こんにちは、熊です。
ここまで、ご一読下さり、ありがとうございます。
今回の話を投稿するに当たり、まず、ガルパンを製作された全ての方々に、お詫びを致します。
今回のお話は、劇場版のネタバレをいれました。これは、このお話を続けていくに当たり、どうしても、このお話の理由付けが、必要だった為です。
劇場版の前に、この未来譚を書いていた故に、矛盾する部分が出てきてしまい、小手先の修正では、どうしてもお話を続けることができなくなりました。
原作尊重で、原作ありきの二次小説を、心掛けてきた熊にとって、これは、意に反する部分です。
無数にあるガルパンの未来のお話の中の、一つのお話だとご容赦ください。
ガルパンの製作に携わって頂いた、全ての方々に、お詫びいたします。申し訳ありません。
読者の方々には、劇場版のネタバレがあるため、映画を見ていない方、及び、これまでのお話の理由付けは、いらない方がいれば、冒頭から飛ばしてもらって「……以上、議題とは関係ないが、私の報告を終わらせてもらう」以下から、お読みください。
「まず、会議を始めるにあたり、今朝、帰国された真田理事から、口頭での報告が、一件あります」
「――はい」
薄暗い室内のおかげで、濃紺なのか、黒いのか、わからない上下スーツ姿の男性理事が返事をする。
真田理事と呼ばれた、白髪をオールバックにし、整髪料で固めた、初老の男性理事は、持っていた資料をテーブルに置くと、疲れた声で、静かにしゃべり始めた。
「皆さん、私は、昨日、ベルギーのブリュッセル国際空港で、島田さん達に会った」
「島田さん? 島田さんって……。まさか、島田千代先生ですか?」
「ああ。その島田さんだ」
「……」
そこに出席している、四人の女性理事達は、思いもよらなかった人物の名を聞き、言葉を失う。
真田は、その時の様子を説明する。
「……本当に、偶然だった。空港のレストランで食事をとっていると、先生と愛里寿さんが、入ってこられたのだ。先生は、私に気付くと、軽く会釈をされた。私の事をご存じだったようだ。ずいぶんレストランは混んでいたので、お二人は、店を出ようとしたのだが、私の席が三人掛けだったので、相席で良ければ、と二人に訊ねて、先生達に座ってもらった」
「先生は、あの事件の事を、何か、お話になりましたか?」
真田の真向かいに座っていた、黒髪を一つに束ねた、四十代の女性理事が、真田に聞いてくる。
彼は、一つ一つを確かめながら、ゆっくりと思い出し、それを言葉にしていく。
「先生は……。連盟に迷惑をかけた事を、私に詫びられた。私も、先生に、どうして、あんな試合をやったのかを訊ねてみたのだが、やはり、答えてはくれなかった。そして、先生は、各流派の先生達に、迷惑をかけたお詫びと、門下生を引き取って下さったお礼を伝えて欲しいと言われた。戦車道の話はそれだけで、あとは、軽い世間話をしただけだった」
「愛里寿さんは?」
「ドイツの大学を出て、そのまま、大学で働いているそうだ。日本語学科の先生だそうだ」
「なぜ、ベルギーに?」
「何でも、知り合いの方が、ベルギーにいるそうで、遊びに来ていたそうだ」
「日本語の先生――、ですか……」
「ああ」
「あの事件さえなければ……、日本戦車道の至宝と言われた愛里寿さんは――」
「ああ、少なくとも、今の代表チームの成績では――、なかっただろう」
理事達から、次々に質問される事柄に、彼は、丁寧に答えていった。
真田が、最後に言った言葉を聞いて、四人は、小さくうなずく。
「しかし、本当に恨みます。あの文科省のおかげで、一つの流派と大切な人材を失ってしまった」
「本当ですよ。あれから、日本戦車道を立て直すのに、どれだけの労力が必要だったか」
「――そうですね」
二人の女性理事が呟く、恨み節に、司会を務める女性理事長は、うつむきながら、彼女らに同意した。
理事達が言う、あの事件とは……。
島田流の永久追放事件――。
八年前に起こった、大洗女子学園廃校計画に端を発した、大学選抜対大洗女子学園の試合の結果の事である。
当時の文科省学園教育局が計画していた、学園艦統廃合計画は、国内の行政手続きを経て、計画されたもので、廃校になる学園艦の発表前に担当官が、内々で各学園艦へ通達していく事になっていた。
その最初の通達先が、大洗女子学園だったのである。
通達を行う担当官は、角谷杏の『全国大会優勝したら、学園を廃校にしない』という提案を、不可能な事だと甘くみて、口約束の形で了解し、教育局にも、彼は、そのように報告していた。
ところが、大洗女子学園は、全国優勝してしまった――。
これに慌てた文科省は、国内の行政法規を無視して、日本戦車道連盟の許可もなく、強引に、大学選抜対大洗女子学園の殲滅戦の試合をやったのである。
この試合の開催を知った、当時の男性連盟理事長は、なんとかできないものかと文科省と交渉したが、彼は戦車道界からの出身ではなく、文科省からの天下りであった為、行政権力の前にはどうする事もできず、結果として、あまりにも無茶な試合が行われてしまった――。
この殲滅戦の試合は、戦車道ルールから逸脱するものばかりで、日本の連盟はおろか、世界戦車道連盟からも、大問題視されたのである。
この試合の精査をした世界連盟が、問題とした行為は、三つあった。
まず、世界連盟は、この試合自体が、政治色がきわめて強い、私的な試合であると認定したのである。
試合結果により学園艦の廃校が決まるという、まったく戦車道と関係のない事を決めるのに、念書まで作り、戦車道の殲滅戦が行われた事を問題とした。
世界連盟は、この国内法規を無視して、大洗女子学園の廃校を強行しようとした文科省側の不法行為であると認め、これに抵抗する為に試合をやった、大洗女子学園と各学校からの短期転校生達の責任は、当然の権利として不問とした。
二つ目の問題は、大学選抜チームが、自走臼砲「カール」を使用した事である。
戦車道規則に「乗員室は連盟公認の防護材で覆い、搭乗員の安全を確保する」と明記されている所を、そもそも搭乗員室がない自走砲を使用した事と、半自動で装填する戦車は、搭乗員達の技量を競う戦車道という武道とその試合になりえないと結論づけた。
そして、最大の問題が、島田愛里寿が搭乗したイギリス戦車「センチュリオンMkⅠ」であった。
彼女が乗った戦車は、「A41プロトタイプ」ではなく「生産型センチュリオンMkⅠ」だったため、戦車道始まって以来の、重大規約違反となってしまったのである。
戦車道の試合は、戦車の性能が、一番にものをいう。
その為に、厳格なルールが作られており、特に、1945年8月15日ルールは、絶対であった。
国際戦車道規約に明記されてある、通称『815(はちいちご)ルール』と呼ばれる、この規約は『大戦終結のこの日以前で、設計図の段階まで計画された戦車が、戦車道の試合に使用できる』という、絶対原則のルールで、例えて言うなら『野球は、9人対9人で試合をする』というぐらいの当たり前のルールだった。
ところが「センチュリオンMkⅠ」の設計が完了したのは、8月15日以降、大戦終結後の事で、戦車道の試合には、絶対に出してはいけない戦車だったのである。
この結果、日本戦車道連盟には、重い処分が下り、決まりかけていた日本大会の開催権を剥奪されてしまった。こうして、日本大会の開催がなくなり、一年の準備猶予期間を経て、アメリカ大会が開催されたのである。それからは、三年ごとの持ち回りとなった――。
この試合を強行した文科省は、実際のところ、世界大会の利権の為に動いており、その為にも大洗を廃校にして、金を浮かせる必要があったのだが、表面だって行動していた、担当官の独断による職権乱用として、彼を懲戒免職とし、刑事訴追することにより、知らん顔を決め込んだ。そして、この試合を止めることができなかった男性理事長も、責任を問われ、引責辞任の上、戦闘行為によって発生した、戦車、施設全ての賠償を負う事になった。
だが、この試合で、一番の責を負ったのが、島田宗家の千代とその娘、愛里寿だった。
戦車道を教える家元が、どういった理由で、この試合を受けたのかを、彼女は、最後まで言わなかったが、世界連盟から、重大違反を二つも起こした事で、永久追放処分を受け、彼女達と島田流という流派は、日本から姿を消した。
その試合に参加した大学選抜の選手達も、各大学から処分を受け、そのまま戦車道の世界から身を引いてしまう。
追放となった島田流の門弟達は、西住しほの各流派への懇願もあり、西住流を始め、各流派に吸収されていった。
日本を出た二人は、まず、イギリスにいたが、その後、ドイツへと渡り、愛里寿の大学編入と卒業となったようである。
この事件の事は、日本戦車道最大のタブーであり、各流派とも、決して口にはしない――。
「……以上、議題とは関係ないのだが、私の報告を終わらせてもらう」
「お疲れ様でした。真田理事、ありがとうございます」
女性理事長は、真田にそう言って、ため息をつくと、会議の進行を続ける。
「次に、今、皆さんのご覧になっている資料は、日本大会のスポンサーになって頂いている企業、団体の金額一覧表です。やはり、これ以上の相談は、無理な状況です」
「さすがに、もう無理なのですね……。これで、もう手は尽きたのでしょうか?」
「そうだな。あらゆる手は尽くしただろう。本当にすまない。なんとかしたかったのだが……」
理事長が言うと、別の女性理事が、真田に向かって訊ねてきた。
彼は、首を横に振り、両腕を胸の前で組むと、そう言って、深く椅子に座り直した
五人全員の落胆の表情が、薄暗い部屋の中でも、手に取るようにわかった。
「いいえ、真田理事には、今回の出張で、よく坂本商会との交渉をまとめて頂きました。これが、私達の最後の希望ですから」
理事長から、労われた真田は「そう言ってもらうと、私も、気が少し楽になるが」と言って、組んでいた腕をほどき、今度は、机に置かれている一枚の書類を手に取った。
すると、他の四人の女性も、彼と同じように書類を手に取り、そこに書かれている文面を、それぞれ読んでいる。
「それでは、坂本社長の、この五つの条件を飲まないと……」
「そうだ。戦車道世界大会の――。日本での開催が、不可能なのだ」
理事長が言うと、坂本が結論づける。
それを聞いた五人の理事は、あきらめとも、嘆きとも取れる顔で、書類を見つめている。
しばらくして、真田の方から、理事長へと訊ねる。
「一つ目の条件の、証券の方は、全て揃っているのだろうか?」
「ええ、一昨日、手続きが終わり、枚数も、条件の枚数を揃えました」
「よく準備していただきました。これがないと、交渉どころの話でなくなる」
「そうですね」
彼は、椅子に座ったまま、理事全員に、軽く頭を下げる。
それを見て、四人の理事も小さくうなずいた。
「二つ目の条件の方は、どうですか?」
理事長から訊ねられた、彼女の右隣に座る、ショートカットの四十代の女性理事は、小さな声で、彼女の問いに答えた。
「はい、司令官からも、全日本チームの不本意な成績の責任は取りたいと、辞意の意志を受けております。月曜日に発表する予定です」
「そうですか。坂本社長の、二つの条件を満たせるわけですね。わかりました」
「次に、三つ目の条件なのですが――。なぜ、西住まほ、なのでしょうか?」
問いに答えた女性は、逆に、理事長に訊ね返してくる。
「私には、わかりません。ただ、司令官からは、彼女ならば、任せても大丈夫だ、と言われていますが、真田理事はどう思われますか?」
「私にも、全くわからんのだ。坂本社長は、何を考えているのだろう……。それに、次の四つ目の条件を重ねると、彼女への負担が、あまりに大きすぎる」
「確かにそうです。ですが……。一番の問題は、西住まほが――、彼女自身が承諾してくれるか、どうかです」
「彼女には申し訳ないが、承諾してもらわねば……。日本大会の開催は、日本戦車道全体の威信がかかっている。二度も世界大会が開けないという事には、絶対にできない」
「そうです。そうですね……。してもらわなければいけませんね」
「そして、この、最後の条件……」
「これが、一番わからない内容だ」
一枚ものの書類。その五番目に書かれていた項目を、全員が見つめていた――。
『条件5、西住まほに、口頭で、直接、条件を伝える』
西住家をタクシーで出発した、みほは、熊本駅に着くと、みどりの窓口へ行き、時刻表を見ながら、●×村への最寄駅までの時間を逆算して、新幹線の切符を買った。
乗る予定の新幹線は、午前十時二十五分。今の時間は、十時五分。到着するまでには、しばらく時間がある。
みほは、買った切符を財布にしまい、みどりの窓口を出ると、熊本駅ビル内にある、本屋へと向かった。
本屋へ入ると彼女は、店内をキョロキョロ見ながら、奥へ奥へと進んでいく。
壁に沿って並べられている本を、目で追いながら、みほは小さく「あった」と呟いた。
本棚から引き出した彼女の手には『交通法規集』の本と『免許合格問題集』の二冊があった。
交通法規集を、左の小脇に挟み、問題集をパラパラと軽く見ながら、彼女は「うん」と言って、今度は、交通法規集と交換する。
さっきと同じように、パラパラとめくるが、今度は気に入らなかったのか、その本を本棚に戻すと、別の本を引き抜き、その中身を軽く見ている。
みほは「これにしよう」と、独り言を言うと、入口にあるレジカウンターに向かい、二冊の本を買った。
袋詰めされた二冊の本を、大事そうにバッグに入れると、みほは、エスカレーターを降り、駅ビルを出て、今度は、構内にある一軒のお土産屋に入り、店内を一周して、考えている。
「やっぱり、これは、外せないよね!」
みほはそう言って、熊本名物『辛子蓮根』の箱詰めセットと『熊本に行ってきました!』というキャッチフレーズの入った、クッキーセットを二つずつ、合計、四つ買った。
お店の紙袋とバッグを両手に持ち、店を出た彼女は、改札口へと向かう。
駅構内は、ゴールデンウィークの日曜日でもあり、大変な人混みになっている。
ぶつかりそうになるところを、右に左に彼女はよけて、改札口を通ると、新幹線ホームに上がって行った。
時間は、午前十時二十分――。
彼女は、自由席乗り口に並ぶ列の最後尾に並ぶと、紙袋とバッグを地面に置き、バッグから『交通法規集』の本を取出すと、それを、一心不乱に読み始めた。
新幹線の到着のアナウンスがホームに流れ、並んでいる人達は、一斉に、南の方を向き、到着する新幹線を見つめるが、彼女だけが、本を読み、それに興味を示さなかった。
ホームで停車した新幹線の自由席口のドアが開くと、降りる人々がそこから出てくる。それが途切れると、順に自由席へと乗り込む人々。
みほは、本を読むのを止めると、その流れに乗り、新幹線に乗り込んだ。
彼女は、自由席に座ろうとしたが、あいにく席が埋まってしまったので、乗り口デッキの反対側の壁に寄りかかるようにして、斜めに立つと、持っている本をまた読みだす。
こうして九州新幹線は、博多駅に到着すると、山陽新幹線に乗り換えた、みほ。
みほは、名古屋に到着すると、新幹線を降りて、中央本線へと乗り換えた。
歩いている以外の彼女は、ずっと法規集を読み続けている。
日曜日の夕方の六時になった――。
みほは、ようやく、●×村の最寄りとなる無人駅に着くと、駅から、加藤勉へ電話を掛けた。
彼女は、前日、加藤から駅まで送ってもらい、車を降りると時「明日、駅に着いたら、電話してください。迎えに来ますから」と言われていたので、電話したのである。
(やっぱり、バイクの免許。絶対に取らなきゃ――。加藤先生に、何かあるたびに、いつも、いつも、駅まで送ってもらうわけにいかないよ)
みほが、バイクの免許が欲しいと言った理由は、これだった。
電話を掛けた後、加藤が来るまで、みほは、無人の待合室で、また法規集を読み始める。
みほは、待っている時間が、気にならない程、集中して読んでいる。
そうして、加藤から、自分の名前を呼ばれるまで、全然気が付かなかった。
「みほ先生。お待たせしましたね」
「あっ……。先生、すみません。気付きませんでした」
「教本ですか? 先生、車の免許を取るんですか?」
「いいえ、まず。バイクの免許を取ろうと思うんです。いつも、先生の好意に甘えてばかりですから」
「――そうですか」
「それと、これ。先生、どうぞ」
みほはそう言って、熊本駅で買った、『辛子蓮根セット』と『クッキーセット』を一つずつ、加藤の前に差し出した。
にっこりと笑うみほを見て、加藤は「いやぁ、気を使わせちゃいましたね」と、苦笑しながら、そのお土産を受け取る。
(みほさん、また、一段と明るくなりましたね。何にせよ、いい傾向です)
加藤は、●×村へと軽トラを走らせながら、助手席で、ずっと本を読んでいる彼女を、横目で見ながら、そう思っていた。
●×村に戻り、家の前で加藤と別れたみほは、バッグを家の中に置くと、すぐに玄関から出てきた。お土産袋だけ持って彼女は、琴音の家に歩いて向かう。
琴音の家に着いた彼女は、奥座敷で、琴音と向い合せに座ると、お土産を渡し、帰省しておこった出来事を、琴音へ報告する。
相槌を打ちながら、彼女の話を聞く琴音に、みほは、今朝、母親から預かった手紙を、彼女に渡した。
手渡された手紙を読んだ琴音は「しほ先生……。やはり、昔と同じ、気配りのできる素晴らしい先生ですね」と、みほの前で呟いた。
正座をして、その呟きを聞いたみほは、琴音に訊ねる。
「先生。お母さんを知っているのですか?」
「ええ、昔、戦車道をお休みする前に、お会いしたことがあります」
「そうなんですか」
「ええ。ちほ先生も知っていますよ」
「えっ、お婆ちゃんも?」
「ええ、お世話になりましたからね。ちほ先生のお葬式にも行きましたよ。その時、初めて、みほ先生に会ったのですよ。覚えていないでしょうけど。みほ先生は、まだ、三歳でしたものね」
「ごめんなさい。覚えていません」
琴音は、素直に謝るみほを見て、クスッと笑った――。
その後、みほは、琴音と自分の、二人分の夕食を作り、楽しい会話の中で、食事をとる。
夜の九時前に、自分の家に戻ったみほは、自室であんこうの四人に、家に帰った事を、それぞれにメールで送った。
四人からは、すぐにメールが戻ってきて、それぞれには『よかったネ』とか『おめでとう』といった件名で、一言ずつ、感想が書かれてある。その感想を、嬉しそうに読む、みほだった。
翌日の月曜日――。
朝からずっと、自室で、部屋着のまま、法規集と問題集の二冊の本と、にらめっこしている、みほ。
昼過ぎに、ようやく満足そうな顔になった。
「よし、完璧。もう、大丈夫。全部、覚えた!」
彼女は、そう言って、座ったまま、両手を上にあげ、思いきり背伸びをする。
みほは、視線を、テーブルの上に置いている二冊の本から、開けていた窓の外へと移した。
明るい太陽の光と新緑の山々が、窓の外に見える。
「ゴールデンウィークが終わったら、住所を変更しなきゃ。園長先生に相談して、早い内に、免許を取りに行こう!」
彼女は、自分でも、日に日に変わっていく、自分がいる事に気付いていた。
みほは、部屋着から、青のトレーナーに、ダークグリーンのキュロットスカートという、楽な外出着に着替えると、夕食を作りに、五時頃、琴音の家に向かった。すると、奥座敷で、テレビを見ていた琴音が、部屋に入ってきたみほを見て「みほ先生、これ――」と、テレビを指差す。
彼女は「はい?」と、琴音に返事をすると、指差されたテレビの方を見る。
そこには、夕方のニュースが写っていて、アナウンサーが、何やら早口で説明をしている。画面の下に流れるテロップに「戦車道全日本チーム司令官、本日付で、司令官を解任!!」と流れていた。
「えっ! 解任って……。それじゃあ、お姉ちゃんのトライアウトは?」
「みほ先生。まほさんに電話をしてみなさい」
「はい!」
みほは、キュロットのポケットから、スマホを取り出すと、姉の携帯番号を入れて、通話ボタンを押す――。
姉のまほは、すぐに電話に出た。
「もしもし――」
「お姉ちゃん? みほです」
「みほか、どうしたんだ?」
「ニュース! お姉ちゃん、ニュース見た?」
「ああ、司令官の事か。私の所に、お昼過ぎに、連盟から電話があって、その事は知っている」
「えっ、どうして、お姉ちゃんの所に?」
「トライアウトの希望者には、ちゃんとやるから、という連絡をしているそうだ」
「そう――。よかったぁ」
「それと、もう一つ、私に、家元会議に出てくれ、と言われたのだ」
「えっ? お姉ちゃんが? どうして?」
「わからないが、どうせ、お母様の付き添いで行くつもりだったからな。別に、出席しても構わないだろうと思うし、お母様も、勉強の為に出なさいと言われたから、出るつもりだ」
「そうなんだ、わかった。ごめんね、お姉ちゃん、いきなり電話して」
「それは構わん。この番号は、お前の番号か?」
「うん!」
「登録しておくが、いいか?」
「うん、お母さんにも、教えてあげて」
「わかった。それじゃ、電話を切る」
「うん」
そう言って、まほの方が先に、電話を切った。
(お姉ちゃん、お母さんと同じ、電話の切り方になってる)
みほも、電話を切ると、クスッと、思い出し笑いをした。
みほの様子を黙って見ている琴音に、スマホをポケットにしまいながら、彼女は「トライアウトは、するそうです。よかったです」と、報告する。
小さく頷いた琴音は「それは、よかったですね」と、答える。
そうして、みほは台所へ向かうと、もう一度、スマホを取り出して、昨日、沙織から、メールで送られてきた、夕食のレシピを開くと、冷蔵庫から、食材を取り出し、料理を始めた。