OG達が続々と歩いている学校へ続く通路の中央に立って、話をしている初代メンバー達。
しばらくして、ちょうど校門をくぐろうとする、独特のリュックを背負ったパンツスーツ姿の遠藤優花里を、浦田恵が見つけた。
「秋山先輩!」
「お姉さん!」
「グデーリアン!」
彼女を見つけた、恵と遠藤祐子が、勢いよく駆けだしながら、優花里に大声で声を掛けた。そして、エルヴィンがその場で大きく手を上げる。そうして他の皆も走り出した二人の後、連れだって歩き出した。
「あっ――。皆さん!」
呼び掛けに気付いた優花里は、校門を入ったところで足を止めると、リュックの肩紐に両手をひっかけたまま、笑顔で駆けてくる二人の後輩達を待った。息を切らして駆けてきた二人は、嬉しそうに優花里に挨拶をする。
「お久しぶりです、秋山先輩!」
「はい! 浦田殿も元気そうですね。リーグ戦の活躍、いつも拝見していますよ」
「ありがとうございます!」
「お姉さん!」
「祐子ちゃんも、ひさしぶりですね」
三人は、久しぶりの再会に嬉しそうに笑っている。そこへ、初代メンバー達も順に遅れてやってきた。
「グデーリアン。久しぶりだな」
「はい、カエサル殿も、皆さんも、久しぶりでありますね」
「グデーリアン? お姉さん――?」
「祐子ちゃん。グデーリアンというのは、私のソウルネームなんです。でも、十年ぶりに聞きましたね」
その場で全員が笑っている。
「秋山先輩……、じゃなかったですね、今は、遠藤先輩でしたね」
澤梓が言うと、優花里は首を振りながら、その呼び方を否定した。
「いいんですよ。今日だけは秋山の姓に戻るつもりですから。祐子ちゃん、いいですよね」
「もちろんです! お姉さん」
「それじゃ、秋山先輩! 他の先輩方はどうされたんですか?」
梓の質問に、チラリと自分の時計を見た秋山優花里は、笑顔で言う。
「もうすぐ、来るはずです! 冷泉殿の車に一緒に乗ってくると、武部殿と五十鈴殿は、言っていましたからね」
「お姉さん、それじゃあ、あの――、西住先輩は?」
「……」
祐子のその質問に、優花里からの答えはなかった。
優花里の無言の返事に、その場の空気がズンと重くなり、初代メンバーと後輩全員が下を向いてしまった。
しかし、カエサルが、逆に力を込めて言う。
「いいや――。隊長は必ず来るはずだ。我々の絆は、そうたやすく切れはしない」
「ええ、きっと来るわよ。西住さんの責任感はすごかったもの。それに、彼女がいなかったら、学校自体がなかったんだから」
その場にいる初代チーム、六チーム全員が、みどり子の言葉に強く頷いた。
それを聞いていた優花里は、少し重くなった雰囲気を払うかのように、逆に明るい調子で皆に言う。
「……ま、まあ、西住殿から連絡はなかったのですが、恥ずかしがり屋の西住殿ですから、こっそり来るかもしれませんよ」
「そうですよね。きっと、来てもらえます!」
遠藤祐子が言うと、再び、全員が頷いた。
「私は、ここで武部殿達を待つつもりですが、皆さん達はどうされますか?」
「我々は、受付を済ませた後、相棒に会いに行ってくる」
「ああ、卒業してから、一度も『Ⅲ突』に会っていないからな」
カエサルとエルヴィンが言うと、あひるさんの他、初代チーム全部が、それぞれの愛機に会いに行くと言った。
うさぎさんと祐子達が、一緒に待つと言ったので「それじゃ、会場で」と、その場を別れた。
優花里と十一人の後輩達は、横を通り過ぎていくOG達を見ながら、校門のところで、武部沙織達を待っている――。
土曜日、午前九時二十五分――。
「オムレツ」のある大洗町ショッピングモール駐車場の入口に、武部沙織と五十鈴華が立っていた。二人とも春の女性用のスーツに身を包んでいるが、二人とも、手に付けた腕時計を何度も見ながら、今の時間を気にしている。
「麻子ったら、もしかして、寝坊なの?」
「わかりませんわ、それに、今日は、随分と車が混んでいますから」
イライラしている様子の沙織を、優しくなだめている、華である。
それから五分後、本通りを右折してくる、冷泉麻子の赤いミニクーパーを、二人は見つけた。ミニクーパーは入口に入らず、ハザードランプを点けて、車道左側の路側帯へと停車すると、麻子は運転席の窓を手動で開けた。
止まったミニクーパーへと走り寄る、沙織と華。
文句を言おうとした沙織より先に、麻子が二人に詫びを入れた。
「すまない――、待たせてしまった。急に仕事の指示をしなければいけなくなったから、事務所に寄ってきたので、遅くなったんだ」
「いいんですよ」
「寝坊じゃなければ、許す!」
麻子の詫びに華と沙織、それぞれが返事をすると、左右を見て、車が来ていない事を確認したあと、ミニクーパーの後ろから回り込みながら車道へ出て、右側にある助手席のドアを開けた。
麻子が助手席のシートを倒すと、後ろに五十鈴華、助手席に武部沙織が乗り込んだ。
車のエンジンは、掛けっ放しである。
「――華、大丈夫か? 狭いだろう」
「いいえ、大丈夫ですよ。それにしても、やっぱり麻子さんの車、ちっちゃくて、可愛いですわね」
「――そうか? でも、パワーはあるぞ」
「それじゃあ、冷泉操縦手! 学園まで宜しく!」
「――了解」
沙織の命令に返事をした麻子は、バックミラーを見て、後方から来る車がいない事を確認するとハザードを消した。
ギアをニュートラルから一速に入れて、ウインカーレバーを下げると右側のウインカーが点滅し始める。
そうしてミニクーパーは、急発進で駐車場入り口を後にして、国道の本線へと合流した。
ショッピングモールから海岸道路を経由して、ミニクーパーは大洗港第四埠頭へと向かう。窓を開けている車の中に潮の香りが入ってくる。それがなんとも楽しい気持ちにさせた。
しばらくドライブを楽しむ三人。
すると、前方に学園艦が小さく見えて、それがだんだん大きくなってきた。
「久しぶりだね。学園艦へ行くのって」
「そうですわね」
「――優花里は、真っ直ぐ、学校へ行くのか?」
「うん、電話でそう言っていたよ」
「じゃあ、私達も、真っ直ぐ学校へ行こう」
船と桟橋を繋ぐ仮設の橋を渡り、学園艦へと乗り込んだ車は、そのまま坂道を登り甲板へ出ていく。
そこは三人にとって懐かしい風景である。目指す学校までは、もう目の前である。
時間は、もうすぐ、九時三十五分になろうとしていた。
学校の駐車場へ着いたミニクーパーは、駐車スペースを見つけると、そこへ停めて三人揃って校門の方へ歩いていく。すると、正門前で、遠藤優花里と澤梓らのウサギさんチームの六人と遠藤祐子らの三代目あんこうチームの計十二人が立っていた。
「おーい! ゆかりん! 皆!」
手を振りながら、大声で優花里のあだ名を呼ぶ沙織にむかって、冷泉麻子は呆れながら、彼女に注意する。
「――だから、沙織! 大声で、人の名前を呼ぶもんじゃないと、何度も言っているだろう!」
「えへへ、そうだね。ゴメンゴメン」
挙げたその手で頭を掻く沙織。それを「ウフフ」と微笑みながら見る華。すると、今度は逆に、後輩達の方から大声で、自分達の名前を呼ばれた。
「沙織先輩!」
「麻子先輩!」
「華先輩!」
うさぎさんチームの六人は、それぞれの名前に先輩を付けて呼んでくる。
「武部先輩!」
「冷泉先輩!」
「五十鈴先輩!」
三代目あんこうチームの五人は、それぞれの苗字に先輩を付けてくる。
十一人が走って寄ってくるところを、後から、ゆっくりと遠藤優花里が歩いてきた。
武部沙織は、その遠藤優花里達が近づいてくると、息を切らせるように、急いで訊ねる。
「ね、ゆかりん! ねえ、みぽりんは? みぽりんは、来てるの?」
しかし、その質問に、全員の表情から明るさが消えた。その様子だけで返事がわかる。
「そう……、か」
残念そうに呟いた沙織は、傍にいる麻子と華の方を見た。二人とも無言である。
「でも、もう来ないと決まった訳ではありませんよ。遅れてくることもありますから。そろそろ時間です。私達は体育館へ行きましょう」
前向きに考える優花里が言うと、全員が頷き、それぞれが体育館への道を歩いて行く――。
土曜日、午前九時五十分――
体育館入口で皆と別れた梓と祐子は、受付をしていた後輩の一人に歴代隊長達がいる控室へと案内されてきた。そこは体育館に隣接した更衣室で、更衣室の中は綺麗に片づけられていた。
「先輩、こちらです! どうぞ」
ドアを開けて部屋に入った二人は、いきなり後輩隊長達の敬礼と「ご苦労様です!」という挨拶を受けた。
答礼をして、そこにいた人数を、サッと数えた祐子。
そこには、自分達二人を合わせても、七人しかいなかった。
「ねえ、佐々木隊長。これで全員?」
「はい! 遠藤隊長、今のところ、これで全員です!」
祐子の次の代になる、四代目の隊長に人数を確かめた祐子は、寂しそうな表情になると隣に立つ澤梓を見た。
「そうなの……。澤隊長、やっぱり――」
「うん……」
梓も、とても寂しそうに返事をした。しかし、一番の年長になる彼女は、更衣室入口から、三歩ほど部屋に入り、わざと声を大きくし、その場にいる後輩達全員に向かって、凛とした口調で指示を出した。
「皆さん! 西住隊長は、姿は見せなくても、きっとどこかで、私達の事を見てくれています。私達は、西住隊長から教わった戦車道精神で、今の大洗女子学園戦車道を受け継いできました。今日はそのOGの先輩達も含めての式典です。各代の戦車道チームを代表して胸を張って式典に臨みます。いいですか?」―-『はいっ、わかりました!』
歴代隊長七名は、澤梓の訓示に直立不動で、返事をする。
そこへ、ドアを開けて、角谷杏が入ってきた。
杏は、開口一番、梓と祐子の顔を見ながら訊ねる。
「澤ちゃん、祐子ちゃん。――西住ちゃんは、来てる?」
「いいえ、いらっしゃっていません……」
「そう……。そうか、来ていないのかぁ」
「はい――」
「わかったよ。もうすぐ始めるから、舞台袖までみんな来てくれる?」――『はい!』
梓の返事を聞いた杏の、一瞬、沈んだ表情が印象的だった――。
土曜日、九時五十五分――。
その頃、式典の最前列の席に案内された「初代あんこうチーム」の四人は、両隣の席に座る、共に戦った懐かしい顔を見て語り合っていた。
秋山優花里は、仲が良かった「カバさんチーム」のメンバー達と話し込んでいる。
「カエサル殿達は、今日は、高校時代に戻ったようですね」
「あぁ、グデーリアン。このスカーフを探し出すのに、苦労をしたよ」
「私の帽子は、ずっと大事にしていたから、すぐに準備できたぞ」
「どうぜよ? まだこの羽織は、サイズはピッタリぜよ!」
「久しぶりに左目を瞑ると、やはり真っ直ぐに歩けないな」
最後に発言した左衛門佐に、聞いていたカエサル、エルヴィン、おりょうの全員が笑い、そして優花里も一緒に「あはは」と笑った。
そして、その反対側の席には、冷泉麻子の天敵であった、園みどり子がリーダーを務めた「カモさんチーム」の三人が座っている。
みどり子は、隣に座る麻子に、早速、説教を始めていた。
「冷泉さん、ちゃんと遅刻しないで、会社に行っているんでしょうね!」
「――心配するな。もういくら遅刻しても注意されることはない」
「なんですって!! そんな事、社会人として許される訳がないじゃないの!」」
「――本当だ。なぜなら、私が事務所を経営しているからな」
「えっ? 冷泉さん、もしかして、社長さんなの?」
「――正確には所長さん、だがな」
「すごいじゃないの! やっぱり、私が見込んだだけはあるわよ」
「――そど子……。お前、なんだか変わったぞ」
「久しぶりに聞いたわね。冷泉さんの『そど子』って呼び方。懐かしいなぁ……」
「――そうか……」
天敵同士だった二人も、年月がたつとお互いに丸くなるものである。
「あひるチーム」の四人に「アリクイチーム」の三人、そして「レオポンチーム」「うさぎチーム」の元気な姿を見た、武部沙織と五十鈴華も、本当にうれしかった。
土曜日、間もなく、午前十時――。
「大洗女子学園戦車道復活十周年式典」が開かれる時刻になろうとしている。
体育館の中のざわめきが入口の扉越しに、最後の受付をしていた一年生二人にも聞こえていた。
二人は、可愛い腕時計をチラリと見て、そわそわしながら、相談を始める。
「ねえ、もうすぐ、十時よ」
「そうね。先輩達は全員来たのかな?」
「うん、出席予定名簿に載っていた先輩達は、全員来たようよ」
受付名簿を見て、一人一人をチェックしていた一人が言うと、隣の椅子に座っていたもう一人が言った。
「じゃあ、私達も体育館に入ろうよ」
「えっ、でも……、遅れてくる先輩も、もしかしたら、いるんじゃないの?」
「大丈夫よ。名簿を置いておけば書いてくれるし、私達がいなくても、会場はここなんだから、始まっていても中に入ってくれるはずだから。それに、私――、遠藤先輩を直接見たいんだもん。かっこいいよね、遠藤先輩」
「もう――でも、あなたの言う通りだよね。それに、食堂担当メンバー以外は、体育館に集合の指示だし、名簿と受付はそのままにして、私達も中に入ろうか?」
「うん、そうしよう!」
一年生二人はそう言うと、名簿を閉じて受付テーブルの上に置いた。傍に、ボールペンを並べて置いて、その場を離れると、そっと体育館入口を開けて、中に入っていった。
土曜日、午前十時五分――。
会場全体がザワザワしている中、いよいよ、式典開始となった。
司会進行を務める小山柚子が、出席者全員に頭を下げた後、司会用演壇についた。
「ご来場の戦車道OGの皆さん、長らくお待たせいたしました。ただ今より『大洗女子学園戦車道復活十周年記念式典』を開催いたします。一同起立!」
柚子の号令に、会場に着席していたOG全員が、一斉に立ち上がった。
「それではまず、歴代の各戦車道チームを代表する意味で、隊長を務めたOGの皆様を紹介します――。初代チーム隊長、西住みほさん!」
柚子が告げると、会場にいた誰もが『えっ!』と驚く。しかし、次に柚子が「――本日は都合により、欠席となります」と続けると『あぁ』という落胆の表情と声に変わった。
柚子は、会場の様子を一切無視しながら、淡々と歴代隊長を呼び出していく。
「二代目チーム隊長、澤梓さん!」――「はい!」
演壇の舞台袖から澤梓が現れると、会場全体が拍手に包まれた。
OG達に向かって演壇から一礼をした彼女は、雛壇に並べられたパイプ椅子、八脚の先頭になる、雛壇中心に一番近いパイプ椅子一脚を飛ばして、二脚目の前に立った。
「三代目チーム隊長、遠藤祐子さん」――「はい!」
同じように呼ばれた遠藤祐子も一礼した後、澤梓の隣に立つ。そうして、歴代隊長が入場してきた。七人が拍手に包まれながら壇上に並んで立っている。
その中にある、一番右側の一脚のパイプ椅子が、とても目立っていた。
「全員、着席!」
柚子の号令に、ガタガタという音が会場に響き、会場出席者全員が椅子に腰かけた。
「それでは、まず『大洗女子学園学園長』であり『戦車道OG会会長』の角谷杏から、皆様に、挨拶があります」
呼び出された角谷杏は、会場の左側に作られていた学園長席から立ち上がると、恭しく会場全体にお辞儀をして雛壇に上る。そこで、歴代隊長達にもう一度頭を下げると、今度は、そこにある演壇に立ち、OG全体に向かって一礼する。そして、マイクの前に立つと、深く深呼吸をして、話を始めた。
「皆さん、本日はお忙しい中、大洗女子学園戦車道復活十周年記念式典に出席していただき、ありがとうございます。今、ここに一つの区切りを迎えられて、学園長、OG会会長として感謝の念に堪えません。改めて、深くお礼申し上げます」
そこで一旦、話を区切った彼女は、再び深呼吸をすると、さらに話を続ける。
「長い歴史を誇る我が校は、戦車道も同様に古い歴史を持っていました。しかし、諸事情により廃止を余儀なくされ、一旦その歴史に終焉を迎える事になりました。そして、その頃にありました戦車道OG会も、そこで解散となってしまったのです。この式典を開催するにあたって私は、前OG会会長に十周年という区切りの年号を入れてよいものかを相談をしました。前会長は『今の大洗女子学園があるのは、私達の戦車道ではありません。復活した戦車道のメンバー達によるものです。どうぞ、私達に遠慮なさらず結構です。私達は納得しておりますから』と言っていただきました。それで、『十周年』という区切りを入れたのです」
ここで杏は、OG全員が誰も知らない、復活前の戦車道の歴史を静かに語った。
そうして、廃止になるところまで説明した後、また、深呼吸をした角谷杏である。
「――この二十年の空白の時を経て復活した戦車道でしたが、皆さん全員が知っているように、とてつもない重責を背負って復活しました。大洗女子学園の存亡を賭けた復活だったのです。私達、角谷、小山、河嶋の三人で決めた戦車道の復活でしたが、実は、その場しのぎの時間稼ぎにすぎませんでした。全く先の見えない暗闇の中に、三人は放り出された気持ちだったのです。しかも、その約束でさえ、あとでなかった事にされてしまったのです」
杏の表情が、暗く、沈んでいる。司会者の柚子、その隣の桃も、同じように暗い顔をしている。
「――私達は、絶望しました。しかし、戦車道を全く知らない、当時の私達を必死に引っ張ってくれて、この大切な母校を守ってくれた、西住みほさんが、この学校に転校してきてくれたのです。当時の西住さんは、戦車道を捨てて、普通の女の子になるために、この学校へ転校してきました。ですが、我々の勝手な都合により、また戦車道への道へ戻らなくてはならなくなりました。それでも、西住さんは、一言も文句を言わず、唯、皆の為に、学校の為に、必死に戦い続けてくれました……。一度は、それさえも無駄になりかけましたが、西住さんのおかげで――、西住ちゃんがいてくれたおかげで、あの大連合チームが結成され、本当に、大洗女子学園は存続する事ができたのです」
体育館の出席者全員が、シンと静まり返っている。この会場に響く杏の声が少しずつ涙声に変わり、スピーカーから彼女の震えるような声が聞こえてくる。
いつのまにか、杏は、西住さんと呼んでいたのが、杏の彼女の呼び方、西住ちゃんと呼んでいる。
「――今、私達がこうして記念式典を迎えられるのも、本当に、西住ちゃんがいてくれたおかげなのです。西住ちゃんがいなければ、我々の母校さえなかったのです。ここに居るOGの皆さん、彼女は、今ここには居ません。理由は、皆さん、色々と聞いてご存知かと思います。私達の大切な西住ちゃんは、とても恥ずかしがり屋です。そして、とても、引っ込み思案な女性です。――ですが、誰よりも友達思いで、そして、心の優しい女性です! きっと、日本のどこかで、この『式典』の事を喜んでくれていると思います――。全員、起立!」――『ザザッ!』
「気を付け!」――『バシッ!』
角谷杏の号令に、出席者全員が立ち上がり、その場で直立不動となる。
そして、彼女は座る人がいない、雛壇の一番左のパイプ椅子に体を向けて、直立不動の体勢になる。それを見た雛壇の歴代隊長達、会場にいるOG達全員が直立不動のまま、一斉に体を、そちらへと向けた。
角谷杏はありったけの大声で、感謝の言葉を……、本当は、そこにいて欲しかった空白のパイプ椅子の前に立つ、見えない西住みほへと話しかけた。
「――県立大洗女子学園高等学校、学園長として、未来に続くこの大洗女子学園を守ってもらい、また、大洗女子学園戦車道OGを代表して、強豪校と呼ばれるようになった大洗女子学園戦車道の礎を作ってくれた、我々の女神、初代隊長、西住みほさんに対し――、全員、敬礼!」――『ザッ!』
杏の号令に、歴代隊長、現役メンバー、OG達全員が一斉に自分の額に右手をかざした。
会場全体の空気がピンと張りつめた空気へとかわる。皆の感謝の気持ちが伝わってくる敬礼がそこにあった。
座る者がいない、演壇横の一脚のパイプ椅子――。
しかし、敬礼する全員の目に、椅子の前に立つ大洗女子学園の制服姿で、真っ赤な顔をしている、かわいい西住みほの姿が、ぼんやりと見えていた。