ガールズ&パンツァー  五人の女神と魔神戦車   作:熊さん

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第25話  一人と三人は語り合う

 

 逸見エリカは、自分の前に置いていた、お茶を一口飲んで、口の中をきれいにすると、みほの顔をじっと見つめながら、静かに話をはじめた。

 

「副隊長がいなくなった事をニュースで知ったから、私は、西住家の内弟子になって、まほ先生のお手伝いを、ずっとしてきた――。そして、火曜日の夜に、華先生から、訪問したいという電話があった事を知って、私は、十中八九、副隊長の事で、先生は来ると思ったの。だから、しほ先生に無理を言って、同席させてもらったのよ」

 

 エリカは、そう言うと、もう一度、お茶を飲んだ。

 みほは、黙って、エリカの話を待っている。

 しほとまほ、そして、美鈴の三人は、二人の会話の様子を、黙って見ていた。

 

「木曜日の、午後二時を過ぎた頃だったと思うけど、華先生は、一人で来られたの。先生の御付の人がいなかったから、もう間違いないと思った」

 

 エリカは、その時の事を思い出しながら、みほに話をしていく――。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 二日前の木曜日――午後二時を回ったところである。

 品の良い、淡い青色のパンツスーツ姿の五十鈴華が、西住邸へと、タクシーでやってきた。

 華は、火曜日の夕方に、飛行機で、福岡へやってきていた。

 福岡空港に着いてすぐに、彼女は、西住家に訪問したいというアポイントを取った。もしも、相手に、時間がないようなら、これからすぐにでも、熊本へ行くつもりだった。幸いにも、木曜日で大丈夫との事だったので、福岡での授業が終わってから、西住邸にやってきたのである。

 菊代に案内され、奥座敷にやってきた華は、一礼をして奥座敷に入った。

 部屋には、廊下側から正面奥の所に、しほとまほが、西住流戦闘服を着て、座布団に正座で座っていた。部屋に入った華から見て左手、二人の側座となる位置に、逸見エリカが、畳の上に、直接、正座で座っていた。

 座敷の中央まで進んだ彼女の前へ、菊代が、来賓用の座布団を持ってきて、しほとまほの真向かいとなる位置に置き、華は、それを準備してくれた菊代へ、軽く会釈してから、そこへ、正座で座った。

 

「しほ先生、まほさん、ご無沙汰しております。逸見さんも、お久しぶりですね」

 

 華は、首を軽く右に傾けながら、にこやかに言った。

 

「はい、ご無沙汰しております。五十鈴先生も、お元気そうで、なによりです」

「こんにちは。華先生」

「――、こんにちは」

 

 みほと同い年という、自分より、はるかに若い年齢なのだが、五十鈴流家元である彼女に対して、しほは、敬意を払い、彼女を「五十鈴先生」と呼び、丁寧な言葉づかいで、彼女を迎えた。

 まほも、華を先生と呼ぶ事で、敬意を払う。

 しかし、エリカだけが、ただ、機械的に返事をしただけ、であった。

 

「しほ先生。時間が掛かりましたが、ようやく、お約束が果たせました。私達四人は、先週の金曜日、みほさんとお会いすることができました」

 

 とても静かな奥座敷に、華の穏やかな、優しい声が響いている。

 しほとまほは、黙ったまま、華の話を聞いている。

 

「みほさんとお会いして、私達は、なぜ、みほさんが家を出たのか、理由をうかがいました――」

 

 華はそう言うと、彼女が四人に話したことを、そのまま、三人に話していく。

 しほとまほは、それを黙って聞いていて、顔色一つ変えず、身動き一つしない。

 母と姉。二人の心中は、外から見ている限り、計り知ることはできなかった。

 ただ――なぜか、そばにいる逸見エリカだけが、だんだんと顔を紅潮させていた。

 

「――みほさんは、ずいぶん悩んで、それで、決めた行動のようです。でも、真田先生達の助けもあり、ちゃんと一人で生活しておられます。私達が、家に電話するように言いましたから、しほ先生も、みほさんの事を、どうか許してあげてください」

 

 華は、姿勢を崩さず、二人にそう言った後、ゆっくりと頭を下げた。

 しほとまほは、すぐに返事ができないのか、黙ったままである。

 そこへ、エリカが、華に口をはさんだのである――。

 

「五十鈴先生、許してくださいというのは、副隊長の意志なのですか? それならば、虫が良すぎるのではないのでしょうか? 世界大会で、まほ先生の命令を、最後まで実行せずに、自分だけが危ない目に合う事もしなかったのです。そして、一人で勝手に悩んで、挙句の果てに、自分の意志で、西住の家を出ていったのですよ。それを、今さら、許してくださいというのは、自分勝手だと思いますけど……」

 

 思わぬ方向から意見を言われた華は、頭を上げると、顔だけ、即座に座るエリカの方に向けて、静かに反論する。

 

「いいえ。許してくださいというのは、みほさんのお気持ちではありません。私達、四人からのお願いですけど」

「それならば、西住家の家族の問題でしょう。部外者のあなた達が、口出す事ではないと思いますが」

 

 エリカの言葉には、冷静に話しているように聞こえるが、みほに行動に対して、整理がついていない事が、華には、よくわかった。

 すると、華は、しほとまほに向かって「失礼します」と、一言告げると、今度は、体ごとエリカの方に向け、また姿勢を正し、エリカにむかって諭すように話を続けた。

 

「私も、みほさんから、世界大会での出来事は、うかがいました。逸見さん――、万が一という事が起こってからでは、全てが遅いのですよ。例え、それで自分が責めを負うような事になったとしても、みほさんは、チームメイトの事を第一に考える人なのです。それが、自分のお姉さんのチームの一大事であり、自分のチームも、悲惨な結果しか残らない事がわかっている時、西住流の流儀を破るしか方法がなかったのならば、それを、みほさんが躊躇なく選ぶという事は、当たり前の事なのです」

「西住の人間が、西住流の掟を破って、それが、当たり前というのは、おかしいでしょう!」

 

 エリカは、華の言葉に、顔を強ばらせながら、大きな声で、そう言ったのである。

 華は、横目で、母親と姉の方を見る。

 座っている二人は、対照的な顔をしていた。

 姉のまほは、無表情のままで、エリカの言葉を聞いているが、母親の方は、家元と言う立場と娘を思う気持ちが、ぶつかり合っているような、複雑な表情をしていた。

 三人の、みほに対する複雑な気持ちを察した華は、何かを決意したような厳しい顔になると、また、エリカの方を見ながら、話し始めた。

 

「逸見さんの西住流を大切に思う、そのお気持ちは、しほ先生やまほさんにとって、とてもうれしい事だと思います。しかし、先生方には、大変失礼ながら、西住流は、その掟によって、歩みを止めていると思っております。私の五十鈴流華道でも、同じような事がありましたから、そのように感じるのです」

「それは、失礼すぎると思います。戦車道と華道とでは、全く違います。生け花は、一人でやる、自分の気持ちが大切な、静かなものです。ですが、西住流戦車道に個人の感情は必要ないもの。チームの勝利を目指すものです。そこには、厳格なルールが必要なのです!」

 

 エリカの語気は、さらに上がると、前のめりだった正座が、さらに、深くなり、華に飛びかからんという感じになった。

 すると、しほが、エリカに「お待ちなさい」と、鋭く注意してきた。

 エリカは、ハッと我に返った顔になり「申し訳ありません」と、頭を下げた。

 

「五十鈴先生。先生は先ほど、西住流は歩みを止めていると言われましたが、それと、みほの事と、何か関係があるのですか?」

「はい。戦車道も華道も、同じ、それぞれの道を極めんと努力するものだと思います。ですが、必ずや、見えない壁というものにぶつかってしまいます。それが、個人の技量であったり、家が守る伝統や流儀であったりするのです。それを、乗り越えるためには、どうしても、その壁となっているモノが何なのかという事を、理解しようとする事が必要なのです」

 

 しほの質問は、まほ、エリカも同じ気持ちだった。

 それを察した華は、微笑みながら言う。

 

「――少し、私の事をお話しますね」

 

 華は、三人が同時に見える位置に、体をずらすと、一呼吸着いた。

 そして、華は背筋を伸ばすと、三人の顔を順に見ながら、話しだした。

 

「私は、五十鈴流華道の家元の家に、一人娘として生まれました。幼いころから、母に、大きくなったら、五十鈴流を継がなければならないことを教えられ、それを当然の事と理解して育ちました。繊細で美しいと言われた、五十鈴百合の華道を学び、いつも、おしとやかに、優雅に振る舞う事を義務付けられ、それが、五十鈴流の華道につながると、母から言われ続けました。ですが、いつからか、自分の気持ちを、正直に見つめた時に、私は、もっと、力強い自分になりたいのだという事に気付いたのです。そのジレンマの中で、私は、みほさんと知り合い、戦車道をやることにしたのです。もちろん、母は大反対で、勘当もされました」

 

 しほは、真剣に話を聞いている。

 五十鈴家では、家を継ぐべき、たった一人の後継者が、母親が教えてきた事から、娘が、反乱を起こしていたのだ。

 華は、なおも話を続ける。

 

「しかし、大洗女子学園チームとの出会いと、経験した様々な出来事は、間違いなく、五十鈴流に新たな道を開かせる事になりました。母もそれを受け入れてくれて、まだ二十歳という若輩者の私に、五十鈴流家元の座を譲って頂いたのです」

 

 華は、自分が言いたいことが、三人に伝わっているのか、一瞬不安になったが、それでも表情は崩さず、ただ、淡々と話を続ける。

 

「私が、何が言いたいのかと言うのは、家元の娘だからといって、その人の人格までも、掟で縛ることはできないという事をお伝えしたいのです。みほさんは、西住流の娘です。ですが、どうみても、戦車道をやるような性格の方ではありません。逸見さんが、さっき、西住流に、個人の感情は必要ないと言われましたが、みほさんは、全く逆の、個人の気持ちを最優先させる方なのです。それを理解して欲しいのです。そして、そのみほさんが隊長だったからこそ、私達は、黒森峰に勝てたんだと思います。」

 

 話を聞いていたまほは、思い詰めたように、口を開く。

 

「そうなのだ。みほは……。みほは、戦車道をするような性格の人間ではない。だが、指揮官の才能というものにおいて、みほは、特別なものをもっている。私は、あの大会で、一番、戦いたくなかった相手が、妹のみほだった。みほならば、何を思いついたとしても、おかしくはない。自分のそばにいた時は、みほは本当に頼りになった。だが、敵に回ったみほが、どんなに恐ろしい相手であったか――」

「やっぱり……。なぜ、決勝戦で、まほさんが、あんなに急いで、私達を攻撃してきたのかが、今わかりましたわ。まほさんは、あの試合、みほさんより先に、主導権を握りたかったのですね」

「そうだ。みほに、主導権を握られれば、何が起きているのか、把握できないまま、負けてしまうと思っていた」

 

 まほは、誰にも……。母親にでさえ話せずにいた、みほへの気持ちを、今、西住流の二人に話している

 

「みほは――、様々な状況において、その現場で、この方法しかないという作戦を立てられるのだ。まるで無限のアイデアの引き出しを持っているようなもの。そしてそれは、私が持っていないものなのだ。だから、私は、最善を尽くし、考えに考えて、みほとの決勝戦に臨んだ。――だが、結局、私は、みほの才能と、みほを支えるもの達に敗れてしまった。それも、西住流とは違う、みほ自身が作り出した戦車道に……だ」

「いいえ、まほさん。それは違うと思います。確かに、みほさんの戦車道は、西住流の方々から見ると、違うのかも知れません。ですが、その土台となっているモノは、やはり、西住流なのです。それこそが、西住流の歩みを阻むモノなのではないのでしょうか?」

 

 しほとまほは、理解していたつもりだったが、やはり、心の奥底で、名門、西住流の家名を守らなければという気持ちが消えていなかった事に、ようやく気付いた。

 

「西住流の全てを知り得る者が、西住流を教えることができる。そう思っていたみほさんは、ここに帰ってこられたあと、懸命に努力をされていました。それは、しほ先生達はご存じのはずです。それが、出来なくなってしまったのです。形だけを教えることほど、家名の侮辱はないのですよ。ですが、ここにいると、回りの人間が、そう思わないのです。だから、消えるしか方法がなかったのです。でも、みほさんは、戦車道が嫌いになった訳ではありません。私は、みほさんの部屋に、戦車道の本が、最新刊まで揃えてあるのを見ました。本屋もない所で、どうやって揃えられたのか、わかりませんが、本当に嫌いなら、そんな本を揃える事は、決してないはずなのですからね」

 

 華は、にっこりと微笑むと、そう言って、最後にもう一度、三人に頭を下げながら言った。

 

「あらためて、しほ先生、まほさん、逸見さんに、私達、あんこうチーム、四人からのお願いです。みほさんの事を、許してあげてください。全て、西住の家を想う気持ちから、やった事なのです。どうか、お願いします」

 

 華の行動を見たエリカは、華が、どれほど、みほの事を大切に思っているのかを知った。そして、彼女が、頭を下げる事で、しほとまほを助けているだと思った。

 勝手に家を出ていったみほを、しほとまほは、許したくても、体面上、簡単に許す事ができない。ならば、自分が頭を下げて、そのきっかけを作っているのだと思ったのである。

 

「五十鈴先生のお気持ちは、よくわかりました。みほの事は、あんこうチーム皆さんの、みほを想う、その気持ちに免じて、西住家に戻る事を許します。まほ、逸見。それでいいですね」

「はい、お母様」

「しほ先生のお考えに、従います」

 

 華は、三人の気持ちをありがたく思いながら、ホッとした表情になった。

 まほは、少し笑みを浮かべ、安堵の表情であり、エリカも、納得しているようであった。

 しほは、二人の様子を見て(これで、よかったのね)と思った。

 

 暖かい若葉の季節。

 西住家の奥座敷で、ずっとくすぶっていた、それぞれのみほへの気持ちが、雪解けを迎え、西住しほとまほ、逸見エリカの歯車も、ようやく動き出したのだった。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「――という事だったのよ」

「華さん――。私、華さんに、何て言っていいのか……」

 

 エリカが、説明した後、みほは、うつむいて、拳を握りしめていた。

 

「いいえ、華先生は、私達の気持ちも理解してくれたからこそ、頭を下げられたのだと思うの。決して、無理やりにやった訳ではなかったはずよ。副隊長」

「……私、いつまでも、あんこうのみんなに、迷惑ばっかりかけているんだ……」

「それは違う。――みほ、華先生達は、迷惑だとは思っていないと思うぞ。もし逆の立場なら、お前は、華先生のお母様に、なんの躊躇もなく、説得したり、頭を下げたりするだろう」

「はい」

「それと一緒だ。ちゃんとお礼を言えば、それでいいんだ」

「はい。ありがとう、お姉ちゃん」

 

 まほが言うと、みほは、返事をして、頷いた。

 すると、エリカが、話を続けた。

 

「とにかく――、そういった事で、副隊長の事は終わったのよ。そのあとね、華先生は『戦車砲を撃ちたい』って、言い出したのよ」

「ええ? 華さんが? 戦車砲を?」

「そうよ。それが、まるで子供みたいに、可愛くお願いされたのよ」

 

 エリカは、それが、面白い出来事だったらしく、小さく笑っていた。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 奥座敷の四人は、そのあと、少し間が開いたように、それぞれの顔を見ていた。

 その時、小さく「ドーン」という音が、華の耳に聞こえてきた。

 不思議そうに、自分の周囲を見た華は、三回目の「ドーン」が聞こえた時、やっと、その音の出所がわかった。

 

「しほ先生? 今、聞こえるあの音は、もしかして、戦車砲ですか?」

「ええ。ちょうど、内弟子達の砲撃訓練の時間なんです」

「あのぅ……。戦車道のお話をしましたら、なんだか、私も懐かしく思えてきました。ご迷惑でなければ、久しぶりに……。そのぅ――、戦車砲を撃ちたくなった……のですが――」

 

 そう言った華は、急に、体をモジモジさせながら、頬を少し紅く染めた。

 それはまるで、欲しい物をおねだりする、小さな少女のような仕草だった。

 

「やっぱり……。ダメ? ――でしょうか?」

 

 三人は、ついさっきまでの堂々とした態度の華と、今のオドオドとした態度の彼女とのギャップに、思わず笑みがこぼれてしまった。

 しほは、小さく首を振ると、華に言った。

 

「いえ、別にダメではないですよ。戦車道の体験は、西住流では、いつでもやっているから問題ありません。逸見、あなたが、装填手を務めてあげなさい」

「ぜひ、私からもお願いします。逸見さん!」

「わかりました。華先生、どうぞ、私についてきてください」

 

 しほは、先ほどまで、喧嘩していたエリカに、仲直りのチャンスを作ってやることにした。華も、それを察知し、エリカにお願いする。

 エリカは、一礼して、部屋を出ると、華を連れて、訓練場へと向かっていった。

 


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