「姫矢さんと切嗣が戦場で出会ってて、切嗣が三番目のデュナミストに選ばれてて、光の継承者としてザギさんに煽られたアルテミット・ワン達と宇宙的異種格闘技戦するようなFate/Zeroってちょっと面白そうじゃない?」
そんな正月に爆発した妄想の序章だけを書いた短編

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永遠に続きのない第一話

 衛宮切嗣にとって、大切な者とは常に喪失の痛みと裏表にあった。

 淡い想いを抱いていた少女を、最悪の結末へと追いやってしまった。

 愛していた父親をその手で殺した。

 今度こそと正しいやり方を選んだはずが、母のように想っていた人を殺していた。

 それらはどれも、彼の心に刻まれた傷となっている。

 いずれは自分の妻も娘もそうしてしまうのだろうと、彼がそう考えてしまっているほどに。

 誰かを愛すると同時に、その誰かをいつの日か切り捨てる痛みを覚悟しなければならない。

 まるで呪いのような歪みを、彼は抱えていた。

 

 そんな彼には生涯ただ一人、『親友』と呼べる男が居た。

 

 無論、家族ですら信念のために切り捨てられる彼に例外はない。

 その親友と大勢の人間を天秤にかけなければならない時が来れば、切嗣は容赦なくその親友の命を切り捨てていただろう。容赦もなく、躊躇いもなく。

 そしてその痛みと傷を生涯抱えながら、同じように変われず生きていくのだろう。

 切嗣の信念の例外には成り得ない。しかし、切嗣にとっての唯一にはなれていた男であった。

 その男は切嗣の本質を知り、どんなに親しくとも有事には自分を躊躇なく切り捨てるのだという異常性も知り、それでもなお衛宮切嗣の親友で在り続けた。

 それはその男がある意味で、切嗣と似た者同士だったからなのかもしれない。

 

 男の名は、『姫矢准』。

 

 戦場で歪みきった切嗣に、共感と理解を示した戦場カメラマンだった。

 

 

「僕らは、きっと似ているんだろう」

 

 

 闇夜の中で一点、燦然と煌めく焚き火の灯り。

 暖を取る切嗣と姫矢は、人三人分ほどの距離を空け、丸太の上に座っていた。

 そんな中、突然ポツリと呟いた切嗣にその発言の意図を問うこともなく、姫矢は頷き返す。

 

 

「そうかもしれないな」

 

 

 彼らは必要に迫られなければ喋らない、沈黙を是とするタイプの人間だ。

 話すことが苦手というわけではないが、無言の間を苦痛としない。

 互いにそうであることで、二人は共に居る時のこの居心地のいい沈黙が好きだった。

 姫矢が小さな枝を折り、炎の中に投げ入れる。

 沈黙の中にパチッ、と小さな音が混じり、夜の闇に溶けて消えて行った。

 

 

「……初めて会った時に、僕と同じ目をしていると思った。鏡を見ているようだった」

 

 

 衛宮切嗣と姫矢准は、同じように心の闇を抱えている。

 それらは全く別のトラウマであり、しかしどこか似通う痛みの記憶だった。

 肌の浅黒い少女。

 死ぬべき理由などどこにもなく、無邪気な少女が彼らに手を差し伸べる。

 彼らはその少女の手を取り、笑う。

 その少女と共に過ごす時間こそが、彼らの心のどこかを満たしていく。

 そして、終わる。

 

 その少女は、『彼らのせい』で最悪の結末を迎えるのだ。

 その少女の名はシャーレイ、あるいはセラ。彼らの背負う十字架の名だ。

 

 

「もう二度と会うこともないかもしれない。だから、一つだけ聞いておきたかった」

 

 

 彼らは共に、救えた人間、変えられたものに胸を張ることが出来ず、救えなかった人間のことを生涯忘れることが出来ない人間であった。

 過ぎ去った過去に縛られ、未だ来ない未来に進んでいくことのできない人間であった。

 たとえ『力』を手にしても、それを罰だと思ってしまう人間だった。

 「何かができる才能がある」「何かを成せる力がある」ということを、誰かを救いながらボロボロに傷付き、一人孤独に死んでいくことが、せめてもの罪滅ぼしに違いないと思ってしまう。

 そんな過剰なほどに自罰的で、全員を救えない限りは永遠に心が満たされないという、傲慢に似た美徳と痛ましさの混合のような精神構造。

 なまじ、心が強いというのが救えない。

 こんな歪みを抱えながら、彼らは歩いて行けてしまう。

 だからこそ衛宮切嗣も、姫矢准も、世界にただ一人の同類であると互いに対し感じていた。

 

 

「姫矢准。君にとって『正義』とはなんだ?」

 

 

 その問いは、衛宮切嗣にとって何を意味していたのだろうか。

 甘っちょろい返答であれ、シビアな返答であれ、切嗣は変わらない。

 この問いは切嗣が自分を変えるほどの答えを期待していたわけでもなく、自分の中の矛盾を解消してくれる真理を期待していたわけでもない。

 ただ、自分のこれまでの生涯ただ一人の親友ならば。

 最後に何か、大切なことを教えてくれるような気がしたのだ。

 

 夜が明ければ衛宮切嗣はドイツのアインツベルンに渡り、姫矢准は日本に帰る。

 そして切嗣の目的が果たされれば、この世界から戦乱は根絶される。

 傭兵の切嗣と戦場カメラマンの姫矢の接点は、もう生まれることはないだろう。

 名残惜しいが、切嗣には自分から平和な世界に帰った後の姫矢に会いに行く気はなかった。

 誰かを殺して争いを止める切嗣、誰かの凄惨な死を写真に収めて争いを止める姫矢。

 手を汚していない人間と手を汚した人間が、必要以上に触れ合うべきではないのだと、衛宮切嗣は考えていた。

 

 

「正義、か」

 

 

 切嗣の曖昧な問いに、姫矢は腕を組んで深く考えこむ。

 彼も切嗣の同類だ。

 だからこそこの問いを笑うことが出来ず、さりとて簡単に応えることも出来ないのだろう。

 ただ、同類ではあっても、同一ではない。

 光と闇で例えるのなら、姫矢准は衛宮切嗣よりも少しだけ、光に近い人間だった。

 

 

「俺は、正しさと義に背かないことだと思う。安直だがな」

 

「正しさと、義?」

 

「たとえば、目の前で転んでしまった子供に手を差し伸べる。

 これは、誰が見ても正しいことだろう?

 暴君が振りかざす正義はただの独善だが、万人が認める正しさというものはきっとある」

 

 

 切り捨てず、見捨てず、諦めず。

 大のために小を切り捨てることはせず、そうしなければならない現実にも屈しない。

 それが姫矢准という男であり、衛宮切嗣という男との最大の違いであった。

 現実に折り合いをつけて心を傷だらけにしながら戦うのが切嗣ならば、現実に折り合いを付けず体を傷だらけにしながら戦う選択をするのが、姫矢准だった。

 

 

「正しさだけじゃなく、人としての義を守ることもしなければならない。

 優しさも、勇気も、信頼も、愛も、きっと正義の中に含まれるものだ」

 

「人の営みの総称……そうでなければ『正義』は名乗れない、か」

 

「ああ。そうやって誰かの正義の味方をすることを、きっと『正義の味方』と言うんだろう」

 

「!」

 

 

 『正義の味方』という単語に、切嗣の心臓がドクンと跳ねる。

 その言葉に思う所があるということに驚きつつも、親友としてどこか納得もしていた。

 姫矢准は人の正しい営みを、正しい倫理を、正義と呼んでいる。

 何が正しくて何が間違っているのか、という人の心の判断基準をそう呼んでいるようだ。

 それの味方をすることが、正義の味方ということなのだと。

 

 

「正義の味方は正義じゃない。だが、正義の敵と戦わないといけない。

 ……この世界には、本当に『悪』と呼ばれるものが多い。

 俺達が今いる、金と利権だけを理由に多くの命を奪う戦場なんて、その最たるものだ」

 

「……なら」

 

 

 切嗣はこの戦争の早期終結のため、この戦場で人を殺している。

 姫矢はこの戦争の悲惨さを伝えるため、かつて置いたカメラを取って戦場に立った。

 二人は人が幸せに生きるという『正義』を脅かす、戦争という『悪』と戦っていた。

 ならば、と。

 

 

「今の僕らは、『正義の味方』と言っていいのか……?」

 

 

 震える声で、切嗣はそう口にした。

 

 

「……そんな風に胸を張れたら、俺達はどんなに楽なんだろうな」

 

 

 表情に影を落とし、姫矢はそう自嘲する。

 そうだ、と返答が返って来なかったことに、切嗣は人知れずホッとしていた。

 今の自分が『正義の味方だ』だなんて言われてしまったら、切嗣の中にある何かがまた一つ、壊れてしまいそうだったから。

 

 衛宮切嗣の思う『正義の味方』はもっと綺麗で、輝かしいものであって欲しかった。

 そんなものは存在しないと、他の誰でもない彼自身が確信してしまっていたとしても。

 正義で世界は救えないと、そんな諦めと絶望が彼の胸中に渦巻いているのだとしても。

 今の彼が、それを唾棄すべき醜悪なのだと口にしてしまうような人間なのだとしても。

 それでも、かつて彼は、『正義の味方』というものにそんな憧れを抱いていた。

 

 

「もしも、本当に正義の味方が居たとしたら……それは、希望を守る者だ」

 

 

 きっと姫矢も、この世界に正義の味方なんて居ないと信じているに違いない。

 

 

「御伽噺のように、決して希望を捨てない人々のために在るような、そんな―――」

 

 

 その夜を最後に、衛宮切嗣は姫矢准とは一度も会っていない。

 切嗣は世界に流れる血と涙を止めるため、戦争へと挑むためにアインツベルンの城へ。

 姫矢は戦場では見付けられなかったものを求めて故郷の日本へ。

 切嗣は銃を手に、姫矢は光を手にしてそれぞれの戦場へ向かう。

 

 迷いながら、傷付きながらも、二人は己の求める『答え』を見付けられずに居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天空を覆う白と灰色。

 大気を舞う雪の純白は木々や大地に降り注ぎ、それらを真っ白に染めていく。

 空も白、大気も白、大地も木々も山々も白、吐く息ですら白。

 嫌になるくらい、白づくしの光景だった。

 アインツベルンの白のテラスから室内へと戻り、切嗣は体を震わせる。

 姫矢准との別れから、実に九年近い月日が経っていた。

 

 

「もう、天気を見たいなら部屋の中からでも見れるでしょうに」

 

「少し外の空気を吸いたい気分だったんだ。これだけ寒いと、換気もできていないしね」

 

 

 室内に戻ると、そこには切嗣の愛する妻がタオル片手に立っていた。

 彼のボサボサの髪に付いた雪を払い、タオルで拭う彼女の名はアイリスフィール。

 始まりはどうであれ、今では切嗣の愛する家族であり、共に歩く伴侶だ。

 彼女を守り、彼女を生かすために戦う。

 いつの日か彼女を多くの命と天秤にかけて切り捨てる日が来ると分かっていても、そうして妻を守るために戦うということを正しいことだと考える感性は、まだ切嗣の中に残っている。

 

 

「それに……僕らは、もうこの景色を見る機会が残り少ないかもしれないしね。

 聖杯戦争は、間近に迫っている。そろそろアクションを起こさないといけない時期だ」

 

「……そうね。いよいよだもの、心残りは解消しておくに越したことはないわ」

 

 

 サーヴァントを召喚し、聖杯戦争に挑み、聖杯を獲得する。

 彼の理想のために、彼と彼女は全てを賭してその戦いへと向かう。

 戦いを無くすために戦うなどという程度の矛盾は、些事にすらならない。

 生かすために殺すことと比べれば瑣末にも程がある。

 彼はそんな矛盾も、人が傷付け合わなければならない道理も尽くを消すために。

 彼女はそんな彼の苦悩を消すために。

 夫は世界のために、妻は誰よりも何よりも守りたい夫のために。

 

 

「イリヤはもう寝ちゃったのかしら?」

 

「午前中に駆け回りすぎて疲れちゃったみたいなんだ。

 お昼寝には遅いから、夜に飛び起きてお腹減ったーと騒ぎそうだけど」

 

「ふふっ、ありそうね。今日は豪雪で暗いから、こんな昼間に寝ちゃったんでしょうけど」

 

 

 暖炉の灯りがないと歩くには少し不便なくらいに、部屋の中は暗い。

 そんな部屋の壁際の大きなベッドの上で、すぅすぅと眠る小さな少女が一人。

 切嗣とアイリの一人娘、イリヤスフィールだ。

 親子三人で寝ることができる大きなベッドを我が物顔で占領する小さな王様に、両親も微笑ましくて思わず笑ってしまう。

 切嗣はベッドの端に腰掛け、愛する娘の髪を優しく撫でた。

 母親譲りのサラリとした綺麗な銀髪が指の間を流れ、少女がくすぐったそうに身をよじる。

 

 

「アイリ」

 

「なあに? 切嗣」

 

「僕は……父親として、この子に胸を張れる男なのかな?」

 

 

 だから、ふと不安になる。

 彼は今幸せを噛み締めている。

 ずっとずっと得られなかった、愛と家族と共にある幸せを。

 幸せを得て、彼の中に生まれたものがある。余裕と、恐怖と、弱さだ。

 余分なことを考える余裕。失うことを恐れる恐怖。

 そして戦いの場で鉄のような心を貫けない弱さだ。

 

 自分が誰かの父として適格か、なんてかつての彼なら考えもしなかっただろう。

 家族と共に過ごした九年弱の日々は、彼を確実に変えていた。

 それは人間らしくなったとも言えるし、覚悟が鈍ったとも言えるし、親としての愛を知ったとも言えるし、心の贅肉が付いたとも言えるし、余分なことを考えられるだけの心の余裕を得たとも言えるし、彼が弱くなったとも言える。

 どれも正しいのだろう。彼は変わったのだ。

 男から親になり、彼は今まで持ったことのない視点と、感情を持て余していた。

 

 

「この子に寂しい思いをさせて、君を犠牲にして……

 父親として、夫として、それはどんなに道を外れたことなんだろうね。

 僕は本当に、この子の父を名乗っていい男なんだろうか」

 

「……、今日は少し気弱ね。何かあった?」

 

「夢に見たんだ。僕の親友と、父のことを」

 

「えっ、切嗣に親友なんて居たの!?」

 

「君はさらっと失礼だな」

 

 

 昨晩のことだ。

 切嗣は夢の中で、親友と最後に顔を合わせた夜のことを思い出していた。

 親友を思い出し、彼ならどんな親になれたんだろうかと、夢の中でふと思いを馳せる。

 すると、夢は切嗣の実父……衛宮矩賢との思い出を映すように形を変えた。

 彼が父を愛していた頃の思い出、父が彼を愛してくれていた頃の思い出、そしてその思い出の締めくくりとして、『切嗣が父を殺した光景』を鮮明に映し出す。

 その記憶に付随する、痛みと感情と共に。

 

 愛していたにも関わらず、矩賢は切嗣がなりたくない父親の筆頭だった。

 子は、親に注がれた形でしか子に愛を注げない。

 他の誰でもない切嗣自身が、矩賢と同じやり方で子に愛を注いでいる自分を知っていた。

 父が自分をそう愛してくれたことに、今でも彼は感謝している。

 しかし父のようになりたくないとも思っている。

 子を愛するということにすら、彼の中には二律背反がある。

 それが父としての自分に、不安を感じさせているのだ。

 

―――ケリィはさ、どんな大人になりたいの?

 

 その言葉が今になって、大人になって、父親になって、突き刺さっている気すらする。

 

 

「あいつなら、姫矢なら……少なくとも、僕よりはマシな父親になれていただろうから」

 

 

 だからといって、彼の言葉が全肯定されるわけがない。

 自罰的であろうが、その言葉が彼の凄惨な人生から生まれ出た言葉であろうが、その言葉が間違っているのならば、それは当然否定される。

 まして、彼の目の前に居るのは衛宮切嗣の伴侶、アイリスフィール。

 彼女は妻であるからこそ、家族であるからこそ、その言葉を否定する。

 

 

「切嗣、私の夫でこの娘の父はあなただけなのよ?

 その人がどんなに凄い人だったとしても、私はその人があなた以上の誰かだなんて思えないわ」

 

「……アイリ」

 

「ねえ、切嗣。イリヤが生まれた日のことを覚えてる?」

 

 

 切嗣より百倍格好良くて、切嗣より千倍尊敬できる人間で、切嗣より万倍魅力のある男が居たとしても、アイリスフィールはその男より切嗣を選ぶだろう。

 イリヤスフィールも、その男より切嗣が父で居て欲しいと言うに違いない。

 何故か? 問うまでもない。

 切嗣がアイリの夫であり、切嗣がイリヤの父親だからだ。

 誰かと比較すること自体がちゃんちゃらおかしい、この世界にたった一つの大切な関係性であるからだ。それが、家族というもの。

 

 それを見失いかけている切嗣に、アイリは過ぎ去った日々の思い出の一つを語る。

 その日も今日のような、凍てつく吹雪が森と大地ごと城を凍らせるような曇天だった。

 陽の光は遮られて殆ど届かず、暗い世界に暖炉の灯りが満ちていた所まで同じ。

 違うとすれば、その日生まれたばかりだったイリヤが、小さな赤子であったという所か。

 

 赤ん坊の頃のイリヤは人の心を見透かしているようで、自分の母でなければ熟練の乳母であっても、抱かれればむずがって泣き出してしまうほどであった。

 そんなイリヤが、切嗣に抱かれている時だけは大人しい。

 それをアイリは、イリヤが彼の優しさを分かってくれているからだと形容した。

 生まれたばかりの赤子を抱いて、涙を流す夫を見て。

 自分にはこの子を抱く資格がないと、父らしくもないことを言う夫を見て。

 なのに自分の親指をイリヤが掴んだかと思うと、少し嬉しそうにどうすればいいのかと慌て始める、そんな可愛い夫を見て。

 アイリは自分の中にあった気持ちが、更に強くなるのを感じた。

 

 

「あの時、私は思ったの。

 私が切嗣を優しい人だと思ったことは……間違いなんかじゃなかったんだって」

 

 

 その気持ちの名は『愛』。

 彼女は生まれたばかりの子に、「この人を信じ愛することは間違いなんかじゃない」と背中を押されたような気分だった。

 この城から一度も外に出たことのなかったアイリにとって、イリヤは生まれて初めての、切嗣へ同じ愛を向けてくれる仲間であり、血を分けた家族だった。

 

 

「胸を張って、切嗣。私もイリヤも、他の誰でもないあなたが大好きなんだから」

 

 

 愛が彼を弱くした。そう言う者も居るだろう。

 愛が彼を強くした。そう言う者も居るだろう。

 一人ではないという弱さも、一人ではないという強さも彼は得た。

 ただ、一つだけ分かることがある。

 彼は今、少しだけ、救いと幸せを得た気持ちになっていた。

 頬を掻いて、彼は愛する妻からのエールに、宣誓をもって応えようとする。

 

 

「アイリ。僕は、聖杯戦争を人類が流す最後の流血にしてみせる」

 

 

 たとえ、その戦争の終結が、彼と彼女の永遠の別れを意味するのだとしても。

 

 

「聖杯戦争に勝利し、世界を平和にする……それが僕の、ラストミッションなんだ」

 

 

 彼女は、彼が夢見た、彼がもう傷付かなくていい世界を。

 彼はこれまで犠牲にしてきたもの全てに見合う、誰もが傷付かなくていい平和な世界を。

 そんな世界を夢見て、最愛の者との別離を覚悟する。

 その平和に、喪ったものに見合うだけの輝きなど在りはしないと知っていても。

 犠牲になったものを無価値にしたくないと、そう思ってしまうのが彼だから。

 それはある種聖人の選択であり、博打でつぎ込んだ金額を見て取り返すんだと躍起になるパチンカスの思考にも近かった。

 

 

「私のことを気に病むことはないのよ、あなた。だって―――」

 

 

 そうして、切嗣にアイリが愛を囁き、日も沈んでない内から「釣りバカ日誌なら合体の文字が出てた」ようなことをおっぱじめようとしたまさにその時、轟音が鳴り響いた。

 

 

「なんだ!?」

 

「なに!?」

 

 

 鳴り響く警報、地震と勘違いしそうなほどの大きな揺れ。

 轟音に続くそれらの事象は、このアインツベルンの城を守る大結界が破られ、狼藉者が侵攻して来ているという事実を示す。つまり、敵襲だ。

 二百年を生きるユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンにて八代目となる名門、アインツベルンの防備・戦力は絶大だ。

 霊脈のバックアップ、工房の設備、ホームグラウンドによる地の利、戦闘特化のホムンクルスによる圧殺と、下手なサーヴァントや封印指定の魔術師でも死を覚悟するほどのものだ。

 そして、今はそこに『魔術師殺し』衛宮切嗣が加わる。

 この戦力を知った上で攻めて来ているのなら、そいつは確実に自殺志願者だろう。

 どこのバカが殴りこんできたのかと、切嗣は舌打ちをしながら人を呼んだ。

 

 

「おい、何があったんだ?」

 

「そ、そそそそ、それが……!」

 

「落ち着くんだ。そんなに慌てて、何があったっていうんだ?」

 

 

 呼ばれたホムンクルスのメイドは汗を垂らしながら、恐怖と動揺が入り混じった様子で震えている。感情自体が希薄なことも多いホムンクルスは、ほとんど見せない仕草だ。

 まして、このホムンクルスが普段はクールなことを切嗣とアイリは知っている。

 そんな彼女が何に動揺しているのか、と切嗣は眉を顰め。

 何があったのかを聞いたことを、すぐに後悔した。

 

 

「敵は結界を突破、戦闘特化ホムンクルスを蹴散らしながら一直線にこちらに侵攻!

 敵は……敵は、タイプ・マァキュリー!

 死徒二十七祖第五位、『ORT』ですっ!!」

 

 

 時が止まったと錯覚したのは、切嗣だけだっただろうか。

 体を震わせ、叫ぶようにそのホムンクルスは絶望を告げる。

 まるで、蟻の生きる世界に、蟻と蟻が戦っている世界に、象が踏み込んでくるような絶望。

 規格の外、天上の化物、サーヴァントですら届かないような化外の襲来。

 

 

「バカな!? 水星のアルテミット・ワンだとっ!?」

 

「嘘、でしょ……」

 

 

 その名は、世界の裏側に生きる者であれば誰もが知る忌名であった。

 「世界で一番強いのは誰?」「世界で一番危険なのは誰?」

 なんて子供のような問いに、どちらもORTだと答えておけば問題ない、なんて言う者が居るほどに。そのバケモノは、この地球で最強の一体に数えられる生態系の頂点の一角だった。

 殺す手段、倒す手段、勝つ手段を探すとかそれ以前に、傷付ける方法を見付けること自体が奇跡とすら言われるほどの次元違いの攻性生物。

 歴戦の衛宮切嗣ですら、その名を聞いてまず誤報か幻術を疑い、本物であると判断した時点で逃げに徹するための策を考え始めるほど。

 南米に居るはずのアレが何故、なんて考えも現実逃避にすらなりはしない。

 

 『規格外』や『例外』と言われる、ルール無用の力を持つ者達はこの世に幾らか存在する。

 衛宮切嗣の起源弾、イリヤスフィールの桁違いの魔力、封印指定の魔術師や、先天性後天性問わず固有結界持ちの人間などもこれに入るだろう。

 彼らは優秀な人間、何かを極めた人間ですら時にたやすく屠る。

 しかし、そんな人間達を何十人と集めたとしても、きっとORTには届かない。

 『最強』とは、そういうものだ。誰も勝てないから最強なのだ。

 

 死の概念すらない次元違いに、人間が策を弄した所で勝てるものか。

 

 

(マズい……)

 

 

 切嗣は無線機で各所と通信、地図を広げて現状を確認。

 三分以内に今どこまで防衛ラインを突破されているかを確認し終えた彼の手際は、流石としか言いようがない。有事に備えて機械式の通信網も徹底させたのが功を奏したようだ。

 だが、それも焼け石に水程度の効果でしかない。

 今どうなっているのかを知れば知る度、選べる選択肢が減っていくのを彼は感じ取る。

 

 

(このペースだと、誰も逃げられるだけの余裕が無い……!)

 

 

 侵攻ペースが早過ぎる。

 魔術と車両を併用して最大速度でこの城を離脱したとしても、どの方向に逃げようがORTの殺傷圏内に巻き込まれてしまう。

 まるで書かれた地図に特大サイズの消しゴムを一直線にかけているかのように、ORTは真っ直ぐに進行方向にあるものを綺麗に消し飛ばし、進んだ後に何も残さない。

 左右にかわそうが無駄、すれ違いや追いつかれないように逃げようとしても無駄。

 その場でやり過ごすのも不可能に近い。

 

 今の切嗣は、九年弱の家族との生活で人間らしく、言い変えれば冷酷な戦闘マシーンとしてはどうしようもなく弱くなってしまっている。

 今、彼を戦闘機械として完成させる久宇舞弥も出払っていてここには居ない。

 事前に入念に準備をした上で計算・予測・応変により詰め将棋のように詰ませて行くのが衛宮切嗣の戦い方であるのに、突然の襲来であるために当然戦闘の備えなどもあるわけがない。

 自然、彼は聖杯戦争という目的のため、彼が捨て切れない情のため。アイリとイリヤを生かし、自分も生きるために博打を打たなければならなくなる。

 

 

「アイリ、イリヤを連れて逃げるんだ。車両を運転できるホムンクルスもまだ残っている」

 

「切嗣、逃げるならあなたも一緒よ」

 

「ダメだ。僕も時間稼ぎに加わらなければ、君達が逃げられるだけの時間は稼げない」

 

「でも!」

 

「こんな所で死ぬ気はない……君なら、分かってくれるだろう?」

 

 

 理想の世界をもたらす聖杯を守らなければ、という個人としての意思。

 娘と妻を守りたい、という父親としての意思。

 他の選択など、あってないようなものだった。

 切嗣は、アイリスフィールをぎゅっと抱きしめる。

 もう少しで理想に手が届くのに、ここで死ぬわけにはいかない。

 聖杯の奇跡に切嗣がかける想いを知っているからこそ、彼が家族に向けてくれる愛を知っているからこそ、アイリはその言葉が嘘でないのだと感じ取れる。

 それでも彼女は一つだけ、約束をして欲しかった。

 

 

「約束して? ちゃんと、生きて帰って来るって」

 

「約束する。僕は必ず生きて帰る」

 

 

 誓いを立て、背を向けて衛宮切嗣は走り出す。

 背には家族と夢見た未来、前には絶望と(そら)の最強種。

 それでも、彼は「いってらっしゃい」と言ってくれた彼女を守るため、退けはしなかった。

 またここに帰り、「ただいま」と言うために。

 

 

「イリヤ! イリヤ、起きなさい!」

 

「うーん、むにゃむにゃ……お母様、私もう食べられないよぉ……」

 

「そんなベタな反応しないで! というか誰!? 私の娘にこんなベタなネタを仕込んだの!」

 

 

 黒い外套をはためかせ、銃器を積んだとある車両を動かし、切嗣は遠くから聞こえてきた声に思わず苦笑する。そして、車両を発進させた。

 ほどとなく到着した目的地の周辺の惨状は、凄惨と言っていいものだった。

 侵食固有結界『水晶渓谷』。

 空に舞う雪が侵食され、水晶の屑と化している。

 木々はクリスタルのオブジェと化し、大地も水晶にそのほとんどを侵食され、大気組成も既に地球のそれから水星のそれへと変化し始めている。

 すなわち-170℃から360℃へと急激に変化し、大気組成も一定ではない上に、人間が呼吸することも難しい大気へと変わって行っているということだ。

 

 おそらくはORTの周囲では、ただの魔術師程度では呼吸もままならないだろう。

 いや、それ以前に。

 魔術によるレジストを常時続けていなければ、すぐに肉体の水晶化が始まってしまうはずだ。

 現に切嗣の視線の先では、特殊な装備で生命維持をした上でハルバードでORTに殴りかかり、ここまで殴り飛ばされたであろう、水晶化の始まっているホムンクルスの死体が見えている。

 切嗣もORTから距離を取っていなければ、全力のレジストを続けていなければ、いずれはああなってしまっていたはずだ。

 

 

「……近付くだけで死ぬとはね。次元違いにも程があるだろう」

 

 

 遠目には、体長は40メートル前後、体重は数万tと推測できる水晶の大怪獣が、アインツベルンの魔術砲撃をそよ風のようにかき消している。

 接近は出来ない。近付けばそれだけで呼吸困難になり、水晶化されてしまうだろう。

 最高は、このデカブツの進路を変えること。

 最低でもアイリとイリヤが逃げるだけの時間を稼がなければならない。

 人類が総出でかかって勝てるかどうか、というこの怪物を、たった一人でだ。

 

 

(やるしかないさ)

 

 

 奇跡に賭ける自分を、聖杯の件を思い出し、切嗣は一人自嘲した。

 何を今更、と。

 (かぶり)を振って前を見る。

 ホムンクルス達の協力を得て仕掛けた魔法陣と爆薬の起爆地点にORTが踏み込むまで、推定残り三秒。心の中で数を数え、タイミングをはかり、切嗣はスイッチを押した。

 爆音と共に、ORTの足元の地盤が崩れ落ちる。

 

 

「よし」

 

 

 侵食固有結界の侵食速度が最も早いのは、地表表面である。

 ORTを中心として球状に地面や大気を侵食するのではなく、むしろ地表に這うように水晶は侵食していく。南米にあるというORTの巣では、ORTが落ちたクレーターやORTが掘った穴を異星物質が覆う形で巣が構築されているという。

 無論、切嗣がそこまで知っているわけではない。

 しかし現物の『水晶渓谷』がここにある以上、その特性の一部を理解することは容易かった。

 切嗣は地表が砕けやすい水晶に変えられていることを利用し、地表に衝撃を与えて地下水脈まで繋がる大穴を開けたのだ。

 まさに即席の落とし穴。

 ORTは足を取られ、バランスを崩してしまう。

 

 

「こっちに気付かないでくれよ」

 

 

 切嗣は車両に乗ったまま、デジタル制御のロックオン装置を作動、ORTに狙いを定める。

 アインツベルンに彼が進言し、それを渋々ながら受け入れたアハト爺により購入された軍の横流し品、今現在彼が使用できる最大火力。

 名を、多連装ロケットシステム(MLRS)

 怪獣映画の中で怪獣に向かってぶっ放されるような、これまた対生物という用途に用いるには、過剰すぎるくらいの大火力兵器だった。

 装甲車両の後部にロケットランチャーを大量に積んだものを想像すればいい。

 ロックオン完了の電子音を聞き、切嗣は発射のスイッチを押した。

 

 一発一発が一流の魔術障壁でも防ぎきれない破壊力、それが十二。

 衝撃でORTの周囲にあった水晶化した木々が全て吹き飛び、耳を塞いでなかったホムンクルスの一体の鼓膜が破れ、爆炎がORTを包み込む。

 いかにアルテミット・ワンといえど、これならば。と誰もが思った。

 しかし、車両から降り双眼鏡で遠くから見ていた切嗣の思考は違う。

 彼はとことん現実を見ていた。

 足を取り、ダメージを与えつつ転ばせることができれば、というが時間稼ぎを念頭に置いていた彼の作戦だった。

 だというのに、着弾から十秒は経っているのに、ORTが倒れる音がしない。

 

 晴れた爆炎の中から無傷のORTが現れた時、アインツベルンの者達を中心に、絶望が世界に広がっていくような感覚を、久方ぶりに切嗣は感じ取っていた。

 

 

「化け物め……!」

 

 

 そして、最強の蜘蛛は彼に愚痴る暇すら与えない。

 今の一連の流れで、ORTは切嗣の存在に気付き、彼の方を向いた。

 そして、鬱陶しげに腕を一振りする。

 

 

「―――Time alter(固有時制御) double accel(二倍速)ッ!」

 

 

 それはORTにとって、群がる羽虫に向かって手を振る程度のことに等しかったのだろう。

 しかし、矮小な人間にとってそれは確殺の一撃となる。

 切嗣は自分の時間を加速し、全力でその場から飛び退くように逃げ出した。

 金属と水晶の中間のような色合いの刃腕が振るわれたことにより発生した衝撃波は、大気ごと世界を切り裂いて、一直線にMLRSを切り飛ばし、大爆発させた。

 それだけに終わらず、大気を引き裂いた結果衝撃波をあたりに撒き散らし、大地を岩盤ごと深くまで切り裂いて巻き上げて、石の礫ですら人を殺せる速度にまで加速させ吹き飛ばす。

 衝撃で切嗣は吹き飛ばされ、余波を魔術で防御するものの防ぎ切れず、吹き飛ばされていく木々や大地と共に、爆炎に飲み込まれていく。

 

 風景を撮った写真を一枚想像してみよう。

 その写真をカッターで切断し、切断面をずらしてくっつける。

 風景は切断された跡を境にズレ、奇妙な違和感の残る風景へと変わるはずだ。

 ORTが無造作にしたことは、そういうものだった。

 その怪物の視界に映る風景が、森も、大地も、小山も、綺麗に斬撃の形にズレている。

 刃腕のたった一振りで、一体何kmに及ぶ斬撃を生み出したというのだろうか?

 

 

「―――!」

 

 

 ここに来て、初めてORTは咆哮する。

 カミキリムシの鳴き声を更にかん高くしたような、虫に近い鳴き声だった。

 その声量は大気を振動させ、世界そのものにその強さを響き渡らせる。

 雪と水晶、透き通るものに満ち溢れたその世界で、その怪物は血と破壊を撒き散らす。

 勝てるわけがない、と、また誰かが呟いた。

 横たわり燃える木々の中で血にまみれ、泥に塗れ、地に伏せる切嗣はそれを耳にする。

 もう口を動かすこともできない体の状態を感じ取り、心中でその絶望に同意して、静かに切嗣は目を閉じる。その体には、もう命の活力は全く見て取れない。

 倒れ伏す切嗣を助けようと走る者は、誰一人として居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ORTは、人類のような知性を持たない。

 人間の視点では、虫のそれに近いだろう。

 しかしそれは、断じて人間に劣る知性という意味合いではない。

 それを証明するように、ORTは西暦以前にこの星に降りた時の思い出を、今でも昨日のことのように思い出せる。

 この星に降り立ち、人類という種を滅ぼそうとORTは破壊を開始しようとした。

 だが、そのORTの前に立ちはだかり、戦い、その闘争本能を鎮めた者が居た。

 

 それこそがタイプ・アース。名を、『ガイア』と『アグル』と言った。

 

 彼らは地球の意思を代弁し、約束の時まで待つことをORTに命ずる。

 まだ、この星は人に対し裁定を下していないのだ、と。

 ORTはその願いを受け入れ、二人の光の巨人に敬意を表し、巣を作ってそこにひきこもった。

 いつの日か、その光が人を裁くか、人と共に歩むかの選択を終えるその日まで。

 

 しかし先日、ORTの前にガイアとアグルに似た光が現れた。

 似ているが、違う。そう感じたORTが地表に出てみれば、そこには『黒い光』があった。

 黒く染まった光の巨人。胸に輝く命の宝石。似ているが、違う。

 喰ってやろうと襲いかかったORTの額に触れ、黒いソレは呟いた。

 

 

「驚いたな。お前みたいな『デュナミスト』も居るのか」

 

 

 ORTの体内に、邪悪な力が流し込まれる。

 それはORTの体内を這いずり回り、異星の理で成り立つ意思を侵食していく。

 苦悶するORTを見て、その邪悪はほくそ笑んだ。

 

 

「お前に新たな力を与えても余分だろう。

 この『ザギ』の道具として、せいぜい派手に踊ってくれ」

 

 

 その時から、ORTは頭の中に浮かぶ単純な意思を実行するだけの攻性生物と化した。

 あの辺りを全て壊せ。あれを殺せ。全部壊せ。焼き尽くせ。世界を塗り潰せ。

 そんな自分のものでもない意思を、自分の意思であるかのように感じ、実行し続ける。

 その最初のターゲットに選ばれたこの地を、ORTは最上位の力で蹂躙し始めた。

 

 

「―――!」

 

 

 あれは何だあれは敵だと叫ぶホムンクルスを蹴散すORTは、何故来たのかも分からない謎を秘める侵略者(インベーダー)だ。

 大地が揺れ、風が震え、全てをORTが壊していく。

 誰もが自分の命すら諦めていた、そんな時。

 衛宮切嗣は、夢の中の、不思議な光景の中に居た。

 

 何もない、上下の概念すらなさそうな空間。

 しかし遠い彼方には、星々のような小さな光が瞬いている。

 まるで、星空に輝く銀河の中に居るかのようだ。

 切嗣はそこで、石で出来た棺のようなものの前に立っていた。

 

 手を伸ばし、棺に触れる。不思議な光が身体に伝わり、意識がはっきりとし始めた。

 何故ここに居るか、という思考はない。

 ただ、先程まで戦っていたモンスターの強さについて彼は考えていた。

 懐かしい感覚だと、いつからか感じなくなっていた、砂糖菓子の弾丸で鉄の壁を撃っているような感覚を想起して、忘れていた過去を思い返しながら。

 

 昔は切嗣も、反吐が出るような現実に甘い言葉や理想を吐いていたこともあった。

 今では子を持つ彼が、まだ子供だった頃の話だ。

 厳しい現実に、甘い考えで挑む。

 そして当然のように、それは鉄の壁に砂糖菓子の弾丸を撃ち込むように通じない。

 いつしか彼は現実を知り、砂糖菓子のように脆く甘いだけの言葉を吐かなくなった。

 それが彼にとっての、『大人になる』ということだった。

 

 何をしても無駄、何をしても通じない。

 ORTという現実の壁が、「お前の理想が叶うことはない」と言って切嗣を嘲笑しているかのようだと、彼は感じていた。

 ここで死に、夢には届かない。

 こんな無慈悲な世界が嫌だったから、足掻いていたはずなのに、と心が弱る。

 

 

「これが……僕の罪への、報いだったということなのか」

 

 

 大事なものを凄惨な過去に全部置き去りにしてしまって、忘れられずに自分で自分を苦しめている、哀れな囚われた人。

 それが、衛宮切嗣という男の本質だ。

 だが、今の彼は一人ではない。

 繋がりという意味では家族がいる。

 そしてこの空間においても、彼に手を差し伸べる誰かは居てくれる。

 

 

「……?」

 

 

 ぼんやりと、星空のような空間に映像が浮かび上がる。

 色褪せ、ノイズも混ざってはいるものの、それは切嗣の記憶の断片だった。

 まだ切嗣が、今の死んだ魚のような目をしていなかった頃の記憶。

 

 

「……シャーレイ……」

 

 

 記憶の中で、シャーレイは切嗣の前を歩いていて、微笑みながら振り向いた。

 

 

『ねえ、ケリィ。君は誰かを愛してる?』

 

 

 その問いの意味は、家族についてだったのだろうか。

 好きな女の子が居るか、という意味だったのだろうか。

 切嗣はもう覚えていない。その問いにどう答えたのかすら覚えていない。

 

 

『生きてるって、そういうことだよ』

 

 

 ただ、今聞かれたなら、彼は答えられるはずだ。

 衛宮切嗣は妻と娘を愛し、生きている。

 シャーレイが消え、今度はアイリの姿が浮かび上がる。

 アイリの思い出は、シャーレイのそれよりずっと鮮明だった。

 

 

『素敵ね。聖杯にかけるその願いが……あなたの、切嗣の"夢"なのね』

 

 

 微笑む彼女を見て、夢と言ってくれる彼女に感謝して。

 その微笑みをいつまでも守りたいと、そう思ってしまい恥ずかしくなる彼が居た。

 誰よりも何よりもアイリを守りたいと、そう思って、イリヤが生まれてそれが揺らいで。

 それでも、情を排して彼女らを天秤にかけられる自分が苦痛で。

 誰よりも守りたかったはずの人を自分の手で最悪に追いやってしまった自分が、本当に心の底から嫌いで憎くて仕方なくて。

 

 だから、悲しみなんかない世界を作りたいと、聖杯に望みをかけた。その聖杯の器を守るため、アイリを守るため彼は戦った。

 愛した人の命を諦めたくないと、そんな気持ちもあっただろう。だから妻と娘を助けるために、夫として、父親として、彼は命をかけた。

 ここで死んでしまえば、彼の夢は泡沫と消えてしまう。

 絶やされることも傷付けられることもなく、微笑みを繋いでいける世界は得られることもなく、夢は諦められてしまう。

 

 

「……そうだ」

 

 

 ようやく、彼は夢見心地な気分から覚める。

 石の棺に背を向けて、夢から覚めようとするかのように、走り出した。

 

 

「僕はこんな所で躓いてられない。僕は、僕達は――」

 

 

 妻を、娘を、世界に平和がもたらされる可能性を、彼は守らんとする。

 

 

「――聖杯で、この救いのない世界を、救うんだ」

 

 

 切嗣が光に包まれる。

 光が消えた時、切嗣は爆撃された後のように燃え盛る森の中に居た。

 傷だらけの体でORTを見据え、炎に呑まれる木々の合間に立っている。

 その手には、いつの間にか、『光を放つ神器』が握られていた。

 

 その名を『エボルトラスター』。切嗣は日本刀を抜刀するかのごとく、それを抜く。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」

 

 

 赤い光が彼を包み、そこから青い水の波紋のような光が世界に広がっていく。

 何をすればいいのかは、『光』が教えてくれた。

 その光の中から現れた者に、誰もが目を奪われる。

 

 車に乗って少しでも離れようとしていたアイリとイリヤは、その綺麗な光に魅入られた。

 ホムンクルス達は、その赤と青の光を纏う銀色の命に胸を高鳴らせた。

 ORTは、何千年かぶりの対等の強敵との戦いに歓喜の叫びを上げた。

 

 そして、時間稼ぎを諦め逃げの準備をしていたユーブスタクハイトが呟く。

 

 

「来てくれたのか……『ウルトラマン』……!」

 

 

 赤と銀に彩られた体、輝く瞳。

 胸には輝く宝石のような命の証。

 40mのORTより少し大きい、50m弱の銀色の『光の巨人』(ウルトラマン)

 絶望に相対する希望が、そこに立っていた。

 

 ピンチに次ぐピンチの連続だった。

 誰もが足掻き、諦めていなかった。

 ギリギリまで踏ん張って、頑張って、マズいヤバいと言いながら、この敵に食らいついていた。

 どうにもならないと知りながら、数秒の時間稼ぎにしかならないと分かっていながら、それでも奇跡にかけて、足掻き続けた。

 だからこそ、奇跡は起こる。

 この『光』は、決して希望を捨てない人々のために在る意志だ。

 

 構え、人間の言葉ではない言語で、光の巨人は声を上げる。

 なのに何故か、一体どういう理屈なのか。

 ここから一歩も通さないと、そう言っていることだけは、その場の誰にも伝わった。

 

 

「キリツグだー!」

 

「え? 何を言ってるの、イリヤ?」

 

「え? お母様には分からないの? 私達を守ってくれてるんだよ!」

 

 

 イリヤが喜びの声を上げるも、アイリは困惑する。

 車を運転していた運転手も困惑しているようだ。

 それも当然。突然現れた光の巨人が切嗣だ、なんて言われて理解できるはずがない。

 ただ、それでもアイリと運転手には違いがあった。

 運転手は「何を言ってるんだ」という反応であったが、アイリは「ああ、そうなんだ」という納得しか心中に浮かんでこなかった。

 むしろのその確信にこそ、彼女は戸惑っていたと言っていい。

 

 

「切嗣……なの……?」

 

 

 遠く離れていたはずなのに。

 その呟くような声が、この距離で届いているはずがないというのに。

 ウルトラマンはアイリに横顔を見せ、目を向け、ゆっくりと頷いていた。

 

 

「―――!」

 

 

 アイリが、運転手が息を呑み、イリヤがいっけーと叫ぶ。

 ジュワッ、と応えるウルトラマンの声が響き、巨人はORTに向かって構えた。

 片手は拳、片手は手刀。

 そんなウルトラマンに喜び勇んで、ORTは襲いかかった。

 

 無造作に振るうだけで世界を切り裂くORTの刃腕が振るわれる。

 ただそれだけで必殺の一撃。しかし、ウルトラマンはそれを腕の武器で受け止めた。

 ウルトラマンの両腕の刃付きの篭手。名を『アームドネクサス』という。

 ORTの全力の一撃を受けてもそれは傷一つ付かず、むしろ刃腕に付随していた刃状の衝撃波が周囲に散り、大地を裂いていってしまうほど。

 ORTも次元違いだが、この光の巨人もそれに匹敵する次元違いの戦闘力だ。

 

 受け止めた刃腕を押し上げるようにかち上げ、ウルトラマンはORTの防御を空ける。

 そして体重を乗せたハイキックを、顔面のような部位に打ち込んだ。

 

 

「―――ッ!?」

 

 

 しかしウルトラマンの言語で、光の巨人は痛みの声を上げる。

 見れば、ウルトラマンの足の甲が少し裂けている。

 ORTはこの地球のいかなる物質より硬く、柔らかで、温度耐性があり、鋭い、というなんだそれはと言いたくなるような外皮に全身を覆われている。

 ウルトラマンの体も、地球上の物質の何よりも優れた物質で構築されてはいる。

 それでも、迂闊に攻撃することは自傷を意味してしまうのだ。

 

 水晶でもなく、金属でもない。

 そんな物質で構成された全身刃の大怪獣。

 まして変身者である衛宮切嗣はこれが初めての戦闘で、近接戦も得意というわけではない。

 戦闘で選べる選択肢は、おのずと限られてしまうだろう。

 ウルトラマンに匹敵するORTの恐ろしさ、そのORTと戦えているウルトラマンの別次元の強さが、見ているだけでよく分かる。

 

 ORTが奇声を用いて唸り、ほんの少しだけ浮かぶ。

 背負っている円盤が回転、不可思議な作用で全身が浮かんで行く。

 ジャキン、と刃が触れ合う音。

 大きな刃が付いた大前足、小太刀の如き小前足、片刃剣の如き小後足、刃の鋏のような中後足、無数の小さな刃の付いた大きな刃の大後足。

 合計十本の刃の足が体を支えるという役目から開放され、触手よりも自在に伸縮稼働し、ウルトラマンを全方位から攻め始めた。

 刃腕だと思っていたのは、全て刃足であったのだ。

 

 

「危ないっ!」

 

 

 アイリが叫ぶ声を耳にしながら、それを切嗣は捌く。

 ウルトラマンの力をもってしても、彼の近接技能では到底不可能な防御であっただろう。

 しかし今、切嗣は『固有時制御』で三倍まで自己の時間を加速している。

 ウルトラマンの加護が、普段できないほどの魔術を彼に可能とさせているのだ。

 しかし、それでも捌けば捌くほどにウルトラマンは追い詰められていく。

 

 三倍にまで加速したウルトラマンを、真正面から押し切りかねない手数とパワー。

 ORTの攻撃力は次元違いの戦闘力を持つ者達の中でも圧倒的だ。

 同格に近いウルトラマンが現れ、それでもなお押しているという現状になってようやく、ORTの本当の強さというものが理解され始めていた。

 全方向から迫る刃の嵐、一つ一つの速度は目にも止まらず、破壊力は山をも粉砕し、切れ味はウルトラマンの表皮を切り裂ける。恐ろしいだなんて一言には収まらない。

 究極の一(アルテミット・ワン)の名は伊達ではないのだ。

 

 しかし、真正面から勝てないのなら、そうしないのが衛宮切嗣だ。

 それは巨人になっても変わりはしない。

 飛ぶように、実際に飛べる力を使ってウルトラマンは後方へと跳ぶ。

 そして、腕を鞭のように振るい、そこからエネルギーで出来た光の刃を飛ばした。

 

 

「―――! ―――ッ!」

 

 

 両腕から飛ばされた二閃の光刃は、二本の小前足を切り飛ばした。

 アームドネクサスより放たれる光粒子の硬質刃『パーティクル・フェザー』だ。

 金属が軋むような悲鳴をORTが上げる。

 接近できないのならそれ以外の手を使えばいい。

 そんな発想から放たれた光の刃は、恐ろしい切れ味と威力をもってORTを襲った。

 放ったウルトラマン本人が戸惑うほどの威力。

 しかし、これを好機と見た切嗣は、地上を離れるために飛び上がる。

 

 空高く、雲の上に向かって。

 

 

「とんだーっ!」

 

 

 イリヤの無邪気な声も届かない、雲の更に上、3万フィートの空をたった一人で、空気を切り裂いて飛ぶ。雲に覆われていない空の上は、傾き始めた陽に照らされていた。

 ウルトラマンの胸に付いているマークが、まるで流星のように煌めく。

 しかし第三者から見れば、空を裂く銀色の流星のように見えたことだろう。

 

 

(僕は……飛んでいるのか。自分の力で、この『光』の力で)

 

 

 ORTがそんなウルトラマンを見上げ、吼えながら空へと飛び上がる。

 水晶の刃の化け物が、空を切り裂くに相応しい形態へと変形していく。

 刃はまるで翼のように組み合わされ、円盤が回転し唸りを上げる。

 言うなれば『飛行形態』とでも言うべきか。

 ORTはこの形態で宇宙の海をかき分けて、地球へと飛来したのだ。

 

 

(飛べる―――僕は今、自由なんだ)

 

 

 空を飛べたことに感極まっていた切嗣を、迫るORTが現実に引き戻す。

 攻性生物として次元違いの性能を誇るORTは、空中戦においても最高峰の攻撃力を発揮する。

 ウルトラマンがORTの振るう刃を避け、その刃が振るわれる度に放たれる刃状の衝撃波を振り切り、反撃に光の刃パーティクルフェザーを放ち、回避される。

 超高速で攻撃・回避・防御・移動をこなす両者の攻防は、地上で行っていたならば、町一つがあっという間に瓦礫の山に変えられてしまうほどの規模の災害となっていただろう。

 

 例えば画用紙とペンを幼い子供に渡してみたとする。

 子供は画用紙いっぱいに、ひとふで書きに直線曲線ギザギザ螺旋を描き、直角鋭角鈍角で線を突然に曲げ、画用紙いっぱいに線を埋め尽くすだろう。

 この両者は、空で同じことをやっている。

 両者の機動が高速戦闘による残像、あるいは雲に残った軌跡、光や水晶の足跡を空に残す事により、切り裂かれた空に無数の線が引かれているかのように見える。

 雲など、戦闘の余波でもうとっくに全て散らされてしまい、陽と青空が見えていた。

 

 砕かれた光刃と刃の衝撃波が空に舞い散り、侵食固有結界により水晶化された雲が砕かれて空に舞い、まだ空中に残っていた雪や舞い上がった氷の結晶と混じって、日に照らされて輝く。

 この世のものとは思えないような幻想的な光景が、戦場に作り出されていた。

 ウルトラマンの飛行速度はマッハ3、3672km/hでの立体飛行を可能とする。

 しかし飛行形態のORTの速度はそれを上回り、時速四千kmをゆうに超えていた。

 その速度が、この幻想的な光景を作り出している。

 

 その次元違いの飛行能力も、攻撃能力も、源泉は同じ『水晶渓谷』だ。

 周囲の世界を侵食し、自分の周囲の空気抵抗や重力ですら自分に最適なものへと変換し、ORTは自由自在に空を飛んでいる。

 腕の刃から放たれる衝撃波も、実際はただの衝撃波ではない。

 衝撃波、水晶、エネルギーの中間の性質を持つ飛び道具の刃なのだ。

 これは重量のない衝撃波の速度、水晶の鋭さ、エネルギーの強度と破壊力を併せ持っている。

 そして侵食固有結界の特性も併せ持ち、『世界を切り裂きながら飛ぶ』のである。

 まさに、刃の形をした固有結界。

 

 A++ランクの防御宝具ですら、これを防ぐことは叶うまい。

 

 

「すごい……なに、これ……」

 

 

 だが、外野にはその強さの正確な所は理解できないだろう。

 ふりそそぐ水晶、光刃の欠片、雪の粉塵が作る世界に魅せられている。

 その中を飛ぶ二つの力が空に刻む軌跡は、この世のものとは思えないほどに美麗だ。

 地上で空を見上げ、ただ感嘆の言葉を吐くアインツベルンの人間を、誰も責められはすまい。

 

 空の上、高速で互いに向かって突撃しながら両者は無数の刃を放つ。

 片や水晶刃の衝撃波、片や光の刃。

 両者の放った刃はそれまで何度も空で衝突してきたが、今回は衝突せずに互いに向かう。

 ウルトラマンは慣性を無視して一気に速度をゼロに変え、その場で全て回避しきってみせる。

 対するORTはバレルロール。

 下降しながら回転し、全ての光の刃をかわしてみせる。

 そしてその速度で突撃を続け、ORTは残った八本の刃足から無数の衝撃波を発射した。

 

 その場での回避、迎撃、防御のどれも間に合わないとウルトラマンは即座に判断。

 後方を向き、全力飛行を開始した。

 後ろを適度に振り返り、刃の衝撃波の軌道を確認して一つ一つ回避していく。

 無防備な背中から一撃でも貰ってしまえば、その時点でやられてしまうだろう。

 一閃、また一閃と回避し、全ての飛ぶ斬撃を回避する。

 そして反転宙返り(インメルマンターン)

 右腕のアームドネクサスにエネルギーを集中し、ORTへ向かって飛んで行く。

 

 対するORTも速度を緩めず、大前足の二刀を構えて突撃。

 時速四千km前後の速度を互いに緩めず、最大速度で接近していく。

 あわや正面衝突か、と思いきや。

 ウルトラマンが振るった右篭手の刃の一閃を、ORTは関節の概念のない首を異常に捻って回避。

 ORTの交差する両の刃を、ウルトラマンは回転しながら身と軌道を捻らせて回避する。

 正面衝突どころか、触れ合える距離で互いに指一本触れることすらなく、互いに宙ですれ違う。

 そしてすれ違った直後に180°反転、敵を見据える。

 

 ウルトラマンの両腕に、光と雷の中間のようなエネルギーが蓄積される。

 ORTの肩付近にあった首に似た部分が首と同じように稼働を始め、口の中に何かを籠め始める。

 そして、互いに放たんとする。

 ウルトラマンは両手をクロスし、そこから必殺の光線『クロスレイ・シュトローム』を放った。

 首が三つになったORTは三つの口の中で圧縮した炎を、まるでビームのように解き放った。

 ウルトラマンの光線と怪獣の炎がぶつかり合い、空の上で大爆発を起こす。

 

 

「わっ」

 

「きゃっ」

 

 

 それは地上に居たイリヤとアイリが、思わず悲鳴を上げてしまうほどの衝撃。

 その悲鳴を聞き、思わず切嗣はそちらを向いてしまった。

 母娘の悲鳴を。それに反応してしまった父を、ORTが見逃すはずがないというのに。

 光線と炎は相殺し、大爆発を起こした。

 しかしその直後の立て直しは、ORTの方が少しだけ早い。

 

 ORTは先程のように、三つに増えた首から炎のビームを放たんとする。

 しかし、その首の向く先はウルトラマンではない。

 ウルトラマンが守ろうとしている、地上の母娘へと向けられていた。

 

 

「―――ッ」

 

 

 ORTに攻撃して中断させようとするも、間に合わない。

 炎がアイリとイリヤに向かって放たれる方が早かった。

 切嗣として、ウルトラマンとして、彼は全力で飛ぶ。

 炎のビームより、ウルトラマンの飛行速度の方が少しだけ早い。

 愛する妻と子に手を伸ばし、ビームと平行して飛んで、もっと速く、もっと速くと彼は意味もなく念じ続ける。先回りし、二人をその手で守るために。

 

 地上に触れるか触れないかという一瞬で慣性操作、速度をゼロにして振り返り大地に立つ。

 すぐ近く、この炎のビームの先にアイリとイリヤが居る。

 だからこそ、彼は目の前まで迫ったその炎を防ぐことも相殺できないことも分かっていながら、避けることができない。

 避けてしまえば、アイリとイリヤが死んでしまう。

 それだけは。それだけは絶対に、衛宮切嗣は受け入れることは出来ない。

 父として、親として、聖杯戦争に願いをかける者として。

 

 背後で上がる、妻の悲鳴に近い自分の名を呼ぶ声を聞きながら、彼は胸に突き刺さる炎が身体を内から焼いていく痛みを感じていた。

 

 

「キリツグーーーッ!!」

 

 

 イリヤスフィールが、彼の娘が一拍置いて悲鳴を上げる。

 ウルトラマンの胸の宝石が、赤く点滅し音を鳴らし始めた。

 切嗣は背後のアイリとイリヤへと振り向き、二人の無事な姿を見ると、安心したように膝を付いて力なく倒れる。

 地上に居る二人を傷付けないように、最後に残された力を全て使って、ゆっくりと。

 ウルトラマンの胸の宝石の点滅が速く、弱々しくなり、目の光が消える。

 第三者の目で見れば、どう見ても死んでしまったようにしか見えない。

 

 

「キリツグ!」

「切嗣っ!」

 

「お、奥方様! お嬢様! お待ちください、危険です!」

 

 

 イリヤとアイリが、我先にとウルトラマンに向かって駆け出して行く。

 運転手の止める声にも、空から降りてくるORTにも目もくれず。

 空の天蓋から落ちるように降りて来たORTは地上付近で少し減速、そして大地を揺らし、大量の土をまき上げながら、地に降り立った。

 虫の声を高くしたような不安になる叫喚が、世界に響き渡っていく。

 それが勝利の雄叫びなのだと、誰もが分かっていた。

 

 ウルトラマンが、負けた。そんな絶望が、皆の心に浸透し始めていた。

 

 

「キリツグ、キリツグ! しんじゃやだ!

 明日……明日一緒に遊ぶって、約束したのに!

 嘘つきって言われたくなかったら、起きてよっ!」

 

 

 倒れたウルトラマンの光を失った目を、イリヤが小さな手でぺちぺちと叩く。

 成人と比べても小さな手は、50m弱のウルトラマンの前では更に小さく見えてしまう。

 イリヤと共に駆け出していたアイリは、年の功か一足先に冷静になっていた。

 

 

(切嗣……! あなた、私は、どうすれば……)

 

 

 自分にできることを考えるアイリの視界に、更なる絶望が映る。

 ORTが、こちらを向いていた。

 更に自分の全身から新たな水晶のトゲを無数に生やし、身を震わせている。

 ターゲットはウルトラマンとその周囲。

 つまり、切嗣と、アイリと、イリヤだ。

 

 

「イリヤっ!」

 

「え?」

 

 

 状況が読めていないイリヤを抱きしめ、アイリはありったけの魔術で防壁を張る。

 ORTは全身から生やした水晶のトゲを、まるでミサイルのように撃ち出した。

 触れれば爆発し、水晶の礫を飛ばしながら大ダメージを与えるこの技は、ウルトラマンとの戦いでも切っていなかった技。

 どれだけ手札があるというのだろうか。

 これだけでも、最上位クラスの宝具と同等の威力があるというのに。

 最高位の魔術師が防御に徹しても、ゴミのように吹き飛ばされるだけの威力があるというのに。

 

 

 迫り来る絶望を前にして、アイリとイリヤは恐怖から逃げるように瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕は死んだのか、と切嗣は思った。

 目を開けて、ここはどこだろうと疑問を抱いた。

 そして目の前に現れた大きな人型の光を見て、全てを理解した。

 

 

「君が……僕をとっさに庇ってくれたのか」

 

 

 巨人は、『光』は、ゆっくりと頷く。

 その仕草に不思議な安心感を覚え、切嗣は目を閉じる。

 強敵だった。ORTは最強の名に恥じない、勝ち筋の見えない強敵だった。

 勝てるわけがない、と考えて当然の相手。

 だというのに、切嗣は悔しくて仕方がなかった。

 

 自分でなければ。自分よりももっとこの『光』に相応しい変身者であれば、きっと負けはしなかったはずだと、彼はそう思っていた。

 理由なんてない。

 だが、そんな悔しい想いを抱いてしまうほどに、彼はこの『光』に敬意を抱いていた。

 かつて失った憧れが、忘れてしまった想いが、空想の幻想がここにはあった。

 

 

「すまない。君は……僕と一緒に、死んでしまうかもしれない」

 

 

 切嗣は頭を下げる。

 自分の守りたいという意思に応え、無償で力を貸してくれたこの『光』の想いに応えられず、自分のわがままの道連れにしてしまった申し訳無さに。

 だが、『光』はその言葉には応えなかった。

 「そんなことを気にするな」とでも言うかのように。

 そして、光の巨人は手をかざす。

 

 

「なにを……?」

 

 

 『光』は、時間・空間・世界の壁を越え、いつかのどこかの誰かの声をここに持って来る。

 過去かもしれないし、未来かもしれない。

 別の国か、この星のどこかか、宇宙のどこかかもしれない。

 あるいは別世界、平行世界のどこかの誰かの声。

 最初に届いたのは、精悍な男の声だった。

 

 

『俺たち戦闘機乗りは、自分の乗る機体を選ぶ事は出来ない。

 もし乗った戦闘機が故障すれば、どんなに腕が良くても命を落とす事になる。

 でも俺たちは、それを運命だと受け入れ、空を飛んできた』

 

 

 その声は自分の境遇を嘆くのではなく、運命と受け入れる男の言葉だった。

 全てを運命(Fate)と受け入れ、その上で抗う男の強い意志だった。

 愛する妻を持ち、子を持つ変身者に、切嗣は少しの共感を覚える。

 

 

運命(Fate)……そう受け入れて、戦う強さ」

 

 

 父親であるがために光の巨人として戦うことを決意した、その男。

 一人の変身者に、切嗣は僅かなれども立ち上がる気力を貰う。

 次に聞こえてきた声は、まだ十代であろう若い少年の声だった。

 

 

『自分にもまだ、できることがあるんだと思ったら、すっげー嬉しかった。

 遊園地でずっと見てた、子供達や親やたくさんの人達……

 ああいう人達を、自分は守れるって……そう思ったら……ホント、嬉しかったんだ……』

 

 

 その変身者は、命が尽きる寸前の半病人の少年だった。

 それでも何かを守りたいと願い、自分にできることをして自分の命を使い切りたいと祈り、自分の光を走り切ると誓った少年だった。

 死にかけの病人ですら人を守るために立ち上がれるのだと、その姿は証明する。

 自分を削りながら信念を貫く少年に、切嗣は痛ましい気持ちを覚える。

 心の一部を切り捨てながら戦う切嗣に、命を切り捨てながら戦う少年はどう映ったのか。

 

 

「光を手にし、守るために立ち上がった人間は、それこそ十人十色なんだな……」

 

 

 その少年のような者が戦わなくてもいい世界、それが切嗣の理想。

 その戦う決意に敬意を示していたとしても、戦わないに越したことはないと彼は考える。

 三番目に届けられた声は、時間も距離も飛び越えて、切嗣本人に向けられていた。

 

 

『過去は変えられないが、未来は変えられるかもしれない……そうは思わないか? 衛宮』

 

 

 彼は『答え』を見つけられたのだろう。

 自分の先を行ってしまった親友に、悔しげに楽しげに苦笑して、切嗣は(おもて)を上げる。

 過去に縛られ続ける同類だった姫矢から、今も過去に縛られている切嗣への強烈なエール。

 たった一人の親友が、「頑張れ」と切嗣の背中を押してくれる。

 

 

「……いつの日か、また会おう。姫矢」

 

 

 自分の同類が変われたという事実は、切嗣の心を予想以上に震わせたようだ。

 もう二度と会うことはないだろうと考えていた、切嗣にこんな台詞を言わせるほどに。

 次の声は、切嗣の聞き慣れた幼い声。

 

 

『また明日! また明日、クルミの冬芽探しをしようね!

 今日は負けたけど、明日はきっとイリヤが勝つんだから!

 だから、また明日! 約束だよっ!』

 

 

 他の者達とは違う、今日の朝、いつもそばに居る娘とした約束。

 だからこそ、切嗣の記憶にも強く残っている。

 『光』がこれを自分に見せた意図を理解できないほど、切嗣は愚鈍な人間ではない。

 

 

「そうだ、僕は……娘と、約束を。父親が娘に嘘を付くなんてズルを教えちゃ、いけないんだ」

 

 

 可愛い娘との約束の重みは、娘を持つ父親にしか本質的には理解できまい。

 例えば「迎えに行く」と約束して、父が迎えに行けなかった場合。

 最終的に、父も娘も深く心を傷付けることだろう。

 

 

『約束して? ちゃんと、生きて帰って来るって』

 

『約束する。僕は必ず生きて帰る』

 

 

 そして最後は、愛する妻と交わした約束、その会話そのものを。

 

 

「……そうだ、僕には、守らなきゃならない約束がある」

 

 

 衛宮切嗣の体の内部から、光が漏れ出した。

 それは光の巨人の中にあるであろうこの空間を、全て埋め尽くさんと広がる光。

 誰の人の心の中にもある、心の光だった。

 

 

『光』(きみ)がなんなのか、僕には分からない。

 あの最強のアルテミット・ワンに勝てるという保証もない。

 それでも、今は、僕は―――!」

 

 

 そして光の巨人は満足気に頷き、最後の声を届ける。

 たった一言、されど一言であるがために、切嗣の心の奥深くにその言葉は刻まれた。

 

 

『―――諦めるなッ!!』

 

「ああ、僕は諦めない!」

 

 

 光が満ちる。

 それが、反撃の狼煙となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初に瞳を開けたのは、アイリだった。

 いつまで経ってもやってこない衝撃と、少し離れた場所で鳴っているような爆発音。

 それが一方向からは音すらも通さないような、絶対的な防御力を持つ光のバリアをウルトラマンが張り、自分達を守ってくれていたのだと知ったのは、目にしたその瞬間だった。

 

 

「きり、つぐ……!」

 

「キリツグー!」

 

 

 少しだけ、淑女の瞳から涙がこぼれ落ちる。

 ORTの発射した水晶ミサイルはそのことごとくが、水面の波紋を象ったような円形のバリア、『サークルシールド』に防がれている。

 その守りは彼の意思を示すかのように、微塵も揺るぎはしない。

 アイリとイリヤを安心させようと、ウルトラマンはゆっくりと頷き、立ち上がる。

 

 そして拳を天に突き上げ、拳を開きながら斜め下に振り下ろした。

 

 水滴が落ちるような、水の中をかき分けるような、不思議な水の音。

 そして上から下へと流れる、水色の光がウルトラマンを包み込んでいく。

 光の流れに飲まれ、再度出現したウルトラマンの姿は、アイリ達を驚嘆させた。

 

 

「色が、変わった……?」

 

 

 先程までのウルトラマンは銀と黒を基調にし、胸の宝石のようなパーツや腕のアームドネクサスに赤色がある、といった色合いであった。

 しかし、今は違う。

 全身にあった銀の意匠はほとんどそのままに、全身が『白と黒』に染まっている。

 それも単調な塗り潰しではない、流線と波を幾重に組み合わせ、柄だけで流れを感じさせるような、出来のいいグラデーションを思わせる模様。

 胸の宝石も点滅はしたままだが、少しだけ新しい部位が増えたようだ。

 肩部を初めとする生体甲冑やアームドネクサスなどの装備も、少しづつであるが変化している。

 このウルトラマンが持つ真の力を発揮するための『第二形態』なのだろう。

 感じる力も、先程よりはるかに大きい。

 

 そしてその模様は、変身者の心を表していた。

 現実を見せつけられても、変わることができなかった部分。

 黒く染まった心の中の白、純粋と無垢。

 残酷な現実の中で黒く変わって行ってしまった、汚れた部分。

 白の心の中の汚れた黒、後悔と絶望。

 この黒と白の『ジュネッス』こそが、彼を表す、彼の心の光の形。

 

 

「やっちゃえ、キリツグ!」

 

 

 その声に答えるように、ウルトラマンの声を上げる。

 そしてアイリが一度瞬きをしただけの一瞬に、ウルトラマンはORTの背後に回りこんでいた。

 今度は足に光を収束し、自らの足を傷付けないようにして回し蹴りを放つ。

 反応なんてできるわけもなく、ORTは蹴っ飛ばされた円盤と一緒に吹っ飛んで行った。

 ORTの身体の中で最も硬い円盤部分に、ヒビが入る。

 

 

「『瞬間移動』……まさか、あんな魔法に近い魔術まで!?」

 

 

 アイリの驚愕はもっともだが、これはそういうものではない。単なる力技である。

 ウルトラマンの高速移動技『マッハムーブ』。

 これにジュネッスになったことで使えるようになった、反動無し固有時制御・四倍速を組み合わせ、瞬間的に瞬間移動と同等の移動速度を実現。

 瞬間移動というより、『ゼロ時間移動』とでも言うべきか。

 連続して使うにはエネルギーの消費が激しすぎるが、それでも圧倒的なスキルと言えよう。

 

 起き上がったORTは先程ウルトラマンを倒した流れに味を占めたのか、地上のアイリ達からウルトラマンを引き剥がすため、空へと飛び上がった。

 しかし、それが仇となる。

 それが失策であるとORTが悟ったのは、空中にウルトラマンが追ってきたその時だった。

 

 ―――速くなっている。

 飛行速度が段違いに、それこそ飛行形態のORTよりも更に速くなっている。

 第二形態となったウルトラマンは、4500km/hをゆうに超える飛行速度を叩き出していた。

 ORTの方が速い、という前提で先ほど拮抗していた戦力バランスだ。

 ウルトラマンの方が速くなれば、自然天秤はウルトラマンの方へ傾いていく。

 空へと舞い上がったことが、完全に裏目に出てしまっていた。

 

 何度もぶつかりながら、夕焼けの空を両者が駆け上がっていく。

 そして、3万フィートの空の頂点に達したその時に、その軌道は上ではなく下を向いた。

 互いに刃を放ちながら、二重螺旋を描いて、巨人と怪獣が音速を超えて落ちてくる。

 そして地上ギリギリの地点で慣性を無視、直角に軌道を変更。

 互いに離れるように飛びながら、必殺の攻撃を放った。

 

 ORTは背中の円盤を砲とした、超巨大ビーム砲。

 今までウルトラマンが撃ってきたような光線や光刃では歯が立たない、ORTの持つ最大最強の攻撃手段たる切り札だ。

 そして、位置取りも絶妙。

 ウルトラマンが相殺したとしても、その爆発に地上の母娘が巻き込まれる。

 そういう位置取りをORTがした、否。ORTがそういう位置取りを『黒幕にさせられた』ことで、ウルトラマンはこの攻撃に匹敵する威力の攻撃ができたとしても、できない。

 そしてその一瞬の迷いと葛藤が、この切り札を直撃させる。

 ORTはそう思わされていたし、自分がそう思っていると思っていた。

 

 

「―――!」

 

 

 発射。

 水晶の色合いのビームが、ウルトラマンへと迫る。

 だが、黒幕にもORTにも、たった一つ誤算があった。

 相殺したらその爆発に巻き込まれる……ならば。

 「大火力で、一撃で押し切ってしまえばいい」と彼は考える。

 

 特大火力による常識外の一撃必殺こそ、衛宮切嗣の真骨頂だ。

 

 

「!?」

 

 

 その声は、誰のものだったか。

 ウルトラマンが胸の宝石にエネルギーを収束、腕を広げるように開放。

 広げたVの字のような光の奔流が、必殺光線『コアインパルス』として放たれた。

 それはORTの光線と一瞬拮抗し、しかしあっという間に押し切って行く。

 そして完全に想定外の火力による奇襲が成立し、光線が直撃した円盤が粉々に砕かれた。

 

 ORTは衝撃で転倒、地面に転がって行く。

 衛宮切嗣を敵に回した魔術師は、大抵こうなるものだ。

 大火力、起源弾、自分の魔術を逆に利用される。

 そうして『真正面からの奇襲』を時に成立させられ、地面に転がされる。

 ORTですら、それの例外ではなかった。

 

 ただ、そんな凡百の魔術師共と違う点があるとすれば。

 ORTは背中の円盤を砕かれてもまだ、生命力の二割も削れていないだろうという、そのタフさ。

 対するウルトラマンは胸の宝石が点滅し始めてから時間も経っており、これ以上の持久戦は命取りとなりかねない。

 一説には『死の概念がない』とすら言われるアルテミット・ワンの次元違いの生命力を、切嗣は戦いの中でひしひしと感じていた。

 

 だからこそ、最後の切り札を切る。

 切嗣は両腕を同時に上から下へ振り下ろし、光の刃パーティクル・フェザーを放つ。

 ORTはもうさんざん見せられたその技を、腕のように最も多用する、大刃の付いた大前足を使って、何度目かも分からない動きで弾こうとした。

 しかし何故か、光の刃は大前足を『すり抜けて』空の彼方へ飛んで行く。

 

 

「……?」

 

 

 ORTは不思議そうに自分の大前足を見るも、傷一つ付いていない。

 もう刃も作れないくらいにエネルギーが尽きたのか、と判断し、これまでそうしてきたように、衝撃波と水晶とエネルギーの中間の刃を飛ばさんとする。

 その瞬間。

 

 大前足が、内部から弾け飛んだ。

 

 

「―――ッ!?」

 

 

 起源弾、という衛宮切嗣の切り札がある。

 詳細は省くが、敵の体内の魔術回路をめちゃくちゃに『切って』『嗣ぐ』ことにより、そこに流された魔力が敵の体内で暴発する、という恐るべき弾丸だ。

 これは彼の起源を用いた、彼だけの必殺技と言っていい最強の弾丸である。

 ただし魔術や魔力と関係なく他人に撃ち込んだ場合、傷は血が出ることもなく瞬間的に無茶苦茶に『嗣がれ』、動かない大きな古傷のようになる。

 ならば。

 

 これを『刃』で別種のアプローチを元に、再現したならばどうなるのか?

 

 第二形態『ジュネッス』へと変わったウルトラマンの刃の篭手・アームドネクサスは、切嗣の特性に合わせ『ツインアームドネクサス』へと進化を遂げている。

 これは薄い二枚刃を重ね合わせたもので、通常のパーティクル・フェザーとは別に、『切断』の刃と『結合』の刃を重ねて同時に放つことができる。

 この特殊な光の刃は起源弾と同じく、当たった場所を無茶苦茶に切って繋ぎ直し、そこに『どんなエネルギーが通過しようと爆発させる』。

 魔力であろうと、なかろうと。

 人間であろうと、怪獣であろうと、アルテミット・ワンであろうと。

 その力が強ければ強いほど破壊力が増す特性も、そのままだ。

 

 更に、強力な生物への特攻効果も持つ。

 この刃は敵の体の強度に関わらず透過し、その刃で切ることができる部分を切れるだけ切って結合してから通過して、切れない部分はスルーする。

 どんなに頑強な敵であっても、体内にはどこか脆い部分がある。

 そこを無理なく破壊し、爆弾を設置し、内部から爆発させるのだ。

 そして切断面を無茶苦茶にして行くために、超越した生命体が持つ異常な生命力による、規格外の再生能力を阻害する。

 この刃が切った部分は、二度と新しい部分が生えてこないのだ。

 切断と結合の薄い二枚の刃を重ね合わせた複合二枚刃、『イリヴァーサブルレイ・フェザー』。

 外部からの攻撃にはほぼ無敵と言っていい完全無欠の強固な表皮、いずれは手足も再生してたであろうORTには、まさしく必殺の一撃となる。

 

 両腕が無くなった痛みに苦悶するORTに一切の容赦も情けもなく、ウルトラマンは固有時制御と高速移動技の組み合わせによる擬似瞬間移動でORTの頭上を跳び越える。

 そして擬似起源弾、イリヴァーサブルレイ・フェザーを頭上から発射。

 左右で体を支える小後足と中後足、合計四本の足に命中。

 ORTの背後にウルトラマンが着地したと同時に、四本の足が爆発した。

 またしても上がる、カミキリムシの鳴き声をかん高くしたかのような絶叫。

 残りの活動時間も後僅か。畳み掛けるウルトラマンは、ただ圧倒的だった。

 

 大地を蹴って、目にも留まらぬ素早いジャンプ、切嗣の勇気が敵を裂くその光景に、子供らしくイリヤは腕を振りながらすっかり大はしゃぎだ。

 

 

「けちらせー! キリツグー!」

 

 

 ジュネッスは、変身者の個性が強く出る。

 力強くも堅実に戦い、光線による必殺技が強力な赤。

 弓矢や剣を形成し、光を武器の形で使うスピーディな青。

 そして白黒のジュネッスは、ウルトラマンの機能が全て変身者の魔術強化に特化した、瞬間速度と一撃必殺に長けた速攻即殺タイプ。

 他のジュネッスと比べるとあまりにも尖った、切嗣らしいジュネッスだった。

 名を、『ジュネッス・モノクローム』と言う。

 

 しかし、赤や青ならばともかく凡百の人間のジュネッスでは、ORTに負けていた可能性も高かっただろう。素のスペックが、身体性能があまりにも圧倒的すぎるからだ。

 白黒のジュネッスの相性が良かった? それもあるだろう。

 しかし、それだけではない。

 あえて陳腐な表現をしよう。

 

 『愛』だ。今、衛宮切嗣は、この九年で自分に生まれた変化、『光』がくれた影響の結果、彼らしくもなく愛のために戦っている。

 

 久宇舞弥がここに居れば、目をハンカチでこすり始めていただろう。

 そう、愛だ。今の彼を突き動かすものは、家族への愛だ。

 とある平行世界で娘と妻を連れて逃げ出したほどに、彼の家族への愛は深い。

 いつか、信念と天秤にかけて、愛を選ぶ可能性もあるというくらいに。

 だからこそ、ORTでは今の衛宮切嗣に勝てはしない。

 

 愛さえ知らずに育った怪物(モンスター)に、今の切嗣が負けるはずがない。

 

 

「……おい、ウルトラマンが構えたぞ」

 

 

 だが、ORTも恐ろしい。

 十本あった足の八本は既にもぎ取られ、背中にあった円盤は粉砕され。

 それでもなお、生命力に満ち溢れている。

 この生命体に体の前後など飾りでしか無かったのか、既に大後足を前足の代わりとして用い、全ての首と目を背中側に移動させ、何事もなかったかのように戦闘態勢を整えている。

 生命体として最強の一角、というのがよく分かる。

 足を何度もぎ取ろうが、八つ裂きにしようが、この生命体は容易に起き上がるだろう。

 そして次元違いの攻性生物としての性能を、何度だって周囲に見せ付けるのだ。

 

 そんなORTを、ウルトラマンは迎え撃つ。

 ウルトラマンの身体に残されたエネルギーはあと一撃分しかない。

 これで決められなければ、ウルトラマンの敗北だ。

 ここに来て初めて、ウルトラマンは構えのようなものをとる。

 アイツンベルンの走り回っていた救護班の一人が、その構えに気付き、声を上げた。

 

 ウルトラマンは、両の腕を腰だめに構えた。

 バチリ、と光の雷が両の腕から弾ける。

 これまでに一度も見たことのないほどの、膨大なエネルギー。

 右手の人差し指と中指を揃えて銃口、親指を撃鉄、薬指と小指をグリップに見立てる。

 指を銃に見立てた右手を真っ直ぐ前に伸ばし、左手でその手首を掴む。

 子供が銃の真似をして遊ぶような、そんなポーズ。

 

 生命体の頂点のおぞましさを見せるORT、構えるウルトラマン。

 

 両者の間、向こう側の地平線に、夕日が静かに沈んでいく。

 

 

「キリツグ……」

「どうか、あの人に、幸運を……」

 

 

 娘と妻が、夕日に照らされる戦場の端で、彼の無事と勝利を祈る。

 光を力に変えるのは、人の意志。

 変身者が自らの意志で、命をかけて戦おうとするからこそ、光が応え、光は力となる。

 ならばその祈りも、絶対に無駄になりはしない。

 

 右手の指、銃口に見立てた人差し指と中指の先に、光の球が形成される。

 その光球はどんどん膨らんでいき、人間で言うバスケットボールサイズまで膨らんだ。

 それこそが今のウルトラマンが持つ全ての力を込めた、彼の最強の必殺技。

 

 しかし、敵はアルテミット・ワン。

 疑問符が付くこともあるが、まごうことなく星の最強種。

 敵はこの瞬間を待っていた。

 防御や移動に使う分のエネルギーもかき集めたせいで、防ぐこともかわすこともできなくなった無防備なウルトラマンの、必殺技を撃つ直前の隙を。

 ORTの背部、元前面部の部分から水晶のミサイルが発射される。

 おそらくはこっそり作り、隠し持ち、このチャンスを待っていたのだろう。

 

 ウルトラマンからしても、完全にこれは奇襲だった。

 疲労とダメージで切嗣の判断力が落ちた隙を、ものの見事に突かれた形。

 驚き、心中で歯を食いしばり、「ここまでか」と迫るミサイルを見つめ。

 諦めかけたウルトラマンの視線の先で、水晶のミサイルが砕け散る。

 

 何が起こったのか分からず呆然とするORTをよそに、ウルトラマンにはちゃんと見えていた。

 横合いから飛んできた複数人分の魔力砲が、水晶のミサイルに命中したのだ。

 破壊力と誘爆性に長けた水晶ミサイルは、人の魔力による砲撃でも誘爆してしまったのである。

 その砲撃が飛んで来た方向を見やれば、数人の傷だらけの戦闘用ホムンクルス達と、その指揮を取っているアハト爺ことユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンの姿。

 

 

「撃てぇッ、ウルトラマンッ!!」

 

 

 その言葉に頷き、ウルトラマンは全身から絞り出した最後の力を光球に込める。

 そして、放った。

 両者の間に散っていた、水晶ミサイルの破片をかき分け、光球は光の速度で着弾する。

 其は光の弾丸。

 命中した敵の細胞一つ一つにすら浸透し、分解して消滅させる必殺の光。

 

 その名も、『シューティングレイ・シュトローム』。

 

 

「ORTが……消えていく……」

 

 

 アルテミット・ワンともなれば、死して終わりではない。

 死んだ後もその次元違いの生命力とエネルギーは残り、地球環境に悪影響を与え続ける。

 しかし、この必殺技を喰らえばそれも例外となる。

 エネルギーの欠片も残さないこの光の必殺技は、どんな敵だろうとその存在を消し飛ばす。

 細胞一つからでも再生できる生命体であっても、細胞一つ残さない。

 

 分解されたORTが、生前の水晶の身体を思わせる浅葱色の粒子となって、風に乗って世界に散っていく。水晶に侵食されていた世界が、元の形を取り戻していく。

 雪に戻る水晶が散り、舞い上がって、ORTだった粒子と共に散っていく。

 夕日の中、照らされるウルトラマンが、その粒子達が、戦いの終わりを告げていた。

 

 光の巨人(ウルトラマン)

 

 光の絆は衛宮切嗣という男に受け継がれ、再び輝く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

fin

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この後はアハト爺からアインツベルンの伝承にある『ゾフィー』というウルトラマンの話を聞いたり、アインツベルンがその『光』に敬意を払っているのだと聞いたり、『ウルトラマン』という呼称を知ったり

 それで便宜を計ってもらいイリヤも連れて皆で日本にゴー、聖杯戦争の準備始めたり

 他のアルテミット・ワンと戦ってく内にウルトラマンに憧れる子供衛宮士郎と公園で話したり

 性格的に天敵なケイネスと出会い一触即発、戦いになりそうになるがタイプジュピター襲来、目の前で変身した切嗣にエネルのようなビックリ顔を見せるケイネスを尻目に通りがかった士郎を体で庇って負けてしまうウルトラマンという展開になったり

 目が覚めた切嗣が自分に手当てしていたケイネスに「何故助けた」と聞けばローレライ家の伝承にある時計塔設立時のエピソードに登場する『ケン』というウルトラマンの話、それ以来ロードに類する名門の家系は例外なくその『光』に敬意を払い手を貸していることを聞いたり

 

 幼少期に先代バルトメロイからウルトラマンの戦いの話を聞き、心の底から憧れた気持ちを思い出してしまったケイネスは切嗣に「どうして貴様が、ウルトラマンなんだ……ッ」と八つ当たりに近い感情をぶつけてしまったり

 それでもそんなこんなで互いに殺意を抱くほどだった状況はなくなって、でもまた怪獣恒例の何故か一旦引いて日を改めて出てくるお約束を守ってくれるタイプジュピターと戦闘になったり

 利己が全ての冷酷な魔術使いかと思ってたら、街を守るため怪我してるのに体張ってる切嗣見て、ちょっとだけ見なおしたケイネスさんがキモい男のツンデレを発揮して協力して、貰った助言を元に倒すと核融合炉爆発起こして日本ごと吹っ飛ばすタイプジュピター対策にメタフィールド初披露したり

 なんやかんやでビーストに取り込まれたウェイバー君助けたり、敵に挑んで住民が避難する時間を稼ぐも蹴散らされる防衛隊ポジションに落ち着いた遠坂家とコミュ取ったり、蟲爺が聖杯いじってウルトラマン呼びだそうとなんかしてたらザギの端末に大聖杯の魔力全部ザギ本体の召喚に使われてしまってぷちっと潰されたり

 蟲爺脱落&サーヴァントの召喚と聖杯戦争開始の可能性/Zeroに

 

 一端聖杯戦争は中断してサーヴァント戦力は対アルテミット・ワンにぶつけてようぜって話になり、手を組んでから召喚しようとしても無反応であれー? ってなったり

 ケイネス時臣ら魔術師連中と、空気悪くなる切嗣やら雁夜やらと、蚊帳の外なウェイバーやらも間に大天使イリヤやロ凛のおかげでまあまあやって行けてたり

 龍ちゃんが自宅に並べてた趣味の絵を気に入ったザギさんがビースト因子かき集めてその絵のビースト制作、世界中にばら撒くというクソテロを実行したり

 ネクサス、時間制限がないという利点を使って気合と根性で世界中飛び回ってまだ進化していないビースト達を駆除したり

 それで日本に帰って来たら定番の子供(士郎)取り込んだ闇の巨人『ダークファウスト』、初期からホモホモしく接近してきていた綺礼の『ダークメフィスト』、世界中で倒したビーストの因子がウルトラマンを模して合体したビースト・ウルティノイド『ダークルシフェル』が降臨、タイマー既に赤く光ってる切嗣ネクサスをハヌマーンし始めたり

 

 ミンチよりひどくなったけどネクサス式酸素カプセルで回復中の切嗣を尻目に、これいがみ合ってる場合じゃないよねと手を取り合い始める大人達が居たり

 高い酒飲んでぐでんぐでんになるまで不満や愚痴言い合った時臣と雁夜が翌朝泥酔してる所を遠坂姉妹に呆れられたり、ちょっと丸くなったケイネス先生がウェイバーの血を吐くようなコンプレックス吐露を聞いてやったり

 それで起きて満身創痍でまだ一人で戦おうとする切嗣にアイリが

「壊すだけじゃない、殺すだけじゃない」

「あなたは切るだけじゃなく、嗣ぐことだってできるはずよ」

「命だって、手と手だって……絆だって!」

 なんやかんや切嗣の弱音や本音を全部吐き出させた上で、恵まれた体による羨ましい抱擁や優しい言葉をかけてもらってまあ歩み寄ってもいいかな?とちょっと思い始める、これまでの戦いの中で魔術師サイドに助けられたことも忘れてない切嗣がいたり

 

「時臣氏、その髭なんというか……かっこいいですね」

「そうかね? 切嗣君の髭……なんというか、ワイルドな男を演出できていて素敵だよ」

「私もこの髪型には一家言あるのだよ、ふふっ」

「「そのハゲが?」」

「貴様らァッ!」

「何してんだお前ら」

 と雁夜に呆れられる奴らが居たり

 そんなこんなでネクサス&魔術師サイドVS闇の巨人三体サイドの戦いになったり

 魔術師の仕込みでなんとか勝負は拮抗し、なんやかんやで切り札の全員のパスを繋いだ上でケイネス・時臣・雁夜・ウェイバーによる

「「「「 絶対に勝て、衛宮切嗣っ!! 」」」」

 という令呪十二画+四人の全魔力のブーストという後押しで不思議な絆パワーを発揮した切嗣ネクサス無双、内部の人間を傷付けずウルトラマンから切り離すよう『切って嗣ぐ』エネルギー刃でメフィストとファウストを無力化、不思議パワーでオーバーレイ・アローレイ・シューティングレイの三種シュトロームを使いこなして三体の巨人にフィニッシュ決めて勝利

 なんやかんやで龍ちゃんは死ぬ

 

 その後切嗣が姫矢さんみたいにダメージが回復しなくなってきた所にザギさん参上

 何故か自衛隊のF-15をパクれた雁夜さんが単身時間稼ぎに向かうがあっさりザギさんに撃墜、ウルトラマン恒例の慣性無視ウルトラキャッチで優しく降ろされる

 ネクサスのパワーを吸収できなかったので闇トラマン三体のパワーを吸収して擬似復活、不完全ザギVSネクサスの戦いが幕を上げる

 ボッコボコにされてマケボノ化した切嗣ネクサスの精神世界で「その力は罰なんかじゃない」と表れ切嗣に許しの言葉を告げてくれるシャーレイ、ナタリアの二人

 ついぞできなかった二人への謝罪を切嗣がして、二人から許しを得て、現実で起き上がったケリィは元気百倍ウルトラマン。コアファイナル発動と

 

「互いの在り方を、生き方を絶対に認められない」

「それでも僕らは互いが生きることを認め、手を取り合い、共に戦って行ける」

「僕は彼らの生き方を理解した上で認めない。彼らは僕の生き方を理解した上で認めない」

「それが、その認めないままに共に在れるという繋がりが―――僕達の絆だ!」

 絆パンチがザギさんの胸をぶち抜き、切嗣とアイリが幸せなキスをして終了

 数年後、復活したビーストに触手プレイをされそうになっている桜ちゃんのピンチに駆け付けた士郎のシーン、しかし彼には力がない

 ピンチピンチピンチのばよえ~ん、そんな時ウルトラマンが欲しい!と一連の事件にずっと巻き込まれてたウルトラマンに憧れる少年士郎の手に、受け継がれる光の絆が……でEND

 

 

 

 まああれです、短編で書こうと思っただけなのでここに書いた続きは書きません。連載複数はエタフラグなので




以上、プロット書く→導入だけ書く→満足したこれいらねーポイッとする個人的趣味の産物の一つでした


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