そしてバーサーカーがようやく……ようやく?登場。
話を進める配分が難しいですね。
呼びかけに応じて、誰かが街灯の上に姿を現す。
それはキャスターとは違う意味で、絢爛豪華な男だった。なにせ髪も鎧も耳飾りも含めて、黄金である。鍍金掛けで誤魔化した安作りではない、重厚な輝きを放つ本物の金。
精悍と端整を併せた顔、そこに収まる瞳だけがガーネットの如き深い紅。
サーヴァントはそれぞれ、独特の空気を纏っている。
セイバーならば毅然。
ランサーならば颯然。
ライダーならば轟然。
キャスターならば悠然。
そして男――――遠坂時臣の召喚したアーチャーは、傲然。
どこまでも尊大で、ふてぶてしく、目に映る全てを見下ろしている。
キャスターの呼びかけに、アーチャーが応じた。
ならば奴が、ギルガメッシュ。
古代ウルクを治め、統括した英雄王。
原初の王にして神殺しと謳われる、最強の男。
ウェイバーはド肝が抜かれる思いだった。
英雄の中で最も優れた一人であろうアーチャーに。
そんな英霊を召喚してみせた遠坂時臣に。
そして、正体不明であったアーチャーの正体を容易く当てたキャスターに。
肝が抜かれるどころか、心臓ごと潰されかねない気すらした。
「……そこの矮小な雑種よ」
緊張感から静寂が立ち込める中、ウェイバーたちを見下すように立つアーチャーが、小さなキャスターに視線を定めて口を開く。
その唇の端は、緩く吊りあがっていた。
「我が真名を識る賢しさ、そこらの有象無象と違うようだ。褒めてつかわす」
「王の中の王からの賛美、感謝感激の極みだよ。ギルガメッシュ王」
人を容易く怒らせそうな上から目線だというのに、キャスターはまるで堪えた様子はなく、微笑を浮かべて応じた。下がった目尻は、彼の言動を微笑ましげにしてさえいるようだ。意外と精神年齢は高いのかもしれない。
「だが、何故我がここに居ると暴いた?」
「簡単だよ、英雄王。王にして冒険家であった貴殿が、あんなつまらぬ八百長をやらされて満足出来る訳がない。ここで繰り広げられた見事な一騎打ちに、心惹かれて訪れる可能性が高いと踏んだんだ」
「フッ……、キャスターのクラスで召喚されるだけあるな。その矮躯による不利を補うだけの知恵を、持ち得ているとみる」
片や黄金色、片や極彩色のド派手なサーヴァントたちは至極当然とばかりに会話している。だがウェイバーを含めた一同は、その会話の内容にまるで追いつけない。完全に置いてきぼりだ。
それに焦りを感じたセイバーが、キャスターに声を掛けた。
「待ってくれキャスター。貴様はなぜアーチャーの真名が分かった? それに八百長とは一体どういう……」
「あぁ、そのこと? 簡単だよ。アーチャー陣営とアサシン陣営は手を組んでいて、アサシン側が早々に脱落したと見せかけて情報収集や奇襲をするために下手糞な演技をしたんだ。そのお陰で、僕はアーチャーの真名に推察を立てることが出来た。向こうのお間抜けマスターには感謝しないとね」
あっけらかんと、当たり前のように答えるキャスター。
やはり一同ポカンと顎を落とすばかりだ。そうでないのは作戦を論破されマスターを貶されたというのに、愉快そうに笑うアーチャーだけである。
ウェイバーたちはもちろん、あのアサシンとアーチャーの戦いを見ていた。
アーチャーの攻撃はまさに圧巻。圧倒的なまでに、そして理不尽なほど高威力の暴虐、蹂躙とまで言えるものだ。
ただし、それはたった一瞬。瞬く間に終わってしまった。
キャスターは、その瞬く間で八百長と真名を見破り、理解したという。
「ちなみにさっきの『脱落したと見せかけて』で察しがつくだろうけど、アサシンはまだ生きてるよ。サーヴァントはまだ七騎いるから」
「何!?」
「ほぉ? そう断言する理由はなんだ?」
早々に倒されたと思っていたアサシンが生きていると聞き、セイバーたちが驚きの声を上げる。
が、やはりアーチャーだけは笑みを深めて確認を取る。
「だってアサシン、『百の貌を持つ』方のハサンでしょ? 僕のマスターが彼らの姿を複数見つけてるからね」
「……あの不遇な雑種は、実体化したまま行動しているのか?」
「よほど見つからない自信があったんだろうね」
「……ふ、は、ふはははははっ! 自信満々の割に滑稽過ぎるぞ! 脱落した振りをするなら、暗殺する時まで霊体化しておれば良いだろうに!!」
「あの杜撰さは本人たちか、マスターの命令からしてるのか……どっちだろうね」
「どう考えても時臣だろう! 八百長といいアサシンの扱いといい、時臣は我を笑い死にさせたいのかっ」
と言いながら、腹を抱えそうなほど大爆笑する英雄王。アサシンはおろか己のマスターすら扱き下ろし、笑いの種にする始末だ。
が、真名も策も看破するキャスターに、その他大勢は冷や汗だった。
「……ふむ。さすがは魔術師のサーヴァント、といったところか。ちんまい割りに、とんでもない洞察力と分析能力の持ち主ときた。……配下に加えられなんだことがちと惜しくなってきたなぁ、これは」
赤毛を掻きながらのライダーの呟きに、ウェイバーは賛成だった。
見た目に反する明晰な頭脳と知識量。それだけでも十分脅威であるというのに、そこに桁違いなまでの魔力が加わるのだから恐ろしい。
己が力を存分に発揮出来る『工房』から自ら飛び出て、敵対する英雄たちが集う場へ舞い降りた型破り――――なるほど。暗黙に定められた掟を無視し、現れるだけのことはある。今までキャスターに貼り付けられた最弱のレッテルを、こいつは易々と引っぺがす実力者なのだ。
そして工房外であっても、奴は強い。中で戦えばどれほどの強さとなるか。底が知れない。間違いなく、この聖杯戦争において一番の難敵といえよう。
他の陣営も同じ結論に至ったのか。セイバーとランサーは武器を構え、キャスターからじりじりと離れて間合いを計る。
騎士姫たちの様子に、笑みを浮かべるばかりの英雄王と子供。
そこに、黒い人型のナニかが現れた。
それはまるで呪いのような存在だった。
アサシンと同じで非なる黒をまとう、紫紺に近い色の甲冑と剣の兵士。顔を兜で隠したそいつは、しかし身に染みて感じるような狂気を撒き散らしている。
バーサーカー。
狂戦士と名づけられた彼のクラスは、本来は弱いサーヴァントを狂化でステータスアップさせて戦う。その分命令を効かずに暴れ回り、魔力を枯渇させてマスターを死に至らしめることさえある自滅を孕んだクラスだ。
たがこのバーサーカーも、キャスター同様に例外だった。
戦を経験したことのないウェイバーとて分かる。あのサーヴァントは、決して弱小な英霊などではないと。
「なぁ征服王。あいつには誘いを掛けんのか?」
「誘おうにもなぁ。ありゃぁ、のっけから交渉の余地がなさそうだわなぁ」
ランサーにそう返しながら、征服王は話し相手をウェイバーへ移行させる。
「で、坊主。サーヴァントとしてはどの程度のものなんだ? あやつは」
「分からない……」
ライダーの問いに、信じられないという顔をしながら言うウェイバー。目を凝らし、バーサーカーらしき紫紺のステータスを見ようとする。
だが、出来ない。
「あいつ、ステータスも何も見えないんだよ……っ」
「ふぅん。ステータスを隠す、幻影系のスキル……いや宝具持ちってことか。西洋甲冑を身につけている点から、ヨーロッパ系の出身なのは確実だね。その中から、姿や素性を隠して行動した逸話のある英雄を絞り込めば……」
いつの間にか隣にいたキャスターが、紫紺の狂戦士を眺めながらブツブツと検索を始めていた。紅と蒼の目で冷えた視線をバーサーカーに投げかける。バーサーカーは己に向けられた科学者めいた視線を無視し、アーチャーたちの方を向いている。
「どうやら、あれも厄介な敵みたいね」
「五人を相手に睨み合いでは、迂闊に動けません。しかしあの鎧、どこかで……」
セイバーとそのマスターが、小声で相談し合っている。
「セイバーは多分、ブリテンの騎士王だよね。そのセイバーが知ってるなら、可能性として高いのは円卓の騎士か……パッと思いつくのは二人なんだけど。あいつはどっちだろ」
姫騎士の言葉を聞き取ったキャスターの呟き。もう既にバーサーカーが誰であるのか、確定の寸前に至っている。ウェイバーは改めて、隣にいるキャスターの厄介さを痛感した。
と、底冷えする殺意の声が響く。
「……誰に許しを得て我を見ている、狂犬」
声の主はアーチャーだった。先ほどまで笑っていたはずの英雄王は、その真紅の眼で不快げにバーサーカーを一瞥している。
同時に、彼の背後にある空間が歪んだ。
歪みから引きずり出されるのは剣と槍。どちらも一目で宝具と分かる。
「せめて散り様で我を興じさせよ。雑種」
吐き捨てんばかりに出たのは、死の予告。
アーチャー……ギルガメッシュはサーヴァントの切り札たる宝具を、矢のように発射した。狙うは無論、紫紺の狂戦士。バーサーカーは回避しない。する間もない。二つの武器の着弾箇所は盛大に爆ぜて、爆煙を巻き起こす。
アサシン同様、呆気ない幕引き。
――――かと思えた。
「奴め……本当にバーサーカーか?」
「狂化して理性を無くしているにしては、えらく芸達者な奴よのぉ」
「あははっ! モードレッドかと思ったらそっちか!!」
ランサーは驚いたとばかりに、ライダーは顎を擦り感心しながら、キャスターはケラケラと笑いながら、揃ってバーサーカーのいた爆心地を見ている。
彼らの言葉の意味が、ウェイバーにはさっぱり分からない。
「ど、どうしたって言うんだよ。一体」
「分からんか、坊主」
征服王はほれ、と指差す。
そこにいるのは紫紺のバーサーカー。驚いたことに、奴は無傷だった。その手には先ほど放たれた黄金の剣が握り締められていた。槍は見当たらない。
「ま、まさか……嘘だろ? 冗談だよな?」
「冗談ではないぞ。奴は一撃目の剣を避けて掴み取ると、第二撃の槍を打ち払ったのだ。……キャスター。お主、あやつの真名に察しがついとるようだが。バーサーカーは何者だ?」
「何バーサーカーだろうねぇー?」
ライダーに問われた極彩色は、意地悪い笑みでとぼけてみせる。
「うぅむ……教えてくれんのか。つれない奴だのぉ」
「何でもかんでも人に聞いてたら、悪い人に嘘八百教えられるかも知れないよぉ? 君のマスターだって分析能力に長けてるんだ。彼と一緒に考えてみたら? 謎々は、自分で当ててこそのものだよ」
ライダーは上手く言いくるめられ、「うむ、それもそうか」と納得する。ライダーたちの回りだけはやけに明るい。
が、その和やかさは忌々しげな声で塗り潰される。
「その汚らわしい手で、我が宝物に触れるとは……そんなに死に急ぐかっ、狗っ!!」
アーチャーの紅い瞳には燃え滾るような怒りが宿っている。憤怒の眼差しが向けられているのは、バーサーカーと、バーサーカーの握り締めた剣。
あれはアーチャーの宝具。英雄王ギルガメッシュが世界を駆けて手に入れ、その手で宝物庫に納めた宝の一つ。
最古の王が所有する、紛れもない一級の宝。
それを血に飢えて狂う匹夫が、我が物のように握っている。
あれはギルガメッシュのものだ。
他ならぬ最強の王のものだ。
許可なく手に取り、まして振るうなど言語道断!
王の宝物を奪い我が物とばかりに扱うなど、万死に値する!!
「そんな……馬鹿な……」
ウェイバーは、恐怖のあまり言葉を零す。
こめかみに青筋を浮き立てた英雄王の背後には、光り輝く宝剣、宝槍の数々が出現していた。一つひとつが全て、優れた武器であり宝具であると如実に分かる。まさに世界の秘宝、最高の切り札である。
それら全てを背に配し、君臨するウルクの王が怒声を上げる。
「その小癪な手癖の悪さを持ってどれだけ凌ぎきれるか……見せてみよ!」
アーチャーの言葉を合図に、宝具の一群が射出される。
バーサーカーは逃げる動作も防ぐ動作も見せず、英雄王より奪い取った剣を構えて、迎撃体勢に移った。
ギルの口調がこれで良いのか、ちと心配。
1/15追記
アサシンは大体ハサンが選ばれるのに、真名を知って驚いているのはおかしいという尤もな指摘を受けましたので、修正しました。