ先生。お部屋に入りましょう。あなたも知っておくべきお話ですから」

 

 琴音はそう言って、先に家へと入る。荷物を持った加藤が、それに続き、最後にみほが、玄関をくぐった。

 奥座敷に集まった三人は、それぞれが、いつも座る場所に、腰を下ろすと、みほは立ち上がり、台所へと向かった。。

 みほは、煎茶を準備すると、座っている琴音と加藤の前に差し出した。

 出された煎茶を、二人は、ゆっくりと飲み、一息つくと、琴音がみほの顔を見ながら、話し始めた。

 

「みほ先生、いえ、西住みほさん。西住家次女のあなたには、お話をしなければいけません。今度の会議は、戦車道世界大会の打ち合わせだったのですが、そこで、お姉さんのまほさんが、戦車道全日本チームの司令官になられました」

「ええっ? お姉ちゃんが?」

「はい。それも、とても厳しい条件での司令官就任です」

 

 琴音は、みほの驚いた顔を見て、彼女の気持ちを察した。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 東京の戦車道日本連盟ビルの、最上階にある大会議室。

 午後二時まで、あと十分という時間になり、最上階のエレベーターホールに、続々と家元達が集まってきて、それぞれが、会議室の中へ入ると、割り当てられた席へと座っていく。そこは、三十坪ほどもある大きな部屋で、五人の理事が座る正面の机を囲う様に、コの字の形に、二重に会議机が配置されている。

 五分前になり、西住母娘も、最上階へとやってきた。

 二人は部屋に入ると、理事達が座る予定の、正面の机に一番近い、右手の一番目の席に並んで座る。

 座ったしほは、顔だけを動かし会場を見渡して、真田琴音の姿を探した。

 琴音は、しほたちが座る席から、ちょうど対角の位置になる後ろ側の机。その一番角隅になる席に一人、スーツ姿で座っていた。

 しほの視線に気付いた琴音は、小さく会釈をすると、しほは、同じように会釈をして、スッと席を立った。

 琴音は、しほの様子を見ると、首を横に振り、にっこりと笑った。

 

(お礼には及びませんよ、しほ先生――)

 

 彼女の目が、そう言っている。

 しほは、彼女の仕草に気付くと、その場で、四十五度のお辞儀をした。

 まほも母親に気付いて、同じように立ち上がると、琴音に向かって挨拶をした。

 時間は、午後二時となった――。 

 日本戦車道連盟の理事会メンバー、五人が会議場に入場し、正面の理事席へと座る。

 この会議場の中に、日本戦車道連盟が認め、それに所属する全ての流派、合計、四十の流派の家元が、一同に揃い、そして、緊急家元会議が始まった。

 その中には、乃木流家元、乃木美津子や、山本流の家元、山本早苗、佐藤流の佐藤加奈子など、みほが世界大会で共に戦い、その後、正式に家元になった十五号車のメンバーも、それぞれの流派代表として、この会議に出席している。

 

「お忙しい所、各先生方には、お集まりいただき、ありがとうございます」

 

 理事長を務める中央に座る女性から、開催の挨拶があり、あらかじめ決められていた、式次第にそって、会議が進んでいく。その中で、まほの西住流家元就任の紹介がなされ、全家元の拍手の中、全家元の承諾を得て、晴れて、西住流家元、西住まほが誕生した。

 会議も終わろうとする頃、その他の提案事項という項目になった。すると、左右の端に座っていた理事が立ち上がると、A4サイズの封筒を、各家元へと配って回る。

 配られた封筒から書類を取り出す、各家元達。

その書類の説明を、時間をかけて、理事長がおこなった。

 書類は報告書であり、世界大会の開く為の開催資金が不足しているとの内容に、各家元達は考えもしなかった結果報告だったのである。

 

「……以上の報告の通り、現在の段階で、開催予算が、350億円足りないのです」

「まさか……。理事会は、今まで何をやっていたのですか!」

 

 西住母娘のちょうど真向かい側に座っていた乃木美津子が立ち上がると、声を荒げながら、理事会全員へと詰問する。

 黙ったままの理事長に代わり、彼女の右隣に座っている、真田理事が、彼女の質問に答える。

 

「乃木先生、我々は、何も全く手を打たなかったわけではないのです。更なる出資のお願いを、各スポンサー方にお願いし、そこから他のスポンサーになり得る企業を紹介してもらいながら、各理事とも、資金集めに奔走しました。ですが、昨今の世界経済と日本経済の低迷により、どうしても、これ以上無理だということなのです」

「それでは、世界大会は返上するのですか?」

「いいえ、スポンサーになってもよいという企業が一社あります。その会社は、足りなくなっている350億円、全てを準備してもよいと言われています」

「どこなんですか? その企業と言うのは」

 

 確かに、そんな金額を一企業が、ポンと出そうと言っているのは、各家元達は半信半疑である。

 真田は、静かに言った。

 

「坂本商会です」

「坂本商会? それって、あの坂本商会なのですか?」

「はい」

 

 家元全員が驚いて、理事達を見つめている。

 

 株式会社、坂本商会――。

 元々は、日本における最初の株式会社と言われている、坂本竜馬が創設した『海援隊』が母体になっていると言われる、世界一のマルチ企業である。面積が5,000平方キロメートルという世界最大の学園都市艦を、会社単体で作り上げ、坂本商会一社が、この学園都市艦を運営しているのである。会社の所在地は、書類上、南太平洋マーシャル諸島の小島にある事になっており、その学園都市艦は、工業地域、商業地域、観光、製造、農業など、ありとあらゆる分野の最先端施設が揃い、自衛組織もそろえている。それは、小さな独立国家といっても良い会社だった。商いの為に、世界の海を走り回るこの会社は、全ての国に均等に接する為、国際スポーツ大会のスポンサーには、今までなった事がなかった会社だった。

 

 真田は、家元達を見渡しながら、話を続ける。

 

「……ただし、今の段階では、出して頂けるかもしれないというところです」

「出して頂けるかもしれないって……。かも、とは何ですか?」

「坂本社長から、幾つか条件が出されているのです」

「何ですか。その条件というのは、はっきり言ってください!」

 

 乃木美津子が、また声を荒げる。

 

「坂本社長の条件というのは――、全部で五つあります。一つ目は、無価値の証券を350万枚準備する事です。坂本社長は、この証券を買い取る形で、350億円の出資の担保にするとの事です。この条件は、各理事によって、すでに準備されております。二つ目は、現在の戦車道司令官の更迭です」

「――それで、いきなり司令官は辞任されたのですね」

「そうです。そして、三つ目の条件は……」

 

 そこで、理事長は、西住流の席に並んで座っていた、まほの顔を見て、静かに告げる」

 

「その後任になる新しい司令官に、西住まほ先生になって頂くという事なのです」――『ええっ!!!』

 

 理事長の言葉に、家元達は、一斉に西住しほとまほ親子の方を見る。

 二人は無言のまま、表情一つ変えず、理事達の方を見ている。

 

「なぜ? まほ先生なのですか?」

「わかりません。それが、坂本社長の条件なのです」

「四つ目は? 四つ目は何ですか?」

 

 美津子が、二人に代わって、理事長に聞く。だが、理事長は、申し訳なさそうに答えるだけだった。仕方なく美津子が、また訊ねる。すると、理事長は、さらに顔を曇らせて、その質問に答えた。

 

「その――。まほ先生に、戦車道日本代表に関する全ての権限を与え、その結果に対する責任も取ってもらうという事なのです」――『えっ! それは……』

「お待ちなさい!」

 

 美津子の驚きとしほの怒鳴り声が重なり、見ると、しほが席から立ち上がっていた。

 

「何ですか! その四つ目の条件は! 理事会は、西住流を潰すおつもりですか!」

「しほ先生、そういう意味では……」

「同じことです!」

 

 しほの顔は、我が子を守ろうとする母親の顔だった。

 

「全ての権限を与える? それは、選手全ての確保とか、訓練スケジュール、親善試合やらレセプションの計画、日程を一人で決めろというのですか? そして、連盟は、その結果、起こった全ての事を、まほ一人に押し付けるのですか?」

「いえ、しほ先生。そんな事は絶対にしません。世界大会までのスケジュールは、我々が作ります。もちろん、まほさんの意見も取り入れます。まほさんの負担が少しでも軽くなるように、連盟も全力で補佐させていただきます。まほさん一人に責任を押し付ける事は、絶対にしませんから。その証として、私ども五人全員の辞表を、すでに書いております。万が一の時は、私達も、同じように責任を取ります。――唯、まほさんが、司令官に就任してもらえないと、世界大会の開催ができないという事を、どうかご理解いただきたいのです」

「……」

 

 理事長達の覚悟も含め、そこにいる家元全員が、押し黙った。

 司令官の役割の重さを知っている人達でもあるが、何より、まほが世界大会に、選手として出場しようと努力してきた事を知っているので、選手ではなく、監督としての要請に彼女の心境を考えると、誰も言葉を発することができなかった。

 

「まほ先生……。どうか、日本戦車道の為に、お引き受け下さいませんでしょうか」

「――まほ……」

 

 真田から問われ、母から名を呼ばれ、席に座ったまま、ずっと黙って考え込んでいるまほ。

 しばらくして、彼女は、家元全員の注目を浴びながら、口を開いた。

 

「わかりました――。全日本チームの司令官就任の要請。お引き受けいたします」

 

それは、まほの決意と覚悟がこもった、力強い返事だった。

 

「まほ、あなた――」

 

 当然、しほは、心配そうな顔をしている。

 それに対して、まほは、少し微笑みながら、穏やかに答えた。

 

「お母様、ご心配には及びません。私一人で何もかもできる訳ではないと十分に理解しています。ですから、ここに居られる、全ての先生方のお力を、堂々とお借りしながら、この重責を全うしたいと思います」

「……まほ」

「まほ先生、及ばずながら、真田流は、全面的にご協力いたしますから、何なりと相談してください! それに、責任を先生一人に押し付けたりしません。万が一があれば、この真田流も、責任を取りますから!」

 

 琴音が先陣を切って宣言すると、美津子も早苗も、他の家元達全てが、ぞくぞくと椅子から立ち上がりながら、まほへ協力する事を告げる。

 

「先生方、ありがとうございます。まだ若輩者で、ブランクさえ長いこの私ではありますが、日本戦車道の誇りに掛けて、世界大会の優勝を目指し、采配を振るわせていただきます」

「ありがとう――。ありがとうございます。まほ先生」

 

 理事長は、目頭を押さえながら立ち上がり、深々と頭を下げる。

 同じように、他の理事達も立ち上がり、まほに向かって頭を下げた。

 まほも立ち上がり、返礼のお辞儀をすると、立ったまま、理事達に訊ねてきた。

 

「一つ、質問があります。理事長、司令官と選手の兼任はできましたよね」

 

 まほの質問の意味を、即座に理解した理事長は、小さくうなずく。

 

「はい、世界大会の規約には、別々でなければならないとは書いてありません。ただ、負担が大きすぎるので、分けてあるだけです。ただ、一国だけは兼任していますが……」

「――エベリン・シュタイナーですね」

「そうです。ドイツだけが、司令官と隊長を兼任しています」

「わかりました。ありがとうございます」

 

 まほの質問が終わり、理事長が、まほの目を見ながら、話す。

 

「最後の五つ目の条件なのですが、条件の内容は、まほ先生に直接伝えるそうなのです」

「私に、ですか?」

「そうです。本日、前司令官が、引継ぎの為に、別室に待ってもらっております。ですから、まほ先生、あなたは、前司令官からの引継ぎを終えましたら、すぐに、坂本商会の社長に会ってください」

「わかりました。それでは、早速、引継ぎをさせてもらいます」

 

 まほは、そう言って部屋を出ていった。

 その後の会議では、各家元達が、全面的にまほへ協力する事を約束して、会議が終わったのである

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「まほさんは……。いえ、西住流家元、西住まほ先生は、これから、大変な日々が始まります。全日本チームの立て直しを図り、選手達の技量を上げ、試合をしながら経験を積ませ、優勝を目指さなければなりません。先生の苦悩が手に取るようにわかります」

「――お姉ちゃん……」

「みほさん。あなたは、西住家の次女なのです。少しでも、まほ先生の負担を減らすよう、覚悟を決めておきなさい」

「はい」

 

 琴音は、会議の事だけを話した。

 実は、会議の終わったあと、しほとまほから、夕食を招待され、三人で食事をしていた。

 この時、まほは、初めて真田流という流派の事を、琴音自身から聞かされて、驚いたのだったが、これもしほの命令で、他言無用となった。

 こうして、翌日の新聞に『西住まほ、司令官就任』の見出しが大きく乗り、全国に知らされたのである。

 

 みほは、まほに電話を掛けようとしたが、忙しいのだろうかどうかわからずに、躊躇していた。でも、姉の事思うと、いてもたってもいられなくなり、電話を入れる。

 

「みほか」――「はい、お姉ちゃん」

「話は聞いているだろう。今度、私は、全日本チームの司令官に就任した」

「はい」

「心配はいらない。私も、覚悟は決めている。逆に、今までやれなかった方法で、チームを作り上げるつもりだ」

「はい」

「お姉ちゃん」

「なんだ?」

「――辛いときや、愚痴を言いたくなったら、私に電話下さい」

「……」

「私、それぐらいしかできないけど、お姉ちゃんの心の支えになりたいの」

「みほ……」

「何でもいいよ。お姉ちゃんの話し相手になる。だから……」

「――ありがとう、みほ。そうさせてもらう」

「うん!!」

「ありがとう。少し、心が軽くなった。また電話をくれ」

「うん。じゃあね、お姉ちゃん」

「ああ、お休み」

 

 みほは、携帯のボタンを切った。

 

 それからまた、二週間が経ち、みほの知らない所で、戦車道の世界で様々な動きがあった。

 だが、毎日を精一杯過ごしているみほは、それに気づくことはできなかった。

 そうして、無事にバイクの免許も取ったみほ。

 新しく、自分の愛車として、パステルカラーのベスパを購入した。

 五月、最後の土曜日の早朝、午前六時。

 みほは、自宅を出ると、玄関脇に置いてあるベスパの所へ来た。ボストンバッグを足元の部分にのせると、次に、インナーケースからオープンヘルメットを取り出し、それを被った。彼女は、小さく「よし!」と呟くと、シートに腰かけ、エンジンキーを回す。そして、みほの乗ったベスパは、早朝の●×村の県道を、軽快に駆け抜けていく。

 

(また、みんなに会えるんだ――)

 

 風を切って走るベスパを運転しながら、みほの心は、嬉しさで踊っている。

 着いた無人駅のホームで、明るい緑のワンピースに、白のカーディガンを着たみほは、ボストンバッグ一個を両手で持って、電車がやってくる方向を見つめて、ワクワクしながら待っている。

 実は――、同じころ、西住まほも大洗へと向かっていた。

 そこで、まほは、あんこうチームの二人目、天才と呼ばれていた人物の実力を目の当たりにするのである。

 


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