みほの笑顔を見て、冷泉麻子が、一つ質問を彼女にしてきた。
「――隊長、保育所は、真田先生と隊長の二人でやっているのか?」
「ううん、もう一人、男の先生がいるよ」
「誰? その人。みぽりん、イケメンなの?」
男の先生と聞いて、沙織が、思わず身を乗り出した。しかし、みほは笑って、右手を、顔の前で横に振った
「ううん、昔はイケメンだったかも知れないけど、おじさん先生だよ」
「そ、そうなんだ……」
「――沙織、露骨にがっかりするんじゃない」
肩を落とした沙織を見て、麻子が注意すると、華と優花里、みほが、それぞれ顔を見合って、小さく笑った。
「加藤勉先生といって、とっても手先が器用なんだよ。保育所のおもちゃとか、壊れそうなところとか、あっという間に作ったり、直したりしちゃうの」
「――そうか、わかった。隊長は、学校まで、その加藤先生に送ってもらったのか」
「うん、私、免許持っていないし、加藤先生も、学校を見てみたい、って言っていたから、お願いしたの」
みほの答えを聞いた麻子が、次に一番聞きたかった事を、彼女に聞いた。
「――隊長、すまない。答えたくなければ、答えなくていいから。園長先生は、戦車道、真田流の家元だって、知っているのか?」
「ちょっと、麻子!」
沙織は、麻子の質問に怒りかけた。しかし、みほは、全然気にしていない様子である。
「ううん、大丈夫だよ。うん、知ってる。でも、私も知ったのは、つい最近なんだけど」
「――つい、最近?」
「うん、先生がね、この前、戦車道の試合を見てたの。今まで、そんな事なかったから、不思議に思って、先生に聞いてみたら、昔、戦車道を教えていたのよって、教えてくれたの。それで、たずねてみたら、真田流だって」
「――隊長、もしかして、真田先生が見ていた試合というのは、フューリーズとアングラーフィッシュの試合じゃないのか?」
「そうだけど。麻子さん、どうしてわかったの?」
「麻子?」
沙織が、思わず、麻子に聞き返すと、彼女は、さも納得した様子で、全員を見て話す。
「――ああ、真田メイ選手達をテレビで見て、ずっと気になっていたことがあった。そして、今日、真田先生を初めて見て、それは間違いないと思ったんだ」
「何?」
「――真田先生と杉本茜さん、そして、真田メイさん達は、間違いなく肉親関係にあるはずだ。目が、全員の目がよく似ているんだ」
「そうなの?」
沙織は、麻子の家で見た、試合の後の麻子の様子を思い出したが、その事とは違う気がして、なんとなく、腑におちない感じがした。
「――隊長、すまなかった。これで一つ、私の疑問が消えた」
「ううん、いいけど」
不思議そうに答えるみほに、一人、納得している麻子。
他の三人も、顔を見合わせているが、当の麻子は、黙って食事を続けている。少し、場が静まりかけたところで、今度はみほの方から、四人に質問してきた。
「ねえ、みんな。私は、彼氏はいないけど、みんなはどうなの? 彼氏はいるの?」
(……きた!)
華、麻子、沙織が、同時にそう思ったあと、一斉に優花里の方を見た。
視線を感じた優花里は、短く深呼吸をした後、思いもしない行動に出た。
優花里は、座布団から席を外し、西住みほに対して、土下座をやったのである。
その姿に、一瞬、きょとんとなった、みほは、目をぱちくりさせている。
「西住殿! 私は、西住殿に謝らなければなりません!」
「えっ……!? 優花里さん。どうしたの?」
「自分は、一生、西住殿について行くと言っておきながら、結婚してしまいました!」
「ええっ!? 優花里さん、奥さんになっちゃったの?」
「はい! しかも、お母さんでもあります」
優花里は、頭を下げっぱなしで、畳に向かって話をしている。それを見た沙織が、優花里の助け船を出した。
「みぽりん。かわいいよ、ゆかりんの子供!」
「うわぁ! おめでとう! 優花里さん。お子さんの写真なんか持ってる? 持ってたら見せて、見せて!」
「はい! ちょっと、待っててください!」
みほの言葉を聞いた優花里は、勢いよく席を立ち、部屋の隅に置いていた、自分のバッグを持ってくると、中から、いつも持ち歩く、アルバムを出して、みほに渡した。
みほは、大切にそのアルバムを受け取ると、青い表紙を開く。
一ページ目にあったのは、保育ケースの中で眠っている、裸の赤ちゃんの写真だった。そして、そのページに四つある、写真を収めるところには、その赤ちゃんの眠っている表情が、三つの角度から撮ってあり、それが入れてあった。
「うわぁ、女の子なんだぁ!」
大きな声をだして、びっくりしているみほに、優花里は、うれしそうに言った。
「はい、西住殿! みほと言います!」
次のページを開こうとしたみほは、ピクッと、一瞬身を震わせた。そして、顔を上げると、ニコニコ顔の優花里を見た。
「えっ? みほちゃん、なの?」
「はい! 遠藤みほであります! 私の名前は、遠藤優花里になりました。ほら、遠藤祐子ちゃんのお兄さんと、結婚したんであります」
優花里は、娘の名前にもらった張本人に、やっと、娘の名前を伝える事ができたうれしさで、表情が崩れている。
しかし、みほは、というと、なにやら複雑な顔をしていた。
「そうなの――でも、大丈夫? そんな名前を付けて……。私が言うのも変だけど……」
「大丈夫であります。まほ殿から、ちゃんと許しをもらいましたし。自分は、ずっと前から、決めていましたから」
「えっ、お姉ちゃんから?」
優花里から、思ってもみなかった姉の名前を持ち出されて、みほは、今度は困惑した表情になった。
その後、優花里は、自分の結婚式に、まほが出席してくれたことを話し、披露宴の時に、まほから、名前をもらう許しをもらった事を説明すると、みほは「そうだったんだ」と小さく呟いた。
「西住殿、どうぞ、次のみほを見てください」
「うん」
優花里は、次々にページを開くみほに、一枚ずつ、写真を撮った時の説明を入れていく。
沙織や麻子、華は、二人の様子を、微笑ましく思いながら、食事を続けている。
そうして、アルバム全部の説明を終えた優花里は、みほからアルバムを返してもらうと、満足そうな顔で、バックにアルバムを戻した。
再び、五人で夕食を食べ始めると、今度も、みほの方から、四人に質問してきた。
「そういえば、みんな? どうして、私の住んでいるところがわかったの?」
「――隊長、それは、私が説明しよう」
黙って食べていた麻子が、箸を置くと、二ヶ月前から、月曜日までにおこった出来事を、要領よく説明する。
「そう、会長さん達が――」
「あっ、そうでした。すっかり忘れていました。学園長から、西住殿に会えたら電話するように、と言われておりました」
麻子の説明を、黙って聞いていたみほが言うと、次に、優花里がそう言って、あわててバッグから携帯電話を取り出すと、電話を掛けはじめた。
相手は、すぐに電話に出たようで、優花里が、携帯に話しかけはじめた。
「はい、遠藤であります。遅くなりました。……はい、会えました。目の前にいます。……はい、代わります」
そう言って、優花里が携帯電話を、みほの前に差し出しながら「角谷学園長であります」と言った。
差し出された電話を受け取ったみほは、両手でそれを耳元にやると「もしもし」と話し始めた。
「はい、西住です。会長、ご無沙汰しています。……はい、元気です。式典に顔を出さずに申し訳ありません。……はい、ありがとうございます。……はい、なんでしょうか? ……えっ、お姉ちゃんからですか?」
みほの口から「お姉ちゃん」という言葉が出て、四人は、一斉にみほの顔を見た。
「……。はい。……。はい。……。わかりました。ありがとうございます。……。はい、お休みなさい」
みほは、静かに耳元から、携帯電話をはなすと、優花里の方へ差し出した。
みほは、黙って、うつむいている。
「どうしたの? みぽりん。まほさんが、どうかしたの?」
沙織が、黙っているみほに訊ねると、みほは「うん」と言って、顔を上げた。
「お姉ちゃんがね、式典のあった日に、学校へ電話してきたんだって」
「えっ、本当でありますか?」
「うん、ちょうど、会長さんが、電話を取ったらしいの」
「まほさんは、何と言ってらっしゃったのですか」
華が、持っていた箸を、テーブルの上に置いて、姿勢を正して、みほに訊ねた。
「うん、十周年おめでとう、っていう電話だったそうなんだけど、その時に、私が来ていないか、会長さんに聞いたらしいの」
「――そうか。肉親なら、当然、訊ねるだろうな」
「うん、来たけど、誰にも会わずに帰った事を言ったら、そうか、って言って、お姉ちゃん、電話を切ろうとしたの」
「それで、みぽりん?」
「会長さんは『私の事、今でも怒っているの』って、聞いたんだって。そうしたら、お姉ちゃんは『もう大人なんだから、みほが、どこで、何をしていようが、みほの責任だ。私が怒る筋合いはない。ただ、家族に全く連絡をよこさない事を、私は怒っている』って言ったんだって」
「それは、そうでしょう」
華が言うと、四人がその場で小さく頷いた。
「うん。それで、会長さんはさっき、私に一度、家に電話をしなさいって。住んでいるところとか話さなくていいから、ちゃんと元気に暮らしている事を、伝えるんだよって……」
「そうでしたか。その事を、西住殿に伝えるために、自分に、西住殿に会えたら電話をするように、言った訳なんですね」
休暇願いを出した時に言った、杏の依頼の意味がわかり、優花里はそう言った。
「それじゃあ、みぽりん! 今から、家に電話する?」
「えっ、無理、無理、無理! 絶対、無理!」
心の準備ができていないみほに、沙織がとんでもない事を言ってきた。顔を真っ赤にして、激しく首を横に振るみほを見て、麻子が、アイデアを出してきた。
「――沙織、私に考えがある。いきなり、隊長が電話をしたら、それこそ、何かあったのかと、逆に心配させてしまうだろう。我々が、クッションの役目をしよう。一度、しほ先生達に、隊長に会った事を伝えて、電話するように言ったことを教えよう。そうすれば、しほ先生達も、安心して待つことができるだろう」
「そうですね。それがいいと思いますわ。それでしたら、わたくしが熊本へ参りましょう」
「えっ、華がいくの?」
「ええ、来週の水曜日と、木曜日に福岡で授業がありますので、その時に、熊本へ行って、しほ先生達にご報告して参りましょう」
穏やかに話す華は、にっこりと笑っている。
それを見た沙織達は、華なら大丈夫だろうと思った。そして、沙織がホッとした様子で話す。
「やっと、しほ先生達との約束、守れそうね」
「西住殿、約束ですよ。我々が、ちゃんと報告して来ますから、電話して下さいね」
「うん、でも……」
優花里の言葉に、みほは、なんだか頼りない返事である。
それに気づいた沙織が、みほに、その訳をたずねる。
「どうしたの?」
「私、携帯電話……持っていない」――『ええっ!』
みほの返事に、同時に四人が驚いた。
「今時、そんな人がいるんですか?」
「だってぇ、私、保育園とスーパーと、この家しか行き来しないから」
驚いて話す優花里に、もじもじとしながら答えるみほを見て、麻子が呆れたように言う。
「――半径五百メートルの円の中で、六年間過ごしてきたのか。隊長、ある意味、それはすごいぞ」
「昔は、日本中を飛び回っていた西住殿が、今時、小学生でもしない事を……」
「――やはり、準備しておいてよかったな。これを隊長に預かって欲しい」
そう言って麻子が、ハンドバックから、一つのスマートフォンを、みほに渡した。
「――これは、隊長に会えた時に渡そうと思って、準備したスマホだ。家を出た隊長が、携帯を持っているはずがないと思っていたからな。今、携帯を買うのなら、住所の証明が必要だから」
「麻子、いつの間に、買ったの?」
沙織が、麻子の準備の良さに驚いて聞くと、彼女は、小さく笑って言った。
「――式典が終わった、翌日の日曜日に買った。名義は私だから、心配しなくていい」
「麻子さん――」
渡されたスマートフォンを、大事に両手で持ったみほ。
それを見ながら、麻子は話を続ける。
「――月々の電話の請求は、保育園宛にするから、それを隊長が払ってくれれば、それでいい」
「麻子さん。ありがとう」
みほは、スマートフォンを、二回、三回と撫でるように触ると、自分の左側の足元に置いた。
「じゃあ、次は、私ね」
「えっ、沙織さん?」
「私からは、これよ」
「何? 料理のレシピ?」
沙織は、傍に置いていた自分のバックから、数枚のコピー用紙を取り出して、みほに手渡した。
「そうよ。みぽりん、式典に来た時、Ⅳ号の所に行ったんでしょ」
「うん」
「その時ね、大食堂から、みぽりんを見てた子がいたの。その子が、とても痩せていた女の人、って言ったから、私、みぽりんの体を心配していたのよ」
「そうなんだ」
「思っていた以上に、みぽりんが痩せてて、びっくりしたよ。もう、本当にご飯、ちゃんと食べているの?」
「うん」
「嘘! 食べたり、食べなかったり、でしょ!」
鋭く沙織に言われたみほは、みるみる小さくなったように見えた。
「はい。そうです」
「やっぱり……。これからは、みぽりんの食事管理を、私がするから」
「――沙織。どうするつもりだ」
「麻子、お願いがあるんだけど、みぽりんのスマホに、メールが送れるようにしてくれないかな?」
「――ちょっと待っていろ。隊長、さっきのスマホを貸してくれ。ついでに、みんなの分も入れておこう」
みほは、預かったスマホを麻子に渡すと、彼女は、右手で、沙織のアドレスを打ち込んだ。そして、送信を押したようで、沙織のスマートフォンが、着信メールを知らせるメロディーが鳴った。そのあと、しばらくして、他の三人の携帯からも、着信音が聞こえた。
「うん、これでよし。サンキュー、麻子! 私が、一週間の材料と料理をメールで送るの。みぽりんは、それを見て料理するのよ」
「でも、私、先生と一緒に、食事するから」
「うん、わかった。二人分の食材を計算してから、メールするから」
「ありがとう、沙織さん」
「ちゃんと、料理するのよ。華だって、頑張っているんだからね」
「うん。みんな、ありがとう」
親友達に、心から感謝の気持ちを伝える西住みほであった。
いろいろあったが、とりあえず、各々のやりたかった事が決着すると、沙織が大きな声を出した。
「よーし! みんな、今日は飲むわよ!」
「はい! 飲みますよ。皆さん、わかっていますよね。先に眠ったら『いたずら書きの刑』にしますわよ」
「ちょっと、沙織さん、華さん……。それにお酒なんておいてないよ」
「甘い! じ・つ・に、みぽりんは、甘い! これを見よ!」
沙織がそう言って、立ち上がり、冷蔵庫の所にいくと、中から赤ワインのボトルを五本持ってきた。
「沙織さん? いつの間に、そんなもの買ったの?」
「――実は、さっき、私がこっそり買っておいたんだ」
いたずらっ子のように笑って、麻子が言う。
「私達も、大人なんですから、いつまでも、ジュースでパーティーではないですよ。西住殿!」
優花里がそう言いながら、ワインオープナーで、一本ずつコルク栓を抜いていく。そして、一人一人にワインが注がれて、全員の『乾杯!』と共に、みるみる赤ワインが飲干されていった。
アルコールの力で、さらに笑顔になった五人は、それぞれの近況を、食事を続けながら、話し続けていく。
時計の針も、やがて、十二時を回ろうとしていた。
みほの顔は、ずいぶん赤くなっているが、まだ、はっきりと、おしゃべりができている。
「……ほんと、最初、優花里さんは、ストーカーみたいだったよね。うん! それに、麻子さんも……」
みほは、自分でワインをグラスに注ぎながら、楽しそうに、高校時代の思い出をつぶやいているが、いつの間にか、相手からの返事が、聞こえなくなっている事に気付いた。
「……だったよね。うん、本当に面白かった! ねえ、沙織さん、って、あれ?」
テーブルの向こう側で、沙織と華が寄り添うように、左側で、優花里がひっくり返って、眠っていて、右側で、麻子が、頭をゆらゆらとさせていた。
「ねえ、みんな! 麻子さん、大丈夫?」
「――隊長……。隊長は、お酒……、が、強……すぎ、る」
麻子はそれを言うのが、精一杯だったようで、ばたんと横向きに倒れてしまった。
「ねえ、みんな? 起きてよ! 風邪ひいちゃうよ、優花里さん! 麻子さん!」
みほは、優花里の体を左手で、麻子の体を右手で揺するが、二人は、静かに寝息を立てている。
「もう、しょうがないなあ。ほんと、風邪、ひいちゃうよ」
みほは、そう言うと、立ち上がり、たたんで押し入れに入れてあった毛布を、四枚出してきた。 そして、優花里に一枚、華と沙織にそれぞれ一枚、そして、麻子に一枚と、順番に毛布をかけていく。
かけ終わったみほは、食べ終わった食器を台所へ運び、洗い物を済ませて、居間へ戻ってきた。テーブルを静かに片づけると、それがあった場所へ、ペタンと正座で座る。
彼女は、眠っている四人の親友達の顔を、愛おしそうに、それぞれ見つめている。
「麻子さん、沙織さん、華さん、優花里さん――。今、私が、どのくらい嬉しいのか、わかるかな? また、こうやって、みんなに会う事ができて、私、本当にうれしいの……。私、思い出した。戦車道をやっていたから、みんなと知り合えたんだよね」
微笑みをうかべているみほは、テレビの横に置いている、七年前の五人とⅣ号の集合写真に、視線を移したあと、また、四人の顔を見た。
そこには、あの頃と変わらない、大好きな親友達の寝顔があった。
「私――、私ね、もしも、また、戦車に乗ることになったとしたら、皆と一緒に乗りたい。優花里さん、華さん、沙織さん、麻子さんの四人と、戦車に乗りたいな」
みほは、四人の顔を見ながら、そう呟いた。
四人は、そんな、みほの独り言も知らずに、小さな寝息を立てていた。
みほは中腰になって、もう一度、毛布をそれぞれの肩まで上げてやると、室内灯を、静かに消した――。
翌日、お昼近くまで、寝てしまっていた五人。
簡単な朝食を済ませると、五人揃って、真田琴音の家を訪ねた。
四人の希望で、みほを匿ってくれた事の、お礼を言う為だった。
「――先生。隊長をずっと守って頂いて感謝します。私達は、何もできなかった。親友だと思っていたのに」
奥座敷で、琴音を前にして、四人は頭を下げる。
それを見た琴音は、小さく首を振った。
「いいえ、あなた達だからこそ、みほ先生を探し出すことができたのですよ。私は、いつか、きっと、あなた達は来てくれると思っていました。みほちゃんは、あなた達の写真を、いつも見ていましたからね。そして、冷泉さんが茜の所に来た事を知って、特にそう思いましたよ」
四人は同時に頭を下げると「みぽりんの事、宜しくお願いします」と沙織が言った。それを聞いて「まるで、お母さんみたい」とみほが言って、その場の笑いを誘った。
しばらく談笑が続いたが、時計は二時になろうとしていた。
「それでは、帰りましょうか?」
「――ああ、帰りも長旅だしな」
華と麻子が話すと、全員が立ち上がり、奥座敷から、廊下を通り、家の前の駐車場へ出てきた。
みほは、一人一人の手を握り、名残惜しそうに話す。
「今度は、私が大洗に遊びにいくね」
「うん、待っているからね」
沙織が言って、ランドクルーザーに乗り込む四人は、方向転換をして、一本道を戻っていく。
窓越しに、華と優花里、沙織が手を振り、麻子が、クラクションを二度短く鳴らした
みほと琴音は、車が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けた。
みほが失踪してから、六年の月日を経て、五人の歯車が、また繋がって回り出した。
この運命の歯車は、五人を、思いもしない、戦車道世界大会へと導いていくのである。