三人の歯車とは、全く違う場所で動きを続けている歯車が一つあった。――秋山優花里の歯車である。しかし、彼女の歯車もまた、ゆっくりと親友達の歯車と繋がろうとしていた。
西住みほの親友達の中で、大きく変化したのが、彼女である。
秋山優花里は――、結婚して、一児の母親になっていた。
四年前、大洗町内のチャペルで、一組の夫婦が誕生した。
教会内の中央にある祭壇の前にいるのは、目にも鮮やかな純白のウェディングドレス姿の秋山優花里である。白いブーケを持った左手の薬指には、先ほどもらったエンゲージリングがキラキラと光っている。
新婦側の最前列に座る彼女の両親、淳五郎と好子は、一人娘の花嫁姿にハンカチで涙を拭いっぱなしである。
そして、新婦友人席には、武部沙織と冷泉麻子、五十鈴華の三人。そして、西住まほがいた。
彼女達も、それぞれ感慨深げな表情である。
結婚式の司式者である牧師は、目の前に並んで立つ二人を、それぞれを見ると、誓いの言葉を確かめる。
「遠藤健介。貴方は、いついかなる時も、新婦、優花里の事を愛し続けますか?」
「はい。誓います」
「秋山優花里。貴方は、いついかなる時も、新郎、健介を愛し続ける事を誓いますか?」
「はい。誓うであります!」
元気よく答える、その優花里の口調に、その場にいた出席者全員が「クスクス」と、小さく苦笑した。
「それでは、誓いのキスを」という牧師の言葉に、遠藤健介は優花里のヴェールをそっと上げる。少し恥ずかしそうな表情の優花里であったが、そっと目を閉じて顔を上げた。それを見た健介は優しく、その唇にキスをする。誓いのキスを受けた優花里は、それが終わるとニッコリと笑った。
厳粛なセレモニーが、喜びと笑顔の中、粛々と進んでいく――。
こうして、あんこうチーム最初の花嫁が誕生し、その結婚式が、今、無事に終わった。
先に教会を出て、教会入口から延びる、赤いウエディングロードを挟むようにして出席者達は、ライスシャワーの準備をしながら、遠藤夫婦が出てくるのを待っていた。
「武部先輩、五十鈴先輩、冷泉先輩。それに西住師範代理。今日は、お兄ちゃん達の結婚式に来てくださって、ありがとうございました」
ドレス姿の遠藤祐子が、紙吹雪に使う細切れの紙が入った籠を持って待っている、四人の傍へ走ってやってきた。
「いいんだって。祐子ちゃん。それに、私の時の参考になるしね」
「本当に、素敵な結婚式でしたわね」
祐子がぺこりと頭を下げると、可愛いドレスの武部沙織と和装の五十鈴華が嬉しそうに言って顔を見合わせる。シックなドレス姿の冷泉麻子も同じく嬉しそうに黙って頷く。その四人の様子を、一歩下がって見ていた、スーツ姿の西住まほが言った。
「遠藤さん。今日は本当におめでとう。お姉さんとなった優花里さんには、随分と心配させて色々と手を尽くしてもらっている。本来、ここにいなければいけないはずの妹は、まだ、我々にも何処にいるのか分からないのだ。せめてもの償いとして、私は妹の代理として出席させてもらった。母からも『おめでとうと言っておいてくれ』と言われてきている」
「西住師範代理。もったいない言葉です。優花里お姉さんも、出席していただけただけで嬉しいと言っていましたから」
「ありがとう。その言葉を聞いただけで、ここに来て良かったと思う」
しばらくすると、遠藤健介と優花里が、腕を組みながら教会から出てきた。「おめでとう」の歓声と共に、一斉に紙吹雪が、夫婦へと投げられる。
優花里は嬉しそうに、そのライスシャワーを浴びていたが、司会者の案内で次の花嫁を決める為のブーケ投げの瞬間が来た。すると、とたんに優花里は、落ち着きがなくなってきた。
(えっと……、武部殿は――。あっ、あの位置ですか)
(ゆかりん! 私はここよ。間違わないでね)
キョロキョロと出席者達を見渡した優花里は、目指す沙織の姿を探し、その沙織は右手を上げて、懸命に存在をアピールする。そして、それぞれがお互いを確認した後、静かに後ろを向いた優花里は、ブツブツと独り言を、その場で呟く。
「――後方、左、十五度。距離、五メートル……。方位、距離確認完了」
そうして、優花里は目を閉じて、後ろに向かって、持っていたブーケを、思いきりよく投げた。
ふわりと空中に上がった、真っ白いブーケが、これもまたゆっくりと落ちてくる。
両手を上げて、そのブーケを受け取ろうとする若い出席者の女性達。
そのブーケを手にした女性は――。武部沙織であった。
「やったぁ! ゆかりん! ありがとう!」
本当に嬉しそうにブーケを振る彼女に、ホッとした様子の優花里である。そして、彼女は呟いた。
「よかった――。任務完了であります」
ウエディングドレス姿の妻のささやきを聞いて、健介は「さすが、秋山二尉だよ」と笑って、彼女を褒めるのであった。
その後、場所をチャペルの別棟にある会場に移して、結婚披露宴がとり行われた。
雛壇席に座る二人は、終始笑顔で、来客者からの祝い酒を勧められ、そして、返盃を繰り返している。さすがに新婦には形式だけとなっているが、それでも形だけ少し口には含んでいる。
同じ席になった「あんこうチーム」の三人と西住まほ。そしてもう一人、結婚式には出席できなかったが、遅れて披露宴に参加した人物が座っていた。
蝶野亜美自衛官である。
彼女は秋山優花里の上官に当たり、この時は戦車教導隊の隊長を務めていた。
雛壇の秋山優花里をうらやましそうに見ながら、彼女は、ちびりちびりと白ワインを飲んでいる。
「……ああ、本当にもったいないわね。このまま自衛隊にいてくれたら、次の世界大会の有力な選手に育ててあげたのに」
「蝶野教官? 自衛隊にいてくれたらって、何ですの?」
前菜を食べながら五十鈴華は、隣に座る彼女の呟きを聞いて、思わず聞き返した。すると、亜美は、ぐいっと残りの白ワインを飲み干すと、グラスをテーブルにドンと置いて言った。
「――二尉はね、辞めちゃうのよ、自衛隊をね」
「えっ?!……ゆかりん。辞めちゃうんですか?」
今度は、武部沙織がびっくりして、亜美に聞き返す。まほと麻子も、食事を止めて亜美の方を見る。
「うん……。本当は、ずっと続ける予定らしかったんだけどね。さすが『自衛隊戦車道チーム、音速の装填手』と呼ばれた彼女よ。――もう、お腹に赤ちゃんを装填しているなんてね」
「ふえっ? い、今、赤ちゃんがいるって、言いました?」
「うん、三カ月ですって……。だから、彼女から、その報告を聞いた時に、出産休暇を取ってもらおうとしたんだけどね。自分は第二の西住みほを育てるつもりですからと言って、辞表を持ってきたのよ」
亜美から想像もしなかった話を聞いた四人は、隣の席同士顔を見合わせた。
「ゆ、ゆかりん……。赤ちゃんができたんだ」
「――おい、沙織。喜んでやれ」
「う、うん……。わかっているんだけど、なんだか、ゆかりん、遠い人になっちゃった気がしてきた」
「でも、第二の西住みほって、優花里さんらしいですわね」
華がそう言って、両手を合わせて嬉しそうに皆を見ると、まほ以外が「うん」と頷いた。
まほは自分の妹ながら、ここまで思ってくれている仲間を、ずっと心配させている彼女に少し腹が立っていた。
「それじゃあ、皆、ゆかりんの所に行こうか!」
沙織がシャンパンを持って立ち上がると、各々グラスを持って四人が一斉に立ち上がった。そうして、賑やかな各席の間を縫うようにして、雛壇の左側に座る優花里へと向かって歩いて行った。
「皆さん、今日はありがとうございます!」
雛壇でカクテルドレス姿の秋山……、いや違う、遠藤優花里はグラスを持って、乾杯しに来てくれた五人に礼を言った。
「おめでとう、ゆかりん! とっても綺麗よ。それでね――。えっと、ゆかりん……、そのぅ……、赤ちゃんができたって聞いたんだけど?」
「はい! 三ヶ月であります!」
小さな声で、周りに聞こえないよう顔を近づけて訊ねる沙織に、そんな事を気にせず堂々と答える優花里だった。
「――-おい、優花里。おめでとうというべきなのだろうが……。正直びっくりしたぞ」
「はい。――恥ずかしながら、装填までの順番を、間違えちゃいました!」
笑顔であっけらかんと言う優花里を見て、その場の五人全員が優花里らしいなあと感じたのである。
「それで、赤ちゃんの名前は決めているの?」
「はい!――男の子なら健介殿が、女の子なら、私が名前を決める約束しています。そして、女の子だったら、もちろん、名前は決まっていますので」
「優花里さん、それって、もしかして?」
華が、まさかという顔で彼女に聞くと、堂々と胸を張って答える優花里である。
「はい! もちろん『みほ』であります。『遠藤みほ』が、娘の名前になります――ただ、西住殿の許可をもらえていないのが、気がかりでありますが……」
「いや、私が、許可するから」
「まほ殿! よろしいんですか!?」
五人の中で、一番後ろにいたまほが言うと、優花里は嬉しそうに彼女へ聞いた。西住まほは小さく頷くと、今度は、少し恐縮しながら答えた。
「当然だ。逆に、私は肩身が狭くなる思いだ。大事な子供に、そんな名前を付けてもらって、本当にいいのかとさえ思ってしまう」
「ありがとうございます! これで堂々と、西住殿の名前がいただけます!」
そう言って嬉しそうに自分のお腹に手を当てる優花里は、もうお母さんの表情になっていた。
その後、自衛隊を除隊した彼女は、夫婦で彼女の実家のある大洗女子学園のある学園艦に戻ってきた。そして、健介と優花里夫婦は、角谷杏から依頼を受けて、大洗女子学園戦車道チームの教官と戦車整備部の教官になった。
優花里の相手、遠藤健介は陸上自衛隊戦車整備部門に所属していた。そこで戦車教導隊所属の優花里と知り合い、二人は恋に落ちた。遠藤祐子の兄だと知ったのは結納の時である。
そして一年後、優花里は無事に女の子を出産した。名前は宣言通り『遠藤みほ』である。遠藤優花里は二十四歳になっていた。
優花里は戦車道の教官と育児を両立させながら、他校との親善試合、交流試合を頻繁に組んで戦車道チームの強化を図っていた。他校の教官や生徒達とも積極的に交流していく彼女。そこには、西住みほのわずかな情報を求める彼女がいたのである。
土曜日の夜。――つまり、取材があった夜の事。
学園艦は定期補給の為、夕方、大洗の港に入港してきた。港には、翌日の日曜日の夜まで入港している。
遠藤優花里は、実家の秋山理髪店の二階にある健介一家の部屋で、一人、パソコンを開いて、何やらモニターを見ていた。
健介とみほは、もう眠っている。
彼女は夕方、冷泉麻子から一本の電話をもらい、その調べ物をしていたのだ。
「真田流ですか……。冷泉殿は、何で、この流派について知っている事があったら教えてくれと言ったのでしょうか?」
優花里は、相手の迷惑にならない時間を選びながら、かつての陸自の友人達に電話をして真田流についての情報を探した。
その中で一つのキーワードを、彼女は掴んだ。
『幻の真田流』――友人の一人が「真田流」の事を、そう呼んだのである。
優花里が「何故?」と聞くと「自分も、そう聞いた事があるだけだから」と言われて、そこで情報が途切れてしまった。
「……確かに、戦車道流派一覧には『真田流』はあります。ちゃんとのっているという事は連盟も認めているのです。なぜ、幻と言われるのでしょうか」
優花里はパソコンを見ながら、色々と調べる。彼女は、覚悟を決めて、パソコンに向かっていた。
「――真田流が今、活動中止になっているのなら、以前は活動していたはずです。活動していたのなら、門下生が、必ずいるはずなんです。時間はかかりますが、過去の戦車道の試合、全ての選手を調べてみるしかないですね」
そう決意した優花里は、夫と娘が眠った後、一人で過去の戦車道の試合を一試合ずつ出場選手全員を調べていたのである。
そこへ、妻が隣で寝ていない事に気付いた、健介が起きてきた。
「優花里。まだ寝ないのか?」
「健介殿、すみません。起こしちゃいましたか?」
「隣にいなかったから、気になって起きてきた。それで? 何を調べているんだい?」
「はい。真田流についてなんです」
「真田流?」
「冷泉殿が、電話で真田流について、知っている事があったら教えてくれと言ってきたので、私なりに調べていたんです」
「それで……、どうだった?」
「はい、わかったのは『幻の真田流』と言う事だけでした」
「そうか――。そうだ、優花里。祐子に聞いてみたらどうだ」
「祐子ちゃんに、ですか?」
「あぁ、あいつはプロの戦車道選手だ。戦車道の選手だから、知っている事があるかもしれないぞ」
「そうですね。現役選手の祐子ちゃんなら、知っている事があるかもしれませんね。電話してみます」
そうして、時間は遅かったが優花里は、自分の義理の妹になる戦車道プロチーム『大洗アングラーフィッシュ』に所属する戦車長選手、遠藤祐子へと電話を入れた。
「はい、祐子です。もしもし、お姉さん?」
「はい、優花里であります。祐子ちゃん、今、電話大丈夫でありますか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「実は、祐子ちゃんに聞きたいことがあるんですが……」
「何でしょうか?」
優花里は、パソコンを見ながら、祐子に訊ねる。
「自分は今『幻』と呼ばれている、真田流戦車道の選手か、選手だった人を探しているんですけど、どうしても見つからないんです。それで、祐子ちゃんが知っている事があったら、真田流の事を教えてほしいんです」
「えっ? 真田流ですか? 私も真田流の選手という人は、聞いたことありません」
祐子の答えに、残念そうに「そうですか」と、優花里は言う。
「あっ、そうだ! お姉さん。司令官なら、もしかしたら、知っているかもしれません」
「祐子ちゃん。すみませんが、訊ねてみてもらえませんか?」
「わかりました。折り返し、電話しますね」
祐子は、そう言うと電話を切った。優花里は電話を切った後も、パソコンで調べている。しばらくして、優花里の電話が鳴り、祐子が報告してきた。
「お姉さん、司令官も選手や選手だった人は知らないとの事でした。しかし、なぜ『幻』と言われているのかは、噂みたいなものだが聞いたことがあるという事でした」
「なんです? その噂というのは」
「はい。戦車道の真田流という流派は、その真田一族にしか、受け継がれない戦車道で、一族以外の人間には、絶対に教えないのだそうです。――あのぅ、これって噂ですよ。お姉さん」
「えっ? あっ、はい、わかりました。そうすると、真田流戦車道は、本当に身内だけでやっている戦車道という事ですか?」
「そうなのだと思います。だから、選手がいないのだと思います」
「わかりました。いや、ありがとうございました」
祐子にお礼を言って、優花里は電話を切る。その事を、今度は冷泉麻子に調べた「幻の真田流」と呼ばれている事と「噂だが一族にしか教えない戦車道流派」という事を伝えた。
これを聞いた麻子は興奮したように、その場で「あんこうミーティング」の召集をかけた。「みほちゃんも、一緒に連れてこい」と言うので、遠藤優花里は、翌日の日曜のお昼、麻子のマンションに、娘と一緒に出掛けて行った。
優花里とみほが、マンションに着くと、華と沙織が、もう部屋に居た。
「みほちゃーん」と呼びながら、沙織は彼女を抱きしめると、テーブルの上に置いていたケーキ箱をみほに見せながら「ほら、お姉さんね、みほちゃんの為に、ケーキを作ってきたんだよ。食べる?」と聞いてきた。
「うん、頂戴! 沙織お姉ちゃん!」と笑顔で抱きついてくるみほを、嬉しそうに抱きしめ返す沙織。
そして華が卓上テーブルの端にケーキ皿とフォークを並べるとその前にお行儀よく正座で座り、上手にケーキを食べ始めた。
その様子をニコニコしながら見つめる四人である。
「――今日は皆、突然ですまなかった。私が幹事で『あんこうミーティング』を開かせてもらう」
「うん、それはいいけど……。でも、一体どうしたのよ。麻子、いつものファミレスだったら、みほちゃんに、ご飯も食べさせられたのに」
「――ああ、それはだな、今から言う事は、私達、四人だけにしか言えない事だから、ここに集まってもらったんだ」
「えっ……。何をでありますか?」
「――実は、先週の木曜日、私は、六年前にいなくなった隊長が、最後に会った女性と会ってきた」
『ふえっ……!』
あまりに驚いた沙織、華、優花里は、その場に飛び上がる勢いで、声を上げた。
「麻子! 誰よ、その人」
「――まあ待て、順に説明するから……」
そうして冷泉麻子は、一つの疑問から始まって行きついた杉本茜に会うまでの事。会ってから話をして、彼女の知り合いの所へ西住みほが行った事を説明した。
「あのぅ、麻子さん。ちょっと、よろしいでしょうか?」
「どうした? 華、何か、わからない事でもあるのか?」
「いえ、そういう訳ではありませんが、その杉本茜さんという方は、麻子さんとのお話の中で、みほさんに紹介した人の事を『その方』と呼んでいた訳なのですね」
「――ああ、杉本さんは、確かにそう呼んでいたな」
五十鈴華は、何かを確かめ、自分に言い聞かせているような口ぶりで、麻子に訊ねる。その質問に対して、麻子は、なぜか嬉しそうに答えた。
「私は、こう思ったのです。我流の戦車道は有りえないという優花里さんの意見が正しいのだとしたら――、いえ、確かに、私もその通りだと思うのですが、その杉本さんが言われた『その方』という呼び方は、自分より、はるかに目上の方の名前を伏せながら話す時に使う、尊敬の意味を含んだ呼び方だと思うのです。そして、戦車道を経験されている杉本さんが『その方』と尊敬しながら話す人というのは、多分……、杉本さんの戦車道の先生なのではありませんか? だったら、もしかしたら、みほさんは、その杉本さんが教わった、戦車道の先生の所に行かれたのではないのでしょうか」
「――華、さすがだ。私も昨日、その事に気付いたんだ。そして、優花里に調べてもらうように頼んだのだ」
「えっ……? 真田流のことですか?」
「そうだ。杉本さんは結婚している。結婚する前の名前は、真田茜さんだ」
『えええっ!』
冷泉麻子の答えは、今度こそ三人が飛び上がった。体を乗り出して優花里が鼻息荒く訊ねる。
「そっ……、それでは、杉本茜さんという方は、真田流戦車道の経験者。つまり真田一族の方なのでありますか?」
「いや――、そこが分からないんだ。真田流は、家元の琴音さんが、病気で活動中止になっているし、電話もつながらなかった。蝶野さんに聞いてみたんだが、結局、有意義な情報はなかった。真田流についての情報が、あまりに少ないんだ」
優花里の質問に、首を振りながら答える麻子だった。
「直接、栃木県まで行ってみる?」
「――門前払いにされるのが、目に見えている」
「まほさん経由で、訊ねて行ってみるというのは?」
沙織が思いつくまま、提案するが、麻子は優花里に確かめる。
「優花里、戦車道の各流派の壁って厚かったんだよな」
「はい。――それぞれによっぽどの理由がないと……。特に、琴音先生が、病気なのだったら余計に無理でしょうね」
「じゃあ直接、杉本さんに聞いてみたらどうかな?」
「――いや、沙織。本当はそうしたいんだが、杉本さんは、紹介したその人から決して名前を教えるな、と言われているんだ。それに、杉本さんは自分のプロフィールに、流派は『無し』とまでに書いている。何か事情があるのだと思う。そして、一番怖いのが、杉本さんにそんな質問をして、彼女を怒らせてしまい、隊長との連絡を取ってくれなくなることなんだ。それだけは……、絶対に避けなければいけない」
「そうですね……。やっと、見つかったんですものね」
五十鈴華は冷泉麻子を見ながら言うと、沙織、優花里も大きく頷く。遅れて麻子も頷いた。
「――だが、みんな。杉本さんを通じて、隊長と連絡が取れる事がわかったから、式典の事を伝えてくれるように、お願いしてきた」
「あっ! 十周年式典の事ね」
「そうだ。だから、もしかしたら隊長は、式典に来てくれるかもしれない」
「そうですわ。みほさんは――。きっと来てくれますわ!」
四人がそう話している途中で、口の周りを真っ白くしながらケーキを食べていたみほが、優花里に向かって声を掛けた。
「ママ。祐子お姉ちゃんの試合の時間だよ」
「あっ、そうですね。冷泉殿、テレビをつけてもいいですか」
「ああ、リモコンはここにあるから」
麻子は、自分が座っている隣の床に置いてあったテレビのリモコンを、優花里に手渡した。それを受け取ると優花里は、壁に設置してある壁掛け式の三十二インチの液晶テレビのスイッチを入れ、チャンネルを操作して、戦車道プロリーグ中継を探した。すると画面に大きく『戦車道リーグ戦、第二十二節』と現れた。
麻子が、それを見て言う。
「――ちょうど始まるところか」
「今日は、何処との試合なの?」
「はい、ケイさんの所ですね――佐世保フューリーズです」
沙織が訊ねると、テレビ画面を見ながら優花里が答える。
「祐子ちゃん達は、何号車なの?」
「はい、一号車です。今日、初めて隊長を任されるそうですよ」
「――そうか、大森の奴も張り切っているだろうな」
「まあ、アングラーフィッシュは、今年は成績良くなかったですし、フューリーズは最下位ですから、消化試合なんですけどね」
「――いや、来年の布石でもあるだろうから、とにかくチームの隊長としての経験を積むことが必要だろう」
麻子の言葉に、四人全員が頷いた。
大洗アングラーフィッシュ――。
大洗女子学園学園長の角谷杏が社長を務める『K・K・Kコーポレーション』がスポンサーになっている戦車道プロリーグチームの一つである。
遠藤祐子と大森翔子、北川亜希子に浦田恵、かなえ姉妹が所属する若い年齢のメンバーが多いチームであった。
彼女達五人は、全員大洗女子学園出身の二十三歳で、西住みほ達の隊長車チーム「初代あんこうチーム」ら数えて、三代目になる「あんこうチーム」のメンバーである。今年で十年目になる学園戦車道チームの中で、西住みほと遠藤祐子の二人だけが、二年間隊長を務めているので、隊長の人数自体は八人になる。
彼女達が率いた三代目チームは、この初代あんこうチームとは並々ならぬ関係があった。
彼女達が引き継いだ時の戦車道チームは連戦連敗を続け、三代目の隊長だった遠藤祐子が二代目隊長の澤梓に「どうしても強くなりたい」と助けを求めた。彼女の願いをかなえるべく梓は西住みほ達へと連絡を取った。そして再び結成された「初代あんこうチーム」の五人から彼女達は直接訓練指導を受け、あの一対一の格闘戦の技『ストライク・オブ・ゴッデス』を直接伝授されたチームだった。
テレビ中継のコマーシャルに入り、あんこうの四人は、一旦各々が飲み物を入れ替えたり、お手洗いに行ったりして観戦の準備をしている。そうして、遠藤祐子の所属する大洗アングラーフィッシュ対佐世保フューリーズの公式試合が始まった――。