式典が終わって三日後、週末には、ゴールデンウィークに入るという週の火曜日。
学園艦は、式典が終わった後も、大洗の第四埠頭に接岸したままである。黄金週間に入ると、遠方から一人暮らしをしている、在校生達が帰省をしたり、逆に、娘の一人暮らしの様子を見ようと、肉親達が学園艦へやってくるので、この時期の二週間は、艦が外洋へ出る事はない。
週末からは、ゴールデンウィークに入るというので、学園の女子高生達は、この期間をどう過ごそうかと、休み時間や放課後、学校のあちらこちらで遊ぶ計画を立てている。
強豪校の大洗女子学園戦車道履修者達も、この期間だけは、学校の休みに合わせて、ちゃんとお休みをもらう。
『両親や肉親に必ず会い、一日は家族と一緒に過ごす事』――戦車道教官、遠藤優花里が決めている約束事である。
その分、この週の訓練は、激しい試合形式の訓練が主となる。感覚を忘れないようにする為だった。
もうすぐ、放課後も終わろうとする、夕方の五時。
訓練場を一望する物見矢倉から、双眼鏡で、生徒達の訓練の様子を見ていた、優花里の携帯電話に、メールの着信が入った。マナーモードにしていた優花里は、パンツァ―ジャケットの懐から携帯を取り出すと、メールの中身を見る。
『件名、わかったよ』
『内容、あとで部屋まで来て。杏』
小さく「了解です」と呟いた優花里は、携帯を懐にしまうと、再び、双眼鏡を覗きこみ、右手の無線マイクを使って、指導を続けた。
激しい訓練が終了して優花里は、訓示をした後、生徒達が全員着替えをして、戦車倉庫を出た事を確認すると、最後に倉庫の戸締りをして、校舎にある職員室へとやってきた。そこと隣接する教職員用更衣室で、通勤用のスーツに着替えた後、彼女は学園長室へやってきた。
ドアの外から「遠藤です」と、室内に声を掛けると、桃の声で「入れ!」と聞こえた。「失礼します」と言って部屋に入ると、杏が応接セットの長ソファーに腰かけて、一枚の書類を見たまま「お疲れ。そっちに座って」と、自分の前の席を指差した。
杏に言われるがまま、優花里は一人掛けのソファーの方に座ると、杏が「二人もこっちに来て」と言ったので、柚子と桃も、自席から杏の隣に来て、二人はそれぞれ、杏を挟むように、長ソファーに座った。
「遠藤ちゃん。わかったよ。西住ちゃんのいるところ」
「はい、ありがとうございます」
「それでね、一つ聞きたいんだけど、西住ちゃんのいるところがわかったら、どうするの?」
「はい、あんこうの四人で、会いに行くつもりです」
「うん。それを聞きたかった。式典に来てくれたのに、あんこうの皆にさえ会わずに帰ったんだから、西住ちゃんには、何か理由があるはずなんだよね。それを知ることができるのは、あんこうの四人しかいない。頼んだよ」
「はい」
優花里が返事をすると、満足そうに頷いた杏は、持っていた書類を、テーブルの上に置いた。
「――まずね、私は、西住ちゃんが資格を申請した時に出した、住所を調べてみたんだ。でも、その住所には、加藤という人が住んでいて、西住ちゃんはいなかった。だから、今度は、絨毯爆撃を掛けたんだ」
「絨毯爆撃――で、ありますか?」
首を傾げて訊ねる優花里を見て、笑みを浮かべた杏は、ソファーの背もたれに体を預けるように、体を起こした。
「うん、住所周辺から始まって、これぐらいの範囲の中だろうという目算をたててね、保育所と名のつくところに、片っ端から『西住みほという保育士が勤めていないか』って、電話を掛けたんだよ」
「そうだったんですか」
「うん、それでね、何処も『そんな人はいない』って返事だったんだよ」
「――そうですか」
残念そうに俯いた優花里を見ながら、杏は「違う、違う」と言った。
「さっき、言ったでしょ。西住ちゃんのいるところが分かったって」
「どうして分かったんですか?」
「うん、ここからは、私の第六感を信じてくれる?」
「はい」
返事をして頷いた優花里を見て、杏の口調も、少し真剣なものに変わった。
「うん――。西住ちゃんはいないって言う返事は、初めから予想していたんだよ。だって、隠れている西住ちゃんの事、電話なんかで教えるはずがないからね。だから、西住ちゃんはいないって返事をするまでの会話のやり取りを、事細かくメモしてくれるように、頼んでいたの」
「えっ……? 誰に、ですか?」
優花里が持った、当然の疑問だったが、杏は小さくニヤリと笑った。
「その事は、私の秘密にしておいて――。ほら、もしも、そこに勤めていない人がいるかどうかの問い合わせの電話が来て、それを遠藤ちゃんが受けたら、どう答える?」
「――そうですね」
ちょっと視線を落として考え込む優花里は、次に、顔を上げると、こう答えた。
「――もしかしたら、自分の聞き間違いじゃないかと思って、相手に名前を訊ね返すかもしれませんね」
「うん、その通りだと思うよ。ほとんどの保育園が『えっ、誰ですか』とか『もう一度お願いします』とか『西住みほさん……ですか』って聞き返してきたんだよ。ところがね……一つだけ、西住ちゃんの名前を出した途端『そんな人はいません』って答えた保育園があったんだよ。おかしいと思わない? 『そういう方はいません』じゃないんだよ。『そんな人』なんだよね。だから、私はその保育園を調べたんだ。そこはね、山梨と東京の境になる●×村というところにある保育園で、全部で七名の子供達を預かる小さな保育園だったよ。私はね、西住ちゃんが働いているところはここだと思う」
杏が身を乗り出して優花里に言うと、彼女は、杏の目を見つめながら聞いてきた。
「――あの、学園長、もう一つだけ、調べてもらっていいですか?」
「何?」
「その保育園の責任者の名前が知りたいんです」
「責任者って、園長先生の事?」
優花里からの質問が意外だったのか、杏は、思わず訊ね返した。聞き返された優花里は、小さく頷く。
「はい、もしかしたら、その方の名前は、私が知っている方じゃないかと思うんです」
「――わかった。小山!」
「はい。遠藤さん、ちょっと待っててね」
そう言った柚子は、長ソファーから立ち上がると自席に戻り、ノートパソコンを再起動させて、何やら調べ始めた。ほどなくして席から柚子が報告してきた。
「学園長。責任者の方の名前は、真田琴音さんという方です」
「――ありがとうございます。これで間違いありません。西住殿は、絶対、その保育園に勤めていると思います」
優花里が断言すると、杏が不思議そうに訊ねてきた。
「何で、遠藤ちゃんは、園長先生の名前を知っているの?」
「すみません、学園長。この人の事は、西住殿に会ってから、報告させてもらってもいいですか? 必ず、報告しますから」
そう言って優花里が頭を下げると、杏は納得したのか、体を起こし、再びソファーの背もたれに、体を預けた。
「――うん、わかったよ。それじゃあ、西住ちゃんの事は、よろしくね」
杏は、テーブルに置いていた書類を取り上げ、それを優花里に渡しながら言った。自席から、柚子が「お願いね」と言い、杏の隣に座る桃も「頼んだぞ」と、優花里に言った。
渡された書類を、小さく四つ折りにして、スーツの内ポケットにしまい込んだ優花里は、ソファーから立ち上がると、三人に対して敬礼をし「ありがとうございました」と言った。
ソファーに座ったままの杏と桃、自席から柚子が頷いた。そうして、彼女は部屋を出ると、廊下を歩きながら、あんこうの三人にメールを回した。
その日の夜、九時、あんこうミーティングが、いつものファミレスで行われることになった。
「学園長達には、感謝しなければいけませんね」
ファミレスのいつもの席へ、華が、ドリンクバーから紅茶を運びながら、同じようにブレンドコーヒーを運んでいる麻子に話しかけると、麻子は小さく頷いた。
「――ああ、学園長は簡単に絨毯爆撃と言ったらしいが、この短い時間で一体いくつの保育園に電話したんだろうな」
先に席に戻り、緑茶を飲んでいた優花里と沙織は、二人がテーブルに着くのを見て、テーブルに広げられた書類を見直した。
「●×保育園って……。名前だけ見ると、よくある地名を名前にした保育園だよね」
「ええ、それで、皆さん、いつ行きますか?」
沙織が言うと、華が三人を見て聞いてきた。すると、麻子が華に返事をする。
「――明後日、金曜日のお昼から出発するのはどうだ。オムレツの準備ができて一段落すれば、沙織も抜けることができるだろう」
「うん、お店の子達も、随分腕が上がったから、その日は大丈夫よ」
沙織が「うんうん」と頷きながら答えると、次に、優花里も答える。
「自分も、健介殿に相談済みですので、大丈夫ですよ。日にちが決まれば、学園長にお休みの申請を出しますから」
「――華はどうだ?」
「はい、私も大丈夫ですわ。今週は、全く予定を入れていませんから。それでは、車は私の車を出しましょうか?」
華が提案すると、麻子が聞き返した。少し安堵した表情になった麻子だった
「――あのランドクルーザーか? 確かに、私の車では、皆が少し辛いだろうな」
「はい、長距離になりますし、そちらの方がいいでしょう」
「――ああ、そうしてもらうと助かる。それでは、金曜日のお昼、華の家に集まるとしよう」
麻子がそう言って、この日の話し合いが終わった。そうして、四人は、軽く食事を済ませると、それぞれの家に帰っていった。
翌日、優花里は、学園長室に杏を訊ねると、金曜日に西住みほの所へ行く事を告げ、金曜日と土曜日の両日を、休ませてほしいと言って、休暇願の申請書を提出した。杏はその書類を受け取ると、目の前でハンコを打ち「会えたら、電話をちょうだいね」と付け加えた。
その週の金曜日、夕方五時――。
田園に囲まれた、その場所を囲むようにある、山々の影が長く伸びて、夕闇が静かに下りようとしている。ぽつんぽつんとまばらにある、人家の灯りが灯り、暖かい春の夕暮れが訪れていた。
田んぼの真ん中にポツンとある神社と、その傍に建つ、平屋の公民館と民家が一緒になったような、独特な造りをした家屋。その公民館みたいな家の入口には『●×保育園』と、看板が掛けてある。その玄関のところに、かわいい熊さんのキャラクターが描かれた、青いトレーナーに、ジーパンを着た西住みほがいた。彼女の前には、子供と母親らしき女性が立っている
「どうしたのかな? 和樹君は、ちゃんと、ご挨拶ができるんだよね」
「ほら、和樹。みほ先生に、さようならのご挨拶をしなさい」
その若い女性は、足元に抱きついたままの子供に、優しく促している。
和樹と呼ばれたその子は、恥ずかしいのか、今度は母親の後ろに隠れた。膝を折り、子供の目線まで降りてきたみほは「和樹君」と、もう一度、子供に呼びかける。すると、ようやく子供は、母親の前に出てきた。そして、みほの目の前までやって来ると、元気に頭を下げた。
「みほ先生、さようなら! みなさん、さようなら!」
自分一人しかいないのに「皆さん」と言いながら、二度、お辞儀をした幼児に向かって「みほ先生」と呼ばれた、西住みほも、嬉しそうに挨拶を返した。
「はい! さようなら! 和樹君、月曜日も元気に来てね!」
「はぁい! みほ先生、バイバーイ!」
母親と手を繋ぎながら、元気に反対の手を振って、その幼児は、だんだん小さくなっていく。夕焼けに消えていく、二人の後ろ姿を、みほは、手を振りながら見つめていた。
二人の姿が、やがて見えなくなると、彼女は外に出てきて、家の周囲の点検を、指差し確認で行っていく。点検を終えた彼女は、保育所玄関扉から中に入り、その扉の鍵を閉めると、上がって直ぐ左手にある、二十畳ほどのフローリングになっている大部屋に入った。そして、彼女は、さっきの幼児が遊んだと思われる、沢山の玩具を片付け始めた。
「みほ先生、お疲れ様でしたね。片付けが終わったら、今日は、おしまいにしましょうか?」
大部屋の入口から、琴音が、みほに声を掛けると、彼女は振り返りながら、元気よく答えた。
「はい、お疲れ様です。もうすぐ終わりますので、どうぞ、先に本宅へ、戻っておかれてください!」
「わかりました。それじゃ、先に戻っておくわね」
そう言って琴音は、保育所玄関から真っ直ぐに伸びて、正面奥へと続く廊下を歩き、突き当りを右に曲がった。
みほは、片付けが終わると、全ての窓の戸締りを、再び指差し確認で行っていく。そして、それが終わると、入口にある照明スイッチを切り、大部屋を出ると、琴音が歩いて行った通路を、同じように進んでいった。突き当りを右に曲がると、五メートルほど進んで、すぐにまた、右に曲がる。この廊下は、カタカナのコの字になっていた。二度右に曲がると、正面直ぐに、扉があった。ドアのノブを回し、それを手前に引くと、一般の家屋の廊下と思われるところにつながった。すぐ右手が座敷になり、琴音が、座椅子に座りながら、一人で、お茶を飲んでいた。
「園長先生、すぐに食事の準備をしますので、しばらくお待ちください」
「いいえ、みほ先生、今日はいりませんから。それより、少しお話しましょうか?」
「はい?」
台所へ行こうとした西住みほは、琴音にそう言われて、ちょっと戸惑った様子で、園長先生の前に、正座をして座った。
「今日は、お疲れ様でした。いきなりの延長保育でしたから、大変でしたわね」
「いいえ、全然です。和樹君は、お利口さんですし」
「みほ先生は、随分、仕事にも慣れてこられましたね」
「いいえ、まだまだ、全然ですけど、私……。最近、毎日が楽しいんです」
「そう――。私も、みほ先生が、式典のあった日から、随分、変わったように思いますよ」
「はい。私も、そう思います」
「どう? もうお部屋の窓、開ける気にはなったの?」
「――いいえ、すみません。まだ、そこまでは……」
「ごめんなさい。でも、もうすぐでしょうね。その気になる日も、近い気がしますよ」
「えっ?」
お茶を飲みながら話す、琴音の思いがけない意見に、みほは思わず聞き返した。すると、琴音は、その時のことを思い出しながら、みほに話を続ける。
「月曜日の日にね、午後三時頃だったかしら。女性の声で電話があったのよ。『西住みほという保育士が勤めていないか』ってね」
「えっ! 本当ですか」
思わず声が大きくなったみほだったが、琴音は優しく微笑んでいる。
「ええ。もちろん『いません』って答えたけど、そんな電話は、みほ先生がここへ来て、初めての事です」
「――誰、なんでしょうか」
不安そうに聞くみほに対して、琴音は、静かに首を横に振りながら話す。
「大丈夫ですよ。それに、私は良い事だと思っていますよ」
「えっ? それは……」
「式典の日を境にして、何かが、動き始めたんだと思います。みほ先生が、明るくなったのも、先生を訊ねる電話がかかってきたのも、偶然の重なりだとは思いません。きっと……」
「そう、――でしょうか」
なおも不安げな顔付きで聞くみほに、琴音は「そうですよ」と言い、そして、話を続ける。
「心配いりませんから。さあ、今日はおしまいにして下さい。もう帰られて結構ですよ」
「……でも、夕ご飯が――」
「大丈夫なんです。急用ができて、今から、加藤さんと出かけなければいけなくなりましたから」
琴音が、そう話していると、玄関に、車が止まる音が聞こえた。
「そうなんですか」
「はい、だから、今日は結構ですよ。お疲れ様」
「分かりました。お疲れ様です。御先に失礼します」
みほは立ち上がり、座敷を出ると、座敷の隣にある部屋へと入った。そこは、教務室みたいな感じで、机が三つ、お互いの顔が見られるような配置で置いてあった。みほは、その一つの机の、右下の一番大きな引き出しを開けると、小さなバッグをそこから取り出し、帰り支度をすると、もう一度、座敷に戻ってきた。
部屋には、琴音と加藤が座っている。
二人を見た彼女は、もう一度「お疲れ様でした。失礼します」と言って、座敷を出た。廊下を進み、本邸の玄関から外へ出ると「おやすみなさい」と、家に向かって一礼をして、一本道の道路を歩き出した。
歩きはじめたみほは、西の方角になる一車線道路を、三叉路に向かって歩いて行く。三叉路まで来た彼女は、そこから向かって左に曲がると、その道を真っ直ぐに歩いて行く。
三叉路の右手の方には、中心街の小規模のスーパーが見える。
みほが歩く道は、両側が田んぼと畑の一車線道路が、山間部に向かって伸びている。三叉路から、五百メートルほど歩いた左手側のところに、ぽつんと一軒家が見えてきた。
ここが今、みほが住んでいる家だった。ブロック塀に囲まれ、家の窓も、雨戸で閉じられたその家は、式典前日までの、彼女の心の奥底を表したような家だった。
みほが帰って、二時間程たった頃、園長の自宅玄関前に、一台のRV車のランドクルーザーが止まった。
もう時間は、夜の八時になろうとしていた。
「――まさか、あんなに車が混むとは思わなかったな」
運転席から降りながら、麻子が言うと、助手席のドアを開けた沙織が「ほんと、すごい渋滞だったよね」と言って、降りてきた。
「それもありますが、高速を降りてからも、ここまで、結構距離はありますね」
「ええ、この山奥の村という感じ。なんだか、風情がありますわ」
後ろのシートから降りてくる、優花里と華は、周囲の何もない山里の風景を見渡している。海辺に住んでいる四人にとって、そこは、新鮮な気持ちにさせられる、山間の集落だった。
表札を見た四人は、そこに『●×保育園』と書いてあることを確認して、それに繋がる母屋の表札に「真田」と書いてある事を見ると、それぞれ、顔を見合わせて頷く。
「間違いありません。表札が、真田となっていますね」
「ここに、みぽりんは、いるのかな?」
「――いや、ここにはいないと思う……。だが、今の隊長を知っている人は、絶対に真田琴音さんのはずなんだ」
「なんだか、ドキドキしますわ……」
「それじゃあ、呼び鈴を押しますよ」
優花里が、意を決したかのごとく、人差し指で、チャイムを二度鳴らした。
『ピンポン、ピンポン』――息を呑みながら、返事を待つ四人に「はい、どちら様ですか?」と、家の中から、琴音の声が聞こえた。
沙織が頭を下げながら、ドア越しに、琴音へと呼びかける。
「私、武部沙織と言います。すみません、夜分遅くに……。私達、ある人を探しているんです」
沙織がそう返事をすると、引き戸の玄関が「ガラガラ」と開き、トレーナーとスカート姿の、琴音が出てきた。その場に立っている、四人の顔を見た琴音は、嬉しそうに笑い、そして、待ち焦がれていたかのように言った。
「――やっと、皆さん来てくれたのね。ずいぶん待ちましたよ……。あなたが、武部沙織さんね」
「はい、そうです」
「そちらは、五十鈴華さんに、冷泉麻子さんですね」
「はい。五十鈴華です」
「――冷泉です」
「そして、あなたは、秋山優花里さんね」
「はい! 秋山優花里であります!」
初めて会う女性から、一人一人の名前を正確に呼ばれた事に、四人は驚きながらも、しっかりと女性に、返事を返した。
「初めまして、私は、真田琴音といいます。本当に皆さん、変わっていらっしゃらないのね。みほ先生の、机の上にある写真と一緒だわ。あなた達……」
「みほ先生? みほ先生って……、みぽりんはここに住んでいるんですか?」
「いいえ、ここにはいませんが、あなた達のお友達なんでしょ。西住みほ先生は……」
「はい、そうであります! 西住殿は私達の大事な、大事な親友であります!」
秋山優花里が言うと、他の三人も、大きく頷く。
それを笑顔で見つめる琴音の前に、冷泉麻子が進み出てくると、彼女に一礼して訊ねる。
「――真田先生。申し訳ないが、隊長がどこに住んでいるのか、教えてもらえないだろうか」
「ええ、もちろん、お教えしますよ。他の方だったら、絶対にお教えしませんけどね……」
「どこ? どこなんですか?」
沙織が、もどかしそうに琴音に訊ねると、彼女は、玄関から外へ出てきて、指を差しながら、西住みほが住んでいるという、自分の別宅への道順を説明してくれた。
離れ離れだった五つの歯車が、ようやく、また繋がって回り出そうとしている。