ガールズ&パンツァー  五人の女神と魔神戦車   作:熊さん

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このお話は、熊の作品の続編にあたります。
ずいぶん、長いお話になりそうです。
不定期投稿になりますが、よろしくお願いします。

劇場版の公開にあたり、お話の内容を修正しました。




第1話  プロローグ

 

 右を向いても左を向いても、同じ風景が果てしなく続いているような場所である。

 大小、高低、様々な高さ大きさの赤茶けた大地のここは、殺風景な丘陵地帯だった。

 太陽は頭上から容赦なく照りつけ、この荒涼とした風景をより殺伐としたものに変えていく印象を受ける。

 この死の大地のような丘陵の間をぬうようにして、二つの土煙が並んで動いている。

 計ったように、寸分の誤差もなく移動する二つの土煙は、まるでアイスショーで演技をする、熟練のペアダンサーのようでもあった。

 その土煙の様子を見ていると、少し遅れて深く響くエンジン音が聞こえてきた。「グヲン、グヲン、ドドドドッ」という、騒々しい音が重なって聞こえる。その騒々しい音の間には「キュラキュラキュラ」という、不思議な音も一緒に聞こえてきた。

 

 あれは――『戦車』である。

 

 二輌の戦車が、まるでお互いを守るかのように、寄り添いながら走っているのである。

 周りの風景に溶け込むようなダークレッドの車体には、砲弾がカスった痕であろう、所々塗装が剥げており、黒く焼け焦げているのが痛々しいのだが、その傷痕さえ、分厚い装甲でその身を覆った車体の前では、いっそうの力強さを感じさせた。

 重厚な鋼鉄で包まれた車体と、それを支えながらも、まるで何でもないかのように回り続ける駆動輪と誘導輪達。それらを繋ぎ軽快に動き続ける無限軌道。

 そして――。

 大空を威嚇すかのように、高く掲げられた一門ずつの大きな戦車砲。

 威風堂々としたその姿は、まさしく陸戦の王者である。

 その戦車砲を支える砲塔の側面部には、大きく日本の国旗が塗られていた。

 

『日の丸』が塗られた戦車――しかし、戦争をしている様子ではない。

 

 砲塔の上にあるキューポラと呼ばれるハッチから、身を乗り出しているのは「女性」である。

 二輌の戦車に――、若い女性が乗っているのである。

 

 その女性達を見比べると、顔立ちがよく似ていた。

 大きめの戦車に乗っている彼女は、ダークブラウンの髪の色に、ショートカットの髪型、凛々しい顔立ち。それより少し小さい戦車の方は、栗毛色にショートボブに女性らしい優しい顔立ちではあるが、一目で姉妹であろうことがわかる。

 例えて言うならば、女性だけのミュージカルに出るヒーローとヒロインのような二人である。

 彼女達の目は鋭く、そして、真っ直ぐに同じ前方を見つめている――。

 

 

 並走する二輌の前方に、高さ五十メートルはあろうかという大きな岩山が、左右に現れた。その岩山の間とその先は赤土の大地が広がっている。二人がそれぞれ乗る戦車達は、その岩山の間を進もうと進路を修正している。

 ――その時、大きな戦車に乗っている女性が、喉元にセットしたインカムで、どこかへ指示を伝え始めた。

 

「こちら二号車! 三号車、七号車の現在位置を知らせよ!」

 

 すると、即座に返事が返ってきた。

 

「こちら三号車! 現在、B二四二地点を東に向けて移動中。合流予定地点まであと二キロです」

「同じく七号車! 三号車の隣を同じく東へ移動中です」

 

 相手からの返信を聞いた彼女は、すぐに指示を出す。

 

「よし! 我々も残り二キロのところだ。急ぐんだ! 敵が気付く前に一刻も早く合流するのだ」

「了解!」

「了解です!」

 

 自分の指示に対する力強い返事が返ってくると、彼女は、隣を走る戦車の方をチラリと見た。

 見られた相手の女性も、同じように彼女の方を見ている。

 

(行くぞ! ――みほ!)

 

 声には出さずに、彼女は目だけで、相手に指示を送る。

 

(はい! お姉ちゃん!)

 

 それを見た女性は、彼女の仕草だけでわかるのだろう。コクリと小さく頷くと、再び前方を見据えた。

 そして二人は、同時に、その場で叫んだのである。

 

「二号車『ティーガーⅠ』全速前進!」

「十五号車『Ⅳ号H型』全速前進!」

 

 その号令と共に、二輌のエンジンが、さらに力強くうなり始めると同時に、グンと速度を上げた。

 戦車達は、目の前に広がる砂と埃が舞う大地へと、急加速で進軍し始めたのである。

 

 

  ◆

 

 

 『第十七回戦車道世界大会アメリカ大会』の準決勝戦も、大詰めを迎えようとしていた。

 全世界を熱狂の渦に巻き込む、女性の伝統的武道「戦車道世界大会」は三年ごとに、各国持ち回りで行われている。

 この準決勝戦は、アメリカのコロラド州グランドキャニオンに作られた特設試合場にて行われていた。

 

 

  ◆

 

 

「こちら三号車! B二四四地点、前方五百メートル左右の岩陰から、ドイツチーム戦車群が出現! 計、きゅ……、九輌! 全車輌が現れました!」

「こちら七号車! 右に四輌、左へ五輌! 左右に展開中! 挟撃されそうです!」

 

 突然、各々の戦車から、二輌の戦車へと緊急無線が飛び込んできた。

 無線を聞いた大きな戦車に乗る女性は、即座にインカムに手を当てると、間髪入れずに指示を送る。

 

「こちら、西住まほ! 逃げろ! なんとしても合流地点をめざせ! 我々も大至急で援軍に向かう。みほ、私に続け!」

「了解! 佐藤さん、二号車の真後ろに付いてください! 『高速牽引』で、二号車に続きます!」

「了解! 十五号車は『高速牽引』に入ります!」

 

『Ⅳ号H型』の操縦桿を握る操縦手、佐藤加奈子は、命令を復唱すると、右の操縦レバーを手前に引いた。それと同時に、車体は右側へと進行方向を変え始めた。

 隣を走っていた『ティーガーⅠ』は、さらに速度を上げて『Ⅳ号』の前へと進み出る。

 その直後に、十五号車は、ピッタリと張り付いたのである。

 

 みほが命令した「高速牽引」とは、戦車道の技術の一つで、自動車でいうところの俗に言う「スリップ・ストリーム走行」である。足の速い戦車が先頭に立ち、遅い方がその直後に就くことで、空気抵抗を減らして、速度を足の速い方へ合わせて進む技術である。

 まるで繋がっているかのごとく、ピッタリと前後に並んだ二輌の戦車は、グングン速度を上げながら、荒野を爆走していく――。

 その進軍の中、キューポラから身を乗り出して前方を見続ける西住まほは、自問自答を繰り返し続けていた。

 

(何故だ……。何故、先回りされたのだ? 私の作戦は間違っていたのか?)

 

 微動だにしない姉の様子を『Ⅳ号』の車長席スリットから見ていた妹、西住みほは、何かを感じたのか、咽喉インカムを手で押さえながら、姉へと呼びかける。

 

「お姉ちゃん! 今は、とにかく急ごうよ。九対二じゃ、あっという間に殲滅させられちゃう! 少しでも早く!」

「……そうだ。今は考えている場合ではない――」

「うん!」

「みんな、待っていろ! すぐに行くぞ!」

 

 二輌の戦車が、一本の履帯痕を残しながら、爆音と土煙の協奏曲を奏でていく。

 ジリジリと焦りが募り、最高速で移動しつつも、そのスピードが、二人には、やけに遅く感じられていた。

 そこへ、窮地に陥った仲間の戦車達から、彼女達へと続けて無線が入ってきた。

 

「こちら三号車! 副隊長へ意見具申します。ドイツチームは、全車輌で右に転回しながら、大きな円を作り、我々の進路を封鎖しました。脱出口が見つかりません! 三号車は、このままこの場所にて応戦します!」

「同じく七号車! 三号車同様、この場での応戦を意見具申します! 副隊長、許可願います!」

「……」

 

 この連絡を聞いたまほは、目線を一瞬下げて、決断を迷った。

 

(このまま逃げ回っていても、ドイツチーム相手では、間違いなくなぶり殺しになる。……どうする? 撤退か? 応戦か?……、時間がない――。即決しなければ、間に合わない!)

 

そして――、彼女は決断し、指示を出した。

 

「こちら、西住まほ、了解! わかった! 応戦を許可する!」

「三号車、了解!」

「七号車、了解!」

 

 二輌の戦車から返信が入り、そして、通信が切れた。

 指示を出し終えた彼女は、正面を見据えながら、今戦っているドイツチームと自軍チームとの実力差を、まざまざと感じていた。

 

(完敗だ……。エベリン・シュタイナーは、不世出の天才だ……)

 

 彼女は、この試合の開始直後からの事を、思い出していた――。

 

 

 戦車道日本代表チームは、この準決勝戦試合開始早々に、とても大きな損害を受けてしまったのである。

 自チーム十五輌で編成された、合計三十輌の戦車で、相手チームの戦車、全てを行動不能にさせて勝敗を決める『殲滅戦方式』で、この決勝トーナメントは行われている。

 そして『ロンメル将軍の生まれかわり』と称される、ドイツチーム隊長のエベリン・シュタイナーは、ドイツチーム伝統の強襲戦法『電撃戦』を、さらに進化させた、新戦法『雷撃戦』を用いて、日本チームの隊長車と十輌の戦車、計十一輌を、アッと言う間に行動不能にしてしまったのである。

 チームの指揮を任されたまほは、生き残った四輌の戦車を用い、西住流戦法を駆使して、何とか六輌の敵戦車を撃破してきた。そして、二手に分かれて行動していた自軍戦車を一度集結させて、再び、攻撃を仕掛けようとしていた矢先の事だったのである。

 

 

『ズドーン!』

 

 

 突然、まほの耳に、はるか前方から爆弾のような一発の大きな発射音が聞こえてきた。

 まるで、すぐ傍で発射されたような大きな一発の発射音――。

 しかし、こちらに着弾はなかった。

 

「これだ……。この一輌の発射音にしか聞こえない一斉射撃。これに隊長は騙されてしまったんだ……」

 

 ここまではっきりと聞こえる発射音ならば、多分九輌の戦車群が一斉発射したのだろうが、それが、寸分の誤差もなく、重なって聞こえるのである。

 そして、次に小さく『ドン、ドン』という、二つの発射音が聞こえた。

 三号車、七号車は、何とか一回目の一斉射撃は回避できて、反撃に出たのだろう。しかし続けざまに、またしても『ズドーン』という、大きな発射音が一発聞こえてきた。

 そして、まほへと、悲しい無線連絡が入ってきたのである。

 

「こちら三号車。撃破されました……。すみません、一輌も撃破できませんでした……」

「申し訳ありません。七号車も、撃破されてしまいました。……ごめんなさい。副隊長やみほちゃんに、全部の責任を押し付けてしまいました。とにかく無茶はしないでください! お願いします!」

 

 報告を聞いた彼女は、深く深呼吸をすると、無線を通して感謝の気持ちを伝えた。

 

「こちら、西住まほ、了解した――。みんな、本当によく戦ってくれた。感謝する! 後は任せてくれ。必ず――、必ずや一矢報いて見せる!」

 

 彼女はそう告げて車長席に座ると、その場で、深く目を閉じた。

『ティーガーⅠ』と『Ⅳ号H型』は、変わらず一列縦隊の隊形で、進軍し続ける。

 すると、再び、無線連絡が入ってきた。

 

「こちら、三号車。ドイツチーム、全車輌移動を開始! パンツァー・カイルの陣形で、そちらへ進軍を開始しました! 二号車、十五号車の御武運を祈ります!」

「ありがとう。その連絡を待っていた……。みほ! 聞こえたか?」

 

 まほは、妹に無線を飛ばした。

 すぐにみほから、応答がくる。

 

「はい! お姉ちゃん。こちらも三号車からの報告聞きました!」

「我々二輌で、ドイツチームへの最後の攻撃を仕掛ける! 覚悟はいいか?」

「お姉ちゃんが一緒です! 怖いものは、何もありません!」

「よく言ったぞ、みほ! それでは――、最後の命令を伝える!」

 

 そこまで一気に話した彼女は、一呼吸おいて、妹チームへと命令を出した。

 

「十五号車は、ドイツチームの左翼へ移動。我々、二号車は右翼へまわる! 百二十秒後に進路変更! 『西住流真一文字特攻』を決行する!」

「こちら、十五号車了解! 復唱します。十五号車は左翼へ移動! 百二十秒後『真一文字特攻』を決行します!」

 

 妹の揺るぎのない声を聞いたまほは、それだけで勇気が沸いてきた。

 

「よし、いくぞ! みほ!」

「はい! お姉ちゃん。いきます!」

 

 二人の阿吽の意思が重なり、まほとみほは、同時に号令をかけた。

 

『パンツァ―・フォー!』

 

 二人の車長の合図と共に『ティーガーⅠ』と『Ⅳ号中戦車H型』が、Vの字型に進路を変更し、二手に分かれると、二輌の戦車は、左右にどんどん広がっていく――。

 

 西住流真一文字特攻――。

 西住流の最後の戦法『特攻攻撃』の一つで、もう勝ち目がないと判断した時に、敵隊長車だけを狙い、道連れにしていく事を目的とした「玉砕戦法」である。進軍してくる戦車群の左右に分かれ、真横になる位置に着いた後、お互いに向かって、一直線に突撃し、戦車群を二つに分断させる。その時の照準は、隊長車のみに合わせ、自チーム戦車がすれ違う直前と直後に、連射で砲弾を叩き込む攻撃である。

 

 最後の攻撃までのカウントダウンが進む中、みほは、共に世界大会を戦ってきた年上の搭乗員達に、車長席から礼を言った。

 

「皆さん、いよいよ最後の攻撃になります。今まで、未熟な私に従ってくれて、本当にありがとうございました。お姉ちゃんは、勝利の見込みがないと判断して、真一文字特攻に出ました。私達は、最後までその命令に従い、全力を尽くしましょう」

 

 彼女の感謝の言葉に、搭乗員四人は、担当するそれぞれの席で小さく頷く。そして装填手である真田茜が、みほの方を向きながら話しかけてきた。

 

「みほちゃん、私達全員、みほちゃんのチームである事を誇りに思っているわよ」

 

 すると、操縦手の佐藤加奈子も、クルッペから車外を睨みつけながら言ってくる。

 

「そうよ。だって、この十五号車は、一度も撃破されずに、ここまでやってこれたのよ。それは全部、車長のみほちゃんのおかげなんだから」

「皆さん……。ありがとうございます」

 

 みほは目を閉じると、皆に深く感謝した。

 猛然と走り続ける『Ⅳ号中戦車H型』は、全日本チームの戦車の中で、唯一、予選、決勝トーナメントを通じて、一度も撃破されなかった戦車である。そして今、最後となるかもしれない、その瞬間まで生き残り続けていた。

 

「タイムアップ十秒前!」

「カウントダウン開始!」

 

 ストップウォッチで時間を見ていた、通信手の山本早苗の報告に、みほは大声で指示を出した。それを待っていたかのように、全員が大声で、カウントダウンを始めた。

 

『十・九・八・七・六・五・四・三・二・一・ゼロ!』

「進路変更!」

 

 みほの号令に、佐藤が「進路変更!」と復唱して、一気に右操縦桿を引いた。次の瞬間『Ⅳ号H型』は、大きく右に曲がり、そして、真っ直ぐに進み始めた。

 その後は――。

 十五号車の搭乗員全員は、無言のままである。

 車内には、エンジン音と振動音だけが、静かに響いている。

 しばらく走っていると、前方を左から右へ横切るような、土煙が見えてきた。ドイツチームの戦車群である。

 

「……おかしい。みほちゃん! どうも様子がへんよ?!」

「えっ?」

 

 山本の報告に、キューポラから身を乗り出して、前方の様子を双眼鏡で確認したみほは「あっ!」と声を上げた。

 

「パンツァー・カイルじゃない! 二列縦隊だわ! 四輌見える!」

「それじゃあ、隊長車は?」

「多分、二列縦隊の真ん中を進んでいるはず……」

 

 車内からの真田の問いに、双眼鏡を覗くのを止めて、みほは答えた。

 正面を横切って行くドイツチームは、アルファベットの『H』の形で進んでいた。左右を四輌の戦車で守りながら壁を作り、中心のところに隊長車がいるのが遠目でわかった。

 

「どうする? みほちゃん?」

「このまま、突撃します! 進路そのまま!」――『了解!』

 

 真田の問い掛けに間髪入れずに指示を出し、四人の返事を聞いたみほは、再び双眼鏡を目に当てて目標を確認する。

 もちろん、このドイツチームの進軍の様子は、まほの「二号車」にも見えていた。

 砲塔の車長席に座ったまほは、スリットからこの様子を確認すると、先へ先へと戦術が読まれるこの事態に、苛立ちに似た感情を顔の表情に出している。

 

「まただ――、また我々の動きを読まれてしまったのか……。どうすればこの状況で、あんな隊形が組めるんだ?」

「副隊長! 前方、約八百メートル、敵戦車四輌発見! 右から左へ移動中です!」

「進路そのまま! 二番目と三番目の間に向かって、進めぇ!」――「了解!」

 

『ティーガーⅠ』と『Ⅳ号J型』は、轟音を響かせながら、お互いに向かって真っ直ぐに突撃していく。

 すると、その目の前でドイツチームは、信じられない行動を起こした。

 隊列の中心にいる、エベリンが乗る隊長車から、指示が飛んだのであろう、両翼の四輌が、それぞれ向かってくる、日本チームの二輌の戦車に対して、全車輌が同時に、戦車ドリフトを起こした。

 戦車砲の正面に、二輌が来るように車輌を向けた後、その場に停車したのである。

 八輌が完璧にシンクロされた、一斉の戦車ドリフトは、一瞬、時が止まったかのような錯覚さえ感じた。

 上半身をキューポラから出していたエベリンは、それぞれの隊列を確認した後、心で言葉を発し、そして喉元のインカムに指を当てて、冷静に命令を下した。

 

(あれが日本チームの西住姉妹か――。優秀な姉妹だと、先生から聞いているが、果たして……)

 

「……全車輌に告げる。いままで通り、まず日本チームに『警告』を与える。左右の全車輌、榴弾装填! 照準を『ティーガー』『Ⅳ号』のそれぞれ、前方五百メートル地点に、五メートル間隔に合わせよ!」

『――照準合わせ完了!』

 

 エベリンの命令に、左右の車輌から、一斉に報告が上がってきた。

 その報告を聞いたエベリンは、静かに次の号令を発した。

 

「――右翼、左翼、撃て!」

 

ズドーンという大発射音と共に八門の戦車砲が、同時に、そして、一斉に火を噴いた。

 発射された榴弾は、二輌の進路を塞ぐように、左右等間隔で、一列に地面へと着弾し、大きな土煙を上げていく。

 

「停車ぁぁぁ!」

「うぉぉぉ!」

 

 身を乗り出していたみほは、目の前に現れた榴弾で造られた土煙の弾幕に、瞬間的に砲塔内に飛び込んで、大声で停止の指示を出した。それとほぼ同時に佐藤が、操縦桿を思いきり手前に引き、急ブレーキをかける。

 一方のまほは、この土煙を利用しようと、逆にティーガーを加速させた――。

 

「チャンスだ! この目隠しを利用して、一気に接近するぞ!」――『了解!』

 

 二号車の搭乗員全員が同時に返事をすると、穴が開いた場所を避けるように『ティーガーⅠ』は、左右に移動しながら、前進を続ける。

 左右を見て、それぞれの戦車の行動を確認したエベリンは、ため息をつきながら、次の指示を出した。

 

「特攻か――。愚かな行動だ。姉の方は、まだ我々の実力というものが、分からないのか。それに比べて、停車したままの妹の方は、噂通り、分別をわきまえた優秀な実力の持ち主のようだな……」

 

 そして彼女は『ティーガーⅠ』を迎え撃つ、左翼の四輌へ向かって、恐ろしい命令を下した。

 

「左翼! 徹甲弾を装填! 照準をティーガーの砲塔前面へ合わせよ! 特に、さっき目標を外した三輌! ここで外したら、決勝戦の参戦はないと、肝に銘じよ!」

『了解です! 今度こそ、外しません!』

 

 三人の車長からそれぞれ応答が戻る。そして、四輌の砲塔はそれぞれが少しずつ回転していく

 

『――発射準備完了!』

「撃て!」

 

 再び、火を噴く四門の戦車砲――。

 そして、四発の徹甲弾が、まほの乗る二号車の砲塔へと向かって、正確に飛んでいく。

 一秒後――。

 すさまじい着弾の音の後、真っ黒な煙が『ティーガーⅠ』の砲塔周辺を包むように上がった。二号車は、着弾の衝撃で一瞬宙に跳ね上がり、そして、その場に停車した。そして、その上がった煙は、しばらくして、一陣の風が払っていく――。

 

 煙が消えたあと現れたものは――。

 ベコベコになって、形が変形している無残な二号車の砲塔と斜めに上がった白旗だった。

 それを見たエベリンは、顔を右に向け、今度は停車したままの『Ⅳ号H型』の方へと視線を向けた。

 みほは、再びキューポラから体を出すと、双眼鏡で変わり果てた二号車を見て固まっていた。他の搭乗員達も、一斉に各ハッチから顔を出してきた。

 

「……お姉ちゃん……。あのお姉ちゃんが、一発も撃てずに……」

「副隊長……」

 

 双眼鏡を外しながらみほが言うと、装填手席のハッチから、前方を見ながら、真田が茫然としながら呟く。他のメンバーは、言葉さえ出せずに、黙ったままである。

 しばらく全員動けなかったが、振り向きながら佐藤が、みほに判断を仰いできた。

 

「みほちゃん……。どうする?」

「……」

 

 一瞬、返事をためらったみほだったが、残念そうに呟いた。

 

「――ここで降伏します。皆さんを、危険な目に合わせられません」

「でも……、それじゃあ、みほちゃんが全部悪くなっちゃう。ましてや、西住流の掟に反してしまうわ」

「いいんです。私は大丈夫ですから。皆さん、こんな結果になってしまって、本当にごめんなさい」

 

 振り向いて叫ぶ真田の問いに、静かに答えたみほは、砲塔内ある車長席椅子の下に着いている『手旗用白旗』を取り出し、その場で大きく左右に振った――。

 

『日本チーム、全車輌行動不能! よって、ドイツチームの勝利確定!』

 

 英語で場内アナウンスが流れると、超大型スクリーンを見ながら、観戦席より応援していたドイツチーム応援団から歓声が上がり、日本チーム応援団から、大きなため息と大きな拍手が響いた。

 今、戦車道全日本チームの準決勝が終わった……。

 

 

 

 目の前を悠々と、凱旋の為に横切って行くドイツチームを見ながら、西住みほは底が見えないほどの敗北感を感じていた。俯きながら下唇を噛みしめる、その様子を、ジッと見ていた装填手の真田茜だった。

 

「……みほちゃん。貴方はやっぱりすばらしい車長だわ。私達の為を思って降伏したのね。もしも、あのまま突撃していたら――。装甲が薄い『Ⅳ号』なら、もしかしたらという事も起こっていたかも」

「……わからないんです、私。ただ、怖かっただけなのかも……」

「それは当たり前だと思うわよ。正直、私達ドイツチームを舐めていたのかもしれない。あれだけの実力があったなんて、私、分からなかった」

 

 ハッチから外に顔を出したまま、操縦手の佐藤が、泣き出すように言うと、同じように顔を出してドイツチームを見ていた砲手の三島、通信手の山本も同意したかのように、大きく頷いた。

 そして、彼女達の様子を見下しながら、みほも寂しげに笑い「私もです」と、コクリと頷いたのだった。

 

「こちら、十五号車。二号車応答せよ!」

 

 ドイツチームが去った後、みほは、インカムで二号車との通信を試み始めた。

 しかし――、二号車から返信が戻ってこない。

 

「えっ? 二号車! 応答せよ! 二号車!!!」

 

 狂ったように、その場で叫び始めたみほに、真田が急いで進言する。

 

「みほちゃん! 行きましょう。二号車の近くへ!」

「はい! 佐藤さん。お願いします!」

「了解! 『Ⅳ号』発進します!」

 

 返事をした佐藤は、体を車体へ引っ込め、操縦桿を握り直し、急いでギアを入れて、アクセルを踏み込む。そして『Ⅳ号H型』は急発進した。

 キューポラの外に半身の状態の西住みほは、なおも通信を試みるが、相変わらず返信が帰ってこない。佐藤以外の搭乗員達も、一旦車内に体を引っ込めて、それぞれスリットから前方を見ている。

 前進する『Ⅳ号』の前に、撃破され、停車したままの二号車『ティーガーⅠ』がだんだん大きく見えてきた。

そして、みほ達、五人の搭乗員は同時に「あっ!」と声を上げた。

 砲身はへし折られ、砲塔前面が原型をとどめないほど、ベッコリとへこんでいる。そして、へこんだ部分があまりに多く、砲塔内にいる車長、砲手、装填手の居場所があるのか疑われるほどである。

 

「お姉ちゃぁぁぁん! お姉ちゃぁぁぁん!」

 

 みほの悲しい叫び声が、周辺にこだましている。

 他の者も「急がなければ」という、焦りに包まれた。

 二号車『ティーガーⅠ』の横に並ぶように停車した、十五号車『Ⅳ号H型』から飛び降りた西住みほ。そして一斉に各ハッチが開き、真田、佐藤、山本、三島の四人が同じように飛び出して降りてきた。

『ティーガーⅠ』の各担当者が乗り込むハッチを、外から強引に開ける彼女達。

 その後、山本が急いで『Ⅳ号』の通信手席に戻ってくると、緊急用無線回線のスイッチを押して、大会本部へと連絡を入れた。

 

「こちら日本チーム、十五号車『Ⅳ号H型』より緊急連絡! B二八六地点にて、負傷者発生! 人数五名! 大至急、医療チーム派遣を願います!」

「……こちら本部! ガッ……、要請受領した! ガッ……、至急医療チームを派遣する! ガッ……」

「お願いします! 急いでください! 五名とも、返事をしません!」

 

 山本が通信を入れている間にも『ティーガーⅠ』の各ハッチを覗き込むようにして、あちこちから、二号車メンバーの名前を呼ぶ声が聞こえてくる。

 そして、上空に大型ヘリコプターが到着するまで、その声は途切れることはなかった。

 二輌の戦車の傍に着陸した、大型ヘリコプターの中から、レスキュー隊と医療チームが、バタバタと降りてきた。

 一旦、大破した『ティーガーⅠ』から離れる、十五号車チームの五人。

 そして、レスキュー隊が「二号車」の傍に来ると、レスキュー器具を使って、各ハッチや邪魔している部分を、強引に取り除いていく。そして、二号車搭乗員達に、それぞれ声を掛けながら、戦車内から引きずり出していった。

 ぐったりした様子の搭乗員達を、タンカに乗せると、今度は医療チームがその場で診察していく。そして、その様子を傍らで見つめる西住みほ達だった。

 

「お姉ちゃん!!!」

 

 みほの前をレスキュー隊のタンカで運ばれていくまほを見た彼女は、思わず声を出して、彼女に駆け寄った。

 まほの右腕が大きく腫れ上がり、頭と肩から、血が流れていたのである。

 彼女が思わず、まほに手を差し出そうとするところを、同行していた看護師が制して、そのままヘリコプターへと運んで行った。そして、負傷した五人全員が載せられると、ヘリコプターは、上空へと舞い上がっていった。

 その場に残された、みほ達五人は、飛び去るヘリコプターを見つめながら、誰もが「みんな、どうか無事で」と祈り続けていた。そして、小さくなっていくヘリコプターは、やがて、見えなくなった。

 

「皆さん、私達も戻りましょう。隊長達が待っていますから……」

「みほちゃん、あなた……。わかりました!」

 

 誰よりも心配のはずであろう、怪我をした肉親を見ながら、それでも冷静に振る舞い指示を出したみほを見て、真田達四人は、直立不動で、自分達の車長の命令に返事をした。

 

「皆さん、『Ⅳ号』に乗り込んでください!」――『はいっ!』

 

 全員が乗り込み、最後に車長席に着いたみほは、凛とした声で「帰還します。十五号車、パンツァー・フォー!」と、号令をかけた。

 そして、殲滅戦で生き残った『Ⅳ号H型』が、夕焼けに照らされる赤茶けた大地を、チームメイトが待つ全日本チームブースへと走り出したのである。

 


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