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轟音と共に走る雷光。
それは天より光臨した巨大な戦車によるものだ。
戦車には二人の好対照な人物が乗っていた。片方は大柄で逞しい、磊落という言葉が似合う赤髪の偉丈夫。現代から見て時代錯誤な出で立ちから、サーヴァントであることが窺える。戦車に乗っているから、十中八九ライダーだ。
そしてもう一人、ライダーらしき男に食って掛かる小柄な少年。ダークグリーンのセーターにスラックスという学生らしい服装と、綺麗に揃えた黒髪。奔放そうなライダーと真逆に繊細げな若者である。おそらく、彼がマスターだろう。
キャスターと龍之介は似た者同士だが、あちらは凸凹コンビといったところか。突如現れてそうそう、唖然とする空気の中で漫才みたいなやり取りをしている。が、キャスターたち同様に仲は良好なように思えた。
その凸凹コンビの片方、ライダーが両手を上げて高らかに名乗りを上げる。
「我が名は征服王イスカンダル! 此度の聖杯戦争においてはライダーのクラスを得て現界した!!」
周囲は、彼のマスターも含めて唖然とする。
「何を――考えてやがりますか、この馬っ鹿はぁあああああああ!?」
彼の魂の叫びは、皆の心情を代弁していた。
『何あいつ、面白い』
キャスターは別だったが。
『龍之介りゅうのすけー』
『師匠?』
『ちょっと実体化して良い? 面白い陣営がやって来た』
『ん? あぁ、あのでっかい旦那と小さめな奴か。ほんとだ、面白そう。うん、良いよー』
『やったー』
今まで身を潜めていたキャスターは、嬉々として姿を現した。
◇◇◇
ウェイバー・ベルベットは頭が痛い思いだった。
唐突に己がサーヴァント――――ライダーに『神威の車輪』に乗せられたかと思うと、爆走した戦車はセイバーたちの前に降りた。
そしてあろうことか、ライダーが隠すべき真名をあっさりとバラしたのだ。
思わず叫んだのは仕方ないことだろう。
と――――その時、コンテナの上から何者かが姿を現し、ひらりと地へ舞い降りた。
「あはは! 面白い人だねぇ、征服王って」
涼やかで心地よい声の主を見て、ウェイバーは目を奪われた。
なんて異質で、美しいのだろうと。
「初めまして、サーヴァントとそのマスター諸君」
軽い調子で挨拶するそいつは小柄で華奢だった。きめ細かな肌は褐色で、遠坂邸に現れたアサシンと同じく黒人だ。
だがしかし、まるで違う。
アサシンが常闇に溶け入るような漆黒だったのに対し、こいつが纏うのは七色……あるいは虹色というべきか。
そいつは裾にまで模様をあしらった、極彩色の絹の衣装に身を包んでいる。上は胸前面だけ覆い隠すホルダーネック状のトップス、下は裾の膨らんだ細身のズボンに腰布とスカーフを巻いている。細腕や腰には金と宝石細工の装身具が絶妙な配分で着けられ、絢爛豪華だ。
その衣装に負けず劣らず、本人も派手だった。
膝に達するほど長い髪は水晶めいた透明感で、光にかざさればオーロラの輝きを放つ。薄いベールに覆われている分、神秘性を帯びている。
その下にあるのは、稀代の芸術家が作り上げたような端整な顔。性別は男とも女ともつかず、曖昧だ。そしてどちらでも構わないと思ってしまうほど、美麗な顔貌がそこにあった。
可憐と妖艶を併せもつ眼に嵌っているのは、大粒の宝石。ビーフ・ブラッドのルビーと、ロイヤルブルーのサファイアである。
子供が悠然と微笑めば、左頬の幾何学的な刺青が、笑みに合わせて妖しく歪む。その僅かな動きにすら、魅了される。
煌びやかで、色鮮やかで、神々しい。
周囲の空気すら、そこらの一般人とは別格に思えた。
あんな存在が、今だかつていただろうか。
「ほぉ……これはまた随分と、めかし込んだ奴だのぉ」
顎鬚を擦りながらのライダーも、子供に見えるそいつの姿に驚いているようだ。声音に感嘆が滲んでいる。
他のマスター、サーヴァントも同然だ。
中でも、ランサーは動揺が強かった。深緑の美丈夫は、その整った顔に驚愕と唖然を浮かべ、震える己の足を見下ろしていた。
あのランサーが己の意志に反して、眼前の極彩色に屈しかけているのだ。ウェイバーには手に取るように分かった。
何故なら、自分もその状態にあったから。
目の前の絶対的存在に、肉体が平伏せんとしているから。
「しっかりせい、坊主」
ライダーが、隣に立つ己がサーヴァントが、惚けて膝をつきかけているウェイバーの首根っこを引っ掴む。そして頬を軽く叩いた。
なんとか、ウェイバーが正気に戻る。ライダーの腕を叩いて持ち上げられた体を下ろさせ、自分の足でしっかりと地に立つ。
改めて見るとやはり圧倒感を受けたが、耐性がついたらしい。先ほどのようにはならなかった。
「そこのちんまいの。キャスターのクラスと見るが、出会いがしらに余のマスターを屈服させようとするのは止してもらおうか」
いつになく、鋭い視線を投げかけるライダー。
「……うにゃ?」
視線を向けられた子供は、きょとんと、不思議そうな顔で首を傾げる。
心底、何のことかと言いたげに。
「確かに僕はキャスターだけど、そんなことしたつもりはないよ?」
「……まことか?」
「勿論。君が面白そうな奴だから出て来ただけで、彼を潰すつもりなんかなかったもん。大体、初対面に自己紹介もなく、そんなことする理由ってある?」
「ふーむ……そりゃなんとも、厄介な奴だのぉ。お主は」
誤魔化しやはぐらかしのないキャスターの言葉に、ライダーはボリボリと頬を掻く。精悍とした顔は、少々渋い。
当然だろう。それはつまり、目の前のキャスターは己の意志に関係なく、他者をひれ伏せさせるだけの圧倒的カリスマを持つということなのだから。
この中で誰よりも小さな矮躯と、裏腹にだ。
「まぁ、悪気はなかったというのなら仕方あるまい。今回は許すとしよう」
「ども~」
キャスターの返答は大分ゆるかった。見た目相応に子供っぽいようだ。
「ところで、この二人の決闘に乱入して名乗った理由は何?」
矢継ぎ早に、自分が思うままに喋るところも幼さを強調する。
「……それは俺も気になっていた」
子供の後に続く、美丈夫。こちらもキャスターによる屈服に勝ったらしい。ランサーは整った顔に険を込め、ライダーを一瞥する。
「何の用だ、征服王。理由もなく一騎打ちに水を差したとなれば、ただでは置かんぞ」
「なに、簡単なことよ」
一呼吸置くと、ライダーは簡潔に言い放った。
「ひとつ、我が軍門に降りて聖杯を余に譲るつもりはないか? さすれば余は貴様らを朋友として遇し、世界を征服する快悦を共に分かち合う所存である」
言い終えたライダーは、セイバー、ランサーの順に目をやった。配下に出来るタマではないと思ったのか、キャスターは無視された。
しばしの沈黙の後、二騎のサーヴァントが言葉を返す。
「その提案は承諾しかねる。俺が聖杯を捧げるのは今生にして誓いを交わした新たなる君主ただ一人だけ。断じて貴様ではないぞ、ライダー」
「そもそも。そんな戯れ言を述べ立てるために貴様は、私とランサーの勝負を邪魔立てしたというのか? 戯れ言が過ぎるぞ」
誇り高き騎士姫と槍騎士は怒り心頭のようだ。彼らからはウェイバーが身を竦めるような気迫が発せられている。
しかしライダーは暢気に頬を掻くと、
「待遇は応相談だが?」
と続けて、二人に「くどい!」とばっさり切り捨てられた。
「いやー、交渉決裂かぁ。勿体無いなぁ、残念だなぁ」
「ら、らいだぁぁぁ……」
拒否されたというのに豪快に笑う己がサーヴァントへ、ウェイバーは弱弱しい声をかける。
「ど~すんだよぉ。征服とかなんとか言っときながら、総スカンじゃないかよぉ……。お前本気でセイバーとランサーを手下に出来ると思ってたのか?」
「いや、まぁ、〝物は試し〟と言うではないか」
「〝物は試し〟で真名バラしたんかい!?」
ウェイバーの突っ込みスキルは、ライダーのおかげで日々ランクアップしていた。したくなかったのに。
そんな二人のやり取りを、楽しそうに見ているキャスター。
ウェイバーに文句を言われるライダーは、そちらに意識をやった。
「もう一つ試しといくか」
「ちょっ!? お前、いくらなんでもキャスターなんて……」
慌てて止めようとしながら、キャスターのステータスを見るウェイバー。
筋力:C 耐久:B 敏捷:A 魔力:EX 幸運:A 宝具:EX
「え、あれ……嘘だろ!?」
「どうした、坊主?」
驚いた様子のウェイバーに、ライダーが訝しげに声をかけてくる。
「あの派手なキャスターのステータス、三騎士並に高いんだよ! 魔力と宝具に至ってはEXだっ!!」
「ふぅむ。マスターが優れた魔術師なのか、知名度が桁違いに高いのか……」
魔術師のクラスたるキャスターはサーヴァントの中では弱く、外れクラスと称されることもある。平均ステータスは、アサシンにも負けるレベルだ。最弱のクラスと叩かれることだってある。
そんな今までの常識を破壊する、アラビア風の出で立ちをしたキャスター。一体どれほどの実力者なのだろうかと、ウェイバーは生唾を飲み込んだ。
対するライダーは、キャスターらしからぬ強さがお気に召したらしい。
「能力が高いのならば好都合というもの。キャスターよ、お主、余の軍門に降る気はないか?」
「良さそうではあるね~」
「はぁっ!?」
他二人とは違い、好意的な反応を返すキャスター。ウェイバーは先ほどから驚かされっぱなしだ。
先ほどから口数少ないセイバーすら、思わず制止をかけるほどだ。
「キャスター……正気か? 貴殿もまた聖杯戦争に参加するため、こうして現界したサーヴァントのはず。あのような男の世迷言に乗ると?」
「ん~。僕も僕のマスターも、聖杯に掛ける願いなんてないからねー。くれるんだったら貰うけど、欲しい人が他にいるなら譲るよ。僕たちにとっての聖杯は、その程度の価値でしかないから」
これには周囲も呆然とするしかない。聖杯に掛ける願いがあるから召喚に応じるサーヴァントが、その願望機に望むことがないというのだ。
キャスターは周りの反応にクスクス笑いながら、ニタリと唇を吊り上げる。
「でも、まぁ、ライダーの提案は蹴らしてもらうよ」
「んぅ? 何故だ? お主、願いがないと言ったではないか」
「うん。僕たちは、聖杯戦争そのものが目的だからね。けど、一応はファラオをしていた身でもあるから、簡単に降ったら駄目なんだよ。かつての国民が悲しんじゃうでしょ?」
「あぁ、なるほど。それもそうだなぁ」
「何納得してるんだよ! やっぱ結局失敗してんじゃないか! 少しはカリスマAランクを発揮しろよ!?」
切れまくるウェイバーを、やはり愉快そうに子供は見ている。
「まぁそれだけが理由じゃないよ。ライダーたちとは対戦相手でいたいんだ。一つの景品を求めて対戦するゲームなんだからね」
言って、キャスターは仰々しく両手を上げる。
「そんじゃあそろそろ、この場にいるもう一人の英霊様にもご参加頂こうか」
「え?」
美貌の子供は、その他の参加者たちが戸惑うのを無視して、続ける。
「さて――――今、我々を閲覧なさっている、偉大なる英雄王。始まりにして最強の王、ギルガメッシュ王。その高貴なお姿、御拝謁願えませんかね?」
化けていないキャスターの姿を見た人は、大体ウェイバーみたいな反応になります。
ナイアルラトホテップの説明では、黒きファラオのようなニャル様を見た民は全て平伏したらしいので。理由も分からずに。