ガールズ&パンツァー  五人の女神と魔神戦車   作:熊さん

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第10話  沙織プロジェクト

 

 武部沙織は、冷泉麻子の部屋の合鍵を持っている。

 彼女から、直接預かった、家の鍵である。

 疲れてしまうと、いつでも、どこででも寝てしまう麻子は、沙織がいつ部屋へ来てもいいようにと合鍵を渡していた。そして、沙織が連絡して遊びに行っても、彼女は大概寝ている事が多かった。

 沙織が麻子の部屋に着いたのは、午後八時を十分ほど過ぎた頃だった。

 

『ピンポーン』――呼び鈴を鳴らした彼女だが、部屋の中から返事がなかった 

 

 もう一度『ピンポーン』と呼び鈴を鳴らした沙織は、呼び鈴とセットになっているインターホンに向かって、声を掛けた。

 

「麻子! 私よ。ちょっとぉ……。ドアを開けてよ!」

 

 すると、少し間があいた後、インターホン越しに、麻子から、疲れた声が返ってきた。

 

「――沙織。……遅い。私は動けないから、勝手に入ってきてくれ」

 

 麻子の死んだような声に「しょうがないなあ」と呟いた沙織は、合鍵を使って中に入った。

 手前に玄関ドアを開けて、中に入った彼女は「ごめんくださぁい。失礼しまぁす」と、間延びする声で挨拶をして、履いていた靴を脱ぐと、後ろ向きに揃えて部屋の短い廊下を進んでいった。

 その廊下の突き当たりに、間仕切りドアがあって、そのドアをまた手前に開けると、ケーキ用の皿とフォークを準備してある、卓上テーブルに突っ伏している、部屋着姿の麻子を見つけた。

 

「もう、一体どうしたのよ? 麻子」

「――遅い。遅刻だぞ。沙織!」

 

 とても不機嫌そうに返事をする麻子に対して、沙織はトートバッグを肩から外しながら彼女に言った。

 

「麻子、あなたがそれを言うの? まあ、これを見たら機嫌が直るでしょうけどね」

「早く……。早く見せてくれ。楽しみにしすぎて、動けなくなるほど、疲れた」

 

 沙織は、突っ伏している麻子の顔の前へ、持ってきたケーキ箱を置いた。

 その気配を感じた麻子は ガバっと身を起こすと、まるで子供がプレゼントを貰って、急いでそれを開けるように、その上開きのケーキの箱を開けて、嬉しそうに中を覗きこんだ。

 

「――おおっ、すごい! 今回は、色々種類があるんだな?」

「そうよ! 自信作ばかりよ」

「うん……。とってもいい香りだ。沙織、早速、食べてもいいか?」

「いいわよ。お茶入れようか?」

「――すまない。コーヒーを頼む」

 

 そう言った麻子は、大事そうにスイーツ、一つ一つを箱から取り出すと、嬉しそうに桜色のショートケーキから食べ始めた。

 沙織は、リビングルームと一緒になっている、小さなシステムキッチンの所にある保温ポットの中にお湯が入っているかを確認すると、その横にある食器棚からマグカップ二つとインスタントコーヒーを取り出した。

 それぞれのマグカップは、沙織用と麻子用である。

 そのマグカップに、スプーン一杯だけインスタントコーヒーを入れて、そこにお湯を注ぐと、食べている麻子の方に振り向きながら「ミルクはどうする?」と訊ねた。

「――いや、今日はいい」と言う、麻子の返事を聞いた彼女は、そのまま両手にマグカップをそれぞれ持って卓上テーブルに戻ってくると、麻子の前に一つ置き、そして向かい側に自分のマグカップを置いて座り、黙々と食べる麻子を、頬杖をつきながら嬉しそうに見ている。

 

「どうだった? 麻子、感想を聞かせて」

 

 沙織は、満足そうに食べ終えて、コーヒーを啜る麻子に訊ねると、飲んでいたコーヒーカップをテーブルに置いた彼女が、それらの味を一つ一つ思い出すように、言葉を選びながら答える。

 

「――うん、どれも良くできているし、その見た感じのイメージに合った甘さだ。うん……。沙織、本当においしかったぞ」

「よし! 第二関門も突破だね」

「――えっ? 先に華の所に行ってきたのか?」

「うん、昨日ね。それと、華には明日、お店に十時に来てもらう約束をしているの」

「えっ……? お店に来てもらう?」

 

 沙織の返事を聞いて、不思議そうに麻子が聞き返す。

 

「明日ね、うちのお店に取材が入るのよ。××テレビのね。ほら、毎週金曜日に流れる『話題の隠れた名店を探せ』って番組、麻子も知っているでしょ。すごいわよ。全国ネットだからね」

「ああ……。えっ? それにオムレツが出るのか?」

「そうよ。その『お菓子のお店編』で、オムレツが出るのよ、その番組でね、この新作を紹介するんだけど、その時に、華も一緒に出てもらうつもりなのよ」

 

 コーヒーを飲みながら、沙織がそう言うと、麻子が、さらに不思議そうな表情になる。

 

「――なぜ、華が出るんだ?」

「華だけじゃないよ! 麻子も一緒に出てもらうつもりよ」

 

 さらに、とんでもない事を言う彼女に、今度は「えっ」とびっくりしながら麻子が訊ねる。

 

「なんだ? ――私も、ってなんだ?」

「本当はね、ゆかりんにも、出てもらいたかったんだけどね。学園艦は、今、太平洋だから」

 

 再びコーヒーを飲む沙織は、堂々と言うが、訊ねている麻子の答えになっていなかった。

 

「――さっぱり、わからん。なぜ、私達がオムレツの宣伝に出るんだ?」

「ううん、違うのよ……。お店の宣伝じゃないのよ。麻子達に出てもらう事はね。でも、麻子達には、どうしても一緒にいて欲しいのよ。そしてね、それは、沙織プロジェクトの重要秘密事項だから、今は言えないの」

「――沙織。何だか知らないが、私は出ないからな」

「ふぅん……。それでもいいけど――。そうしたら麻子、次から、ケーキの試食は、もうできなくなるわよ」

 

 そう言って、マグカップをまるで茶の湯に使う茶器のように、両手で持ち、コーヒーを飲み直す沙織。

 幼馴染の弱点を突いた彼女に、麻子の表情は、悔しさで溢れていた。

 

「――沙織、お前……」

「どう? 明日の十時よ。よろしくね。麻子」

「――わかった。出ればいいんだろう」

「そう――。出ればいいのよ」

 

 不服そうな冷泉麻子に、笑顔の武部沙織である。

 そうした後「麻子。おかわりは?」とコーヒーを入れてくれた沙織に「ありがとう」と言って、また、それを呑む麻子は、諦めたのか、表情は元に戻っていた。

 

「しかし――、沙織。今日のケーキは本当においしかった。それに実は私も沙織達にいいお土産話があるんだ。あと少し気になることがあるから、それを調べてから話すからな」

「何? どんな話なの?」

「それはまだ内緒だ。これは、私もまだ自信がないからな」

「えっ……、そうなの。なんだかよくわからないけど、じゃあ楽しみにしているからね」

 

 沙織がそう言うと、麻子は空になったケーキ箱を見ながら「――いや、本当においしかった。ご馳走様でした」と両手を合わせる。

「お粗末様でした」と返した沙織は、すっと立ち上がって、試食が終わった食器とフォーク、マグカップをそれぞれ流しに持っていき、それぞれを洗う。

 そして、その食器類を拭きあげると、彼女は思い出したように呟いた。

 

「そうだ! お婆ちゃんに、挨拶するのを忘れてた!」

 

 そう言って、彼女は仏壇のある隣の部屋へ行く。

 麻子はスイーツ達の味の余韻に浸りながら、目の前を移動する沙織を見ている。

 ちょっとして「チン、チーン」と、隣の部屋から音がした。

 その後、しばらくして、彼女は部屋から出てくると、食器を食器棚へと片付けを済ませ、自分のバックを持つと帰り支度になった。

 

「それじゃ、麻子、明日はよろしくね」

「おい、沙織。――なぜ、このスイーツ達の名前を教えてくれないんだ?」

 

 冷泉麻子は、試食をしている時から、それが気になっていた。

 武部沙織は、自分のスイーツを試食させる時、いの一番に、作ったスイーツの名前を言う。「スイーツの名前も含めてスイーツなのよ」と、彼女はいつも言っている。しかし、今回はただ黙って食べさせてくれただけである。

 冷泉麻子の質問に、武部沙織は小さく頷くと、笑って返事を返した。

 

「沙織プロジェクトの仕上げはね、その『名前』なのよ」

 

 彼女はそう言って「じゃあね」と部屋を出て行った。

 麻子のマンションを出た沙織は、乗ってきた自転車で自分のアパートに帰ってきた。

 一階が四室、二階が四室の計八室の少し年季が入ったアパートで、沙織の部屋は二階の角部屋になる二〇四号室である。

 

「ただいまぁ」

「――お帰り」

 

 沙織の声に、部屋の中から男性の声で、返事があった。しかし姿は見えず、部屋も真っ暗だった。

 

「はいはい。あぁ、早く本当にお帰りって言われたいなぁ」

 

 沙織はそう言って、小さな玄関を上がると、壁にある、室内灯のスイッチを入れた。

部屋が明るくなると、そこは六畳ほどのダイニングキッチンであった。そして、その中央に二人用の小さなダイニングテーブルが置いてあり、その上にセンサーで反応する可愛いボコのぬいぐるみが置いてあった。どうやら、さっきの男性の声はこのぬいぐるみからのようである。

 ダイニングを抜けて、奥の部屋に進む沙織。

 そこは、八畳の寝室兼居間の沙織の城である。ピンク一色……ではない。年齢にあった落ち着いた配色の部屋であった。壁に掛けてあったハンガーを取って、彼女は着ている服を脱いで、それに掛けると、ベッドの上に置いてあった淡いブルーのパジャマに着替えた。

 

「えっと――。今、何時だっけ?」

 

 彼女は、部屋の壁に掛けた電波時計を見て、午後十時であることを確認すると、その場で考え込んだ。

 

(今からご飯食べたら、夜食になっちゃうかもしれないなぁ。最近、少し太ってきたからなぁ……。どうしようかな)

 

 すると、彼女は「よし! サラダだけでも食べようかな」と呟くと、ダイニングキッチンに戻ってきた。

 その部屋と繋がる、バストイレのドアの横に大型冷蔵庫がある。

 この部屋には似合わないほどの大きな冷蔵庫である。沙織の部屋にある電化製品の中で、一番値が張る物で沙織の自慢の物である。

 それを開けると、様々な食材が詰まっていた。沙織は中からきゅうり、レタス、ミニトマト、玉ねぎ、そして自分で作った特製沙織ドレッシングを取り出すと、あっという間に野菜サラダを作り、それをテーブルに置いた。そして、テーブルに置いてあったパンを保管している箱を開けて、中からクロワッサンを一個取り出すと、まるで朝食のような夕食を食べ始めた。

 

「いただきまぁす」

「――どうだい。おいしいかい?」

「はいはい。おいしいですよぉ」

 

 沙織の声に、またボコのぬいぐるみが反応した。それに律儀に返事をする沙織である。

 このぬいぐるみは、あんこうチームから高校三年生の時、誕生日にもらった大切なぬいぐるみであった。この声は、元々可愛い女の子の声であったのだが、麻子がアイデアを出し、優花里が改造して、男性アイドルの声に書き換えられたものだった。

西住みほから貰って、その声を聞いた時、五人全員で大笑いした、思い出のぬいぐるみだった。

 

「ねぇ。……みぽりん」

 

 ボコのぬいぐるみに向かって、そう呼び掛けると、今度は、声がかわって西住みほの声になった。

 

「沙織さん、頑張って! きっとうまくいくから!」

 

 ぬいぐるみから聞こえるのは、高校生の時の、明るい元気なみほの声である。

 

「私ね……。一生懸命、考えたんだよ。取材が決まってから。今まで麻子達が、頑張って探しているのに、私だけが何もしていないって、ずっと思っていたんだ。……でも、明日ね、やっと私にもできることで、チャンスが来たんだよ。――うん、私、頑張るからね。……みぽりん」

「沙織さん、頑張って! きっとうまくいくから!」

 

 武部沙織は、食事をしながら何度も「みぽりん」と呼びかける。そして、ボコのぬいぐるみは、それに応え、そこから聞こえる西住みほの声を、彼女は何度も繰り返して聞いている――。

 

 

 翌日の土曜日、十時ちょっと前――。

『オムレツ二号店』前の店舗入り口で、武部沙織が、コック服で立っている。

 しばらくして、駐車場につながる連絡通路から、カメラマン、照明さん、音声さん、ディレクター、そして、レポーター役のお笑い芸人が、ぞろぞろとやってきた。

 五人は、待っている沙織に、それぞれが挨拶すると、手際よく収録の準備に入った。機材班は店舗の様子や通路の広さを見ながら、何やら三人で話し合っている。ディレクターはレポーターと一緒に台本を沙織に渡すと、その内容を説明している。

 沙織は「うんうん」と頷きながら、その話を聞いている。

 すると、打合せの最中に、今度は沙織の方から何やら台本を指差し、今度は入口の方を見て手振りで何かを説明している。ディレクター達は、納得した様に頷いている。

 すると、いつの間にか、野次馬のお客さんや他のテナント従業員達が『オムレツ二号店』の入り口周りに集まってきている。

 機材の準備ができた十時頃に、冷泉麻子がスーツにスカート姿で駐車場から歩いてきた。

 彼女が、沙織の打合せの様子を、他の見学者達に交じって遠巻きに見ていると、駐輪場がある通路の反対側から、カジュアルな格好の五十鈴華がやってきた。

 ジーパンにトレーナー、ジージャンというラフな格好の彼女である。彼女を知らない人ならば、彼女が、華道家元だと言われても、ちょっと信じられない私服である。

 やってきた五十鈴華は、見物客の中にいる冷泉麻子を見つけると、その隣に立って、黙って打ち合わせの様子を見ている。

 しばらくして、隣にいる華に、麻子は声を掛ける

 

「――華。沙織は、どうして私達をテレビに出したいのだ? 華は知っているのか?」

「いいえ――、知りませんわ。でも、どうしても出てくれって、土下座されちゃったので断れなかったんですのよ」

「そうなのか。いったい何を考えているんだ? 沙織のやつ……」

 

 順調に打合せも進んでいき、沙織が二人の所にやってきた。彼女は立っている二人を手招きして呼んでいる。

 顔を見合わせながら、麻子と華は、沙織の傍へやってきた。

 ディレクターは、二人に挨拶をすると「お店の前でレポーターが、お二方の事を、このタイミングで紹介しますので、その時に、武部シェフの隣にお願いします。そして、いくつか質問をしますので、お答えくだされば結構です」と段取りを説明してきた。

「わかった」「わかりました」と、返事をする二人に、武部沙織が、横から二人にピースサインを送る。

 

(何を考えているんだ、沙織の奴)

(どういう事なのでしょうか? 沙織さんは……)

 

 ハイテンションの沙織を見て、二人は首を傾げた。

 そうして、何度かリハーサルを行い、機材班の調整も終わって、いよいよ本番の収録となった。

 

「それじゃあ、本番行きます! 用意、スタート!」

 

 ディレクターの合図で番組の収録が始まった。

 レポーター役の芸人は、大げさな仕草でお店に近づいて行くと、オムレツの入り口に立った。

 

「それでは、このお店の若きオーナーシェフの、武部沙織シェフの登場です!」

 

 入り口に向かって大きく手を振ると、武部沙織がお店の中から出てきた。

 彼女は移動式パントリーを押している。それには、昨日麻子が食べた四つのスイーツがきれいな皿にのせられていた。

 

「それでは、ここで武部シェフが新作を作ると、その度に的確なアドバイスを送る二人のご友人達がいますので、その方々にも登場してもらいましょう」

 

 そうしてレポーターは、脇に待機していた五十鈴華と冷泉麻子を呼んだ。

 沙織を挟むように立った彼女達に、レポーターは、にこやかに質問してくる。

 

「お二人は、武部シェフのお菓子を、いつもお店に出される前に試食をしているんですか?」

「はい、そうですわ」

「今回の新作についての感想などがあればどうぞ」

「――それぞれ見た目もそうだが、味もまったく問題ない。素直においしいと言えるものばかりだと思う」

「そうですか。それでは、武部シェフ! 私もぜひ試食させてもらっていいですか?」

「はい! どうぞ」

 

 武部沙織はそう言って、移動式パントリーにのせていたスイーツの皿一枚とデザートフォークをレポーターに手渡した。

 レポーターに渡されたものは、桜色のショートケーキである。

 

「可愛らしいピンク色の、このケーキは何と言うんですか?」

「それは『あい』と言います!」

「『愛』ですか……。うん、素敵な名前ですね、どれどれ……」

 

 レポーターはケーキを一口サイズに切り分けて、その一つを口に入れてモグモグと食べている。そしてそれを食べ終わると目を丸くして、素直にその出来栄えを褒めた。

 

「――うん、これは、ほのかな苺の香りと優しい味がしますね。うん、おいしい! これは、男性にも人気が出そうですよ」

「はい、次はこれです。どうぞ!」

 

 沙織は、レポーターへ、猫のキャラクターシュークリームを渡した。

 レポーターは皿の上にのっている、その愛らしい格好のシュークリームをカメラの前に持っていき、アップで撮影させる。

 

「これはまた……、子供さんに人気が出そうな、愛嬌ある顔の猫ちゃんシュークリームですね。これは、何というんですか」

「はい! それは『みー』と言います」

「『ミー』ですか。なんだか食べるのが、可哀そうな感じですね。それではごめんね、ミーちゃん……、ほう、これはチョコクリームとバナナクリームが入っているんですね。うん、これもとってもおいしいですよ!」

 

 モグモグと食べるレポーターを横目に、沙織の後ろに並んで立っている麻子と華である。

 二人は、その沙織とレポーターのやり取りを、黙って見ている。

 次に沙織から手渡された、四枚の大きな色違いクッキーを指差しながら、レポーターは彼女へ聞く。

 

「この、とっても大きなクッキーは何というんですか?」

「はい、それは『ほー・れたー』と言います!」

「『フォー・レター』ですか? 確かに、封筒ぐらいの大きな四枚のクッキーですね。これは四枚一組なんですか?」

「はい! そうです」

 

 それぞれ食べ比べてみるレポーターは、ここでもおいしいを連発する。

 その最中、麻子と華が何かに気付いたのか(えっ……。まさか)という表情になっている。

 そして、レポーターは最後のケーキを沙織から手渡された。

 

「武部シェフ。最後のこの変わったケーキは?」

「はい、それは『まつ』というんです」

「確かに『松』の盆栽みたいですね。私は、これに非常に独創性を感じますね」

 

 レポーターの試食は続いている。そして沙織は笑顔で新作スイーツの名前を連呼しながらその四つのスイーツ達をアピールしている。

 武部沙織の説明を、最後まで聞いた五十鈴華と冷泉麻子は、お互いに顔を見合わせると満面の笑顔になって、

 二人は彼女のやろうとしている事に、ようやく気づいた。

 

「麻子さん、気が付きました?」

「――ああ、沙織は全国ネットの、この番組を使って、隊長へ私達からのメッセージを送ろうとしているんだ。沙織は、きっと、編集でカットされないようするにはどうすればいいか、必死に考えたのだろう」

 

 

 麻子と華は、四つのケーキの名前を繋げると、一つの言葉になる事に気付いたのだ。

『あい』と『みー』。『ほー・れたー』と『まつ』と名付けられた四つのスイーツ達。

レポーターはそれを『愛』『ミー』『フォー・レター』『松』と勘違いしたようだが、それは違った。武部沙織はこう言いたかったのである。

 

『あい、みー、ほー・レター、まつ』――「私はみほからの手紙を待っている」

 

 このメッセージを、それぞれのスイーツの名前に分けて入れたのである。これならば、編集でカットできないし、わかる者はわかるメッセージになっていた。

 

 

 無事に取材が終わり、取材クルーに挨拶を終えた武部沙織。

 駐車場まで彼らの見送りに行っていた彼女が「ふー、終わった! 終わった!」と言いながら、店の前に戻ってくた。

 待っていた二人は、彼女のこの計画を、手放しで褒めた。

 

「――沙織。お前、本当によく考えたな。昨日、名前を言わなかったことがわかったし、私達が出なければいけない理由もわかった。沙織は、私達が隊長へのメッセージに気付くかどうか知りたかったんだな。そういう事だったら、ぜひ、優花里にも出てもらいたかったな」

「そうですわ、沙織さん。素晴らしいメッセージでしたよ」

「えへへ……。二人が分かったんなら、みぽりんにもきっとわかるよね」

「――ああ。わかるはずだ」

「えぇ……。絶対にわかりますわ」

 

 お店の前で三人それぞれが笑い合う中で、沙織が華へ話をしだした。

 

「華、今日のレッスン、宜しくね」

「はい。いつもの時間でいいのでしょう?」

「うん――。今日は何をするの?」

「それは、来てからちゃんと指導しますわ」

 

 傍でそれを聞いていた麻子は、怪訝そうに二人に聞く。

 

「おい、華、沙織、何の話だ? レッスンって、何だ?」

「あら? 麻子に言わなかったかな。私、五十鈴流華道の門下生よ」

「なんだ、それは? 聞いていないぞ?」

「お店の花だって、今は、私が飾っているのよ」

「えっ……? そうなのか、華?」

「えぇ。最初は、私が生けてましたけど、今は全部、沙織さんの作品ですよ」

「知らなかった……。沙織、お前成長しているなぁ」

「何よ! いつまでも子供じゃないわよ!」

 

 猛烈に抗議する武部沙織に、小さく笑う麻子と、優しく微笑む華だった。

 


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