ガールズ&パンツァー  五人の女神と魔神戦車   作:熊さん

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第13話  杏の秘めたる思い

 

 太陽の柔らかな暖かい光が、日を追うごとに強くなって、春の到来を誰もが感じる、三月下旬。

 大洗女子学園の体育館では、卒業式が、華やかな中にも厳粛な空気に包まれて、執り行われている。戦車道教官の遠藤優花里も、夫の健介と共に教職員席の末席に座り、目を真っ赤にしながら、教え子達の旅立ちの瞬間を見届けていた。

 卒業式の後、戦車道履修の在校生達は、卒業した三年生達を送る「追い出し会」という表現は最悪だが、心を込めた感謝の会を、第一戦車倉庫の中で催すことが毎年の恒例行事になっている。

 

「遠藤教官、三年間ありがとうございました! 私達、全員、無事に卒業しました」

 

 三十余名の卒業した三年生達が横一列に並び、七代目隊長の松原潤子が、卒業生を代表して優花里へと敬礼をしながら報告してくる。優花里は目を細め、本当に嬉しそうに答礼を返して、潤子達を見渡しながら、教官としての最後の訓示を伝えた。

 

「松原隊長、そして、三年生の皆さん、御卒業おめでとうございます。今日から、皆さん達は、それぞれの目標に向かって歩きだすことになります。ですが、けっして一人で歩いている訳ではありません。同じ戦車チームで戦った、かけがえのない戦友達があなた方にはついているのです。困った事、辛くて挫けそうな事。これから皆さん方は、沢山経験するでしょう。そんな時にこそ、戦友達の事を思い出して、恥ずかしがらずに堂々と戦友達を頼ってください。きっと、どんな些細な事にも、親身になって相談に乗ってくれるはずです。誰かを頼ることは、決して恥ずかしい事じゃありません。今、自分にそれを乗り越えるだけの経験が足りないだけなのです。あなた達が経験する、その辛い出来事を、戦友達は、もしかしたら乗り越えているかも知れないのです。そして、その一つ一つの出来事を経験していく事で、いつか誰からも頼られる人間にかえてくれるでしょう。友達、大切な人、将来の旦那様。そして、大切な我が子から頼られる女性に、あなた達を成長させてくれます。辛い事が起こっても、けっして逃げないでください。諦めてはいけません。必ず乗り越えていけます。自分から最後にこの言葉を皆さんに贈ります。一言ですが、自分からの皆さん方へのエールです――『頑張れ!』以上!」

 

 そう言って優花里は、三年生に向かって、敬礼を送った。

 

「ありがとうございました!」

 

 潤子を含め、卒業生全員が、声を合わせてそう言うと、一斉に頭を下げた。それを優花里の後ろに、五列に並んで見ていた在校生達も、涙で顔をクシャクシャにしながら一斉に拍手をする。戦車倉庫内に、万雷の拍手が響き渡った。

 そして、在校生達から先輩一人一人に花束と、先輩達のチームごとのパーソナルマークをかたどったお手製キーホルダーが渡される。

こうして、戦車道チームは新しい代に受け継がれていく――。

 この代替わりの様子を、毎年目立たない所で見つめている、角谷杏だった。

 出ていくものがいれば、入ってくるものもいる――。

 そうして暦は、四月に入り、新しい年度が始まった。

 

 

 茨城県立大洗女子学園高等学校――。学園長、角谷杏は、毎年春が来るたびに、脳裏によみがえる事がある。

 あの思い出したくもない、文部科学省担当官から、突然告げられた、母校の廃校計画の知らせと、約束を反故にされた、あの事件――。あの出来事から、もう十回目になる新入生が、今年も無事入学してきた。

 白がベースになる、セーラー服の上着、そのセーラー襟の部分に入った緑のラインと胸元にある緑のアクセントと校章。黒のスカーフに緑のスカート――自分も高校生の頃に着ていた学園の制服。

 杏は、入学式を終えた直後から毎朝、校舎三階にある、学園長室の窓から顔を出し、続々と登校してくる、新入生や在校生達の元気な様子を、毎日見つめている。

 四月の第三週の金曜日。

 天気は快晴。この天気は一週間は続くだろうと、天気予報では言っている。

 学園艦は、太平洋の海原から一路母港である茨城県大洗町にある接岸埠頭を目指して航海中であった。青い海は水平線のかなたまで青く、そして学園艦の航跡は白くその青い海を二つに分けていく。

 あの六十三回戦車道全国高校生大会から十年が経ち、全国有数の戦車道強豪校となった大洗女子学園。

毎年新しく編成されるチームは、それぞれのチームがそれぞれの歴史を作ってきた。そして、その復活した戦車道のOG達が、明日この懐かしき母校へと集まってくる。

 学園艦はその彼女達を迎えるべく母港へと針路を取り、帰投しているのである。

 

 その日の午後四時三十分――。

 学園長室では、角谷杏と小山柚子の二人が、それぞれ自分のデスクに座り、明日おこなわれる「戦車道復活十周年記念式典」の最終打ち合わせを行っていた。

 学園長のプレートが置かれた、学園長室正面の窓際に置いてある大きな木製のデスクで、杏はいつものように左手で干し芋をかじりながら、柚子から渡された書類に目を通している。その左隣にある杏のデスクに対してL字型の配置で、副学園長の小山柚子が、机の上のノートパソコンの画面を見ながら、杏が読んでいる書類の説明をしている。そして、室内の中央にある大きな応接セットの所で、渉外部長の河嶋桃が、応接テーブルを一杯に使って、戻ってきた出欠はがきを一枚ずつ置き、その横に置いているOG名簿と照らし合わせながら、手に持ったリスト表に、ボールペンでチェックを入れていた。

 手にしていた葉書が全てテーブルにのせられたところで、桃がため息にきこえる独り言を呟いた。

 

「――。ついに来なかったか……」

「桃ちゃん? 来なかったって……。西住さんからの葉書の事?」

「ああ……。いよいよ、明日なんだけどな。今日こそは、来るんじゃないかと思っていたんだが」

 

 桃が、寂しそうに葉書が置いてあるテーブルを見つめながら言うと、柚子もキーボードを打つ手を止めて、彼女を見つめた。そんな二人の会話をデスクで聞いていた杏は、書類から視線を外して、二人に声を掛ける。

 

「河嶋。OG達の出席具合はどうなの?」

 

 すると桃は、即座に立ち上がり、姿勢を正して、杏に報告する。

 

「はい。現在判明している分で言いますと、約九割の出席になります」

「小山。椅子とかの会場備品や懇親会のセッティングは大丈夫なの?」

 

 杏に聞かれて、柚子もデスクから、同じように姿勢を正して、彼女に報告する。

 

「はい、それは大丈夫です。式典は全員出席を前提にして準備していますし、懇親会の食事も立食パーティーにしていますので、スタートさえできれば、在校生の戦車道メンバー達がお皿の状況を知らせながら、順に補充していく予定になっています」

 

 二人の報告を聞いた杏は、満足そうな表情に変わった。

 

「そう、わかったよ。万事万端にしておいてね」――『はい』

 

 二人の返事を聞いた杏は、椅子から立ち上がると、二人に言う。

 

「私は、今から遠藤ちゃんの所に行ってくるからね。何かあったら携帯に電話をちょうだい」

「はい、わかりました。宜しくお願いします」

 

 柚子が即座に返事をし、立ち上がったままの桃がコクリと頷いた。

杏がなぜ今、優花里の所に行こうとしているのか分かったからである。杏は以心伝心で、自分の考えを理解してくれる二人を見て笑顔になると、書類を机に置いて、学園長室を出て行った。

 部屋を出た杏は、左右に延びる廊下を右へと曲り、歩いて行く。真っ直ぐに伸びるその廊下の中央付近左手に、下へと降りる中央階段があり、彼女は左手で、中央階段手すりを撫でるようにしながら、その階段を降りていく。

 階段下は二年生と三年生の教室がある。

階段を降りていくと、下から賑やかな笑い声と楽しそうな会話が、杏の耳に聞こえてきた。二階の階段踊り場で五人の三年生が談笑している。

 

「――でしょう。もう私、可笑しくってさぁ……。あっ――。学園長先生。こんにちは!」

 

 一人の生徒が、三階から降りてきた、杏を見つけて元気に挨拶をしてきた。それを聞いた他の四人も一人一人会釈をしたり「こんにちは」と杏に声をかけてくる。

 杏は、右手を上げながら笑う。

 

「はぁい、こんにちは。もうすぐ放課後も終わるからな。暗くならないうちに、寄り道をしないで帰れよ」――『はーい』

 

 五人の揃った返事を聞きながら、杏は笑顔のまま踊り場を曲がって、またさらに階段下へと降りて行った。

 一階に降りた杏は、踊り場正面に広がる一階ロビーを横目で見ながら左に曲がると、廊下突き当りに見える教職員用の下駄箱がある職員専用の玄関へ歩いて行く。

 そこに着くまでも、何人もの在校生達とすれ違い、会釈を受けたり挨拶を受ける、杏。

 その一人一人に声をかけながら、彼女は十年前の廃校の危機に陥った、あの時の事を思い出していた――。

 

 西住みほの転入届を受け取ったあと、担当官からの廃校計画の聞かされた杏は、その時、廃校を免れる条件として戦車道全国優勝の条件をつけた。その裏には彼女が来てくれることを知っていたからである。

 なぜ、彼女が転校してきたのかを、その時、彼女は知らなかった。しかし、あとであんこうチームのメンバーから聞いたみほの戦車道に対するトラウマの話。

 それを聞いた後、何度も「負けたら廃校になる」という事実をみほに伝えようとした杏だったが、結局、彼女にはできなかった。自分達の力だけでは、どうにもできない事で、西住みほにしか、もう頼る事ができなかった。――彼女に学校の未来、全てを掛けたのである。

 ひょんなことで初代チーム全員に知れてしまった「負けたら廃校」という事実を、西住みほは正面から受け止めてくれた。そしてチームを鼓舞して、ついに、学校を救ってくれた。――そうなるはず、だった。

 だが、その後でおこった、信じられない、約束反故のあの事件。

 自分のミスを取り戻すために、必死に交渉した結果、またも、信じられない条件を付きつけられ、またも、みほに頼ることになってしまった。

 今度は、どう考えても無理だと思った――。だが、みほの人柄のおかげで、学園艦は……、大洗女子学園は救われたのである。

 

 杏は――、みほに対して、すっと持ち続けている気持ちがある。

 転校して間もない、まだ学校の事さえよく知らない彼女に、勝手に押し付けた、とてつもない責任の重さ。しかも、それを、二度も押し付けてしまった事実を、杏は忘れてはいない。そして、それを必死になって、成し遂げてくれた彼女への感謝の気持ちを、計り知れないほどに持っている杏なのである。

 

 彼女は、職員玄関につくと、自分の下駄箱からローヒールの靴を取り出して校舎の外へ出た。そこでも在校生達の賑やかな笑い声が、校舎全体に反射して響き渡っている。

 

「学園長先生、さようなら」

 

 正門へと向かう途中の道で、急に背後から声を掛けられて、反射的にその場で立ち止まった杏は、自分の横を走って行く一人の女子生徒に「はい、さようなら。気を付けて帰れよ」と手を振って返事をした。すると、その生徒はその場に立ち止まり、振り向いて「はーい」と言って頭を下げた。そしてまた正門に向かって駆けていく。

 杏の目に一瞬、その女子生徒の後ろ姿が、西住みほの高校生の時の姿と重なった。手を振るのを止めた杏は、その生徒の後ろ姿が消えるまでその場で見送っていた。

 生徒を見送った後、杏は運動場のはずれにある戦車倉庫へと足を向けた。

 今日、金曜日は戦車整備の日である。

 一週間の最後の日の夕錬は、戦車の装備チェックと点検、清掃の日になっていた。

 広い運動場に出ると、右手に馬鹿でかい戦車倉庫が三棟建っている。

校舎ほどもある、その鉄骨製の一番大きな倉庫が、現在の主力戦車が格納されている第一戦車倉庫。その隣に小さな体育館ほどの大きさになる戦車の整備を行う戦車整備倉庫。そして、一番左になる、煉瓦造りの古めかしい第二戦車倉庫があった。

 この第二戦車倉庫には、あの時、学校を救った英雄ともいうべき、七輌の戦車が置いてある。今は試合に出る事もなくなった戦車達であるが、それでも履修間もない一年生の訓練用として大洗女子学園の魂を伝えるべく今も頑張っている戦車達である。

 第一戦車倉庫前に、合計二十輌のドイツ、アメリカ、フランス等の各国の戦車達が並んでいる。

 体操服姿の現役戦車道メンバー達によって、それぞれの戦車がホースで水をかけられながら、ピカピカに磨かれていた。現在の隊長車である「ティーガーⅠ」をブラシで磨いていたチームの隊長――八代目隊長、橘紀子が、歩いてくる杏の姿に気付いた。

 

「全員作業中止! 各戦車の前に集合!」――『はいっ!』

 

 紀子の号令に、作業をしていたメンバー全員、一斉に返事をすると、メンバーは急いで戦車の前に横一列で並んだ。杏はそのキビキビとした行動を見て頼もしく思ったが、作業の邪魔をしてしまった事を、少し反省した。

 

「みんな。明日は大変だろうけど、頑張ってちょうだいね。ほとんどのOG達が来てくれるそうだから」

「えっ……、それ本当ですか?」

 

 紀子が少し緊張した様子で、杏に聞き返すと、小さく頷き、杏は答える。

 

「うん。本当だよ。だから、戦車もピカピカにしておいてね。絶対に見に来るはずだよ、少しでも汚れていたら、こっぴどく怒られるよ――、多分ね」

「――はい、分かりました。みんな、気合を入れて掃除を続けるように!」――『ハイっ』

 

 ちょっと意地悪な言い方であったが、杏は現役メンバー達の気合を入れ直した。そして彼女は紀子を見て訊ねた。

 

「橘ちゃん、遠藤ちゃんはどこ?」

「はい、第二戦車倉庫におられます」

「何で?」

「何でも教官は一人で戦車の掃除がしたいのだそうです」

「七輌全部?」

「はい。昨日から始めておられ、今日は朝からずっと掃除されておられます」

 

 紀子の返事を聞いた杏は「遠藤ちゃんらしいなぁ」と呟いて、右手を上げた。それを見た紀子が「作業再開!」と再び号令をかけてメンバー全員が担当戦車の清掃作業に戻っていった。

 杏はその様子を見ながら、第二戦車倉庫へと歩いて行った。大きな緑色の鉄製扉が少し開いている。そこから彼女は倉庫の中に入る。

 倉庫の中は天井にある水銀灯が全部点けられていて、とても明るい。そして、その光の下、懐かしい戦車達が置かれていた。

 扉に一番近いところから順に「Ⅲ号突撃砲F型」「八九式中戦車甲型」「38t軽戦車ヘッツアー仕様」「M3中戦車リー」「ポルシェ・ティガー」「三式中戦車」そして「ルノーB1bis」が並んでいた。

 各車輌のパーソナルマークは、初代メンバー達が付けていた当時のマークが、描かれていた位置にそのままの形で描き直されている。

 杏は、この戦車達を見るたびに、西住みほは、よくこの戦車達で全国優勝してくれたものだと思う。そして、廃棄せずに隠し切ってくれた復活前の戦車道OG達にも、深く感謝するのである。この戦車達がいなければ全国優勝もなかった。

 だから杏は、自分が学園長の間は、この七輌の戦車達は絶対に廃棄はしないと心に決めている。

 

「遠藤ちゃぁん! いるぅ?」

 

 入り口から倉庫内に大声で呼びかけると、「はぁい。いますよ」と一番奥のルノーの所から返事が聞こえた。その声を聞いた杏は、倉庫一番奥に向かって歩き出す。すると真っ黒になった元はオレンジのつなぎを着た優花里がルノーの前に出てきた。

 

「学園長。どうされたんです? 自分に何か用ですか?」

「うん――。用って程でもないんだけどね、遠藤ちゃん……。その、西住ちゃんから何か連絡はきた?」

「――いいえ。自分の所には来ていません」

「あんこうの皆にも?」

「はい、まだ誰も貰っていないようです。連絡が来たらすぐにメールを回す約束していますが、まだ……、メールは来ていません」

「――そうなの」

 

 杏も優花里もそう言った後しばらく黙ってしまった。しかし、つなぎの埃を手で掃いながら優花里が言った。

 

「でも――、学園長。西住殿は、明日の事は知っています。まだ望みが無くなった訳ではありませんから!」

「――うん、そうだね。冷泉ちゃんみたいに、ギリギリでやってくるかもしれないね」

「はい! きっと来てくれると思います!」

「そうだね……。ところで遠藤ちゃん。この戦車達、全部掃除は終わったの?」

「はい、ルノーで最後ですが、もうすぐ終わります」

「手伝おうか?」

「いいえ、大丈夫ですよ。それに、自分は大洗女子学園戦車道を預かった人間です。かばさんやあひるさんに、うさぎさん、アリクイさんにレオポンさん、そして、カモさん達に胸を張って、この子達を見せたいんです。『まだこの子達は頑張っているよ』って」

「ホント、そうだよね。この子達がいてくれたから、なんだよね」

 

 そう言った杏と優花里は、静かに並んでいる七輌の戦車達を見上げた。七輌の戦車達はただ、静かにそこに停車していた。

 

「Ⅳ号は、健介くんが掃除してくれての?」

「はい、エンジンの部品点検も兼ねていますので、こればかりは自分にもできませんから」

「そう……。わかったよ」

 

 杏がそう言うと優花里は「それじゃ、作業に戻りますね」と返事をしてまたルノーの後ろへと回っていった。杏は「頑張ってね」と彼女に声をかけて入り口に戻っていく。そして外に出た後、今度は運動場を通り過ぎて学校の中庭へ向かって行った。

 体育館の横を歩いて角を曲がったところに広い中庭がある。中庭を挟んで校舎側は懇親会が開かれる予定の大食堂。そして、校舎の反対側に、初代戦車道チームの隊長車である、あの、あんこうチームの愛機「Ⅳ号中戦車D型F2仕様」が、巨大なアクリルボックスに入れられて大切に保管されている。

 シャーマングレーの、その車体と砲塔側部に描かれた、デフォルメされた愛嬌のあるピンク色のあんこうのパーソナルマーク。大空に向かって高々と掲げられている七十五ミリ長砲身の戦車砲。現役当時、各高校から「鬼神戦車」と恐れられた、その「Ⅳ号」は春の夕暮れに照らされてキラキラと輝いていた。

 ボックスの右横は、全開閉ができる観音開きの扉になっており、ボックス内に入れるようになっている。その扉の右半分が開いていた。

 

「健介くん。いる?」

 

 扉の外から中に、杏が声をかけると、操縦席のハッチが起き上がってきて、遠藤健介が顔を出した。

 

「あっ、学園長でしたか。はい、います」

「遠藤ちゃんから聞いたけど、Ⅳ号の掃除をしてくれていたの?」

「はい、もう終わりました」

 

 健介がそう言って操縦席ハッチから出てくると、それを閉めてボックスの外に出てきた。

 ボックスの扉を閉めて杏の傍に来た健介は、Ⅳ号を見ながら、杏に訊ねてきた。

 

「学園長、一つ訊ねたかった事があるんですが、聞いてもいいですか?」

「うん、いいよ」

「なぜ、このⅣ号は、ここにずっと飾られているんですか。高校生の試合ぐらいなら十分戦力になると思うのですが」

「それはね――」

 

 杏は、Ⅳ号を見上げながら健介の質問に答えた。

 

「このⅣ号はね、学園の守り神なんだよ――。いまでも時々震えがくるんだ。初優勝した時、まほさんのティーガーと相討ちになった時にね、もしも白旗が上がったのがこのⅣ号だったらと思うと、私はいてもたってもいられなくなるの。それに、このⅣ号がいなかったら、大学選抜との試合でも、絶対に勝てなかったんだよ。だから、このⅣ号を試合に出して、撃破されて白旗が上がったところを、私はね、絶対に見たくないんだよ」

「そうなんですか」

「それともう一つ――」

 

 杏は、健介を向いて諭すように話した。

 

「このⅣ号に乗れるチームは、初代あんこうの五人だけだからね」

 

 杏はそう言った後、またⅣ号を見上げた。

 

「――Ⅳ号……。お前も待っているんだよね。祈っていてちょうだいね。西住ちゃんが来てくれるようにね」

 

 杏は目の前でずっと眠る「Ⅳ号D型」に向かって小さく呟いた。健介も横で納得した様に、同じように四号を見上げた。その時に杏の携帯電話が鳴った。懐から携帯を取り出した杏は「もしもし」と言って携帯を取った。

 

「学園長。今どちらです?」

「うん、Ⅳ号の前にいるよ」

 

 そう言った杏は振り向いて校舎の最上階を見上げた。すると、窓から小山柚子が顔を出してきた。柚子は手を振っている。

 

「学園長、明日の全ての準備ができたんで報告したいんですけど……」

「わかったよ。今行く。それじゃ、健介君、失礼するね」

 

 杏はそう言って、健介に手を振ると、健介は「はい、お疲れ様です」と答えた。そして杏は、Ⅳ号の傍を離れて学校玄関へと歩き出した。

 学園艦は、間もなく大洗の港に、停泊の準備に入ろうとしている。

 


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