ガールズ&パンツァー  五人の女神と魔神戦車   作:熊さん

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第12話  真田の姉妹

  

 厚い雲が、大空を隠すように広がる、曇り空の下、周りを森に囲まれている、少しひらけた草原の中心になる、大洗アングラーフィッシュのスタート地点の上空高い所を、無人の撮影用ヘリコプターが、バラバラという騒がしい音をたてながら、ホバーリングの状態で飛んでいる。

 その胴体下部から突き出るように顔を出した、一個の大きな望遠レンズが、ピントを合わせようと、忙しくズームアップ、ダウンを繰り返している。

 そのレンズが捉えようとしているものは、今日、初めてチームの指揮を取る、遠藤祐子の姿であった。

 試合開始まで、あと十分になり、広場のほぼ中央横五列に並んだ、アングラーフィッシュの選手達。

 青い海を想像させるような、澄んだ青色の下地に白の細いストライプが入ったパンツァ―・ジャケットを着て、その胸には、アングラー・フィッシュという文字が英語の赤い飾り文字で書かれている。そして、その背中には「YUKO・ENDOH」という名前が、これもまた赤の飾り文字でプリントされていた。

 その隊列に向かい合うようにして並んでいる、十輌の戦車群。

そして、その二つの間で選手達に向かって、対峙するように立っている司令官と遠藤祐子の二人である。

 司令官は、目の前に並ぶ選手達を見渡しながら、強い口調で指示を出した。

 

「今日の相手、佐世保フューリーズは、現在リーグ戦最下位のチームとはいえ、決して力がないチームではない! 各チーム、気を抜くな! そして、絶対に相手をあなどるな! 来年に向けて、我々の実力が試される試合だ。その事を肝に銘じろ! いいな!」――『はい!』

 

 司令官の激に、五十名の選手全員が揃って返事をする。それを聞いた司令官は厳しい表情のまま「皆の健闘と幸運を祈る」と言った。

 その訓示が終わると、選手全員が司令官に対してサッと敬礼をする。全員を見渡した司令官は静かに返礼を返してそれ解いた。それを見た選手全員も敬礼を解く。

 その後、司令官は「遠藤、頼んだぞ」と言って、右側すぐ傍で直立不動のままの遠藤祐子の方を向いた。

 

「はい!」

 

 力強く返事をする祐子に対して、小さく頷いた司令官は、踵を返して歩き出し、待機していた司令官専用ジープに乗り込むと、試合エリア外に設置されている試合運営本部へと走り去って行った。

 司令官の乗ったジープが見えなくなるまで、直立不動のまま、その場に立っている選手達に向かって、遠藤祐子はチーム隊長としての最初の命令を出した。

 

「今日の作戦は、相手チームを挟撃する事が、第一目標となります。ミーティングの通り、皆さん冷静に、そして大胆に行動してください」――『はいっ!』

「それでは、各チーム、戦車搭乗!」――『はいっ!』

 

 遠藤祐子の指示に、短く返事を返した各チームは、それぞれの戦車に乗り込んでいく。

 祐子は、選手全員が戦車に乗り込んだ事を確認してから、戦車群の中心に置いてあるピンクのフラッグが掲げられた隊長車、ティーガーⅠに上り始めた。

 砲塔上部にある戦車内への乗り口、キューポラから戦車内に入ると、眼下の各担当シートに座る仲間達が、各部の点検を忙しくやっていた。

 

「みんな? どう?」

「うん。徹甲弾、榴弾、本数確認。準備完了よ!」

「照準器も砲塔も大丈夫。点検完了!」

「エンジン、その他、駆動系異常なし!」

「通信機も異常ないわ」

 

 それぞれのシートから、高校時代からの戦友達が報告してくる。それを聞いた祐子は、通信手、北川亜希子へと指示を出した。

 

「各チームに連絡! 全車輌エンジン始動! 始動後は、その場に待機!」

「了解! こちら『あんこう』より全車輌へ、各車エンジン始動! 始動後はその場に待機!」

 

 亜希子がインカムから全車輌へ指示を出すと、彼女のヘッドホンに次々と「了解」「了解です」と返事が返ってきた。そして、ティーガーⅠが二輌、パンターG型が八輌のアングラーフィッシュ全車輌のエンジンが、一瞬の爆音と共に一斉に目覚めた。

 

『試合開始まで……。あと一分』

 

 試合運営本部から無線を通じて、あんこうの車内に連絡が入る。

すると、その連絡と共に、操縦手の大森翔子。通信手の北川亜希子。砲手の浦田かなえ。装填手の浦田恵が、一斉に戦車長、遠藤祐子の方を向いて、その場で右手の親指を立てた。

 それを見た祐子も右手の親指を立てて前へ突き出すと、元気よく激を飛ばした。

 

「勝利を、我らに!」――『勝利を、我らに!』

 

 試合開始前の儀式みたいな、それが終わると、各々前方を向き、祐子はキューポラから半身を車外へ乗り出した。そして、上空に試合開始の花火が、一発舞い上がった。

 

「アングラーフィシュ! 全車、パンツァ―フォー!」

 

 遠藤祐子が、キューポラから身を乗り出したまま、喉元のインカムでチームへ号令をかけると、横一列で並んでいたパンサーG型の八輌とティガーⅠの二輌が一斉に動き出した。

 

 

 戦車道の試合を行う為だけに改造された艦、第十一・十二試合艦での戦車道第二十二節の試合が始まった。

 統廃合された学園艦の中から、幾つかを日本戦車道連盟が買い上げ、戦車道の試合をする為の専用に改造されたものである。

 そして、これらの試合艦は艦同士を連結できるようにしてあり、その組合せにより様々な試合ステージが作られるようになっていた。

 今回の試合会場は、山岳ステージ用試合艦、二艦を連結させた十キロ四方の会場で、イメージとして、大きな四角の試合エリアの中で、北西と南東の位置にスタート地点が設定されている。

 スタート地点とは反対の、北東から南西の斜め方向に向かって、三つの山ができている。

 疑似山脈みたいな感じである。

 一番高い四百メートルの高さの山が左下。順に右上に向かって、二百五十メートル、三百メートルとなっている。各々尾根が繋がる部分に仮設の大きな山道が設けられていて、相手エリアに向かって行くのに安全な進行ルートは二つあることになる。

 フラッグ戦のこの試合、どちら側を通るか、通ってくるかの指揮官の読み合いである。

 

 

「祐子。私達は、右側ルートを取るんだよな」

「うん、ケイ隊長は森の中での戦闘が得意だから、もしかしたら山道を通らずに直接、森の中を進んでくるかもしれない。私達は相手の有利なフィールドで戦う必要はないわ。山道の広い道を使って挟撃しましょう」

 

 操縦ハンドルを右、左と細かく動かしながら、大森翔子が隊長車のティーガーⅠを走らせていく。

 遠藤祐子は、部隊を二つに分けて自分が指揮するA部隊を道幅二十メートルある右側の進行ルート。副隊長の指揮するB部隊を同じく幅が三十メートルある左側進行ルートにティーガー一輌とパンター四輌の計五輌ずつに分けて進軍させている――。

 

 

 その一方――。

 同じように、佐世保フューリーズも試合開始の花火と共に一斉に動き出した。

 チームを率いるのは、西住まほと同い年の二十八歳、ケイ隊長である。

 そして、フューリーズの戦車群は、アメリカの大傑作戦車、M4A3型戦車九輌と、一輌のA6型の合計、十輌のシャーマン軍団である。

 スタートしてしばらくは横一列で走っていた十輌だったが、やがて一番右側にいた唯一輌のA6型が、戦列から離れ、単独で左側ルートに向かいだした。他の九輌はパンツァー・カイルになり、右側ルートに進路を取った。

 これはA3型の九輌が、祐子のA部隊、A6型の一輌が、副隊長のB部隊とぶつかるルートとなる。

 

「メイ! 本当にあなた達だけで、大丈夫なの?」

 

 キューポラから半身の状態のケイは、単独で戦列から遠ざかって行くA6型を見ながら、そのチーム、十号車チームの戦車長、真田メイへと、手に持ったハンドマイクで無線を入れた。

 

「はい! ケイ隊長! 心配していただきありがとうございます! しかし、大丈夫です。私達はフューリーズに入団して、まだ日が浅いです。下手にチーム戦に同行すると、皆さん達に迷惑をかける恐れがあります。試合に慣れる為と日本の戦車道の戦法を勉強させてください。そして、隊長からいただいた、斥候任務を成功させ、有意義な情報を必ずチームに報告します!」 

「うん、わかったわ。でも、あんまり気を張らずにいいわよ。元気にいけばいいからね」

「――はい! それでは、行ってまいります!」

「他の皆は、ライトルートへ行くよ! 全車、ゴー・アヘッド!」

 

 ケイの号令を聞いて無線機を外した、真田メイは、車長席で小さくフーっとため息をつく。その様子を砲手席からガムを噛みつつ、振り向いたまま、じっと見ている彼女のすぐ下の妹、真田サラが、ニヤニヤしながら姉の様子を見ていた。

 

「メイ姉ちゃん。あいかわらず、お芝居が上手! お見事ね」

「芝居って――。サラ、言葉が過ぎる……、事もないか」

 

 そう言ってメイも、ニヤリと笑った。同じように、装填手の近藤エリーも笑い黙って舌だけ、ペロリと出した。

 操縦席では、真田メイ、サラの妹で三姉妹の一番下になる、真田リンが、一人でニヤニヤしながら、姉サラと同じように、ガムを噛みつつ操縦桿を握って、A6型を走らせていく。

 

「今日は、作戦通り、三輌撃破したら、おしまい。わざと撃破されるわよ」

「……でも、メイさん? やっぱり撃破されないとだめなの?」

「……わかっていないわね。エリー――ダディが言っていたでしょ。試合で、いきなり目立つことは絶対にするなって。日本では目立ったらダメらしいのよ。ほら……、あれよ。あれの事――。えっと、なんだったっけ?」

 

 メイは、何かを必死に思い出そうと、口ごもったところに、操縦していたリンが、ポツリと言った。

 

「メイ姉――。言いたいのは『郷に入れば郷に従え』……、でしょ」

「そう、それよ! まずは、私達はチームでの居場所をしっかりと作ること。そこからよ。こんな所属している事が、恥ずかしい位の弱小チームに、私達が入団したのは、試合に出るチャンスが多いからでしょ。試合に出て、少しずつ有名になっていく。そうして、全日本チームに選ばれること。全てはそこからなのよ」

「メイ姉ちゃんのする事に間違いはないから、エリーもリンも、私もそれに従うだけよ」

 

 次女のサラが言うとリンは頷き、エリーはニヤッと笑って、またペロッと舌を出した。目の前の三人を見ているメイは、小さく頷くとキューポラを開けて身を乗り出した。

 

「さあて……、と。お客さんは何輌来るかしら? 五輌ぐらい来てくれたら、格好がつくんだけどねぇ」

 

 森の間を抜けて山道に入ったM4A6型。

 シャーマンシリーズの中で、最も足が速い、自動車大国アメリカの技術が顕著に現れたこの戦車は緩やかな山道を軽快に、そして、軽々と山頂目指して登って行く。

 一輌で進む戦車と、隊列を組みながら進む戦車群とでは、必然的に速度が異なる。先に山道ルートの頂上に、先に着こうとしたのは、A6型のほうであった。

 

「リン――。エンジン音が聞こえるわ。土煙を上げないように注意して」

「ラジャー!」

 

 そう返事をしたリンは、速度を調節しながら土煙が上がらないような、抜群の操縦技術で、山頂手前まで静かにやってくると、いったん右手の茂みの中に戦車を隠した。

 

「サラ! 照準器から相手の台数わかる?」

「イェス。ティーガーⅠが一輌。パンターG型が四輌見えるわ」

「よし。私にも見えたわ」

 

 キューポラから体を乗り出して、双眼鏡を覗いていたメイはそう言って双眼鏡を外した。

 

「メイ姉ちゃん、行っちゃう?」

「ちょっと待って……。準備しなきゃ」

 

 そう言ったメイは、車内に戻ってハンドマイクを取り出すと、ケイ隊長へと無線を飛ばした。

 

「こちら十号車、真田メイより、ケイ隊長へ報告します。敵戦車五輌に、発見されてしまいした。車種は、ティーガーⅠが一輌。パンターG型が四輌です。なお、このティーガーはフラッグ車ではありません。交戦をさせてください!」

「ダメよ! 危ないから、森へと逃げ込みなさい!」

「いえ、私達が、なんとか引きつけておきます。こちらにフラッグ車がいないという事は、そちらの道にフラッグ車がいるということです。しかも九対五の数の優位ができます。チームの為、勝利の為なら撃破されてもこんなにうれしい事はありません! お願いします。許可をください!」

「――わかったわ。でも、無茶をしちゃだめよ。危なくなったら、急いで森を突っ切ってこっちに逃げてきなさい」

「了解! ケイ隊長の優しい心遣いに頑張って答えます。それでは戦闘を開始します!」

 

 そう言うとメイは、舌を出しながら無線を切った。その様子を小馬鹿にしたような笑顔で笑ってみている十号車チームの三人である。

 

「メイさんったら……、でも、発見、――されてしまったんじゃあ、しょうがないわよね」

「そうよ、エリー! 私達、発見されてしまったのよ」

 

 装填手のエリーが言うと、自分を納得させるように、メイが答える。

 

「敵戦車群、接近中。でも……、警戒しながらも、こちらには全く気付いていないようね。バカみたい――。隙だらけだよ。メイ姉ちゃん」

「――ほんと、バカバカしいくらい、隙だらけ。これなら全車撃破できるよ。メイ姉……」

 

 照準器を覗きながらサラが、クルッペから双眼鏡を使ってリンが、それぞれ報告してくる。

 

「ダメだって――! さっき言ったでしょ。目立っちゃだめなの! とりあえず撃破目標の順は、ティーガー、パンター、パンターの順。それだけ撃破したら、わざと側面をさらして、パンターにやられてあげるのよ。いい?」――『ラジャー』と全員が答える。

「それじゃあ、進軍開始! ダディの夢の始まりよ! 十号車、ゴー・アヘッド!」

 

 そのメイの号令に対して、一気にアクセルを踏み込んだリン。

 いきなりエンジン音が爆音へと変わり、隠れていた茂みから目の前、左右に延びている山道へと飛び出したA6型は、見事な旋回で右九十度、方向転換すると、山道の一番高い地点をはねるようにして飛び越えていく。そして、今度は坂道を利用しながら猛スピードで、進軍してくるB部隊へと向かって山道を下り始めた――。

 

 

 右側ルートをV字進軍、俗にいうパンツァー・カイルで進軍しているA部隊の祐子へ、副隊長から状況報告が無線で入ってきた。

 

「こちら、イルカよりあんこうへ連絡。前方にM4A6型、一輌発見! 距離約千メートル! 単独で接近して来ます!」

「祐子ちゃん。A6型って……。確か、今日初めてフューリーズに登録されたメンバーだったよね」

「うん、亜希子ちゃん。メンバー表を確認してくれる?」

「了解! えっと……、車長が真田メイさんで、あとは操縦手が真田リンさん、真田サラさんが砲手で、この三人は姉妹のようね。あと、近藤エリーさんが装填手で通信手はいないわ。それに、全員がアメリカからの帰国子女みたいよ」

「アメリカからの帰国子女って――。だから、アメリカ戦車が中心のフューリーズに入ったのね」

 

 亜希子の報告を聞いて、装填手席から浦田かなえが言う。すると、いきなり大声で祐子が亜希子へ訊ねてきた。

 

「真田って――流派は? 彼女達の流派はどこなの?」

「えっと……。あれ、書いてないわよ。空欄になっているわ」

「――」

 

 遠藤祐子は、昨日、優花里が聞いてきた、真田流の事を思い出した。そして、連絡してきた副隊長に指示を送った。

 

「こちらあんこう、遠藤です。B部隊は十分に注意しながら、攻撃を開始してください」

「こちら、イルカ了解! 攻撃開始します」

 

 返信が入った後、祐子達の耳に遠くで小さくズドーン、ズドーンと砲撃音が聞こえはじめた。

 

「A部隊。全速で進軍します。隊形そのまま!」

『了解』――『了解です!』

 

 あんこうチームの車内に、応答無線が次々に入ってきた。そしてグンとスピードを上げたA部隊の五輌が、なだらかな上り坂を進んでいく。

 間もなく上り坂の頂上という所で、前方にいきなりシャーマン軍団、九輌が現れた。

真田メイから報告を受けたケイは、急いで山道を登り、もうすぐ頂上という所から森の中へ入り、山道を登ってくる祐子達、A部隊を待ち伏せていた。そして、タイミングを計って森の中から現れたのである。

 

「祐子ちゃん! 前方約四百メートル、シャーマン出現! 台数九輌! フラッグ車も確認!」

「全車輌、砲撃開始!!!」

 

 北川亜希子の報告が終わった直後、間髪を入れずに、祐子は攻撃命令を出した。

 シャーマン八輌とパンター四輌がお互いに、一輌ずつのフラッグ車を守る壁になり接近しながら、力勝負の攻撃に出た。お互いが交互にすれ違うかのように接近していく――。

 

 

――「ほーら、まだまだぁ。どうしたのよ。もうちょっと、早く動いて見せてよ。それじゃあ、もう全滅しているわよ」

 

 副隊長率いる、B部隊の戦車群の間を走り回る、M4A6型。

 その照準器から、敵戦車に照準を合わせながら、サラは独り言を呟き続けている。

 メイは無言のまま車長席にでんと座って、クルッペから外の様子を見ているだけである。

 同じようにリンは、無言のまま、右に左に、アクセルとクラッチを素早く切り替え、シフトレバーを小刻みに組み直しながら、まるで手足のようにA6型を変幻自在に操り、五輌のアングラーフィッシュの戦車群の中を走らせている。

 すると、操縦しながら、ため息と共にリンが呟いた。

 

「――やっぱり、操縦はエマの方が上手ね。アイツみたいにうまく動かせないわ……。メイ姉、私、はやく通信手に戻りたい」

「そうね。コンマ5秒程、離脱タイミングが遅いわね。――でも、しょうがないわよ。エマは、まだアメリカでやらなきゃいけない事が残っているんだから……、もうちょっとの辛抱よ。リン」

「――イェス」

 

 砲身を向けられながらも、ドイツ戦車群の中を逃げ回る、M4A6型。

それに痺れを切らしたように、砲手席からサラが、メイに向かって言ってくる。

 

「メイ姉ちゃん――。もういいでしょ。発砲させてよ!」

「そうね。そろそろ、頃合いのようね。サラ、リン、エリー。一気に行くよ。目標、ティーガー!」

「ラジャー! サラ姉――。いくよ!!!」

 

 そう言うとリンは、M4A6型を囲もうとしているB部隊の一瞬の隙を突き、あっさりとそこからA6型を突破させると、信地旋回ができないシャーマンとは思えないほどの、小さな旋回半径で素早く百八十度ターンを決め、包囲網の最後尾にいたティーガーの車体後部から、十メートルと離れていない位置にA6型を着けた。

 照準器を覗き続けていたサラは、思わず歓声をあげる。

 

「リン、グッジョブよ! 目標ティーガー。照準よし!」

「撃て!」――『ズドーン!』……メイの号令の後、シャーマンの車内に大きな発射音が響き渡った――。

 

 

 そのA6型の戦車砲が火を噴く直前、祐子は副隊長へと新たな指示を出していた。

 

「B部隊に連絡! 進路反転! 森に突入しフラッグの背後から攻撃せよ!」

「イルカ了解! 進路半転し……。きゃああ!」

 

 突然、返信の途中で叫び声と共に、大きな爆発音が隊長車の車内に聞こえた。その直後、副隊長から無線連絡が入った。

 

「――こちらイルカ! すみません。撃破されました」

 

 すると、続けざまにパンターG型の二輌からも撃破されたと報告が入ってきた。

 

「うそ――。A6一輌で三輌も撃破したの?」

「指示変更! B部隊はそのまま、A6型の撃破に全力であたって!」――『了解です!』

 

 祐子が指示を出している間にも、A部隊の周りに次々に着弾の土煙が上がる。

 

(このままでは、坂道の上を取られているフューリーズに負ける!)

 

 祐子はそう考えて、左右の森の中に逃げ込むように指示を出した。

 左右に散ったA部隊を追って、フューリーズはフラッグ車を先頭に追いかけてきた。

 必死に木々を盾に使い応戦するアングラーフィッシュの面々だが、形勢はだんだんと不利になってきた。

 

「こちら、八号車。A6型の撃破確認! 六号車と共に、ただ今よりフラッグ車追撃に戻ります」

「こちら、あんこう了解! 現在敵フラッグ車とは、A二六六地点で交戦中です」

「了解! 全速力で向かいます」

 

 こうして、アングラーフィッシュは、森の中を突っ切って急いで駆け付けた六号車、八号車の増援のおかげでケイ隊長の乗るフラッグ車の背後から攻撃を仕掛ける事に成功し辛くも勝利を得た――。

 

 

――試合が終わり、テレビの中で二十二節における優秀選手賞の発表があった。その中でフューリーズからも、三輌を撃破した真田メイ達、十号車チームが選ばれた。

 アナウンサーが、お立ち台に並んでいる彼女達、五人にインタビューを試みている。

 

「今日は、初試合でしたのに、三輌撃破とは……。お見事でしたね」

「いえ……、本当に、偶然なんです。一生懸命戦っていたら、運も味方したのだと思います」

 

 真田メイがアナウンサーに向かって、そう言うと、後ろに並んでいる三人も笑顔で大きく頷いている。

 彼女達に好印象を持ったアナウンサーは、さらに話を聞こうとしている。

 

「なんだか、とても謙虚な方達ですね」

「いえ、そんなことはないです。相手チームの方達もとっても強かったですし、正直に言うと、すぐにやられちゃうと思いました」

 

 首を少し傾げて、にっこりと笑う、メイ。

 ハーフ特有の彫りの深い顔立ちと真っ黒なセミロングの艶々した黒髪。そしてそのとてもきれいな大きな瞳と魅力的な笑顔に、テレビでこの試合を見ていた日本中の人が一瞬にして、彼女の虜になったのである。

 普段、何事にも関心を示さない感じの表情をしている冷泉麻子も、テレビの中の彼女を食い入るように見ている。しかし、その姿に、幼馴染はいつもと違う違和感を覚えて、思わず彼女へ声をかける。

 

「麻子、どうしたの? なにか気になることでもあるの?」

「――いや……、なんでもない」

 

 そう言った麻子は、視線をテレビから外し、三人の方を見た。お互いを見合いながら、不思議そうな表情の華と優花里と沙織である。

 そうして四人は、またテレビでインタビューを受けている、真田メイのチームのインタビューの様子をしばらく黙って見ていた。

 

「真田メイ殿。そして、サラ殿に、リン殿ですか。さっき話していた、真田流と何か繋がりがあるのでしょうか?」

「アメリカ帰りの真田流って、そんなこと有りえるのでしょうか?」

「単なる偶然かも、よ」

「――今は……、わからないな」

 

 優花里と華、沙織が言うと、麻子はボソッと結論付けた。

 四人がテレビを見ながら考えていると、みほが「ママ、ケーキ全部食べたよ」と言ってきた。

 優花里はみほの方を見ると「はい。それでは合掌して、おごちそうさまを言いましょう」と促した。するとみほは、ちゃんと食器の上にフォークをのせて姿勢を正した。

 

「おごちそうさまでした。おいしかったです!」

 

 そう言ってみほは、小さな手を合わせて合掌をした。

 幼いみほの礼儀を守った挨拶を見た四人は、お互いの顔を見て嬉しそうに微笑んだ

 


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